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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第四話 最良なる予言者:過去
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/05 03:59
あの世界を思い出す。



無音の世界。

判断の材料は光学センサーとデータリンクから得られる本当に限られた情報のみ。

戦場の霧を航空機と、偵察衛星と通信網が晴らしてくれた筈の20世紀にありうべからざる環境。

それが、いわゆる月面であり、現在の人類が生存闘争をそれと知らずに繰り広げている最前線でもある。
多くの人類は、未だこれが限定的な月面での紛争であるとしか知らない戦闘。

だが、後世は必ずや畏怖と共に語り次ぐことだろう。

これが、人類にとっての終わりのない生存をかけた闘争の始まりであると。


「カッサンドラ01より、中隊各位。」

ノイズ交じりの無線通信は、淡々としたそっけない口調で言葉を語る。
だが、真空の世界において無線以外に彼らが耳にできる音は自らの心音のみ。
まして、あの化け物ども相手に曲りなりとはいえ戦争できている指揮官のお言葉。

ある意味では、この場においては生き残るための福音ですらあった。

「観測班がBETA先鋒集団を観測。これについて、良いニュースと悪いニュースがある。」

平然と、天気予報を読み上げるかのような声。
だが、だまされてはいけない。

この声で、中佐殿は月面最初の戦闘も常日頃と変わらぬ声で展開させたのだ。
演習の様に、実戦に投入されたというのは月面ではもはや伝説的だろう。
想定ケース通り、異星人と偶発遭遇戦闘。

馬鹿馬鹿しいと笑っていたケース想定通りに、戦闘を展開してのけたのだ。

そんな指揮官が、もたらす良いニュースは大抵ろくでもないか無意味なもの。
悪いニュースは良くても、酷いもので下手をすれば最悪な知らせだ。
思わず心中で馬鹿野郎と叫びたくなるような事態が近いということだろう。

「良いニュースとは、BETA先鋒集団は規模600。しかも我に気付いていないという情報だ。」

その知らせは、確かに一様に悪くはない。
だが同時に、意味するところを思えば知らずとうめき声が漏れてしまう。

「ちょっとした悪い知らせは、目標が時速170キロで第七集積拠点に直進中の猪どもであるという事である。」

化け物どもの中でも、最も破壊力のある突撃から命名された突撃級BETA。
奴らの索敵能力には著しい偏りがあるらしく発見されることは稀だ。
故に問題がなければ、やり過ごすなり罠で吹き飛ばすなりでマトモに相手にせずに済む。

それどころか、その気になれば延々罠と陽動で時間をかければ殲滅も可能な相手である。
少なくとも、対人類索敵のお上手なタコ助とは違って時間さえあればまだ何とかなるだろう。

ただし、真正面からは断じてぶつかりたくない。
いや、正直に言って手元の豆鉄砲では正面装甲に手も足も出ない。
回収したサンプルを分析した技官の言い分が真実ならば、戦車ですら無理だろう。
現行西側主力戦車の105㎜どころか、東側の大口径115㎜ですら完全に威力不足。

115㎜APFSDSですら、完全な貫通力不足。

集中射撃で運が良ければ、一匹正面から仕留められるかもしれないと聞いたときは月面で誰もが嗤ったものだ。

そもそも、ここには115㎜砲どころか重機関銃以上の大口径火器はないのだがどうしろ?と。
それ以前に、月面の重力下で重火器運用がどれほど難事か理解しろと叫ぶべきだろうか。

デグレチャフ中佐殿が、ほとんど懇願せんばかりに要請した特殊核爆破資材は条約違反で持ち込み禁止。
当たり前だが、月面で待望されて久しいデイビー・クロケットも同じ理由で西ドイツ行き。

クソッタレの部分的核実験禁止条約(Partial Test Ban Treaty、略称:PTBT)万歳だ。

おかげさまで、冗談でもなんでもないのだが劣化ウラン砲弾ですら月面では使用できていない。
劣化ウランが抵触するかどうかで、悠長に会議を行った後で安全な運送方法を確立?
もろもろの保安基準とやらが成立するまでに月面は全滅しているに違いない。

オマケとばかりに、酸素と水、それに食料といった物資が月面では非常に希少。
それらの補給だけでも一苦労であるというのに、散々に爆薬だの銃弾だのを撃ちまくらねば戦争にならない戦場だ。
中隊規模の部隊がぶっぱなす弾薬の補給で、主権国家がヒイヒイ泣くほどだという。

そんな状況で、あの突撃級の侵攻阻止?

それは、誰だって凍りつくだろう。
状況を告げられれば、月面最古参の第二計画直属中隊だって凍りつく。
当たり前だ。

「冗談だと思いたいのだろうが、事実だ。だが、私は防衛が困難だと判断した。」

実際、淡々とした口調で命令を下しているターニャ自身も無理難題だと判断していた。
大抵の困難であれば、平然と部下を酷使できる彼女が、だ。
事情を理解している人間に言わせれば、それは無理難題ではなく物理的に不可能という事になる。

部下を酷使すること、人類史上に名を残すと部下に言わしめたターニャをして無理なものは無理なのだ。

突撃級の正面装甲を打ち破れない以上、その集団突撃から拠点を防衛するのは不可能に等しい。

だが幸いにも、権力と権限というのはこういう時のためにある。
第二計画直属部隊という権限と、月面における最有力の戦闘集団という実力。
それらに裏打ちされた裁量権によって、拠点の放棄すら彼女は自分で決定できる。

「要員へはただちに移送可能希少物資の移送を命令。同じく拠点の砲弾、爆薬は使用制限を解除。」

だから、ターニャは守れない拠点の放棄をあっさりと決断。
というよりは、そもそも月面は遅滞戦闘だと内心では割り切っている。
徹底抗戦というよりは、ある種の焦土作戦による敵侵攻阻止と人類への時間稼ぎ。

そのための月面での戦闘。
そのためだけの、月面戦線。

はっきり言えば、無駄さえ省ければどうでもいい。

そのための独自裁量権と自由というのはいくらあっても困るものでもない。

「任意射撃を許可する。撃ち尽くすことが望ましいがBETAが最終防衛線を突破した時点で拠点を放棄。」

一発一発、狙って撃てとは時代錯誤も甚だしいが月面では仕方のないレギュレーションとして存在せざるを得ない。
なにしろ弾薬には限りがあり、BETAには限りがないのだ。
一発の無駄な発砲に幾らコストが投じられているかと考えれば、ムダ撃ちは悪夢。

オマケに、兵站自体が貧弱なのだ。

故に、常日頃の月面では弾薬や爆薬すら使用に制限がかけられる。

だが、さすがに爆破放棄する拠点の備蓄ならば話は別だ。
盛大に花火をぶっ放すことに、些かの躊躇も必要ではない。
まして、据え置きで固定された防御銃座ならば重火器の反動も無視しえる範疇。
単発狙撃ではなく、連射で重機関砲弾をばら撒きえるだろう。

突撃級の正面装甲相手に、どこまで有効かは考えるだけ虚しいが。

だからこそ、本命は爆薬だ。
突撃級と雖も、対戦車地雷を踏めば擱座くらいは期待できる。
そして、月面に大量に持ち込まれた対戦車地雷は数少ない有用な迎撃兵器である。

これでさえも、数に限りがあるうえにBETAを足止めするには十二分の数を揃えられないのが実態だが。

「遅発信管は1時間に設定。」

だから、あとはBETAごと拠点を爆破するしかない。
その為に余った砲弾やら何やらで連鎖するIED群を大量に設置。


結末は単純だ。
砲弾を撃ち尽くす時間すらなく突っ込んできた突撃級もろとも拠点を爆破。
辛うじて離脱に成功した中隊で、残敵の背後から無反動砲で集中射撃。

撃ち漏らしもなく、辛うじて撃破する代わりに貴重な兵站拠点を喪失というわけだ。



そんな月面の記憶を、ターニャは今になってまだマシだったなと今更ながら追憶していた。

月面から遥かかけ離れた重力下の、東欧の大地。

辺りに立ち込めるのは機械油と、戦闘団付工兵隊が掘りくりかえす大地の臭い。

人類の、少なくともヨーロッパの盛大なレミング的自殺。
それも本来のレミング同様に押し出されて自滅的に飛び込む羽目になるタイプ。
パレオロゴス作戦は、ターニャの足掻きを嘲笑いほぼ史実通りのタイムスケジュールで始動されていた。

作戦を開始して以来、人類は未曽有の規模とペースで反攻を開始。
すでに、JASRAの部隊が展開している地域からかけ離れた地点まで主力は前進した。

とはいえ、意気揚々と進撃なさっているNATO軍並びにWTO軍は、すでに全兵力の3割近くを喪失。

まだハイヴに突入してもいないのに、全戦力3割を、だ。
通常ならば、全滅判定に等しい損害を各部隊は被っていた。
しかも2か月近い攻勢で兵站線が完全に限界を超えている。
兵站線の破綻は時間の問題だった。

只でさえ劣悪なインフラ環境だというのに、NATOとWTOが盛大に対BETA機動戦を展開したのだ。
BETA以外にこの状況下で兵站線を意識せずに済む勢力はいないだろう。
撤退ルートが、ぼろぼろであるという事を意識するだけでターニャの頭は痛くなる。

「月面戦争以来だ。久しぶりに敗戦のにおいがするよ。」

「は?」

工兵隊があたり一面に対戦車地雷を無数に敷設しつつある風景。
それを詰まらなさげに眺めていたデグレチャフ事務次官補の呟き。
聞かされる副官にしてみれば、唐突な思いを抱かざるを得ないもの。

自由に動けた月面を懐かしむ思いを、ルナリアンでない彼は察しえなかった。
あの極限状況下、なお平然と笑ってBETAに対峙できた人間以外には理解しえない世界。

そして、始まりの闘争から今に至るまで人類は負け続けていた。

「大規模反抗は初めてだが、共通するものを感じた。そういうことだよ。」

それを覆すべく、本作戦は国連の掣肘を嫌ったWTOが主導しNATOが引きずられる形で推し進められていた。
まあ、おかげで碌に連携も取れない両軍の特性を生かした作戦立案に至ったのは皮肉だろう。

火力は多いものの、数には劣るNATO軍。
これらは、敵主力を引き付けるための陽動としては火力が高く機動性もある最高の囮になっている。

対して、物量による飽和に優れるWTO軍。
これらは消耗戦覚悟でハイヴまで吶喊、制圧を目的としている。

どちらの軍も、損耗を積み上げているからこそもうひと押しで攻略できると確信し始めているらしい。

そんな時に、国連所属のJASRAがノコノコと撤退しましょうと言って出張ってくることが許容されるはずもないだろう。
本来ならば、彼女やJASRAの研究員がこの地に立つことはありえない。

だから、散々批判されながら上陸したJASRAの部隊は一歩引いたところでひたすら土木構築作業に従事するというありさまだった。
まあ、今更前線でうろちょろされたくないというのが奴らの本音だろうとデグレチャフ事務次官補は嗤っている。

誰が、頼まれてもそんな危険地帯にのこのこ行く自殺願望持ちなものか、と。

「連携の取れない軍二つだ。確固撃破は時間の問題だろうな。」

「それぞれが、WTOとNATOですよ?そう簡単には…。」

救い難いことだがここまで軍事力を消耗しているからこそ各国は勝利を見込んでいるらしい。
つまり、ここまで激戦を繰り広げたのだから『BETA』も底をつくだろうと。
本当に度し難いことだが、自分たちの物差しで相手の物量を図っているということだ。

…ほかに、判断基準がないとはいえ致命的すぎる失策だろう。

ターニャにしてみれば、2か月もかけてのろのろと対BETA戦をやったあげくの末に損耗がたったの3割だ。
降下軌道兵団など、10時間もしないうちに8割が戦死するのが本来のBETAとの激戦。
これですら、一番恵まれた条件下で最精鋭の連中を使ってである。
はっきり言えば、パラダイムが違いすぎる。

…現在の軍事ドクトリンは、軍の戦闘部隊が3割も消滅することを想定していない。
全く平和なことだとターニャは和ましくすら感じるところだ。

「勝てると思っているのならば、辞職したまえ。無能な士官を上官に持つ兵が哀れだ。」

3割もの犠牲を払い、激戦の末に敵を追いつめたという一般的な戦局分析。
ああ、そうだろうとも、既存のパラダイムならばそれで完璧な正解だろうよ。
だがどうして、BETAが人間様のパラダイムに従うことを期待するのやら。

…まあ、説明しろと言われても難しいのだが。

なにしろ、それは本来ならばパレオロゴス作戦の失敗から導き出されるべき教訓。
本来ならば、人類が知っているはずもない判断基準。

なればこそ、この場に至ることを避けるべく説得することができない。
それでも、散々警告を発し続けた成果がこれだ。

「まあ、貴様はそこそこ使えるから当面は酷使してやるさ。状況は?」

「仮設橋を設置、砲兵陣地も構築済みです。」

勝てると思っているし、負けるとしても致命的ではない。
そう本国の首脳陣が想定している米国だが、欧州防衛の必要性を散々強調されて意識はしている。
故に、米国が少しばかりの保険を欲したとしても不思議ではないだろう。
万が一、万が一ではあるがJASRAの勧告通りこれが無謀な攻勢であった時の保険。
つまり崩壊する戦線を手当てする為の予備隊の必要性を、ステイツは認めた。

そして、言いだしっぺにやらせようというわけで勧告してきたデグレチャフ事務次官補に臨時のNATO軍指揮権を付託。
はっきり言えば、NATO軍に増派する合衆国戦術機甲師団の中から一部を砲兵と支援部隊付で手当て。
所謂、代替戦略の実証研究という名目でかき集められた戦力は優に一個戦術機甲連隊に相当していた。

それだけの戦力、無為に道路工事やら地雷敷設やらで遊兵化させず前線に持って来いという要請は悉く拒否。

キャタピラに耕された大地で兵站線を確立するのは不可能に近い。

本来ならば、光線級を野戦でハイヴ周辺から排除した時点で破壊すべきなのだ。
即刻戦略核の集中飽和ないし戦術核埋設による突撃路確保。
哀れな空挺師団を空挺降下させるくらいならば、核でもぶち込むべきだろう。

それができないということは、コミーがコミーらしくコミー的強欲さを発揮したということだ。
よっぽど、BETA由来技術の鹵獲という言葉は心躍るものがあるらしい。
カシュガルでそれに失敗し、散々痛い目を見ているというのにどうやらまだ学習したりないようだ。
NATOの司令部が、史実以上に強硬姿勢で核によるハイヴ破壊を要求してもWTOの連中断固として首肯しない。

まあ、BETA着陸ユニットを撃破したステイツが散々研究で先行しているのだ。
BETA由来技術や、各種希少資源というのは喉から手が出るほどに欲しくてたまらないに違いない。
既に遅れ気味な科学技術などの挽回かつ、BETA大戦で失ったものの埋め合わせとでも考えているのだろう。

だがWTO司令部の連中、ハイヴ攻略戦を残存兵が籠城する要塞攻略戦程度に見誤っているとしか思えない。

ベテラン集めた上で潤沢な支援下、装備は第2.5世代相当の改修されたイーグル。
念には念を入れ、散々研究された対BETA戦術を極めて突入する軌道降下兵団ですらその生存率は20%前後。

3回降下すれば、百戦錬磨の降下経験者とは笑えない。

そんな連中ですら、正攻法ではハイヴを攻略し損ねている。
意味するところは単純明快。
人類は、あと20年たってもなお決定打をハイヴに与えうる能力を持ちえていないということ。

それが、こんな疲弊しきった兵站状況で敵地に入り込みすぎた軍隊に待ち構えている未来だとすれば?

せいぜい、時間を稼ぎ逃げられる連中を逃がすぐらいしか出来ることはない。

「結構。対戦車地雷の敷設は?」

「本国の倉庫から持ってきたものの敷設は完了しております」

幸い、というべきだろうか。

対戦車地雷は防衛的な兵器と認識され攻勢にはあまり必要とされていなかったらしい。
それ故に、合衆国の倉庫で山積みにされていた対戦車地雷を運べるだけターニャは持ち込んでおいた。
其ればかりか、事と場合に応じてはという言質を取って特殊核爆破資材やデイビー・クロケットも手配を依頼。

必要とあれば、月面よりはましな火力と装備で対BETA戦闘が可能だった。

まあ、光線級が出現している今の地表でどれほど優位に戦局を進められるかと聞かれれば怪しいことこの上ないのだが。

とはいえ、状況は多少ましになっているのは違いない。
何しろ、月面では夢想するしかなかった十分な密度の対戦車地雷原が十二分に整備できている。
突っ込んでくるだけの突撃級ならば、吹き飛ばすに事足りるだろう。

「ですが…よろしいのですか?」

「何がだ?」

来るべき災厄。

其れに備えが僅かなりとも存在する素晴らしさ。
それ故に、満足すら覚え笑顔を浮かべんばかりのターニャ。

だが、指示されて手はずを整えた副官らの表情はよろしくない。

「これでは、友軍の進撃路どころか退路まで塞ぎかねませんが。」

まあ、彼らにしてみれば基幹進撃路の一つにこれでもかと言わんばかりに地雷を敷設したのだ。
はっきり言ってしまえば、友軍の退路を断つに等しい暴挙ともいえる。

無論、交通道としていくつかの穴は空けてあるが移動の不便は言うまでもない。

「ああ、それなら心配無用だ。」

そんな副官の疑問。

これでいいのかと、問いかける部下の目線。

それに対して、ターニャは優しげな笑みすら浮かべて簡潔に答える。

「は?」

「そんなに帰ってくるはずがない。来られるはずがないんだよ、少佐。」

それは心配する必要がないと。
それは、悩むだけ無駄だと。
それは、もはや失われたも同然だと。

言い換えるならば、前に出たNATOの主力はもはや帰ってこられないのだ、と。

「だから、穴は限定的で構わない。どのみち、突撃級の進撃速度を上回れるのは戦術機程度。」

「…匍匐飛行で問題なし、と。」

唯一、敵の追撃を速度的に振り切る公算があるのは戦術機。
だが悲しいかな、光線級を相手にし続けての撤退戦だ。
第一世代では多くの帰還は望みえないだろう。

そして、車両の大半に至っては速度が違いすぎる。

「そういうことだ。あたら貴重な支援車両を失うのは忌々しいがね。」

砲兵や戦車、それに各種支援車両は絶望的だった。
なにしろ、最大速度で170キロは出せる突撃級が追撃の最先鋒に立っている。
レース用の車でもない限り、車両でこれらから逃げるのは不可能だ。

遅滞戦闘として戦術機甲部隊が最後尾を固めたとしても、突破されるまでに幾日もかからない。
泥濘地で足止めされている間に、撃滅されるのがオチだろう。

だから、ターニャとしては極々単純に救える限り救うしかない。
車両を放棄し、BETAの追撃を逃れるためにヘリなり救援用の輸送機なりに飛び乗れた人間ぐらいか。
或いは、速度の出るバギー系車両でこちらに近い位置に展開している人員程度。

それ以外については、撤退は絶望的だと見做している。

「観戦武官からの報告!ヴォールク連隊、突入を開始!」

そして、通信兵が飛び込んできてもたらす知らせで今次攻勢が終わりの始まりを確信。

「ああ、そろそろか。哀れな連隊だ。歩兵までBETAの巣に突撃などソ連は狂っているとしか思えん。」

せめて、核でハイヴを破壊すべきなのだが。
それすらも、獲物を前にして連中には思い至らないらしい。

首都から夜逃げしてハバロフスクに駆け込んだ連中が、まだモスクワを維持できると幻想に縋っているのと同じ匂いだ。
モスクワ方面の大部分は既に陥落し殆ど廃墟。
だが、市街戦に発展することでソビエトのモスクワは一応ソ連の手にはある。
まあ行き場のない敗残兵が孤立しているという形で、であるが。

BETAが特にモスクワ攻略を優先しなかったがために、生きながらえているだけの旧首都。
BETAは勢力圏に兵力を巡回させるわけではないがために、たまたま生き延びた敗残兵らのこもる都。
それを、忠勇無比の精鋭が死守しているというプロパガンダを見た。

あれと同じでソ連はまだBETAを見誤っているとしか思えない。

手ごわかったが、なんとか反撃できない敵でもないと今頃思い込んでいることだろう。
そうでもなければ、あの地獄の門に生身の兵隊など突撃させるはずもない。
BETAの巣に、装甲車?

まったくもって論外だろう。
それどころか、空挺降下まで試みているというのだから救いがたい。
航空機と貴重な人員の無駄使いもいいところだろう。

全く、せいぜい経験という授業料の高すぎる教師から学ぶといい。

「兵隊はもっと効率的に死ぬ場所を与えられるべきだ。そうは思わないか。あれでは、無駄死にだ。」

まったく、意気揚々と突入命令を下したソ連軍人こそ突入させられるべきだ。
BETAに生きながらに齧られる恐怖を、彼らは理解していないに違いない。

「彼らが兵士に祝福を。死出の旅路に幸多からんことをここに願う。」

そう願い、つぶやき、そして人的資源の浪費を嘆きながらターニャは行動を開始する。

「そろそろ本格的に撤退の用意だ。二三日もすれば、ここも地獄の最前線だぞ?」

突入部隊は、もはや死人だろう。
彼らに払うべき敬意と感傷は、この場においては無用の長物。
故に、それは意識の外へ放り出す。

生き延びる連中を取りまとめて欧州防衛にあたらねばならないのだ。

生者は、生者として生きねばならない。



あとがき
ちょっと混乱中。
あれ?
G弾って、G元素の誘爆効果ありましたっけ・・。

さすにが、ラボレベルで誘爆は確認してんじゃないの?してないなら馬鹿なの、第五計画派?と混乱中。

誘爆とかされるんだったら副作用大きすぎる劇薬ってレベルじゃなくて、毒薬なんですけど、G弾。


追記
誤字ZAP中に『我』に突っ込みがあったのですが、軍隊って自分のこと『我』って言いませんか?と修正してないのは錯誤じゃないよ、とアピール。まあ、ZAPが多すぎて新しいカルロ・ゼンの量産が追い付かないので誤差の範疇ですが。


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