SHIROGANE
午後の訓練もなんとか無事撃墜されずに終わった。
正直そろそろ限界だ。
あの人数相手に完封をするのも流石に大分辛くなってきた。
"協力者"三人はもう短時間で到達できるレベルとしてはかなりの域まで到達してるし…
涼宮少尉、彼女の伸び方もかなりのものだ。
全く、頭が痛い。
…頭が、痛い?
彼女達の成長は喜んでしかるべきだろう?
違う、コレは…
「…っつ…ま、それほどでもないか」
本当に頭痛がする。
戦闘の余韻から抜けてきてようやく気付くなんて…それ程強い痛みじゃないが…嫌な感じだ。
まぁ直らなかったら医者に見てもらえばいいか。
俺は今から夕食で207Aのみんなと合流すべくPXに向かっている。
朝頼んでおいたから俺の分の鯖味噌定食は確保してあるハズだ。
といっても少々シミュレータ訓練が押してしまったんで俺は遅刻。せっかくの夕食も少し冷めてしまっているだろう。
「お、いたいた。ワリィな。待ってたのか。待たなくても良かったのに」
PXのいつのも席では皆がまだ食事をせずに待っていた。
湯気が出ていない所を見るにそれなりの時間待っていたようだ。
「どんな事情にせよ白銀が遅れるのは私達が食べる時間を遅らせる事の理由にはならないし、食べられる時に食べるのが衛士…の予定だったんだけどね」
ハァ、とため息交じりに俺に答えたのは千鶴だった。
そう、彼女の言う通り食べられる時に食べるのが正しい。
感情的には俺を待っていてくれるのは嬉しいけど、これで出撃が掛かって皆がハラペコで出撃になるなんて事はあっちゃいけない。
それは千鶴が一番良くわかってるだろうし、皆も理解してくれる…筈なんだが。
「この子が待つって言うんだから、私達が先に食べるのも気分が悪いでしょう?」
そう言った千鶴の目線の先に居るのは…まぁ当然というか霞だった。
千鶴も責めている訳ではないのだが、事実を言うとそういう形になってしまったようだ。
まぁ、全員納得済みなら構わないんだけどね、俺としても。
当の霞本人は俺に困ったような、如何にも「HELP ME!」って目線を送っている。
「ありがとな、霞。千鶴も別にお前を攻めてるわけじゃないさ」
そう言って頭に手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
「…はい、わかってます」
「そっか。じゃー食べるかな。分隊長、せっかく揃ってんだから頂きますくらい音頭取って見たらどうだ?」
霞の気分はスグに直ってくれたみたいだ。
それならとせっかく霞を始めとしてみんな待っててくれたので、何かしようと千鶴に話を振ってみた。
「え、そんな…子供じゃないんだから…」
「そっか。じゃ、いただきまーす」
「「「「「いただきます」」」」」
「ちょ…貴女達」
「榊はいつもノリが悪い」
「彩峰!」
千鶴が言わないんだから俺が、と試しに言って見たら冥夜、壬姫、美琴、慧、霞が唱和してくれた。
千鶴と慧がまた言い争いを始めたが、昔と違って口調が丸いというか殺気を感じさせない物になっていたので誰もが安心し、スルーして食事をする事を選んだ。
「タケル、そなた夜はやはり新型の任務があるのか」
少し、いやかなり冷めた夕食がひと段落した所で、冥夜がそう話を振ってきた。
「あぁ…これからもっと忙しくなっちまうと思う。年内に形にしたいしな」
「何か期限でもあるのか?」
オルタネイティブ5があるから、とは言えないけど、他にも理由は勿論ある。
まぁこっちはシロガネオリジナルも毎回間に合わせてるから焦らなくても間に合うんだが。
「お前等が総戦技演習に合格して任官して…実機に乗るのは最短でもしかしたら年内になるかもしれないからな…」
「タケル、そなた…」
「タケル…」
「白銀…」
「タケルさん…」
なんか勝手に感動しているみたいだけど、好都合なのでそのままスルーする事にした。
「んじゃ俺行くよ、夜中には戻るから」
「行ってらっしゃい」
手で立たなくていいよ、と意思表示した俺にピッと座ったまま手で敬礼してみせた千鶴に合わせて皆無言で敬礼してくれた。
----A-01シミュレータルーム----
「白銀は…疲れたりしないの?」
「流石に目がしぱしぱするな」
夕食後、霞の散歩とシミュレータに付き合って筐体を出た所で、涼宮少尉と鉢合わせした。
まぁ起きてる時間は移動か食事かトイレかシミュレータかってくらい乗りっぱなしだからな。
「じゃあ霞、おやすみ」
しかもこの後一時間後にまたミーティングを挟んでシミュレータが待っている。
メンバーは俺を入れて日中と同じ例の五人だ。
「……白銀さんはまだ乗るんですか?」
「ん?この後はミーティングだけどね(まぁその後乗るんだが)」
「…見ていていいですか(茜をリーディングして)」
バレたか。
んー、霞が見て参考になるような戦い方しないしなぁ…
いや内容がとかじゃなくて単純に見る事事態に霞的には意味があるのか?
「でもなー、霞には睡眠時間確保してもらって早く背を伸ばして体力付けてもらいたいしなぁー」
「……わかりました。おやすみなさい、白銀さん」
「あぁ、おやすみ。霞」
そうか、わかってくれるか、霞よ。
残念そうな顔をしながらもクルリと振り返ってテクテク歩いていく霞。
その背中を眺めながら
(そういや霞って俺と二人だけの時にしか"タケルさん"って言わないのか)
と一人気付いて萌えていたりした。
ミーティングでは俺の考案した例の"新兵装"が茜にも説明され、その後のシミュレータでも解禁となった。
シミュレータではパイルバンカーが余程気に入ったのか、前回の恨みなのか、涼宮少尉に続き月詠中尉まで超接近戦を挑んできたのにはド肝を抜かれた。
あのツートップで攻められるとマジほんとヤヴァイ。
兎に角距離を取ったのでダメージは受けなかったが、こっちの撃墜数も0になってしまった。
しかも弾切れが起きない設定なので終わる頃には腕が動かなくなっていた。
----白銀武室前----
「遅かったのね」
「ん、ああ。スマン千鶴。一人って事は…エレメンツは俺?」
シミュレータ訓練も何とか終わり、部屋に帰ってきたら今日は千鶴が外で待っていた。
後で聞いたが今日のスケジュール決め担当は千鶴だったらしい。
「そういや気になってた事が一つあったんだが」
「何?」
「昨日のホラ、俺が慧とくっつけたの…どーなったかなーと思ってな」
今日は食事しか207とは一緒に居なかったけど、お互い憎まれ口を叩きあいながらも笑いあっているように見えた。
きっと何か進展があったとは思うんだけど。
「あー、そうね。白銀になら話しても大丈夫かしら。最初はお互いだんまりだったけど私達ね、何で国連軍に入ったのかを話し合ったのよ」
「そりゃまた凄いな、アレだけ不干渉を押してたのに…やっぱ千鶴が分隊長ってのは適任だったか」
「やめてよ。それで私は父の庇護化で安全席に座ってるのが嫌で国連軍に入ったって言ったら彩峰…何て言ったと思う?」
彩峰なら…本当に大事な場面ならおちょくったりしないだろうけど…想像出来ないな。
「羨ましい、ですって。最初はからかわれてるのかと思ったわ…でもそうじゃなかった」
「それは…確かにそう思うよな、普段のアイツ見てれば」
「流石に貴方にベラベラ喋るわけにはいかないけど、彼女ね、迷いっていうか…随分自分の中で葛藤みたいのがあるみたいなの」
でもそれは自分で解決しなきゃいけないもの。
千鶴もそれは解ってるんだろう。
「お互い何の為に戦うのか話せたら…壁みたいな物は気付いたら無くなってた。知らな過ぎたのね、私達。お互いを…」
「かなり遅れちまったのは確かだけどさ、まだ手遅れじゃないと思うぜ」
「そうね、総戦技演習はもう一回あるもの。白銀」
「ん?」
「ありがとう」
そう言った千鶴の顔は、今までで一番の笑顔だった。
10月28日(日)[七日目]
朝
----PX----
「ちゅ、中尉殿に敬礼!」
ガタッ
俺が珍しく207のみんなと朝食を食べていると、突然千鶴がそう叫んで立ち上がった。
周りのみんなも慌てて立ち上がる。
って俺も訓練兵だったか。
最近中尉とか副司令とかそんな肩書きの人と話す事が多くて階級意識が無くなってきちまったな。
…いや、最初から無いのか、俺には。
こりゃマズイ。次から意識しない…と…あれ?
「うむ、楽にしていい。それよりそこの男を借りたいのだが」
何で赤が朝っぱらから俺の前に?
午前も涼宮少尉と戦術討論でしょ?
俺達は美琴のサバイバル技術講習を受ける予定なんだけど。
(ちなみに提案したのは美琴本人。いや、中々の成長振りだと正直思った。)
「なっ、タ、タケル!そなた月詠と面識があるのか!」
冥夜が驚くのは無理も無い。
てっきり副司令のお膝元で何かちょこまかとしていると思っていたら、よりにもよって斯衛の赤、しかも自分の護衛と面識があるのだから。
「面識も何も」
「何も?」
冥夜を含め207の全員が俺を見ている。
気になるといえば当然か。
しかし俺は思わせ振りな先程のセリフだけを残し、月詠中尉に目線を合わせた。
「月詠中尉、予定は午後からじゃありませんでしたっけ?」
「あぁ、その件だが緊急の要件が入ったのでな…キャンセルになった」
「緊急って言うと…此処じゃ無理ですね、場所変えますか」
「タケル…また新型の話なのか?」
そう言って歩き出そうとする俺を冥夜が呼び止める
まぁ声掛けてくるのはある程度計算してたというかそういう風に仕向けたんだが。
「冥夜…無粋な事を言うもんじゃない」
「無粋…?」
"機密の間違いではないのか?"と目が言っているが、そんな事は俺には関係ない。
面白ければいいのだ。
「常識的に考えて俺が元中尉とはいえこっちは国連軍訓練兵で相手は斯衛の中尉、しかも赤が関わる訳無いだろ?」
「それは…そうだが今実際に」
「だからそれが無粋なんだって、態々中尉殿が軍務であるかの様に話してる意味が解らないのか?」
確かに今までの会話で具体的な単語は何一つ出てこなかった。
そしてその会話の口調を変えると…
「まさか…そなた月詠と男女の…」
ドゴォッ
「まさかその左は幻の…」
………ドサッ
「任務です、任務です。冥夜様。時が来れば冥夜様にもお手伝いして頂く事になりましょう。今は失礼します」
いやー、顎から脳天に突き抜ける実にいい角度の一撃だった。
そうやって俺は廊下の先にあるミーティングルームに引きずり込まれたのだった。
ミーティングルームには既に神宮司軍曹、伊隅大尉が俺を待っていた。
二人は既に事情を知っているようで、俺を待っているような雰囲気だった。
…何か緊急事態が起きたのか?明日にでもクーデターが発生しそうとか。
相変わらず引き摺られながら何が何やら、と頭を悩ませる俺を床に投げ捨てた月詠中尉は開口一番に紅蓮大将と話が着いた事を俺に話した。
「紅蓮大将と…話が着いた?どんな魔法使ったんですか?」
どんだけ仕事が速いんだ。このツンデレめ。
「11/11日への準備を考えると…やはり可能な限り早いほうが良いと思ってな。連絡自体は早めにしたのだが、どうも昨日の夜に着いたらしい」
そして二つ返事で早朝に連絡が入り、既に不知火四機の搬出準備は完了しつつあるらしい。
まぁ物理的に間に合わないとどうにもならないし、俺はある程度突然言われても対応できるけどさ…
「一言くらい欲しかったなぁ…」
「そうは言うがな、本当に時間が無いのだ。あと45分で横浜基地を発たねばならん」
「げ…そんなに無いんですか。解りました。んじゃ俺博士の所に寄ってから…ん?」
そういえば今説明の中に不自然な所が無かったか?
「どうした?」
「不知火が……4機?」
紅蓮大将とは一騎打ちの筈だろ…いや、その後俺が紅蓮大将や場合によっては殿下と交渉している間に注意をそらす為演習を続行するのか?
いやでも…月詠さん斯衛でしょ?
「フフフ、いやなに、斯衛である私が性能で劣る不知火によって武御雷を撃破すれば、XM3にとって良い噂が立つであろう」
いや、嘘だ。このヒト絶対自分だけズルして無敵モードの間に斯衛に殴りかかるつもりだ。
何と言う大人気なさ。流石マブラヴいちのツン………
「む?」
こちらの視線に気付かれた!
「…何か良からぬ事を考えているな。よいか、余り私を侮るな。私は慢心でも無く卑屈でも無く、自分の価値を解っている。新潟侵攻を待たず一部の人間にとは言え斯衛や帝国軍にXM3を晒すのだ。"国連軍で開発した"と"国連軍に身を置く日本人が開発した"では印象が違いすぎる。更に言えば神宮司軍曹と伊隅大尉は表に顔を出せぬ…となれば斯衛の赤である私が先ず使ってその有用性を示せば、帝国の衛士にも受け入れられやすくなろう」
「そこまで気を使っていて貰えたんですね…ちょっと以外でした」
「私はあのOSを正当に評価しただけだ」
なにそのツンデレ、なにそのツンデレ(二回言った。重要だから。
耳までちょっと赤くしちゃって可愛いところあんじゃない。
そんな事口にしたらまた殴られそうだし…時間も無いから行動するか。
「解りました、んじゃまた後で。詳しい流れは移動しながら聞きましょう」
「うむ、何を準備するか解らぬが急げよ」
----基地副司令執務室 前廊下------
「よっ」
「…タケル…さん」
香月博士に一言挨拶と相談をしに地下に向かうと、廊下で霞と鉢合わせした。
「霞も博士の所へ?」
「…はい」
「じゃ一緒に行くか」
そう言って俺は右手を差し出す。
「はいっ」
霞は嬉しそうに手を繋いでくれた。
霞の手ってやわらかいなぁ…
そういや最後に女性の肌を触ったのは何時だったか…少なくとも此処に来る前か。
未だに記憶は戻る気配を見せず、フラッシュバックのようなものも見えやしない。
夢に誰かが登場するわけでもない。
ほんと俺は一体…誰なんだろうな。
「タケルさん」
「おっと」
考え事をしている間に部屋の前についてしまったらしい。
プシュッと開くドアを潜るとそこは…真っ暗だった。
あれ?俺こーゆーシーン知ってる。
霞を見ると部屋の奥を見つめて固まっているようだ。
やはり、誰か居る。
「霞、"奥の人"は多分味方だから、電気つけちゃって」
「は…はい、わかりました」
パパッと電気が付き部屋の視界が確保されると…
「やぁ、こんな朝早くにレディの部屋を訪ねるとは、君も中々隅に置けないね?白銀武君」
鎧衣左近課長その人が、其処に居た。
フッ、先手必勝!
「どーもご無沙汰してます鎧衣左近課長!」
そう言いながら俺はスタスタと距離を詰める。
「ほう?私の名をしっているのk」
「いやそれにしてもいいスーツですよね、俺も思うんですよ。スーツは男の戦闘服だって」
「死んだ筈の、いやこれはこれはお褒めいただk」
「冬はもちろん、夏場だって背中に汗が流れようともスーツは脱がない。それが正しい日本のペンを武器に戦う男の姿だと、俺はそう思っています。鎧衣左近課長もそうでしょう?それに比べてこの国連軍の制服ってやっぱデザインが派手過ぎると思うんですよね、やっぱり男は紺のスーツ、そう思いませんか?いやいや鎧衣左近課長のスーツの色がどうという訳では勿論ないんです。ただベージュや鎧衣左近課長のライトブラウンとかの明るい色のスーツはやっぱり年を重ねて大人の男の風格が出てからじゃないと似合わないと思うんですよね。そのスーツはやっぱり帝都の仕立て屋で?いいなぁ、今度俺にも紹介してもらえませんか?あ、でも訓練兵の手持ちでどうにかなるお店じゃないか。そういえば室内でも帽子を取らないようですが武器でも入ってるんですか?流石に室内で帽子被ったままじゃ少々怪しいので避けた方がよろしいかと思うのですが」
「何やってんのよアンタ達…」
ノリノリだった俺のマシンガントークを止めたのはこの部屋の主、香月博士だった。
俺は博士の反応にワクテカしつつビシッと敬礼し、声を大にして答える。
「ハッ、不審者が居た為足止めしておりました!」
「このクソ忙しい時に何やってんのよアンタ…」
はぁー…と本気でデカイため息を付く博士。
本当に呆れられてるらしい。
「これはこれは香月博士。朝からお美しい女性とお話しができるとは嬉しい限りですな。しかし私は君に名乗った覚えは無いのだがね、白銀武君」
流石プロ、と言うべきか、いち早く精神再構築を果した鎧衣課長が口を挟んできた。
何だよ、おとななんだからおとなしくまけをみとめてだまってればいいのに!
「ウチの部隊に娘さんの鎧衣美琴訓練兵が居るんですよ」
「それはおかしいな、息子に私の写真は持たせて居ない筈だが…まさか隠し撮りか?どう思う?白銀武君」
「まぁ、匂いですね。美琴を一度見てれば一発でわかりますよ、同類だって」
「ふむ…」
で、結局何しに来たの?この人。
クーデターは未だ先だろ?そもそも噴火してないし。
「で、アンタ何の用なの?もしかして帝国が保有するG元素をくれる気になったのかしら?それとも不知火二式が完成したの?」
「…帝都でこんな噂を耳にしましてね。横浜基地で今までの常識を覆す兵器が開発されている。しかもその兵器の試験には斯衛の赤が関わり、なおかつその開発者は衛士。さらにその衛士は今日これから紅蓮大将閣下と帝都郊外の斯衛専用演習場で一騎打ちを行うという話ではありませんか。しかもその男が…」
なんか結構イロイロばれてるんだな。
いや、結局中身の伴わない情報だし香月博士が情報を選んで最初からリークしたのか?
それともわざと鎧衣課長が中身を語っていないのか…
「既に死んだ筈の男だとは。しかし君はこうしてここにいる。幽霊になって化けてでたのかね?」
そう言って近づいてくる鎧衣課長を俺は手で「よってくんな」とジェスチャーした。
大方顔でもつまむつもりだったんだろう。
「えぇ、実は帝国のピンチに呼応してついさっき息を吹き返しまして。で、今の征夷大将軍は煌武院 悠陽殿下でしたっけ?どうも数年死んでると時差ボケが酷くて困りものですよ」
目的は…紅蓮大将に会う前に俺に会っておこうって線かな。
人を見る目に自信があって、なおかつその能力を信頼されていないとできない事だけど…
殿下を逃がす下準備とかバッチリするくらいの人だからなぁ。
「そ、そうか。君は中々に面白い男のようだね、白銀武」
香月博士は「はいはいわろすわろす」といった呆れ顔で、完全に我関せずとなってしまった。
俺の意味不明トークが鎧衣課長を微妙に煙に巻いてるので、自分で対応するのが面倒臭くなったのだろう。
「これからもっと面白くなりますよ。帝都まで行くなら一緒に行きます?」
「なに、大人の男は自分の足は自分で用意するものさ、白銀武君。では香月博士、失礼します。次は何かお土産を持ってきますよ」
そう言い残して、鎧衣課長は退室してしまった。
「何しに来たのかしら、アイツ」
「俺を見に…ですかね。それだけ時間がなかったんでしょうけど…」
あぁいう仕事にだけは付きたくないな。
心底そう思う。
「あ、そうそうアンタそういえばいい所に来たじゃない」
そう言って博士はさも今思い出したというかの様にポケットから何か小さいブツを取り出した。
「はいこれ」
ひょいっと此方に放物線を描き飛んでくる何かを掴む。
「おっと…階級章?」
「じゃ、そういう事だから。白銀"大尉"」
――――前略母上様。
俺はどうやら今日から"たいい"らしいです。
俺に投げた階級章の階位を呼びながら、香月博士はダカダカとノートパソコンを叩き始めた。
しかし大尉、か。
"元中尉"っていう触れ込みだったからコレでいいのかもしれないけど、このタイミングって事は対外向けかな?
外の都合に合わせて階級が上がるってもの…まぁ俺らしくて良いか。
「で、博士。聞き流して貰ってもいいので質問があるんですけど」
2分ほど待ってみたが一向にキーを叩く手が休まらないため、俺は作業しつつ聞いてもらう事にした。
「…何?」
此方に顔を向けてもガタガタとキーは叩かれ続ける。
どうやら思考を分割するスキルがあるらしい。流石天才。
「俺……やっぱ手加減した方がいいですか?」
「そりゃねぇ……まぁXM3もこっちにだけ積んであるワケだしぃ?3割位の力で倒して貰えないとこっから先アンタの実力信じられなくなっちゃうかもしれないわねぇー?」
「そりゃまた…手厳しいッスねぇ…」
「まぁ私の前でそんな無様な事はしないでしょうけどねー」
え?来るの?
ってそう言えばそうか。
いくら何でも衛士…それも最上位が大尉だけ寄越すなんて真似はできないし…
対外の交渉事とか俺の解らない細かい所は自分でやるつもりなんだろう。
「しっかし、"忙しくなれた"モンよね。00ユニットの稼動の目処が立ったから、こうして対外に気を回せるんだから」
そう、別に00ユニットの最終理論を手に入れたからといって博士が暇になるわけでは決してない。
テストで言えば"テストを受ける資格が無かった"状態からやっと00ユニット、つまり"テストの受講資格を得た"状態になったのだから。
そのテストが満点か赤点かは未だわからない。
赤点は避けられる可能性が高いとしても、少しでも満点に近づける作業を惜しまない。
それは交渉だったり、根回しだったり、人や物や軍を動かし、備える。
ようやくそこに来れたのだ。
といっても00ユニットを初めて稼動させた世界でもそれなりに両立させていたようだが、それはあくまで本腰を入れたものではない。
今度は博士も割りと自由に動けるようになりそうだ。
「ま、差し詰め"運命の奴隷"ってトコでしょうか。最もお互い好きでやってるだけですけど」
「フン……じゃ、行くわよ。遠慮しないでブチかましてやりなさい」
「はっ!」
そうして俺は、俺達は、帝都に出発した。
-------
―――――ブロロロロロッ
ガタガタと悪路に揺れる不知火の管制ユニット。
トレーラーに運ばれるそれの中には今、伊隅大尉と神宮司軍曹がそれぞれ乗っている。
俺も同様にコックピットの中に座り込んでいた。
ここならば他の機体に通信もできるし、何より先の二人は横浜基地を出てから戻るまで、不知火のコックピットを出る事を禁じられている。
「っとまぁ現地の流れはこんな感じですね。難しく考えなくても俺達は香月博士の駒だと思えばいつも通りだと思います」
通信している相手は"いろいろと知りすぎてしまっている"ので物事を深く考え過ぎていないかと心配になってしまう。
所詮はイチ衛士。基本的には香月博士から指示がでるだろう。
「その指示が一番怖いのよね…」
まりも先生、怖いこと言わないで下さいよ…。
「伊隅大尉、月詠中尉も、それでいいですね?」
「つまりいつもと同じという訳か、問題ない。白銀」
「私の方は…一部にXM3の噂…もとい情報を流せばよいのだな?」
「えぇ…名前は出さずに「横浜基地で開発された新OS」って事でお願いします。XM3なんて行き成り言われるより馴染みがいいでしょう」
「わかった」
月詠中尉の方はトレーラーの方の通信機を使っている。
トレーラーと一口に言ってもそこは戦術機を運搬できるものなので、運転席とは別に合計6の座席があり、簡単な管制(といってもトレーラーからハンガーへの移動指示や演習の準備程度を想定した能力だが)も行えるようになっている。
「はいはい、おしゃべりはそこまで。そろそろ演習場に着くわ、主機を起こして準備しなさい」
「はっ!」
香月博士の声に気付けば其処はもう日本帝国軍斯衛帝都郊外演習場まで目と鼻の距離だった。
-KOUDUKI-
「兵が哀れね…」
私が居るのは特別管制室。いわゆる"お偉いさん"がふんぞり返って座り下らない事を口から吐き出し続ける部屋。
今呟いた言葉はそう、揺さぶりだとか駆け引きだとか、そういう意味合いでも確かにあったけど、私の本音でもある。
「どういう意味ですかかな?香月博士」
そう私に殺気立った目線を向けてくるのは誰だったか…名前も思い出せない冴えない男。
私の記憶に無いという事は別段オルタネイティブ4に必要な人間でも、邪魔な人間でもないのだろう。
こういう時にこそピアティフが居ればいいのだけれど、生憎私が横浜基地を空けるなんて滅多に無い事なので外のトレーラーで横浜基地とのホットラインの…いわゆる留守番だ。
「どうと言われましても…」
そう答え私は演習場へ視線を移す。
(黒が3…か。まぁ向こうの立場から言えば当然と言えば当然ね)
演習が開始する前に、斯衛側から要望があったのだ。
「紅蓮大将と一騎打ちを望む衛士の実力を是非見せて欲しい」
と。
つまりはそういう事。
流石に赤の大将とコッソリ戦術機で一騎打ち…等となるはずもなく(その辺は解っていてやっているが)当然周りも口を出してくる。
パイロットの名すら事前に明かそうとしない私に斯衛が出した条件は、斯衛が出す衛士にまず前哨戦として勝つこと。
それに対して私も「じゃあ最低で白10機、前回の間引き作戦に参加した実戦経験済みの衛士を用意してくれ」と答えたのだが…
「香月博士、わたくしにもお話をお聞かせ願えませんか?」
「はい、殿下」
特別管制室には日本帝国征夷大将軍煌武院悠陽まで来ていたのには少々驚いた。
どうやら月詠中尉は思ったより頑張ってくれたようだ。
「これだけは断言できます殿下」
「何でしょう?」
私は周りをゆっくりみまわし、ふとある事に思いついた。
(ええい、言ってしまえ…か。アイツも普段こんな気持ちなのかしらね)
大それた事をさも当然のように。
それは私も常日頃行っている事だけれど…征夷大将軍にここまでの口を叩くのは流石に今回が初めてだ。
「全滅です。殿下。もしこれが実弾での殺し合いなら…斯衛軍は武御雷3機分の鉄クズを生産したに過ぎません」
「貴様!不敬であろう!そのような出任せをこのような席で「出任せかどうかは!」…なっ」
「結果を見てからにしていただけませんか?」
そう言って私は腕を組み、沈黙を決め込んで演習場を、いや其処に居る衛士を睨み付ける。
(絶対に勝ちなさいなんて…我ながらぬるくなったわね…もとより最後の瞬間まで一度も負けられない道だっていうのに)
しかし、彼はきっと私の期待を別の意味で裏切るだろう。
何故かそう確信できた。
さて、どうなるものやら?
最早周りの視線のプレッシャー等は遥か彼方に飛んで行ってしまった。
「香月博士、一つよろしいか」
その男が、口を開くまでは。
-SHIROGANE-
演習が―――始まった。
「黒が3…か。まぁ妥当な所…なのか?」
「貴様が横浜基地の"自称人類一の衛士"か」
どうやら相手とは通信が常につながっている設定らしい。
そんくらい教えといてくれよ…
リーダー格がやたら"自称"に力を入れて発言している辺り、やっこさん随分とトサカに来ているらしい。
まぁフツーの斯衛ならそういう反応取るよね。
お前んところの大将と一騎打ちさせろ、俺世界一の衛士だから。なんて言われたら。
しかしまぁ、今日の所は俺の引き立て役で我慢してくれ。
「殿下を守護する斯衛の力…味わさせて貰おうか!」
「吠えたな!」
こっちは実戦経験済みの白を十機程要求したけど…流石に(見た目は)ドノーマルの不知火一機にそこまでは出してくれないか。
しかし黒くて3って…こいつ等ジェットストリームアタックとかしてこないよな…
そのまさかだった。
見事な三機連携。
斯衛軍らしく長刀を手にまず先陣を切る一機、そのすぐ後ろにサポートに一機、そして距離を取って突撃砲で二機をフォローするのが一機。
しかし
「凌いだだと?」
「そんな!」
「あれをか?!」
遅い。
コレは多分反応速度の処理速度に差が有りすぎるんだろう。
それにいくら相手が三機連携つってもこっちは昨日1:4でドンパチやったばっかりだっつーの。
「しかし避けているだけでは勝てんぞ?横浜の自称最強衛士。斉藤、行くぞ!」
「応!」
そうして今度は前衛二機が長刀を片手に一本づつ、二刀流でそれぞれ構える。
流石に壮観だ…が、確かに今の一合は俺はやり過ごすだけで反撃しなかった。
一機目、ほぼ真上と言って良いほど高く跳躍し、相手の感覚の死角を飛び越える。
二機目、そこからスラスターユニットを反転、地面に向けて高速で進み、着地直前で横方向へキャンセルジャンプで回避。
三機目、一機目よりさらに高く飛び、衛士が入力した予測射角を大きく超えてその向こうへ。
反撃はできなかったと捉えられているみたいだけど…少々斯衛の戦術機の操縦を生で感じてみたかったのだ。
月詠中尉だけだとサンプルには少ないというか…連携した武御雷なんて相手にする事そうそう無さそうだし。
そう思ってはみたものの…やはりそれ程じゃない。
確かに現状のA-01のどの三機連携よりも精錬されているようには見えるが…伊隅神宮司月詠の三機連携の方がよっぽど怖い。
いや待てよ、それならこの今相手にしている三機にXM3を積めば…やっぱ帝国には早めに普及してもらいたいもんだ。
さて、そのためには先ず君達には派手に負けて貰わないとな。
武器は俺も長刀を使っている。
同じ武器で負ければ、誰も文句は言えないだろう。
「俺をただ死ににくいだけの速さが売りの衛士だと思ってるんなら大間違いだ」
「何?」
「俺は覚える。食らった技を相手の動きを癖を呼吸を…仕留め損なう度に敵は大きく、敗北に近づく」
「負け惜しみを…!」
「次があるなら最初からそれを出すべきだったな。もうちょい弱けりゃその慢心もなかったろうに」
「これ以上奴に喋らせるな!斉藤、佐山、行くぞ!」
低空を滑るようにこちらに向かってくる三つの黒。
まるで狼が獲物に正面から襲い掛かるかのように…その獰猛さに普通の衛士ならただ牙に切り裂かれるだけだったろう。
まぁ…俺は随分普通じゃないのだが。
一機目、今度も同じく長刀の間合いギリギリでジャンプ…をキャンセルし、地面に這うような姿勢で膝を長刀で薙ぎ払う。脚部破壊判定。
二機目、一機目の撃破に驚いたのかほんの少しできた操作の隙に長刀を投げつける。それをはじいた瞬間には、俺は短刀を装備して相手に躍り掛かっていた。
短刀を頭部ユニットに走らせる。頭部破壊判定、コックピットの画像が一瞬消える。その隙にほぼ機体が水平になるような勢いで横っ飛び。
三機目、縦方向も織り交ぜたランダムな三次元機動で射線を交わしつつ距離を取る。
この間、約1分30秒。
「なっ…あ…」
「頭を取られた…のか?」
敵勢力は未だ三機―――といっても一機は脚部を完全損壊。
パイロンにすら銃を用意しない徹底振りは最早ギャグの領域に達しているように見える。
「どうした?呆けちまって。言ったろ?仕留め損なう度に相手は近づく。敗北へ……大きく…だ」
俺は背中のパイロンから長刀と突撃砲を取り出す。
此処までくれば、もう勝負は付いたようなもんだ。
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作者近況
残業やべぇ。