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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/26 09:01
バンクーバー協定原案の目的に異議はありません。
国連主導下での統一的な対BETA戦の展開は生存闘争である本大戦に不可欠です。
故に、総論においては瑕疵無き素晴らしい内容と言えるでしょう。
ですが、統一的な指揮権を国連に委ねる上で主権国家の権利と主権国家国民の保護の問題に対する考察が抜け落ちております。
主権国家の利害と、軍事的整合性が衝突した場合を想定し、ガイドラインの形成を行うべきでしょう。
つまり、国連軍の一翼を担う各国の利害と前線国家の関係が悪化するのを未然に防止するための方策は必須です。
結論としては、責任・権限の明文化によって最悪に備え『対BETA戦』の『円滑かつ合理的』な遂行のために補足条項を付足すことを勧告せざるをえません。


ターニャ・デグレチャフ事務次官補 年代不明の勧告的意見











彼女の指揮権は、本来ならば発動されるはずがなかった。

「砲兵隊の予備陣地での再展開急げ。最後尾の友軍は見捨てるなよ?後退戦とはいえ、まだ余裕がある。」

淡々と、危機にある『友軍』と『司令部』を守るための指示を下す暫定指揮官。
国連の次官補ながらも暫定的に准将相当官とされたがための繰り上がりでの指揮官任命。

はっきり言えば、安保理は彼女が指揮権を行使する事態は想定していないうえに望んですらいなかっただろう。

『危険すぎる』と。

『気が付けば、ペロポネソスくらいは地図から消しかねない』と。

カンパニーの記録によれば、合衆国内部ですら類似の懸念を有していたことを覚えている。
機密指定の分厚いベールに今なお蓋われたBELKA計画の発案者。
本来ならば、BELKAの名前自体が禁忌と呼ばれる代物だったらしい。
第五計画推進派からさえ、狂気の沙汰と評価されているあたり碌でもない計画を立案した、と理解しておけばいいだろう。


だが、しかし運命というのはずいぶんと皮肉なものらしい。
アテネ陥落時に国連軍司令部が潰され上級指揮官が根こそぎ全滅した時。
残っていた当該方面の高級士官で最上位だったのは彼女だ。
海軍との連絡官として地中海艦隊に飛ばされていたデグレチャフ事務次官補にあった。

後で聞いた話だが、第一報が本国に飛んだ時は大騒ぎだったという。
NROは大真面目に『まだ、ペロポネソス半島に大規模な人為的行為による地形変更は確認されておりません』と報告したらしい。
そして、実際のところ大方の予想を裏切りデグレチャフ次官補の撤退戦指揮はかなりまともに推移した。

「そうだ、空間飛翔体を切らすな。光線級をとにかく忙しくさせておけ。照射される友軍を減らすのだ。」

「准将閣下、ギリシャ政府の国内避難施設より救援要請が届いておりますが。」

「少し待て。クレタとシチリアの司令部を呼び出せ。状況次第だが殿の戦術機の退避受け入れ体制を整えさせろ。」

地中海艦隊の砲撃支援と、撤退に成功した支援車両による面制圧。
重金属雲の規定濃度を維持しつつ、幾度か光線級吶喊を敢行しての高度制限の部分的な解除。
誰も置き去りにするなと、光線級の脅威が排除された段階で戦術機による捜索救難まで部分的にやってのけた。

その後、重金属雲濃度が規定値を割り込めば無駄弾承知で砲撃支援を命令。
照射されている友軍後衛の負荷を少しでも削るなど指揮官としての手際は見事だった。
専門外の分野ではあるが、デグレチャフ次官補の指揮は戦理を良くとらえていたのだろう。

地中海艦隊が確保し続けている湾口より各軍の撤退を開始する段取りも適切だった。

戦術指揮能力に関する限り、後日の査問会議でも問題にすらされていないと聞く。

いっそ慣れた手際での後退戦指揮。
一体どこで、と浮かんだ疑問だがそもそも彼女はルナリアンだ。
損害を最小化し、撤退するという意味では対BETA戦の先駆者といって良い。

…なるほど、手慣れているわけだ、と納得できる。

「それで?どこの施設だ。ギリシャ全域にはバンクーバー勧告が出されている筈だが。」

なにより、最悪を想定しての行動は絶対防衛線の崩壊による人的被害を最小限に抑えることに大きく貢献した。
締結されたばかりのバンクーバー協定に基づく初の強制避難勧告措置は、ギリシャにおける民間人の犠牲を最小限度に留めたと評価されるべきだ。

ギリシャへ政治的・経済的コストを考慮し散々渋った国連軍司令部を説き伏せたのは彼女だった。
無数の民間船の徴用と、国内輸送機関を占有してのギリシャ市民の国外疎開は多大な負荷を輸送機関にかけるのだ。
何よりも、疎開先と指定された北アフリカでの受け入れ態勢は理想とは程遠い状況で国連軍司令部が躊躇するのは無理もないだろう。

それを殆ど、越権ギリギリの強硬姿勢でバンクーバー協定による強制避難勧告を出させたのはルナリアンの一派だった。
72時間以内の即時避難勧告など、ギリシャ政府が事前に避難計画を策定していなければ成し遂げられなかっただろう。
故に、ルナリアンが怒号してやまなかった非戦闘要員抜きの撤退戦がようやく実現していたはずだったのだ。

少なくとも、制度面で言うならばおそらくデグレチャフ事務次官補程ギリシャ国民の犠牲を抑えるべく最善を尽くした人間はいない。

「まさか事務手続きのミスで、イオニア海の小島でも忘れていたのか?だとすれば、看過しがたい手落ちだな。」

散々念押ししての、強制避難勧告の発令。
島嶼部の疎開が困難であり、一部は事前に予備的に疎開しているとしても。
通信や連絡のミスで疎開しえないという事は十二分に考えられた。
いや、あるいは人為的に対象地域に含み忘れたという最悪のケースもあるだろう。

だからこそ、はじめ、避難支援を申し込まれたとき彼女は不手際で逃げ遅れた人間がいるのではないかと真剣に憂慮していた。
国連が、義務を果たせなかったのではないか、と。
差し出すべき手を誤り、人々を徒に窮地に追いやったのではないのか、と。

「いえ国連のミスではありません。・・・ですが、複数の報告によればギリシャ本土の疎開率は76%程度です。」

だが、私の目の前で国連軍の若い事務官は深刻そうな表情でギリシャにおける疎開が難航していることを告げていた。

そう、問題はそこだ。

口にするのは気が重かったが、疎開は遅れに遅れていたのだ。

立案されただけの事前計画通りに避難が進むはずもなく、現場は大混乱。
万全の計画と銘打たれたはずのそれは、机上の空論だった。
まして、迫りくるBETAの圧力を思えば秩序だった疎開計画など早々に破綻をきたす。

なにより、規定通り最低限度の身の回り品とIDだけで疎開せよという規定は避難民にとって理解しがたいものだったらしい。
最低限度の家財を持ちこもうとする人間で、ただでさえ破綻しがちだった輸送網は混乱の極みに至る。

無理もない。

バンクーバー協定による事前避難計画を策定したギリシャ政府にしても、国民にしても『国を捨てる』事態を何処まで想定していたことだろう。

DDR方面を除けば、最大規模の国連軍が展開したペロポネソス半島。
ギリシャ政府が確約したアテネ絶対防衛線は、地理的条件からして実に不落に等しいと軍事専門家ですら分析するほどだ。
実際問題、強制避難計画の発動に司令部が反対したのも要塞化が間に合ったという確信があればこそ。

だが、ルナリアンはたった一つの物証でその確信を崩して除けた。
最前線に設置されている対レーザーコーティングされた超硬度の機関砲陣地から採取した其れ。
前線視察で持ちかえられたブロック塀は、崩れているのをただ拾っただけの代物だった。

コーティングどころか、無意味な塗料が塗られただけのブロック塀。
機関砲陣地に至っては整備不良で稼働率が最低という代物。
自国の業者や政治屋が如何に信用ならないかそこら辺を知っているギリシャ軍であれば、容赦なく査察しただろう。
提出された稼働率の報告書が、「マトモすぎる」と疑って一斉点検して整備させたことだろう。

だが、国連軍の事務官僚らにしてみればそんなことは想定外。
強固な防衛線が存在すると信じて疑わなかった彼らは、その誤算で死んだ。
結局、彼らは常識的であったがために死んだとすらいえる。

…最前線になった国で、予算と労力、資本を主戦線並に投じられて構築された重厚な要塞線への過信。

もう片方の主戦線であるDDRからシュタージでも連れて来れば、24時間で反逆者をダースどころかグロス単位で摘発したことだろう。
まったく、自由を無秩序と履き違えた腐敗に悩まされるのはギリシャ軍だけで十分だ。
なるほど、是では彼らが軍事クーデターを起こしたくなるのも無理はない。

…むしろ、不用意な現地への介入回避などと言わずにクーデターを支援しておくべきだったか。

立場がら、不適切であるとは知っているのだがそう思いかけたほどである。
そして、悲劇は起こされた。

誰の責任だろうか?
いや、誰の責任ではないのだろうか?

『スリーパーの観たペロポネソス』より
※同書は、国連軍並びに合衆国の非道な難民政策を正当化し、かつ欧州失陥時における無作為を正当化するためのプロパガンダ本として代表的なものだろう。
今日における困難な世界情勢において、彼らが真摯に真実を認め難民政策の無作為と人権侵害を停止することを我々は望む。
加えて、バンクーバー協定という非人道的協定による差別的行為を謝罪し、即時撤廃することを我々難民解放戦線は強く要求する。


















後退中の友軍戦術機甲部隊は一般概況として推進剤に不安が残る部隊ばかり。
無理もない話である。
装甲など紙屑のように焼き尽くす光線級の前でダンスさせているのだ。

これで、最後尾各隊の推進剤が余っているならば神様を信じてもいい。

もちろん、そこまで運動戦を行わせたのは偏に光線級の圧力を減衰させるため。
光線級吶喊をたびたびおこなわせた甲斐があって、砲弾迎撃率はかなり低下させえていた。
重金属雲の規定濃度を維持しつつならば、匍匐飛行で殿軍を最終補給地点まで後退させることも可能な状況。

このまま統制を保ちつつ推進剤の補給さえ実現できれば、最後尾も無事にクレタないしシチリア・イタリア方面へ到達可能だろう。

だが組織的に統制を保って後退しているといえばさも余裕があるようだが、実態はぼろぼろだ。
第一世代機で光線級吶喊を散々敢行すれば当たり前のように損耗率は跳ね上がらざるを得ない。
遅滞戦闘を機動防御中心に辛うじて行いながら後退している敗残兵の集団と大差はないだろう。

支援部隊にしても、戦域砲兵などを除けば後退中の損耗や遺棄を含めて大半の弾薬が払底。
特に、重金属雲を維持するための対レーザー弾頭に至っては看板が当たり前の状態だ。
残弾を保持しえているのは、洋上の地中海艦隊と司令部予備程度。
殿の離脱時に重金属雲を維持するにギリギリ足りるか足りないかレベルだ。

既に装甲車両などの撤収は港湾施設の限界速度で全力作業中である。
重装備を保持しつつの後退が実現できるのであれば、それに越したことはない。
だが、どちらにしても余力があるのとは程遠い状況である。

地中海艦隊の残弾は、既に砲弾運搬船の在庫が払底しアレクサンドリアとシチリアの弾薬庫から緊急運搬中。
艦隊の手持ちを使い切れば、当面補給の目途が立っていないのは致命的だった。
加えて、絶え間ない対地支援の影響で一部艦砲にトラブルが生じているのも憂慮材料だろう。

設計時の想定をはるかに超える時間・規模で酷使された艦砲の砲身寿命は深刻な危険域に突入している。
艦隊司令部によれば砲撃精度の低下を超えて、重大な事故が懸念されるレベルの報告すら上がっているらしい。
誤魔化し誤魔化し、なんとか運用している状況。


この逼迫した状況で、規定外難民キャンプ救援?
どちらかといえば、まず自分たちに救援が欲しいくらいだった。

逃げてくるなら、間に合えば支障のない範囲で船に乗せる程度はやぶさかでもない。
だが、まあ、無理だろう。なにしろ、突撃級の足は速い。
それこそ戦術機でもない限り、振り切ることすら困難だ。

そして、程なく規定外難民キャンプ所在地を通過するBETA群から戦術機甲部隊の最後尾集団を逃すためには砲兵による面制圧が不可欠。
地雷原代わりに遅発弾頭を地下に埋める時間を考えれば、もう撃ち方を始めさせるしかないだろう。

ならば、砲撃を開始させるしか仕方がないとターニャは考える。
どのみち、BETAに食われるのだから過程は兎も角結果に変わりはないのだし、と。

「規定外キャンプは無視してよろしい。予定通り、砲兵隊による支援を開始せよ。」

「何を、何を仰られたッ!?」

だが、その言葉を耳にして、一人の男性が飛び上がらんばかりに血相を変えていた。
信じがたい言葉を目の当たりにしたと言わんばかりの驚愕と動揺。
男性が掴みかからんばかりに詰め寄る先には、傲岸其の物を体現した『ルナリアン』が平然と立っているのだ。

だが、ターニャにしてみれば猫の手でも徴発したい折にとんでもなく迷惑な来客である。
地中侵攻すら想定していたにも関わらず崩壊した絶対防衛線と、何故か警戒システムが機能せずに司令部を蹂躙された国連軍。
その大混乱を辛うじて克服し、統制を保っての撤退戦を指揮しているところへのお客。

唐突に司令部へやってきたギリシャ政府の人間。
名目こそ連絡政務官というのだが、事ここに至ってわざわざやってくるとはご苦労なことだと思った。
ねじ込まれたバンクーバー協定の規定外難民キャンプを保護せよなどという要請に応じる義務はターニャにはない。

普通ならば、不愉快に思ってもいいだろう。

しかし、国連軍の服務規程に従いターニャはあくまでも主権国家の権利を尊重する義務を忘れるわけにはいかないのだ。
故に、礼節を保った態度でゆっくりと穏やかな表情を保ちつつ連絡官に問いかけるのを忘れる訳にもない。

「ああ、連絡官。後退のために一時的な面制圧を予定しているのですが、貴国部隊が自国民保護のために展開されていますか?」

先立って締結されたバンクーバー協定は、単独展開権を前線国家に認めたものだ。
つまり、それは主権国家の権利であり彼らが前線で部隊を動かすならばターニャはそれを尊重する義務が定められている。
後衛戦闘の邪魔だから、どっかに行ってくれと命令できない以上誤射を避ける措置は必要だった。

「まさか助けに行かないばかりか…避難民ごとBETAを撃つと仰るおつもりか!?」

「ああ、展開されないのですね。では今後展開のご予定がある場合は、誤射防止のためにもご通告ください。」

解答からして、展開しているという告知がないことがターニャにはすべてだ。

「事務次官補!?」

「失礼、おまち頂けますか?砲兵隊へ伝達。即時砲撃命令。面制圧がなければ、全軍が危ない。」

そして、戦場において指揮官の躊躇は全軍に深刻なトラブルをもたらすのだ。
上が躊躇する時間で、前線の、現場の若い兵士が何人死ぬかと思えば。
無能であるという事は、決断しないという事は人的資源の恐ろしい浪費を意味するのだ。

躊躇は、許されない。

「失礼、それで?」

「デグレチャフ事務次官補!?貴方は!」

詰め寄らんばかりに押しかけてくる人間というのは、ターニャにとって許されるならば司令部からつまみ出したい人間だ。
もちろん、国連軍と安保理の策定した各種規定がそれを許さない以上ターニャにしてみればできない相談ではあるのだが。

「まだ、キャンプには避難民が多数残っているのですよ!?」

「強制避難勧告は発令済み。バンクーバー協定第六三条、『避難勧告非受諾者に対する例外規定』を適用するまでですが。」

主権国家の、主権国家たるゆえん。
それと国連軍の軍事合理性が摩擦を回避するためのバンクーバー協定だった。
国連は、義務によって避難勧告を発令する。
それにより生じる避難民を護衛し、かつ安全なエリアまで護送するのは国連軍の義務だ。

その為に、国連は事前に避難指定港へ地中海から徴発した民間船を必要数送り無事に護衛してのけている。
楽ではない船舶事情の中から、義務は果たしたのだ。
それ以上は、ターニャにとって責任の範疇外。

管轄外のために、死ねと兵士に命じる権利はない。

少なくとも、ギリシャに派兵された合衆国や他の国連加盟国の人的資源を濫用する権利は誰にもないのだ。

「土地を捨てられない人間は…」

「土地を捨てない代わりに命を捨てる自決権ですね。大切な概念故もちろん、尊重いたします。」

なればこそのバンクーバー協定。
国連は、逃げたくない人間を拘束する権利など持ち合わせていない。
主権国家の主権は、あくまでも最大限度に尊重される。

ただ国連がその義務を、限定するだけだ。
限られたリソースでの、最大幸福の追求。
最低限度の人命確保と、難民政策の限界。

そのギリギリのラインで用意されたのが、国連による避難勧告。

「次官補!?」

「反転、救援せよとでも?どのみち今からでは間に合いませんよ。部下を無駄死にさせるためにペロポネソス半島くんだりまで遠足に来たわけではないのですが。」

契約である以上、最善は尽くす。
契約外のことは、主権国家の管轄。

主権国家が、主権国家たる自国領域における難民・国民の保護をどうしようとも国連軍は関与しない。
内政不干渉の原則を訴える前線国家を尊重しての規定だ。
つまり保護すべきは、主権国家なのだ。

「自分たちが助かるためだけに、難民を見殺しになさるおつもりか!?」

「私は、指揮官として部下の命を効率的に使わねばなりません。加盟国政府の怠惰のツケを払うのが、私の部下の命というのは理解しがたい不条理ですな。」

それを、今更都合が悪い時だけは国連に保護の義務を肩代わりせよなどとは。
随分と虫のいい話だった。

「民間人を見殺しにするのと、それは全く別の話ではないのか!?」

もちろん、感情で割り切れない人間がいることは理解できる。
まして、お優しい政治家…つまり良くも悪くも人の良い人間ならば動揺することだろう。

そこまで考えたとき、ターニャは少しだけ状況から相手の評価を上方修正する。
そういえばそもそも責任感がない政治屋ならばとっくにギリシャ本土から逃れている中で残留したのだな、と。

いや、難民キャンプの話を聞きつけここまでやってくるという事は自己の危険を顧みない程度には責任感があるのか、と。

故に、お邪魔だから御帰り願いたいと口にする前にターニャは考慮。
ならば、条理を尽くして慰めの言葉を口にする程度には配慮すべきだろうと結論。

「ラリス連絡官でしたか、貴方がまともと仮定してお答えしますが国連はすでに巨額の対ギリシャ防衛予算を投じています。」

「それとこれは!」

「お聞きください。御存じでなければ、端的にお話しますと国連がDDRに投じた支援と同額です。」

せめて、欧州の文化的な故郷であるギリシャは守りたいという西側先進国のエゴ。
そこに訴えてまで予算をもぎ取った結果は、DDRへの国連支援と同額の支援をギリシャにもたらしている。
最前線と同等規模の予算での防衛線構築。

「曲りなりにも、コミーすら防戦できるというのにあなた方ときたら。…失礼。」

同じ予算と、遥かに有利な時間的猶予。
凄惨なポーランド撤退戦でボロボロの欧州主戦線が、まだ曲りになりにも粘ったというのに。
あの、効率と進歩の点で自由市場に劣るはずの共産主義者よりもお粗末な顛末?
嗤えないにも程があった。

これでは、典型的な市場の失敗ではないか、と。

「ですが、欧州の主戦線と同額を受領して援助不足とはさすがに酷な評価でしょう。避難にしても、相応の予算が配置されていました。」

「だからといって!」

「…もはや、抽出できる戦力がないのはご存知でしょう。」

だが、責任感溢れるラリス連絡官には申し訳ないが物理法則は覆せない。
手持ちの戦力は、払底。
逃げるので精一杯なのだ。

国連軍にそんな能力はない。

せめて、開発中のF-14でも間に合っていれば部分的に海岸線を確保することも能力的には可能だろうとも思わないでもないが。
尤も、その場合は主権国家のツケを複座型で衛士を二人も載せた貴重な艦載戦術機の部隊単位で払うのだ。
そんな資源と人命の浪費を行う気は能力があっても湧き上がらないだろうとは自覚している。

だが、少なくとも今は誰が検証しても間に合わないのだ。
助けられる人命を見捨てたという感情論で、訴えられる危険性はまずない。

「恨まれるのは結構ですが、どなたか上司にでも聞かれることをお勧めします。…防衛予算は、何処に消えたのか、と。彼らを守る盾は如何したのか、と。」

別に、ターニャとしても駄目だろうとは思いつつも最善の防衛努力は尽くしている。
その上で損耗を最小化しつつ、後退戦を戦っているのだ。
これ以上、どうしろというのか聞きたいところである。

「次官補、最後尾集団の推進剤補給、完了しました!」

「よし、撤収に入る!予定通り指揮権の暫定的な委託を行う。オールバニへつなげてくれ!」

そして、待ち望んでいた最後の報告を受け取ったターニャは速やかに後退のための手続きに入る。
本来ならば、管轄権違いであり統帥権の問題に発展しかねない事態ではあるが止むを得なかった。
司令部が全滅し、予備の連絡官が最上位の指揮権継承者になったときに国連軍に選択肢はなかったのだ。

国連において高位の文官とはいえ、階級では一介の准将が総撤退を指揮とは世も末だった。

「繋がりました、第六艦隊司令官、ウィリアム・N・スモール中将閣下です!」

それを思えば、指揮権の管轄外委託…それもやむを得ない時限措置ならば許容の範囲だろう
なればこそ、受話器を受け取るや否やターニャは間髪を入れずに既定の文言を口にする。

「序列外ですが、戦時規定で司令部移管中の暫定的な指揮権をスモール中将へ委託いたします。」

「こちら、スモール。戦時特例により、暫定的指揮権を受諾。直ちに、退避されよ。」

「了解。オールバニへの司令部移設中の管轄権を地中海艦隊へ委託が完了。退避始め!」

そして、規定通りに機密を処理している司令部スタッフの手早い仕事ぶりに満足すら覚えつつターニャは逃げ支度を整える。
とはいえ、司令部壊滅の事態を受けて私物はオールバニの士官室に置いたままペロポネソス半島へ飛んで帰ったのだ。
いくつかの報告書と、簡潔な命令書だけ持てば、それで準備は完了する。

ターニャ程でなくとも、ここの司令部要員というのはアテネ司令部壊滅以来の急造司令部。
持ち出すべきものもほとんどなく、撤収作業に必要なのはせいぜい暗号表やら何やらの破棄程度。
あっさりと処理を終えた彼らは、手際よく埠頭で待機中の駆逐艦へ移乗を開始する。

後は、洋上で臨時司令部を兼ねている地中海艦隊旗艦のオールバニへ移乗するだけだった。

「戦域へ通達、戦域司令部より、全部隊。撤収作戦は最終フェイズへ移行。繰り返す、最終フェイズへ移行」

そして、司令部の撤収作業が完了すると同時にオールバニより全部隊へ通達。
それが意味するのは、艦隊が最後の任務を行うという事。
各隊へのペロポネソス半島離脱命令と同時に、重金属雲濃度を最大にしつつ光線級を制圧するための艦隊は行動を開始する。

意味するところは、BETA軍前衛集団への全力砲撃。
撤収する友軍戦術機甲部隊を追撃するBETAを足止めしつつ、重金属雲濃度を保つための全力射撃。
それは、必然的に進行中のBETA先鋒ごとキャンプに砲弾が降り注ぐことも意味する

「まだ、まだ人が居るのですよ…」

力なく肩を落し、表情には諦観をにじませた政治家。
ターニャにしてみれば、幸いにして各部隊がペロポネソス半島から離脱した時点で指揮権から解放されている。

「私としては戦車級に咀嚼されるよりは、砲弾で安楽死する方が慈悲だと思いますよ。」

だから、それは、完全に純粋な善意と慰めの意図から発せられた言葉だった。
丸かじりにされるよりは、と自決を選ぶ衛士も少なくない戦車級の恐怖。
生きながらにして、BETAに食餌とされる苦痛は想像するに余りある。

なればこそ、艦砲の流れ弾はむしろ慈悲ではないだろうか?

そう考えるのは、ある意味BETA戦において毒された人間の感覚としてのみ正しい。

「正気で、正気で仰られているのですか?いったい、何をしているかご存じなのか!?」

「ええ、正気のつもりです。いったいあなた方は何年これを眺められていたのですか?これは、生存戦争なのですよ?」

人としては、歪んでいるのだろうが。



あとがき

一部、コメントでご指摘頂きました通りクローンナンバーを順調に増加させております。あと、オリ主でありながら碌にBETA相手に勝てていません( ̄ω ̄;) スマヌ

知識あるのにBETAに勝てない低レベルなオリ主で良いのだろうか?よいのだ。まだ、国連と世界の仲間たちには、第三~第五計画がある!人類の反撃はまだある。反撃するのだ。できるのだ。

次回、人類は『勝利』する!ご期待ください。


なお今作のタイトル、悩みました。が、助けられる人を助けて幸福な市民たることを表せる言葉を選べたであろうことを確信しています。

これで、光州作戦の悲劇は避けられるでしょう ε-(´∇`○)ホッ

…ZAPの悲劇が吹き荒れております。

追記
重ZAP級とか出てくるんだろうか…。

…でてきましたな、ZAPしときますた。


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