とーたる・オルタネイティヴ
第15話 ~けだもの、しすべし~(後編)
―2001年11月02日―
さて、今俺達は合流後の最初の難関に直面している。
―――そう、幅十数メートルの崖だ。
「よし、タリサ。向こう岸に渡り、ロープで道を作ってくれ」
分隊長である唯依タンがタリサに指示を出した。……そうか、前回までだとこのロッククライミングは彩峰の仕事だったがこの面子ではタリサの出番になるわけか。
まあ、山岳民族であるタリサだ。故郷の山にはこの程度の崖など珍しくもなかっただろう。
となると、狙撃担当はステラという事になるのか。
―――さて、唐突だが此処で軽くこれまで経験してきたこの崖の攻略法をおさらいしてみよう。
冥夜達旧207Bで取った作戦は、一人がロッククライミングで崖を上り下りし、ロープを対岸の大木に結びつける。そしてこちら側のロープの端も同様に大木に結びつける。
全員渡り切った所で最初の奴は再び向こう側に渡り、ロープを解いてロッククライミングでこちらに戻ってくる。
これが、これまでの正攻法ともいうべき手段だ。だが、この方法は正直時間が掛かりすぎるのだ。
それに、熱帯であるこの島はスコールに見舞われる可能性が非常に高く、リスクの多い作戦だ。
そこで今回、ワタクシこと『国連横浜基地のショカツコーメイ』白銀武はこんな作戦を考えてみました。
―――それは、到って単純な話。こちら側の大木と対岸の大木とを、結びつけるのではなくロープでぐるりと一周回してやればよい。
全員渡り切った所でロープの結び目を解いてやれば手繰り寄せるだけで回収可能だ。
『ロープの長さが足りないだろう』って?
無論、その程度の事折込済みなのだ。さて、ここで思い返してみて欲しい。俺とイーニァが合流ポイントに到着してから全員揃うまでの丸一日の待機時間だ。
その間、俺達はただ単にまったりとしていた訳ではない。
手持ちのシートを細く裂いて編み込んで即席のロープを作成、更に長さの足りない部分は群生している蔦を刈り取り、編みこんで繋ぎ合わせ、充分な長さのロープを作成済みだったのだ。
多少みてくれは悪いが、強度は折り紙つきの逸品である。
「―――あ、タリサ。こいつも一緒に持っていってくれ」
崖に向かおうとしたタリサを呼び止め、即席ロープを見せた。タリサは、流石に勘がいい。
もう一本のロープを見て即座に俺の意図を了解してくれたらしかった。
ニヤリと笑い、
「ああ、任せとけ!」
そう言ってすいすいと崖を降りてゆく。この分だと三十分も掛からずに道は出来上がるだろう。
「……武、こんな場所がある、という事を予想していたのか……?」
「……まあ、保険程度のつもりだったんだけど、こんなに早く出番が来るなんて流石に予想外だったな」
これはもちろん方便だ。この場所で時間を取られることを俺は知っていた。そして毎回計ったようなタイミングでスコールに見舞われることも。
無論、正直に話す必要など全く無かったので黙っていたが。
「でも、タリサの奴速いな……。もう下まで降りちまったよ」
「ああ、彼女は身体能力は抜群だから……」
「……念のために言っとくが、これはただ単に速く着き過ぎたんで暇つぶしがてらに作っただけなんだ。
……予想出来なかった自分を責めるんじゃないぞ?」
何となく自省モードに突入しそうな雰囲気だったためフォローしておく。
だが、唯依タンの表情にはどこと無く陰りがある。
……まだ何かあるのか?
「……ところで、武……。その、さっきからお前とイーニァは、くっつきすぎだと思うのだが……」
「……うん?」
ふと、傍らを見るとイーニァが俺のシャツの裾に縋り付かんばかりの勢いで密着していた。
―――イーニァ、何も言わなかったのはホント助かるんだ……。でも、これじゃあ何かあったってモロバレだろう……?
そして更に、少し離れたところに立つクリスカを見やれば、何とも保護意欲を掻き立てられる淋しげな表情で俺とイーニァを見つめている。
何と言うか、先日の一件以来クリスカのツンデレ比は明らかに逆転しているような気がする。前はツン:デレ9:1位だったんだが……。
そしてステラは、そんな俺達の様子を明らかに楽しんでいる様子で見物していた。
そんな他人事みたいな顔をしていられるのも今のうちだけだという事が分かっているのか?
―――俺を中心に、傍らに縋り付くイーニァ、正面に佇み陰りのある表情で俺を見つめる唯衣タン、右斜め前前方で淋しげな表情で俺達を見つめるクリスカ。
ある意味、前の世界のクーデター事件以上の緊張感である。
だが、そんな俺達に救いの主が現れた。
―――かみさま、……ではなくステラである。
「ほらほら、いつまでもお見合いなんてしていないの……。タリサが、渡って来いって言ってるわよ?」
……ステラよ、ありがとう。だが、やはりこの女手強そうだな……。
この俺様の『眼力』を持ってしても、なかなか付け入る隙と言う奴が見当たらないのである。
―――CPよりフェチ01……!忠告するっ!……デザートに手をつけるのはメインディッシュを平らげてからだ!
―――だ、だけど! 目の前に手付かずの良い女がいて、それをスルーするなんてもったいない事……!
―――だからお前はアホだと言うのだっ! そんな台詞は目の前の修羅場を解決してからだろうがっ……!
……ま、まあ確かに。今回は何となくうやむやになったが、そろそろぶっちゃけるときが来たのかもな……。
この評価演習が終わるまでは何とか隠し通し、基地に帰ったら話してみるべきだ。
―――医務室を前もって予約しとかないとな……。
「回収ポイント確保。……総員警戒を怠るな!」
「四日目でクリアするなんて、アタシ達が初めてなんじゃねーか!?」
「……これで、ようやく戦術機の実機訓練に入れるのね……」
予定ポイントに辿り着き、喜び合う彼女達。これから、砲撃を受けて死に掛ける事を知っている俺は、到底喜ぶ気にはなれないのだが。
……やはりここは、釘を刺しておいた方がいいだろう。
「お前ら、水を差すようで済まないが……。……多分、もう一波乱あるぞ」
「……っ!タケル、どういう意味なんだ……?」
一瞬にして安堵の表情が凍りつき、クリスカが俺に詰問してきた。
「……俺は、お前達よりも詳しく副司令の性格を知っている。……あの人は、持ち上げるだけ持ち上げてから谷底に転落させる、そんなのが好きな人さ……」
「……では、どうすると言うのだ……?」
「とりあえず、発炎筒を焚こう。……何がしかのアクションがあるはずだ」
「―――っ!総員、警戒を!」
俺は発炎筒を手に発着場の中央に立つ。無論そのまま焚くなんて無鉄砲な真似はしない。
手頃な石を数個集めて固定台を作り、発炎筒を焚くと同時に台に固定し即座に元の位置まで戻る。
「皆、岩陰に隠れろ!」
暫くして、ヘリが姿を現した。それに遅れる事数秒、コンクリートが弾けた。
無数に穿たれる弾痕。そして十数秒後、砲撃が止みヘリの遠ざかる音。
皆が無言で立ち竦む中で夕呼先生からの通信が入り、新たな脱出ポイントが告げられた。
「―――ったく……もし当たってたらあの世行きだってのに……。えげつない真似をしてくれるもんだ」
これでくたばってしまう様な運の無い衛士に用は無い、という事なのか。だとしたら、あの人の覚悟は半端ではない。
まあ、分かっている事ではあったのだが。
「……もしあなたが気付かなかったらって思うと……ぞっとするわね。……ありがとう」
「たまたま気付いたから言ってみた。それが的中した。……それだけの話さ」
「―――ふふ、照れているの?……案外可愛いのね」
「……勝手に言うさ」
付け入る隙を見つけるどころか、逆に付け入られてしまったわけで。
どうにも、クールでインテリっぽい女の子は苦手だ。これはやはり、散々夕呼先生に振り回されてきた刷り込みなんだろうか。
「隊長! もう此処に用は無い。行こうぜ」
「―――っ! あ、ああそうだな。総員、行くぞ……!」
……やはり、唯依タンといいクリスカといい何処と無く精彩に欠けるような気がするな。
いや、理由は考えるまでも無く俺。正に『自分で蒔いた種』という事。
今回はイーニァに対して種を蒔いてしまったわけだが。
―――親父ギャグやって喜んでる場合じゃないな、俺。こいつは爆発したら相当被害は拡がりそうだ……。
とは言え、後は特に注意すべき点も無い。レドームの狙撃もステラなら何とか命中させられるだろう。
おそらく明日の午前中には到達できる筈だった。
―2001年11月03日―
「回収ポイントを確保した! 全方位警戒しろ!」
「回収機は見つかった?」
「目視範囲内に機影は存在しない……」
新たなポイントに到着し、彼女達は周囲の警戒と回収機の発見に当たっていた。
そこに、新たな気配を察知しポイントを振り返ってみるとまりもちゃんがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「状況終了! 207B分隊集合!」
その声に彼女らも気付き、慌てた様子でまりもちゃんの元に駆けていく。
延べ4日に渡る評価演習が終わりを告げた瞬間だった―――。
「評価訓練の結果を伝える」
……今回は第一優先目標、第二優先目標共に非の打ち所の無い完璧な内容で遂行している。
仮に他の部分で若干の減点があろうと、合格は揺ぎ無い。
―――けど、なんでだろうなぁ~、俺の超・紳士レーダーがさっきからガンガン警報を鳴らしている。
「敵施設の破壊とその方法、鹵獲物資の有効活用……何れも及第点と言える。
更に、最後の難関である砲台を最小の労力と時間で無力化したことは、特筆に価する。
―――おめでとう……貴様らはこの評価演習を合格した」
―――沸き返る彼女達。何れの顔にも安堵と歓喜の表情が浮かび、互いの健闘を称えあっていた。
だが、俺はそれどころではない。此処に来て、超・紳士レーダー、かみさま、CPの三者が揃いも揃って俺に『逃げろ』との警告を発しているからだ。
―――なんか、もう分かっちゃったよ、俺。……この先迎える『オチ』ってやつがさ……。
「―――だが、白銀!」
「あ~、はい軍曹」
鋭い声に、はしゃいでいた彼女達は一斉に俺とまりもちゃんに注目した。
俺は、もう色々と悟りの境地であったりする。
「これがなんだかわかるか?」
「……盗聴器、ですねぇ」
「言う必要も無いので黙っていた事だが、通信機の中にはこれが仕込まれていた。
そして、島内の各重要ポイントには監視カメラが隠されていた。
……これは、ある洞窟内で回収した記録映像に、盗聴した某訓練生が交わしていた会話を当て、編集したテープだ」
「……編集するほど暇だったんですね?」
「だって夕呼がやれって―――いや、なんでもない!
……さて、白銀。何か申し開きは有るか……?」
「―――最高でした……!!」
俺は、まりもちゃんに向かって両手でサムズアップ。そして、満面の微笑。
多分、歯が光っていたんじゃないかと思う。
ああ、まりもちゃんのこめかみに撃震……いや、激震が走った。
「……態度次第ではこれを流す事だけは勘弁してやろうと思っていたのだが、な……残念だよ、白銀」
言葉と共に押される再生スイッチ。
ああ、最後の最後も、結局俺が墓穴を掘るんだなぁ……。
『だからね?クリスカにしたのとおなじことを、わたしにもしてほしいの』
『……本気か……?』
―――おお、何処のハリウッドスターかと思ったら俺じゃないか。抜群のカメラワークだったから一瞬分からなかったぜ。
『……基地に帰ってからじゃダメなのか……?』
『いや。……いまがいいの』
そして、テレビの中の俺とイーニァは顔を近づけて行く―――。
AV真っ青のハードなプレイの数々に、分隊の皆さんは凍り付いていらっしゃる。あのステラですらが、微笑を湛えたまま固まっている。
意外と初心だった事を確認して内心ガッツポーズだったのは内緒だ。
ところでこの、溢れんばかりのどす黒いオーラは一体何事……?
すわ、唯依タンかクリスカか、と思いきやそのどちらでもない。オーラの正体はなんと、まりもちゃん。
何と言うか、忘れかけていたかつての情熱を思い出した、といった雰囲気だ。
「……なんで……なんであなたばっかり……」
「ぐ、軍曹?」
ヤヴァイ。やばいヤバイ危い……!さっきから嫌な汗が止まらねえ!!
「……篁は納得できた……日本人同士、共感する部分があったのだろうと思ったから……。
ビャーチェノワも、まあしょうがないと思った……。でも、風間まで……挙句の果てに柏木とか涼宮まで私のところに相談に来て……止めはシェスチナ……」
ユラリと、幽鬼を髣髴とさせる動きで俺に向かって構えるまりもちゃん。
「―――私なんて……少し良いなと思った男はすぐに戦死しちゃうし……捕まえたと思ったら碌でもない特殊性癖持ってたり―――」
瞬間、まりもちゃんの殺気が膨れ上がった……!
俺は逃げ出した!
しかし回り込まれてしまった!
魔王まりもの重く鋭い一撃!
俺は999のダメージ!!
―――おお、しろがね……しんでしまうとはなさけない……!
……しんでねえよ……。
「ゲフッ……まりもちゃん……飲んでますねっ……!?」
「飲まなきゃ、こんな編集出来る訳ないでしょうっ!」
俺は999のダメージ!
俺は999のダメージ!!
俺は999のダメージ!!!
―――こ、これがマッド・ドッグの隠された真の実力だってのか!
い、今まで何枚猫被ってたんだよ……!
―――おお、しろがね……しんでしまうとはなさけない……!
―――かみさま……そ、そのネタはもういいといっている―――だ―――ろ―――うっ―――
―――それが、遠くなって行く意識で考えた最後の事だった。俺が次に目を覚ますのは翌4日、基地の医務室のベッド。
分隊の彼女達の水着姿を拝めなかった事のみが悔やまれる―――