とーたる・オルタネイティヴ
第28話
―2001年11月14日 08:00―
「……はぁ。……昇進、ですか」
此処は、夕呼先生の根城である副司令執務室だ。朝っぱらから、起き抜けに霞を通じて出頭命令が下り、こうして眠い目を擦りながらやってきた訳である。
昨晩唯依タンと頑張りすぎたせいか、ひたすら眠い。あと、腰が痛い。いやむしろ、全身筋肉痛だった。
―――というか、霞のやつ俺の寝てるのが自分の部屋じゃなくても起しに来るんだな……。
俺と唯依タンがお互い素っ裸でベッドに寝てる事についても、特に何も指摘せずにスルー。
無感情、という訳ではなく、かと言って怒っているのでもなく、極自然に流したのだ。
時々、霞とかイーニァとか、ちびっ子達はこのままでいいのだろうかと思ってしまう。
「なによ、余り嬉しそうじゃないわね?」
「……まあ、昇進した所で何が変わるって訳でも無いですしね……。
そんなのより、ヴァルキリーズが大隊規模に、とか新型戦術機を配備、とかの方がよほど嬉しいですよ」
給料が増える、という利点もあるにはあるが、高々一階級上がったからといってこれまでの倍もらえるというわけも無い。
もちろん、部下が与えられ戦力が増強されると言う事も無い。
結局の所、己の自己顕示欲が満たされる、という以外のメリットなんて無いのである。
「……それで、昇進ってのは俺の『臨時少尉』って肩書きから『臨時』の二文字が消えるってことですか?」
「それだけじゃないわね……中尉への昇進よ。つまり、実質二階級昇進ってことね」
……何だかえらく気前が良い。こいつはもしや、次の戦場からは帰ってくるなっていう殉職特進の前渡し……?
「……蒼い顔して何考えてるか知らないけど、この昇進はあんたの『愛しの殿下』からの口添えなのよ?」
「殿下の? ……もしかして先日の新潟の件ですか?」
「ええ、そうよ。己が身を省みず我が危急を救いたる白銀臨時少尉に褒美を……って事らしいわ」
けど、『危急を救った』と言うのならば伊隅大尉達もそうだろう。もしかして、彼女たちも昇進するのか?
「……あのお姫様も、飾り物と思わせておいて只者じゃないわね。
あえて、目立つのを承知であんた一人の昇進を頑なに望むんだから。……おかげで、朝からマスコミの問い合わせが殺到してるわよ?
―――今朝の朝刊だけど見る?」
『煌武院 悠陽殿下の危機を救った白銀の侍』
―――トップに踊るそんなフレーズ。頭が痛い。
何がって、これがスポーツ新聞の類ではなくれっきとした国内シェア№1の『お堅い新聞』だってこと。
「あんた、AL4の責任者でしょ!?……差し止めとかしなかったんですか!?」
「ここであんたに問題よ……さて、知られざる国連主導極秘計画の主と、知らぬ者とて無い将軍殿下。……発言力の大きいのはどっち?」
「……つまり、先手を打たれたんですね?」
「そういうこと。折角だからこっちも乗ることにしたわ」
先生の考えは何となくだが読めた。俺の存在をアピールする事により、各地に存在する反対勢力を封じ込めようと言うのだろう。
賛成派、反対派を問わず関係者ならば俺が先生の直属で、スピンオフ技術により開発された『XM3』を搭載している事は嗅ぎ付けるだろう。
そして、世界世論は今後、一国のトップを救った俺とその所属である横浜基地に肯定的な向きとなる。
まして、危機を救われた国の主が可愛い女の子で、救ったのが同世代の若い男となれば世間は否が応にも盛り上がる。
それにおそらく、殿下はそれの沈静化を図るどころか煽っているのではないか。
その目的が何処にあるのかまでは判断材料が足りないのだが。
まあとにかく、先生は俺の存在そのものを各種反対勢力に対する『盾』とするつもりなのだ。
正確には、俺を支持する世界世論―民衆そのものを盾にするのか。
「……へぇ、ただのエロスケかと思ったらそれなりに頭は回るみたいね。
……付け加えるなら、『あんたを宣伝する代わりに伊隅達は徹底的に隠す』って向こうからの提案もあったのよ」
つまりそれは互いの利害が一致したという事。まあ、とりあえず数少ない俺の信頼する女同士が相争わずに済んだのは結構な事だ。
……いや、だがちょっと待て。何か矛盾している。
「……あれ?……大尉達は隠す、俺は宣伝する。……おかしくないですか?
もしかして、ぼく、りすとら?」
「―――それも面白そうだけど、残念ながら違うわ。……あんたには、アタシの『見せ札』としての部隊を率いてもらう」
「……ええと、つまり……伏せられたジョーカーと、場に晒されたスペードのエース……って事ですか?」
この場合、ジョーカーが伊隅大尉たちでエースが俺。
先程俺が言った『昇進した所で何が変わるって訳でも無い』ってのは結局大間違いだったと言う事。
昇進と引き換えに、俺はAL4の立て看板を背負わされる事となってしまったのだ。
このシナリオは、原案を書いたのが殿下で監修したのが夕呼先生と言う事なのだろう。
そして、妹である冥夜、その従者である月詠中尉も一枚噛んでいるに違いない。
―――あんの、極悪姉妹め……!
「先生、すんませんけど帝都に忘れ物したんで、ちょっくら行ってきていいすか……?」
あの姉妹にはガツンと言ってやらねば気がすまない。
何しろ俺の計画は『気楽な平社員』のまま最小限の労力で女の子達を守りつつ、空いた時間でその女の子達と蜜月の日々を過ごす、というものだったのだから。
表舞台に登場する事なんて望んじゃいなかったのだ。
「あら、それは好都合だったわね。車使わせてあげるから、直ぐにでも行って来ていいわよ」
「……へ?……好都合?」
「……やっぱアンタ抜けてるわ……。アタシは『部隊を率いてもらう』って言ったのよ?
『白銀隊長率いるは指揮車両一個中隊』とでも名乗りを上げるつもり?」
「…………」
―――それも、ある意味すげえ受けるだろうけど……。
「アンタのお姫様がその事について提案があるらしいわ。
……わかったらさっさと逝ってらっしゃい」
おい、どうでも良いが『いく』の漢字が違うぞ……。それじゃあ帰って来れないだろうが。
「ああそうそう。……明日の朝まで帰ってこなくていいから、精々殿下を楽しませて差し上げなさい」
―――ふ、ふふふ……そういうことか……。
先生も、何だかんだで結局は一本取られた格好だ。
このおれさまに、あのしまいをとっちめてやりなさい、というのだな……?
まかせて、せんせい!……みっかほど、あしこしたたないようにしてきますから!!
「―――うっといわ、このエロガネ! さっさと逝きなさい!!」
こわいこわい。……もう、せんせいったらてれちゃって、すなおじゃないんだから。
―2001年11月14日 14:00―
横浜基地を出て此処、帝都城に到着するまでは苦難の連続だった。
どうやら基地を遠巻きに監視していたらしい記者たちに見つかり、取材を要請されたのである。
何だかもうこの世界は色々な点が間違っているような気がしてならない。
無論俺は無視して車を走らせ続けたのだが、奴等はしつこく何時まで経っても諦めようとしない。
おかげで、意に沿わずカーチェイスを繰り広げる事となり、『最速理論』の研究に一役買ってしまうこととなった。
今の俺ならばドリフト、カウンターはもちろんヒール&トゥだって上手くこなせる自信がある。タイヤマネジメントだって完璧だ。
『元の世界』で鷹嘴さんとバトル出来る日も近い……筈。
「―――なんと……そこまで苦労してわたくしに会いに来て下さったのですね……!」
此処は、殿下の居室である最上階。今この場には俺、殿下の他冥夜と月詠中尉しかいない。月詠中尉の従姉妹である真耶さんは、今頃何処かに潜んで控えているんだろう。
「……お前が言うな―――いや、貴方様に仰られたくはございません、殿下」
言い直したのは月詠中尉が怖いから―――ではなく、只の嫌がらせだ。
思ったとおり殿下は、その整った優美な眉をひそめて悲しそうな顔をした。
だが、直ぐに気を取り直し再び微笑を湛えて俺に問い掛けてくる。
「それで、本日此処へ来て下さったのは、遂に国連軍に見切りをつけ我が斯衛に入隊する決心を定めて下さった―――と思って宜しいのですか?
嗚呼、早速何処か有力武家との養子縁組の段取りをつけなくては……月詠、どこか良い家はありましたかしら……?」
……わざとやっているのか、それとも素なのか、どちらにしても恐ろしすぎて『武家の養子にして、その後俺をどうするつもりだ』なんて聞けなかった。
「……あの……ホントすいません……お願いだから本題に入りませんか……?」
情け無い。情け無いぞ俺よ……。
ほら、見てみろよ……月詠中尉のあの『ふん、口ほどにも無いやつだ』と言わんばかりの顔を……!
―――出されていた茶を一口啜る。口中に広がる程よい苦味と渋み。そしてほのかに感じる旨み。
どれほど疎くても、一口でそれが極上の天然物だと知れる。加えて、茶菓子も一級品。
目前の姉妹がそれを堪能しているのは許せる。だが、目前の利益にしか興味の無いような政治業者の『ひひじじい』共がこいつを当然のように食っているかと思うと虫唾も走ろうと言うものである。
「……つまり、冥夜達が横浜基地に出向してくるって言うのか……?」
「そうだ。私と月詠と、神代、 巴、 戎……斯衛からは五人。それに隊長となるタケルと、今そちらで訓練生をしている唯依、合計七人で隊を構成することになる」
そうか、唯依タンも家柄的には『黄』が与えられるべき由緒ある家だからな。武御雷の青、赤、黄、白が勢ぞろいするわけか。
士気の高揚、という点では計り知れないものがあるだろう。
加えて、政治的効果も抜群。これは、帝国の国連に対する信頼と貢献を大いにアピールする物となる筈だ。
何しろ、将軍が直々に自らの妹を国連軍に派遣する、と宣伝するのだから。
「……これじゃ、俺一人が不知火ってのは逆に浮いてしまうな……」
「心配には及びません。……そなたにも、用意してあります故」
『黒』か?……だが、隊長機がそれじゃあ色々とまずいだろう。
とはいえ、他にめぼしい機体も存在しない。
「今、篁が乗るべき『黄』と一緒に、もう一機同じ機体を用意させている」
「都合の悪い制度があるのならば、良くなるように作り変えてやる。
……権力者の特権ですわね」
「……おい、月詠中尉、殿下……意味がわからんぞ」
「つまり―――」
―――説明を聞いて俺は愕然とした。それは、驚き半分呆れ半分と言う微妙なものだったが。
唯依タンと同じ『黄』の武御雷をベースに、色を塗り替えてしまうらしい。
……それも、銀色。
制度を作り変える、というのは『将軍家、あるいはそれに近しい者に格別の功績ある衛士に対し、独自の彩色を施した武御雷を下賜する』というもの。
この『格別の功績』というやつが曲者で、現将軍にそれと認められなければ例えハイヴを落とそうと下賜されることはない。
尤も、武御雷という機体はとことん整備性の悪いやつなのでそうほいほいあちこちに配備しても『宝の持ち腐れ』となってしまうのだが。
斯衛内部の反対意見に関しては冥夜の師であり、また斯衛の重鎮である紅蓮氏を使って黙らせるらしい。
また、修正法案の可決についても『独自のルート』というやつで問題は無いそうだ。
……聞いて驚け。その、独自のルートというのは……。
「……美琴と、委員長だと……?」
何処で何をしているのか、とんと消息不明だった旧207B分隊のあいつら。
その中の美琴は、現在情報省外務二課で、親父の下でノウハウを吸収しているらしい。
委員長は、同じく親父である内閣総理大臣・榊是親の元で秘書紛いの事をやっている。
二人ともそれぞれの方面で着実に頭角を現しつつあり、これまで二人の蒐集してきた『弱み』により与党議員を黙らせるには充分―――との事。
「―――この際だから、残る二人の消息についても教えておこう」
「……是非、教えてくれ」
―――たまは国連事務次官である親父について補佐役のような事をしているらしい。
そして、彩峰は沙霧の元で操縦技術と精神を磨きつつ、『不穏な動き』に関しての情報を集め美琴を通じて冥夜の元まで流して来る。
いつの間にか、かつての戦友同士による冥夜を中心とし、美琴を繋ぎとした強固なネットワークが形成されていたのだ。
「―――ハハハ……無茶やるもんだ、あいつら……」
だが、それで良い。戦う事にしか能の無い俺と違い『あいつら』にはもっと素晴らしい才能がある。
最前線で戦術機に乗ってドンパチやるだけが戦争ではない。彼女達は、それぞれに相応しい戦場で戦っているのだ。
「……会いてぇなぁ……あいつらに……」
「鎧衣は近い内にお父上と共に横浜基地を訪れると言っていた。……珠瀬も、やはり近い内に視察に訪問するお父上に同行するそうだ。
……榊と彩峰に関しては、直ぐにというわけには行かぬかも知れん。……だが皆、タケルに会いたがっていた……」
「……そうか」
―――これでまた一つ、死ねない理由が出来た。あいつらと再会を果たす。
そして、いつか平和になったこの世界でヴァルキリーズの皆、現207、旧207の面々など、勢揃いで大宴会を開く。
それはきっと、素晴らしいものになるだろうと思うのだ。
「……殿下、冥夜様……御顔を引き締められた方がよろしいかと……」
『―――ハッ!?』
『……あまりにも凛々しいお顔をされている故、つい見とれて―――』
流石は双子、というべきなのか?
……表情から、言い訳の言葉までがシンクロしていた。
―――二人とも、運が良かったな。……今日の俺はすこぶる機嫌が良い。
予定を変更して、腰が立たなくなるのは一晩で勘弁してやろう……。