とーたる・オルタネイティヴ
第25話 ~けだものは、ひかぬこびぬかえりみぬ~
旧加茂市役所跡地の本営へと辿り着いた俺と祷子さんが見た物は、陣の中央に屹立し長刀を構える紫紺の武御雷の姿だった。
いや、無論其処にいたのはそれだけではない。おそらくは殿下の搭乗しているであろう紫紺の武御雷の周囲には、それぞれ色の異なる武御雷の姿があった。
殿下を中央に、その前方に立つ青の機体。左右には赤のそれ。
青い武御雷の更に前方には三機の白。それの斜め前方にはそれぞれエレメントを構成した三組の黒が敵の先鋭である突撃級と戦闘を繰り広げていた。
「……武御雷が、まるで虹のようだ……」
「た、武くん、そんなこと言ってる場合じゃ……!」
無論分かっている。見たところ、状況は今まさに戦闘が開始されたばかりのようだ。
どうやら間に合った様子で、安堵のあまりついジョークを飛ばしてしまったのだ。
敵の構成は、概算で突撃級400、要撃級400。そして、残りを戦車級を主軸とする小型種が300余り。
先程までの戦闘とは異なる、何かを守りながらの戦い。
「祷子さん、俺はヤツらの背後から吶喊します。……援護は任せましたよ―――」
―――さあ、バケモノ共、そして殿下よ……苦戦は覚悟の上。……俺の一世一代の大見得を、括目して見るが良い!!
「待て待て待てぇ~いっ!!―――そこな無粋極まる侵略者共よ!!!」
『な、何ヤツっ!』
その声は三バカだな?……という事は、白の三機はこれで正体が分かったな。
しかし、いいタイミングで合いの手を入れてくれた。後でご褒美を上げよう。
「天よ轟け、地よ叫べぇぃっ! ―――我が殿下の助けを求める悲痛な叫び声が、一人の戦士を地獄の釜より呼び戻したぁっ!!
その名はシロガネタケルっ!……招きもせぬのに押しかけ、我が物顔で居座るナマモノ共よ……早急にこの地より消え失せるが良いっ!
―――去らぬと言うならば、この『あいとかみのせんし』シロガネタケルが成敗してくれようぞっ!!!」
今回はポーズ付き。例の右手を突き出す歌舞伎のアレだ。
皆、感動のあまり声も出ない様子だった。これ、その反応があってこそやった甲斐があるというものだ。
「いざ、参る―――トウッ!」
俺は、留まっていた中空から三回転捻りで地面に降り立った。
そしておもむろに長刀と突撃砲を構える。
「し、シロガネと申しましたか? 救援、大儀です。
……しかし、今の台詞は一体―――」
「畏れながら殿下、今は何よりもBETA共を駆逐するが肝要かと。
―――お話はその後で」
前方で斯衛が引き付けているおかげで、背後から攻める俺の眼前には無防備のBETAの姿があった。
ようやく直近の要撃級がこちらに反転しようとしている。―――だが。
「反応が遅いんだよっ!」
右腕に構えた突撃砲で、劣化ウラン弾の雨を浴びせ掛けた。
バタバタと雪崩を打って倒れてゆく要撃級を尻目に、突撃級の密集する地点に向けて120mm滑空砲をぶち込む。
弾丸を掻い潜って肉薄してくる要撃級、戦車級の群を小刻みに旋回し、避けつつすれ違い様に左腕の長刀による一閃。
俺の手の届かない位置にいる要撃級が祷子さんの援護射撃によって崩折れる。
これも身体を重ねた効果だというのか、祷子さんには俺の行っている一見出鱈目な軌道が『読める』ようだった。
俺の行動を先読みし、俺の攻撃対象となっているBETAを無視しつつ死角にいる敵、次の軌道の邪魔になりそうな敵を巧みに落としてゆくのだ。
その為、俺はまさに理想の軌道が取れていた。
これほどの、公私にわたって痒い所にまで手の届く女の子なんてそうそういない。
―――俺達と斯衛は、およそ1,000体余のBETAを東西から挟撃する格好になっていた。
尤もこの場合、挟撃する側よりもされる側の方が圧倒的な物量であり、こちら側の有利、などと言えるものではなかった。
本来ならば俺達は各個撃破の餌食となっていたはずであり、現在そうなっていないのはヤツらの思考が鈍重に過ぎるせいだ。
BETA共は、東を向いては西の俺から痛撃を受け、西を向いては東側の斯衛に攻め掛かられる。
最初絶望的な戦力差と思われていた敵も、削岩機に掛けられる岩のようにみるみるその勢力図をやせ細らせていた。
とは言え、やはり敵は圧倒的な物量。退く事と戦意の衰えというものを知らないBETAを全滅させるには今しばらくの時間が必要なようだった。
相手が真っ当な部隊であれば頭を潰せばそれで終わる。だがそれの無い連中は全滅させるか燃料が切れるまでは止まらない。
状況は依然こちらの有利で推移しているが、このまま長引けば俺はともかく斯衛の方でもたなくなる奴が現れそうだった。
―――戦闘開始から既に数十分が経過していた。
常に敵の最も分厚い部分を引き受けていた俺は、とうに突撃砲の弾は切らしている。二本有る長刀も一本は折れ、追加装甲もとっくに失われていた。右腕の短刀と左腕の長刀が失われれば残すは短刀一本のみ。
状況は斯衛も祷子さんも似たり寄ったりだった。いや、俺よりは残弾にも多少余裕があるようだが。
それでも此処まで、味方に一機の犠牲も払わずに戦闘を続けている時点で僥倖と言えた。
BETAはその数を三分の一以下にまで減らしていた。それでも疲れを知らぬ物量の差が、俺達の体力と武器を容赦なく奪い去る。
―――センサーが、北方から近づいてくる『何か』を示していた。
すわ、敵の増援かと戦慄したのも束の間、そのマーカーの色はそれが味方であることを意味していた。
ようやく、ヴァルキリーズが、伊隅大尉達が援軍に来てくれた。それも、全機健在で。
俺達と斯衛が東西から挟撃していることを見越して、あえて遠回りしてでも北から一撃を加える事を選択したのだった。
貴重な、止めとなる一撃を。
「―――白銀ぇ~、覚えておきなさい?……真のヒーローってのはね、一番最後にやってきておいしい所全部掻っ攫っていくモンなのよ?」
「……言ってくれますね、速瀬中尉……でも、本当においしい所はこれからなんですよ―――殿下ぁっ!……『黒』を退がらせ、ヴァルキリーズの突撃にあわせて残りの戦力を投入しろっ!
……三方向から一気に決めるっ!!」
「―――っ!貴様、殿下に対して何という口を―――」
赤の武御雷。……その声は月詠中尉か。とすると、もう片方の赤は真耶さんの方なのか。
「んな事言ってる場合じゃねえっ!……あんたらの部下の『黒』はもうもたんぞっ!
……そいつらを殿下の護衛に下がらせ、代わりに余力の有るあんたらが吶喊しろってんだよ……!!」
口に出すまでも無いことだが、六機の『黒』の中にも女の子はいるはずなのである。それも、とびっきり上玉なのが。
あたら若くて可愛い女の子を、こんな無粋な場所で死なせては男が廃る。
―――なあ、かみさま……そうだろう?
「―――真那、命令します。……白銀の指示に従い、敵陣に突撃を仕掛けるのです。……■■■、頼みましたよ……」
機体操縦の為のあらゆる動作を、束の間忘れていた。
―――なんだと……?今、その『青』を何と呼んだ?……彼女が、アイツがそれに乗ってるってのか……?
「―――っ! 武くん、後ろぉっ!!」
バックブロウの要領で旋回しながらの短刀による一撃。前部から尾節までを切り裂かれた要撃級が暫く突進して地面に崩れた。
くそっ、今はそれについて考えるのは止めろ。まずはこいつらを潰すのが先決だ。
話は、それからゆっくりとすれば良い……。
残す武器は長刀が一本と短刀が二本のみ。だが、それが無くなったとて両の腕と両の足がある。それすらも無くなれば体当たりしてでもヤツらを屠って見せよう。
生ある限りBETAを殺戮し続ける。
……それが、俺のもう一つの存在意義というものだから……。
―2001年11月11日 09:00―
静寂に包まれているかつての戦場は、異邦者共の残骸が到る所に散乱し陰惨たる光景を作り出していた。
先程から、戦場には雨が降り出していた。それはまるで、天がその無残な殺戮の跡を忌み嫌い大地を洗い清めようとしているかのようであった。
BETAの残骸が発する猛烈な臭気を避け、本営はその場所を30km程度南に下った所に移設していた。
帝国本土防衛軍第12師団と14師団が引き続き警戒を続ける中、俺達ヴァルキリーズは新本営へと集合した。
降りてくるよう指示され、数時間ぶりの大地を踏んだ俺は、疲れのせいか支えを失いみっともなくもよろめいてしまう。
「―――くそっ……」
水溜りの中に顔から突っ込む覚悟を決め、目を閉じたとき、俺は身体を抱きとめる柔らかな感触を感じた。
とても柔らかく、そして良い香り。日頃の癖と言うヤツは大層恐ろしいもので、俺は自分を抱きとめる人物が何処の誰かも確認しないまま『グリグリ』していた。
「―――んっ……あぁ、し、白銀……このような―――」
「き、貴様ぁっ!―――殿下に対し、畏れ多くも暴言を吐いたばかりかそ、そのような破廉恥な真似をっ!」
……え?で、殿下?そんな、月詠中尉……。政威大将軍ともあろうお方がこんな所にまで足を運ぶ筈が無いだろう。
そう思いつつも、俺は恐る恐る閉じていた目を開き、顔を上げた。
至近距離で合わされる視線と、視線。
「…………」
「…………」
どうする、俺?……下手な対応したら首が飛ぶんじゃないか、これ……。
まさか、雨に濡れるのも構わずこんなとこまで来るとは思いもしなかった。
俺は、そっと殿下の身体を押しやり、自身は一歩退いて片膝をついた。
「殿下とは露知らず、ご無礼を致しました……。
―――如何様にも罰は受ける所存でありますが、せめて此処は一つ、広い心で許してもらえちゃったりすると嬉しいかな、と思わないでもない事も無い今日この頃でありますが殿下はいかがお過ごしでしょう……?」
『…………』
ちなみに今現在、この場には殿下と月詠中尉、数人の斯衛の他、横浜基地所属の先生とかピアティフ中尉、ヴァルキリーズの面々が勢揃いしている。
俺を知っている横浜基地の面々は、皆揃ってこめかみを押さえて溜息をついていた。
月詠中尉といえば額に青筋が浮いていて、今にも手に持つ真剣で切り掛ってきそう。
「……貴様、舐めているのか……?」
「……是非、舐めて見たいですっ……!」
「貴様ぁっ!!その首、叩きおと―――は、はなせっ!お願いだ、コイツを今此処で―――」
「ま、待ってください、中尉っ!……そんなことしたら国際問題に―――」
月詠中尉を取り押さえている斯衛らしき女の子達。六人いるため、おそらく俺と共闘した『黒』の主なのだろう。
俺はドタバタ劇を繰り広げる彼女達から視線を逸らし、再び殿下へと顔を向けた。
『―――ハァ……』
何故か、ピタリと息の合った溜息が口を付いた。
「……畏れながら、血の気の多い部下をお持ちになられると苦労の多い事かと存じます」
「……分かってくれますか?……白銀」
「……私の周りにも多いですから……」
「ふ、ふふふふふふふふ」
「ははははははは」
どちらからとも無く、俺と殿下は笑みを零していた。そして一頻り笑った後身体を翻し、未だに揉み合っている月詠中尉たちに向かった。
「控えなさい、真那。……白銀のおかげで一体何人の兵士が、その命を救われたと思っているのです?
……斯く言うわたくし達とて、彼があの場にいなければその命を落としていたやも知れません。
命の恩人を多少の無礼があったからといって切り捨て、そなたは一体誰に向かって功を誇るおつもりなのですか?」
一瞬にして大人しくなる月詠中尉。可哀想に、しょんぼりと項垂れている。
―――流石、俺。……こうなる事まで見越して殿下に『グリグリ』を―――いや、そんな事は無いわけだが。
「―――ところで、白銀……」
「はっ」
再び俺に向き直った殿下が腑に落ちない、という表情で問い掛けてきた。
「そなたは、以前何処かでわたくしと会ったことがありましたか……?
―――何故だか、とても懐かしいような……」
そうなのだ。『これまでの経験』を含めても俺と殿下はそれほど深い関係だったわけではなかった。
それなのに、さっきから息が合いすぎているし、殿下にしても俺に対して気安すぎた。
―――ねえかみさま、これってなんなんですか……?
「呼びましたか、白銀?」
「えっ!?」
「ふ、不思議ですね……、今そなたに呼ばれたような……」
―――か、かみさま、なにかお、おかしくないですか―――?
「……なにか? 白銀」
「…………」
「…………」
ヤバイ。何だか知らないがとてつもなくヤバイ香りがする。
俺を構成する全てが、『これ以上つっこむな』と警報を鳴らしている。
「……ふ、深く考えてはいけません、かみさ―――殿下。せかいのほうそくが乱れます……!」
「そ、そうですわね……えろが―――白銀……!」
「は、はははははは……」
「ほ、ほほほほほほ……」
我ながら乾いた笑い声だと思ったが、それは殿下も同じようだった。
―――その時、俺と殿下に向かって歩いてくる一人の強化装備に身を包んだ女性の姿を、俺は視界の隅に捉えた―――
先程の、殿下がその名を呼んだ『青』の正体。いつか会える日も来ようと思っていた『アイツ』の姿が其処にはあった。
「―――紹介が遅れてしまいましたね……この者は、わたくしの妹で、御剣 冥夜と申します」
「―――はっ……御剣……?」
「……故あって、今は『煌武院』の姓を名乗っておりませぬ……。ですが、この方が、殿下が私の血を分けた姉である事に嘘偽りは御座いません……」
「……失礼致しました。……私は、国連軍横浜基地所属、白銀 武少尉であります」
近寄って抱きしめたくなる衝動を俺は必死で堪えていた。今の俺と冥夜は初対面なのだ。
そして、今の冥夜はこれまで決して許されなかった姉との共生を許されている。それは、俺個人のわがままで壊して良いものではなかった。
「……姉上。私も姉上も、この者に命を救われたといっても過言ではありませぬ。
……故に明日、白銀少尉を帝都城に招きたいと思うのですがお許し頂けますでしょうか」
「そうですわね……白銀は、篁 唯依とも関係が深いと香月副司令より聞きました。
……共に招き、礼と同時に再会を懐かしむ事もよろしいですね……了承頂けますか……白銀?」
「―――はっ……恐縮ながら、お招きに預かります……」
―――このとき俺は、自身の衝動と全身全霊で戦っていたため気付かなかったのだ。
俺の名を聞いた瞬間の、冥夜の何かを堪えるような表情と揺れる瞳に―――