-KOUDUKI-
「香月博士、一つよろしいか」
「何でしょう?紅蓮大将閣下」
「戦闘中の衛士の通信……こちらにも流して頂けないか」
「え?」
しまった。
私のポーカーフェイスというか表の顔というか、そういうのが一瞬にして崩れかけてしまった。
しかしアイツも毎度毎度馬鹿を言う程馬鹿じゃないだろう。
それに前回御剣の件で痛い目にも逢っているし…
「香月博士?」
「い、いえ。なんでもありませんわ。お繋ぎします」
そんなのボタン一つで出来る。
しかしスピーカーから流れてくる戦闘会話は、やっぱり私の予想の斜め上をブッ飛ぶ物だった。
『どうした?呆けちまって。言ったろ?仕留め損なう度に相手は近づく。敗北へ……大きく…だ』
「ほぅ…中々骨の有る男のようで。殿下、この紅蓮、久々に血が滾って参りましたわ。ハハハハハハ!」
「まぁ、紅蓮が惚れ込むなんて…しかし、本当に見事な操縦ですね、香月博士」
…まぁ、よしとしよう。
本当にギリギリのレベルだけど。
しかしこの胸に残る”しこり”の様な、喉に引っかかる小骨のような不安は何だろう。
それは多分、白銀が怒っているから。
きっと私がそう感じたからに違いない。
しかし彼が怒る理由がこの演習であっただろうか?
不平不満で軽口を叩く事はあっても、本気で逆上したり怒ったり等するようには感じられない男なのに。
だから私の気のせいだ。
そうに違いない。
そう思い直してモニターに再び視線を戻すと、其処には倒れた3機の黒い武御雷と、悠然と立つ青い不知火の姿があった。
それでも…
(演習が終わって…いない?)
私は手元のディスプレイを見てようやく気付く。
(これはちょっと……本当に手加減したのアイツ?)
演習が終わる筈がない。
武御雷は"まだ撃破されていない"のだ。
それぞれ小破や中破しているものの、主機と管制ユニットは生きている。
しかし脚部や噴射機構、椀部、頭部と、上記2つ以外のパラメータはその殆どが破壊判定。
(殺害判定無しで制圧するなんて…相変わらずと言うか何と言うか…)
そう内心ため息を付いた私の耳に、再び白銀の声が突き刺さった。
それは、先程の予感が…
『まさかとは思っていたが…本当に長刀しか装備しない莫迦がこの世の中に存在するとは…正直驚きだな』
当たっている事の、証明だった。
『貴様…!我らの誇りを侮辱するつもりか!』
当然、斯衛ならそう反応するだろう。
しそれにしてもアイツは、少しは会話を聞かれている可能性を考えないのだろうか?
いや、もしかしたら考えているのかもしれない。
殿下の手前、どの道ここで通信を切るような真似も出来まい。
私に今出来る事はただ、事の推移を見守る事だけだ。
『俺は斯衛の誇りを侮辱した事は一度も無いが?』
そう言って不知火は今しがた反論した武御雷、最初に脚部を破壊された機体に向かって歩き始めた。
『今口から出た言葉をもう忘れたか!』
『忘れてなんざいないが…アレの何処に斯衛の誇りを傷着ける内容があったんだ?俺に詳しく説明してくれないか?』
『それは…!』
『もしかして長刀しか装備しない事に対してバカにした事が気に障るなら、それは貴様の勘違いだ』
『勘違いだと?!』
『あれは斯衛の誇りなんかじゃなく、お前のガキっぽい自己満足をバカにしただけだからな』
『貴様ァッ!』
――――ジャキッ
不知火の突撃砲が足元に転がる武御雷の頭部ユニットに狙いを定める。
中の衛士はどうにかしようと操縦桿を動かしているようだが…動作するのが左腕だけではどうにもならないだろう。
そして白銀は…何を考えているのだろう?
明らかに斯衛に喧嘩を売っているだけにしか見えないが、キチンと落とし所を考えているのだろうか?
そして私の心配をよそに、白銀は浪々と語り始めた。
『……もし俺が殿下の命を狙う賊で、貴様が殿下を守る最後の武御雷だとしよう』
『突然何を…』
『今と同じく主脚が破壊され、賊は遂に殿下の武御雷に手を掛けようとしている。貴様の武御雷はまだ稼動するが、肝心の武装が長刀しか無く反撃の一つもできやしない有様だ。突撃砲の一つでもあれば、後ろから俺の背中を撃つ事ができたかもしれないのに!そして目の前で撃破される武御雷!それでも貴様は殿下の骸に向かって言うのか?!「斯衛の誇りがあるから突撃砲は装備していなかった」と!』
――――ガガガガガガガガガガッ
不知火の突撃砲が火を噴き、ペイントで黒い武御雷の頭部を真っ赤に染めてゆく。
『ぐあああああ…っ!』
それは不知火のマガジンが空になり、武御雷の頭部から地面へペイントが滴り落ちる程になるまで止まらなかった。
『はあっ…はあっ…はあっ…』
『斯衛の使命は殿下を守る事、それこそが誇り、それのみが誇りじゃないのか?ならば思いつくありとあらゆる武器や手段を使い、どんな方法をとっても殿下を守る、それだけが斯衛の誇りであるべきだ』
『はあっ…はあっ……クソッ』
ガンッと武御雷のコックピットで何かを叩く音が聞えた。
『不知火より管制室、聞えますか?』
『こちら管制室、聞えている』
『棄権します』
『棄権?』
止めを刺す価値すらない。
そう言ってのけたのだ。
白銀はそう言い捨て投げた長刀を拾い、マガジンを交換してその場で沈黙した。
演習が終わり、機動制限を解除された武御雷が立ち上がる。
『………』
『『『………』』』
武御雷も退くに退けないのだろう。
演習場のど真ん中でまた睨み合いを始めてしまった。
まぁ仮に彼らが白銀を襲った所で、今度は本当に武御雷を破壊してしまえばいい話なのだが…それではまとまる話もまとまらないだろう。
白銀は一体何を…
「よろしいか?香月博士」
「は…どうぞ」
気付けば紅蓮大将が私のすぐ後ろまで来ていた。
よろしいか、というのはマイクの事だろう。
『一つ質問をしてよろしいかな?不知火のパイロット君』
『何でしょうか、紅蓮大将閣下』
『貴殿の考えは理解できる、無論納得するかと言われればそれはまた別の話ではあるが…』
『……ありがとうございます』
…つまりこの男こそを引き出したかったのか、白銀は。
彼に興味をもたれる為に。
『しかし誇りという名の自己満足の為に自らの命と貴重な装備を無駄に消費し、戦友や守護すべき存在を危険に晒す事は…自分にとって恥ずべき事なのです、紅蓮閣下。それはもう、耐えられぬ程に。罪悪ですらあります』
『そうか…それが貴殿という衛士なのか。とは言え貴殿のその極論は…国連軍の中でも異質なのではないかね?』
『そのようです、残念ながら』
『いいだろう、貴殿の決闘、受けよう。如何に黒とは言え武御雷3機を殺さずに制圧されておいて貴殿の実力を軽んじれば、それこそ斯衛の名に傷を付けるというものよ』
『お待ちしております、閣下』
この会話は、この部屋に居る人間、つまり私と紅蓮大将、殿下、そして何人かの斯衛の上位の者にしか聞えていない。
ヘタに斯衛全部に流れたりしていなくて本当によかったと心底思う。
彼の思考回路は余りに人間味がなさ過ぎる。それを言えば私もそうなので彼の考え方には全く同感なのだが、命より誇りを重んじる斯衛には刺激が強すぎるだろう。
かくして、斯衛軍、紅蓮大将閣下と帝国側にとっては名も知れぬ衛士との一騎打ちが、幕を開けたのであった。
-Shirogane-
「凄い!これが赤の武御雷、これが紅蓮大将!」
『ファーッハッハッハッハ!吼えるだけあってやりおるわ!小僧!』
演習開始から20分。俺はまだ、紅蓮機に致命的損傷を与えられずにいた。
武装は互いに右手には長刀、左手には突撃砲を装備している。
「(Gが…重いッ!)…ぐっ、あぁっ!そこだぁ!」
『太刀筋は良い…だが!』
ギャリリリリリッ!
目まぐるしく体を襲うGに耐えながらまた一撃、死角から打ち込む。
しかしもう何度目かも解らぬ俺の長刀の一撃は、紅蓮機の繰り出した長刀でその軌道を反らされ、またしても機体に届かなかった。
俺は更に先行入力、動作キャンセル、3次元機動を使い斬り付ける。
ジャンプをキャンセルし空中で姿勢を変え動作を途中で変更し、
横方向に縦方向を追加したランダムな動きで死角に回り、
時に突撃砲で、時に長刀で。
攻める攻める攻める攻める攻める。
自分の持っている全てをぶつけるような、まさに怒涛の攻め。
そしてそれをいなし、弾き、かわし、逸らし、時に牽制し、全て受けきる紅蓮機。
受ける受ける受ける受ける受ける。
それは揺るがない、絶対の経験とセンスが齎す、まさしく鋼鉄の受け。
流石は斯衛式操縦術、と言うべきだろう。
事「守り」に関しては武御雷との操作相性も抜群で、旧OSと言えど押し切る事が出来ない。
戦術機乗りとしての本質的な格の違いを思い知らされる。
幾ら三次元機動を行おうとも、幾ら人間以上の機動をしようとも、人型であるという制限からは逃れられない。
そしてその人型が同じく人間が使う武器と同じ武装で戦うのだから、結局最終的にはヒト本来の動きに準じてしまう。
特に長刀においては対BETAと対戦術機では扱いが違いすぎる。
ある程度力学に則りそれなりの型や手順を踏まねば当てた所で相手の装甲を突破できないのだ。
そう考えると柔肌の部分があるだけBETAの方がずっと楽だと思う。
なんせ武御雷は全身これ装甲なのだから。
それでも攻める。
攻めなければ勝てないから。
いつまでも決着の付かない、それは一つの舞踏のようだった。
ただし、先に舞い疲れるのは…
「推進剤…っ、4割切ったか!」
当然、常時飛び回っている俺の方が先に推進剤が切れる。
――押し切れない。
持っている全てをぶつけても。
此方だけ新OSだとしても。
それでも勝てない。
畜生、これが個人の能力限界…"器の差"だって言うのか。
それでも"この相手"なら。
"シロガネオリジナルの器"、つまりシロガネ防衛術を使えば勝つ事は出来るだろう。
けど…
「…すみません香月博士」
俺は此処に来て、"楽しむ事"を覚えてしまった。
まだ出し切ってない、まだ全力じゃない筈だ。
俺にはまだ…!
「紅蓮閣下」
『…何か』
「俺は……今初めて、貴方に勝ちたい!」
『やってみよ!小童が!』
「雄オオオォォォッ!」
『破ァァァアアアッ!』
更に速さを上げ、ぶつかり合う青と赤。
『セイッ!』
「ぐうっ…」
そしてその嵐の中ついに俺の焦りを突き、赤が後の先、カウンターに出た。
-不知火頭部ユニット小破-
火気管制機能性能低下
メインカメラ性能低下
通信機能性能低下
データリンクダウン
開始から時間が経ち過ぎた。
俺の機動に紅蓮大将が慣れつつある。
後の先、受けて流して攻める。それは見とれる程美しい動き。
キャンセルを使って即離脱や防御、追加攻撃を行えていなければ最初の返しで俺はやられていただろう。
そして攻勢に出た事で幾ばくか守りに隙が出来たようだが、その隙を埋めるには十分過ぎる程の攻勢技量が紅蓮大将にはある。
例え隙を見つけようとも、其処を突く余裕が全く与えられない。
先ほどとは様子が反転し、攻めているのは俺なのに、追い詰められているのも俺…
挑戦しに来た立場上、俺が完全に守りに回る訳にも行かない。
「くっそ!」
たまらず跳躍ユニットを吹かし一旦距離を取る。
噴射剤は残り…2割を切り掛けているな。
このままじゃ噴射剤が先に切れ、確実に負ける。
どうすれば良い?
まだ何か手元に…いや、連殺は隙が多すぎる。
10秒、いやせめて5秒さえあれば…
戦闘開始から30分、全力で1対1で戦い続けてこの有様とは…全く、自分の底が知れる。
いや、自分だから30分耐えられたのか?
…違う。
首を振りなおし、後ろ向きな考えを頭から追い出す。
俺が背負ってるのはXM3だけじゃない…やめるな!考える事を!
『儂のカウンターにすら徐々にだが対応してくる所は流石よの…だが、そろそろ幕としよう』
そう言って、赤い武御雷は腰を落とした。
―――徐々に?
俺はずっと、同じペースで戦って来た筈だ…
あぁいや、そうか!コンボが対紅蓮機として登録され始めたからか!
何だ、そうと解れば…あぁ、そうか!簡単な事じゃないか。
恐ろしく――――――危険という点を除けば。
…その為には、あと少し、あと少しだけ時間が要る。
「流石です紅蓮大将閣下。自分は貴方を、カテゴリーA以上の衛士として認識しました」
『む…?』
操作コンソールを呼び出す。
連殺で他の機体を強制操作できるように、XM3には搭乗者権限レベルという物が設定されている。
勿論俺は最上位のS級権限。
開発テスト者権限も含むこのクラスならばコックピット端末からでもメンテナンス用の外部端末とほぼ同じ事が出来る。
当然使い勝手は外部端末よりは悪いが、戦術機のコックピットにシステム使用の利便性を求めてはいけないだろう。
/*************************************************/
/** Hello! Mobius 01 Captain TAKERU SHIROGANE **/
/** USER Rank S XM3 ver2.1 **/
/*************************************************/
#Shirogane@S:user/Shirogane$cd config
#Shirogane@S:user/Shirogane/config$vi KeyConfig.lst
.........
.....
..
「拘束機動制御第一号、第二号、第三号開放。状況A、クロムウェル発動による承認を認識」
『ほう…まだ先があるか』
長刀しか装備していない右腕のトリガーボタンは要らない。
そして倍速を1.75倍でフィックス(固定)、コンボ使用頻度をMAXに設定。
KeyConfig
...........
......
..
right_trigger=on{
action=rensatsu(ON)
}
right_trigger=release{
action=rensatsu(OFF)
}
..........
....
Basic_High_Speed = 1.75
High_Speed_mode="fixed"
....
ComboUSD_Lv=MAX
.........
........
:wq
#Shirogane@S:user/Shirogane/conffing$
「目前敵完全沈黙までの間……システム、限定解除開始」
#Shirogane@S:user/Shirogane/conffing$./accept.sh -system
KeyConfig -user
Shirogane -pass XXXXXXXXXX
system:設定を反映します...
.................
..........
....
....all completed.
「自分もそう簡単には負ける訳には行かないんですよ……不知火、推して参る!」
-横浜基地 地下某所-
(このままじゃ…間に合わない)
一人の少女が薄暗い部屋で端末の前に座り、画面を睨み付けていた。
画面には衛士の一般の育成プログラムのスケジュールシュミレータと少女のバイタルデータ、スキルシートが並ぶ。
(新潟侵攻も、甲21号も、桜花作戦にも…)
彼女には絶望的なまでに時間が無かった。
確かに彼女は衛士になる事が出来るだろう。
彼女の体格や年齢を考慮しても、確かに衛士になれる。
しかし、それはあくまで数年後の話。
(今じゃないと…今じゃないと意味が無いのに!)
彼女は"今"衛士になりたい、いやならなければならないのだ。
"彼"がこの世界に居る間にでないと、その後どんなに優れた衛士になれようと、そんな事に何の意味は無いのだ。
"彼"はいつまでこの世界に居られる?
新潟侵攻を弾き返して?佐渡島を落として?オリジナルハイヴを落として?
他のハイヴを落とすまで?
"彼"は人間なのだ。
英雄だけど、人間なのだ。
誰が保障できると言うのだ、"彼"が最後まで生き延びられると。
幾重もの並行世界の中で、確かに彼は最後まで生き延びた事もあるだろう。
だけど幾つもの平行世界の中で、彼は戦死してきているのだろう事もまた事実。
少女は目を閉じて数瞬迷った後、あるファイルを開き、ある決意と共にキーを叩き始めた。
(きっとこの決断を、貴方は快く思わないと思います。私の独りよがりの自己満足とも。それでも、私は―――――)
少女が見つめるディスプレイには、ある計画の資料が映っていた。
-00ユニット素体案件 第六器官の強化と運用について-
-帝都郊外 斯衛演習場-
要は簡単だ、連殺を未だ使っておらず、これから使いたいのなら、ほんの少し連殺を入力できる時間が戦闘中にあればいい。
ならばコンボの使用頻度を最高設定にして、先行入力を可能な限り入力。
実行に移された瞬間に連殺入力モードに入り、先行入力行動終了後に出力を1.75倍に固定した連殺を実行する。
「あああぁぁああああああ!」
『甘いわ!』
言葉で言えば簡単だが、紅蓮機相手に3秒から場合によっては5秒近く先まで読んで先行入力する事は自殺行為に等しい。
そう簡単にこちらの予想通りに動いてくれるなら、初めから苦労等しないのだ。
「チィッまた!」
『浅はかなり!』
よって殆どの場合は、トリガーを引いて連殺入力モードに入った次の瞬間には、トリガーから指を離して先行入力をキャンセルする事になってしまう。
だがそれでも、俺は堕とされなかった。
『まだ耐えるか!』
そしてその間にも、XM3は覚え続ける。
実行されたコンボ、最後まで実行したコンボ、途中でキャンセルされたコンボ、先行入力とキャンセル率、それら全てを、XM3は覚え続けた。
『(こやつ…段々と…速く!)』
レバーなんて常時全速で動かしているので、もう若干反応が馬鹿になってしまっている気すらする。
それでも相手を睨み付け、一秒でも先まで、一手でも先まで読もうとペダルを踏み、頭をフル回転させる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」
―――――そして遂に
『チィッ!』
―――――俺の予測入力が
「いっけぇぇぇえええええええ!!!」
―――――紅蓮大将の操縦に
『なっ、ぬおぉおおおおおお!!』
追いついた。
-shirogane-
ハンガーで機体から降りてここまで、一人も帝国軍人を見かける事が無かったという事は、それなりに自分を評価してくれたという事だろうか?
そんな事を考えながら目の前の人物、月詠"大尉"の後ろを歩く。
しかしこの人、出会ってから一度も口を開いていない。何か嫌われる事でもしたのだろうか。
さっきまでやっていた模擬戦だってなんとか落としどころを持たせて…
「…ここです」
「ありがとう、大尉」
ここです。と言ったきりドアを開けてくれないのはやはり俺への当て付けだろう。
どうも冷たくされるとぶっきらぼうに返してしまうな。まぁ階級的には問題無い…のか?同じだよね。
仕方が無いので俺は、どう見ても謁見の間へ通じるとはとても思えない、ごく普通のドアを開けた。
「白銀武大尉、はいりま―[ドスッ]オウフッ」
これが紅蓮大将の突きならまだ避けられたと思う。
しかし許して欲しい。誰が想像できるだろうか。
目が合った瞬間、征夷大将軍・煌武院悠陽が半泣きでタックルしてくるなど。
-Tukuyomi-
彼、まだ名も知らぬ大尉の階級賞を付けた男を一目見て、私は驚きを隠すのにかなりの苦労をしなければならなかった。
若い。年齢で言えば私よりもさらに…悠陽様と同じくらいではないだろうか。
その男が"あの"紅蓮閣下と同等以上に戦うとは…真那からの横浜基地での新規開発の一報、信憑性が高い等で収まる話では無い。
それに、この感覚。
別段殺気を放っている訳でも、怒気を撒き散らしている訳でも、威圧感を出している訳でも、英気を感じる訳でもない、それなのに…
ただ見られるだけで体の底が震える様な奇妙な感覚。
それが正の感情なのか負の感情なのかもわからない。
ただ、何かが震えるのだ。
…私は一体、何を考えている?
そうやって思考を追い出している内に、私は用意されたある一室の前へと到着した。
大尉を促し、私も後に続こうと思った瞬間。
「白銀大尉、はいりま…オウフッ」
……斯衛として、この状態は何と判断すれば良いのだろう。
今しがた白銀と名乗り、先ほど紅蓮閣下と激闘を繰り広げ、機体から下りても尚言葉に出来ぬ雰囲気を持っていた男は、今私の目の前で仰向けに倒れていた。
その…悠陽様をその腕に抱いて。
いや、現実を受け止めよう。
悠陽様が、白銀大尉に飛びついたのだ。
これが逆ならば即座に賊と判断して切り捨てればいいのだが、飛びついたのが悠陽様となると私も判断が…どうやら室内の香月博士や紅蓮閣下も固まっているようだ。
廊下ごと室内の空気が凍る。
常日頃から殿下を御守りする為、ありとあらゆる事に備えよと鍛えてきた我等斯衛だが、この状況ばかりは想定外だった。
「しまった!殿下!」
一瞬の後、突如沈黙を破り叫んだ白銀大尉が、いや、もう賊でいい。賊と決めた。今。
賊が突如、こともあろうか悠陽様を抱きしめ体を反転させ、悠陽様に覆い被さったのだ。
「何をしているかこのッ不敬者!!」
これ幸いにととりあえず私は右のつま先で賊の腹を蹴り上げ、懐の銃を抜き放ち、自分でも驚く程の速度でうずくまる賊の後頭部に突きつける。
しかし、素性を吐かすかこの場で殺すか迷っていた所で悠陽様の制止の声が掛かった。
「お止めなさい!月詠」
「はっ」
「ゲホッ…いや、扉開けた瞬間飛びついてきたんで…てっきりスパイか何かに襲われているのかと…」
「それは…確かに、失礼した。白銀大尉」
言われてみれば確かにドアを開けた瞬間に飛び掛られた白銀大尉からは室内の様子は見えなかっただろうし、むしろ征夷大将軍に飛び掛られてから精神を再構築して誰よりも早く悠陽様を守ろうとしたのだ。
どちらかというと蹴りよりも賞賛の言葉を送るべきだった。
…が
「一体どうなさったのです?悠陽様」
「グスッ…いえ…月詠…これはその…"やっと逢えた"ので嬉しくなってしまって…」
悠陽様とこの何処の馬の骨とも解らぬ大尉…いや横浜の馬の骨の大尉とはなんら接点は無い筈だが…
何かこう、私の理解を超える出来事でもあったのだろうか。
白銀大尉も怪訝な顔…というよりかなり難しい顔をしている。
「殿下を拝謁する栄誉を授かるのは今日が初めての筈ですが…まさか"前世"の記憶でも?」
「まぁ!やはり私(わたくし)を覚えていて下さったのですね、武様!」
そう嬉しそうに、自分でも初めて見ると言っていいほど嬉しそうに白銀大尉の声に反応すると、悠陽様は再び倒れている白銀大尉に飛びついてしまった。
「ひとまず…部屋に入りましょう。白銀大尉も紅蓮閣下との模擬戦でお疲れかと存じます」
万が一にも現在の悠陽様のお姿を余人に見せる事ができないのが本音ではあるが、話をするにも倒れた大尉を抱えながらではままならない。
私がそう言うと悠陽様はハッと大尉から離れ…
(ようやくご理解頂けたか…って)
「私としたことがはしたない姿を…申し訳ありません、武様」
そう言って大尉の手を引いてあっけに取られる私を横切りさっさと部屋に入りドアを閉めてしまった。
(これは…ていよく締め出されたのか?)
そうであって欲しい。
いきなり現れた名も知れぬ大尉に飛びつき、目の前に居る私を完全に思考の外側に追い出していたとは…流石に認めたくなかった。
ガチャッ…
(悠陽様っ)
二人が消えたドアが開く音に私の心は平穏を取り戻した。
そうなのだ、いくらなんでもあの悠陽様が私の事を忘れる訳が………
「まぁ、その…なんだ…入れ」
「………はい」
忘れてしまったようだ。
開いたドアのノブを握っていたのは、これまたなんとも表現しづらい顔をした、紅蓮閣下だった。
-shirogane-
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
居づらい。
誰か俺を助けてくれ。
助けてくれないのなら説明してくれ。
そもそもなんでテーブルを挟んで2つソファーがあるのに
――
香月||
紅蓮||俺
月詠||悠陽
――
この並び順は何だ。
違うだろ。
――
俺||紅蓮
香月||悠陽
||月詠
――
普通こうだろ。
なんで俺の隣に煌武院悠陽が居て、しかも俺と腕を組んで座ってるんだ。
対岸からの視線が痛すぎる。
月詠大尉はもう"視線で人が殺せます"って目で俺を睨んでるし、紅蓮大将はなんかニヤニヤしてるし、香月博士は…まぁいつものことか、なんか楽しそうにしている。
しかもこの悠陽…どうも"ループした記憶"を持ってるらしい。
ひとつなのか複数なのか…それは解らないが…因果導体でもない悠陽が何故…
「日本帝国征夷大将軍に一目惚れされるなんて、アンタもやるじゃない。白銀」
はいそこ、火に油を注がない。
月詠大尉からの視線が1.5倍くらい殺気立ってるじゃないか。
「いや……その……」
しゃべれん。
何かしゃべった瞬間俺の首は胴体と泣き別れする。そんな確信がある。
「私は佐渡島の消滅を見たことがあります。"解りますね?"」
「成る程、納得がいきました。殿下」
どうやら一発で理解したらしい。
こういう時天才は助かる。
しかし佐渡島はそう毎度毎度消滅してる訳じゃない。
―――というかミスってアレを自爆させるような事態にそう毎度毎度なってたまるか。
となると…すくなくとも2週目の"オルタネイティヴ"の記憶は最低でも持ってる事になる。
"その先"がどこまで、つまり白銀オリジナルの世界離脱後の記憶まで持っているかは不明だが、そこまでは持っているはずだ。
という事はむしろ、俺にとっては話が進め易いというか…好都合?
となるとまずは…
「佐渡島消滅とは穏やかではありませぬが…どういうお話ですかな?殿下」
「…………」
この二人を、共犯にしてしまおう。
「佐渡島についてはこの後キチンとお話ししますので、先ずは筋を通したいと思います」
数秒考えて、考える事を放棄してまず本来最初にしなければいけないことから手を付ける事にした。
というのも、この二人にループやら00ユニットやらの話を選り分けて話すには、長い時間が必要になる。
そんな会話の内容をある程度頭の中で組み立てていたら、それこそ5分や10分は沈黙せねばならなくなってしまう。
今の内からあまり不信感を上げるのも何なので、頭を使わない内容から話してその間に話を脳内で纏める事にした。
幸い今回は香月博士も同席している訳であるし、何かあった時のサポートは望めるだろう。
俺はなるべく頭の高さを変えないよう注意しながらソファーから降り、方膝を着いた。
「?」
(征夷大将軍をこの距離で"見下ろす"訳にはいかないからな)
「殿下、この度は拝謁の栄誉を授かり、誠に恐悦至極に存じ奉りあげます」
「武様、どうか悠陽とお呼び下さい。言葉も常の物を願います。私と武様の仲ではありませんか」
だから"武様"はちょっと困るんだが…解って言ってるのだろうか。
いやーこの人これで結構怖いところあるから解って言ってるんだろうなぁ。
「…………」
いやーホント痛いなぁ。
月詠大尉の視線が。
「殿下、どうか御戯れはお控え下さい。それに自分を様付けなど、自分は一介の国連兵に過ぎません。殿下にもお立場が」
「では二人きりなら構いませんね?香月博士、紅蓮、月詠、すみませんが少々席を…」
構うわ、ヴォケ。
オーライ、俺の負けだ。悠陽殿下。
「わかった。俺が悪かったよ、悠陽。"久しぶり"。でも様はやめてもらえないかな。正直くすぐったい」
「では白銀と。いえ、私こそ我儘を通してしまい申し訳なく思います。こうしてまた白銀と巡り逢えるとは思いませんでした。けれど所詮私は名ばかりの身、救国の英雄である白銀に様を付けた所で、誰が咎められましょうか」
あぁ、そういやこの人腹黒というか隠れSだったっけ。
絶対に楽しんでる。だって目がそういう目だもん。
視線を右に移せば、完全に固まっている紅蓮大将と月詠大尉。
固まっている間にこちらも片付けてしまおう。
「紅蓮大将閣下、名も名乗らぬ自分と手合わせ頂き、誠に感謝しています。結果は僅差でしたが、多くの物を得る事ができたと思っています」
「う、うむ。そなたも見事であった。敗北した儂が言うのも何だが先の試合での勝敗等、この場ではさして意味を持たぬであろう。儂も得る物があった」
ちなみに、先ほどの試合、結果は俺の勝ちだった。
最後の突きの一撃と同時に推進剤が底を尽き、一瞬俺の機体のバランスが崩れたのだ。
そこから機体を何とか立て直して斬りかかったが、それがいいフェイントになり、紅蓮機を討ち取る事ができた。
しかしもう、本当にギリギリだったが。アレを避けられていたら確実に負けてた。
ほとんど激突寸前の僅差だったため、下手にどっちかが完敗するよりもギャラリーの受けは良かっただろう。
「月詠大尉」
「…あ、はっ」
月詠大尉は俺の声掛けにはっとして姿勢を正した。
といっても元々ちゃんと背筋は伸びていたが。そこから更に伸ばすとは…できるな。
どうも俺が声を掛けるとは思っていなかったようだ。
「大尉とは初対面になりますが、横浜では"月詠中尉"に開発でお手伝い頂いております。この場を借りて感謝を」
「…そうですか。先の試合の結果がかの者の協力して得た成果なのだとしたら、私も嬉しく思います。大尉」
月詠中尉の話が出るとは想定外だったらしく、素直に喜んでくれたようだ。
ひとまず挨拶も終わった事だしとソファーに戻り、とりあえずはXM3の話から始める事にした。
「まずお二人の疑問にお答えしたいと思います。先ほどの模擬戦での自分の機体ですが…」
「待ってもらおうか、大尉」
「?」
「我々の疑問に答えるというならば、まず"そこ"から説明してもらって構わんかね?」
「ん……うおっ」
俺の話を遮った紅蓮大将の目線を追うと…俺の左腕、というか俺の左腕にいつの間にか組まれた悠陽の腕に行き着いた。
いつ組んだんだ…気付かなかったぞ。
「あぁいや、えーと…悠陽とは随分と昔に会った事があるんですよ」
「随分と昔とは…ワシも殿下とは長いと自負しているが、お主を見るのは初めてになるな」
ですよねー☆
「紅蓮が預かり知らぬ程昔です。ですよね?白銀」
横から援護射撃をしつつ、右手だけでなく左手も使って俺の左腕に寄り添い、俺に体を預けてくる悠陽。
助けてくれるのか貶めるのはハッキリしてくれ、その方が対応しやすいから。
くそっ、これが泥沼か。確かに容易には抜け出せそうにない。
というかおっぱいを当てるな。お前意外と胸デカイんだから。
オナ禁中の俺の身にもなってくれ。
「まぁ、今の所はそういう事にしておいて下さい。ではまず自分の搭乗していた機体ですが、通常の不知火とは隔絶たる性能を発揮したと感じられたと思います。あれは機体側ではなくOS側に……」
「新概念のOSとな」
「えぇ、性能の程は先ほどの試合でご覧になられた通りです。何処の馬の骨かもわからぬ大尉が斯衛の大将に勝てる程度の性能は保証します。そんなワケですので新OSを搭載した閣下には勝てる気がしないので二度と閣下とは模擬戦しません」
悠陽を横にした俺は、ちょっと強気だった。
「ふっクハハハハハッ!成る程成る程、殿下に見初められるだけはある。見た目より余程面白い男だな。月詠よ」
「…ですが」
「解らんか?今白銀大尉は暗に言ったのだぞ?"斯衛にこの新OSを渡す用意がある"と」
「!」
「上辺だけを見てはならん、か。香月博士が黙っている意味も考えてみよ」
「………」
流石悠陽パワーである。
隣りに居るだけでこうまで好意的に解釈してくれるとは。
元々"やたらと遠まわし"か"直球"のしゃべり方が好きな俺としては非常にしゃべりやすい。
「で、何だ。態々そんな事を伝えるためならここまで派手な真似はせんだろう。何が欲しい?」
「…そうですね、横浜には武御雷のデータが無いので新OSの搭載が現行のソフトウェアではできません。よって仕様書一覧と月詠中尉以下横浜基地に出向している4名の武御雷の改造許可、それとシミュレータ用のデータも下さい」
横浜基地での開発もだが、シミュレータ用のデータも当然居る。
というのも、武御雷は国産の斯衛にしか配置されていない機体なので、少々機密性が高いのだ。
シミュレータも横浜基地内のものには武御雷が入っていないし、月詠中尉らが使っているのは帝国から持ち込んだ物だ。
このままでは新OS搭載後の訓練に影響が出てしまう。月詠中尉もいつまでも不知火には乗って居たくないだろう。
「それは必要経費であって要求では無いな」
「そうなりますが…えぇもちろん別の要求もします。ですが自分の目的の一つに新OSの帝国への早期普及があるんです。となると何せ操作が特殊なので、OSの力を完全に引き出すにはある程度の訓練期間が必要になります」
「ふむ?」
「となると教導が出来る存在が必要になるのですが、自分はしょせん一人ですし国連軍人ですので、月詠中尉らを中心に横浜にXM3教導隊を作って帝国に逆出向してもらおうと考えています。そのためには先ず横浜基地内で一刻も早い武御雷へのOS換装が必要になります」
「一刻も早い…か。しかしそれは先ほどの答えになっていないようだが?」
「そうですね…」
一度思案するフリをして香月博士に目線を送る。
頷き。
好きにしなさい、か。
「この小さな島国が、国土の半分を異星体に蹂躙され、さらにハイヴまで打ち込まれて尚国としての体裁を保っているのは、もはや奇跡の領域だと自分は認識しています」
「この国に先は無いと?お主はそう考えているのか?」
紅蓮大将が目をギラリと光らせる。
この国はこのまま行けば確実に滅びる。
それを本気で受け止めている兵は意外と少ない。
政治屋の連中は色々考えているようだが、兵士は絶望に向かっては突撃できないのだ。
努力を積み重ね、正解を繰り返せば、最終的に勝利にたどり着ける。
そう考える病気のようなものが、この国の戦う者の心に住み着いている。
最もそうでなければここまで帝国が生き長らえる事はできなかっただろうが。
自分のしている事には意味がある、自分の死がきっとこの国の礎になる。
そう思えるから誰も彼もが戦う事が出来る。
完全に何をやっても無駄。では命は掛けられないだろう。人間はそこまで強くない。
「えぇ、目を逸らしたい事実ではありますが、現実は最も見たくない所にこそ存在します。お話しましょう。
年内に佐渡島を奪還する事が、横浜基地の"意思"です」
「つまり…それ以上は」
「この国が持たない。それが横浜基地の試算です」
嘘だ。
もうちょっと持つだろう。
だがオルタネイティヴの期限がと言っても、証拠があるわけでもなし。
この線でゴリ押しせざるを得ない。
「うぅむ…しかし」
「それに横浜基地に本当に求められている成果物も、完成の目処がつきました。新OSはそのオマケに過ぎません」
「完成するのか?アレが!」
「しますわ」
此処に来て、ようやく香月博士が口を開いた。
「懸念していた理論面も既に完成し、後は素体への最終調整と転送、そして調律のみになっています。そしてそちらのサポートも、白銀に任せます」
少し、嬉しそうなのは気のせいじゃないだろう。
ようやく、ようやく彼女は胸を張って言えるのだ。
00ユニットが完成する。と。
どれほど歯を食いしばり、どれほどその身と心を削ってあの難題に挑んできたかは俺が一番知っている。
誰にも頼らず、唯一人ペンを武器に戦い続けた彼女は、ようやく今勝利の切符を掴みかけているのだ。
それに最早彼女は一人ではない、いつ、何処にあろうとも共に戦う仲間も居る。
「それも…白銀大尉に?」
「えぇ、彼にしかできません」
俺もさらに畳み掛ける。
「今誰かがやらねば、この美しい国は文字通り消えて更地となってしまいます。明日の為に立ち上がるなら…今がその時です」
「…殿下は、どう判断なさるのですか?」
「勿論私は、白銀の行動を全面的に肯定します。それに紅蓮、佐渡島攻略と言っても、明日直ぐにという事ではありません。その時までにやらねばならぬ事は、決して少なくは無いのです。そしてその中で白銀がこの国の命運をその双肩に乗せる器であるかどうかを見極める事こそ、今我々が成さねばならぬ事なのです」
正直鑑と横浜基地と帝国の総力戦を勝手に俺の双肩に乗せないで欲しいのだが。
「殿下…殿下は何故…そこまで白銀大尉を…」
「決まっています」
紅蓮大将の疑問に答えるように、悠陽は立ち上がって言い放った。
「白銀こそ。いえ武こそ、私の絶対運命なのですから」
………アレ?
この時俺は、もうちょっと別の手順を踏めばよかったかなと、正直後悔し始めていた。
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うーん…まだ症状が軽いせいかはっきりとは断言できないんですが…
この背骨と背骨の隙間がちょっと気になりますね…
来週MRIしましょうか。
だそうです。