とーたる・オルタネイティヴ
第13話 ~おにづものおんな、ひきよわなおとこ~
―2001年10月29日―
俺は屋上のフェンスにもたれかかり、廃墟と化した故郷を眺めていた。
沈み行く夕陽が崩れ傾いた建造物に反射し、幻想的な光景を作り出している。
―――俺は今、悩んでいるのだ。……それも猛烈な勢いでだ。
何をって、明日に迫った総戦技演習の事だ。つい忘れそうになってしまうのだが、今の俺は正式には未だ訓練生なのである。
俺の肩書きである『国連軍臨時少尉』から『臨時』の二文字を取り除くためには、なんとしても演習に合格し、戦術機教習課程に移らなければならない。
いや、別に合格するかどうか、で悩んでいるのではない。演習の内容を知っていて、尚且つ気力・体力共に最高潮のこの俺様が不覚をとるなど、まずありえない。
じゃあ何に悩んでいるのかって?……そんなの決まっている。
―――そう、俺は彼女たち207Bの誰とペアを組むかで悩んでいたのだ。
まあ、順当に行けば本命は唯依タンだろう。
残りのペアがクリスカ・イーニァ組、タリサ・ステラ組とバランスの取れた優良な組み合わせだ。
あえて不安材料を挙げるとすれば、イーニァをサポートするクリスカの体力面といったところか。
対抗は、やはりクリスカ。
残りは唯依タン・イーニァ組とタリサ・ステラ組。
イーニァが、俺とクリスカの次に打ち解けているのが唯衣タンだから、まあ問題はあるまい。
大穴、イーニァ。大穴とか言っておいてなんだが、実はこれが一番バランスが取れている組合せのような気がする。
207B分隊で身体総合力トップは文句なしで俺。以下、タリサ>唯依>クリスカ>ステラ>イーニァという順だろう。
トップの俺と6位のイーニァが組み、3位の唯依タンと4位のクリスカ。
そして2位のタリサと5位のステラがペア。
クリスカも、俺になら安心してイーニァを託してくれるだろう。仮に万一の事があっても、俺ならイーニァを背負って行動できる。
……では、このパーティが大穴である理由は何なのか、これこそ本命だろう、と思うかもしれない。
―――そんなの、唯依タンとクリスカを二人きりにする事への不安ってのに、決まっているだろう……!
もし何かの弾みでクリスカが俺との○×△とか口を滑らせてみろ。
……演習には合格しても、俺の人生不合格ってのは間違いなしだ……!
ああいやでも、イーニァとの野外○×△とか想像したら、辛抱たまんねえぜ……!
でもそれなら、唯依タンとのプレイってのも捨てがたいし、クリスカとのそれも言わずもがな。
―――かみさま……!こんなざんこくなせんたくがゆるされるのですか……!
だれかひとりをえらぶなんて、ぼくにはできません……!
―――しろがね、……ひとりがだめなら、みんなをえらべばいいではないですか?
……かみさまよ。むかし、似たような事を言ったどこかの誰かは処刑されたって話を知ってるかい?
でもまあ、決心はついた。……かみさまのおかげ、とは口が裂けても言わんが。
……やはり俺は、イーニァと組むべきなのだろう。
唯依タン、クリスカとの野外○×△は涙が出るほどに惜しいが、この際より安全な組合せを選ぶべきだ。
それに、外で○×△する機会なんざ、作ろうと思えばいくらでも作れるんだ。
―――と、俺が断腸の思いで決心を固めた時、後ろで扉が開く音が響いた。
振り向かずとも分かる。唯衣タンが、一人で屋上に向かう俺を気に掛けて様子を見に来たのだ。
唯依タンは俺の数歩後ろで立ち止まり、なかなか声を掛けようとしてこない。
おおかた自慢の内向癖を発揮して、物思いに耽っている俺に声を掛けてもよいものか悩んでいるのだろう。
「……唯依タン、どうした……?傍に来いよ」
苦笑しながらそう声を掛けると、唯依タンは躊躇いがちに俺の隣に寄り添った。
俺が無言で唯衣タンの肩を抱き寄ると、唯衣タンも俺に身を預けてくる。
「……その、武……何を考えていたんだ……?」
「明日からの事さ。……どんな組合せがベストかなって」
「良ければ、武の考えを聞かせてくれないか……?」
ああ、やっぱり唯依タンも同じ事で悩んでいたのか。演習では三組に別れる必要があるって事だけは、まりもちゃんから説明されたみたいだしな。
俺は、先程の『プラン・大穴』を話して聞かせた。
「……ああ、私もその組合せがベストだろうと思った。……でも……」
「何か、不安材料でもあるのか?」
「……武が、シェスチナに不埒な行為を働くのではないかと……」
す、鋭いじゃないか。正直、肝が冷えたぜ……!
「……だから、私が武とペアを組むべきなのだろうかとも思ったんだ……。
……でも、それは私が武と共に居たいという公私混同ではないのかと……
武とシェスチナが組むのが最も効率的なのは明らかなのだから……」
唯依タンは、伏し目がちに己の心情を吐露した。
その寂しげな雰囲気が、俺の良心を容赦なく責め立てて来る。
―――だめです!やっぱり俺には決められねえよ……!優柔不断な俺を許してくれ。
……もうこうなったら、『オペレーション・なりゆきまかせ』を実行するしかあるまい……!
「―――よし、だったら本人に決めてもらおうぜ。イーニァに、俺とクリスカ、あるいは唯依タンか、誰と組むか決めてもらえばいい」
「―――えっ?」
ああ、最初からこうすれば話は早かったんだよな。
イーニァが、誰を選んでも恨みっこなし。
―――ぶっちゃけ、俺は誰と組むことになっても微塵も後悔なんてしない自信があるんだからな。
―――いつもの如く、件の脳みそ部屋にいたら面倒だと思ったのだが、幸いだった。
ちょうど部屋を出ようとする所だったクリスカとイーニァを都合良く捕まえる事が出来たのだ。
かくして俺と唯依タンは二人の部屋に通され、合成コーヒーの供応を受けている、と言う訳だ。
「……それで、一体何の用なのだ、タカムラ……?」
「ああ、明日からの総戦技演習に関して、シェスチナとビャーチェノワ、二人の意見が聞きたくて……」
「わたしと、クリスカの?」
「……ちょっと待て、お前ら」
口を出すつもりはなかったのだが、これだけは言っておかないとな……。
「お前ら、これから先ファミリー・ネームで呼ぶの禁止な」
「……えっ?」
「……なに?」
「反論は受け付けん。大体、同期でしかも背中を預ける戦友のファースト・ネームが呼べませんってどういう料簡だ……!」
ふう、前々から思っていた事をようやく言えて、すっきりだ。これで、コイツラの堅苦しさも少しは緩和されるだろう。
「それで、シェス―――イーニァに聞きたいのだが―――」
「うん、なぁに?」
「……その、イーニァは私と、クリスカ、武……誰とペアを組みたい?」
クリスカが硬直した。
……それはまあ、そうだろうなあ。クリスカにしてみれば、『三人の中で誰が一番好き?』なんて突然聞かれたのと同じだろうから。
ここでイーニァが、一番親交の浅い唯依タンとか選んだら、心の準備をしてきた俺はともかくクリスカは絶望のどん底だろう。
「……わたし、タケルといっしょがいい」
―――よし、やったぜ俺!
三人の刺すような視線が集中する中、イーニァは然程臆した様子もなく即答してくれた。
クリスカは、ほっとしたような、残念なような、そんな表情。
対して唯依タンは、凄く不安な顔をしている。
「……クリスカ、イーニァを俺に任せてくれるか?」
「……ああ、くれぐれもイーニァの事を頼む……!」
おいおい、別に戦場に行くって訳でもないのに随分大げさだな。
これが今生の別れって訳でもあるまいに。
「―――なあイーニァ、一つ聞きたいのだが……」
今度は唯依タンが、躊躇いがちにイーニァに話し掛けて来た。
「……その、何故お前は武を選んだのだ……?」
「……しりたいから」
「知りたい……?」
唯依タンが訝しげな表情をしている。
俺が、内心冷や汗をかいていたというのは秘密だ。
イーニァが言うところの『知りたい事』とは、一昨日の俺とクリスカの『○×△』に関係しているのではないかと思ったからだ。
クリスカ達三姉妹が互いに隠し事をしているというのは考え辛く、したがって例の一件は、姉妹皆の知るところだろう。
つまり、今此処で俺あるいはイーニァが迂闊な事を口走ったりしたら、この場は一気に『処刑場』と化してしまう恐れがあるのだ。
それを裏付けるかのように、クリスカはイーニァの発言に反応して頬をやや赤くしているし。
―――たのむ、イーニァに唯依タンよ……。これ以上何も言うな何も聞くな……!
俺の祈りが何処かの誰かに通じたのか、イーニァは何も言おうとはせず、唯依タンも何も聞こうとはしなかった。
だが、唯依タンの表情を見る限り、答えを聞くのが怖いということなのか。
―――むう、何だか非常に罪悪感を感じるぞ。まさに『あちらを立てればこちらが立たず』という状況だ。
此処は一つ、今夜は唯依タンのご機嫌取りに走る事にしよう。
―――女という生き物は、よく事あるごとに『私とほにゃららとどっちが大切なの?』という質問をしてくるものだ。
『ほにゃらら』の中身はある時は仕事だったり、またある時は両親だったり友人だったりと様々である。
今回の場合で行くと『唯依タンとクリスカ、イーニァ、霞と梼子さんと、誰が一番大切なの?』という質問にでもなるのだろうか。
だが、そのような無粋な質問をしてくるヤツには、俺は次のように逆に質問してやることにしている。
『君は、肺と胃と腎臓と膵臓と肝臓、どれが一番大切なんだい?』と。
つまり、俺にとっての彼女たちというのはそういう存在なんだということ。もしどれか一つなくなっても『俺』という存在が死んでしまうということはないだろう。
だが、少なくとも俺は大幅に能力が低下し、あるいは機能が制限されるだろう。
『俺』という個人が『俺』であるためには、彼女たち全ての存在が必要不可欠なのだ。
それは、決して序列を付けられる物ではないし、付けて良い物でもない。
―――まあつまり何が言いたいのかというと、俺は自分の周りにいる女の子達全てを心の底から愛しており、そしてそれは全く矛盾することなく並存しているのだ、という事―――
―――と、まあ自己弁護はこのくらいにして。
知られざる横浜基地の秘密、その2、なのである。
―――そう、遊技場の存在だ。
無論、元の世界のようなゲーセンの類ではない。やはり地下に存在するそこはビリヤード、ダーツを始め屋内球技の定番『卓球』から将棋、チェスなど盛り沢山である。
夕呼先生からかなり高レベルのIDを与えられている俺様は、こんな部屋にだって堂々と出入り出来るのだ。
そして今、俺は唯依タンと一緒にこの部屋を訪れ―――
―――何故か、二人麻雀としゃれ込んでいた―――
「武、それはロンだ」
「ぬぐわ……! メンホンイッツードラドラ……倍マンかよ!!」
そう、俺はさっきから全く良いとこ無し。
「―――ふふ。これで5連続『トビ』だな……!」
対して、唯依タンったらノリノリである。牌を切る姿の様になっている事……!
「よ、『横浜基地の雀聖』と言われたこの俺をこうも簡単にトばすなんて……」
「おじさまに大分仕込まれたからな……。でも最近は一緒に打ってくれなかったから……」
それはそうだろう。こんな鬼ヅモの女、知っていたら絶対同席しねえ。
「畜生! もう止めだ止めっ……!」
いつの間にか、周囲はギャラリーに埋め尽くされているし。
まあ、イカサマなしであのヒキを見せられたら、野次馬の一人も寄って来るというものだ。
唯依タンは今頃周囲の人垣に気付いたのか、牌を掴んだまま固まっている。
「ええい、お前ら!見せもんじゃねえぞ!」
―――とりあえず執拗に唯衣タンに迫っていた野郎に蹴りを一発お見舞いし、その隙に俺は唯依タンの腕を掴んで逃げ出した―――
そして俺と唯依タンは、部屋へと戻るべく廊下を歩いている。なんだかんだで4時間も卓を囲んでいたのだから、麻雀の恐ろしさを今更ながらに知ったような気分である。
「ねえ、武……確か勝った方は、何でも一つ負けた方に命令できるのだったな……?」
そうなのである。自分が負ける可能性など一ミクロンも考慮していなかったため、唯衣タンにあんなことやこんなことをしてやろうと意気込んでいたのだが……。
「ああ、何でも言ってみてくれ。……ただし、常識の範囲内でな」
「そ、それほど無茶な命令ではない……と思う……。でも、無理なようなら言ってくれ……。
……諦めるから……」
こんな、子犬のような眼差しで『命令』されて断れるヤツがいたら、それはもう漢ではないと胸を張って言える。
「……こ、今夜は私と一緒に寝て欲しいんだ……。へ、変なことはなしで……」
「そ、そうか。……うん、わかった。任せろ」
な、なんという過酷な命令を下すのだ。唯依タンと同衾し、それでいて手出し禁止とは……!
まさに敗者への罰と言うにふさわしい内容である。
だが、それで唯依タンの気持ちが落ち着くと言うならば、漢として応えない訳には行かないのだろう。
―――かみさま、こんやはとてもながいよるになりそうです……。
―――明朝の約束された睡眠不足を思いやりながら、それでも唯依タンの安心したような笑顔を見てしまうとそれでも良いかと思えてしまうのだった―――