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No.4170の一覧
[0] Overs System -誰がための英雄-[shibamura](2009/07/25 03:07)
[1] OversSystem 01 <新たなる介入者>[shibamura](2009/06/26 01:28)
[2] OversSystem 02 <世界を救う同志募集中>[shibamura](2008/11/28 01:00)
[3] OversSystem 03 <かすみのほっぺた 商品化決定>[shibamura](2008/09/23 02:00)
[4] OversSystem 04 <鋼鉄の子宮>[shibamura](2008/09/23 02:00)
[5] OversSystem 05 <独白と誓い>[shibamura](2008/09/23 02:01)
[6] OversSystem 06 <世界を救うとは死狂いなり>[shibamura](2008/10/21 23:13)
[7] OversSystem 07 <それなんてエロゲ?>[shibamura](2008/09/23 02:02)
[8] OversSystem 08 <衛士、霞>[shibamura](2008/10/05 11:43)
[9] OversSystem 09 <失われた郷土料理>[shibamura](2008/10/05 11:43)
[10] OversSystem 10 <コンボ+先行入力=連殺>[shibamura](2009/06/26 01:30)
[11] OversSystem 11 <諦めないが英雄の条件>[shibamura](2008/11/09 02:31)
[12] OversSystem 12 <不気味な、泡>[shibamura](2008/11/09 02:33)
[13] OversSystem 13 <現実主義者>[shibamura](2008/12/10 23:07)
[14] OversSystem 14 <ガーベラの姫との再会>[shibamura](2009/01/26 23:14)
[15] OversSystem 15<彼と彼女の事情>[shibamura](2009/02/08 01:50)
[16] OversSystem 16<破壊者たちの黄昏>[shibamura](2009/06/19 17:06)
[17] OversSystem 17<暴力装置>[shibamura](2009/06/25 21:23)
[18] OversSystem 18<なまえでよんで>改[shibamura](2009/07/25 03:10)
[19] OversSystem 19<全ては生き残るために>[shibamura](2009/07/25 03:10)
[20] ネタ解説 ~10話[shibamura](2009/07/25 03:07)
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[4170] OversSystem 19<全ては生き残るために>
Name: shibamura◆f250e2d7 ID:d801e7ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/25 03:10
#「何かを書けば書くほど、自分の低脳さを世間に大声で宣伝している気分になるのは気のせいじゃないと思う気がした」 作者談#
※前話のケツをこの前改定したのでまだ変更後を見てない方はドウゾ。流石にクラナドは無かった。


10月31日(水)[十日目]


「武御雷も明日には実機に実装できるわね」

 あくまでデータ上は、と香月博士はただ事実を確認するように呟く。
 今日、武御雷に対するXM3の調整の工程もその殆どが終了し、あとは実装を待つだけとなった。
 不知火からのシステム的なマッチングとバランスの再調整だけだったので、訓練と平行しながらテストを早期に終える事ができたのは僥倖であった。
 ついに新潟のBETA侵攻まで11日となり、タケルがこの地に現れてから新潟侵攻までの期日の内半分が経過した事になる。
 十分な期間があれば、せめてあと1ヶ月の余裕があれば帝国側にも多くのXM3を搭載できたかもしれなかったが、現状ではそれもままならない。
 いくらオルタネイティヴ計画の成果を流用できると言ってもホイホイ新型ユニットが作れる訳も無く、実の所データ上の準備は整っているがA-01の実機にも未だ搭載されていないのだ。

 タイミングは約一週間後、新潟防衛戦の3~4日前に実機に搭載させ、残りの日数を全て実機演習に回す予定となっている。
 それまでは毎日唯只管にシミュレータ上で訓練を行い、検討会を開き、またシミュレータに乗る。
 専用シミュレータを持つA-01の特権だった。
 XM3先行配備大隊としての体を作るために設備の増設、つまり隣や付近の大部屋の改装も始まっている。
 これによって問題提起も解決も、他の部隊ではありぬほどの迅速さで処理されるため、部隊の伸び率が頭打ちになる事は無い。
 衛士が訓練に耐えられぬ程疲労するか、全員がタケルの技能に短期間で近づける最大まで能力を引き伸ばすまで、彼女達の戦力は上昇し続けるだろう。

 現状では特にタケルは長時間の戦闘訓練を好で行っている。。
 単純な体力と衛士としてのスタミナは全く別物だと確信している彼は、昼食すら筐体の中で取らせた。
 もちろん筐体には歩行移動程度の揺れをかけて、また網膜投影にはBETAすら写した常態でそれを行った。
 当然部下から、というよりも誰よりも早く速瀬が文句を出したがタケルはそれをハイヴ攻略時を引き合いに出して説き伏せる。

 戦線の交代もままならないハイヴ内では、当然"最前線に長時間"居続ける事になる。
 シミュレータの筐体内とハイヴでの管制ユニット内、どちらがよりストレスが高いかと聞かれれば答えは全員決まっている。
 ならば"シミュレータくらい長時間乗ってもらえなければ困る"と言う言葉の意味を理解するまで速瀬はかなり長い時間を要した。

 そもそもハイヴ攻略を目標に訓練を行う部隊は殆ど存在しない。
 何故ならば目処も立っていないハイヴ攻略よりも、目の前のBETAを地上で叩く戦闘の方が余程多いのだから。
 唯一のハイヴ内の長時間戦闘をしたヴォールク隊ですら調査名目だったのだ。
 BETA侵攻の防衛かハイヴの間引き以外の戦闘を想定して訓練するなど、現実の見えていない馬鹿にしかできない。
 そして人類軍は馬鹿を要所に任命するほどの余裕を持っていなかった。
 それはつまり、衛士全体が持つ常識と言えた。

 ただしその常識は事横浜基地では、とりわけA-01に対しては全く逆になる。
 彼女達はハイヴを攻略する事が既に決定されており、全ての訓練はハイヴの攻略の為に存在する。
 ハイヴを攻略するために必要な技能があれば、それは今までの常識や基準を逸脱した物でも取得しなければならない。

 今の彼女達に必要な物は既存のどの想定戦闘よりも長時間の激戦に絶えうる肉体的、精神的なタフネスさであり、それを疎かにする選択肢をタケルは持たない。
 また食事によって得られる人間の体内のエネルギーは数時間で尽きてしまう事も問題だった。
 脂肪細胞から生きる分のエネルギーは捻出できるが、効率は格段に下がる。
 フルマラソンには給水があるし、ロードレースでは食料すら補給する場合さえあるのだ。
 飲料水こそ強化服に内臓されているが、ハイヴ攻略に於いては足りないとタケルは考えていた。
 実際香月博士らに相談を持ちかけた所、もっともだと支持されたため本日より実行するに至ったのである。
 平時からBETAに囲まれた管制ユニット内で食事を取っていれば、本番でのストレスによる消化吸収効率の低下を抑えられるだろうという狙いだ。
 実際役に立たなくても構いはしない、どうせ誰も損はしないのだ。
 タケルに誤算があったとすれば現在の訓練は全て、XM3とハイヴ攻略教育のマニュアルの雛形としてのデータ取りの側面を持つことだった。
 訓練の過程にキッチリと入れられたこの食事制度の所為で、実際にハイヴ内で栄養補給をする局面にぶつかるまで衛士の胃袋に彼は恨まれる事になる。


「他、何かある?」

 香月博士は改めて室内を見渡す。
 その表情からは何も読み取れない。
 普段の不敵さも、疲れも、何も。
 どうやら意図的に感情をシャットアウトしているようだったが、この奇行に定評のある人物に対してはその程度の変化では誰も驚かない。

「あぁ、じゃあもう一つ訓練に追加したいのがあるんですけど……やろうかどうか迷ってるのがありまして、まりも先生に伊隅大尉、月詠中尉の意見を聞いて見たいんですけど」

「珍しいわね?白銀が迷うなんて」


 珍しく煮え切らない態度を見せるタケルに(普段は兎も角として事戦術機では悩む事はあっても躊躇う事は無かった)まりもは思わず聞き返した。
 恐らくそれは先日自分が見た姿、彼のベッドの上でタケルが吐き出した恐怖の内のひとつが起因していると感じたからだ。
 そんな彼女の視線には気付かず、もしかしたら気付いた上で意図的に無視しているのかもしれないが―――――タケルは訓練内容を提案した。
 それはハイヴ内に於いて間違いなく必要とされる訓練だったが……それを聞いた彼の心の中の葛藤をまりもは正しく理解した。


「…こんな感じです。もちろんA-01を含めたみんなを犠牲にする積りはありません。何よりも僕自身の目的の為に」


 彼が最後に付け足した言葉を聞いてまりもは酷く心に痛みを感じる。



 "何よりも僕自身の目的の為に"



 成る程、確かにその理由なら納得できる。
 彼はそのためにこうやって私達に力を貸してくれるのだから。
 でもそんな事は言われなくても皆解っているというのに。
 誰から見ても間違いない部分から説明をしたがる、つまり誰に対しても納得させられるような話し方を恐らく自分に架しているのだろう。
 でもそれはつまり、話す相手が自分をまるで信用していない事を前提にしている。
 それだけは間違いなかった。
 だがその点についてまりもはむしろ彼を哀れんだ。
 それは一種の自虐行為であった事に気付いてしまったからだった。
 まず周りの誰よりも自分自身を納得させるための方便、その為に自らの心をナイフで切り裂いたとしても、そうせずには自分を維持できない。
 何と言う脆弱さだろう。


「私は賛成よ。……というより解ってるんでしょう?それは必要な訓練よ」

「まぁ…そうなんですけどね」


 タケルは鼻頭を親指で掻いた。
 彼は当然自覚していた、自分の発言がまず何よりも自分自身を騙す事で心の平穏を確保しようとする欺瞞に他ならない事に。

 そしてそれがまりもに気取られているだろうことも、彼は理解していた。





「遅かったなタケル、使え。これも飲むがよい」

「サンキュ……ふぅー」


 またも…と言っても最早連日の事だが、タケルは相変わらず日付が変更されてから随分時間が経った後に帰ってきた。
 どうやら今日もグラウンドらしい。
 タケルは冥夜が差し出したタオルケットをそのまま服の上からマントのように羽織り、腰を降ろしてコーヒーを飲む。
 本番ではタオルケットなど支給されない…というより夏の島なので無くともまぁ大丈夫なのだが、現時点での横浜は冬だ。
 本番前に風邪でもひかれたらと考えたタケルが千鶴に手配するように昨日の昼の時点で言っていたのであった。

「あぁー……あったけぇ」

「タケルは…その」

「ん?」

「疲れはしないのか?」

「いやぁ、疲れるよ。っていうか疲れてるよ、今」


 コーヒーを飲むタケルの姿に何かを感じた冥夜が尋ねた。
 普段殆ど疲れた所を見せない…
 というよりもXM3にかかりきりで最近は食事時と夜にしか会わなくなってしまった彼が、コーヒーを飲みながら遠くを見る姿が冥夜にとって珍しかったのだ。
 そんな冥夜にタケルはつい思った事をそのまま吐き出す。
 どうもタケルは冥夜には喋りすぎる所があった。


「だけどまぁ、休む訳にもいかないしな。それになんていうか……気持ちがハイになってるっていうんだろうな。何かしてる時は疲れを感じないんだ」

「ある意味非常に危険な状態だとも思えるが……衛士にもなっていない私には"まだ"手助けする事も出来ぬのが歯痒い。しかし無茶をしてくれるなよタケル?総戦技演習中に倒れられても困るからな」


 "まだ"という言葉に冥夜は意図していなかったようだが力を入れて喋った。
 そう、彼女はタケルを手助けする事が"まだ"できない。
 しかし衛士になってしまえば、任官してしまえば話は別だ。
 自分が衛士になった後のビジョンを彼女は持ち始めている。


「あぁ、そうか」

「む?」


 空になったコップをコトリと地面に置き、タケルはぽつりぽつりと呟く。


「いや、その件なんだけどな……俺は俺の方でXM3のまぁ……評価試験みたいのがあってさ」

「そっ…いやっ……………そう……なのか」


 この所どう見ても207Bの一員としては活動していないタケルが総戦技演習に参加する可能性は低い。
 しかしタケルなら参加してくれる――――そう冥夜は思っていた。
 思い込もうとしていた。

 そうであって欲しい。いや、そうであるに違いないと。

 しかしそうはならない。

 彼には新潟での防衛戦があるのだから。

 あるいは時期をずらしてしまおうか、タケルはそう考えた事もあった。
 けどそれをしたからと言って何が起きると言うのか。
 彼女達に対して出来る事はした。
 これで自分が居なくなった程度で演習を合格できないのなら…
 きっとまた何処かのハイヴで死んでしまうだろう。

 いや、もしかしたら彼女達を戦場から遠ざけたかったのかも。
 しかし彼女達抜きでオリジナルハイヴが落せるかとなると…いやはや、やはりこの世界はクソッたれだ。
 そんな他愛の無い事を考えてタケルは苦笑いする。


「ならば…」

「ん?」

「ならば待っていてくれ、タケル。我等は必ず演習に合格し……タケルの作ったXM3に乗る。皆でそう決めたのだ」

「そうか」


 タケルはどんな表情をすればいいのか解らなかった。
 ネタや冗談では無く本気で解らなかった。
 自ら死地へ向かう少女に対して、俺はなんて顔をすればいいんだ。
 いや、アイツなら、シロガネオリジナルならこんな時はきっと………

「待ってるなんて悠長な事は言わねぇよ」

「あぁ。そうだ、そうだとも、タケル。………必ず追いついてみせる。そなたが居る高みまで」


 タケルは笑った。
 声に出すことはせず、ただ満足そうに笑った。
 冥夜も笑った。
 彼女達はとうに合格すると決めている。
 ならば後は当日を待って合格するだけではないか。

 不可能なんて無い気がした。
 全てが上手く行く気がした。
 今世界にある何もかもが、手を伸ばせば自分の手で掴み取れる気さえした。

 冥夜はふと夜空を見上げる。
 そこには昔と変わらぬ、BETAに占領されてからも変わらぬ姿で佇む月が居た。

(月詠……私はようやく解ったのだ。衛士に必要な物が何なのか……そして)

 目を降ろす。
 直ぐ横にはタケルが居る。

(自分が何を成すべきなのか……私はようやく知ることが出来た)

 彼女は戦う。
 戦う為に自身を存在させると決めていた。

 少なくともこの地上からBETAを一掃できれば、彼女にとって大切な姉と、横に座る男は喜ぶだろうから。





11月1日(木)[十一日目]

 A-01と警備小隊がシミュレータ内でヴォールクに挑戦する姿を、タケルは管制室から見ていた。
 時折マイクで助言を入れながら、ハイヴ内で起きうるピンチの再現とその攻略法を指示してゆく。
 その声を背中で聞きながら、涼宮遥中尉は指定された操作を入力していく。

 一方ヴォールク内ではBETA壁を打ち破る為にS11を設置し、部隊を下げた所だった。
 爆風に備え機体の対爆風面積を減らすためにしゃがませたメンバーに、タケルの檄が飛ぶ。


「横着するな。しゃがむんじゃない、全員伏せろっ!」


 起爆地点からの距離はある。
 しゃがんだ常態でも機体は"ほとんど"ダメージを受けないだろう。
 しかし、彼は常にその"ほとんど"以外のほんの僅かな可能性の部分に強い拘りを持っている事に遥は気付いた。
 何か、理由があるのだろう。
 でもその理由は、わざわざ伏せる程のものなのだろうか。
 後ろからも例によってBETAはその数を増やしつつ迫ってきている。
 増員させたのは他でもない遥自身の指先だ。
 その常態で戦闘姿勢に戻るのに時間のかかる伏せの姿勢を取るだけの価値を、遥は見出せないでいた。
 水月も同じ考えのようで、さっきからイライラが溜まっているのがわかる。
 と言ってもそのイライラは遥だからこそ解る程度の物だったが。


「あの…白銀大尉」

「ん?」


 管制がひと段落した所で、遥はタケルに聞いて見ることにした。
 妹と同じ年の上官、というのは遥に取っては逆に接しやすかったし、訓練以外での彼の砕けた姿を見ているから出来る行為だった。
 それどころか、見た目さえ無視してしまえば、彼は自分より年上なのだと考えてしまえば非常に好ましい上官だと思っていた。

「何故あそこまで徹底的な防御姿勢を取るんですか?」

「ん?あぁ……そうだな。シミュレータと現実の機体の違は解るな?」

「えぇと…はい、わかります」


 涼宮も元は衛士志望の訓練兵だったし、尉官になった後もヴァルキリーズの管制官として参戦してきた経歴がある。
 それでも、実際に乗るのと見ているのでは……そしてシミュレータでハイヴを攻略する事と実際に攻略する事は違うんだなとタケルは思った。

「例えばシミュレータの機体は絶対に整備不良にならないし、原因不明の突発的な故障はしない。しかしハイヴでは起きる。……まぁ、端的に言えばそんな所かな」

「この前仰ってた長期戦闘についてですか?」

「鋭いな…まぁ実際の所、正式な運用としての実例じゃ今想定している本格的なハイヴ攻略程の長時間の活動データってのは少ないんだ。戦術機の開発側から見ても想定外の活動時間だし、一般の指揮官はその時間を超えないように部下に戦わせるからな。それに……普通なら衛士の集中力が先に潰れる」


 全てはそのため。

 今までの常識と知識と経験を書き換えなければ、ハイヴでは生き残れない。
 遥はタケルがそう考えている事に違和感は覚えなかったが、ならばなおさら隊員達には目的を明細に説明すべきだと思わずにはいられなかった。
 その事を尋ねるとタケルはこう答えた。

「ハイヴ攻略が今までの常識のみでは片付かない事はこの前伝えただろ。それをこの程度の訓練に直結できない程度の連中なら正直要らないよ。誰か一人が気付けば部隊内に周知するだろうし。それに日ごろから有る程度理不尽さを感じながら命令にしたがって貰ってないとな、いざピンチの時に一から十まで説明しなきゃ解らないようなヤツらじゃないのは解ってるが……」

「随分先まで見てるんですね。もう攻略時の指揮を考えてるなんて」

 遥はこの時本気で感心していた。

「いやぁ、考えてなきゃ指揮官失格だよ。伊隅大尉だって色々考えてるさ。さて、じゃあさっそく攻略時を想定した訓練でもしてみるか?涼宮中尉」


 ニヤリと口元を歪めたタケルの指示を聞いて、遥は内心"そこまでするか"と思ったが、すぐに思い直す。



 この人はヴァルキリーズが生き残る可能性を1%でも上げたいんだわ。
 ねぇ、水月。
 死んじゃダメだからね、絶対。








 ドォン!!

『伊隅機大破!!パイロット生死不明!!』

「何ですってぇ?!」


 水月が振り向いた時には、後方に居た伊隅機が黒煙を上げながら膝を突いていた。

(爆発音?何で?)

 周囲に、少なくとも直接攻撃される位置にBETAは居ない。
 伊隅機が被弾する理由が無かった。
 誰も射撃をしていないのだから誤射も無い。
 外じゃあるまいしレーザーが来るはずも…

 密集して全方位警戒?

 違う!

「突破するわよ!A小隊が前、Bが後ろで警戒しつつ跳躍移動!宗像ぁっ」

「はっ」

「後ろ任せるわ!行動開始!!」


 今なにより優先すべき事は伊隅機大破の原因を探る事と同時に、何より前に進む事。

(一体何が……って何よこれ!)

『速瀬機推進剤に異常!噴射剤残量ありません!』

「~~~~ッ!宗像!やっぱ今のナシ!アンタが先導して先行って!」

「速瀬中尉は?」

「後から追っかけるわよ!行きなさい!」

「了解っ」


 ゴオ、と吼えて遠ざかる味方機と、反対側から迫り来るBETA。
 ハイヴの中、絵に書いたような孤立無援だった。


「ったく!ヴァルキリーズをナメんじゃないわよ!」


 何が起きたか、それを考えるのは後でいい。
 とりあえず目の前の敵に自分は対処しないといけないのだから。
 そういえば部隊を宗像に預けるなんて今まで殆ど無かった気がする。
 なんせ自分が預かる事自体が稀なのだ。
 小隊長の経験があるから大丈夫だとは思うけど。



『演習修了、筐体前に整列して下さい』


 それから15分後、ヴァルキリーズは全滅した。







「伊隅大尉」

「はっ」


 声を掛けられた伊隅は思わず背筋を伸ばす。
 この時点で伊隅とタケルは階級が同じなためまだ先任の伊隅の方がパワーバランスが上なのだが、そんな事を微塵も感じさせない返事だった。


「速瀬中尉の指揮は悪くなかったと思う。宗像中尉も。ただその後がちょっとお粗末だったんじゃないかな?」

「そう…だな、確かにその通りだった」


 結局あの後、宗像の戦術機も故障が発生し、その後を引き継いだ風間の戦術機も故障。
 最終的に一人になるまで故障し続けたのだが、風間が引き継いだ時点で隊はパニックになり部隊の体を成していなかった。

「極端に意地悪だった事はまぁ認めるにしても、整備無しでの長時間活動やS11の大量活用等の運用によりハイヴ攻略中は何時どんなマシントラブルが発生するかわからない。それが誰に発生するのかも。もちろん俺は君達全員を生還させるつもりだが、同時に君達には最後の一人まで部隊が機能するようにしてもらわないといけない。伊隅大尉、後は任せる。解散」


 そう言うとタケルはさっさと部屋を出て行ってしまった。

 自分で考えろ。
 そう受け取った伊隅は隊員を集め検討を始める。

 そうだ、そうだとも。
 それが私達指揮官が抱える矛盾だ。
 飲み込んで見せるさ。私だってこれ以上隊員は失いたくない。

 そりゃ苦悩するわけだ、と伊隅は納得していた。
 昨日の晩、タケルの苦悩の理由。

 それは絶対に誰一人死なせてはならない状態で、隊員が死ぬことを前提とした訓練をする彼自身の中にある矛盾だった。
 けど、それは必要な事。
 何故なら伊隅達この世界に生きる人間にとってタケルの都合など"知ったことではない"のだから。
 まずはハイヴ攻略の可能性を上げる事。
 それだけは絶対に見失ってはならない。

 だがタケルの中にある条件は自分の願いと重なるモノである事も確かだ。

「よし、訓練を1時間追加する!全員シミュレーターに乗れ!!」

 何か形容しがたい力、意思の様なモノが自分の内から沸いてくるのを感じる。
 それが何なのか、伊隅にはまだ解らずにいた。






「タワー?」


 所変わって横浜基地屋上。

 外の空気を吸おうと屋上に出たタケルが見たのは、横浜基地を囲うようにそびえ立つ4つの鉄塔。
 それは遠近感が狂うほど巨大な塔で、今もなおその高さを増しつつある。

「ホント何に使うんだ?アレ」



 "約束された星の破壊"の全容は、まだ見えない。



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