とーたる・オルタネイティヴ
第3話 ~あおるばかとおどるあほ~
―――誤解の無いよう最初に言っておくが、俺こと、白銀武の仕事は訓練にかこつけて女の子を鑑賞する事だけではない。
そう、俺が女の子のぱいおつを追いかけ、彼女達と親睦を深めているのは、あくまで崇高たる目的を遂行するための手段にしか過ぎないのだ。
―――崇高たる目的?そんなもの決まっている。
彼女達、仲間を死なせない事だ。
未だ十代、尚且つ男も知らない彼女達を、その笑顔を護る事こそがこの俺がかみさまより与えられた至高にして究極の義務なのである。
かくして俺は、『至高にして究極の義務』を果たすため、207B訓練分隊長たる唯依タンの部屋を訪れていた。
昼間の一件で失った信頼を取り戻すため、まず分隊長である彼女を篭絡すべしとの神託が下ったのだ。
『あいとかみのしもべ』を自認する俺には、かみさまのお告げに逆らうような罰当たりな行為は出来ない。
かみの戦士に私情を挟むことは許されないのだ。
―――かみに逆らえぬ愚かな俺を許してくれ……、唯依タン!
……よし、理論武装は完璧。八百万の神様がおわすこの国の民である唯衣タンに、この主張を否定する事はできまい……!
俺は、ともすればにやけてしまいそうな顔を両手で張り、精一杯神妙な表情を作り扉をノックした。
「……唯依タン……居るんだろう?
……出来れば、此処を開けて俺の話を聞いてくれないか……?」
永劫とも思われる数秒が過ぎ、ゆっくりと扉が開かれる。
姿を見せた唯依タンは、流石に制服は脱いでおり、Tシャツとスパッツというラフな格好だ。
……生足が実に目の毒である。
それはさておき、唯依タンはてっきり怒りの形相か軽蔑の眼差しを浮かべていると思っていたのだが、予想に反してそのどちらも見られない。
「白銀……その、何の用だ……?」
―――っ!! 俺様の超・紳士レーダーが反応した。この表情は、そう、『緊張と不安』だ!
―――これは、いわゆる千載一遇のチャンスというやつだ。……考えろ、俺……!
ここで正しい選択肢を選ぶ事ができれば、現状マイナスの好感度は一気に逆転する筈……!!
―――そもそも、『怒りと軽蔑』ではない『緊張と不安』を抱くのは何故だ……!?
俺が不埒な行いに出ることを警戒している?
いや、違う。それならばそもそも扉を開けたりしない。
まさか、俺の正体を勘付いた……?
……それこそまさかだ。今唯依タンに与えられている情報でそれに気付く事が出来るなんて、それは人間に可能な業じゃない。
―――くそ、手詰まりだ……!
何か、何か糸口は無いのか。会話しながら探るしかないのか……!?
「唯依タン……、聞いてくれるんだな……。……ありがとう。
昼間、お前達にとても酷い事をしたと思って……どうしても今日のうちに謝っておきたかったんだ……」
「あ、ああ……そのことか。いや、その事はもう良いんだ……」
―――CP、CP! 予想外の事態だ……!ぱいおつ凝視がもうどうでも良いとか言ってますよ!?
もしかして、俺誘われてるんですか……?
―――待て、はやまるなフェチ01!……この場合、それが気にならない程重大な事態が発生した、あるいは気付いたと捉えるべきだ!
己の行動をよく思い返してみろ、フェチ01……!!
……自分の行動だと?あの時俺は、皆がばててるのをいいことに彼女達のぱいおつを……。
―――っ! ようやく解った。ありがとうCP……。
そうか、そういう事か……唯依タン!
あの時、科せられていた訓練は尋常じゃなかった。戦闘民族であるチョビはともかく、皆が疲れきっていたのだ。
にもかかわらず、俺は鑑賞会を敢行出来るほどの余裕を持っていた。しかも、みんなからお仕置きされた後も、俺は割とすんなり立ち上がったような気がする。
その持久力と打たれ強さが、今になって疑問となって出て来た訳だな……?
そこに俺が尋ねてきたものだから『緊張と不安』を感じているという訳か……!
ふ、ふふふ。可愛いやつめ。
確かに俺は、軍歴10年に迫るベテラン衛士、という事実を隠して訓練生をやっているが、だからと言って取って食いはしないというのに。
―――いや、すみません。嘘つきました。
別の意味で取って喰っちゃうつもりです。……今じゃないけどね。
―――だからヘタレではないと何度言ったらわかる!
さて、状況はわかったが、何と答えたらフラグ成立なんだ?
……悩むゼ。……よし、此処は一気に切り込む策だ。
「……唯依タン……俺のことを、疑ってるんじゃないのか……?」
「い、いや。そんなことは……!」
「わかるよ。唯依タンの目を見れば……。だから、追い出される前に、俺のことを話しておきたかったんだ……」
じっと、唯依タンの目を見つめる。それはもう思い切り感情を込めて。
「そ、そうか。立ち話もなんだから部屋の中に……」
「……ありがとう……」
心の中で飛び跳ねたのは、内緒だ。
さて、彼女の鉄のカーテンを一枚破ることには成功の模様です。
今日のうちに何枚破る事ができるかな……?
唯依タンの部屋は、整理整頓の行き届いた綺麗な物だった。だけど、あまり女の子の部屋という感じじゃない。
まあ、武家の跡取りとして厳しく育てられたと想像してみればそれほど不思議ではない。
ベッド脇にぽつんと置かれたぬいぐるみらしきものが、唯一つの女の子らしさの表現ということかもしれない。
……いじましさに胸が詰まるね、ホント。
「それで、白銀。……話したい事というのは……?」
「……ああ。唯依タンは、俺の身体能力に疑いを持ったんじゃないか……?」
「正直に言えば、その通りだ。……あの耐久力と持久力は、ただの訓練生ではありえないと思った……。
おそらく、それだけではないのだろう?」
「……そうだ。……俺は、体術も剣術も射撃も、相当なもんだと思う。
……それだけじゃない。俺の戦術機適正は、SSランクだよ……」
「―――っ! それがなぜ、訓練生などやっている!?」
「怒らないで聞いてほしい。……俺には、記憶が無いんだ……。夕呼先生……副司令の話だと、俺の身体能力は軍歴10年のベテランにも匹敵するらしい……。
でも、何で自分がそんな能力を持っているのか……これまで自分がどうやって生きていたのか……分からないんだ……。
だから、夕呼先生に拾われて……世間に慣れるためにも、もう一度訓練生から始めるように言われたんだ……」
ちなみに嘘はついていない。一部記憶の欠落があるのもホントだし、軍歴10年も主観ながら事実。
自分の戸籍に数年の空白があるのも確かだ。
―――ヒトを騙すとは、このようにしてやるのだ……!!
……すみません、調子乗りました。
果たして、この言葉の効果は絶大だった。
「そ、そんなことが……!
……私は、興味本位になんてことを……!」
……あ、いかん。唯依タンが自省モードに突入した。
確か次回大当たりまでの継続は鉄板だった筈。
えーとえーと、確か自省モードは電源を落としても持ち越されるから、解除するためには内部的にボーナスフラグを立ててやるしかなかった筈……!
……ボーナスフラグなんてねえよ……!
―――あれか?うっすらと浮き出てる唯依タンのポッチを同時押しとか、そんなやつなのか…!?
いや、むしろ上下上下左右左右BAとか、そんなやつが……!?
……って待つんだ、俺! 折角いい雰囲気になりかけてんのにぶち壊すんじゃねえ!
―――かみさま、うっかりじゃないけどほうこくさせてください―――
進退窮まってテンパった俺は、気付いたら唯依タンを抱きしめちゃってました……。
いっそ、突き飛ばされてビンタとかされれば、まだやりようがあるのに、何でまた抵抗しないんだ……!?
「唯依タン……自分を責めないでくれ……。
これは……俺が話したいと思ったから、……唯衣タンになら話してもいいと思ったから、話したんだ……」
「……白銀……私を、許してくれるのか……?」
「……これからは、『白銀』じゃなくて……『武』と呼んでくれないか……?」
抱きしめた体勢の都合上、耳元で囁くような格好になってしまった。
果たして、俺の言葉に身体を硬直させる唯依タン。
―――いかん、先走りすぎたのか……!?
俺は、ゆっくりと唯依タンの身体を離し、目を覗き込んだ。
「……ダメかな……?」
「い、いや。……構わない。
……できれば、その……私の事も普通に名前で呼んでくれないか……?」
……あ。ようやくそのことを突っ込むんだ。
さっきから唯依タン唯依タンと舌の回らない園児みたいな呼び方を連呼していたせいで、今一つシリアスになり切れないとこだったんだよね。
―――だけどもう遅いんだ、唯依タン。
初めに突っ込んでくれなかったせいで、俺はもうこの呼び方以外受け付けない身体にされてしまったんだ……!
「きみを『唯依タン』と呼ぶのは、この世界で俺だけだ……。俺だけに許された呼び方があってもいいだろう?」
「そ、そうか……。それなら、これからもそう呼んでくれて構わない……」
「もう夜も遅いから、俺はもう帰るよ。
……今日は、俺の話を聞いてくれてありがとう」
「い、いや。私の方こそ、詮索するような真似をして済まなかった……」
俺は唯依タンに微笑み掛け、踵を返した。
扉を開けたところで振り返り、付け加える。
「このことを話したのは、唯依タンが初めてだ……。
これからも、相談に乗ってもらってもいいかな……?」
「―――っ! あ、ああ。もちろんだ。
私でよければ、いつでも話してくれ……!」
「ありがとう……おやすみ」
―――かみさまかみさま!みてくれましたか!? みっしょんこんぷりーとです!
―――みていましたよ、シロガネ……。あなたはもはや、りっぱな『あいのせんし』です。これからは、ひとりでもやっていけますね……?
―――そんな! ぼくなんて、まだまだです! だから、これからもみまもっていてください……!
―――ふふ。 わかっていますよ。 てのかかるしもべですね……、あなたは……。
……はっ? いかん。予想外の進展についトリップしちまったぜ……。
それにしても、明日からの訓練が楽しみだね。角の取れた唯依タンはとっても可愛かったし。
「……白銀、そんなところで何をしている……?」
廊下をスキップしているところにまりもちゃんとばったり。
「…………」
「…………」
スキップの体勢のまま固まる俺。白い目で俺を見据えるまりもちゃん。
「呆れたやつだな、お前は……。あれだけ痛めつけられたというのに、もう踊る元気があるのか?」
「は、ははは……。と、とんでもありません、軍曹。これは、我が家に伝わる一子相伝の、体のコリを解す神秘の踊りと言うものでして……」
「……はあ……。……私も長い事教官をやっているが、お前のようなタイプは初めてだ」
まりもちゃんは、露骨に溜息を吐いてこめかみを押さえている。
「はっ。―――軍曹の初めての男という称号を頂けるとは光栄の極みであります!」
「―――っ! あなたの頭にはそういうことしかないの……!!」
「へぶらっ!」
い、いきなり拳とは油断していたぜ……。目の前に星が散っていやがる……!
でも、地が出ちゃってますよ?軍曹。
そういえば、俺の主観では俺とまりもちゃんはほぼ同年齢なんだよなあ。
そう考えると、急に目の前の女性が可愛く思えてくるから不思議だ。
「―――貴様が単に、戦場を甘く見ているだけのエロ餓鬼だったら、いくらでも対処のしようがあったのだがな……。
貴様のその態度は、あらゆる修羅場を潜った果ての、一種の悟りの境地だろう……?」
「……ありがたいご評価ですが、私は単に、何時行くとも知れぬ戦場よりも目前の女の子が大事だと言うだけの俗人です」
イーニァといい霞といいまりもちゃんといい、俺ってそんなに影があるように見えるのか?
過大評価もいいところだ、全く……。
「……まあいい。いずれ戦場に出れば嫌でもわかる事だ。
―――おまえのその態度は、訓練生共にとってはいい刺激になるだろう。あの連中を支えてやってくれ……」
「はっ!了解であります」
敬礼を交わし、まりもちゃんは去って行った。
あの人にも、思い出すたびに叫びだしたくなるような過去というやつがあるんだろう。
この世界に生きる、ということはそういうことだ。
―――おっといかん。何をらしくもなくマジになっちゃってんだ、俺よ。
さてと、抱きしめた唯依タンの残り香が消えないうちに部屋に戻ろうかな。