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No.40213の一覧
[0] 【第一部完結】BETAが跋扈する地球に、紅茶ブランデー好きな提督がやってきたら?【Muv-Luv】[D4C](2019/07/17 17:19)
[1] 1[D4C](2014/08/03 22:51)
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[40213] 7
Name: D4C◆9f1d95e0 ID:ed951b55 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/14 16:28

      第九章「二つ名の由来」


 イゼルローン来訪四日目。昼時にはまだ遠い時間の中、
 香月夕呼は最高の機会に恵まれた。

「……ということがありました」
「はい、ですから博士、提督。カスミは別に困らせようとして、提督に悪口を言ったわけではないんです」

 社霞の三日目の行動内容を聞いて、なるほど良かったわねと表面上は頷きながらも、夕呼はまったく別の思考を走らせていた。

――社がここにいて、この男がここにいる。この機会を逃す手はなしね。

 正直、まりも発見からの騒ぎは自分にとっても、驚天動地すぎる事件だった。いやほんっと、あの子をコンパニオンにでもして、イゼルローン側で働かせようかしらとも思ったくらい。

 しかし事態はどうやら改善の方向に動き、しかも思わぬ幸運が転がり込んできた。

 ヤン・ウェンリー元帥。社から聞かされた、そして夕呼自身の目で認めたイゼルローンの最重要人物。
 彼が――護衛として彼の養い子もいるが――社霞の前に無防備にいる。そして周囲には厄介かつ曲者の部下達はいない。この千載一遇のチャンス、彼の腹の内を訊かない手は無い。

――さあ、暴かせてもらうわよ。イゼルローンの真意を!

 社が入れたコーヒーに一口だけ手をつけ、のほほんとアグラをかきながら話を聞いていた男性に眼を向ける。

 心の中では牙をギラつかせ、しかし決して獲物を逃がさないように、夕呼は会話を始める。

「――ところで閣下、こうして事態も落ち着いたことですし、あらためてお聞かせしていただきたいことが、いくつかあるのですが」

「ああ、そういえば博士は部屋から出てこられたばかりでしたね。ええ、私が答えられることであれば」

 そこのところは想定内だ。こちらの質問によって、彼が脳裏に浮かべたイメージや、嘘まことを見抜けるだけで十分。
 社に目を向けて合図を出す。彼女も軽く頷き、彼に能力と意識を向ける。

「先の会談でも少々疑問に思ったのですが―――なぜ、最初に国連では無く、私個人に知識を伝えたいと思われたのですか?」

 既に知識や情報をかっさらったというのに、この疑問を呈する図々しさは承知の上だ。だが、この疑問には答えてもらう。

「閣下が仰られた、わたくし達地球人類の力でもBETA撃退を果たすため、知恵や技術を伝えてくださるというお心遣い、大変ありたがく存じます。しかしそれならば、まず地球側の代表たる国連に公開していただけたら良かったのでは?」

 追撃の手はゆるめない。

「いえそもそも、この5ヶ月の空白期間はなぜだったのでしょうか? あなた方が地球で地表のBETA撃退をしてくださった直後に接触してくだされば、前線で傷つく兵士たちの数、そして難民たちの犠牲は減ったでしょうに」

 理性と感情の両方からも攻める。表情も口調も責めるものでなく、悲哀の気持ちをそれとなく醸し出すのがポイント。
 ほら、すでに隣で見守っている中尉は眉をしかめて何かいいたそうにしている。まだ若いだけあって、青い正義感も持っているみたい。

――でも、この男は、やっぱり動じてないわね。

 当のヤンは、ぽりぽりと頬をかきながら、ぽけーっとこちらを見つめてきているだけだった。黒い瞳はぶれずにこちらの目を見てきている。
 ……まずいわね、深淵をのぞき込むような気持ちになってくる。沈黙が妙に気持ち悪い。反応がないってこんなに静かだったかしら。

「失礼ですが……イゼルローンを実際目の当たりにし、地球の内情にも詳しい博士なら、もしあのまま接触していたら、いったいどんな事態になったか解られると思うのですが?」

 …………、ちっ、そう来るか。内心舌打ちをするが表面にはもちろん出さない。

 なんて姑息で卑怯な返し方。今度はこっちがいろんな意味で試されるってわけね。こちらの考え方を言わせるのももちろん、わたしの洞察力や考察力を試すってぇの?

――いいわよっ、その挑戦受けたっ。

「まあ、間違いなく空前絶後の大恐慌でしたわね」
「でしょうね」

 また同調されたか。まあ、それも読んでいたのだろう。

「地球の方々が一つの国家にまとまってらっしゃるなら、博士の仰る通りにしたでしょう。しかしながら、100以上の――国土が現在存在しないとしても――地方政府が存在している以上、混乱は避けられません」

「確かにそれは認めざるを得ませんわね。国連は実質的なトップというわけではなく、それぞれの国家の代表者の集まりに過ぎませんので」

「私もそれを否定するわけでは決してないんです。各人が協議し、議論を交わし、行動を決定するという在り方を。しかし、確実に決裂し分裂をもたらすと分かってしまったら、避けざるを得ませんでした」

 ……ふんっ。ほんとに地球側の事情をご存じのようで。

「それぞれの国家の代表者は我先我先と、私たちを取り込もうとするでしょう。そうなったら各国は互いの足を引っ張り合い、妨害し、私たちの存在自体が後の禍根となってしまう――博士が仰ったように」

 ちっ、失敗した。まさか二日前の発言を撤回するわけにもいかない。このまま話を進めなくては。

「もう一つの疑問に対しては、更に大きな問題をはらんでいました。仮にあのまま接触したとしても、私たちだけで、あなた方すべての問題を解決する能力はなかったということです」

「……これほどの超科学でもでしょうか?」

「博士、博士。文明や科学がどれほど進んでも、人間の能力には限界はありますよ。特に食料に関しましてはどうにもなりません」

 やっぱりか。

「このイゼルローンの収容人数、かつ生活を維持できる最大人員は500万が限度です。博士の仰った難民の数はどれほどでしょうか?」

「……数億は下りませんわね」

「イゼルローンの100倍の人口を、最低でも数ヶ月にわたってまかなうのは不可能です。金銭や輸送という問題ではなく、生産能力の問題です」

 まあそうだろうなと思った。今さっき、自分が言ったのはむしろ、何も分かっていない難民たちが口にする言葉だろう。
 一旦食料を供給を開始したら、もう停めることができなくなる。人間は、与えられたモノを取り上げられることには耐えられない生き物なのだから。不用意に食料を与えることは長期的に考えなくてはならない。

「いまヤシロ君が話してくれたように、“約半年前”に私たちはこのイゼルローンだけで未来から来ました。なのでどうしても、食料の増産や資材の確保を優先する必要があったのです」

 ……話のスジは大変通る。実際、社からもサインは来ておらず、こいつが嘘をついていないことは明らかだ。ここまでいっさい、彼は虚飾を交えて話していないのだろう。

――でも……ほんとに、この男、何者?

 だが、こうして話していて一番おそろしいのは、彼がちっともおそろしくないと感じてしまうことだ。

 自分が今、ギリギリの会話を交わしているのは、未来からきた超科学の軍隊のトップ。しかもおそろしく頭が切れる男。一つこちらが言葉を飛ばした瞬間、自分が奈落へ落ちてしまう緊張でいっぱいになるはず―――なのにっ。

 なのに。なのに、自分は今、“安心”してコトに当たっている!? こうやってこいつと知的な会話を交わすことが楽しくてしょうがない。

 自分が失敗しないと思っているから? ちがう、あたしは無意識の内に、ある種の“信用”をしてしまっている!! イゼルローンの人間は――否、ヤン・ウェンリーが激情に任せてこちらを攻撃してくることは、決して無いとっ!

――これが、ヤン・ウェンリー……!?

 なんって扱いにくい男……感情が無いわけじゃないことは明らかなのに、理性と悟性がそれを遙かに凌駕している。知性に至っては底も天井も見えない。
 だというのに、こちらの警戒心を無意識の内にはぎ取ってしまうか、あるいは必要以上に警戒させてしまう。実体のない靄〈もや〉を相手にしている気さえする。魔術師〈マジシャン〉の二つ名は伊達ではないということか。

 だが、彼らの真意を知らなくてはと、ここから疑問を続ける。

「では、なぜ明星作戦――ああ失礼しました、5ヶ月前の軍事作戦の時に姿を見せられたのですか?」

「それがギリギリのタイミングだったからです」

 口ごもることも表情の変化もなく、ヤンは即座に答えた。

「おそらくですが博士、あの時、米軍は“何か”をしようとしました」

 ドグンと心臓が強まる。
 すべて知っているというのか、こいつは!?

「…………何か、とは?」

「うーん……新戦術じゃないし、たぶん、新兵器か何かですかね? 戦術機じゃないな。下手したら味方ごと巻き込むタイプの、爆弾かな?」

 こいっつっ……!!

「まあ、まさかアメリカがそんな……!!」

 社がこっち見て眉をひそめている。自分の感情と表情とがあまりにかけ離れているのを感知してしまったせいだろう。腹芸腹芸。

「いや勝算があったのは確かでしょうね。実は先だって軍のデータを――とはいっても、一般兵も知っているレベルでしたが、諜報させていただきました。米軍が先のBETA日本侵攻の際、一方的に安保理を破棄したのに、なぜかハイヴ攻略には参加しようとしたことを」

 ずずっと今度は二口コーヒーを飲み、やっぱり顔をしかめた。

「ハイヴ攻略は未だかつて成功したことはない。だというのに、攻略しようとした。日本の立場としてはそれでいい、というよりそれしか無い。しかしアメリカはなぜ? 思惑は様々でしょうが、少なくとも何らかの勝算はあった」

 空中に浮かんだ指が知性の織物を編んでいく。

「その勝算はいかなるものか。少なくとも日本と国連の配置は従来の戦術方式と変わらない、ということはこれはBETAへの陽動作戦かもしれない。しかし諜報の結果、一般兵には何も知らされていない。と、なれば」

 タンと中指がテーブルをたたく。

「米国は兵士たちを犠牲にし、何かをしようとした。それも今後に遺恨を残す最悪の形で」

 空気の冷たさのあまり、心臓の鼓動さえ止まってしまった気がする。

 こいつ……いったいどうしたら、戦況の僅かな変化と違和感から、そこまでたどり着けるっていうのよ。

「こう考えたのは、正直突飛でしたが、私達の歴史の中で二発の原子爆弾がアメリカによって日本に落とされた、というのがヒントになりました。世界間のアナロジーは起こらないといえるのだろうかと。もしかしたら私たちの世界の第三次世界大戦が、BETA大戦に当たるのかも知れないと」

「……………」

「何にせよ急がざるを得ませんでした。情報を知ってから大至急地球にかけつけ、作戦開始前にその企てを阻止しなければならなかったのです」

「……では、同時にその他の地域でもBETAを駆除した理由は?」

「戦力の逐次投入は愚策ですからね。あと諸々、ほかの理由もありまして」

 ……その理由は? という問いかけを夕呼は飲み込んだ。

 ここで何もかも訊くのはプライドが許さなかった。自分は彼の生徒ではない! すでにいくつもの情報を取り入れているのに解法を導けないなんて、科学者としても司令官としても失格だ。

――彼らが“そう”して一番得をするのは何?

 ヤン・ウェンリーは無意味な行動はもちろん、単一の目的のために決して動かないだろう。だとするならば、純軍事的以外にもねらいはあったはず。

 考えろ、あの時点でイゼルローンがほしがったのは何だ? 地球側の信用? 兵器の武威を示すこと? BETA由来の技術? 資源? 人材?

――……ちがう、彼らが最もほしがったであろうは、情報。

 情報。そうだ、地球側のリアルタイムの情報こそ手に入れなくてはならなかったはず。

 しかしおかしい、そうなると尚更、何故彼らは接触をしなかった? 地球側はすでに重要な情報のやりとりは、盗聴不可能な策――主に電磁波などを防ぐ技術で、手間暇かけて行っている。それをも見抜ける技術があるから? ちがう、自分がみた限りでは、さすがにそこまでの科学技術は無かった。

――……あたしは何かを見落としている。

 考えろ。これはおそらく、初歩的かつ根本的な思考のミスだ。彼らが接触をしなかったのは国連であって―――

「あ、」

 ――エウレカ。

「………なるほど、すでにイゼルローンは、非公式に地球側とやりとりをしていたのですね」

「さすが、博士。その通りです」
 
 そうか……あの大々的な軍事行動は一種の示威行為であり、地球側のあらゆる――そう、大小、公式非公式、個人組織を問わず、ありとあらゆる者から情報を集めるためのものだったのか!

――あたしとしたことが、こんなことも気づかなかったなんて!

 これは思考の詐術誘導だった。国連や各国が連絡をとれていないからといって、どうして個人がしていないと言い切れるのか。だって彼らは、避難民のテントにまで連絡が出来たのだから。

――最初に全員に伝えたからって、それ以降もそうだなんて限らないじゃないっ。

 爪を噛みたい気持ちになってくる。向こうが騙す気なんてなく、こっちが勝手に勘違いしていただけに悔しさも倍増だ。

「いくつかの個人、団体、あるいは組織から情報をいただきまして、地球側の具体的な内情は明らかになっていきました」

 ヤンはその中の一つを明らかにした。

「RLF――難民解放戦線に加わってまもない、とある女性に話を聞けました。彼女は幼い頃フランスからカナダに移住せざるを得なくなり、そこで人生の大半を暮らしたと。彼女は事細かに教えてくれました」

「…………」

「どれほどの難民が、どこにいるのか。彼らの生活の度合いはどんなものか。現在、彼女はアラスカで職を見つけることが出来たようですが、それでも『理解は出来ても、納得ができない』とこぼしていました」

 ……なるほど、この五ヶ月の空白は単に食料や資源を確保したり、軍備を増強するだけでなく、地球のありのままを明らかにする期間だったわけね。

――地球側、情報戦でも負けっぱなしじゃない。

 まあどこの組織でも、イゼルローンと接触できましたなんて、赤裸々に全世界に明かすバカはいないけど。……特別扱いされたら、他の組織にもそうしている可能性を見落としちゃうものだけど。

――彼らがあたしに接触したのも、「準備」が整ったからってわけね。

 情報の欺瞞も当然考慮に入れて、精査はすでに済んでいるのだろう。あたしのメールアドレスなんかの情報も、地球方面から手に入れていったのだろう。

「なるほど……イゼルローンが歴史書を要望されたのも、そういった理由からでしたか」

 ふっ、やるじゃない。まあ歴史を丸ごと暗記したり奴や、軍のデータにそのまま載っていることなんて無いでしょうからね。
 地球を知る上で、とてもいい着眼点だわ。さすがね、ヤン。

「……あの、すいません、博士。その、あれは私の趣味でして」

 盛大にこけた。

「……ミンツさんから聞きました。ヤン提督はほんとうは歴史学者になりたかったみたいです」
「いや~、まさか10冊も持ってきてくださるとは思ってなかったです。ほんとうに、ありがとうございました!」

 にこにこ満面の笑みで、こっちに感謝してきている。

――こ、こいつ……!?

 明らかに狙っていたと思ったら、自分の趣味ぃ!? 
 返せっ! 懸命に選書した、あたしの労力と心労と時間を返しなさいよッ! ついでに、さっきまでのあたしの感銘もっ!

「そ、そうですか、喜んでいただいて、何より、ですわっ」

 ああ、あたし、そろそろ限界かも……! リーディングしている社もオドオドし始めた。いけないいけない、カップを持つ手の震えよ、止まれ。せめてこいつに一泡吹かせるまでは……!

「そ、そうですわね。疑問に答えていただいてありがとうございます。しかし最初の質問の『なぜ私を選んだのか?』には答えていただいてませんが?」

「うん、それなんですが……」

 いつぞやみたいにベレー帽を外して、収まりの悪い髪をかいた。どうやらそれが、ヤンが言いづらいことを言う時の癖のようだ。

「……団体、組織、あるいは国家、どう言ってもいいのですが、人間の集団が結束するためには、どうしても必要なものがあります」

 ………?
 …………。……で、そうなると……ヤンは…………。
 ……………。つまりあたしは…………。

 ……ああなるほど。

――なんだ、そんなことだったのね。

 思考のトレースにがちょっと時間がかかったけど、こいつに行き着いた。ふぅっと軽く嘆息してしまう。
 ヤンもこっちの反応を見て、申し訳なさそうにまだ髪をかいていた。まったく、髪をかいて誤魔化そうっていうの?

 だんだん解ってきたけど、こいつが言いにくそうにする時って、地球側代表のあたしが気を害するかもしれないから、ってことだったのね。一昨日の会談の時の「地球が平和になれると思いますか?」って問いしかり。

――憎まれ役くらい、最初から覚悟しているってのに。

 だから迷わず、こいつにあたしの覚悟を示す。

「敵、ですわね」

「よき目標と言うべきでしょうが、狙われるという意味では同じです」

「今に始まったことではありませんわ。で、あたしに人類の敵役をしろと?」

「名だけはなく実を伴ってになりますが、その実を見せびらかすことになります」

「せいぜい美味そうに食べて、高く売りつけてやりましょう。その裁量くらいは任せていただけるので?」

「まあ、お手柔らかにお願いします」

「冗談っ。散々あたしに押しつける以上、遠慮はしませんことよ」

 にやりと嗤うことで、その“悪巧み”に乗っかるサインとする。
 まったく。そういうことなら最初から言ってくれれば良かったものを。

「……あの、ヤン提督……どういうことでしょうか?」

 思考は読めても、その意図するところまでは解らなかったのだろう。社がヤンに尋ねた。

「ああ、つまりね、ヤシロくん。そもそも、地球側が互いに協力せず、我先にとイゼルローンの未来技術に群がろうとしてしまうのは、なぜかってことなんだ」

 こくんと社が頷く。

「企業、団体、国家。彼らが目指しているのは『独占』――少なくとも他の国が追随できないくらいまでは、イゼルローンの技術や知識や兵器を究めることを狙っている。つまりは大航海時代から続く、既得権の確保だ。これは戦術機の開発事情とかを見ていたら明らかだね」

 こくんこくんと社が頷く。

「しかしここに、彼らの何歩先までも技術や知識を手に入れた者がいる」

「億光年先と言ってほしいですわね、閣下?」

 軽く茶々を入れて、話を促す。

「そうなると彼らはもはや“身内”で争っている場合ではなくなったわけだ。一番手どころか、周回遅れになった以上、一刻も早く連携して追いつく必要がある。自分たちと同じスタートラインから出た、その一番先の人物にね」

「追いつかせる気なんて、さらさら無いでしょうけどね、その人物は」

「でしょうね」

「ですわね」

 くくくっと笑みがこぼれてしまう。ここで並みの人物なら、選ばれて光栄です、とでも感じるでしょうけど、あたしを選んだ慧眼の方を誉めたたえてやりたくなる。

「しかもそれだけでなく、個人的に彼らと親しい交流をした人物だ。無法に彼女を傷つけようモノなら、彼らも黙っていないのではないか――と勝手に思ってしまう」

「殿方をたらし込むのは、女性の七つ道具の内ですが?」

「たぶかされた男達の挽歌が、既に聞こえてくるようで」

「閣下、閣下。負け犬の遠吠え、というのですよ、それは」

 同席しているミンツ中尉は既に引いているが、このくらいで怯えているようではこの元帥の足下にも及ばないわよ?

「ではリベートはいかほどに?」

「そのままの知識を伝えるのではなく、アレンジするのなら全てを。特許はお好みでどうぞ」

「まあまあっ♪ ごちそうさまですわ、ヤン・ウェンリー元帥閣下♪」

「どういたしまして、コーヅキ・ユーコ博士」

 演技ではない高笑いを出してしまう。

 確かにいろんな意味でハイリスクではあるが、これ以上ないくらいのスーパーリターンだ。並の研究者なら、この旨すぎる話に後込みしてしまっていたところだろう。組織の人間なら、内部分裂のきっかけにもなったかもしれない。

 だが香月夕呼ならば、清も濁も飲み込んでいける! これで再びオルタナティヴ4に予算と権限を取り戻すことも容易い! いえ、むしろあのハゲどもに、お願いします博士と低身平頭させるべきねっ!

――これでイゼルローン訪問はパーフェクトねっ!

 まさか滞在4日目にして、ここまでの大戦果を上げられるなんて思ってもなかった! 彼らの知識技術を手に入れられただけでなく、その莫大な権利までも許可されるなんてっ!

――ま、イゼルローンの出方に合わせる必要はあるでしょうけど。

 あとはオルタナティヴ計画に差し支えが無い範囲でやっていきましょう。
 確かにイゼルローンの協力があれば、地球からのBETA撃退も容易くはあるでしょうけど、こっちはこっちで進めておかなきゃいけない。……イザという時のために。

「ではヤン閣下は今後、どのように地球と交流していかれるおつもりですか?」

 あたし達を招いておいて何もしないなんてあり得ないから、彼らの出方も知っておかねば。

「それなんですが、博士は日本帝国の要人とコンタクトをとれますか?」

「……ええ、まあ、大概は」

「では、将軍と話をしたいのですが」

 ……………。……よし、あたし、えらい。よく驚かなかったわね、よしよし。

「…………どのような件で、でしょうか?」

「こういうのは内緒にしておいた方が、旨味が出るということで」

 ……後で社に聞くか。

「ええ、それはよろしいのですが、閣下………それをしたら、わたくし達にどのようなメリットがあるのでしょうか?」

 そこの顔をしかめたミンツくん。あたしはこいつの部下じゃないのよ、むしろビジネスパートナー。得がなければやらないのは当たり前ってものよ?

「ひと月でユーラシアの三分の一をBETAから奪還します」

 ………………。
 …………………………。
 よーし、落ち着けー、あたしー。びーくーる、びーくーるぅ……って出来るかぁっ!!

「……閣下、まさかとは思いますが? 地球上で? ご自身が? 大艦隊を率いるおつもりでは? ございませんことねぇ?」

 あ・れ・だ・け、地球側にも任せるといった以上! そんなことしたら、政治的にどうなるか解っているんでしょうねぇぇー!?

「ええ、もちろんです。私たちは裏方に回ります。主体は地球の国家にお任せしますね」

「……ハイヴ攻略を各国にさせるということですか? 最低でも数個を? ひと月で?」

「実際は半月ですかね? どうやらBETAは19日程度で対応策を実行してしまうようですし」

 その準備だけで、いったいどれだけの時間と費用と人員が必要と思っているんだ、この男は!? イゼルローンの兵器を用いるにしても、最低限の研究・研修期間が必要だというのに。
 
「だいたいどれほどの兵士を動員するというんですか。仮に用意できたとしても、地球側に甚大な被害が出ますわよ?」

「いえ、ハイヴ自体の攻略には、一人の生命も一機の戦術機も、一隻の戦艦も用いりません」

 ……こいつ狂ったか、という視線を七割本気で向ける。社も眉を思いっきりひそめていた。

「作戦の概要はですね―――」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・

――こ、この発想は無かったわ……!

 内容を聞き終えた時、ああ、この男は確かに、最前線で生き抜いてきた元帥なんだと理解と納得ができた。話聞くだけで、おそろしく疲れたけど。

――これが魔術師の二つ名の由来だったのね。

 イゼルローンの兵器を学んだあたしでも、えげつないというか、使用の方向性がでたらめというか、その発想はまだ出なかったというか、いっそオリジナルハイヴをそれで潰したら? と感じる作戦だった。コロンブスの卵すぎる攻め方だ。

「人間相手ならしょせん一回限りの小技ですが、BETA相手なら何度か使えそうな分ありがたいですね」

 いったい、いくつ策を用意していたと突っ込みたい。たぶん、各国の思惑でうまく軍を動かせないことを考慮し、構想と実現性を兼ね備えた策を選んだのだろう。

「提督、人命を犠牲にしないって、アルテミスの首飾りを破壊したときに似ていますね」

 中尉が作戦を聞いて感想を漏らした。……いやな予感が走る。

「……ヤン提督、どんな作戦だったんでしょうか?」

 社は自分が命じたことに忠実に、率直に疑問を呈する。あたし、ちょっと今は聞きたくない気なんだけど。

「ああ、12個の互いに連携した自律衛星兵器があったんだ。で、それを全て破壊しようとした時でね」

 中尉がより詳しい内容を補足する。

 宙域全方向に対し、レーザー砲、荷電粒子砲、中性子砲、レーザー水爆、レールキャノン、その他人間が用いるあらゆる兵器を備え、半永久的に自律する。ハッキング対策も万全であり、装甲は準完全鏡面装甲で戦艦の主砲にもビクともしない。イゼルローン要塞ほどではないが、一個艦隊に勝るほどの戦力を持つ無人兵器。それが12個も連動している。

「……どのような戦術を用いたのでしょう?」

 ふつうに考えると、おそろしく被害が出そうな相手だけど………同じような無人衛星兵器でも大量に用意したのだろうか? あるいは画期的な超兵器?

「1立方キロメートルほどの氷にエンジンをつけて、亜光速にまで加速させてぶつけただけです」
「………………」

――やだ、ちょっとなに、やだ、こいつ、こわいわ、やだっ。

 鬼なんて目じゃない。もっとおぞましいナニカよ、こいつ。ナニカって呼んでやるわ、こいつ。

「例のBETA砲撃級が相手でも、地球上でなければ使えた策なんですけど」
「やめてください、BETAどころか地球が木っ端微塵になります」

 なによ、そのメテオストライク。光速の99.999%まで加速したら質量223倍になるじゃない。10億トン×223×30万キロメートル毎秒の衝突エネルギー? そんな大きいのをハイヴに突っ込ませるなんて、やだ、地球が壊れちゃう。

 ああもうっ! ある程度まで吹っ切ると、逆に冷静になってきちゃうじゃない。

――真におそるべきはイゼルローンじゃなかった、やっぱりこいつよ、こいつ、ヤン・ウェンリー!

 イゼルローンの超科学に大艦隊、それにこいつの戦術戦略眼が加わったら、ご愁傷様な結果しか待ってないわね、BETA。

「破壊するだけならBETAやハイヴは怖れるものではないのですが……いろいろと制約があるのが厄介です」

「……ええ、まあ」軍事技術的な話が出て、ちょっと平静になれる。「中性子砲も放射能汚染がありますし、水爆もレーザーで反応させているとはいえ忌避感があるでしょうし。兵器全てを使えないのは厄介ですわ」

「BETA相手に時間をかけると、際限の無い泥沼に陥る可能性が高いですので。本当のところ、すぐに全てを叩くのがいいのですけど」

 その後に続く言葉は耳には聞こえなくとも、この頭にはしっかり響いていた。

――アメリカやソビエト、あと統一中華辺りが、許可しないわねぇ。

 純軍事的にはヤンの言うとおりだ。あたしも片方の手をあげて賛成する。
 BETAから情報をとれなくなるのはイタイが、おそらく他の星にもBETAのユニットはあるでしょうしね。恒星宇宙船を手に入れた以上――そして自分の研究が完成するまでは、後に回していい。むしろ、するべき状況だ。

 しかしハイヴがある場所は――もはや形骸化しても――国家の国土である。そこらへん、利権を声高に訴える奴は確実に出てくるだろう。バカじゃないの、と心底思うけど、イゼルローンが好意的に協力してくれると解ったら、調子に乗る連中が大半を占めるだろう。

――いかに効率よく“経済的”に戦争するかって、連中喜んで、ソロバン弾くわよ。

 血を流す者がいれば、血を流させる者もいて、その血を飲んで肥え太る者もいる。心の中で嘆息し、そーいった連中をどう一掃するかも考える。掃いても払ってもキリがないのは承知だけど、イゼルローンから一任された以上、なんとかしなくちゃね。

――対して、こっちは お人好しすぎるのよねぇ。

 イゼルローンの幹部連中、特にヤンからは要求が無さすぎる。確かに同じ人類で、こっちが困っているからかもしれないけど、ふつうなら、もっと…………

 ……もっと?

――

――――

――――――まさか。

 いやだけど、こいつが、ヤンが、それを考えていないなんてこと…………ありえないわ。この政戦両略どころか、謀略の才さえある魔術師が、“それ”を想定していないなんて。なのに、手をまるで打ってこないなんて。ありえない。

――どういう、こと?

 頭が急速に冷えていくのが分かる。最初に問いただすべきであった事柄を、最後に回してしまったことに、自分も愕然とする。ここまで彼らの、イゼルローンの空気に慣れ親しんでしまっていたというのか。

「………………閣下」

 今まででもっとも慎重に、口を開く。だがそれはノックの音によって遮断されてしまった。

「おい、ヤン。女房が、そろそろ料理ができるから皆さんで来て、だとよ」

 退室していたキュゼルヌ中将がヤンを呼びにきた。そんなに時間が経っていたなんて。

「ではすいません、博士。いろいろとお話していただきありがとうございます」

「……いえ、とんでもありませんわ、閣下。またの機会に是非、お話の続きを」

 薄笑顔の仮面をかぶり、彼に向かって友好を向ける。その下に隠した疑問を絶対に見せないようにするために。

――……最悪は……いいえ、それも考えとかなくちゃね。

 先に退室したヤンやミンツの後についていきながら、今後の――出来れば、今日中にしておかねばらならない予定を一つずつ編んでいった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・

 その夜。ヤンとキャゼルヌ中将、男二人で飲んでいるバーに立ち寄り、彼らに相伴させてもらうことにした。

「んーっ、やっぱり未来のお酒はいい材料を使ってますわねー。ドンペリまであるなんてっ」

「あの、博士、あんまりボトルを開けられると、ムライ中将がまた……」

「あらっ、大丈夫ですわ、閣下。私のポケットマネーで支払いますので♪」

 午後にまりもと再び合流し、今度は三人であちこちを案内してもらう中で、ちょっとした“小銭稼ぎ”をさせてもらった。それのおかげで、こうして新しい服を買うことや、美味しいお酒を飲むことも気兼ねせず出来るようになったというわけだ。

「やれやれ。どうやらヤン、こっちの世界にきたせいで、お前の中に恋愛原子核でも出来たようだな。博士のお目当てはお前のようだ」

「キャゼルヌ先輩、どちらに?」
 
「女房に知られたくないことを二つも持ちたくないのでな。女性に恥をかかせない程度に頑張れ、新米亭主」

「熟年亭主殿の経験を活かし、前線の指揮を取っていただきたいのですが」

「あいにく小官は後方支援任務が専門でして、司令官殿」

「私には帰りを待っている妻がいるんです」

「だが俺には帰りを待っている二人の愛娘もいる。まあ、ここまでの支払いはやっておいてやる。別の女性と連続朝帰りだけはよしておけよ、イゼルローンの女性陣と未婚男性が敵に回ることになる」

 どうやら勝負あったようだ。お目当ての人物との接触はスムーズに済んだ。

「いい先輩をお持ちですわね、閣下は」

「どこがですか。夫人が白い魔女なら、亭主は黒い魔術師ですよ。きっとスラックスの裾からは尖った尻尾が生えているに違いない」

「あら? わたくしがお酌ではご不満でして?」

「あ、いえ、そんなことはないんです。博士は美人ですし、あなたとの知的な会話はとても刺激的です。ただ、ちょっと、ええ、フレデリカにこれ以上誤解されるのは、ちょっと」

「男には甲斐性が必要だと思うのですけどねぇ」

「……博士は、軍曹やヤシロ君と一緒に行かれなくてよろしかったのですか?」

「ご冗談。女の子どうしのパジャマパーティーなんて10代で卒業しましてよ。ヤン閣下とこうしてお話しできる時間の方が大事ですわ」

 困ったように笑いながら、でも完全に拒絶することは出来なかったようで、あたしと会話を選択してくれたようだ。


 そうして彼とはいろいろな話をした。


 彼は戦争や軍人そのものを好きになれないようだが、戦術戦略論については、まるで青年のように新鮮な考えを打ち明けてくれた。
 ヤンが言ってくれたように、彼との会話は知的に刺激的であり、理系と文系の違いはあれど、互いに今までの、そして今後のBETA戦や国家交流について討議することが出来た。

 そうして店も閉める頃には、互いにかなりの瓶を空けていた。おかげでかなり酔いも回ってしまった。
 そんな中、照明を落とした夜の繁華街を二人で歩いていく。

「あー、おいし~~、きゃはは、ヤン~! つぎいきましょー、つぎー」

「博士、無茶言わないでください、もうどこも閉めている時間ですって」

「じゃー、あっちで飲むわよーっ! ついてきなさーいっ!」

 人気の少ない公園へと向かっていく。例の植物園ほどではないが、それでも結構な広さがある場所のようで、その中心地近くのベンチに腰掛ける。

「うー、ちょっと飲み過ぎたわ。気持ち悪い」

「あ~……ちょっと待っていてください、水でも買ってきますので」

 口元に手を当てながら、さりげなく薬を口に含む。アルコールが急速に分解され、脳に瑞々しい血液が戻ってくる。

「……ああ、そういえば訊きたいことがあったのですけど」

 飲み物を買いに行こうと、ベンチから離れた彼がこちらに振り返る。その胸元めがけて、隠していたソレを構える。


 沈黙が、あたし達の間に生まれる。


「全部教えてもらうわよ、ヤン・ウェンリー。あんた達が本当は、地球の何を狙っているのか―――その真実を」

 銃口の先で、ヤンはやれやれと両手を挙げて、ぽつりと呟いた。

「夜間勤務手当は出ますか?」
「美女との楽しいおしゃべりじゃ足りないかしら?」

 拳銃を向けられているのに関わらず、ふてぶてしいことこの上ない、不敵と不遜なことを返す『男』に向かって。

 初めてあたしは、演技の無い笑顔を見せるのだった。


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