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No.40213の一覧
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[40213] 13
Name: D4C◆9f1d95e0 ID:2b5f3c16 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/07/08 09:44


 第15章「そして明日へ」


 西暦2000年5月5日、第二首都東京の地にて。各国首脳や軍関係者、財閥の重鎮やマスコミたちを集めた式典会場は、大いに賑わいを始めていた。

「みなさん。どうぞ、楽しんでください」

 スピーチをしろと言われた男は、やはり二秒で終わらせた。こうなるだろうと見込んで、トリにすることにしていたので、パーティ開始の合図代わりとなった。

 乾杯! と全員が透き通ったグラスを掲げた。その男女の姿の中に、いつものグリーンの軍服とは異なる白の礼服を着込んだヤン・ウェンリーの姿があった。その隣には妻のフレデリカの姿や、やや離れた所には煌武院悠陽、香月夕呼の姿もあった。
 みな煌びやかなドレスや礼服を着こなし、各国の人々と歓談を始める。もちろんヤンとフレデリカがパーティーの中心となり、様々な人物たちと顔を合わせることになってしまった。

 それがひっきりなしに続き、まだ続き、続いて、ようやく一段落したところで中心から離れて一休みをしていた。

「やれやれ、所変わっても、やっぱりこういうのは慣れないなぁ」

「作戦が一段落したのですから、こういった式典に出るのも大切ですわよ、提督」

 議長としての立場か、妻としての立場か、あるいはかつての部下としての立場としてか。フレデリカは冗談めかして彼をそう呼んだ。


 
 Z作戦の第一段階、日本の佐渡島ハイヴ攻略は円満に終了した。被害の程度が極端に少なく、作戦に要する時間や事前戦力も少ないという「実績」に、各国――特にBETAハイヴによって国土を占拠されたユーラシア勢が手と腰を上げた。

 ゼッフル粒子による佐渡島の土地被害も、想定以上はいかなかったのが効いた。ハイヴ奥にあった反応炉については、ゼッフル粒子の濃度が濃すぎたせいか粉々になっていたが、壁自体が強固だったため原型は保たれ、「採取」が十分に可能なレベルだったのも大きかった。

 イギリス率いるEU、東へと追い込まれていたソ連、インド亜大陸、北アフリカ前線、東南アジア、全ての前線が一斉に反攻作戦を開始した。

 天曜や大翔などの母艦や新戦術機は無いものの、ハイヴ投入のゼッフル粒子が多くのBETAを殲滅し、かつ残存BETAがオリジナルハイヴ方面へ撤退を開始した事実が戦力の消耗を抑えた。

 結果、ヤン提督の予言通り、作戦開始から19日を越える前までに、残23のハイヴの内、11のハイヴの陥落に成功した。それにより西欧州、中東、東ソ連邦、朝鮮半島と、多くのユーラシアの大地が再び人類のモノとなったのだった。

 当初は懐疑的だった国家のお偉方も、あまりの成功ぶりに熱狂し、その余り、このままゼッフル作戦だけでも、オリジナルハイヴ陥落まで行けるのではないかという声も出た。

 しかし、それは会見の場所でイゼルローンが止めた。

『  ハイヴの通路各所に開閉装置でもつけられたら本作戦は無意味になります。  』

 まあそれはそうだ、と誰もが水をかけられたように冷静になった。対処法は極めて単純だからだ。
 しかし次の言葉は、各国の面々にブリザードを投げかけた。

『  それより恐れているのは、BETAが大気を回収する新型個体を生み出してこないかです。  』

 ゼッフル粒子を防ぐために、大気中の粒子そのものを喰ってしまえばいいとBETAが考えたら? それは即ち、自分たちが安楽に過ごしているこの空間の大気そのものが無くなるということ。それはつまり、地球上の生命体の死、そのものだった。

 これを一笑にふせないのが、それを言ったのが正にイゼルローンの最高議長その人であり、それを平気でやりかねないのがBETAだったからだ。

 内心慌て始めた者たち相手に、対処法は既にありますと説明した。

『  私たちイゼルローンにはテラフォーミングの技術とその準備があります。万一の時には、人類および地球生命の生存圏を確保することが十分可能です。  』

 長い時代を宇宙で過ごしてきたため、大気成分がゼロの地であっても生存可能にする技術が揃っていた。
 それだけではなく、億が一には、地球人類全てを退避させられるだけの有人惑星を既に確保してある、とフレデリカは説明した。

 その用意周到さに、地球人類は更に湧いた。そうか、だから初めて姿を見せてから半年の間は準備期間としてコンタクトを取らなかったのかと、多くは納得した。
 それはそうだ、準備が中途半端で千万人しか助けられないと伝えたら、地球側の大混乱は避けられなかっただろうと。それを一々連絡していたら、自分たちだけ助けてくれと、急かしかねなかっただろうとも。

 しかし地球側の質問は更に踏み込んだものになった。なぜ地球側の宇宙空間からの撤退を命じたのかと。確かに地球のオリジナルハイヴには砲撃級という個体が出てきたが、それを予知できていたら告げてくれても良かったものを、と。

 一種、イゼルローンを非難するような質問と感じる者もいたが、確かにと、質問を遮る者はいなかった。
 しかしここでも、イゼルローンは特大級のブリザードを叩き込んだ。

『  これを申し上げてよいか、わたくし達も悩みますが……地球の方々の中に、月のハイヴに接近しようとした艦がおりましたね?  』

 失敬、ブリザードでなくボルケーノだった。

 非難の目は、一斉に超大国および南半球の地域に向けられた。
 ここで戯れ言を言うなと一喝できる相手でないのがイゼルローンである。証拠はあるのかといえば、確実にありますと出してくるだろう。そして、実際それはあったことだからだ。

 あの日、イゼルローンが地球から帰る時に月と火星のハイヴを攻撃してくれた後、月のハイヴの動きが止まったのは地球側からでも観測が出来た。

 そこでタダで見過ごさないのが、宇宙空間に戦力を有する有力者である。ハイヴの奥深くにのみ発見できる月のG元素を求め、各国の暗部は競合し暗躍し、さあ動きだそうとしていたのだ。

 ――で。さて盗らぬ、もとい捕らぬ狸の皮算用と分け前については決まった、さあ月の金鉱に向かってGラッシュだぜ、レッツホライゾン! ―――と意気揚々と月軌道に入ったあたりで、地球のBETAからあえなく砲撃された、というのが、とある国家たちの裏事情であった。

 それを全世界に伝える生中継の場で暴露されたのだから、まあたまったものではない。
 民主主義の原則は公開性にありとのイゼルローンの要望を聞き入れた各国は戦々恐々とせざるを得なかった。まだ二十代の女議長の丁寧な態度に対し、鷹揚、あるいは傲慢になりかけていた者も、決して侮ってはいけない相手だと悟った。

 下手な質問をすれば、各国の裏事情までこの場で明らかにされてしまうと口をつぐまざるを得なかった。

 しかし中には、そんな状況を逆利用してやろうという者たちもいた。ではイゼルローンはこの状況を想定していたのですか、という、ある意味まっとうな質問に対し、議長は笑みを深めた。

『  BETAがこちらの新たな抵抗に対し、さらなる未知の個体を生み出してくるであろうことは多少想定しておりました。  』

 故に、後の通信で宇宙空間から撤退するように忠告したこと。しかし、かつて地球上では危険性を指摘されたからといって、リターンを省みて聞き入れなかった国があったようですが……との一言で、全国家から睨まれたオリジナルハイヴ付近の某国があったりもした。

 要は地球側に危険性を考察できるメンバーがいたかどうか、そしてそれを聞き入れるだけの度量が権力者にあったかということ。それが難しいようであるならば、イゼルローンからの忠告という後押しがあればと計ったということだった。

 実際、その危険性を想定した科学者たちもいたのだろう。しかしデータが無いからと一笑に付されたのだろう。

『  我々としてもBETAの行動に絶対の確信はありませんでした。しかし人命がかかっている以上は、忠言させていただかざるを得ません。  』

 事実。イゼルローンからの通信が無ければ、失われていた宇宙滞在者の人命は計り知れなかった。彼等の技術、経験も同時に永遠に失われることになっていただろう。
 故に各国は非難することが出来なかった―――いや、言うだけならタダである、しかしタダよりも高いものは無いことは、もはや十分に分かっていた。イゼルローンが寛容であるからといって、それにつけ込めばBETA以上に最悪なことになると理解したのだ。

『  実はオリジナルハイヴを一瞬で陥落させる方法はございます。  』

 最後に放たれたサンダーは、文字通り地球を痺れ震わせた。絶対神ゼウスの一言にも、それは思えた。

 それは禁忌の兵器―――『跳躍砲』の存在だった。

『  亜空間跳躍の技術が生まれた当初、それは開発が進められました。  』

 誰もが考えた亜空間跳躍技術の応用。離れた地域に対し、迎撃も防御も不可能な軌道で核兵器を叩き込む―――そんなフザケた発想を人類は本気で実現しようとした、と。

 しかしそれは大きく二つの理由で実現しなかった。

 一つは妨害電波技術の進歩。
 亜空間跳躍には距離や質量などの様々な制限があり、実はポプランが夕呼たち三人を連れて行く時も、あれ以上の人数(質量)だと安全に跳躍できるとは限らなかったのだ。そのように、同等に進んだ技術によって、簡単に跳躍は妨害を可能とできると。
 だからこそ宇宙艦隊での勝負でも、接敵しすぎるとワープすることが出来なくなってしまう。それでも跳ぶと、文字通りどこに跳ばされるかが分からなくなる。

 二つ目の理由が更に深刻で、その跳躍砲を放ってくるのが、自国の反対派――いやテロリストの可能性もあったことだ。
 仮に国内で開発が秘密裏にすすんだとして、それを奪取されて首都に発射されたら? もはや一切の防ぎようも無い悪夢が生まれることだろう。

 故に、かの銀河帝国においても同盟軍においても、それを開発・製造に携わっただけで重罪に相当したのだと。

『  ええ、兵器というのは実に恐ろしいものです。ですから新開発されたモノを不用意に使うなど、厳に慎まなければなりません。  』

 まっとうな意見の元、沈黙と額のシワを深めなければならない某大国があった。
 ちなみに、某博士はこの放送を自分の部屋で聞いて、ばしばしばしと腹を抱えながら机を叩いていたらしい。言ったれ、言ったれと、まさに快哉を叫んでいた。

 とにもかくにも、地球側は理解を深めた。
 あ、これ勝ったわ、と。

 文字通り手段を選ばなければ、地球のBETAなどどうにでもなるんだと、はっきりした。

 だが、だからといってイゼルローンに軍事力を要請するには―――その一部だけでも取り込むのはあまりにリスクが高いと、各国も悟った。イゼルローン自体、劇物の固まりなのだと。
 そのような牽制球により、地球上の組織は「獲物」を遠くから狙うだけに留め、滞在地となった日本帝国の動向を注視し続けていた。



 それからかくして、Z作戦からわずかな日をおいて、悲願の国土奪還を為した国々と、今後の攻略への希望をかける国々とが集まる、戦勝祝賀パーティーが日本帝国で開かれることになったのだった(どこで開くかで激しく政治の遣り取りがあったのは言うまでもない)。

「まったく……表面上は祝賀会だが、内部は欲望渦巻く摩天楼じゃないか、あれは」

 そんな純政治舞台に立たされたヤンは早々にダウンし、フレデリカに任せて会場を抜け出した。妻に任せる夫というのもどうかと思ったが、軍人が長くいてもしょうがない場ですよ、と説得されてありがたく抜け出させてもらった。

「なあ、ユリアン。連中はイゼルローンの技術があれば、BETAを家畜化でも出来るとでも思ってないか? 何十億という同胞を無惨に殺されてきたというのに」

 あれか? 美味しいからといってフグを安全に捌く技術があるはずだと思っているのか? それを食べさせられるのはいったい誰だ? 方法が確立されるまでに犠牲となる数は? と愚痴は続いた。

「コーヅキ博士はまだいい、彼女は全てを覚悟しているし背負っている。だが自分の手も血で汚さず、ただ利益だけを享受しようとしている連中は尽きないものだな」

 やれやれと、手で顔を覆った。これまでがスムーズに行きすぎていたらしい。コーヅキ博士やコーブイン将軍というように、話せば解ってもらえる人ばかりだからと油断していたのだろうか。やはり権力者はいつの時代もどこでも、大差はなかった。

「BETAはコントロール可能な存在とでも、まだ思っているんですかね……?」

「無理だ。私から言わせたら、BETAはプログラムされたウイルスみたいなものだ。突然変異は当たり前、撲滅も夢のまた夢、せいぜい予防接種しか対策がない、しかも昨年効いたのは効かない。そういう存在だ」

 我々の世界だって、未だがんと天然痘しか克服できていないというのに。そういった歴史的観点からの愚痴は続いた。

「天然痘といえば、その例えでフレデリカさんが理由を説明したのに、ピンときた方々も少ない様子でしたし……」

「たった一つの疫病が、速やかで取り返しのつかない災厄となった例はおびただしい。だがそれが“正当”とされる歴史の教科書に載る例は甚だ少ないからね」

 スペイン人が持ち込んだ天然痘は、当時一億の人口だったインディカ文明を完全に崩壊させた。
 アジアから運び込まれた腺ペストは中世ヨーロッパの三分の一に死をもたらした。
 それ以外にも黄熱病、コレラ、結核、梅毒などなど、ひとたび疾病が流行した後の災禍は計り知れない。

「見た目や思考が同じ人類といっても、同じキャリア(病原体保因者)だとは限らない。もし我々か地球の中に、致命的な病原体があるとしたら一瞬で壊滅してしまう。それが想像できなかったのか?」

 それがヤン達イゼルローンが半年もの間、地球に“上陸”出来なかった最大の理由である。眼には見えない未知の細菌やウイルスが、もしイゼルローンに持ち込まれたら? その逆があったとしたら?

 古いSF小説にそんな結末がある。まったく人類が敵し得なかったエイリアンが、地球の細菌によって罹患し、たった数日で全滅するというような。
 その可能性を考慮し、十二分に予防接種を行わなければ地球に上陸できなかったのに。

「BETAにしたってそうだ。奴らが大きさを自由に変えて量産される以上、虫や細菌サイズのBETAが造れないとどうして言い切れないのか」

 BETAがどんな新型でも生んでくるという可能性は、素人のヤンだって持っているというのに。
 確かに過度に恐れすぎて、対策を過剰にするのは仕方ないかもしれない。だがどうして、あらゆる危険性を想像しようとしないのか、その対策を始めようとしないのか……。

 
 ……やはりやりすぎたのだろうか。


「まったく、私は成長すること甚だ無いな。勝ちすぎればこうなるというのは解っていた」

 人は見たいものだけ見て、知ったと思うところだけ知ったように話す。自分だってそうだ。だからだろうか、地球側がこれほど楽天的になってしまったのは。
 イゼルローンが関わってからというもの、地球人類は連戦連勝だと。とんでもない。自分たちがどれほどこの数ヶ月間、薄氷を渡る気持ちで調査と準備を進めてきたことか。

「提督は以前おっしゃっていましたけど、多くを死なせる司令官ほど苦労しているって思われているんでしょう」

「実際は逆なんだがねぇ……」

 やれやれと、公園のベンチに腰掛けて頬杖をついていた。

「こういうのを、コトワザでなんと言ったかな、えーと、いっしょう、いつ?」


「  一将功成りて万骨枯る―――でございますね  」


 おや? とヤンとユリアンは声の主に顔を向けた。

「沢国の江山 戦図に入る
 生民 何の計あってか樵蘇を楽しまん
 君に憑って語ること莫かれ 封侯の事
 一将功成りて 万骨枯る      」

 そこにいたのは、ベージュのセーターと濃紺のスカートいう、市井の女性の服装に身を包まれた、一国の将軍だった。

「曹松の『己亥の歳〈きがいのとし〉』……さすがヤン閣下でございます。耳の痛い御言葉です」

「……ええ、ひとりの将軍が手柄を立てる時、その陰に無数の、当たり前の生活を営んでいる人々の生命が奪われているという言葉ですね」

 どうやら翻訳装置は正常に働いているようだった。

「しかし殿下、どうしてこちらに?」

 お付きの護衛も一人しか連れていなかった。なぜこんな公園に?

 まあ、この式典会場は半径数十キロに渡って警戒線が何重にも引かれていて、それこそイゼルローン要塞でも降ってこない限りは安全なのだけれども。

 それにしても、まだ式典は続いているはずだったのに。カゲムシャでも置いてきたのだろうか?

「殿下、30分です。それ以上は延ばせません」

 お付きのメガネの女性――確かツクヨミ?――が確認すると、殿下も静かに頷いた。ユリアンも何かを悟ったのだろうか、席の隣を離れ、護衛の人と一言二言話して、一緒に離れていった。

「こちらをお使い下さい」

 去る前にお付きの女性から遮音・遮電波装置を渡された。傍聴を避けるためか。ああ、なるほど、他の護衛者達も見えない所にいるのだろう。うちと同じように。

「……隣をよろしいでしょうか」
「ええ、それはもちろん」

 五月の公園には、まだ散るのを忘れた桜が多く残っていた。三十年に渡るBETAの被害によって地球環境も激変し、気候の変化も甚だしかったのだ。



 月が差し込み、花が舞う。そんな宵の中、一人は静かに星を見上げ、一人は地を見つめた。

 何かを相談したいのだろうというのはヤンにも解った。だがそれを決して急かすことはなく、穏やかに待ち続けた。

「……有り難う御座います」

 始まりの言葉はお礼だった。

「……えーと、何がでしょうか?」

「これまでの全てに」

 悠陽はゆっくりと顔を上げ、ヤンと同じように空を見上げた。

「閣下の御力添えにより、困窮していた民と国が救われ、今や世界中で復興が始まろうとしております。皆が希望に溢れ、己の生きる世界を見いだし初めております」

「いえいえ、少しばかりお手伝いをしたまでで……」

 そのまま空を見上げたまま、独白を続ける。

「人類の総悲願というべき未来が、本当に来ているという事実を……しかもそれが、我が日本帝国が主導してい――」
「殿下」

 悠陽はハッとし、すぅっと呼息を一つ立てた。

「……妄言でございました、面目次第も御座いません。些か以上に己に酔ってしまった未熟者をお許し下さい」
「いえ、そんな」

 悠陽はヤンの一声のみで我に返ることが出来たことに、その偉大さを知った。
 ああ、やはりこの方には隠し事は無意味だと。今、相談しなければいけないのだと。

 悠陽はついに、誰にもいえなかった想いを吐露した。

「ほんとうは……わたくしは震えておりました……己が姿を見失いそうになっていることに……」

 悠陽の独白を、ヤンは静かにそばで聞いた。

「死傷者がほぼ皆無で佐渡島を取り戻したという事実に。ひと月足らずで大陸の三分の一以上をBETAより取り返したという現実に。そして………そして、いま本当に、わたくし達の手で、この世界を確かに取り戻しているのだという真実に」

 悠陽は目の前に手をかざし、静かに握った。

「かつて無い栄華と豊穣が、今こうして訪れているという事に……!」

 悠陽の手は震えていた。こわかった。いま目の前にあるのは絶望という闇ではなく、地球全人類の希望という松明―――赫灼と燃えさかる炎だったから。

 人間は苦痛や苦難には耐えられる。己を己として保ち、我慢すれば乗り切ることができるからだ。周りも同じように耐えていることを知れば尚更だ。
 しかし膨大な成功には耐えられない。自分だけに莫大な豊かさや幸福がやってくる事態は、己に強制的な変化を強いるから。
 これからはそれだけではない。栄華という炎の陰にまとわりつく妬み嫉み恨み、光に寄ってくる欲望と渇望の蟲の群も確実に襲いかかってくるだろう。それらが否応無く己の姿を見失わせる。

 悠陽は解っていた。覚悟していたはずだった。イゼルローンを自分の味方につけるということが、どれほどの歴史的影響をもたらすのかを。
 でもそれは「人間はいつか死ぬ」という程度の認識に過ぎなかったのだと、いま思い知らされていた。一度も死んだことの無い人間が、どうして死が怖くないなどと覚悟できるのだろうか。

 悠陽はいま、現実に体感している。自分はこれからどれだけの「業」を背負うことになるのか。日本帝国のこれまでの過去を、暗部を、闇を、そしてこれからの未来を、希望を、光を浴びていかなければいけないのか。
 でもそれはもう手放せない。それを離してしまうことは、摂家であり将軍の自分には決して許されないのだから。自分が許せないから。

 でも……でも嗚呼。このふた月の間の興奮と熱気が一段落した今だからこそ、その恐怖が大きくなっていく。自分の身に今も降りかかっている、そしてこれから限りなく訪れていく「幸運」はいったいどこまで自分にまとわり続け―――

 
 ―――ぽんっ。


「…………閣下?」

 柔らかな手が頭に乗せられていた。

「えーと……殿下は未熟ではありません、まあ、半熟ですね」

 ……きょとん。姪が年の近い叔父を見上げるような、あるいは年の離れた従兄弟を見つめるように、目をまん丸くした。
 髪に優しく置かれた手の反対側では、困ったように収まりの悪い黒髪をかき回していた。

 なんともいえない沈黙が流れる。

 その十数秒後、遮音空間の内部で“女の子”の笑い声が籠もった。快活に笑う女学生と、自分が言った冗談に恥ずかしく苦笑いする教師が、そこにはいた。

「ええ、ええっ……! そうですわね、半熟者でございました」
「あんまり茹ですぎたらハードボイルドになってしまいますからね。注意してください」

 面白くもない冗談に先ほどまであった「おそれ」が吹き飛んでいくのを感じていた。
 ああ――そうなんだ、そうだった、この方は“そういう”方だったんだだなと。だから、自分はこの方とまた話したかったのだ。

「嗚呼っ……まことまこと、まことに閣下は偉大なるお方です。どんな事態でも――如何なる偉大な功を成そうとも、如何なる強大な敵が襲おうとも、常であり平らなる心を見失うことがありません」

「まあ、私は私ですからね。それ以外の者にはなりようがありませんし。背伸びしたからって身の丈が伸びるわけではありませんので」

 クスクスッと柔らかな唇に手をかざして、その笑い顔を隠した。それは自然と、年相応の女の子の仕草となった。

「閣下はわたくしを否定もせず、肯定もいたしませんでしたね」

 暑い日差しを柔らかく遮る木々の枝のように。冷たい雨を避けてくれる大きな葉っぱのように。この方といると、将軍でもなんでもない自分と、ただ寄り添ってくれる大きい幹のような安心感があった。

「うーん……まあ、本人が選んだことですからね。あ、いえ、本当はどうかと思わなくもないのですが、でもだからといって、偉そうに未成年の進路についてアレコレ講釈できるほどではなくて」

 この人が慌てる姿は初めて見たと、まじまじと見つめてしまう。

「どうか遠慮せず仰って下さい」

「いえ、将軍殿下にそんな」

「おっしゃって、下さいまし」

 ちょっとだけ強く言い切ると、ヤン閣下は帽子を脱いで黒髪をくしゃっと掻いてこちらをちらりと見た。

「あー、では……殿下、独裁者というものの大半は望まれて出現してきます。それを支えてしまうのは国家や政府の制度でなく、個人に対する忠誠心からです」


 それから閣下はたくさんのお話をしてくれた。


「国家の再建は、理念・政治・経済・軍事の四つの分野において成さねらばなりません。軍事力や経済力は必要です。しかし理念なくして政治は行えません。『自由・自律・自尊・自主』がアーレ・ハイネセンが唱えた民主政治の精神だったように」

 時に政治の話を。

「こちらのEUの成立は歴史の流れというより、BETAの存在による危機に後押しされた面が大きい。地球のBETA無き後、その反動がEUに及ぼす影響は計り知れないでしょう。或いは再分裂するかもしれません」

 時に歴史の話を。

「信念で人を殺すのは、金銭で人を殺めるのより下等なことだと思います。なぜなら、金銭は万人にとって多少の価値はあるものですが、信念とはその人間のみに価値のあるものだからです。狂信者というのは正にその極致です」

 時に耳の痛い話を。

「しかしこういうのは、士官学校時代を思い出しますね。門限破りの方法に、無い知恵をしぼったもので。あ、殿下、シュナップスという酒は飲まない方がいいです、大人になるということは自分の酒量をわきまえることですから」

 時にとても不思議な話を。


 たくさんの、たくさんの、たくさんの、天の星の名を教えるような語りかけだった。それはきっと、教えることでこちらを支配しようなんてものではなく、ただ伝えて渡すだけで、自分なりにその糸を紡いで編んでほしいという、そんな柔らかな願いが込められていた。



「殿下、お時間です」

 でも、終わりの時は来る。自分はもう卒業しなければいけない時だったのだから。

「……閣下、これまでの事、まことに有り難う御座いました。言葉に尽くせないほどの感謝を」

 寂しさはある。でも不安はもう無い。夢は、もう十分に見れた。

 これからは政威大将軍としての務めを果たしていかなければならないのだから。一国の将軍が一星の元帥と秘密裏に逢うなど、もう許されはしないのだから。

 だからもう、行かなくちゃ。ひとりでも、行かなくちゃ。

「では閣下……失礼いたします」

 月夜の中、閣下に背中を向け、自分が向かわねばならない場所へと――

「ああ、最後に一つだけ」

 ヤン閣下は帽子を脱ぎながらこちらに声をかけてきた。

「ええと、言いそびれてしまいましたが、こちらこそありがとうございました」

「……? 何がで御座いますか」

「出会っていただいたことに」

 風が吹いた。桜の花びらが舞う。

「BETAの侵略を防ぐことは、過度に恐れるものではありません。もしかしたらそれは、イゼルローン単独でも可能だったかもしれません」

 ですが、と続けた。

「もしそれをしていたら、この広大な銀河の中で、こうして星粒のような出会いを見つけることも、こうやって話をする機会を設けていただくことも決して無かったでしょう」

 帽子をはずしたまま、静かにこちらに微笑んでくれた。

「……コーヅキ博士は一つ、とてもいいことをしてくれました。あなたを、私に引き逢わせてくれた」

 ありがとうございます――ペコリと何の気負いもない、当たり前のように――――わたくしに――

――ああっ……。

「殿下?」


 たたた、たんっ。


「え?」「あれっ?」「ほぉっ」「殿下っ!?」

 跳んだ。
 抱きとめられた。

「うわっと…………殿下? えーと、だいじょうぶでしょうか?」

「はいっ、“あなた様”」



「「「「……………………」」」」



「……殿下?」
「なんでしょうか、あなた様?」

 ヤン様は耳の翻訳装置を触って操作をした。

「えーと、いえ、将軍殿下? アナタサマとは?」

「我が国の最上級の敬意を表す言葉ですが、どうなさいましたか?」

 アー、ソウデスネーと、翻訳装置に触れるのを止めた。

「では殿下、ええと、なぜ私の方に?」

「はい、粗忽者ゆえ、“うっかり”転んでしまいました」

 うっかりです、うっかり。
 再度ヤン様は、ソウデスカーとゆっくり頷いた。

「ヤン様はとても紳士的でございます。転びそうになったわたくしを、しかと受け止めてくれましたのですから」

 にこりとほほえみ、名残惜しいですが離れます。月詠が珍しく口と眼で三つの丸を造っていました。
 さすがにもう戻らないといけません。ですが、その前に、

「ありがとうございます、あなた様」

「…………えーと、何がでしょうか?」

「はいっ、“これからの”全てに、でございます♪」

 満面の笑みで、そう宣戦布告するのでした。



      ※     ※     ※



「……なあ、ユリアン」

「なんでしょうか、提督?」

「私の翻訳装置に何か異常があったのかな? 彼女たちの『ヨシナニ』という言葉がさっぱり理解できないのだが」

 将軍殿下が去る前に「どうぞ、よしなに」と告げられ。その後、お付きの女性から、

『よろしいですか、ヤン元帥提督閣下? 殿下は我が日本帝国にとって、いえ今や全国民全地球人にとっての玉体、至尊、宝玉のごときお方にして、無垢なる白絹の御輿なのです、掲げ称えるべき我らが威光を汚すなどというような無体をされるようなイゼルローンの最高軍事司令官ではないと心得ておる所存ではありますが、万が一、ええ、万が一にでもスキャンダルなどというものが、ええ、そんなものは有りはしませんが明るみにでもなりました時には男の責任というものを心得ているでございましょうかということを実に実に今すぐ確認したく思いますが? よろしい? はいですね、イエスですね。では、よしなに。くれぐれも、よ・し・な・に』

 眼が血走ったオニのような表情で、ぎりぎりぎりと肩の肉をもぎ取られそうなほど握りしめられたら、誰が否定できようか。

「ブルース・アッシュビー元帥やリン・パオ元帥も、女性の方とずいぶん親交があったようですし、これ、同盟軍の伝統なんですかね?」

「遅くて咲く花もあるということだな。しかし閣下が徒花で終わるか、“実”をも成らせるか、これからが実に見ものですな」

「傍観者に傍観されたままの気持ちというのがどういうものか、今更よく分かったよ。専制には抗議の声を上げなくては、やはりダメだな」

 というか、シェーンコップ、いったいいつから見ていた。

「いやいや、馬に蹴られるような真似を行うなど、紳士の鏡たる自分にはとてもとても」

「……提督、ぼく初めて提督を軽蔑しそうです。フレデリカさんに悪いですよ」

「待て、ユリアン。いいか、殿下はお前よりも年下の子だぞ。私の半分にも、いや半分よりはちょっと多いが、それでも17歳だ」

「小官はすでに女を知った歳でしたなぁ。いや、あの頃は実に女が新鮮に思えた」

 ちょっと黙れ、シェーンコップ。 

「それはさすがに提督、鈍いですよ。ぼくだって分かります。だいたい提督は昔からおもてになるじゃないですか?」

「私がかい? いつ? 誰に?」

 やれやれとユリアンは帽子を脱いで亜麻色の髪をかきまわした。

「キャゼルヌ中将から聞きましたよ。エル・ファシルの大脱出の後、週刊プリティーウーマンで、結婚したい男性No.1に選ばれたこともあるそうじゃないですか」

 はてそんなことがあったのか?

「第四次ティアマト会戦後には、女性からのファンレターで机の上が一杯になっていたと、アッテンボロー提督からも聞きました」

 ああ、えっと、そんなこともあったか? あったっけ?

「ふむ。確かに閣下は係累も無し、離婚歴も無し、借金も無ければ金をつぎこむ趣味もなし」
「だいたい休日は寝ているか、本を読んでいるかだけですから。料理の作りがいがあるのは、ぼくも嬉しかったですけど」

 いやそれは全くモてる要素には入らないだろう? どこに頼りがいなんてあるというんだ? 私は年金をもらって、とっとと隠居したいと思っている身だぞ。

「ふーむ、そんな草食系というより、むしろ絶食系というべき若年寄が……いやむしろそれが、自ら獲物を狩りにいく肉食女たちの狙いとなったか」

「今までうまくかわしていたんですけど、ここの所、負け続けていますね」

「魔術師、朝までに、還らずか。次回の題目は決まったな」

 こらこらこら、大量殺戮者だという事実を言われたら頷くが、そんな風聞は聞けないぞ。

「でも提督、妻のフレデリカさんを会場に残して、夜に将軍殿下と逢い引きしたことは歴史的事実ですよ?」

「ああ、ユリアン、ユリアン。歴史とはそういう風に曲解されがちだ。しかしね、事実と真実は違うものだと伝えただろう? 事実が同じでも、誰にでもそれぞれの真実を持つものだと」

「なるほど、閣下と麗しき女将軍との真実もまた異なるということですな」

 だから余りかき混ぜるな、シェーンコップ。

「じゃあ提督、もう将軍とは逢う必要がないから会わないんですね」

「いや必要だったから会ったというものでなく、必要だから話をしたとかそういうものじゃなくて……いや、必要というのは役に立つとか立たないとか、そういう次元ではなくてだな」

 ああ、どうにも失敗した。いや失敗とは、そうではなくて、あんな風に迷ったり困ったりしている年下の後輩を見ると、どうにも余計な口出しをしてしまう自分に対してだな。軍曹、ああ今は中佐か、彼女といい、殿下といい、ユリアンといい。

「とにかく。今回ばかりは、ぼく、フレデリカさんの味方になりますからね」

「旗幟を明らかにするのはいいことだよ、ユリアン。しかしこういうのは敵味方はないものだと思うんだがね?」

「いやですよ提督、ぼくが提督の敵になんてなるわけないじゃないですか。ただフレデリカさんの味方になるだけで」

「これはこれは。ついに家庭内戦争〈リトルスターウォーズ〉の勃発ですかな? よろしければ小官が閣下の参謀長を務めさせていただいても宜しいのですが?」

「即時全面降伏を訴え出るよ。負けるのはもちろん、勝っても何も得るものもない。戦争はやはり不毛なものだ、無意味だ」

 やれやれと両手をあげて、軽く背伸びをする。空には星、地には桜、ああしかし、世はこともなくかしましきかな、だった。


















「……殿下、お戯れが過ぎます」

 諫言は何度か続きました。ええ、仕方ありませんけど。
 でも今回のことで、ひとつ、わたくしの決心はつきました。

「榊と珠瀬、二人にそれぞれ面会をします。月詠、手配を」

「はっ。しかし二人は国内外の実務に多忙のため、殿下の命とはいえ、しばしお時間がかかりますが」

「構いません。……それと、彩峰閣下には確か娘がおりましたね」

「……はっ」

 月詠は声を小さくした。その件は帝国にとって触れない方がいいものだったからだ。しかし自分は禊ぎをなす。

 きっと彼女たちには恨まれるだろう。しかし、きっとそうではない未来が待っていると、そう確信できるから。自分もそうだったから。

 すぅっと僅かに吸息し、何をするかを告げる。 


「――“あの者”の身柄を、イゼルローンにお預けします」





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