「ロックボルト固定」
「砲身仰角固定」
「電力供給問題ありません」
「冷却材循環系問題無し」
「超電導フライホイールのエネルギー充填率80%」
「第17次投射試験を開始せよ」
「了解。これより00型超水平線電磁投射砲、第17次投射試験を開始します。各員砲身より規定位置まで離れてください」
「カウントダウン開始、60、59、58…」
転車台に載せられているのは全長60mに達する巨大な砲身。
列車砲に分類するにはあまりにも巨大すぎる。1200mmにもなる口径もまた大きく、大人が中に入っていけるほどのトンネルとも言うべきものだ。
砲は油圧式のジャッキ持ち上げられて水平線を睨むもその仰角は限りなく浅い。
砲身は丸い砲口にも関わらず細長い長方体のような形となっているが、これは二本のレールに流れる大出力の電流による電熱と、砲弾を覆う導電性稼働切片とレールに生じる摩擦熱を冷やすための冷却材が流れているためだ。
砲は見る者を圧倒する威容で遥か東を睨み、静かにその時を待つ。
「3、2、1、発射」
次の瞬間、まるで至近に落雷が落ちたかのような轟音が大気を振動させる。
爆風がごとき烈風が吹き荒れ、砲口の周りに光の輪が生まれ、輝くプラズマが一筋の光の条を残す。
莫大な電力によって加速された直径1m20cmの砲弾の初速は秒速10km。第一宇宙速度を超えたそれは、遥か水平線の向こうへと一秒未満で消える。
そうして合計5発の砲弾が放たれた。
「衛星より、砲弾は太平洋上空予定位置にて子弾頭を分離、同じく予定範囲内において起爆に成功。実験は成功です!」
「ほぉ…!」「なんという威力…」「これは…、予想以上ですな高島博士」
「ありがとうございます」
これにより2000年秋に実施された00型超水平線電磁投射砲の最終試験は成功裏に終わる。
この新型兵器はメガフロートに設置された巨大な列車砲であり、その目的は水平線の向こう側からハイヴに直接攻撃を行うという1200mmOTH砲のそれとさほど変わらないコンセプトで建造されたものだ。
ただし、その規模は格段に大きなものになっている。
超低空・極超音速で敵地に侵入する砲弾は内部に500kt級の4個の純粋水爆弾頭を搭載しており、予定位置においてこの子爆弾を分離、ロケットで再加速・軌道修正する熱核弾頭を散布して広大な面積に存在するBETAを殲滅する。
これにより、師団規模のBETAを一撃で殲滅が可能であろうと予測されている。今回用いた砲弾のほとんどは演習用のものだが、一発だけ核搭載の砲弾が試験的に用いられた。
高度5mから放たれる最大10km/sの圧倒的な速度の砲弾は、重光線級の射程内に侵入してから2.4秒でその直上に到達する。
このため、最大出力に達するまで数秒を要する光線属種の性質から、理論上迎撃される前に敵上空に到達、核弾頭を投入することが可能と考えられる。
ただし、その砲身の両脇からカウンターマスとして多量の金属粉をレールガンと同様の作用で逆方向に噴射するため、その速射性は極めて悪く、機材も巨大化する。
列車砲という形態となったのは、このあまりに大きすぎる砲を内陸においても運用するためだ。
この砲は内陸において艦砲射撃を超える面制圧力を期待されて製造されている。また、全ての機材が列車に載せられているため、BETAに接近を許しても速やかに撤退することを可能とする。
俺は耳栓を抜きとってポケットにつっこむ。プラズマにより発生したオゾンの匂いが漂う中、研究員たちや技術者が電磁投射砲に異常が発生していないか走り回って検査している。
そんな中で鈴だけが俺の傍らにいて、無線機を用いてどこかと連絡していた。
「異常は発生したか?」
「いえ、レールの摩耗も既定の範囲内、交換はまだ不要とのことです」
「金がかかっているからな。一度の投射で故障しては話にならん」
「次弾投射試験も見学なさいますか?」
「いや、今日は電磁場に曝される核弾頭が正常に機能するかを見に来ただけだ。それに今日はスケジュールが押している」
「ああ、確かに。しかし時間的に余裕は十分ありますが?」
「俺はあの手の事が苦手なんだ。それなりの準備が必要だ」
「ふふ、そうですか。ではヘリの準備をさせます」
「ああ」
鈴は臨時少尉の階級を貰っており、俺直属の部下として扱われている。
何かとお節介な彼女は夕呼さんの部屋にも出入りしているらしく、夕呼さんの部屋は鈴が来る前とは見違えるほどに綺麗なものになっている。
まあ、それでもあのヒトはすぐに部屋を散らかすのだけれども。夕呼さんらしいといえば夕呼さんらしい。
まあ、そのせいで俺が気を付けているにもかかわらず、鈴は第四計画のかなり深部の情報にまで精通するようになってしまった。
どっぷり浸かると抜け出せなくなると警告していたのだが…。もはや手遅れで、あの脳が浮かぶシリンダーのある部屋で、何かとゲームで霞に勝負をふっかけている。で、だいたい負けている。
リーディングについても知っている癖に、なぜあの馬鹿娘は学ばないのか。
まあ、それでも霞のESPについて知ってもなお彼女に対する態度を変えない鈴の性質は好ましくもある。ああいう何も考えてないような、どこまでも前向きな性格はどちらの世界でも同じということか。
霞にとっても騒がしい居候の登場は刺激になっているようで、無口だった彼女も最近は言葉数が増えているように思える。
「しかし、お兄さ…高島博士、G弾推進派は瓦解しましたが、この砲の威力を他の反オルタネイティヴ派が知れば、今度は彼らが勢いづくのでは?」
「確かに。だがオリジナルハイヴ攻略は至難だ。例の航空機動要塞を用いるか、G弾の集中運用でもしなければ画餅にすぎないな」
国連職員によるG弾の影響の暴露、それに続いて俺が作ったG弾による影響を算出するシミュレーションの発表は米国のG弾推進派に対して深刻な打撃を与え、現在、その戦略は大幅な見直しがなされているらしい。
しかしそれは逆に系外惑星への脱出を唱える第五計画派の勢力を高める結果となった。国連上層部における彼らの影響力は徐々に広まっている。
種の存続を目指すという方策において、彼らの主張はそこまで間違ってはいないだろうが、移民船が何の問題もなくバーナード星系に到着できる可能性はそう高くない。
また、反オルタネイティヴ計画派の中にはオリジナルハイヴさえ攻略出来れば戦況を挽回できると主張する者もいるが、それは事実であっても彼らには具体的な案があるわけではない。
「重光線級にすら迎撃不能とはいえ、これ自体の機動性は低い。最優先目標とされれば、その戦略的価値も減ずる。加えればこいつの超水平線射撃における射程は短い。実質的に300km、オリジナルハイヴには届かんよ」
「確かにいきなりオリジナルハイヴは難しいですね。内陸での運用を考慮に入れているとはいえ、鉄原・重慶を無視して進出することはできませんから」
加えれば、砲弾の投射をなんらかの手段で察知され、予め初期照射を済まされれば、多重照射を受けて砲弾を蒸発させられる可能性もある。
加えて、対抗策として超重光線級なんていう化け物を連中が用意する可能性がある。要塞級の規模を考えれば、それは決して不可能ではないはずだ。
また、秒速10kmという速度で飛翔する砲弾と大気の作用が問題になる。空力加熱による超高温は容赦なく砲弾の断熱耐熱材を削り、最終的にこの熱は内部の核弾頭をも破壊してしまうだろう。
故にこの兵器には射程が弾道ミサイルに比べて短いという欠点がある(とはいえ、砲の仰角をあげて弾道弾の軌道を描くならば地球の裏にも届く)。
「では帰ろうか」
「はい」
久しぶりに海を見れたと鈴は喜んでいたが、砂浜も岩礁もなく、ましてや煉瓦造りの倉庫もないメガフロートの海上基地では風情が無かったが、海鳥の鳴き声や海の香りだけは楽しめた。
まあ、それも試射のせいでオゾン臭へと変わったのだが。そうしてヘリポートにて俺と鈴、そして護衛の数名はヘリコプターに乗り込んだ。UAVが光線級への警戒を行いながら先行する中、ヘリは飛び立つ。
◆
国連軍横浜基地に帰ったとしても忙しさは変わらない。特に今日は柄でも無い事をさせられる日で、少し憂鬱なのだ。
ああいうのは綺麗どころがやるべきだと考えるのだが、夕呼さんはああいう性格なので向いていないというか、やろうとしない。そして、何故か俺にお鉢が回ってくるのだ。
「…博士は早くから西日本へのBETAの侵攻の危険性を予見され、その疎開先としてギガフロート秋津洲を建設なされました。では、今の帝国の状況は博士の想定の範囲内と考えて良いでしょうか?」
「確かに私は西日本、特に九州や中国地方におけるBETA侵攻を予想していましたが、それは当時の政府も同じでした。実際、96年には政府が九州全域に避難勧告を出しています。しかし、流石の私でもわずか一週間で…」
俺の目の前には女性記者がおり、そして俺たちを映すテレビカメラがある。いわゆる、マスコミの取材という奴だ。
基本的に国連=米国という意識の強い日本において国連軍に対する風当たりは強い。
そんな中で日本政府と国連がそのイメージを改善したいという思惑が重なったことで、この取材が実現したらしく、その広告塔として俺が選ばれてしまったという次第だ。
「これは多くの国民が感じていることなのですが、博士はどうして国連軍に身を置かれているのでしょう? 博士ほどの人物が帝国のために力を貸してくれれば、これ以上頼もしい事はないと考えますが」
「確かに私も日本という国に生まれた以上、帝国のためにその力を振るいたいという思いはあります。しかし、98年のBETA本土上陸において私はその考えを大きく変えざるをえませんでした」
などと答えるが、俺には別にこの日本帝国への愛国心のようなものはほとんど無い。第四計画を成功に導くために数千万の人々を見捨てた俺が、今さら愛国心などというものを語る資格などないのだ。
だがそれでも俺はそれをおくびにも出さずに記者の質問に返答する。
俺が広告塔に選ばれたのは、単純に俺自身の人気が高いからに他ならない。別に自慢する事でも無く、多くの人間を見捨ててなおその評価を得ている時点で引け目すら感じる。
だが、俺の想いとは関係なく、多くの国民にとって俺は幼くして核融合技術を確立、BETA本土上陸を予見して疎開地たる秋津洲を建設、新技術により兵士の死傷を三分の一にした帝国始まって以来の天才にして英雄なのだ。
俺は国連軍、強いては米国の必要性を婉曲的に言及していく。事実、資源にしても戦術機、砲弾の類にしてもアメリカの存在なしではやっていけないことは明白だ。
利害の衝突はあるものの、天上に十数万人を他星系に送り込むだけの移民船を建造する生産力は特筆するに値する。そうして俺は在日国連軍の意義についてテレビカメラの前で語るのだ。
「今日はありがとうございました」
「いえ、私も貴重な体験をさせていただきました」
正直面倒くさいが、それなりに適当な言葉を選んで受け答えし、そしてテレビ局の関係者は去っていった。俺は首を左右に曲げて伸びをし、息を吐く。
「お疲れ様です」
「慣れない事はするべきではないな。科学者はテレビ番組に出た時点で終わっているとは誰の言葉だったか…」
「そんな言葉があるんですか?」
「さあな、記憶違いかもしれん」
そうして俺たちは半ば住処となっている地下19階へと降りる。いくつかの研究を並行して行っているため、スケジュールの管理が大変だ。
一部ナノマシンを用いた発展型電脳の研究は臨床段階に入ろうとしている。A-01連隊に供給するための新戦術機の開発は、帝国技術廠および各企業との提携によって不知火・弐型が試作された。
G元素を用いない99型電磁投射砲・改の開発も順調である。
「ふむ、後で篁中尉に会いに行こうか」
「不知火・弐型は完成したのでは?」
「実戦証明がまだだ。99型電磁投射砲・改のこともある」
今回の不知火・弐型には従来の三倍の収縮力を持つ新型の電磁伸縮炭素帯を開発使用した他、肩部装甲ブロックにスラスターノズルを追加、脚部の伸長と大型化による運動性・機動性の向上がなされている。
他様々な改良を加えた以外に、比較的安価な電波吸収塗料の使用によりF-22Aほどではないにしても、他の第三世代戦術機を上回るステルス性を持つ。
だが、その最大の特徴は主機にある。小型高出力の核融合炉を搭載しており、跳躍ユニットには熱核ジェットエンジンを採用した。
これらの生み出す莫大なエネルギーにより、弐型は信じられないほどの機動性と巡航能力を獲得した。そしてこの主機については完全なブラックボックスとしており、篁中尉とは大きく揉めた部分である。
99型電磁投射砲・改は改良型と銘打ちながらも、その性能はG元素を用いた試製99型電磁投射砲よりも低い。初速はそれほど変わらないが、速射性能が半分以下となってしまっている。
流石に120mm砲弾を800発/分というのは再現できなかったが、G元素を用いないこと、量産性や兵器としての信頼性については試製99型を凌駕し、少なくとも一射毎に完全分解整備などは必要ない。
「もう少し速射性能を上げられないかと唯依姫がご要望でね。俺はドラえもんじゃないんだが」
「ドラえもん?」
「いや、なんでもない」
そうして俺たちは副司令室へと足を踏み入れた。しかしながら電灯は灯っておらず、夕呼さんの影は無い。どうやら留守のようだった。彼女も忙しい身なので仕方がないが。
「鈴、夕呼さんの予定はどうなっている?」
「え、えっと、予定ではこちらに戻っておられると…!?」
その時、鈴は信じられないものを見たかのように目を見開いて、部屋の隅を見つめた。
俺もそれに倣って視線を向けると、そこには帽子を被ったスーツ姿の男が宙に浮く様な形で何かに座っているのが見て取れた。俺はため息を吐いて半眼をその人物に向ける。
「鎧衣課長、香月博士からこの階層には無断で入ってくるなと何度も言われているはずですが?」
「いや、この基地は私には広すぎてね。迷っている内にいつの間にかここにいたという次第なんだが」
「蜂の巣にでもなる趣味がおありで?」
「私と君との仲ではないか」
「アンタとは2、3度しか会ったことがないが?」
「ところで、これは珍しい椅子だな高島博士」
「…ゲスト設定を取り消しても構わないんですけどね?」
「おお、それは怖い」
鎧衣が座っている透明な存在は、俺が開発した小型無人兵器の一つだ。
主に要人護衛用として開発したもので、最大の特徴は電磁メタマテリアルを応用した光学迷彩であり、赤外線・可視光を透過する他、ステルス性も考慮された設計となっている。
BETA相手には何の役にも立たないが、米国ではこの手の技術に関する研究が積極的に行われていて、それを流用したものだ。
横浜基地の重要な個所、特に地下のオルタネイティヴ4占有区画ではコイツがいくつか稼働している。兵装はテーザー、5.56mm機銃・7.62mm機銃およびグレネードランチャーであり、小型種程度ならBETA相手でも戦えるようになっている。
また、対人鎮圧目的ならばゴム弾を用いるなどの兵装の使い分けも可能とする。
「で、何をしに来たんです? 迷子ついでに顔を出してみたというわけではないんでしょう?」
「XG-70の件について香月博士にご報告をと」
「そうか。なら、俺は行きます」
「いや待て天才少年、少しばかりこの私の話し相手になってはくれないかね?」
シチュー鍋の接収は夕呼さんの管轄だ。俺が踵を返そうとすると、鎧衣課長はすぐさま呼びとめる。
報告だけならばここに出向く必要はなく、基本的には何かの情報を得ようとしに来たのだろうが、さて、俺に何の用があるのだろうか? 鎧衣はにやにやと笑みを浮かべながら俺を見る。
「ちなみに土産なら持参している。これはニューギニア島の原住み…」
「いらん」
「話に聞いていたよりつまらない男だな君は」
「初対面じゃないでしょうに。それで、何の用です?」
「まずは、おめでとうと言っておこう。海の上では上手くいったそうじゃないか」
「情報が早いですね」
「仕事柄でね」
「で?」
「いやなに、英雄、救世主などと呼ばれる博士に興味がわいたのですよ」
「柄でもないあだ名ですよ」
「そうですかな? 驚くほどの廉価で各国に売り払われたギガフロートコア、食糧、衣料品、医薬品工場の設立。日本だけではなく、国土を失った者たちにとっても博士は英雄と奉られている」
「売却益、工場からの利益は十分すぎるほど得ていますよ。自称親族らが煩くてね、しかたなくです」
「確かに。しかし、本来ならより多くの利益を得られるはずでは?」
「こんな世界で暴利を貪ったところで利点はないでしょう?」
「なるほど、真にお優しいですな博士は」
「彼ら自身の努力によるものです。俺は研究開発と起業にしか関わっていない」
「しかし難民の物資不足、経済的自立を解決したのは事実上博士ですからな。いやあ、私にはとてもできない」
この追いつめられた世界は様々な歪みを社会の内部に抱えている。
難民問題などがその最たるものだ。その難民たちとキリスト教恭順派が化学反応を起こせば極めて厄介な問題が起きる。
事実、前回のループにおいて人類が海に逃げた際も、いくつかのギガフロートが彼らによるテロ行為によって沈んだこと、研究施設が何度も攻撃を受けたことを覚えている。
ゆえに第四計画に邪魔が入ることは許されない。
ループの繰り返しにより難民を救済しようとしているグループや有能な経営者にはいくらか心当たりがある。
彼らを巻き込んで、経済を回すための軽工業を中心とした企業を行い、難民たちの経済的自立を助けたのは事実だ。
とはいえ、膨大な難民全てを救えるはずはないのだが、それでも俺に対する印象を操作することで、第四計画への妨害をそらすことは可能だろう。
「ところで純粋水爆、自律思考戦車、そして超水平線電磁投射砲。そのどれもが1999年以降に次々に実用化がなされている」
「……」
「何故、本土侵攻に間にあわなかったのか。疑問視する者は後を絶たない」
「どの技術も一朝一夕にはいかないものばかりですよ。純粋水爆などその最たるものでしょう? あの米国ですら一度は開発を諦めた兵器だ」
「だが高島博士、貴方は98年以前には兵器開発の成果をほとんど生まなかった。生み出したのは核融合発電技術、自己増殖型メガフロート、合成細胞医薬品。どれもこれも平和的なものばかり」
「水爆の開発にはそれ以前から関わっていたし、起爆実験のスケジュールは本土侵攻前には決まっていましたよ。何が言いたいんですか鎧衣課長?」
「親を犠牲にしてまで何を求める、高島京平」
鎧衣の鋭い眼光が俺を鋭く射抜く。BETAや屈強の衛士たちとは質の異なる威圧の圧迫感。なるほど、確かにそれは怪しいだろう。
しかし、BETAの行動予測など00ユニット無しでは不可能。故意に本土侵攻まで開発を遅らせた証拠はどこにも無い。
俺は表情を動かさず、あくまでもポーカーフェイスでこれに対峙する。しかし、その均衡は別方向から破られる。
「こ、これ以上のお兄様への侮辱は許しませんよ鎧衣課長!!」
「何やってんのあんた達?」
鈴の激昂が部屋に響き渡る中、夕呼さんが霞を連れて部屋に戻ってきた。目の前の不審人物に対して、霞は夕呼さんの後ろに隠れながら様子をうかがっており、夕呼さんは胡乱気な目で鎧衣を一瞥する。
怒り心頭の鈴が毛を逆立てるように彼を見る中、俺はようやく面倒な人物から解放されると安堵した。
「これはこれは香月博士、今日も相変わらず美しい」
「何当たり前なこと言ってるのよ。私は忙しいの。さっさと出て行ってくれない?」
「これは手厳しい」
「鎧衣課長、俺はここで失礼させてもらいます」
「ふむ、つれないな高島博士」
「妹の機嫌をこれ以上損ねたくないのでね。行くぞ鈴」
「あ、…はい」
「勝手に私に押し付けないでよ」
「すみません、夕呼さん。ですが鎧衣課長は貴女の客ですので。では失礼します」
「ちょ、ちょっと、霞まで行くの!?」
「失礼…します」
◆
「唯依姫、350発毎分ではっ、不満なのか?」
「博士、その呼び方はやめっ、て下さい」
「霞ちゃんいくよ」
「……はい」
「霞、だいぶん上手くなったじゃないかっ」
戦術機改良および新型戦術機装備開発のために帝国近衛軍から派遣されてきた篁唯依は、名家の出のため品が良く凛としており、艶やかな黒髪と美貌から他の研究員やエンジニア達から『唯依姫』というあだ名を戴いている。
俺もそれに感化される形でそう呼んでしまう事がある。シャトルはゆっくり弧を描きながら俺の所まで飛んできて、俺はラケットでそれを篁中尉に向けて打つ。
夕方、篁唯依が弐型の実機テストを終えた所に出くわしたので、休憩と霞の運動不足解消を兼ねてバドミントンが始まった。
バドミントンとはいっても、単なる打ち合いであり、試合形式などではなく、まったりとしたもので霞にもハードルが低い。
ただ、なぜバドミントンが始まったのかはいまいち俺も理解していない。何故かそこに道具がそろっていて、何故かそういう流れになったのだ。
始めは空振りばかりしていた霞も、上達して、今では機敏にシャトルを打ち返す事が出来るようになった。
リーディングをつい用いてしまう霞からすれば、ボードゲームよりもこのような反射的な身体を動かす遊びは珍しく、楽しいものだろう。
「やはり500発毎分ぐらいなければっ、要求された火力を満たさないかと考えます」
「ふむ、だがそれでは砲身への負担が大きくなる。可能ではあるが、量産性に問題が生じるぞ」
「それでも、中途半端な兵器を作るよりは良いでしょう」
この案件自体は帝国の中の問題だったが、A-01連隊向けのオリジナルハイヴ攻略のための新装備を欲していた俺の耳に入った事、もともと俺と帝国軍技術廠との間に太いパイプがあった事から共同開発が始まった。
その結果として、不知火・弐型と99型電磁投射砲は横浜基地主導で開発されることとなったという経緯がある。
「例の元素を用いない技術で再現できるのは650発毎分までだな。武御雷並みに生産性は低くなるし、調達価格も上がるがっ、な」
ただでさえ機密技術が盛り込まれている兵器であり、これに生産性の低下が加われば何のためにG元素を用いない兵器としたのかその意義が無くなってしまう。
A-01連隊向けにするだけならそれで良いが、帝国軍の標準装備とするならば問題が生じる。それに、コストパフォーマンス的にあまりよろしくない。
「それならば、高価なもの1つより、比較的廉価な現在のモノを2つ用意して運用した方が効率的だと思うが?」
「単純に火力だけを考えればそうなります。ですが、99型を装備する戦術機は他の装備を運用する余裕がありません。99型を運用するために、もう一機の戦術機を用意するとなればその効率性も本末転倒となりましょう。いまや衛士の方が不足しているのですから」
「なるほど、機体を揃えても衛士が足りないか。分かった、速射性の向上は出来うる限り考えておこう。High-low mixという考え方もあるからな」
衛士が不足して武器が余るというのは、なんとも末期的な状況である。まるで第二次大戦末期のドイツのようだ。
今開発中のモノが受け入れられれば、そういった状況は大きく変わるかもしれないが、果たして現場の衛士たちはそれをどう受け止めるだろうか?
「霞、かなり上達したが、まだラケットの使い方がなっていないな」
「そう…ですか?」
「ああ、こういう風にラケットを振れば、もう少し速い速度で打ち返せる」
「こう…ですか?」
「もうちょっと、思い切って振り抜けばもっと良い」
「はい…」
「こうやって身体を動かすのも楽しいだろう」
「はい」
霞の手を取ってラケットの振り方を教える。外に出る事が少ない霞は、スポーツというものを知らなかった。
いや、知識の上では知っていたのだろうが、やった事が無かった、やる相手がいなかったというのが正しい表現だろう。
とはいえ、鑑純夏のリーディングという重要な仕事を行っている彼女にもリフレッシュは必要だ。それに、今の内に色々な体験をさせてやりたい。
「お兄様」
「なんだ鈴?」
「私にも、教えていただけますか?」
「お前、別に下手じゃないだろう」
「お・し・え・て・く・だ・さ・い・ま・す・か?」
「……分かった」
そうして、何故か鈴にも同じように教える事になった。なぜこうなった。教えると彼女の感情の色が上機嫌なものに代わる。何がしたいんだろう鈴は。
「社、博士はいつもああなのか?」
「はい」
「うむ…」
「どうか…されましたか?」
「いや、家族とはいいものだと…そう思っただけだ」
◆
そうして月日は過ぎていく。2001年に入ると不知火・弐型がA-01連隊に優先的に配備された他、特別に性能を上げた99型電磁投射砲・改も配備される。
そしてこれと並行して、新しい兵器、人類の絶対的な人的資源の不足を補うべく開発されたモノの試験がA-01連隊にて開始された。
「これより第12次試験演習を行う。碓氷大尉、伊隅大尉、鳴海中尉、速瀬中尉準備は出来ているか?」
「了解」「了解しました」「大丈夫です」「孝之、ミスんじゃないわよ!」
モニターに4機ずつの小隊編成の戦術機が1対、8機の戦術機が表示される。CP将校には涼宮中尉が控え、彼女の号令のもと演習が開始された。
A-01連隊においても腕の立つ彼ら4人は、高い練度を思わせる動き、白兵戦に長けた速瀬中尉を突出させる形で彼女を斥候とし、鳴海中尉が彼女を即座にサポートできる位置を取って進出する。
碓氷大尉および伊隅大尉は後衛として二人に追随し、陣形としてはウェッジワンに近い。突撃前衛として完成された速瀬中尉を生かした陣形といえる。
逆に彼らに対する小隊は3機を先行させ1機を後衛とする形で、陣形としてはハンマーヘッドワンといえるだろう。まあ、小隊編成では陣形も何もないのだが。
そして、すぐさま速瀬機が敵右翼の一機と接敵、牽制としての銃撃の後に一気に間合いを詰めて接近戦を行なおうとするが、敵機は巧みに銃撃によってこれを牽制しながら間合いを維持する。
同時に敵中央の一機が速瀬機を挟み込むように銃撃を加えるが、すぐさま鳴海機がこれに割り込みをかけて、二対一の構図となる事を阻止した。
ここで碓氷機が二人の支援に、伊隅機が残りの敵機に牽制をかけようとするが、それを実現したのは敵機左翼だった。左翼機は驚くことに碓氷機と伊隅機を単独で抑え込むことに成功する。
そうしている間に鳴海機が敵中央と後衛に挟まれ、二対一の構図を作られる。鳴海中尉は生存を優先させて防戦一辺倒となるが、これは速瀬中尉の実力を信じてのものだろう。
ここで戦いは速瀬中尉が白兵戦で敵機を撃破するか、鳴海中尉が先に撃破されるか、あるいは伊隅機・碓氷機が状況を打開するかが焦点となる。
均衡を破ったのは敵機だった。速瀬機を牽制しながら逃げ回っていた敵機がおもむろに放った120mm弾が、なんと鳴海機の動きを牽制してしまう。
それが仇となり、後衛の支援突撃砲38mmが鳴海機の脚部を破壊、そのまま中央機が突撃砲38mmで鳴海機を仕留めてしまう。
「っ…、デリング08大破」
「へぇ、大した動きじゃない。後ろに目でもあるの?」
「別に視界が前方に限定される必要はありませんから」
「なるほど、人間業ではないわね」
「人類という種は適応能力に長けていますが、戦闘能力に特化しているわけではありませんからね」
夕呼さんをも唸らせる神業。だが、伊隅大尉も負けてはいない。支援突撃砲でもないのにかなりの距離から鳴海機を撃破した敵機を狙撃し、右腕をもぎ取る。
即座に均衡を破るために碓氷機が進出。伊隅機の支援を受けながら速瀬機への支援へと向かう。この突貫が功を奏したのか、敵機の連携に僅かな隙を生じさせた。
その隙を逃さず速瀬機が敵機を白兵戦に持ち込むことに成功する。強襲前衛の敵機に突撃砲を放棄させ、激しい接近戦を展開した。こうなればこの二機を支援するのは難しい。
しかしここで再び伊隅大尉の神業が冴える。放たれた120mmが廃墟の一角を破壊し、その倒壊が敵機の動きを制限、速瀬中尉は次の瞬間これを長刀でもって斬り伏せた。
これを成功させたのが碓氷大尉による敵二機への牽制だった。敵を抑え込んだ時間こそ短かったものの、伊隅大尉による砲撃支援の時間を十分に稼ぎ出したのだ。
その後、碓氷機を失いながらも敵機2機を撃破。最後に速瀬機と伊隅機の2機を相手にした残存機が掃討され、演習が終了する。
「演習終了です。各機帰投してください」
「まあ、想定通りですが」
「負け惜しみ?」
「違いますよ。別にこれは最強を目指しているわけではありませんから」
今回の演習、何故か夕呼さんまで見学に来ている。呼んではいないのだが、この『新兵器』に興味があるようで、たまに顔を出してくる。
しばらくすると、演習に参加していた4人が指揮所に現れた。詳しい報告はレポートにまとめてもらうのだが、今感じたばかりの印象も聞き取っておきたい。
「4人ともご苦労だった。さて、今回はどうだった?」
「孝之があそこでやられなけりゃねぇ」
「うっ…、さっきから誤ってるじゃねぇか……」
「いや、あれは仕方がないと思うが。そうですね。あの一撃については《超一流の衛士》のそれでしょう。ですが、突発的な事態にはまだ対応能力が足りないかと」
「ベテランでもそこまでの対応能力は無いと思うけどね。立て直しも十分に早かった」
「速瀬中尉はどう思う? 白兵戦での手ごたえは?」
「大したものですね。まだまだ負ける気はしませんが、あれで生後3ヶ月だって言うんなら、私たちは失業でしょうか?」
「そうか。伊隅大尉、現段階でこいつの実戦投入は可能と考えるか?」
「操縦技術、連携能力共に平均以上の水準でまとまっていると考えます。これらのみの編成ならば戦力化は十分に期待できるでしょう。ただし…」
「人間の衛士との連携が不安か」
《人造衛士計画》と呼称されたプロジェクトにより生み出された新兵器。これは一種の人工知性であり、00ユニットへの転用が可能な知性を人為的に製造するプロジェクトの一環として進められてきたものだ。
単純に言えば、これは人造人間だ。前回のループにおいて開発された合成生命をこの世界において再現したものである。
前回のループでは、この合成生命研究について一から十まで関わったわけではなく、知性の構築に主に携わったぐらいなので再現がこの時期になったが、これでも早いぐらいだと考えている。
「機械知性よりも、人間の衛士よりも安価な人造の衛士ねぇ」
「半導体や量子ビットで構築するとコストがかかりすぎますから」
「整備担当が嫌な顔してたわよ」
「量産型は中身を見えないようにするつもりです」
操縦は電気的な信号を介せばいい。だから手足は不要だ。知覚(入力)も同じだ。だったら、目も耳も鼻も必要ないだろう。頭部や弱点となる頸部も必要ない。
エネルギー補給に人間と同じ食料を用意する必要はない。だったら消化器官も省略できるはずだ。生殖器官なんて必要なはずがない。
皮膚もいらないだろう。骨格は外骨格を採用すればいい。人間の形をする必要も無い。脳や臓器の配置や形状は慣性に耐えるように設計しよう。
結果として、シリンダーの中に脳と臓器が絡まった肉の塊が浮き、そこに電極らしきものが刺さるという奇怪な生物が誕生した。
直視すると間違いなくSUN値が下がる。これを同じ知的生命体として受け入れる人間は、きっと菩薩のような心の持ち主だろう。
「率直に言えば。前回の演習で十分に連携を取る事は可能だと判断しますが、現場の人間が受け入れるかは…」
現場の整備士たちがコレに付けた渾名は《グロ肉》である。なんとも身も蓋もないネーミングだ。まあ、気持ち話わからないでもない。
しかし、その有用性は多くの人間が理解を示す。
まず、培養期間が3ヶ月程度であること。衛士一人を戦場に送り出すのに最低でも半年はかかる事を思えば、十分に短い。
ごく簡単なシリンダー状の容器に合成胚を入れ、栄養素と酸素を送り込みつつ、シリンダー内部において一種の化学物質の濃度分布を調節しながら注入する。
すると、胚は化学物質の濃度分布に従い発生を開始し、おおよそ75日後には成長しきる。ここに発生に関わる化学物質を放出する電極を通して情報を送り込むと、合成胚は学習を開始する。
90日後には衛士として必要な常識・知識・技術を習得し、出荷可能な『製品』として完成する。全行程における費用は量産化されれば350万円にまで圧縮され得るだろう。
そして、第二の利点として恐怖による恐慌を起こさない事が挙げられる。価値判断基準を形成するために感情というべきモノを持つものの、その表現は極めて薄く、多くの場面で理性的な判断を下す。
これは油断や諦観といった部隊を危機に陥れる感情を表に出さないという点でも利点となるが、感情の爆発や生存本能を戦力に転化しえないという意味でもある。
とはいえ、部隊運用においては常に一定のスペックを発揮する方が都合が良いことは確かである。常に精神的な変調をきたさずに運用できるというのは大きな利点だ。
また、個体間に個性を持たず、新たに得た技術や知識を情報共有により平均化するために、個体間における戦力の違いが発生しない。これも部隊運用において都合が良い。
他に、エネルギー源としてメタンなどの炭化水素を利用する事。その他必要な微量栄養素は酵母エキスによって補給できることなど、兵站面においても強みがある。
量産化も容易だ。少なくとも人間のクローンを量産化するよりは倫理に縛られることなく、クリーンルームとした大規模な工場でいくらでも培養できる。
そして、衛士としての性能はベテランのそれと十分に張り合えるほど。それなりの実力を持ち、安定した性能を発揮する衛士を安価に大量に量産できる。死んでも誰も悲しまず、遺族年金も発生しない。
戦術機側も管制ユニットにおける衛士の生命維持装置に多くの資本や資源を投入せずに済むこととなる。少なくとも緊急脱出のための機構も機械化歩兵装甲も、そして強化装備も要さない。
ただし、グロ肉だが。
「これ、00ユニットに使えるの?」
「平均化した個体間に生存率の偏りが生まれれば、それは因果律量子論における検証対象となりえると考えます」
「まあ、何事も試行錯誤よね。第四計画存続のための餌ならコレと無人兵器だけで十分よ。それにとんでもないオモチャも作ったみたいだしねぇ」
「どっちです?」
「有用な方。無用な方も面白いけど」
ODLによる情報漏洩を防ぐための研究が思わぬものを生み出したせいで、俺はとんでもない機密を抱える事になってしまった。
結果としてはODLの完全浄化装置を完成させたと言えるのだが、これが予想以上の大発明とも言えるものになってしまった。今のところ公表を夕呼さんに厳禁された物理学に喧嘩を売るシロモノである。
原理は因果律量子論を応用したものだった。
ODLに含まれる情報をいかに消すかを考えた結果、観測される前の確率の霧の状態に戻し、再構成させればどうなるかを実験したのだ。
必要な電力は核融合炉があり、超電導コイルも用意できる。この機械でODLを処理したところ、劣化しきったODLの再生に成功する事ができたのだ。
ただし、望外の結果をおまけとして。
要は確率の霧から元に戻した時、多世界解釈的にODLが劣化していない場合、劣化している場合、そもそもODLが別の物質である場合にバラバラに収縮したのである。
そしてこの混合物を精製し、劣化していないODLを分離した後の残物を再び機械で処理する…を繰り返すことで99.99%の劣化していないODLに再生する事が出来るというわけだ。
問題はODLが別の物質である場合に収縮したことだ。作品の描写ではとある少女が猫に変換されたが、結果としてはあれによく似ている。
この装置において人間が猫に変身した後の質量の変化、その分のエネルギーが何処にいったなどという議論は無意味だ。その分のエネルギーが存在しないという確率も存在するのだから。
で、この機械を使えば、本来自然界では見つからない元素や素粒子を生み出してしまうことが偶然にも発見された。
で、話は戻る。
この機械、観測前確率還元装置とでも名付ければいいか、を様々に調整し、様々な物質を処理したところ、いくつかの未発見元素や素粒子を作成することに成功した。
その一つが『モノポール』である。現在モノポールを用いたいくつかのシステム、反応炉や電子デバイスの研究開発が始まっている。
「G元素の生成はできたの?」
「いいえ、グルーボールやら超対称性粒子やらは確認しましたが。G-9やG-11に相当するモノはまだ作れていませんね」
水素を試料とした場合、最も簡単に生み出せるのは核スピンの方向が異なる状態であり、次に単独の水素原子として存在する状態、準安定状態で維持される金属水素などが得られるようになる。
より条件を限定してゆくと、ある程度の確率で陽電子や反陽子が得られる。これは大統一理論レベルにまで還元された結果であり、ある意味においてはC対称性の鏡像が得られるともいえる。
その先となれば、単純に光に崩壊したり、中間子なんかが形成されたりする。確率的に低いのがフェルミオンとボソンが反転する超対称性粒子で、さらに稀少なのがモノポールとなる。
ここまでは我々の宇宙で起こり得る可能性であるが、そうでないモノポールについてはより厳しい条件を設定しなければならない。
それは電荷と磁荷が反転する創世レベルの還元となるためで、電荷を担う電子の代わりに磁荷を担うモノポールが物質を形作る宇宙である可能性を再現するからだ。
そういう意味においては、G元素はこの世界において現実に存在するため、理論上はモノポールよりも容易に作れそうなものなのだが、実現していない。
それは、この方法では生成物の大半が不純物となり、精製という段階で躓くので実現できないという致命的な問題が立ちはだかるからだ。
「そう。で、役に立たない方はどうなってるの?」
「00ユニットの代わりにはなりえません。そもそもリーディングが再現できない」
「まあ、そうでしょうね。でなきゃ私が悩むはずないもの。でも、欺瞞には使えるかもね」
「そうですか。見に来ます?」
「ええ、どの程度の出来かみてみましょう」
一応、あれも俺の持てる知識・技術の総力を結集して作った高価なおもちゃであり、かかったコストは不知火・弐型1機分という途方もないものであったが、結局は失敗作になった。
量産化すればコストは格段に下がり、もしかしたら有用といえるものになる可能性は捨てきれないが。そんな時、
「博士」
「何、ピアティフ中尉?」
「不審者が基地ゲート前に現れたと」
「それがどうしたのよ?」
「何故か腕章の無い衛士訓練兵の制服を着ているらしく…」
「……そうか、今日か」
2001年10月22日。ものがたりは始まる。