14:00
----シミュレータルーム 複座型筐体----
「さて、始めるか」
「…はい、よろしくおねがいします」
昨日言われた霞の[衛士にしてくれ発言]を叶えるべく、俺はまず霞を戦術機に慣れさせる事から始めた。
言うまでも無いが、本来搭乗する筈だった凄乃皇・四型と違い、通常の戦術機はその機動により搭乗者に対し様々な方向へGが掛かる。
それに備えるには体力ももちろん必要なのだが、俺はほとんど[慣れ]だと思ってる。
俺やシロガネがこの世界の戦術機適正にやたら高かったように、ある程度揺れやGに子供の頃から慣れておけば、戦術機適正はかなり上がるんじゃないだろうか。
その点霞はまだまだ延び幅がある。
逆に言えばまだ慣れていない上、体力も致命的に無いので訓練にも細心の注意が必要だが…
「フィールドバックを15%に設定。霞、いくよ?」
「はい…お願いします」
まぁようするに戦術機に乗る練習は戦術機に乗ってする事にした。
「人を殴る訓練など人を実際殴ってやれ」って某オーガも仰ってる事だしね。
霞を後ろに乗せた複座型の吹雪のシミュレータがスタートした。
市街地戦設定、目標は固定目標を先ずは3体。
まずは歩いて建物の影へ。
あまり機体を揺らさないように…
そういえばこういう挙動はあんまりした事無いな。
同乗者を酔わないようにする…か、見えるところに水入れた紙コップでも用意すっかな…
「霞、ビルから半身出すから機体が止まってから射撃3秒」
「…はい」
ガシュン、と一歩建物の影から機体を出し、機体が止まったのを確認してから霞はトリガーを引く。
機体と目標が制止している事と射撃制御ソフトのお陰で突撃砲から吐き出された弾丸は、吸い込まれるように目標に着弾した。
「撃破を目視で確認…っと初めて撃った割には悪く無いな…」
「…お互い止まってます」
「いやアレで外すヤツも居るんだよ、意外にな。じゃ次は噴射移動」
「…はい」
次は一回噴射して移動、ビルの陰に着地、半身を出して射撃。
「次、接近戦。これは俺がやるからとりあえず見ててくれ」
「…はい」
接近戦は俺の領分だ、そこまで取られたら俺が移動オペレーターでおまけみたいになっちゃうしな。
それに接近戦は接近戦のコツみたいのがあるから、そこまで霞にやらせるのは酷だろう。
「低空噴射で接敵、正面から切りかかる。Gに備えろよ」
「…はい」
ゴオッ―――
「……っ…!」
「よっと」
動かないヤツを正面から長刀でバッサリやっただけなんで俺としては余裕というかなんともないが…
「よし、霞。10分休憩だ」
「…まだ大丈夫です」
「呼吸数と心拍数のバイタルは誤魔化せてないぞ?今日はこれでおしまいなんて言わないから、一回休もう」
「…はい」
衛士としての適正はゼロでは無い…が、現状では限りなくゼロ。適正訓練をしたら文句なしの落第だ。
体力その他全ての面でまるで足りないが、しかしこうやって少しづつ慣らさないと戦場には出れない。
当然俺としても3次元機動に耐えられるまで戦場に出す心算は無いので、出撃は早くても半年か一年後だろう。
筐体から出て休むにも周りの視線があるし、つーか霞の強化服は犯罪的な空気を出しているのでとても外には出せないので、筐体に入ったまま休憩を取る。
霞は何か積極的に話すタイプでもないし、俺としても無理に喋らせる気も無いので、今後の事とかをボケッと考える。
そうしている内に10分を示すアラームが鳴り、俺はまた先程とほぼ同じような訓練を繰り返す。
それを5回、つまり一時間半して今日は終了とした。
霞はまだやりたがって居たが、バイタルを見るとかなり疲労が溜まっているのが伺える。
「おつかれさま、霞」
「…ありがとうございます。…タケルさん」
「ん?」
「私…役に立てますか?」
「やれるよ、お前ならな」
霞としては今日の訓練で思っていた程高いレベルの挙動を俺がやらなかったのを気にしてるんだろう。
確かにあんな動きで戦場に行ったら全く使い物にならないだろうしな。
「まだ戦術機に乗って初日だろ?普通の訓練なら武器持つ所かせいぜい走る曲がるくらいしかしねーし気にしなくていいよ」
「…私が動かしたんじゃありません」
「それでいいだろ?俺と霞でひとつの戦術機乗りなんだから」
「!」
ピコン!
と耳をつけていたら反応したであろう表情をする霞。
残念ながらヘッドセットをつける関係上ウサミミは外さないといけないのだ。
「…他に出来る事はありますか?」
「んー、まず体力つけなきゃ行けないから、なるべく沢山食べる事、なるべく歩き回ったりして運動する事、早く寝る事、かな?」
基本中の基本だ。あと走れってのは無理な気がしたので、長時間運動できる歩きにしてもらった。
でもまさかシリンダールームを永遠と行ったり来たりなんてしないよな…いや霞ならやりかねない。
「歩く方はメシ食い終わったら俺も付き合うからさ」
「…はい…ありがとうございます」
なので俺が付く事にした。
霞と散歩が日課なんて今までのループでもなかったんじゃないだろうか。
その後霞の着替えを待ってシリンダールームへ送り、俺は香月博士の部屋でまりも先生、伊隅大尉、月詠中尉らと合流した。
17:00
----香月副司令執務室----
「何故そうなるのだッ!」
で、とりあえず行き成りキレ気味の月詠中の怒声が執務室を振るわせる。
「いやーだから俺としてはクーデターを死者ゼロで終わらせたいんですけど、それには殿下の協力が不可欠じゃないですか」
「だからと言って何故…私が紅蓮閣下と貴様の一騎打ちの段取りなどをせねばならんのだ!」
「それに武御雷に新OS入れるにも斯衛の上の許可がいりますし、帝国側の上層部にXM3の有効性を速めに匂わせる事はですね」
「だから!」
「それに武御雷のシュミレータを実装するのにも斯衛の協力と許可が要りますしね」
「私の話を聞いているのか?!」
「聞いていないのはアンタでしょ?」
「ぐっ!」
ようやくここで香月博士から援護射撃が来た。
何故かは解らないが…いや、昨日の救護室の一件が絡んでいる事は間違いなさそうだが、兎に角俺がどんなに理論立てて説明しても聞いてくれない。
一体月詠中尉は何をファビョっているのだろうか。
「アンタが話しが解るヤツだって信用したからコイツも話しもしたんだし、私も[ここ]までの通行パス出してるのよ?」
今からでも降りる?とたしなめてくれるのは助かるんですけど挑発もセットメニューで付けないでください。ランチタイムは4時間も前に終わってます。
さて、何でそもそもこんな運びになったかと言うと…
1.クーデターは起こす、但し死者はゼロで。
これによって米国、もといオルタ5推進派を押さえる。
場合によってはノコノコやってきた第三艦隊の一分の物資が欲しいので国連本部に証拠を提出をチラつかせて交渉。
実は"ちょっとした"じゃ済まないネタを先に掴んである。
帝国内ではスパイの粛清と政治の膿出しを一気に行い、ついでに沙霧大尉の身柄を横浜で貰う。
2.そのためには事前の殿下による沙霧大尉への説得が必要。
それには月詠中尉の存在では足りない。
そこで月詠中尉と面識のある紅蓮大将と接触をしてみたいが、どうせなら武御雷及び帝国にXM3を提供する布石として、一回模擬戦ができればなおよい。
目先の意味では横浜基地の武御雷へのOS換装と、シミュレータの武御雷データを貰う許可が欲しい。
なので月詠中尉には「横浜基地最強の男が一手手合わせを望んでいる」とか言って俺と帝都に乗り込む。
その辺のプロセスは紅蓮大将と面識のある月詠中尉に任せるというか丸投げ。
…あぁやっぱり無茶かも。
しかし多少無茶でも何とかしないと多くの犠牲が出る事はここにいる全員が理解している筈だ。
だから俺のプランを否定するにも何か建設的な代替案が出て然るべきなのだが…
先程から一方的に否定されているのだ。
「ですが香月副司令…」
「で、できるの?できないの?」
何かもう出来ないって言った瞬間計画から完全に外しかねない目で博士が月詠中尉を睨めつける。
いや、この人は外すだろうな。場合によっては帝国対策で突然"事故"なんて事が起こりかねない。
「…できます」
「そう、ならよろしく」
悔しそうに歯を食いしばって俺を睨み付ける月詠中尉。
ちょっと待て、お前どんだけ俺の事嫌いなんだよ。
下手したらっつーか間違いなく通常ループより嫌われてるぞコレ。
「で、日付なんかももちろん考えてあるんでしょうね?」
「えぇ、11月11日のBETA侵攻前がいいんでその前となると…来週の週末がいいと思ってましたが」
「そうね、じゃ月詠中尉はソレに合わせて。それと来週頭からXM3がをA-01に配布できるレベルになったわ。白銀?」
「……はっ」
「んー、じゃあ早速月曜からA-01に対する教導を始めましょう。俺と伊隅大尉と神宮司軍曹で、あと斯衛の白三人にも不知火で先行で触れてもらいたいんで月詠中尉にも協力を願いたい所です」
出来ればあの白三人にも新OSをマスターして貰いたい。んで許可が下り次第一人づつローテーション組んで帝都に戻って斯衛側の教導とかをいずれしてもらう予定だ。
あと動作系OSなんで当然ハードである戦術機が変わればOSもそれに合わせて改装しなければならない。
武御雷の改造許可も下りてない上に、システム設計書の一つも無い状態では手の打ちようがない。
コンピュータプログラムというのはコンパイルされて実行ファイル化された物がいくつあっても、そこから逆に設計書を作るのは非常に難解な作業なのだ。
リコンパイルというのをすればマシン語レベルでプログラムの状態まで戻せるが、それは膨大な解読困難な計算処理式を産むだけで、各関数がどういった目的で作られ動作しているのかが全く解らないのだ。
そんなわけでいちいちそんな解析作業をしている暇の無い俺達としては、とりあえず不知火に乗ってもらうしかない。
それに横浜基地に駐留している斯衛の戦力強化は月詠中尉としても嬉しい筈だ。
「…いいだろう、では私は準備があるので此れにて失礼する」
プシュン――――――
「俺が何したっつーんだよ……」
つーか此処まで嫌われるってフツーねーだろ。目線で殺されるかと思った。
それは閉まった扉への俺の独り言だったのだが…
「ハァ?アンタが御剣にプロポーズなんてするからじゃない?」
横浜の女狐の囁きにより独り言では済まなくなった。
「は?…えぇ?!いや意味わかんないんんですけど」
「してたでしょ、シミュレータ相手に一人で」
「え?………………… ア ッ ー ! 」
…アレか。
そういう使われ方の発想は無かった。
「…いや、人のログ見るなら一言くらい…やっぱなんでもないです」
俺の機動ログをチェックするなんて当たり前じゃないか…シローアマダの真似なんてするんじゃなかった。
せめてノリスにすればよかった…
とりあえず途方に暮れるしかない俺だったが、ため息をつくと同時に一つ目線を感じた。
「白銀は御剣と結婚するつもりなの?」
「…まりも先生?」
「あぁいや!気になるじゃない、だって御剣は帝国の…ねぇ?」
まさかこの人も本気にしたのか。
流石男不足社会というか何と言うか…
スイーツ脳乙とか言ったら殴られるだろうか。
「いや、俺は誰とも結婚する予定は無いですよ」
「でも『添い遂げる』って…」
「そりゃお互い寿命をまっとうしようねって意味ですよ、毎度毎度俺を含めて誰かしら死んでましたからね。当然その中にはまりも先生や香月博士、伊隅大尉も含まれてます」
「そ、そうだったの。ならいいんだけど」
(私ったら…なんて勘違いを…)
俺としては寿命までなんてこの世界にあんま居たくないってのもあるにはあるんだけどね。
しかし俺の無くなった記憶か…戻る前に知っておきたいな。本当に戻りたいって感じる様な世界に生きていたのか…
まぁ兎に角今を乗り切らないとそれもどうにもならないか。
「じゃあ今日の最後の話題で、XM3のロゴと教導システムの件なんですが…」
(フッ認めたく無いものだな。自分自身への、若さゆえの過ちというものは。白銀、私は貴様を誤解していたようだ)
部屋を出たフリをして聞き耳を立てていた赤がそんな事を呟いたらしいが、バッチリカメラに撮られていてその後永遠にその赤は香月博士に逆らえなかったという。
CHIZURU
19:10
----PX前廊下----
「鎧衣と彩峰でエレメンツを組んでPXを斥候。問題が無い場合、かつ座席を確保した場合は榊がその場に残り座席を維持。
鎧衣は報告に戻ってきて。その後鎧衣を含めたメンバーで食事を取りに行くわ。
彩峰の分はその中で確保しておくから予め鎧衣に注文を伝える事。いいわね?」
「「了解」」
てけてけてけっと緊張感の無い歩き姿を後ろから眺めつつ、私はため息を隠せなかった。
(何やってんだろ…私達)
やってる事に意味はあるんだろうと思いつつも、どこか子供の遊びの延長のような気がしてならない。
「榊」
「ん?どうしたの御剣」
「そう深く気にせずともよいのではないか?」
「えっ?」
「確かに今我らがやっている事は…子供の遊びの様ではある。だが一日中共に居る事を意識しつつ行動する事は今までに無かった事だ。寧ろ余計な緊張をせずため息が出るくらいが好ましいのであろう」
「…それもそうね、ありがとう御剣」
そうだ、これは遊びじゃないのだ。
白銀にも言われたじゃないか。「お前が真面目にリーダーをまずやらないと、誰も本気にならないから。ぶっちゃけコレ成功すんの千鶴次第なんだわ」って。
つまりこの[お遊びのような演習]の成否がそのまま総戦技評価演習の合否に繋がるのだ。
ピシャッと自分の頬と叩く。
切り替えないと。ここでぼーっとしてる時間だって無いんだから。
「ありがとう御剣…ちょっと弛んでたわ」
「何、気にするでない。分隊長の補佐は副長の務め故な」
「フフッ」
御剣は強い。
前からそう感じていたが、何処が強いのか最近解った気がする。
変わらないのだ。どんな状況に置いても、芯というか根っこの部分は変わらない。
それでいて変化してゆく状況への対応力もある。
彼女が部下としてただ居るだけでこんなにも心強いとは…
…そうだ、心強いのだ。
今の御剣は特に特別な事をしているワケでもないのに、私は今までで今ほど彼女を頼もしく思った事は無い。
そう言う意味では、先程行かせた鎧衣は[偵察を誰にさせよう?]と考えた時まず真っ先に浮かんで来て安心して任せられる相手だし、何かあっても彩峰ならまぁなんとか適当に考えてこなすだろうとも思った。
何かこじれたら珠瀬が笑ってくれればなんとか話し合い位には持っていけそうな気がする。
「…そうだったんだ」
「ん?どうかしたのか?千鶴」
「ううん」
そうだったんだ。
今まで分隊長とか言われたり分隊長だと言ってみたりしたけど、結局ただのお友達ごっこに過ぎなかったんだ。
誰かに命令する時も、[軍曹に任命された私が命令するんだから聞きなさいよ]とかどこか心の中で逃げていたんだ。
それが1から自分で考えて人に命令する時に悩まず発令できるこの気軽さ。そしてその気軽さを与えてくれる仲間。
あぁ、ウチの小隊ってこんなに頼りになるんだ。
そこまで考え付いて急に恥ずかしくなって頭をぽりぽりと掻く。
っていうかそんな事にこんな遊び半分みたいな任務でやっとこさ気付くってどういう事?
私バカなの?
いや世界一頭がいいとまでは思った事は無いが、それなりにバカでは無い…と思う。
となるとやはり…
それぞれの出身とか、そういうのを気にしてたんだろう。
その考えは自分の努力を放棄するような結論なのであまり認めたくなかったが、でもそうなんだろう。
私は不干渉なんて勝手にルールを作って、それに逃げてたんだ。
そんな常識をあっさりバカみたいにぶち壊してくれちゃって…
「ホント…変な人」
廊下をこっちに向かってくる一人の訓練兵を見て、思わずそう呟いてしまった。
19:45
----PX---
食後
「分隊長、私はこれより自己鍛錬にゆきたいのだが…許可が欲しい」
自分の行動予定と許可を求める冥夜。うんうん、わかってきたじゃないか。
お兄さんは嬉しいよ。
なんか全員ちゃんとやってるみたいだしな。
「それなんだけど御剣…やっぱり今は個人行動は抑えて欲しいのよ」
「むぅ…それは確かに道理だが、私とて衛士になるために「だから私も付き合うわ」…何?」
テーブルに着いている皆がびっくりする。
'あの榊'からあんな頭の柔らかい発想が出てくるとは…
てっきり冥夜を押さえて冥夜もそれに従うと思ってたけど。
「な、なら僕もやるよ~」
「私もやりますー」
「…同意」
次々と挙がる手、手、手。
「ど、どうしたのよみんなして?」
「個人行動がダメなら全員一緒に居るのが良い」
「彩峰…貴女…」
「それに榊が追加訓練で倒れたら救護室に運ぶ人が必要」
「まったく…」
おぉ、しかも怒らないぞ!なんか知らんが半日で随分とまぁ成長したなぁ。
言い出した甲斐があったってもんだぜ。
「俺もって言いたい所だけどな、俺は新型の面倒を見てくるよ」
「わかったわ白銀」
「でさ分隊長、後でちょっと鎧衣を借りたいんだけど…」
21:00
----PX---
「あ、居た居た!タケルー」
「お、来たな」
新型の面倒というのはぶっちゃけ嘘で、霞と地下を歩き回って散歩していた。
さすがに一時間ぶっ通しで歩かせるのも酷なので休憩半分歩くの半分って所だ。
まぁ霞と将来複座に乗る事を考えるとあながち嘘ではないのだが。
「あれ?社さんも居るね?で僕は何をすればいいのかな?」
「あーそれなんだけどな、今日歩哨立てるだろ?」
「うんうんそうするって話しだったよねー、ボクは長く寝たいから最初か最後がいいなぁ。あ、もしかして霞さんも来るの?」
や、だからお前はもうちょっと人の話を最後までな…
「…はい」
だから霞さん、俺は霞にそーゆー意外性は期待してないんだが。勿論初耳だ。
何故そこで力強くうなづく。
これから'ここですること'が終わったら今日は霞とは解散しようと思ってたんだけど…
とりあえず訂正しようにも霞も退かなそうな雰囲気を出していたのでスルーしてしまう事にした。
もちろん後で後悔するハメになるとは知らずに。
「だから美琴は最後まで話を聞けって。それでな、みんなに夜食を作ろうと思うんだ。おばちゃんの許可も貰ったし美琴は器用そうだしな」
「えー、ボク本格的な料理なんかしたことないよータケル?」
「大丈夫だ、本格的じゃないから」
夜食に本格的なメシって受験生かお前は。
「んでな、今日作るヤツなんだが…」
と言ってもおばちゃんの下ごしらえでほぼ8割完成はしている。
俺は用意してもらった具無しのヤキソバとパンを片手に作りたい物の説明を始めた。
これなら霞にも作れるしな。
もちろん俺の分は霞に作ってもらい、彩峰のおかわり用も準備した。
しかし美琴の方は俺の作り方を一度みただけでテキパキと作っていったが、霞はどうも上手く行かずに苦労した。
浅く切りすぎては具が入らず、かと言って深く切れば具を挟んだ瞬間にパンが二つに千切れてしまったのだ。
ようやく俺用に完成したヤキソバパンはかろうじて具を挟んでもパンが千切れない、ある意味絶妙なバランスの上に成立するヤキソバパンだった。
ちなみに'失敗作'は全て'つまみ食い'という形で主に俺と美琴の腹の中に消えた。
「こういうのも作る側の醍醐味なんだぜ」と言いながら霞の頭を撫でてやると、ちょっと照れていたようだ。
そして俺は散歩と調理を霞に経験させてやれた嬉しさから完全に忘れていた。
霞が寝袋を持っている筈が無いと言う事と…
霞が寝る時、どんな格好で寝ているかを。
----白銀私室前廊下----
俺は霞が「着替える」と言い出したので廊下で待機していた。
俺を含めた207Bのみんなは野戦服、つまり緑のズボンに黒のタンクトップだけど霞は…………あ、しまった。
――――まずい。
俺の頭をリーディングできる霞なら空気を読んできっと野戦服を持ってきてくれている。
と思いたいが多分用意してないだろう。今までの流れからして。
気になって扉に耳を当ててみると案の定というかやっぱりというか残念な声が流れてきた。
「えっ…社さんそんな格好で寝るんですかぁっ?!」
「…はい」
「流石にそれは無い」
「確かに寝やすいってのは解るけどそれはちょっと…」
「まて榊、問題はむしろこの格好を武に見られてもかまわないと社が思っている事では無いのか?」
「御剣?!えっちょっと社さん?!いいの?私達だけならまだしもアイツ男よ?」
「…大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ~、タケルだって男の子なんだからさ、社さんの事襲っちゃうかもよ~」
「…白銀さんは何も感じないので大丈夫です」
「えっやっぱりタケルって胸がちっちゃい女の子はダメなの?」
「えぇ~!そんなぁ」
「フフン」
「慧さんも何勝ち誇ってるんですか~!」
待て、ちょっと待ってくれ。オーケイ。俺が霞の寝巻きを忘れていたのは悪かった。
しかしそれとこれとは違う。
頼むよ霞。俺に勝手に巨乳属性とかおっぱい星人とかそんな属性を付けないでくれ。
流石に耐え切れなくなった俺は「マダー?チンチン(AA略」と言わんばかりに扉をノックする事にした。
「「まだ入っちゃだめ(だよ)!」」
「まだ入る事まかりならぬ!」
「入ったら殺す」
「まだよ!」
いやまだなのは知ってるけど殺すはねーだろ彩峰。
「それに社、よく見ればそなた寝袋も持っていないではないか」
正規兵でもなんでもない社が寝袋を支給されているはずもなく、万が一支給されていたとしても当の昔に何処かに仕舞い込んでしまっただろう。
今更発掘は難しそうだ。
「まぁまぁ御剣、それならベッドが一つ空いてるじゃな「白銀さんと一緒に寝ます」ってちょっと待ったぁ!認めません!認められませんそんな事!」
霞の添い寝…か。しかも一つの寝袋で…だと?!
なんてこった!ソレナンテエロゲ?
「タケルさん…起きてますか?」
「ん、どうした?霞」
「タケルさんの背中…大きくて温かいです」
「そう?」
「ここも…大きくて温かいです」
「か、霞!そこは…」
キター!霞ENDキター!
バターン!
「ゲフッ」
「どうなってんの!白銀!」
「いや…俺も何がなんだか…」
千鶴に叩き開けられたドアのノブに見事な角度でレバーブロウを入れられようやく現実に戻る俺。
くそう、耳をつけていたのがアダになったか。
「と、兎に角!これは私達207の演習の為の練習なんだから、社さんは白銀のベッドを使う事!それ以上は譲歩しないわ!ってドコ見てんのよ!」
ドゴォ!
どこってお前…部屋の中だけど…って千鶴お前そこさっきそのドアにレバーブロウを喰らった場所なんだけど。
流石に同じ場所への二連撃には俺も耐えられず膝を着いてしまった。
千鶴の一撃はシロガネの記憶にある鑑の'レバッ'とほぼ同じ威力があった。
アレと同程度だと?ここラブコメ世界じゃないのにか?化け物め。
俺じゃなかったら内蔵に甚大なダメージを被っていたかもしれん。
とりあえずなんとか霞にはベッドの上に移動して貰ったのだが、また霞が「…白銀さんの匂い」とか言い出して俺は本日通算三度目のレバーブロウを受け今度こそ床に崩れ落ちた。
ちなみにシーツその他カバーはロッカーの中の予備と交換され、今まで使用されていた分は何処かへ消えた。
廊下にある洗濯ダッシュートに放り込まれたと思うけど。
そういえば霞をベッドから出そうとする千鶴を止めてシーツ交換案を具申したのは冥夜だったな。
霞をベッドから出したら出したでまたネグリジュ?を見た俺が意識をトバされる事になるだろうから冥夜の咄嗟の機転に感謝だ。
俺はそのまま這うように寝袋に向かったが、いつの間にか俺の寝袋はベッドがある反対側の端に投げ捨てられていた。
ご丁寧に足跡まで着いてやがる。
俺が何したっていうんだよ…
そんなワケだったんで、夜食の件に関しては鎧衣と霞にしか礼は言われなかった。
(これが…武の匂い…)
後日、そう呟きながら青いGP-02がベッドの上でクンカクンカしている姿がこの世に存在していやかもしれないし、していないかもしれない。
知らない。俺は何も知らない。
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状況描写を多くすると今度はストーリーが全く進まなくなったり脱線したりするので今回シーンごとにぶった切ってさくさく進めようとしたんですがこういうのはどうなんでしょう。
あ、あとアップした後に携帯電話から読み直すと推敲しやすいですね。
「マブラヴ ~限りなき旅路~」さんとか「Muv-Luv Alternative 夢の続き」さんとかみたいに文章量多くても、読みやすい記事は携帯で見ても読みやすいです。
ぶっちゃけ俺の記事は携帯でみたら見づらかったです。
ギャフン。