とーたる・オルタネイティヴ
第29話 ~せつめいてきな、いちにち~
―2001年11月15日 07:00―
冥夜達旧207メンバーには『以前』の記憶がある。この場合問題となるのは誰にどのような記憶があるのか。
これは、冥夜に確認した。それによると、皆の共通点はAL4が打ち切られAL5が発動した世界であるという事だ。
そして、異なる点は彼女達全てがそれぞれ『俺と結ばれた』記憶を持っている事。
彼女達は皆それぞれ移民船へと乗り込み、そして記憶はそこで途切れている……らしい。
結局の所移民が成功したのかどうかは分からずじまい。
次の問題点は……何時彼女達に記憶が戻ったのか、となる。
それは、俺がこの世界において目覚めた10月22日……との事だった。これは、冥夜にしか確認していないが、おそらく皆同じだろう。
そしてその記憶が蘇ったのが時間にして大体07:00~08:00の間。
忘れていた大事な記憶をある日突然ふとした拍子に思い出すように、本当に突然何の前触れも無く記憶が溢れてきた……らしかった。
結論として、俺が経験した12・5事件や甲21号攻略作戦、横浜基地防衛戦、そして、俺にとっての最大級の『呪い』である桜花作戦。
それらの、これからの選択次第で高確率で起こる事象に関して、彼女達は何も知らない。
どうやらクーデターに関しては彩峰、冥夜の二人は薄々感づいているようであるが、これは単に彩峰が沙霧の元にいることによって得られた情報を元に組み立てた、という事に過ぎないだろう。
以上の点を踏まえ、俺は彼女達の息災を只単純に喜んでいればよい……というわけには行かなくなった。
今後はより彼女達との連絡を密にし、情報の交換が必要になって来るだろう。
特に、あと三週間を待たず起こるであろうクーデター。首謀者である沙霧の元にいる彩峰。
万に一つも、彼女に累が及ばないようにしなくてはならない……。
―――と、帝都城に与えられた客室で目を覚ました俺は布団に半身を起して物思いに耽っていた。純和風の畳部屋が何とも心憎い演出だ。
手入れの行き届いた庭には松だか梅だかの木々が植わっており、それに滴る朝露に上ってきたばかりの陽光が反射していた。
実に風流な朝。……だけど……何なのだ、それを台無しにする、先程から感じるこのねっとりと絡みつくような視線は……。
ふと思いつき、首を左に捻って敷布団の上に視線を転じる。
……素っ裸の殿下が、ぽ~っとした熱に浮かされたような目で俺を見ている。
今度は逆、右側に首を捻った。
……同じく冥夜の、熱い視線。
『…………』
「……あ~……おはよう、二人とも」
「うん……おはよう、タケル……」
「おはようございます……しろがね……」
「……で、だ。……そんなに見られてると、流石に照れるんだけど……」
言いながら俺は逃げ出すように布団を抜け出し、枕元に綺麗に畳まれ、皺まで伸ばされた軍服を着込んだ。
十一月半ばにしては鋭すぎる冷気が肌に突き刺さり、俺は大きく身震いした。
ふと見れば、姉妹の着替えも同じく枕元に置かれている。
……いや、俺達は昨夜服は脱ぎ散らかしたまま放置していた筈。……というか、俺が二人に服を畳む暇等与えなかった。
なのに何故折り畳まれ、アイロン掛けまでされている……?。
これはもしや、行為の後俺達が眠りにつくのを見計らって誰かがこの部屋に入り込み、服を持っていったという事なのか。
そんなことが可能な人物といえば月詠中尉くらいしか思いつかない。
「は、ははははは……」
つい、失笑とも苦笑とも取れる笑みを浮かべてしまった。
俺達が行為に疲れ、泥のような眠りに沈んでしまった後こっそりと部屋に侵入して服を回収し、乱れた布団を掛けなおして去って行く月詠中尉の姿を幻視したのだ。
それは、さぞや哀愁漂う姿に違いなかった。
「どうしたのだ、タケル……?」
「いや……月詠中尉も、二人の世話すんのは大変だろうと思ってさ」
実の所俺が言うな、という話。月詠中尉の心労は、姉妹が俺に関るようになってから倍増しているに違いないのだから。
「……と言うか、二人ともそろそろ服着たら?……そろそろ起きないとまずいんじゃないのか?」
「そ、そうしたいのは山々なのだが……」
「……こ、腰が抜けてしまったままで……」
「それはご愁傷様……だな……ハハハ……」
まあ、不本意ではあるが後のことは月詠中尉に任せて、俺は基地へと撤収する事にしよう。
……俺が服を着せてやっても良いのだけど、そうこうしているうちにまたムラムラしてくるのは目に見えていたから。
―――とりあえず基地に帰ってから今日俺がやるべきは、数日中に配属が内定している冥夜達斯衛の受け入れ準備。
そしてヴァルキリーズではなく俺達の部隊へと配属される事が決まってしまった唯依タンとの連携その他の訓練、打ち合わせ―――という事になるのだろうか。
ああいやそれだけでは不十分だ。此処暫く相手をしてやれなかった三姉妹のご機嫌取りも必要。そして同じく柏木も。
機会さえあれば茜や速瀬中尉、涼宮中尉達とも信頼関係を深めておきたい。
後何か無かったか……。
―――モテる上に腕の良い衛士、というのもこれで中々に大変なのだ。
尤も、誰かに変わってやる気など毛頭無いし、俺はこれで楽しんでいるのだから世話は無い……って所だろうけど―――
―2001年11月15日 18:00―
此処は訓練校の教官控え室。俺は、本日の業務をキリの良い所で終わらせ、慣れないデスクワークによって凝り固まった身体を解そうとシミュレータールームへと向かっていたのだ。
その途中まりもちゃんに出会い、こうして予定を変更して彼女に同行し、茶をご馳走になっている―――という訳。
「―――へえ、あいつらそんなに上達してるんですか……」
「ああ。……特に、ビャーチェノワとシェスチナの上達には目を見張るものがある。
お前がいち早く正式な任官を果たし、篁もそれに引っ張られる形で一足早く任官する気配だからな。
……早く追い付きたい、という焦りがあるのだろう」
「一応言っときますけど、俺はまだもう暫くは訓練生のままですよ」
それに、俺と唯依タンが任官するのは政治的な思惑が絡んでの事で、実の所操縦の腕とは何の関りも無いんだけど。
とは言え、二人を焦らせてしまっているのは俺のせいかもしれなかった。何しろあの二人とは、10日の朝別れて以降一度も会っていないのだから。
このまま俺が任官し、この基地から離れてしまう事を危惧しているのかも―――とは、俺の自意識過剰だろうか。
どちらにせよ、焦りから重大な事故を招いてしまう前に二人に会いに行くべきだった。
「……これは私の私見だが……あの二人は、むしろ複座型に乗せた方が良いのかも知れない」
「……どういう意味、ですか……?」
「……あの二人は、『息が合い過ぎている』んだ。……以心伝心、という既成の言葉が生温く感じるほどにな……。
そしてその反動なのか、極端に体力と精神の消耗が激しい」
流石、まりもちゃんの洞察力には恐れ入る。彼女は知る由も無いことだが、二人はESPを使っているのだろう。そして、その為に消耗が激しい。
だから、複座型に乗せることによって操作を分担させ、消耗を抑えるという事なのだろう。
「この件、先生には……?」
「無論、既に伝えてある。……めぼしい機体の調達が可能か、ソ連側に問い合わせてみるそうだ」
ならば、これ以上俺にすべき事は無い。
俺の任務は『能力』の酷使によって消耗した二人の『介護』だろう。
「……というか、今気付きましたけど、教官と訓練生のする会話じゃないですよね、これ……」
「あら、今の貴方は仕事帰りでしょう?……私は臨時少尉と話していたつもりなんだけど」
『少尉に対する言葉遣いじゃない』なんて言うだけ野暮というものか。
多分まりもちゃんの中で、訓練生と少尉を足して2で割って、軍曹である自分と同格―――というような計算結果でも出たんだろう。
……でも、まりもちゃん……そのタイミングで素に戻るのは卑怯だと思います……!
―――今までの堅苦しい立ち居振る舞いが急に柔らかくなって、ニコリと微笑まれたりしちゃったら、さすがの俺でもやばいのだ―――
―2001年11月15日 21:00―
俺が此処、クリスカとイーニァの部屋を訪れるのがこんなに遅くなってしまったのには、無論事情がある。
それも、止むに止まれぬ事情……というやつ。
こんな事もあろうかと頼んでおいた『あるもの』を受け取るべく、我等がヘンタイツートップ、『団長』ことヴァレリオ・ジアコーザと『副長』ヴィンセント・ローウェルの二人を探していたのだ。
『トップの一角はお前だろう』なんて意見は受け付けない。俺は司令塔であるからして、前に出ることは許されないのだ。
まあ、それはともかくとして、『それ』の本場であるこの国に於いても『それ』を入手するために、二人は相当苦労したらしかった。
その為、散々二人に絡まれ、愚痴られ、奢らされ、ようやくこの時間になって抜け出す事に成功したのだ。
「お邪魔しま~す」
決して無断進入したわけではない。呼びかけても返事が無かったため、何か重大な事件にでも巻き込まれたのかと心配になり、確認しようと思ったのだ。
―――部屋は真っ暗。しかし人の気配はある。
どうやら、二人とも既に寝てしまっているらしい。
こんな時間に寝てしまうほど疲れていたのだろう。
だが、それを差し引いてもこの状況で二人が目を覚まさないという事実はちょっとしたものなのだ。
どういう事かというと、クリスカにしろイーニァにしろ他人の気配には敏感なため、例え就寝中だろうと本来ここまで接近を許す事などありえない。
では何故、俺はこんなにも近くまで接近できたのか。
それはつまり、俺は二人にとって他人では無いという事なのだ。
―――ああ、かみさま……なんとざんこくな!……このわたくしめに、そんなふたりに『よばい』しろとおっしゃるか……!
―――『よばい』をあなどってはなりません。……これは、こらいよりきぞくのたしなみだったのですから……!
うそつけ。どうせ漫画か何かの間違った知識だろう。
けどまあ、それはそれとして俺は『かみのさしず』に従わなければならない。
俺は、ベッド上の二人に視線を向けた。ちなみに、特殊スキル『梟の目』を持つ俺様はこの程度の暗闇などどうという事は無い。
二人は、抱き合うようにして寝ていた。クリスカの手はイーニァの後頭部に、イーニァの手はクリスカの腰に回されていた。
そして、けしからん事にイーニァはクリスカのぱいおつに顔を埋めるような格好だ。
二人の格好は、上はT-シャツ一枚で下はパンツ一枚。空調が効いていて暖かい為か布団は乱れ、あられもない格好をこれでもかと見せ付けてくる。
二人の静かな寝息が、なんとも艶かしい。
「……艶かしい、んだけど……」
余りにも無防備な二人の寝姿。
この状況で手を出してしまったら俺は何処の鬼畜だ、という事になってしまう。
この間の仕返しだ、と思えばやってやれない事も無いが、残念な事に俺は超・紳士であるからしてそんな外道は許されないのだ。
俺は、ふと左手に抱えた紙包みに目をやった。
今日の所は折角用意した『こいつ』も、出番は無さそうだった。
とは言え、別に今日使わなければ腐ってしまう、という事も無い。こいつは明日の夜にでも堪能させていただくとしよう。
「……けど、このくらいなら許してくれるだろ……?」
―――俺はそう言って、いそいそと上着とズボンを脱ぎ、T-シャツとトランクスというラフな格好になると二人のベッドに潜り込んだ。
イーニァを中心にして、俺とクリスカで挟むいわゆる『川の字』。
もしも明日、俺より先にクリスカが目覚めるような事があれば、俺は目覚めることなく三途の川を渡る事になってしまうだろう。
そして何より、『かみのさしず』に従わなかった俺にはいずれ『しんばつ』が下されるに違いない。
……誰から、どのようなばつを受ける事になるのかなんて考えたくも無い。
いやむしろ、考えてはいけない。
―――業の深き漢よ、白銀!……修羅道と知り、尚もその道を歩むか……!!
―――誰だよ、お前……。
落ちかける意識の片隅で、そんなやり取りがあったかどうかは分からない―――