今日も今日とて訓練、訓練。武は手元の銃を高速で組み立てている。「……教官、終わりました」「もう終わったのか……4分45秒」 このレベルになるともうそんなに縮まらないな。このあたりが限界なのか。「教官、調整にいってきます」「よしレンジへ行け。移動中はマガジンをいれるなよ「了解」 そう言って部屋を出て行った。 そんな白銀を見送ってしばらく。その部屋は奇妙な沈黙に支配されていた。その沈黙を破ったのは珠瀬だ。「……白銀さんっていったい何者なんでしょうね―?」 それはこの207小隊全員、いや教官のまりもですら疑問に思っていることだった。 すでにみんな、今更白銀がどんな力を発揮しようとも、驚かなくなっていた。しかし、それらのほとんどが訓練生レベルをはるかに超えているのだ。「座学、射撃、近接戦闘、すべてにおいて超がつくほどの優秀だものね」 榊も銃を組み立てる手を休めずに言う。まりもも今ばかりは口を開きながらの作業でも注意しなかった。それほど、彼女も白銀のことが気になっているのだろう。「とてもすごくすごい」 彩峰も自身の持つ銃分解組立ての最高記録があっさりと大幅に塗り替えられたことで、白銀のすごさを改めて実感していた。「……教官、白銀は本当に兵役の経験ないんですか?」 その問いにまりもは一瞬どう答えようか迷った。書類には確かに徴兵免除と書かれていたが、今のまりもはそれを信用しきれないでいた。しかし書類の偽造は軍において重大な規律違反だ。白銀が一介の兵士であっても、そんな真似ができるはずがない。しかもあれはあの夕呼がもってきたものだ。あの彼女をだませるとは、付き合いのながいまりもには到底思えなかった。「ああ、そうらしい……それに、もし仮に、白銀が兵役についていたとしても、今の人類には白銀ほどの兵士を遊ばせておくほど余裕はない」 そうだ。白銀が優秀な兵士だったとしてもなぜ今この訓練部隊にいるのか理由がない。そのことからも白銀がどこかの軍の兵役についていたとは考えにくい。 すると、先ほどまで黙って銃の組み立てを行っていた御剣が口を開いた。「あの者の心の中には強い思いがある……『目標があれば人は努力できる』……あの者、タケルの尊敬する者の言葉だそうだ」 それを胸に精進してきたのだろう、と彼女は続けた。「「「……」」」 そんな御剣に、かねてより聞いてみたかったのだが、それは個人間の問題なので悪いかな、と聞くのをためらっていた事柄をこの機会に尋ねてみることにした。「ねえ……なんで白銀のことを名前で呼ぶようになったの?」「……それに白銀さんも『冥夜』って呼んでます」 そうなのだ。これは昨日の朝のことだが、前日の夜までは名字で呼び合っていた者同士が、一晩明けてみるとお互いに名前で呼び合っていたのだ。その問いに御剣は静かにこう答えた。「一昨日の夜にあの者と話す機会があってな……タケルは、私の正体を知ってなお……それでも名前で呼ぼうとしてくれたのだ」「!?」 まりもを含め、全員が動きを止めた。それはそうだ。この部隊内ではお互いの事情について深入りしないと暗黙の内の決まりが存在するのだ。それは複雑な背景事情をもつ207B訓練小隊には仕方のないことだった。しかし、それを片鱗とはいえ、御剣自身が語って見せた。それは驚愕に値することだった。「その夜をきっかけに私はあの者に名を呼ぶことを許した」 御剣自身、白銀に名前を呼ばれることは心地よいと感じていた。人によっては白銀の慣れなれしい態度を不快に思うかもしれない。しかし、今まで御剣の周りにはあのような態度で接してくるものはいなかったため、とても嬉しかった。白銀に誘発されるように小隊メンバーの御剣に対する態度も柔らかくなったように感じる。 再び沈黙が部屋を支配する。みんな、ただ黙々と手元の作業を進めていた。 そして、小銃を組み終えた彩峰が、その沈黙の中に爆弾を投下した。「……惚れた?」「「「「なっ!」」」」 言われた御剣はもちろん、その他全員が素っ頓狂な声を上げた。「そそ、そんなことはない!」 慌てて否定する御剣。だが、むきになって否定するのがまた怪しい、と周りは判断した。「……そう言えば白銀、昨日は遅くまで自室に帰ってなかったみたいだけど……御剣もその時部屋にいなかったわね」「わ、私は日課の自己鍛錬のために外にでていたのだ!タケルは関係ない!」「……その前に、どうして榊さんが、白銀さんが夜遅く帰ってきたことを知ってるんですか?」「あっ!」 今度は榊が慌てる番だった。そんな榊に追い打ち掛けるように、「……惚れた?」 再びぎゃーぎゃー騒ぎ出す207小隊の面々。 そんな、たった一人の男に翻弄される207小隊を見て、まりもは一人ため息をつくのだった。 その昼のPX。さきほどのこともあってか207小隊の女性陣は、白銀に話かけるのをためらっていた。変に意識してしまうのだ。「白銀……」「白銀さん……」業を煮やしてついに声を出した榊と珠瀬だったが、運悪く二人の声が重なってしまう。 そちらからどうぞ、いいえそちらから……と譲り合う二人。 そんな二人の様子をしばらく黙って見ていた白銀だったが、ついに我慢できなくなったようにいきなり立ち上がり言った。「榊!珠瀬!」「「は、はい」」 あまりの迫力に背筋をピンと伸ばす二人。そんな二人に、「頼む!それぞれ『委員長』、『たま』と呼ばせてくれ!」「「へ……?」」「……ついに言ったな」 冥夜が黙々と食べながら言った。「いや~、今までずっとオレ的にはこうやって呼びたくて仕方無かったんだが」 昔、住んでいたところの学級委員長が榊にそっくりで、榊を見るたび、委員長と呼んでしまいそうになることを白銀は説明した。珠瀬の場合は……キャラクター性だろうか。 榊も珠瀬も思い当たる節があった。たしかに、白銀が自分たちを呼ぶとき、何度か言い直していたことがあったのだ。「……でも、『委員長』って」「だ、だめか!?」 なんか白銀がかなり動揺している。それほどこの件は白銀にとって大切なのか。結局、榊はため息をつきながら許可することにした。「はぁ……まあいいわ、呼び方くらい好きにすれば」「よっしゃ!」 ガッツポーズを決める白銀。そんな白銀に、「なんか私って猫みたいですねー」「嫌か?」 首をふって否定する珠瀬。「あっ、あとたまは敬語やめてくれ。この隊ではもっとフランクにいこう……ほら手始めに『たけるさん』って呼んでみて」 珠瀬はそんな白銀の要望に「え」とか「う」とか戸惑いながら、少しほほを赤く染め、「た、たけるさん」 そんな珠瀬に満足する白銀。その肩を叩くものがいた。「……私は?」「んーおまえは彩峰って呼んだほうがしっくりくるんだが、名前で呼んでほしいならそう呼ぶぞ?」「いや、いい」 そんなやり取りをするうちに、すっかり何をいうか忘れてしまった榊と珠瀬だった。しかし、目の前の武を見ているとそんな些細はことはどうでもいい。そんな風に思えてしまうから不思議である。 「夕呼……白銀って一体何者なの?」 夜、珍しくPXにいた夕呼をみかけた。彼女は『たまには下々のものの生活を見てみようかとおもって』などとこうやってPXなどにやってきたりするのだ。偶然にもそれに遭遇したまりもは、これまでの疑問を口にしてみることにした。「あら、まりもって年下好みだったっけ?」 京塚曹長の作ったご飯を食べながらいつものようにまりもをからかう。「ちゃかさないで……あの白銀、今まで徴兵免除をうけていたとは到底思えないわ」 座学、射撃、近接格闘、このどれにおいても白銀は兵士としてトップクラスだ。いくら自己鍛錬をしていたとしても、それにも限度がある。どう考えても白銀のレベルになるには兵役についていたことがあるとしか考えられないのだ。「……まあ、徴兵免除を受けていたってのは嘘よ」 意外にも、夕呼はあっさりと白状した。「でも、どこの軍隊にも所属してなかったってのはホント……」「そんな!」「何なら調べてみる?私の権限を貸してあげてもいいけど?」 夕呼がここまで言うのならそれは本当なのだろう。しかし、これ以上聞いても答えてくれるとは思えない。結局あきらめることにした。 そして話題を変えることにする。「……そういえば昨日の模擬戦って新OSのテストだったんですって?」 昨日わけのわからぬまま吹雪乗せられ行われた模擬戦闘。模擬戦終了後の相手の吹雪の動きには目を奪われたものだった。しかし、結局相手の名前も明かされぬまま、まりもはかえされてしまった。「どう?あなたも乗ってみたい?」 それは確かにそうだ。簡単に説明された新OSの特性と、あの吹雪の機動を見ると、まりもの衛士としての血が騒ぐ。しかし、今は訓練部隊の教官なのだ。その辺りは自制することにする。「……まあ、いいわ。あなたにもじきに働いてもらうから」「え?ちょっと夕呼!どういう意味よ、それ!?」 しかし、その問いに答えることなく、夕呼は席をたち、PXを出て行ってしまった。目の前には空の食器。どうやら片付けておけということらしい。 まりもは何もわからないもやもやした気分の中、仕方なくその食器を片づけるのだった。 伊隅たちA-01部隊の面々は現在、第二演習場で不知火9機の実践訓練をしていた。 昼の訓練で初めてXM3搭載型不知火に搭乗してみたが、思いのほかみな苦戦していた。即応性が3割増しになったということは聞いていたが、それによるあまりの操縦系の遊びのなさに、立っていられるのもやっという状態だったのだ。 しかし、2時間3時間と機体にのっていると新OSの力を実感できるようになってきた。昨日まで乗っていた第3世代機の不知火がのろまに思えるほどの機動性の向上なのだ。これを使えば戦術は今の倍に広がる。後衛の機体でも今までの突撃前衛以上の機動が可能なのだ。そのためにも部隊全員に少しでも早くこの機動の速さに慣らさせる必要があった。『ほらほら、大尉、見てくださいよ!もう不知火が私の手足のように!』 そう言って速瀬が演習場を縦横無尽にかけまくる。確かにそうだ。速瀬というトップクラスの衛士にXM3が加われば、それはもう今までの戦術機と一線を画するものだった。「ああ、そうだな」『これが、あればBETAなんてすぐに蹴散らしてやりま――』『――その程度で手足のように思われては甚だ遺憾ですね、速瀬中尉』「!」 突如回線に割り込んできた男の声。 気づくとこの演習場に自分たちの不知火以外に一機の吹雪が立っていた。『っ!あんたが白銀ね!?』 昨日の吹雪の衛士の顔は極秘存在として明かされることはなかった。与えられたのは『白銀』という名前と、「この世界でも最高の衛士の一人よ」という言葉のみ。 夕呼の話によれば、これから夜間はこの白銀の指示に従い、訓練せよとのことだった。『こんばんは、伊隅大尉。白銀少尉です』 なぜこのOSの開発者であり衛士でもある人物などが少尉などという階級なのだろうか。 だが、伊隅にはそんなことを不思議に思う前に言うことがあった。「……まずは感謝します。あなたがこのOSを開発してくれたおかげで前線での戦術機戦闘は根底から覆ることになるでしょう」 伊隅がこのOSの開発者に対する敬意をもって一衛士として礼を言った。『うわ、なんか背中がむず痒い……伊隅大尉、オレのほうが階級下なんでもっと砕けた言い方でいいですよ?』「あ、ああ……」 これほどすごいOSを開発したというのにずいぶんと腰の低い男だった。『そ・れ・よ・り・も!』 速瀬機が向きを変え、吹雪に向かっていった。そして吹雪のすぐ前までくると、不知火で吹雪を指差し、『さっきのは一体どういう意味よ!?』『み、水月~』 明らかにケンカ腰の早瀬にCPの涼宮が困ったような声を出す。 しかし、件の白銀はその速瀬の態度にビビるどころか、『言ったとおりですよ、あんなのはまだこのOSの力を五分も発揮していません』と、そのケンカを買って見せた。 まさか、そんなことを言うとは……。先ほどの速瀬の機動は今までとは考えらえないほど柔軟で迅速ですばらしいものだった。しかし、あれを見てまだ力が不足とする白銀の力とはいったいどれほどのものなのか。『なんなら勝負してみます?この目標地点までどちらが早くつけるか』 そう言って、全機体にある地点のデータが送られてきた。『いいわ、やってやろうじゃない!』 速瀬はすっかり乗り気だ。ここはA-01部隊の隊長として止めるべきか否か伊隅が迷っていると、『わ、私もやります!』 茜もその勝負に参戦してきた。 彼女は速瀬にあこがれ、突撃前衛のポジションを狙っている。この期に自分がどれだけ速瀬についていけるのか試すつもりなのかもしれない。 その後は、彼女以外には名乗り出るものはいなく、結局3人での勝負となった。 CPである涼宮がスタートの合図を出すことになる。『そ、それじゃ……よーい、スタート!』 結果は、武、速瀬、茜の順だった。 それに武は吹雪の中で満足していた。 結果だけを見れば、速瀬の負け。自分の機動をまだまだといわれても仕方ないのだが、『~~~~~~~!!白銀ぇ!あんた、わざとギリギリで勝ったわね!』 速瀬中尉が心底悔しそうに言う。 先ほどの勝負、最初からゴール寸前まで速瀬中尉が一位を取っていた。そのことで武にでかい口たたいていたわりにこんなものかなどと、通信でわめきたてていた速瀬中尉だったが、ゴール直前で武機の機動が変わったのだ。噴射跳躍後などのタイムラグの無さ、主機走行におけるバランスのとり方、すべてが変わった。結果、ゴール直前であっさり抜かれ、結果はさっき言ったとおりである。 武としてはこんな勝ち方をしたのには理由がある。 速瀬中尉や涼宮は負けず嫌いなため、わざとこのような挑発的態度で勝つと、その悔しさをバネにより高みにいこうとするのだ。特に速瀬中尉など競争意識の塊だ。ちまちま丁寧に教えるよりこっちのほうが楽、とこの二人の場合はそう判断した。 まあ、このあと速瀬中尉にいろいろからまれるだろうな、などと考えていると、『ふんっどうせ自分のほうがXM3に慣れてるからって、私たちをみて笑ってたんでしょ!?このヘンタイ!』「へ、ヘンタイってどういうことですか!?負けたからってそんな子供みたいなこと言わないでください!」『何よ!?中尉に逆らうの?』「A-01部隊は階級なんて堅苦しいこといわないんじゃないんですか!?」『あんたA-01部隊じゃないじゃん!』「これから夜はずっと一緒にいるんだからいいじゃないですか!」『嫌らしい言い方するな、このスケベ!』「……よーしそこまで言うなら今度は完膚なきまでに負かしてやりますよ」『望むところよ!今度こそあたしの本気見せてあげるわ!』「さっきのだっておもいっきり本気だったじゃないですか!」『なんだと!?』「なんですか!?」 ぎゃーぎゃー騒ぎあう声が通信機越しに聞こえてくる。その声に伊隅は頭が痛くなった。『子供みたいって……あたしは大人よ!』『お酒弱いくせに!』『な、なんで知ってんのよ!?』 まだまだ続いている。 A-01部隊はそんな二人をただただ呆然と見ていた。そんなとき宗像機から通信が入ってきた。『……大尉』「……なんだ?」 なんとなく言うことは予想がついている。『私、こいつのこと気に入りました』「……だろうな。お前の気に入りそうな相手だ」 つまりからかいやすそうという意味だ。『もう、美冴さんったら……』 風間機からもそんな通信が入る。 しかし、このようなやつのほうがこっちとしても気が楽だ。あのようなOSを開発したのだから頭でっかちの技術畑出身ならどうしようかともおもったが、副司令の言っていた、なじみやすいとはこういう面を言っているのだろう。今見たところ衛士としての腕も申し分ないようだ。 そんな伊隅たちとは別のところでA-01部隊の新任たちも通信越しに会話していた。『あ、茜ちゃん……?』 築地多恵だった。いつものおどおどした声が通信機越しに聞こえてくる。「……なに?」 それに茜は答える。『あ、あの人ってほんとにすごい人なのかな……?』『それは私も思う……』『私も……』 同じ新任である高原と朝倉も同意見のようだった。たしかに今行われている速瀬中尉との通信という口げんかでは副司令に聞かされたようなすごい人物には到底思えなかった。「た、多分……」 しかし、今だ聞こえる速瀬中尉との口げんかからはとてもそうとは思えない面々であった。「へー、たけるさんって昔はここに住んでたんだー」 午後からの座学が始まるまでの少しの時間。207小隊の面々は教室への廊下を歩いているところだった。ふとしたことから武の故郷はどこかという話になり、昔はこの柊町に住んでいた―――別に嘘ではない―――ということを話していた。 教室へと入る。それぞれが自分の席に着いた。「ここはどのような町だったのだ?」 そうだな、と武がこの町の思い出を話そうとしたとき、教室の扉が勢いよく開いた。「みんな、ただいま!」「「鎧衣!」」「鎧衣さん!」「……鎧衣」「美琴!?」 そこにいたのは怪我のため207B小隊を離れていた鎧衣美琴訓練生だった。「千鶴さん、壬姫さん、冥夜さん、慧さん……とだれかしらないけど、みんなひさしぶり~」 おい、そこは先にオレに名前を尋ねるべきだろう。見知った顔の中に一人だけ知らない男がいても自分のペースを崩さない相変わらずの美琴っぷりに、武は笑みがでた。「ねえねえ、うちの部隊にすごい新人が来たんだって?いろいろ噂で聞いたんだよ~。ボクもう会うのが楽しみで楽しみで」 全員がそろって武を指差す。「えー、君が!?」 気づけよ。「へー。ねえ名前は?」「白銀武だ」「タケルかー。ボクはね、鎧衣美琴。よろしく」「ああ、よろしく、美琴」 差し出された手を握る。「じゃ、ボク、教官に呼ばれてるんだ!タケルのすごさは後で聞かせてよ!」 そう言って勢いよく教室から出て行こうとすると、扉のほうが先に開いた。そこにいたのはまりもだ。鎧衣を見るなり、「……鎧衣、先に私のところにくるようにいっていたはずだが?」「す、すみません!どうしてもみんなに早く会いたかったので」 そんな鎧衣にため息一つ。特に言うこともなく、その横を通り、黒板の前までやってきた。「まあいい……先にここにきたということはもう知っているかもしれないが、彼が新しく配属となった白銀武訓練生だ」 大丈夫です。さっき自己紹介はすませました。 そのあとはすぐに座学となった。美琴一人だけ制服姿だがこれは仕方無い。 まあ、なんにせよこれで207B訓練小隊が全員集合となったのだ。すこしの訓練のあと、美琴に勘を取り戻させたら、すぐにでも総合戦闘技術評価演習を早めてもいいかもしれないな。まだその前にやることは少しあるが……。「へータケルってそんなにすごいんだー」 夜、武が配属されてからは初めての207B訓練小隊全員そろっての夕食だった。 美琴が言っているのは榊や珠瀬などから聞かされた武の驚異的な成績に対する言葉だった。「ねえねえ、タケルって救急医療の知識もあるの?」「まあ、一通りはな。専門の知識をもったやつに教えてもらった」 つまり前の世界の美琴のことだった。「わおっ!いよいよもって完璧超人だね」「まったくどうして訓練生なんかやってるのか、不思議に思うわ」 うんうんと頷く207小隊。「まあ、でも褒めると増長するらしいからこのぐらいでやめときましょうか」 うんうんと先ほどより強くうなずく207小隊。 そんな彼女たちの態度に苦笑がもれる武。「まあこれで全員そろったわけだ。あとは総合戦闘技術評価をクリアするのみ!」 そう言って自分のコップを持ち上げる。「がんばるぞ―!」 おー、とそのコップに自分のコップを合わせる207B小隊だった。「霞~」 夕食のあと、武は例の部屋に来ていた。 そこにはやはりいつものように、霞が脳髄の入ったシリンダーを眺めている。「……こんばんは」「ああ、こんばんは」 とりあえずまずは夜の挨拶。初めてあってからというもの霞は毎日のように武を起こしに来てくれる。それ以来この部屋にはちょくちょく来ているのだが、その時は最近武のまわりで起こったことを話すぐらいだ。霞はいつもそれを黙って聞いている。 しかし、今日は違う。「霞、今日はプレゼントをもってきたぞ」「……なんですか?」 興味無さげな無機質な声とは違い、そのうさ耳がピクンと動いたのを武は見逃さなかった。「なんと霞が大好きな……人参だ!」 ――スススッ。 思いっきり逃げられてしまった。「いや、冗談だ」「……」 ジトーっとした目で睨まれる。「ホントはほれ、これだ」 背中に隠していたものを出す。そこにあったのは4つのお手玉とヒモだった。 そう、今日は霞に遊びを教えるためにきたのだ。お手玉は一回目の世界でみんなができたことが悔しかったから結構練習したし、あやとりもそこそこできる。 まずはお手玉で手本を見せる。四つの球をかわるがわる宙に投げるさまを霞はじっとみていた。一分ほどやったのち、二個を霞の手に乗せてみた。「ほら、やってみ」 じっと自分の手にあるお手玉を見ていた霞だったが、ついに投げた。―――ボト。「……」―――ボト。「……」―――ボト。「………………難しいです」 投げては落とすを繰り返す。そんな霞をついつい笑ってしまう。そして、自分のもっているお手玉で手本を見せてみる。「ほら、こうだ」 あせらなくてもいい。ゆっくりと遊びを学んでいけばよかった。結局、その日はA-01部隊との訓練があるまで霞といっしょに遊んでいた。「化けものか、あいつは……」『……ですね』『……それは言いすぎのような気がしますが、人間離れしているという点では私も同意見です』『大尉……あれって私たちと同じ不知火ですよね?』 伊隅のつぶやきにそれぞれの感想を口にするA-01部隊のメンバー。今彼女たちが行っているのは技術部が開発したという新型シミュレータだった。 話によると、より本物に近いハイヴ内構造を再現したシミュレータらしい。いったいどこでそのようなデータを手に入れたのか。しかし、それらのことはトップシークレットとされていた。 そして、そのシミュレータの初の演習。そこに白銀も加わることになった。『ハイヴ内戦闘はスピードが命です。一秒でも早く最深部にたどり着き、反応炉を破壊しなくてはなりません』 演習前、白銀はそう言っていた。そんなことは言われずとも分かっている。しかし、ハイヴ内というのはBETAの基地内部だ。敵の数も半端ではないし、あの圧倒的物量でこられたら迅速に移動などできなくなる。この部隊ですらヴォールクデータで中階層を突破できた試しがないのだ。それほどまでにハイヴ内攻略は困難なものだった。 今回の演習でA-01部隊に求められたことはただ一つ。 白銀についていくことだった。 速瀬などは昨日の悔しさから、意地でもついていこうとしていたが、実際始ってみると、白銀の驚異的な技量をまざまざと見せつけられることとなった。 白銀はBETAの上や隙間をぬうようにして、驚異的な速さでハイヴ内を進行していった。圧倒的物量で踏み場もないほどのBETAが来た時などは噴射跳躍中に突撃砲で足場を確保。すぐさま長刀か短刀に切り替え、着地地点のBETAを掃討。そしてすぐまた飛び上がる。跳躍中の姿勢制御もすばらしいものだ。そんな白銀に追いつこうとしてもすぐにBETAの壁に阻まれてしまう。明らかにヴォールクデータとは増援の数が異なっている。多すぎるのだ。 結局、A-01部隊も奮戦したものの、一機また一機とBETAの波にのみこまれていき、最後に柏木機が撃破されたことによって演習は終了となった。 昨日白銀が速瀬の機動をまだまだと言っていたことに納得した。さすがにこれを見せられたら納得しないわけにはいかない。 白銀は最低でもこのレベルにまではなってほしいと言っていた。それにより、気を一層引き締めるA-01部隊の面々であった。『ねえ、白銀、もう一度「キャンセル」の概念について聞きたいんだけど……』 先ほどのハイヴ内演習が終わった後、涼宮からそんな通信が入ってきた。 昨日の速瀬中尉との口げんか以降、A—01部隊の白銀に対する硬さがなくなっていた。実のところ武は、昨日の口げんかは速瀬の配慮ではないかと考えていた。 A-01部隊――特に新任たちにとっては初めてといってもいい同部隊の男の衛士だ。その硬さを部隊から取り除くためにあんなことをしたのではないかと思う。さすがに速瀬中尉といっても、あの難癖のつけかたには違和感があった。そうだと思っていたからこそ、武もあの口げんかに乗った。本当に、そこまで考えていたのなら、いやはや速瀬中尉にはまったく頭が上がらない。……いや、まあ途中から二人とも我を忘れて、つい口げんかに熱中していた可能性もあるのだが……。 とりあえず、涼宮に「キャンセル」の概念について詳しく説明してやった。この世界ではバルジャーノンのようなゲームがないので、少し説明するのは手間だったが、なんとか分かってくれたらしい。 ありがとう、と礼を残し通信を終了した。 武としては、この部隊にはハイヴ攻略の中枢を任せられる存在に早くなってほしい。前の世界でも伊隅大尉と柏木のいない状態でフェイズ4ハイヴの反応炉までたどり着いたこともあるのだ。しばらくしたらここに207訓練部隊の面々も加える予定だ。今から鍛え上げれば、A-01部隊だけでハイヴ攻略100%も夢ではない。「あとでオレの操作記録を渡しますから、全員それを見て自分の機動の参考にしてください」『それは助かる。さきほどの貴様の機動、一度見ただけでは到底理解できないからな』『それに、すぐに見失っちゃいましたからね……』『あんたのその単機で中階層までたどり着く機動概念!必ずものにしてやるわ!』 それを楽しみにしてますと、武はその日の演習を終えた。 つづく