とーたる・オルタネイティヴ
第4話 ~とらわれるちょうちょ、ももいろしこうのくも~
―2001年10月24日
20数回にも及ぶループを経験していると、これまで見えなかったものも見えてくるようになるものだ。
それは、起すべき行動と静観すべき事件であり、その起すべき行動の中でも優先順位の高低、という事である。
わかりやすく例えるならば、発動推奨イベントとスルー推奨イベントの区別であり、必須イベントと回避不能イベントの時期と対処法、とかだったりする。
今回、俺が夕呼先生の元を訪れたのは、その件が、今後に与える影響のかなり大きい重大イベントだからである。
つまり何の事かと言うと、新型OS『XM3』の事。このイベントに関して言えば、可能時期というものは存在しない。
知識さえあれば何時でも発生可能で、尚且つ手軽に行えるため、今後のためにも是非早いうちにこなしておく必要があったのである。
特に、いずれ配属されるであろうヴァルキリーズには、極めて初期死亡率の高いぱいおつ……いや、衛士が何名か存在するため、生還率を高めるXM3は重要なのであった。
―――『国連軍横浜基地のラヴ・ソルジャー』の異名を持つ俺様にとって、男の手に晒すことなく散らせしまう命など、あって良い筈があるまい……!!
決意も新たに俺、白銀武は副司令室の扉をノックした。
「それで、朝っぱらからいったい何の用?忙しいんだから、くだらない用件だったら……」
―――先生、その先は言わなくてもわかります。『コロス』とかいうんでしょ?
ぶっちゃけ、マジ怖いんでその目はやめてください……!
かみのあいと超・紳士スキルに護られたこの俺様を、ここまで圧倒するのだから恐るべき度胸とぱいおつの持ち主である。
……まあ、どちらも『胸』だけに。
ともあれ、その威圧感から逃れたい一心で、俺は昨晩まとめておいたレポートと共にXM3の概要について説明した。
「……ふ~ん。なかなか面白い事考え付くじゃない」
「でしょう?効果は前の世界で実証済みですし、牽制にも取引にも使える超お勧め物件です。
……先生の御手を煩わせるだけの価値は、十二分にあると思いますよ?」
どうやら興味を持ってくれたようで、先生の纏う空気が少し柔らかくなったようだ。
……というかね、この先生『元の世界』でやたらまりもちゃんの男事情をネタにしてたけど、実際問題今一番男が必要なのはこのヒトだと思うわけですよ。
……むりか。このヒトの手綱を制御できる男なんて、想像もつかん。
むしろ、実在するなら弟子入りしたいくらいだ。
―――案外、『ペット』とか言って、私室の中には隠し部屋とかあってその中には鎖に繋がれた若いツバメがわんさかと……
―――アハハ、さあ、餌の時間よ! 欲しいのならいい声で鳴いてみなさい!!
…………しゃ、しゃれになってねえ~!!
―――ボンテージスーツを身に纏い、鞭とろうそくを持つ先生の姿をかなりリアルに妄想してしまった。
いやな汗が、さっきから止まらないぜ……!!
しかし、これなら先生が『年下の男は恋愛対象じゃない』とか言うのも納得できるというもの……!
もしかして、その言葉の後には『ペットとしてなら考えてやってもいいけど』とか、そういう言葉が続いていたんじゃないのか……?
―――しろがね、それいじょうかんがえてはなりません……!!
―――フェチ01、応答しろ!フェチ01!! いかん、意識レベルが危険水域に達した! カウンターショックを使え……!!
……はっ!? お、俺はいったい今何を考えていた……?
さっきから悪寒と震えが止まらないんだが……??
「いいわ。このレポートにある通りの物を作っておいてあげる。
出来上がったら、あんたがバグ取りやんなさいよ?」
「え? あ、はい!それはもちろんですよ。
……というかですね、それに関してもう一つお願いがあるんですけど」
「なによ。……聞くだけは聞いてあげるわ」
「俺を、任官までの間A-01部隊の臨時少尉として雇ってもらえませんか?」
「……そうか、あんたは知っているんだったわね……。
……何のために?」
「いずれは配属される部隊ですから、早いうちに連携とか訓練しておいた方がいいです。
それに、今の俺なら戦死者を多少は減らせるかもしれません」
「……まあ、いいわ。明日の朝、また此処に来なさい。
責任者に紹介するから」
「ありがとうございます!」
何故か記憶が一部途切れていて、汗びっしょりというのが解せない。
……が、おおむねうまく行った様だ。
後はクーデターとか新潟上陸とか厄介な事件がいくつか残っているが、それはおいおい片付けていこう。
「きゃっ……!!」
「おっと」
―――いかん、考え事をしながら歩いていたせいで人にぶつかってしまったようだ。
うん、何と言うべたなフラグ。
「……と思ったら、ステラか。ごめん、大丈夫か?」
謝りながら彼女に手を差し出す。
ステラの手を掴み、引き起こしてやった。
「ええ……大丈夫みたい。あなたの方こそどうもない?」
「ああ、二つのどでかいクッションが俺を護ってくれたよ……」
「あら、それはよかったわ。……がんばって育てた甲斐があったわね」
「いやいや……。これに満足せず、君にはますます高みを目指して欲しいもんだ……!」
お互いに、シニカルな笑みをぶつけ合う。
ステラは『こいつ、出来る……!!』と思ったに違いない。
―――ふふふ。俺とて、坊やではないのだよ、坊やでは……!!
そう簡単に俺をいじれると思ってもらっては困ると言うものだ。
さあ、ステラ!お前の次の一手を見せてみろ!お前の打つ手、そのことごとくを粉砕したとき、お前は俺様にひれ伏す事になるのだ……!
「残念だけど、成長期は過ぎているからこれ以上は無理ね。
……なんだったら、あなたがその手で育ててみる?」
その武器を強調するかのように、腕組みなどしやがった。
―――くっ! 言葉だけならば如何様にでも対応できたというのに、まさかそのような手段に出るとは。卑怯なり、ステラ!!
だが、かみのなにかけて、おれはまけられんのだ!
「ああ、それは魅力的な提案だ……。でも、此処は人目が多すぎる……俺はいいがステラが困るだろう。
……また、今度という事にしてもらってもいいかな?」
「あら、そう。……残念ね。予約で一杯だから次は何時になるか分からないわよ?」
―――ふっ。虚勢を張っているんだろう?内心、俺が引き下がって心の底からほっとしている筈だ……!
もし俺がこの場でその最終兵器を鷲掴みにして、悲鳴でも上げてしまおうものなら負けを認めてしまう事になるものな?
だが、知っての通り俺様は『ラヴ・ソルジャー』にして『超・紳士』。女の子に恥をかかせることなどその矜持が許さない。
結果的に俺が負けたような格好になったが、『試合に負けて勝負に勝った』というもの。
きっとかみさまもおれをみとめてくれるだろう……!
―――しろがね、ひくことをしらなかったあなたが、せいちょうしましたね……。わたしはこのまけをせめません……
ほら、みてごらんなさい、すてらのひょうじょうを……!
……む? 俺様の超・紳士レーダーが反応している。この感情は……、『安堵』と『畏怖』だな……!?
よし、予定外だがこの場は押しの一手。
「ステラ、朝飯まだなんだろう?……良かったら一緒に行かないか?」
「あら、誘ってくれるの? それは光栄ね。
……でも、良いのかしら? 其処の角でタカムラが微妙な表情でこっちを見てるわよ?」
「―――っ!?」
―――かみさま、このうっかりすきる、いいかげんなんとかなりませんか……!?
ギギギ、と錆付いた戦術機でもしないようなぎこちない動きで後ろを振り返る。
―――はうあっ!! なぜ、あなたは、そこで、すてられた、こいぬのようなめを、していらっしゃるのですか……!!
「……お、おはよう、唯依タン……! PXに行くんだろ? 良かったら一緒に行かないか……?」
「……いや……私は邪魔なようだから、二人で行くといい……」
「ま、待つんだ唯依タン! 君は何か勘違いしている。俺とステラはそもそも唯依タンを邪魔に思うような関係じゃない……!!」
「あら、私とのことは遊びだったの……?」
混ぜっ返すんじゃねえ!!ステラ!
そんな事微塵も思ってないくせに悲しそうな顔とかするな……!
だいたいその台詞は使い古されたネタだ!
―――ふぅ、いいか俺。クールだ。冷静になれ。
この状況、ただ単に俺とステラが怪しげな会話を交わしている所に唯依タンが通りがかった、というだけのこと。
後ろ暗い事は何一つとしてしていないじゃないか?
大体、その程度の事で唯依タンが落ち込んでいる、というこの事実、むしろ喜ばしいのではないのか。
……そうだろう?シロガネタケル……!!
―――ならば、いっそこの状況、唯依タンとの仲を更に進展させる絶好の機会ではないか。
きたえぬかれたおれさまのおとなちから、みせてやろう……!
「唯依タン……ちょうど良かったよ。今、夕呼先生に呼ばれていたところでね……、そのことで、是非相談に乗って欲しいんだ。
……だめかな……?」
「―――っ! た、武……、そうか。私は構わない」
「ありがとう。……屋上で待っていてくれないかな? PXで朝食になりそうなやつを貰ってくるよ」
どうだ?この作戦。『相談』を持ちかけることにより俺と唯依タンとの仲の『特別性』を彼女に思い出させる。
また同時にステラにも、知り合って僅か三日目にして個人的なことを相談するほど仲良くなっている、という事を教え、対抗心、あるいは嫉妬心を呼び起こさせる。
か、完璧だぜ……!
かつて、このような修羅場に陥った『元の世界』のゲーム、漫画でこれほどまでに洗練された手段でもって状況を切り抜けた主人公がいたであろうか?……いや、いない!!
「そういうわけだ。ステラ、悪いが一緒に食事をするのはまた今度にしよう」
ふふふ、ステラよ、さぞ悔しかろう。最後まで勝ちきれず、俺は鮮やかに立ち去って見せる。
そろそろ、『悔しさ』が『興味』に変化してきたところではないか?
だが、すまない。今は唯依タンを慰めてあげるのが最優先任務だ。今夜にでも、部屋によばi……ではなく遊びに来るから待っていてくれ。
「どうぞ。……唯依タン、サンドイッチで良かったかな?」
「あ、ありがとう」
流石に、10月下旬ともなれば肌寒い。BETAによる環境破壊もそうだが、それよりも見える景色が廃墟ばかりというのが他の何より寒々しさを演出しているな。
だが、そのために身体をくっ付けるようにして座っても不自然ではないという効果が生まれるのだ。
―――むう、何から何まで計算ずくとは恐るべし、俺よな。
そして、唯依タンのために持ってきたのは野菜メインのサンドイッチと無糖紅茶。
さりげなく女の子の事情を考慮している俺って素晴らしい。
「……た、武……、その、副司令の呼び出しというのは……?」
「ああ。今度、戦術機の新型OSを開発する事になったんだ……。
……それで、俺がそのテストパイロットを勤める事になってさ……それで、ある特務部隊の臨時少尉に任命される事になった」
「―――えっ?……それでは、訓練部隊は……?」
「いや、そこはこれまで通りだよ……。でも、訓練に来られない日がありそうだから、唯依タンに伝えておきたかったんだ……。
突然訓練を休んだりしたら、心配かけると思ったから」
「そ、そうか……」
……う~ん、この表情はちょっと分かりづらいな。少なくとも喜んでいるわけではない、という事は確かだけど……?
『心配』『寂寥』『不安』……そんなところか?
―――『記憶のない』俺が特務部隊に配属される事への『心配』
例え短い間でも共に過ごした仲間がいなくなるかもしれない『寂寥』
俺が配属先で上手くやれるのだろうか、という『不安』―――
いずれにせよ、この感情は俺、という存在が唯依タンにもたらしたもの。
ならば、責任を持って取り除いてやらねばなるまいて……!
「そんな顔するなって。……俺は大丈夫だからさ。……可愛い顔が台無しだぜ……?」
唯依タンの肩を抱き寄せ、空いたほうの手で髪を撫でてやる。
唯依タンが身を硬くする。……が、振りほどこうとはしない。されるがままだ。
―――か、可愛いゼ……唯衣タンよ……!
僕は……僕はもう……!!
「か、可愛い……?……私が?」
「―――ん? なんだ、自分で気付いていなかったのか?
個人的な意見だが、唯依タンは最高に可愛いと思うよ?」
「―――!!」
あ、ますます硬くなった。初心だねぇ。
このまま行き着くところまで行ってしまいたいところではアルが、残念ながらお時間の方が押しちゃっているんだ。
そろそろ訓練が始まる。遅刻なんかしたらどうなるか、考えるだけで恐ろしい。
―――うん、実にもったいない。
―――だが!! かつて唯依タンと俺との間を遮っていた『鉄のカーテン』は全て崩れ去り、もはや残すものといえばその身を纏う制服ぐらいのもの……!!
これで、任務にもますますやる気が出てくるというものだ。
彼女のぱいおつを護るため、俺様の持てる能力、その全てを開放せねばなるまい……!!
―――あれ? 今、なんか入り口の方で物音が……?
俺は、唯衣タンの身体をそっと離し、入り口の方へ向かった。
ええい、ちょっと名残惜しそうな顔するんじゃありません、唯依タン!
忍者もびっくりなおんぎょーの術で扉に近づいた。ノブを掴み……一気に引き開ける!!
「…………」
「…………」×5
―――目の前には訓練分隊の面々。それに、霞まで一緒だ。
どうやら、盗み聞きしていたらしい。
……やってくれるじゃないか……ステラよ。大方、PXに居合わせた207Bの面々に、俺と唯依タンが屋上に向かった事を、面白おかしく話したんだろう……?
タリサあたりなら、飛び付いてきそうなネタだしね……。
というか、霞とイーニァって仲良かったんだな。二人で手をつないで縮こまってるよ。
クリスカが長女で、三人姉妹という感じだ。
―――む、ということは、よんぴーなのか?これはちょっと、超・紳士たる俺様にも骨の折れる仕事になりそうだ……。
―――そして時は動き出す……。
今にも降り出しそうな曇天模様に、唯依タンの絶叫が響き渡った―――