とーたる・オルタネイティヴ
第16話 ~ぼくらのえんたくかいぎ~
―2001年11月04日―
俺の所属する此処、国連軍横浜基地には地上、地下を問わずいたる所にブリーフィングルームが存在する。俺がいるこの場所も、その中の一つ。俺達207B分隊の部屋に最も近いブリーフィングルームだ。
だが、その部屋に誤って入室してしまった者がいたとしたら、その異様な雰囲気に部屋を間違えたかとプレートを見直すか、一目散に逃げ出すか、だろう。
まず真っ先に目に入るのは部屋の中央で圧倒的な存在感を放つ円卓だろう。漆黒のテーブルクロスが敷かれ、中央に燭台が鎮座している。
明かりは付けられず、燭台の蝋燭がその代わりを果たしている。対面に座る人物の表情がかろうじて判別できる程度にまで光度は調整されていた。
入り口に最も近い位置に座るのが俺こと、白銀 武。俺を起点に、時計回りにこの円卓に座る人物を紹介しよう―――。
我らが分隊長・篁 唯依。
ESP三姉妹が長女・クリスカ・ビャーチェノワ。
同じく次女・イーニァ・シェスチナ。
実は初心なクールビューティ・ステラ・ブレーメル。
明るく陽気なチョビ・タリサ・マナンダル。
ご存知、207B訓練小隊だ。
さて、此処で一度起点である俺に戻り、今度は反時計回りに紹介してみよう。
ヴァルキリーズ中隊長・伊隅 みちる大尉。
特攻隊長・速瀬 水月中尉。
特攻隊長のブレーキって実はこの人しか持っていない・涼宮 遙中尉。
怪しい言動はブラフ(?)・宗像 美冴中尉。
お嬢様はヴァイオリニスト・風間 梼子少尉。
次代の特攻隊長は私の物・涼宮 茜少尉。
ぱいおつ選手権一位・柏木 晴子少尉。
ぱいおつ選手権暫定王者・築地 多恵少尉。
泣く子も痙攣を起す伊隅ヴァルキリーズの皆様。
そして、此処からは所属が異なる。築地から反時計回りに紹介することにしよう。
横浜基地の迷探偵にしてろりがみさま・社 霞。
酒さえ飲まなきゃ良い女・神宮司 まりも軍曹。
そして最後に、発起人にして司会進行役・香月 夕呼副司令。
ちなみに、ピアティフ中尉は可哀想に円卓に席を与えられず、夕呼先生の斜め後ろに座っている。
―――あんしんしてください……。ぼくにとってはあなたも『たーげっと』のひとりですから……!
ともあれ、女の子総勢17名、揃いも揃ったり。
―――当店では、つるぺたから女王様まで、あなたのお好みに合わせて各種美女を取り揃え、お客様のお越しをお待ちしています―――。
「―――さて……、皆揃ったわね。それじゃあ始めましょうか」
「あの、副司令……、これは一体……」
「……伊隅、それを今から説明するんじゃない。話の腰を折るもんじゃないわ」
「―――はっ、失礼しました」
夕呼先生が立ち上がり、皆の顔をぐるりと見渡した。
「今回、私直属の衛士、もしくは衛士候補生達―――それも女性限定で集まってもらったのは……。
―――『エロガネタケル・その分割統治と効率的な方法に関しての会議』を開催するためよ……!!」
『…………』
……お、俺だけでも『な、なんだってー!』とか言った方が良いのか?
というか、俺を『分割統治』って何なんだ……。
せっかく医務室で、三姉妹+唯衣タンでくんずほぐれつする気持ちの良い夢見てたってのに、叩き起こされて拉致されたかと思えばこれである。
「……ねえ夕―――副司令、まずは訓練兵とヴァルキリーズをお互いに紹介した方が良いかと……」
「……そうだったわね、面倒くさい……わかったわ。……まりも、10分あげるからちゃっちゃと紹介終わらせなさい」
適当だな、おい。……それに、今更言うのもなんだがヴァルキリーズと訓練兵を接触させて良いのか?
―――まあ、良いんだろうな……。どうせ、任官後に配属される部隊だし。
―――10分後―――
「時間ね、始めるわ。……さてと、まずはそこにいるバカ……もといエロガネの事なんだけど、こいつがあんた達を手当たり次第に口説いて、しかもそれが成功しちゃってるもんだから、アタシは困ってるわけよ」
「……その、困る……とは?」
「篁、あんたは真っ先にやられたクチね。……この際本題に入る前に、確認しときましょうか。
―――エロガネに抱かれた、好意を持っている、放っておけない、何となく気になる……この四つのいずれかに該当するヤツ、手を挙げなさい。
……こっちは全部把握してるんだから、隠したら為にならないわよ……?
ああ、そこのエロスケは目隠ししとくから安心していいわ」
把握ってのは、リーディングなのか盗撮の類なのか、是が非でも確認しておきたいところである。
―――ピアティフ中尉が俺の後ろにやってきて、頑丈な布で俺の目を塞いだ。
先生は、困ってるとか言いながら明らかに楽しんでる。
これは、アレだ。『元の世界』で先生が俺らをおもちゃにして遊ぶときの顔だ。
だが、くそう。誰が、誰が手を挙げてるんだ……!?
「―――はい、もう良いわよ。……それにしても……この短期間でここまでやるなんて……。
このタイミングで皆集めて大正解だったって訳ね……」
「副司令! 今の質問にどのような意図があるんですか?」
「速瀬、アンタも小隊長なんだから少しは分かるんじゃない?
……アンタたちが、エロガネを取り合って修羅場になって、隊の連携に支障が出るとかいうのは困るのよ」
「……だから、ぶんかつとうち、なの?」
「そうよ。火種は小さいうちに消しておかないと、大変な事になるわ。
……要は、アンタ達で納得いくようにこいつの処遇を決めなさいって事」
……おい、『処遇』とか物騒な事言うなよ……。
下手すりゃ、次回ループへさようなら、じゃねえか。
「……まず、白銀少尉の最も好意を抱く相手が誰なのか、という事をはっきりさせたほうが良いのでは……?」
「それもそうね。……ほら、エロガネ、答えていいわよ?」
涼宮中尉の言葉によってようやく俺に発言が許されたらしい。
再びピアティフ中尉がやって来て目隠しが取られた。薄暗くてはっきりとは分からないが皆、何処と無く気まずい雰囲気だ。
―――それにしても、『エロガネ』ってなんなんだろうな。ちょっと格好良いじゃないか。
けどまあ、聞かれたからには答えよう。俺様の偉大なる『かみのあい』を……!
「―――全員です」
『……はぁ……?』
「……全員です。……この中に、どうでも良いヒトなんて一人もいません。
俺が俺であるためには、皆が俺の傍にいてくれないと駄目なんです……。
―――だから……お願いです……。俺を……『壊さ』ないで下さい……」
これはボケでも振りでもない、偽り無き俺の本心だ。
「……言っている事は、要約すれば最低なんだがな……祷子の気持ちが少し分かったような気がするぞ……」
「ふふ……でしょう?……美冴さん」
「……エロスケを弁護する訳じゃないけど、聞いてくれるかしら?」
先生の言葉に、ざわめいていた一同が一斉に先生を見る。
「女として、『私だけを見て欲しい』って気持ちも分からなくはないわ。
でもねぇ……『産めよ増やせよ』のこの時代、おまけに男の激減している御時世に、そんな甘い事言ってもらってちゃ困るってのも理解して欲しいのよね。
……あんたたち衛士は、それこそいつ死ぬとも分からないんだから、一夫一妻なんて効率的じゃないわ」
皆が押し黙る。特に、唯依タンとクリスカは気まずい様子だ。
まあ、現状最も修羅場に突入する可能性が高いのが、あの二人だったわけだからな。
というか、張本人である俺が言えた義理じゃないんだが。
「まあ要約すると、腕が立ってそれなりに容姿の整った男ってのは今や貴重な財産なんだから、喧嘩せず皆で仲良く分け合いましょう、という事ね」
「……篁、ビャーチェノワ。現在最も白銀と関係が深いのは貴様等二人だ。
……思う所を言ってみろ」
まりもちゃんが二人を促す。
「……それがご命令ならば、従わざるを得ません……」
「……己の不甲斐なさに歯噛みする思いです……」
当たり前の話だが、理屈は分かるけど納得はし難いって顔。
だが、俺がこの中から一人だけ選ぶなんて事が不可能だという事も厳然たる事実なのだ。
彼女たちがどうしても受け入れ難いと言うのならば、最悪の場合俺は唯依タンとクリスカを諦めなくてはならない。
彼女たちどちらかのために残る十数人を見捨てるなどという選択が、俺に出来よう筈も無いのだから。
「……可哀想だから、年上として一つだけアドバイスしてあげるわ。
……本気でこのエロスケが欲しいのなら、自分を磨いて、自分の魅力でコイツを繋ぎ止めて見せなさい。……コイツが離れたくないって言うくらいにね。
アンタ達も衛士なんだから、泣いて縋り付いて引き止めようなんてみっともない真似するんじゃないわよ」
「―――はっ!」
「了解です!」
流石、年の功と言うべきなのか、詭弁をもっともらしく見せる技術に関しては並ぶ者がいないな。
本人に聞かれたら人体実験の材料にされちまうが。
ともかくも、俺はこれで副司令お墨付きの『ハーレム御免状』を得たと言う事で良いのか?
ふふふ。まさかこの件に関しての最大の理解者が夕呼先生だとは思いも寄らなかったぜ……。
「―――さてと、それじゃあ本題の『エロガネ分割統治』について話し合いましょうか。
……ああエロガネ、アンタはもう退出していいわよ」
「何でですか!これからが本題でしょう!」
「だからよ。……アンタがいたら都合の悪い話をするつもりなんだから」
「い、いやですっ!俺は此処を動きませんから!」
「……もう、仕様がないわねぇ……。
じゃあ、この中から一人だけ一緒に連れ出しても良いわよ?」
『―――っ!』
―――今、何人かの表情が明らかに変わったな……。数人から『私を選べ!』という波動も感じるし。
というか、今一人を選ぶなんて出来ないって言ったばかりだろうが……!
「……おとなしく出て行きます」
畜生。まさに負け犬の気分だぜ……。
「そう落ち込むんじゃないわよ。知らない方が楽しめるわよ?……こういうのはね」
それはつまり、俺はこれまでと行動を変える必要は無いってことか?
『知らない方が楽しめる』ってのは正にこういうことだ。おそらく、女の子同士だけで何らかのルールを決める、と言う事なんだろうな。
―――仕方ないな……。大人しく退出して、ヒゲ、ラテン、ハーフの三人を誘って麻雀でも打つか―――
ヤツ等はシミュレーションルームで訓練中だとの情報を入手し、俺は其処を目指して廊下を歩いていた。
たまには生き抜きも必要だろうに、真面目なヤツラである。
「―――た、武! 待ってくれ……!」
俺を呼び止める声。振り返ると、唯依タンが息を切らせてこちらへ駆けて来るのが見えた。
「……なんで此処に……?」
「そ、その……神宮司軍曹と伊隅大尉が追いかけろ、と……」
「……そうか」
余計な事を、とは言えなかった。あの面子の中で一番不安だったのは、やはり唯依タンだったのだ。
出て行くときも、思いつめた表情をしていたから。やはり、あの二人はそういう気配に敏感だった。
早々に話す機会が得られた事を感謝すべきなんだろう。
「た、武……その……」
「おっと、お互い謝るのは無しにしよう。……少なくとも、君は何も悪い事はしていない」
「……武の方こそ、悪い事はしていない……言いたい事は山ほどあるけど……」
「は、ははははは……」
「ふふふ……」
―――ああ、やっぱり唯依タンは沈んだ顔しているよりも笑っていた方が良い。
何故か気恥ずかしくて口に出しては言えなかったけれども。
―――俺は、ふと思い立って時計を確認した。寝ている所を拉致られたからまだ10:00にもなってはいない。
訓練も今日のところは無いと見て良いだろう。つまり、今日は振って沸いた休日だと言う事。
ならば、これを見逃す手は無い。
「―――よし、唯依タン。……デート行こうぜ」
「で、デート?」
「そう、デートだ。……俺は車を調達してくるから、唯依タンはPX行って昼飯買い込んで来てくれよ。
……一時間後に正門前に集合な」
車は、夕呼先生―――基地の№2からの命令で特殊任務だと言えばどうにでもなるだろう。
後は先生がうまくやってくれる筈だ。
―――外は11月とは思えないほどの暖かさで、空にも雲ひとつ無い。例え廃墟ばかりの故郷であろうと、何がしか見るべきものは残っている筈。思い出話をするにはちょうど良い―――