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No.3876の一覧
[0] Muv-Luv Alternative 1991 『政戦両略の斯衛』[鹿](2010/08/05 17:11)
[1] Muv-Luv Alternative 1991 第01話 二度目の逆行[鹿](2010/08/05 18:40)
[2] Muv-Luv Alternative 1991 第02話 まりもと夕呼[鹿](2010/08/05 18:40)
[3] Muv-Luv Alternative 1991 第03話 夕呼と初交渉[鹿](2010/08/05 18:41)
[4] Muv-Luv Alternative 1991 第04話 夕呼の慧眼[鹿](2010/08/05 18:42)
[5] Muv-Luv Alternative 1991 第05話 帝国大学へ[鹿](2010/08/05 18:43)
[6] Muv-Luv Alternative 1991 第06話 帝大の生活[鹿](2010/08/05 18:43)
[7] Muv-Luv Alternative 1991 第07話 現状と計画案[鹿](2010/08/05 18:44)
[8] Muv-Luv Alternative 1991 第08話 夕呼と再交渉[鹿](2010/08/05 18:45)
[9] Muv-Luv Alternative 1991 第09話 謁見と情報戦[鹿](2010/08/05 18:46)
[10] Muv-Luv Alternative 1991 第10話 悠陽に説明[鹿](2010/08/05 18:46)
[11] Muv-Luv Alternative 1991 第11話 武の決意表明[鹿](2010/08/05 18:03)
[12] Muv-Luv Alternative 1991 第12話 XMseries初案[鹿](2010/08/05 18:05)
[13] Muv-Luv Alternative 1991 第13話 篁唯依の見学[鹿](2010/08/05 18:08)
[14] Muv-Luv Alternative 1991 第14話 悠陽との逢瀬[鹿](2010/08/05 18:11)
[15] Muv-Luv Alternative 1991 第15話 不知火の開発[鹿](2010/08/05 18:12)
[16] Muv-Luv Alternative 1991 第16話 XM2の開発案[鹿](2010/08/05 18:15)
[17] Muv-Luv Alternative 1991 第17話 武の斯衛任官[鹿](2010/08/05 18:17)
[18] Muv-Luv Alternative 1991 第18話 専用機の真実[鹿](2010/08/05 18:18)
[19] Muv-Luv Alternative 1991 第19話 篁唯依の煩悶[鹿](2010/08/05 18:20)
[20] Muv-Luv Alternative 1991 第20話 吹雪増産計画[鹿](2011/09/18 18:20)
[21] Muv-Luv Alternative 1991 第21話 大連の不知火[鹿](2010/08/05 18:24)
[22] Alternative 2004 政戦両略の外伝 桜花の残滓[鹿](2009/04/23 22:43)
[23] Muv-Luv Alternative 1991 第22話 統帥権の推移[鹿](2010/08/05 18:26)
[24] Muv-Luv Alternative 1991 第23話 HIVEの新設[鹿](2010/08/05 18:28)
[25] Muv-Luv Alternative 1991 第24話 武の戦略案壱[鹿](2010/08/05 18:30)
[26] Muv-Luv Alternative 1991 第25話 武の戦略案弐[鹿](2011/09/19 23:17)
[27] Muv-Luv Alternative 1991 第26話 出向前の日常[鹿](2010/08/05 18:33)
[28] Muv-Luv Alternative 1991 第27話 次席開発衛士[鹿](2010/08/05 18:35)
[29] Muv-Luv Alternative 1991 第28話 国産戦術機論[鹿](2010/08/05 18:36)
[30] Muv-Luv Alternative 1991 第29話 半島情勢考察[鹿](2010/08/05 18:38)
[31] Muv-Luv Alternative 1991 第30話 国内選考秘話[鹿](2011/09/18 20:54)
[32] Muv-Luv Alternative 1991 第31話 会談事前準備[鹿](2011/10/18 18:39)
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[3876] Alternative 2004 政戦両略の外伝 桜花の残滓
Name: 鹿◆15b70d9b ID:6e92a67f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/04/23 22:43
2004年12月24日 横浜基地 香月夕呼の執務室


 横浜基地。現在では、国連太平洋方面軍総司令部と言うべきか。そして中将に昇進し、総司令官を務める香月夕呼は、執務室にて技術大尉になった霞に対して話していた。が、問題は夕呼の格好である。ミニスカサンタ服としか言えないような衣装を着ている上に、鼻メガネを掛け大吟醸と書かれた酒瓶を握っている。

「やってくれたわ!!」

 どうやら、あまり良い酒ではないようだ。ことの始まりは2003年の7月7日にある。甲20号目標(鉄源ハイヴ)の攻略成功から、数ヵ月後の七夕にそれは起こった。突然、地球上の全BETAが活動を停止したのである。その日から全人類は歓喜に包まれた。ついに人類はBETAに勝利したのだとっ!!













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「逃げられたのよ!それも勝ち逃げよ!!!!!」

 BETAが逃げたとは、一体どういう意味であろうか。

「ユーラシアの資源、特に化石燃料とウランは全滅。根こそぎ掻っ攫われたわ!」

 中東はもちろん、中央アジア、カスピ海と黒海に沿岸地域、ご丁寧に北海まで、BETAは化石燃料を総ざらいにして行った。ウランについては既存の鉱床はもちろん、人類が未発見の場所までやられたと見るべきだ。

「二回目が、アサバスカに落ちた時から疑うべきだったわね……」

 カシュガルに次いで、アサバスカに落下して来た着陸ユニット。二回目である以上は、一度目より精密な情報に基づき、狙って落下してきたと思われる。そして、BETAの関心は人類より資源にあり、アサバスカには、世界有数のオイルサンド(タールを含む砂)地域がある上に、ウラン鉱床もある。

「チベット水源も、どうにもならないか……」

 高原地帯がBETAに削られ過ぎて、標高が低くなってしまった。チベット水源は世界三大水源の一つであり、南アジアはもちろん。東南アジアや中東の一部地域の水需要を賄い。中国や中央アジアも依存率は高かった。水がなくて、どうして復興できると言うのか……。

「G元素を残らず打ち上げられた上に!アトリエと反応炉は全て自壊!ハイヴすら倒壊したと来てる!!」

 BETAが宇宙に、何かを打ち上げているのは既知の事である。それは恐らく地球上で精製したG元素であろう。地球上での活動分を除いて、本星にでも送っているとの見方が有力だ。それを全て、活動に必要な分すらも打ち上げたので、BETAが活動を停止した上に急速に劣化したのだ。

「BETAにも、最低限の機密保持プログラムは有ったと言う事ね……」

 ハイヴの倒壊も急激な劣化によるものだ。大半が人類建造物で再構成された横浜ハイヴ以外は、人類が苦心して攻略・確保した物も含めて、全てが土砂の下敷きである。発掘が終わる頃には、全てのサンプルが腐り落ちているだろう。つまり、光線属種のレーザー技術すら得られなかった。

「やりたい放題にやられて、BETAから人類が奪えたのは、各国が保有する僅かなG元素だけ」

 人類の生存と存続を目的とした。種族間防衛戦争としては勝利であっても、政治・外交の延長線上にある戦争。として見た収支結果は、史上に類が無い程の大敗北になる。そして、夕呼にとっても痛恨事である。

「G元素の!人類を馬鹿にした発電効率が!人類復興計画の……『オルタネイティブ第六計画』の柱だったのにっ!!」

 夕呼はなにも、単純にBETAの戦略・戦術情報を得る為や、オリジナルハイヴを落とす為だけに、『00ユニット』を作った訳ではない。真に欲したのは、G元素精製方法などBETA由来の技術を含む、『政略レベル』の情報である。

「BETAが消えた以上は、民間へのエネルギー制限は解除せざるを得なかった……」

 軍でこそ、最低限の電力は確保されていたが、民間では燃料節約の為に燈火制限までしていた。それも当然で、”食料がないのに燃料はある”という事は基本的に有り得ないのだ。ある程度以上の効率を考えれば、農業にも漁業にも畜産にも燃料は欠かせない。

「いくらBETA大戦が終結して、軍での消費量が減ったと言っても、直に限界に達するわ」

 消費量が減っただけであり、無い物が沸いて出てくる訳ではない。改良が著しい燃料電池とても、資源(ヨウ素)を必要とする以上は限界がある。そしてユーラシアの現状が知れ渡り、将来的にも手に入る見込みが激減したとなると……。

「第二次世界大戦前の比じゃないわね」

 当然のように、奪い合うしかないのが人間である。BETA相手の歴戦で、鍛えられた各国政府と軍の動きは素早く。半年程度で対人類戦争の体制に移行しつつあり、いつ戦争が始っても不思議がない情勢を、国連が必死に抑えていた。これには、軍縮を急に出来る訳がない事情も影響している。

 この混乱で最初に発火したのが、躍進が著しかったアフリカ連合だ。アフリカ各地では、BETA大戦の終結により、移民して来ていた欧州系の人間が、祖国に近い地域に再移動を開始していた。当然、それには資本の撤退と資金移動も含まれる。

 その結果として、好調だったアフリカ諸国の経済は急速に失速した。それでも、アフリカ諸国は今や有数の資源国である。地道に復興する事ができれば、以前以上の経済力を得れた可能性は十分にあった。

 しかし、BETAの存在が抑えていたもう一つの要素、民族紛争が経済混乱の影響もあって一気に拡大。複数の国が戦争状態に陥った。これにはBETA戦争終結による軍縮を恐れた、多国籍軍産複合体が関与した疑いが濃厚だ。あまりにも拡大が早すぎる。

「全てが、自国利益の為だったとは言わないわ。しかし、想像力が欠如していた……」

 この混乱が、第三次世界大戦の引き金を引く事を懸念した米国は、国連の制止を振り切りアフリカ紛争に介入。それ自体はまだ良かった。より問題だったのは、停戦監視の方法だ。

「宇宙軍による軌道上からの監視……天空の高みから威圧される恐怖…………」

 米国の名誉の為に言うならば、彼らは人類相手に宙対地攻撃をする気は全くなかった。地上軍を送る事でゲリラが跋扈し、戦闘が泥沼化する事を避けようとしたのだ。しかし、BETA大戦で威力を示した宇宙艦隊による間接飽和爆撃の可能性は、アフリカ諸国に限らず全ての国家に恐怖を与えた。

「そして……国連宇宙総軍は、桜花作戦の損耗により再建途上だった」

 桜花作戦では、国連米国の両軍共に軌道降下戦力の大半を失う結果になった。どちらの損害が多かったのかも、今となっては誤差のようなものだ。しかし、問題は宇宙艦艇の損耗率だ。国連宇宙総軍はA-01及びA-02の盾となったが為に、実に艦艇損耗率七割。とても数年で再建できる物ではない。米国宇宙艦隊への抑止力は不在だった。

 そして、自国独力で宇宙艦隊を編成できる国は、米国のみなのだ。さらに米国は、ラプター不用論が優勢になってから、G元素研究と共に宇宙戦力の増強に力を注いで来た。これにより、”米国は嘗てから宇宙戦力による人類支配計画を練っていた”と、多くの人間を本気で信じさせる事になった。

「それでも、一時的に情勢は安定したのよ……あの日までは……」











********************************











――2004年9月11日・国際宇宙港への爆破テロ事件発生・宇宙港は周辺衛星を道連れに爆散。


 被害はそれだけに留まらない。補給停泊中の米国第一宇宙艦隊までが、巻添えを食らって同時に全滅した。その上、オルタネイティブ第五計画の名残であり、月攻略を見越し宇宙港にて、移民船団から航宙空母に改装中だった巨船団をも消滅させる事になる。これらの連鎖爆発が、周辺の人工衛生まで含めて全てを吹き飛ばしたのだ。

「米国はテロを甘く見ていたわね。そして、宇宙艦艇の運用効率は半減以下になった」

 実行犯こそアフリカ系であったが、国際宇宙港への上位アクセス権限を持つ、主要国の関与は明らかだろう。それこそ犯人はどこの国でも不思議はない。主要国の多くが共謀した可能性もある。しかし、証拠は宇宙港と共に宇宙の塵だ。

 宇宙艦艇の運用に置いて最も難しいのは補給だ。相応の設備を置いた基地以外で不可能なのはもちろん。宇宙では国際宇宙港が唯一の補給先だった。つまり国際宇宙港さえ潰せは、宇宙艦隊は強大では有っても、絶対無敵の存在ではなくなる。

 それもそのはず、補給に降りる必要が発生するならば、降下中も上昇中も無防備で狙い放題だからだ。着陸が不可能な程に加速しなければ、の話ではあるけれど。

「もはや、どこが最初に攻撃するかって段階ね。実質的に戦争状態だわ」

 当然のように米国人は激昂したし、国際宇宙港には多種多様な人種がいた。米国から自国人ごと爆破したと疑われた各国の方も黙ってない。もはや到底、国連に抑えきれる段階を超えている。疑心暗鬼と相互不信は限界を突破した。

「そんな事をしている場合じゃないってのに……対宙監視網が崩壊したのよ……」

 国際宇宙港と周辺の人工衛星は、月面及び火星方面監視の要だった。

「BETAの撤退が、一時的な『雨宿り』かもしれないと、なんど言えばっ!!!!」

 上位存在の言に拠れば、人類の抵抗はBETAにとって気象災害と考えられている。雨が激しくなったので、一度戻って雨宿りしてから雨が止んだ頃――もちろん例え話だ――に来ようと考えている可能性もある。自己増殖型のプログラムであるBETAが、末端のセルを切り捨てるにはその程度の理由で十分だろう。

 そうでなくとも、単純に化石燃料を使い果たしたら、また来るかもしれない。有機物の化石である化石燃料は、宇宙的に見てもそれなりに珍しい存在であろう。むしろ、それが故に気象条件――BETA視点――の厳しい地球で、今まで活動を続けて来ていた可能性もある。

 現状で人類には地球しかないが、宇宙には無数の惑星が有り、BETAにとっての選択肢は広大だ。領土拡大が目的ではなく資源回収が目的なら、初回以外は確実に着陸ユニット(G元素搭載)を迎撃していた地球に拘る必要は少ない。もちろん、総なめにするプログラムの可能性もある。

 どちらにしろ、早急に対宙監視網を再建する必要がある事は間違いない。戦争はそれからにしてくれと言うのが、夕呼の言い分である。現在、国連で再建計画が話し合われるが、開戦前夜に共同事業が成立するわけもなく……。











********************************











 電子音が鳴り、夕呼が通信を開くとピアティフからの報告だった。

「そう……わかったわ……。着陸ユニットの迎撃に失敗、ソ連東部に落ちる見込みよ」

 BETAの再侵攻で、G元素精製技術を手に入れる可能性が戻った……。なんて情勢では全くない。前回の時は世界大戦の後で、冷戦状態だったから成立させられた協力体制を、現在にも作れる見込みは少なすぎる。今にして思い返すと、あの完全とは言えない協力体制すら、素晴らしいものだったように思える。

「しかし、よりにもよってソ連東部とはね……」

 陥落したのが比較的に後なのと、桜花作戦後にソ連が奪還した事もあり、化石燃料は地下に残っていた。その為、BETAがそれを狙って来たとしても、そう不思議ではない。そして問題は、場所や資源より政治的な意味だ。

 そこで、また続報が有ったようだ。さすがの夕呼も口調が重くなる。

「米国によるユニット着陸後の核攻撃を懸念したソ連が、米国に先制核攻撃を開始したわ……」

 自国でやるならまだしも、今の情勢で他国に攻撃される可能性を黙って見ている国はない。しかし、カナダの件で前科があるとは言え、米国にソ連東部のユニットを核攻撃する理由は少ない。ユニット搭載の初期戦力だけが相手なら、現在の人類は問題無く駆逐できる戦力を持っているからだ。

 ソ連もそう考えたからこそ、自国へ核攻撃をする気も、米国にさせる気もなかったのだが、”相手もそう考えて自省するだろう”と思えるような信頼関係は既に存在しなかった。逆に”米国はユニットを口実にして核を撃ってくるに違いない”と考えたので、先制核攻撃に踏み切ったのだ。

 さらに、ソ連を過剰防衛に走らせたのは、”着陸ユニットを無傷で確保できるかも知れない”と言うチャンスが転がって来たからでもある。G元素はもちろん、上位存在を確保できれば、他国に対して圧倒的な優位を得られるのだ。彼らは、それを邪魔される事を何より恐れた。

 冷静に考えれば、カナダと違って核保有国であるソ連に、米国とて核攻撃が出来るはずはない。しかし、上位存在の存在価値は、ソ連から冷静さを奪うには十分であった。また、ソ連の懸念通りに米国から冷静さを奪った可能性も少しは存在する。

 もし、核の打ち合いになった場合の事を考えると。核の数と質とG弾の存在もあり火力に勝る米国を相手に、ソ連が互角にやり合うには警告なしの先制攻撃しかない。”米国に警告したら米国に先制攻撃された”と言うような事態も、ソ連側から見た想定としては有り得るのだ。

 そして、米国から見れば、”ソ連がユニットを口実にして核を撃って来た”であり、当然のように撃ち返す――これにはG弾も交ざっていた――事になった。そうなれば、もうユニットはそっちのけで、お互いの主要都市や軍事施設が目標になる。

 それは結果的に、ユニットの初期戦力を駆逐すべき、ソ連軍を崩壊させる事になり、BETAは地球上に再度ハイヴを建設する事に成功した。米ソ両国は核の応酬により共倒れ、この状況から、第二次BETA大戦を戦えるのだろうか?核の灰が各地に降り注いでいた……。

「詰んだわね……」

 ソ連のハイヴも問題だが、対宙監視網の早期再建が消し飛んだ。次々と着陸ユニットに落ちてこられては、対処の仕様が存在しない。敵が戻って来たので、監視網の再建計画は纏まる可能性も出てきたが、米ソ抜きでの再建にどれだけ掛かるか……。

 夕呼は大吟醸をコップに空け、次々と飲み干して行った……。

「キャハハハハハハハ。今の私を、あいつが見たら何て言うかしらね。ん?あいつって誰だっけ?」

 その後も酒瓶を空けていた夕呼だが、暫くして飽きたのか、霞を置いて執務室を出て行った。

「………………白銀さん」

 夕呼の話をずっと黙って聞いていた霞だが、夕呼の”あいつ”との言葉に武の事を思う。あれから数年が経っている事もあり、今でも詳細に観測できている訳ではない。

 伝わってくる感じでは、楽しいだけの生活――大学生?社会人?――ではなさそうだが、霞は武がこの世界に残らなくて良かったと思った。こんな人類の自滅を武に見せたくない。












********************************










 そうして霞が物思いに耽っていると、夕呼が戻って来た。予想外な事にいつもの軍服に白衣で、酔いもしっかりと抜けているようだ。

「社。最後の希望は……鑑よ」

「……再起動実験ですか?」

 今まで何度も試みて失敗した実験を繰り返すのだろうか……。

「それは諦めるわ。データは全て破棄、鑑の深層意識に呼びかけなさい」

「純夏さんに……何をですか?」

 上位存在からのリーディングデータを破棄とは、凄まじい決意を感じる。再起動の確率が低いとは言え、それさえ読み出せれば、人類の抱える大半の問題が解決するのだ。そこまでしてやる事とは……。

「白銀よ。白銀武……さっき思い出したわ」

「白銀さんを、また戦わせるのですか……」

 夕呼は楽しそうな顔で武の名を呼ぶが、霞は沈痛な面持ちで発言した。

「社の知ってる白銀は、こんな結果に納得する奴なのかしら?」

「…………」

 夕呼は霞を挑発するように言うが、霞は無言だ。

「別に楽しくやってる白銀を呼ぶわけじゃないわ。白銀が元の世界に帰った瞬間に干渉して、別の時間軸に飛ばしてやろうって事よ。白銀も、この世界に残りたがっていたでしょ?」

「あの時に、別の時間軸ですか……」

 霞から見ても武は、この世界に残りたがっていた。

「そうねぇ。いっそ景気良く。十年ぐらい戻して見ましょう」

「そんなに……」

 十年も戻したら、武は小学生だ。霞は驚いて、ウサ耳がピコピコしている。

「上位存在に勝てたのは、鑑が命を使って成し遂げた奇跡のお陰よ。そして、奇跡頼りのリーディングに全てを掛ける訳にはいかないわ。白銀には、世界情勢も変えて貰いましょう」

「白銀さんがですか?」

 上位存在には戦意が全くなかった。その状態であっても奇跡を必要としたぐらいなので、主広間に到達する戦力を増やした程度では、安定して勝てるとは限らない相手だ。そして、霞の認識では武は衛士であり、例え十年前に戻っても世界情勢に関与できるかどうか……。

「あいつが十年も前に戻ったら、BETAの日本侵攻から止めに掛かるはずよ。それに成功すれば世界情勢は激変する事になる。日本の国力が温存されるのは大きいわ」

 日本の国力が残っている場合は、むしろ早くから世界情勢が悪化する事になる。それはオルタネイティブ計画を巡った争いが激化するからだ。この世界では日本の国力が低下していたから、第四計画が採用された後でも米国に余裕があり、その結果として米国内にも第四計画派が存在したのだ。

「日本が国力を保持した状態で、第四計画が成就したらと米国は恐れるはずよ。そうなったら日米対立は待ったなし、日本を中心とした強力な国家連合を作る以外で、第四計画を完遂する方法はないわね」

「難易度を上げて、どうするんですかっ」

 楽しそうに語る夕呼に、霞はジト目で詰問する。

「これを達成できれば、今のような状況にはならないのよ」

「それでも、難しすぎると思います」

 米国だけが悪いとは決して言えないが、米国の国力だけが突出している状況では、このような世界情勢になる確率が高いのも事実だ。しかし、霞の言う通り難しすぎる課題でもある。

「そうね。あっちの私は現状を知らないから、協力しないと思うし。苦労しそうねぇ~」

「……白銀さんになら、できるんですか?」

 夕呼があまりに気楽なので、霞とウサ耳は困惑気味だ。

「できるわよ。白銀は、無数の並行世界から因子を集められた可能性と才能の卵なのよ。因果律量子論で言えば、全ての因果を内包した存在。理論上は白銀武に出来ない事はないわ。問題は精神面だけど、それなりに成長したでしょう?」

「とても……強い人になりました」

 前半はともかく、夕呼の後半の意見に霞は力強く頷いた。ウサ耳も同意している。

「それに、何も手助けしないわけじゃないわ。白銀から預かった『皆琉神威の鍔』と『煌武院の指輪』は持っているわね?」

「はい。それを送るんですか?でも、それだけでは……」

 霞は、まだ不安そうだ。

「まあ、向こうの私が積極的に邪魔すると難しいから、ついでに『信頼感』でも送っておこうかしら?」

「信頼感ですか……ついで?」

 夕呼の言う事に引っかかりを感じた霞が訪ねる。

「G元素は鉄源から運んだ奴が有るけれど。問題は十年の逆行を可能にする『負のスピン』よ。都合の良い事に、次世代戦術機用のダイレクト・リンク・システムが試験段階だし、私の負の感情を使うわ」

「それは……私の感情も使って下さい」

 地獄すら生温く感じる道を歩み続けて来た香月夕呼と、人間の感情を読み取り続けてきた社霞。二人の負の感情を合わせれば、十年の時間軸に相当する負のスピンを作り出せるかもしれない。

「一応、言って置くけど……死ぬわよ?」

「構いません」

 ダイレクト・リンク・システムは、現状では未完成も良いところの上に、本来の用途外に使うのだから、安全性の保障なんて存在する訳がない。しかし、夕呼も霞が意見を変えるとは思ってないので、ただの確認だ。そして霞の返答も淀みないものだった。












********************************










 二人は『鑑純夏』が、安置されている実験室への廊下を歩いている。

「社も向こうの自分に何か送り……言うまでもなかったわね」

「…………」

 夕呼の言葉に赤くなって下を向く霞。夕呼は楽しそうに霞をからかった。

 そして実験室のドアが開き、二人は命を使って奇跡を成し遂げようとする。

 純夏は静に眠ったまま、二人の意識がリンクされるのを深層意識で感じる。そして流れ込んで来る記憶から、二人と別れ際の武が、この世界に残りたがっていた事を知った。











********************************











――武ちゃん。この世界に残りたかったんだ。押し付けてごめん!

――香月夕呼。そいつは人類の救世主よ。信頼なさいっ!

――過去の私。その人は私の大切な人の……私の好きな人です!







あとがき

この外伝は第00話と言うべき位置付けでもあり
予告編に近い構成でもあります。
この話で提示された問題点を解決していくのが本編です。

最近ブログに嵌ってますので良かったHOMEから来てください。
近況などはマメに書いてます。


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