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No.4039の一覧
[0] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:51)
[1] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~プロローグ2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:38)
[2] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その1[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:11)
[3] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その2[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:17)
[4] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その3[山崎ヨシマサ](2009/09/22 23:23)
[5] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:53)
[6] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:55)
[7] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第一章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 22:59)
[8] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:04)
[9] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その1[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:58)
[10] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:06)
[11] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:07)
[12] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その4[山崎ヨシマサ](2010/09/11 22:06)
[13] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:09)
[14] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:11)
[15] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その7[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:12)
[16] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第二章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:17)
[17] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:19)
[18] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:20)
[19] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その2[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:00)
[20] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:24)
[21] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:27)
[22] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その5[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:29)
[23] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その6[山崎ヨシマサ](2010/07/19 23:01)
[24] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その7[山崎ヨシマサ](2009/09/23 13:19)
[25] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第三章その8[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:33)
[26] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:36)
[27] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その1[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:38)
[28] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その2[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:40)
[29] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その3[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[30] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その4[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:42)
[31] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:29)
[32] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その6[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:45)
[33] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その7[山崎ヨシマサ](2010/07/16 22:14)
[34] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第四章その8[山崎ヨシマサ](2010/07/26 17:38)
[35] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その4[山崎ヨシマサ](2010/08/13 11:43)
[36] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その1[山崎ヨシマサ](2010/10/24 02:33)
[37] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その2[山崎ヨシマサ](2010/11/10 03:37)
[38] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その3[山崎ヨシマサ](2011/01/22 22:44)
[39] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その4[山崎ヨシマサ](2011/02/26 03:01)
[40] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その5[山崎ヨシマサ](2011/04/17 11:28)
[41] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第五章その6[山崎ヨシマサ](2011/05/24 00:31)
[42] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~幕間その5[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:06)
[43] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第六章その1(最新話)[山崎ヨシマサ](2011/07/09 21:50)
[44] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~プロローグ[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:47)
[45] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第一章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:49)
[46] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第二章[山崎ヨシマサ](2010/06/05 23:51)
[47] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第三章[山崎ヨシマサ](2010/06/29 20:22)
[48] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第四章[山崎ヨシマサ](2010/07/19 22:52)
[49] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第五章[山崎ヨシマサ](2010/08/13 05:14)
[50] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~第六章[山崎ヨシマサ](2010/09/11 01:12)
[51] Muv-Luv Extra’ ~終焉の銀河から~エピローグ[山崎ヨシマサ](2010/12/06 08:17)
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[4039] Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~第六章その1(最新話)
Name: 山崎ヨシマサ◆0dd49e47 ID:121e3e5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/09 21:50
Muv-Luv Unlimited ~終焉の銀河から~

第六章その1



【2005年4月6日、8時03分、帝都東京郊外、帝国軍共同演習場】

 帝都東京の郊外に設けられた、帝国軍の野外演習場。
 
 東の空から朝日が差し込む、黄土が剥きだしになった演習場は、多くの人間がいるにもかかわらず、静まりかえっていた。

 演習場に集まっている人間は大きく二種類に大別される。

 一つは、帝国陸軍の軍服を着た、年若い兵士達。年の頃は十代の中盤から後半、一番年かさの者でも二十歳を超えている者はいなさそうだ。

 一方、もう一つは、紋付き袴に草鞋履きといった、武家の正装に身を固めた老人達である。こちらは、若くても六十代、一番年上の者は九十歳近い者すらいるのではないだろうか。

 そんな孫と祖父ほども年が違う彼等に、唯一共通することは、全員が腰に太刀か木刀を下げているということだ。

 さらに、この演習場をよく見れば、ボロボロになるまで打ち据えられた、太い木の杭が何本も立っているのが見える。

 木刀で立ち木を何度も打ち据える、『立ち木打ち』と呼ばれる、剣術修練の跡だ。

 そう考えれば、ここに集まっている老人と若者が、どのような集団であるかも想像がつく。

 剣術家なのだ。和装で身を固める老人達は師、軍服の若者達はその弟子なのだろう。もっとも、若者達は軍人である以上、剣術一筋に生きているのではなく、武芸百般の一つとして身に納めているだけなのかも知れないが。

 実戦を想定するのならば、軍人が剣術の修練に時間を割くのは、『無駄』のそしりを受けてもおかしくはない。

 人型兵器である戦術機を駆る『衛士』ならば、剣術を習得しておくことも決して無意味ではないが、免許皆伝まで長い年月を必要とする剣術に比重を置くくらいならば、最初から戦術機の操作になれるため、実機演習やシミュレータ演習に時間を割いた方が効率的、と言うのが世間一般の考えだ。

 しかし、現実はそこまで効率一辺倒で生きていないのが、人間という生き物だ。

 生死がかかった戦場で何を甘いことを、と言う人間もいるだろうが、その尚武の気骨に支えられた『士気』というのも、戦場では無視できない『現実的プラス要素』なのである。

 そのため、帝国軍では、二十一世紀になった今でも、軍人が武術にのめり込むことは、よほどのことがない限り奨励されていた。

「…………」

「…………」

 老いた剣士達と、若い軍人達が見守る中、αナンバーズに所属する特機乗り、ゼンガー・ゾンボルト少佐は、赤地に黒の襟が付いた、コートの用に長い軍服姿で、静かに佇んでいた。

「…………」

 全周囲から向けられる老若二種類の視線に微動だすることなく、目を瞑ったまま見事な立ち姿を見せていたゼンガーは、やがて静かに目を開けると、よどみのないゆっくりとした動作で、腰に下げている太刀を引き抜く。

 そして、両手で持つ握りの部分が顔の右横に来るように、刀身を地面に垂直に立て構える。

『蜻蛉』と呼ばれる、独特の構えだ。

 この構えは、一般的に『受けに良くなく』、『避けに良くなく』、『攻めに良し』と言われるほど、攻撃一辺倒の構えである。

「スー……ハー……」

 ゼンガーは、蜻蛉の構えを取ったまま、静かに呼吸を整え、目の前の斬るべき対象に意識を集中させる。

 ゼンガーの前に立つのは、成人した男の胸くらいまである『石灯籠』だ。通常であれば、剣で切る類の代物ではない。

 下手に斬りかかって失敗すれば、剣が曲がるし、衝撃で手首を挫いたり、刃を滑らせて自分の足を切る可能性もある。しかし、そのような失敗への懸念は、雑念となる。

「切る」

 ただ、その一転に心を研ぎ澄ませ、ゼンガーは、気を込める。

「ハアア!」

 一足一刀の間合い、と言う言葉がある。剣士が一呼吸の間に詰めて、太刀を切り下ろすことができる、実践的な意味での『間合い』の事だ。

 当然、踏み込みの分だけ腕と太刀を足した『リーチ』より『一足一刀の間合い』というのは遙かに長いものであるが、それにしても、現在ゼンガーが立っている位置と、石灯籠との間には少々距離がありすぎるように見える。軽く見積もっても四メートル以上、もしかすると五メートル近くあるかも知れない。

 しかし、それは間違いなくゼンガー・ゾンボルトの『一足一刀の間合い』の中であった。

「キィエエエ!」

 怪鳥のごとき気合いと共に、まるで瞬間移動のように距離を詰めたゼンガーは、全身全霊を力を込めて、『蜻蛉』の構えから、石灯籠に太刀を振り降ろした……のだろう。恐らく。

 生憎その、太刀筋をしっかりその目に焼き付けることができたものは、皆無に等しかった。

 そもそも、ゼンガーの発した『気』に当てられた幼い軍人の大半は、ゼンガーを正面から見据えること自体が出来ず、辛うじて意識を逸らさずにすんだ者達も、その瞬間移動にも等しい、運足を見切ることは出来なかった。

 さらに、そこから振り降ろされる太刀は、『雲耀』の太刀である。

 雲耀とは、速度を現す独特の名称だ。

 人の脈拍が四回半打つ時間を『分』という。

 その『分』の八分の一を『秒』といい、『秒』の十分の一を『糸』、『糸』の十分一を『忽』。そして、忽』のさらに十分一が『雲耀』である。

 一般的に健康な成人男性の平均脈拍数が、一分に約60~80回だとされている。間を取って、脈拍を一分に70回と想定するば、脈拍一回に要する時間は約0.85秒。

 それに当てはめれば『分』は、約3.93秒となり、『雲耀』はその八千分の一、おおよそ『0.0005秒』となる。

 0.0005秒だ。一秒の二千分の一だ。

 そんな、ゲッターロボの合体タイミングでも『誤差』として無視されてしまうような僅かな間に、振り降ろされるその一撃は、固い石灯籠をたたき割るに十分な威力を、太刀に宿らせる。

 ガラガラと音を立てて、真っ二つに切り裂かれた石灯籠が崩れ落ちるのを目の当たりにした、剣士達は、ドッと感嘆の声を上げるのだった。





「いやあ、見事。実に美事な剣を見せて頂いた。ゾンボルト少佐、儂等の我が儘を聞いて頂き、厚く礼を言う。ありがとうございました」

 太刀を納めたゼンガーの元に、一番年かさの老剣士が一同を代表するように、そう礼の言葉を述べる。

『ありがとうございました!』

 その言葉に呼応するように、元気な声を上げる幼い軍人達に、目線と首だけで返礼をしたゼンガーは、相変わらずの無表情で謙遜の言葉を口にする。

「いえ、自分もまだ修行中の身。不出来な業をお見せして、恥ずかしい限りです」

 それは、特機乗りとしてはともかく、剣士としては未だ未だ師に及ばないゼンガーの本心から出た言葉であるが、帝国の老剣士達は、穏やかな笑みを浮かべ、首を横に振る。

「確かに、ゾンボルト少佐もまだお若い。自分の剣を模索している最中でしょう。ご自分では納得のいかない部分も多いのでしょう。しかし、それは我々にとっては、些細なことなのです。

 口幅ったいことを申すようですが、口先で「もっと、ああしろ、こうしろ」と助言することは、我々にも出来ます。我々も伊達に半世紀以上の時間を、剣術に注ぎ込んできた訳ではありませぬからな。

 しかし、我々では、次代の若者に『生きた示現流』を見せてやることが出来ないのです。

 ゾンボルト少佐はそれをやって下さった。もう一同言います。本当にありがとうございました」

 老剣士達――薩摩示現流の流れをくむ年老いた剣士達は、揃ってもう一度ゼンガーに頭を下げた。

 そこまで言われれば、ゼンガーもかたくなに謙遜するものではない。

「はっ、自分程度の剣でも、何か得るものがあったのだとすれば、恐悦です」

 そう言葉を返し、丁寧にその頭を下げる。

 後継者はいるが、現役世代がいない「示現流」の現状を語るには、まず1998年のBETA日本上陸まで話が遡る。

 夏の嵐に紛れて朝鮮半島から日本列島に侵攻してきた、BETAが最初に上陸を果たしたが、九州であった。

 結果は言うまでもない、帝国の惨敗。僅か一週間で、九州、四国、中国地方を席巻し尽くしたBETAは、3600万人の日本人をその腹の中に納めたのである。

 一般に、徴兵された兵士の割り振りというのは、その兵士の故郷に割り振られる事が多い。同じ国内とはいえ、地方による文化風習の違いというものあるし、少々えげつない発想だが『国を護る』という漠然とした思いより、『生まれ育った故郷を護る』という明確な目標を持った兵士の方が士気が高いという、理由もある。

 そのため、九州で徴兵された兵士の大半は、そのまま九州方面軍に配置されていたのである。

 軍隊用語ではなく、文字通りの意味での『全滅』を経験した九州方面軍に。

 当然そこには、『示現流』の剣を納めた若者達もいた。ある者は衛士として戦術機でその剣を振るい、ある者は一般兵士として剣椀を生かすことなく小銃を持って戦い、そして誰一人返ってくることはなかった。

 生き残ったのは、事前に関西、関東へ疎開を済ませていた、一部の老人と幼い子供達だけ。
 
 たかが、一地方に伝わる剣術の流派が滅びたところで、大勢に影響はないだろう。

 そんなカビの生えた伝統芸能を護る余裕があるのならば、若い兵士達に効率的なスタミナの付け方や、戦術のイロハを叩き込んだ方がずっと有効的だ、という意見は間違いなく正しい。

 しかし、正しい、正しくないとは全く別の次元で、先祖代々受け継いできたものを、次代に残したいと考えるのは、人間の本能にも近い欲求である。

 だが、若い薩摩隼人達にどれだけ気概があっても、年老いた老剣士達が口先で剣の振り方を解いても、お手本となる『現役の剣士』がいない事には、正しく導いてやることは困難だ。

 そこに、現れたのが、二百年未来の異世界からやってきた示現流の剣士、ゼンガー・ゾンボルトである。

 年も二十代の後半。剣士としてもっとも脂がのっている時期だ。

 銀髪の白人が日本刀を振るう様に、若干違和感を感じた者もいたが、大した問題ではない。元々、時代も、世界も違う人間なのだ。髪の色や、肌の色にこだわるなどバカらしい。

 実際、腰に日本刀を下げて立つ、ゼンガーの佇まいは、無骨で実直なもののふそのものではないか。

 期待以上の物を見せて貰った示現流の老人達は、気安い口調でゼンガーと言葉を交わす。

「しかし、見事な気組、美事な太刀筋でしたな。ゾンボルト少佐はいったいどのような方にその剣を習われたのですかな?」

「はっ、リシュウ・トウゴウ。それが、我が師の名前です」

 ゼンガーの答えに、老人は驚きと喜びの声を上げる。

「ほう!? トウゴウですか。ひょっとして、その方の名字は『東郷』という字でしょうか?」

 薩摩藩における示現流の開祖は『東郷重位』という。トウゴウという名字に、思わず興奮した老人の一人は、落ちている棒を拾い、土の上に『東郷』と漢字を記す。

 一言に示現流と言っても、その分派は多種に亘る。ゼンガーの太刀が本家本元、『東郷』の流れをくむ可能性があるとしった老人は、喜色も表すのもある意味当然と言えた。異世界とはいえ、二百年後にも自分の流派が残っており、しかもそれが本流かも知れないのだ。

 しかし、ゼンガーは首を横に振り、答える。

「申し訳ありません。あいにく、字までは」

 老人は、一瞬落胆の表情を見せたものの、すぐに笑顔を取り戻すと、

「そうですか。いや、例えゾンボルト少佐の師が、『東郷』であれ、別な『トウゴウ』であれ、その剣が『示現流』であることは、間違いのない事実。これは、下らないことをお聞きしました」

 そう言って、小さく頭を下げた。

 実際、ゼンガーの師、リシュウ・トウゴウの漢字表記は『利秋・稲郷』と書くのだが、そのことはゼンガーも知らない。

 若い薩摩隼人が憧れの視線を向ける中、ゼンガーと老剣士は少しずつ打ち解けた口調で話を弾ませる。

「しかし、αナンバーズの皆さんを見ていると、そちらの世界は恐ろしく兵器が発達している様子ですのに、それでも生身の剣術が残っているのですな」

「はい。優れた剣士の剣は、決して侮れない、戦力です。私などはまだ未熟ですが、我が師ならば、ゾル・オリハルコニウム製の太刀で、フルオートの小銃の弾を切り裂き、複数の敵兵をなぎ倒すことも、容易くやってのけます」

 予想を大きく超えるゼンガーの返答に、老人は一瞬戸惑った表情の後、下手な愛想笑いを浮かべ再度問い返す。

「ほ、ほう……? それは、何かの比喩、ですかな?」

「いえ、言葉通りです」

「……ああ、なるほど! 暴徒鎮圧用の硬質ゴム弾を」

「いいえ、実弾です」

 なにやら雲行きが怪しくなってきた話に、老剣士は必死に自分の常識を当てはめようと、色々なケースを考える。

「…………ひょっとして、その方は未来の超技術で、身体を機械化しているとか、遺伝子レベルで超人化してらっしゃるとか……?」

「いいえ、生身のナチュラルです。恐らく、師ならば、サイボーグや戦闘用コーディネーターでも、刀一本で葬り去るのではないでしょうか。鍛えた剣椀は、戦闘用コーディネーター、戦闘用サイボーグも超越する。そう言うことなのでしょう」

 無表情の中にも誇らしげな色を見せるゼンガーに、示現流の老剣士は恐る恐るもう一度尋ねる。

「…………あの、失礼ですが、少佐とその師匠の流派をもう一度教えて頂けますかな?」

「? 示現流ですが?」

「本当に?」

「はい」

「間違いなく?」

「はい、間違いありません」

「ちなみに『無現鬼道流』という名に聞き覚えは?」

「ありません、初めて耳にしました」

「そう、ですか……」

 フルオートの銃弾を切り裂く自信のない示現流の老剣士は、段々と声を小さくしていくのだった。









【2005年4月6日、11時12分、横浜基地地上部、ブリーフィングルーム】


 昨夜のフォールド通信会議の決定を受け、αナンバーズ全権特使大河幸太郎は、朝早くから香月夕呼と会談の場に出席していた。

「それでは、00ユニット――鑑純夏に関しては、このままこちらの予定通り進めてもよろしいのですね?」

 念を押す夕呼に、大河は無念さを滲ませた表情で、首肯する。

「はい。こちらの技術部に話を通したのですが、高確率ですぐに、鏡純夏さんを救う手段はありませんでした。時間をかけて研究を重ねれば、可能なのではないか、という方法は幾つかあったのですが、現在脳髄だけの状態で未知の技術によって生かされている純夏さんのタイムリミットが明確に分からない以上、あまり時間を掛けるわけにはいかない、というのが我々の出した結論です」

「彼女のために、そこまで尽力していただき、ありがとうございます。お礼申し上げます」

 結局は、鑑純夏を救う手段は無かったようだが、そのための手段を模索するために首脳陣から技術部まで総出で検討してくれたαナンバーズに、夕呼は自然に頭を下げた。

 少し前の夕呼ならば「なに、甘いことを言っている」といった感想しか抱かなかっただろう。鑑純夏を00ユニットにしないというのならば、00ユニットより確実にこの世界を救う手段を提示して見せろ、と言ったかも知れない。

 しかし、αナンバーズと長い時間接するようになって、夕呼の理性的すぎる判断基準も若干緩んだようだ。今の夕呼は、「助けられる命なら、助けたほうがいいに決まっている」と公言する位には、なっていた。

 元々、夕呼は見えすぎる目と、強すぎる理性のせいで、非常な決断を下してきたのであって、いたずらに悲劇をまき散らして喜ぶような趣味はないのだ。

 もっとも、「確率の低い最善を目指すために、確率の高い最悪が待ち構えている可能性を選択するほど馬鹿ではない」と言い切っている辺り、αナンバーズ的価値観とは相容れぬものがあるのも確かだが。

 そんな夕呼に、大河幸太郎は、沈痛な顔つきから一転、覇気の籠もった表情で言い募る。

「しかし! 我々もただ手をこまねいているだけではありません! 現状から一気に最善へと導く道のりこそ閉ざされましたが、次の段階から次善を模索する用意はあります。ただ、それに関しては香月博士のご協力が必要不可欠になるのですが」

「私が、ですか?」

 この流れから自分に協力要請がくるとは思っていなかった夕呼は、首をひねる。

「はい。我々には、現状の鑑さんを救う手段はありません。しかし、00ユニット化した後、そこから少しでも鑑さんの人生が幸多いものになるよう、力をお貸しすることは出来ます。

 そのために、香月博士と我々αナンバーズの技術陣との間で、技術交流を図って貰いたいのです」

「αナンバーズの皆さんと、技術交流……ですか?」

 常識の危機を告げる要請に、夕呼はあからさまに顔を引きつらせた。





 一通り、大河の口からαナンバーズの思惑を聞かされた夕呼は、強張った固い表情で何度も唇を舐めた。

 これは冗談ごとですまされる話ではない。夕呼は禁漁で強張った表情で、口を開く。

「なるほど。纏めるとこう言うわけですね。

 一つは、無限情報サーキット『Gストーン』を用いたサイボーグ技術とのハイブリッドボディを要する案。

 もう一つは、特殊なクローン技術によって、『人格の宿らない生きた身体』を用意する案、ですか」

「はい。どちらも、我々にはボディを用意する技術はあっても、そこに鑑さんの人格をダウンロードするノウハウはありません。さらに、サイボーグボディに関して言えば、『生身の人体と遜色ない』形状を有するという点に関しては、そちらの技術が遙かに上をいっています。

 ですから、この計画を実施するには博士のご協力が必要不可欠なのです」

「…………」

 熱心に説く大河全権特使の前で、夕呼は背筋に固い表情で無言を貫いてた。

 こちらの技術を褒めてくれるのは非常にありがたいが、それにしてもとてつもない爆弾発言をしてくれたものだ。彼等は、自分の言っている意味が分かっているのだろうか?

(どうする? いっそ適当な言葉で煙を撒く? いえ、駄目ね。この間、αナンバーズ相手には、全面的に胸襟を開いた方が有効と判断を下したばかりなのだから)

 夕呼は、一つ大きく深呼吸をすると、睨んで見えるほど目に力を込め、話し始める。

「そちらの意図するところは理解しました。その上でこちらの返答ですが、原則『全面的のお断り』です。率直に申し上げて、手放しで受け入れられる限界を大幅に超えています」

「なんと……!?」

 想像していなかった、きっぱりとした拒絶の言葉に、大河全権特使は驚きで目を丸く見開いた。

 予想だにしていなかった、と言わんばかりに驚く大河全権特使の様子に、夕呼は自分の予想が全面的に当たっていたことを確信し、嘆息する。

(やっぱり、この提案も純粋に『鑑純夏』の人生を、少しでも良いモノするためだけの提案だったみたいね。本気で頭痛いわ)

 夕呼は、言葉を失っている大河全権特使に、ストレートな言葉を持って説明する。

「まず最初にご理解頂きたいのは、αナンバーズの皆さんにとってはともかく、この世界では00ユニットの演算、クラッキング、電子制御能力は、比肩するモノが存在しないくらいに、卓越したものだということです。

 元々、BETAによって滅びる寸前であったからこそ、開発が許可されたのであり、平時ならば間違いなくお蔵入りする類の技術でしょう。

 なにせ、やりようによっては00ユニット一体で、一国を揺らがす事も不可能ではないのですから」

「それは、そうですな……」

 夕呼の説明に、大河は少し沈んだ表情で頷いた。

 大河の脳裏に浮かぶのは、あの『シャロン・アップル事件』だ。無人戦闘兵器の開発プランとリンクして製造された電脳アイドル『シャロン・アップル』が制作者の制御を離れ、人に牙を剥いたあの時、αナンバーズの対応が一歩遅れていたら、間違いなく大惨事になっていた。

 圧倒的なクラッキング能力を持つ、独自の判断力を有する存在というのは、それだけで世界を揺らがす諸刃の剣であるのだ。

「おわかり頂けたでしょうか。00ユニットの72時間に1度、ODLを浄化しなければならないという現状は、技術的限界であると同時に、だからこそ00ユニットが存在を許された、『おあつらえ向きな枷』でもあるのです」

 00ユニットの量子伝導脳の冷却液であるODLは、72時間に一度、反応炉で数時間に亘る浄化作業を受けなければならない。裏を返せば、00ユニットが人類に反旗を翻しても、最悪人類の手にある反応炉を全て爆破すれば、72時間後には00ユニットを活動停止に追い込めるということである。

「枷、ですか。しかし、鑑さんは人格を持った一人の人間だ。その危険性を制御するというのであれば、命を盾に取るよりも、対話によって彼女が人類に敵対しないよう説くことが、本筋ではないでしょうか」

 正論と言えば正論でもある大河の言葉に、夕呼はにべもなくこたえる。

「それは、いざという時、00ユニットの暴走を力尽くで抑えることができる、貴方達だけに許される答えです。

 例え、その人格がどれだけ善良であっても、いざという時制御も出来なければ、対抗も出来ない超兵器を、この世界は決して受け入れないでしょう」

 00ユニットを鑑純夏といういち少女ではなく、少女の人格を有した一つの超兵器という視点からの説明に、大河全権特使は黙りこくった。

 感情的には全く受け入れられない返答だが、夕呼の言わんとしていることは分かる。もし、この界がそこまで00ユニットを危険視するのであれば、72時間のくびきから解き放ってやっても、鑑純夏の人生にそれがプラスに働くとは限らない。

「では、クローニングした身体に人格をダウンロードする案はいかがですか? こちらならば、能力が危険視される恐れは無いはずですが」

「そちらに関しても、完全に『論外』と申し上げざるをえません」

 食い下がる大河を、夕呼はきっぱりと切って捨てる。

「それは、技術的な問題でしょうか。だとすれば……」

「無論、技術も問題です。脳から量子伝導脳にダウンロードできるからと言って、量子伝導脳から脳に逆ダウンロードも可能であると言うほど、簡単な問題ではありませんから。しかし、理論上付加逆な現象ではない以上、そちらはいずれ突破可能な問題です。

 より大きな問題は、この技術がもたらす、世界全体への悪影響です」

「悪影響、ですか?」

 目を瞬かせる大河全権特使を、夕呼は真正面から見据えて丁寧に説く。

「はい。まず、確認のためにおたずねしますが、クローニングに成功した場合、その身体の年齢はいくつになるのですか? 鑑純夏が脳だけとなったのは推定15歳。現在まで生きた年齢ですと、21か22歳になるのですが」

 夕呼の問いに、大河は何の気なしに答える。

「それは、技術部に聞いてみなければ分かりませんが、20歳前後になるのではないでしょうか」

 大河の答えに、悪い予感があった夕呼は、人前であるにもかかわらず、深い溜息を付く。

「つまり、ある程度クローン体の年齢は制御出来るのですね。大河特使。それでは、00ユニットを利用した一種の若返り、寿命を超えた延命装置として利用が出来てしまいます。

 そのような存在が表沙汰になれば、他人を犠牲にしてでも、その恩恵にあずかりたいと思う人間が続出するでしょう。

 正直に申し上げれば私自身、遠い将来自分の身体が老化して、頭脳の働きに明確な支障を来した場合、誘惑にかられないとは断言できかねます」

 生身の身体から00ユニットに意識をダウンロードする。それだけならば構わない。人間であることを捨てて、全身を機械化することに魅力を感じるものは少数派だろう。まして、00ユニットの人格は、果たして被検体の人格その物なのか、はたまた被検体と全く同じ記憶を有しただけの機械に過ぎないのか、結論は出てていないのだ。

 前者であればともかく、後者であれば、それは自分とそっくりの機会を生み出しただけの、自殺にしかならない。

 しかし、00ユニットからクローニングした身体に再ダウンロードが可能であるとすれば?

 しかも、クローニングした身体の年齢が、本来の身体より若返らせることも可能だとすれば?

 その『若返り手段』を手に入れようとする人間は、悲しいくらいに大量発生するだろう。

 まして、現状はαナンバーズのせいで、対BETA戦の勝利が見えてきている状況だ。

 BETAとの戦いそっちのけで、00ユニットとクローニング技術を手に入れるため、辛うじて保たれている国際協調の流れを踏みにじる人間が現れてもおかしくはない。

「どう見ても、今の我々には、手に余る技術です。鑑純夏一人の幸せのために、世界に不和の種を撒くことに、同意は出来かねます」

「そう、ですか……」

 大河は、想像以上に思い夕呼の予想に、意気消沈したように視線を下げた。

 言われてみれば、確かにその通りだ。不覚にも、大河は技術が表に出ることによる弊害について、あまり深刻に考えていなかった。

 これは、大河やαナンバーズの面々が考え無しだというわけでもない。

 元々αナンバーズは、サイボーグや宇宙人、戦闘用巨人族や、果てにはサイコドライバーの力で年齢を固定しているイルイ・ガンエデンのような存在と同居しているのだ。

 どうしても、種族や生まれによって寿命や能力が極端に違うことを、ある程度「当たり前のこと」として受け止めてしまう土壌がある。

 反省しきりの大河全権特使を見て、夕呼は少し言いすぎたかと内心反省しながら、付け加えるように今までの言を翻す言葉を口にする。

「ですから。それでもなお、鑑純夏を救うために力をお貸し頂けると言うのでしたら、それらの技術はあくまでαナンバーズ固有の物であり、決して一般には公開しない物であると明言をお願いします。

 そして、サイボーグボディであれば、権利上位者の許可がなければ、鑑純夏の能力は一般的な少女の域を出ないように調整が可能であれば、対外的な説得はこちらでお引き受けします。いかがでしょうか?」

「香月博士……感謝します」

 前言を翻す夕呼の言葉に大河は、立場から考えると全く必要ない、感謝の言葉を返したのだった。





「……ふう」

 大河幸太郎との会談を終えた夕呼は、一人小さな会議室で溜息をつく。

 相変わらず、αナンバーズを相手の会談は疲れる。

 一切の隠し事を辞めた分楽になるかと思ったのだが、そんなことはない。むしろ、率直に物を言い合う方が、余計な厄介ごとは増すようだ。

 ここまで技術と意識に格差がある相手と、隠し事なしで交渉をすると、受ける衝撃はカルチャーショックという言葉だけでは言い表せない。

 特にαナンバーズの場合、原則悪意がないから尚更だ。向こうがよかれと思ってやったことが、むしろこちらの混乱を引き起こすことケースはいくらでも考えられる。

 せめてもの慰めは、αナンバーズ自身、ある程度その事は自覚しており、断りなく善意を行動に移すことは滅多にない事だ。

「αナンバーズとの共同研究……か。事が終わったと、私の身の安全も確保しておく必要があるわね」

 夕呼はパイプ椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた体勢でポツリと呟く。

 近く、横浜港に『GGG艦隊』と呼ばれる補修・研究施設を搭載した三隻の特殊戦艦が降下してくるのだという。そこで、夕呼はαナンバーズの技術者と特殊サイボーグの研究のため、技術交流を行うのだ。

 正直夕呼自身、αナンバーズの技術を習得できる自信はないが、世間はまずそうは取るまい。

 夕呼は音に聞こえた『天才』科学者であり、今回のケースは、αナンバーズ側から要請された技術交流なのだ。

 この情報を入手すれば、各国は香月夕呼がαナンバーズの何らかの技術を、秘密裏に伝授されたと取ることだろう。

「まあ、いざという時、各国との交渉材料にするためにも、空手で返ってくるわけにはいかないわね。そもそも、教えてもらいました、分かりませんでした、天才の名が廃るわ」

 気合いを入れ直した夕呼は、反動を着けて勢いよく椅子から立ち上がる。

 夕呼が会議室から廊下に出ると、そこにはいつも通り黒いドレス型の国連軍服を着て、うさ耳型の髪飾りを着けた社霞が、行儀良くお腹の前で手を組み、夕呼を待っていた。

「社。今日中にダウンロードを終えるわよ。準備しなさい」

 足を止めず、すれ違いざまそう言う夕呼に、霞は一瞬ピクリと身体を震わせるが、すぐに「はい」と素直な答えを返す。

(今日中にダウンロードを済ませて、明日から社と白銀で『調律』を初めて。なんとか、使い物になったら即、情報収集ね。ここ横浜の反応炉から情報を抜けたらいいんだけど、無理だったらどこか適当なハイヴに突入させて、直接情報を取ってくる必要があるか)

 場合によっては、早急にハイヴ攻略作戦をでっち上げる必要があるかも知れない。

 いかに香月夕呼の交渉能力が卓越しているとは言っても、それは相当の難事だ。

(ああ、白銀の説得も結構手こずるかも知れないわね。あいつには『鑑純夏は存在しない』と言ってたし。かといって、白銀の協力なしじゃ、調律の効率は桁違い落ちるでしょうから、なんとかなだめるか、言いくるめるか。ちょっと面倒ね……)

 めまぐるしく今後の予定を立てながら歩く夕呼は、目の前の廊下ではないもっと未来にその視線を向けていたのだった。


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