「…………あれ?」
目を覚ましたとき、僕は瓦礫だらけの町に一人きりだった。
辺りを見渡しても、人っ子一人どころか、鳥の一匹も飛んでいない、寂しい町並みだった。
身体を起こすと、節々が痛かった。まるで、鉄の塊の上で寝ていたみたいだ。
ふと、僕は振り返る。
そこにあったのは、くすんだ青色の、巨大な重機のようなものだった。
より正確に言うと、人間と同じように四肢と頭のある、アニメのロボットみたいな重機だった。
肩や胸、太ももの装甲がやけにゴツゴツしている割に、胴体がコンパクトにまとまっている。
何より目を惹いたのは、何かに引き千切られたようにもげた、左肩だった。
ミリタリーにはあまり詳しくないけど、少なくともミサイルか何かで吹き飛んだのなら、もっと焦げ跡とかがついていてもおかしくないような……とにかく違和感のある千切れ方だった。
ふと、恭介あたりなら、こういうロボットを見たら、即座に夢中になるだろうな、と思う。
そうだ、皆はどこに行ったんだろう。
「……恭介? 謙吾? 真人? 鈴? ……皆?」
慣れ親しんだリトルバスターズの面々を呼んでみても、誰の返事も返ってこなかった。
「……恭介でしょ? 今度は何をしたの? ここは……誰がつくった世界なの?」
少し声を大きくしてみる。でも、やっぱり返事はなかった。
眠りに落ちる前のことを思い出してみる。
確か、事故の怪我から復帰した恭介に連れられて、皆で海に行く途中だったはずだ。
途中から、車内が狭いとか言い出して、謙吾がいきなり窓から天井に乗り出して、負けじと真人も上に乗ったもののすぐに転げ落ちたりと、二人らしい光景に皆でお腹を抱えて笑っていた。
車中では他愛もない話でずっと盛り上がってたけど、2時間、3時間と時間が流れるにつれて、徐々に皆も寝息を立て始めて……そして、僕も睡魔に負けて眠ってしまった。
「とりあえず、この町を探検してみよう」
何となく、この町が、僕たちが住んでいた町に似ているような気がした。
もちろん、自分の町を隅から隅まで知り尽くしているってわけじゃないけど、強いて言うなら僕の勘がそう言っている。
「そんなわけ……ないよね、はは」
心に浮かんだ不安を、乾いた笑いで吹き飛ばそうとするけど、出来なかった。
そして僕は歩き出した。
◆
「そんな……」
結論から言って、この廃墟は確実に僕たちの住んでいた町だった。
商店街、並木道、河川敷、エトセトラ。
とにかく、全てのファクターが、僕の確信の裏付けを果たしている。
いや、まだ一箇所だけ行っていない場所があった。
時々視界に入りそうになっても、必死で目をそらし続けた場所が。
僕たちの通う学校が。
「…………」
正直、怖かった。
あそこが、町のように廃墟と化していたら……僕は平静ではいられない。
リトルバスターズの皆と、最高に輝いていた日々を送ったあの場所が、無残に破壊されている光景なんて見たくない。
だけど、
「これからは強く生きる、だよね。……恭介」
現実から目をそらし続けてはいられない。いちゃいけない。
例えそれがどんなに過酷なものであっても、前を向いて歩いて行かなくちゃいけないんだ。そんなんじゃ、恭介や真人、謙吾に顔向け出来ない。
「……行こう」
僕は学校に向かって歩き出した。
◆
桜並木が両脇に見ながら、僕は学校へ続く坂道を登っていく。
もっとも、桜は季節じゃないのか、ろくに葉もついていなかったけど。
もし、僕が寮生じゃなかったら、毎日この坂を登って登校していたのかもしれない。
目線は、なるべく足元だけを見るように下向きのまま。
「…………」
黙々と足を進めていくと、坂の傾斜が緩くなった。校門が近い証だ。
「…………さて、と」
登り切り、平坦な地面に足をつける。
そして、意を決して顔を上げた。
「……アンテナ?」
真っ先に目に飛び込んできたのは、巨大なパラボラアンテナ群だった。
まるで安いSF映画の軍事基地みたいな見た目に、僕はつい吹き出しそうになる。
校門のすぐそばには、警備員の詰所のようなプレハブの建物があり、よく見ると門もかなり頑丈そうなものになっている。
「恭介……いくらなんでもこれはないよ……」
多分、恭介の大好きな漫画『学園革命スクレボ』に、こんな風に要塞化された学校が出てきたんだろう。恭介はすぐ漫画に影響されるから、よく分かる。
校門には2人の銃を構えた男の人が立っていた。場所柄的に、そして恭介的には番兵とか、そういう役柄なんだろう。階級は伍長とかそのあたりだろうか。
「なんだ、外出してたのか?外に出ても何もないだろうに。物好きな奴だな」
「ほら、認識番号と部隊所属名。あと、外出許可証を提示してくれ」
彼らに近づいていくと、それぞれ東洋人と黒人の番兵が、フランクに話しかけてきた。
どうやら、僕をこの基地の兵士だと勘違いしているみたいだ。
「そういえば、その制服やけに綺麗だな。どこで手に入れたんだ?」
東洋人の方が、ぺたぺたと僕の制服の肩口を触っていたが、突然電流でも流されたかのように飛び退いた。
「……基地で支給している制服と生地が違う。それに、階級章が付いていない」
にわかに緊張感を帯びた顔つきで、番兵が問いかけてくる。
「繰り返す。至急、認識番号と部隊所属名、外出許可証を提示せよ。指示に従わない場合は、実力行使も厭わない。……おい、司令部に通達だ」
無言で黒人の方が頷き、詰所に消えていった。
「これが最後通告だ。至急、認識番号と部隊所属名、外出許可証を提示せよ」
「……も、持ってませんっ。とにかく、中に入りたいんです。通してくださいっ」
「そうか。……悪く思うなよ」
そして僕は番兵に拘束され、数時間にも及ぶ尋問と身体検査の後、独房に閉じこめられた。