「―――ハイヴ突入部隊、8階層以下の部隊すべてが通信途絶しました! 7階層以上の部隊も撤退中!」「佐渡島各地からBETAが大量に出現!」「くっ、まさかこんな短期間に!」 その知らせに最上艦長小沢は拳を強く握り締めた。佐渡島前景図から次々とあふれ出してくるBETAを表す紅点。それはどんどん広がっていく。それは、まるで兵士の流す血のようだった。「ウィスキーM大隊は旧沢音に防衛線を構築。N大隊は一度旧平清水まで前進! そこから西進し、その周囲にいるBETAを引きつけよ! A-02砲撃地点に近づけてはならぬ!」「了解―――HQより告ぐ―――」 その様子を、夕呼はピアティフの隣に立って見ていた。そして冷静に状況を分析。彼の話によると、ここからがBETAの本格的な迎撃が始まる。「ピアティフA-02の位置は?」「……現在新潟県長岡市付近を通過中」 この佐渡島にはまだ距離がある。その間にいったいどれだけのBETA、特に光線級を減らせるのかが勝負。 幸いXM3のおかげでまだ致命的な損害は受けていないが、それとてBETAの圧倒時物量、光線級を前にいつまで持つことか……。しかしまだ‘アレ’を投入するわけにはいかない。彼から与えられた情報では、この佐渡島ハイヴはフェイズ4とは思えないほどのBETAをそのうちに隠していたらしい。‘アレ’の航空可能時間が限定されている以上、なるべく多くのBETAを地表に誘い出したい。またもし、ハイヴを落とせても光線級を逃し、BETAに‘アレ’の情報が伝わってしまえば、それだけでこれからのハイヴ攻略作戦、今回の比ではないほど損害が出てしまう。それに万一にでも‘アレ’と彼という衛士を失ってはならない。少なくとも敵の第三次大規模増援までは……。 あいつの記憶がもっとはっきりしていれば対策の立てようもあったのだが、どうにも断片的でいかない。しかしそれを彼に当たっても仕方ない。世界をループするという関係上、虚数空間上に多少の記憶を置いてきてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。だがその中でも彼がはっきりと覚えていた事柄があった。それが、―――伊隅と柏木の死。これを語った時のあいつの声や表情や変わらなかったが、拳が強く握られていることを夕呼は見逃さなかった。 その彼は今、遥か遠くの海。主機も落とし、BETAの観測範囲外。夕呼は一人回線を開く。「……心配?」 それに彼はただ、こう返した。『―――いえ……信じてますから』◇ ◇ ◇『くっそぉぉぉ! なんだよ、コイツら!?』 ウィスキー部隊J(ジュリエット)大隊は地下茎構造の中を‘地上に向けて’全力で突き進んでいた。ついさっきまで第10層までを完全制圧していたというのに、今いる地点は第4階層。BETAの波に尻をつつかれるようにして、大慌てで撤退していた。順調に作戦が推移していたときのことなんてすでに頭にはない。あるのは地下茎構造の隔壁中を埋め尽くすBETAに対するただ純粋な恐怖のみ。叫び声でもあげながら向かってくれば、奴らが同じ生物という枠内であるということで多少は安心できたのかもしれない。しかし奴らはただ無言。機械のように自分たちを慈悲のない勢いでのみ込んでいった。「邪魔だぁああああああ!!」 そしてJ大隊撤退の殿(しんがり)を務める中隊の中に彼はいた。前島正樹。新OSとの異常な相性から、九州戦線から今回の作戦に選抜された衛士である。彼の操る陽炎は確実にBETAの進行を妨げている。だがその圧倒的な物量の前に個人の力量など微々たるもの。ジリジリと彼らは押されていた。 正直言えば逃げ出したかった。本当なら衛士なんてやりたくなく、夢であるカメラマンを目指したかった。だが、彼には退けぬ理由がある。彼の後ろには撤退を続けるJ大隊本隊がいるのだ。多くの仲間たちがいる。酒を飲みかわし、この日本を取り戻すことを誓い合った友がいる。部隊の立て直し―――なんとか地上にでるまで踏ん張らなければならない。夢云々も人類が滅びてしまえば意味がない。「やぁあああああ!!!」 それに自分には死ねない理由がある。‘あの姉妹たち’に答えを出す前には絶対に死ねない。弾を撃ち尽くした弾装をすぐさま交換。CANISTER弾を小型種がひしめく地点へ数発撃ちこんだ。CANISTER弾とは120mm砲で用いられる散弾で、その砲弾は空中で分解し、無数の小さな弾となり、高範囲にばらまかれる。 その直撃を受けた戦車級や兵士級がその体を無残にも飛び散らせて死に絶える。だが、それを乗り越えやってくる後続のBETAたち。殺しても殺しても湧いてくる。無限とも思える物量に精神がどうにかなりそうだった。 寸分違わぬその異形。いったいどれを殺して、どれが生きているのか。『お、おい! 何か変だぞ!?』 仲間の一人が困惑した声を上げた。「04どうした!?」『し、振動と音紋がおかしい!』 言われてそのデータに一瞬だけ目を向ける。しかし、前にも数万規模のBETAがいる中で、いまさらおかしいなどと言われても……、「これは……!」 地下茎構造全体が振動することで気付かなかったが、データは目の前のBETA以外の座標に音源があることを示していた。しかも近い。この座標は―――自分たちが今いる横坑と並行する横坑の……、「や……ばッ!!」 その時、自分の後ろの隔壁が吹き飛ばされた。そこに空いた穴から堰を切ったようにあふれだしてくる新たなBETA群。『ま、回り込まれたぁ!?』 そんなことは言われてなくても分かっている! 正樹はとりあえず新たに出現したBETAを先に片付けようと反転したときだった。上から降ってきた兵士級が陽炎の頭部にしがみついた。「―――!?」 メインカメラを覆う乳白色のその肌。視界はそれでいっぱいになる。正樹は不快感に全身の毛が逆立った。心拍数の異常な上昇。「っ! どけッ!」 そいつを右手で無造作につかみブン投げた。そして視界の開けたとき真っ先に目に入ってきたのは、目と鼻の先まで迫る突撃級だった。「―――っ!?」 避ける間もなく、その強烈なタックルをその身に受ける。陽炎は付近にいた小型種を巻き込みながら数十メートルを吹き飛ばされた。「ぐ……かッ!」 その衝撃で一瞬息が詰まる。メインカメラに走る砂嵐。機体異常を知らせる警報音。(死ねない! 俺は死にたくない!!) メインカメラの致命的損傷で網膜の映像がサブカメラのそれに切り替わる。だが、そこに映ったのは倒れ伏す陽炎の胸部に今にもその腕を振り下ろそうとしている要撃級たちの姿だった。「―――え……?」 状況を理解する前に振り下ろされるその腕。拉(ひしゃ)げる胸部。どこかがショートしたのか一度小規模な爆発を起こして、動かなくなる陽炎。その陽炎をのみこむ無数の戦車級。『ま……正樹ぃいいいいいいい!!!』―――その陽炎の腕のみが何かを求めるように上に突き出ていた。◇ ◇ ◇「てやぁあああああ!!」 気迫のこもった声。茜は要塞級の触手をかいくぐり、その身を長刀でぶった切った。ねっとりとした紫色の体液をそこから流しゆっくりとその身を横たわらせる60mの巨体。BETA種最大のその要塞級も今の茜の敵ではなかった。『まだまだぁ!』 その目の前では速瀬が同じように要塞級を相手していた。迫る触手を切り払い、噴射跳躍。空中で120mm貫通弾を正面から叩きこんだ。頭から接尾まで通り抜けるAPFSDS弾。その一発で要塞級は活動を止めた。見事の一言であった。『ノロマ!』『せやぁっ!!』 また同じく突撃前衛の彩峰と御剣も白銀から叩きこまれた高速機動、またもとから備えていた高い近接格闘能力を駆使して、並み居るBETAをものともせずに美しい戦いの舞を披露していた。『甘いねぇ』『フンッ!』 そのほかの隊員もそう。戦乙女たちはその名に恥じぬ戦いぶりで戦場を支配していた。『茜ッ!』「っ!」 榊の不知火が構えた計四門の突撃砲が火を吹いて、茜の背後に迫っていた数十体のBETAを掃討した。「千鶴、ありがとう!」『ボーッとしないで!』 榊の叱咤が飛ぶ。彼女はそれだけ言うとまた他のBETAに向けてその銃口を向けた。茜も長刀から突撃砲に換え、応戦。すでに彼女が殺したBETAは1000を超えていた。 そうしてしばらく、『―――B小隊、BETA掃討完了!』『―――同じくC小隊掃討完了!』『―――よし、各小隊レーザー照射に警戒しつつ集結しろ』『―――D小隊は一度私の指揮下に戻れ』 各隊隊長の迅速な状況報告、指示。それに隊員たちはそれぞれ答えた。周囲に生き残りのBETAは見当たらない。度重なる襲撃もこの中隊は一機も失うことなく凌いでいた。『それにしても、また速瀬にしてやられた。3匹も持っていかれるとはな』『こっちもB小隊に2匹喰われましたよ、大尉』『いや~部下が良くやってくれましたから』 速瀬が嬉しそうに答える。‘部下が’という部分を聞いて嬉しくなる茜。自分は初めての突撃前衛のポジションでもうまくやれているようだ。また、それは御剣、彩峰にしても同じ。『これでB小隊の新人共も一人前の突撃前衛といった所ですか』『ふふふ……速瀬のお墨付きがやっと出たというわけだな』『そりゃ白銀と私との愛の結晶ですから~』『『『『『「―――ぶッ!?」』』』』』 その何気ない一言に茜、他数名が噴き出した。他数名が誰かは……言わずもがな。まあ、普通愛の結晶などと言われたら、‘アッチ’の方を真っ先に連想してしまうのがこの年頃の子女なわけで、そりゃ白銀だって男だし、部屋にHな本はなかったけど、それならたまっちゃうのも仕方ないことで……でもでも、速瀬中尉と‘そんなこと’になってるなんて今まで微塵も……『……茜‘たち’分かってる? これ中尉達の緊張をほぐすための配慮だよ?』「!? とととと当然よ!!」 柏木の呆れた声で、我に返った。それはそうだ。愛の結晶とはただの言いまわしで、結局は白銀と速瀬中尉の教導のおかげということ。愛の結晶という単語だけでなにをそんなに話を拡大させていたのか。我に返って恥ずかしくなった。 そんな彼女たちの様子を見て、伊隅は一度だけ表情を和らげ、『―――よし。全小隊、所定の位置に―――』『―――大尉、見てくださいッ!』 風間の緊迫した声がそれを遮った。何かに驚愕するその表情。『どうした風間!』 緊急事態だと察した伊隅がすぐさま問いただす。それに風間はこう答えた。『―――ハイヴ周辺のBETAがこちらに向かっていますッ!!』『『『『『!?』』』』』 どういう事ッ!? 何で私たちの方へ? レーダーを見ると、紅点が一斉に自分たちのいる方向へ動いている。その方向を見る。あまりの数で地面がみえないほどの大部隊がこちらに移動を開始していた。『―――まさか陽動部隊は全滅したんじゃ』『ええっ! そんなっ!?』 それは実質この作戦に参加した兵力の大半が失われたということ。鎧衣の言葉に、珠瀬が信じられないと声を上げるのも仕方ない。『いや、違う!』 麻倉が言ったとおり。違う。マーカーはまだ生きている。陽動部隊の大半は健在だ。でも、ならどうして!『副司令の予測が当たっていたということだ! うろたえるな!』 困惑する一同に伊隅の叱咤が飛ぶ。それにより冷静さを取り戻す一同。 ―――副司令の予測。それは凄乃皇二型に使われているML機関がBETAをひきつける可能性が高いということ。「とにかく……戦うしかない! 攻撃開始地点は絶対に守らなきゃ!」『そうだ。私たちが任務を達成することが、先に逝った者たちに報いる唯一の方法だ!』 茜の言葉に御剣が同意した。『攻撃開始地点手前2000mにある、新穂ダム跡に防衛線を構築するぞ!』 そこにはあらかじめこのような事態になったときのために補給コンテナが敷設されているはずだ。『ヴァルキリー1よりHQ! BETAがパターンδの動きを見せた! 支援砲撃要請!!』『―――こちらHQ……こちらでも確認した。当該エリアへの支援砲撃を最優先する』『ヴァルキリー1了解。感謝する』 それだけで片付いてくれれば楽なのだが……。◇「―――HQより全作戦艦隊へ告ぐ。全ての支援砲撃目標を直ちに指定座標へ変更せよ!」『―――了解!』 HQからの命令ですべての艦隊の支援砲撃目標が当該エリアに変更される。『全艦一斉射撃―――ってぇ!!』 金属の塊が火薬に押し出され飛んでいく。それが当該エリア上空に達したとき、空が白い閃光で埋め尽くされた。「!?」 空中で撃ち落とされる砲弾。そのほとんどが地表に存在するBETAに届いていない。「―――砲弾撃墜率70%! BETA群は依然A-02攻撃開始地点に向け、平均時速60kmで侵攻中」「光線級、重光線級共に個体数不明。撃墜率から見ても100体は下りません」 その知らせに夕呼は唇をかんだ。「まいったわね……レーザー種をそんなに温存していたなんて予想外だったわ」作戦開始と同時の艦砲射撃である程度は数を減らせていたと思ったのだが、まさかここまで残っていたなんて。「―――真野湾一帯に数個師団規模のBETA群出現!! ウィスキー部隊が二分されました!」「何ですって!?」「エコー本隊前にもBETA出現!!」 パターンδに加え、まさかBETAがこんなに一気に増援を送り込んでくるとは……!『―――展開が早い。 奴らXM3にびびってますね』「びびってるかびびってないかは別として、このままじゃやばいわよ! 支援砲撃はA-01のほうに集中させないといけないんだから!」『こうなったらこっちの判断で動かせてもらいますよ』「……ええ、そうしてちょうだい。あなたのほうが戦場を知っているのでしょうしね」◇ ◇ ◇『くそっ! なんでこっちには支援砲撃が来ないんだ!!』『ぼやくな! 来ないものは仕方無い!!』 仲間たちが動揺する中もその衛士は一人冷静に数多くの敵を屠っていた。突然のBETA増援で孤立してしまった小隊。周りをBETAに囲まれながらも新OSと、長年の訓練で培った連携で命を繋いでいた。だが、やつらの包囲網はじりじりと狭まる。補給コンテナも周りにない以上、今の装備で切り抜けるしかない。頼みの支援砲撃はさっきから遠く離れた空に集中していた。「ふッ!」 その衛士はかつて負傷し、衛士の道は閉ざされたかと思われた。しかし、強靭な意志と必死のリハビリで再び戦線に復帰。先日配備された新OSでも目覚ましい結果を叩きだしていた。 何が彼をそこまでさせるのか。仲間はそれを尋ねた。男は「ある女性の一番好きな風景を取り戻すために」とそう答えた。 その女性も今は国連軍に所属している。この作戦には参加していないようで、安心した。自分が生き残ることに専念できるのだから。 その時、警報がけたたましい音を立てて鳴り響いた。それと同時に目に映る第二種光線照射警報。ついでに、違った警報音と視覚的情報で知らされるレーザー照射。 自分の機体に4本の閃光が迫ってきた。戦術機がオートで自律回避モードに入り、今までの機動をキャンセルして、急な機動をとった。自分が予測もしない方向に一気に引っ張れるGでうめいた。 なんとか着地した時には網膜に映る戦術機図の足もとが赤く光っていた。(脚部被弾!? 右の跳躍ユニットがやられた!?) すぐに足もとに群がってくる戦車級。推進剤が漏れている。出力が一定以上に上がらない。「くっ!」 だが上に逃げる以外に道はなく、その不完全な状態で機体を飛び上がらせた。しかし左右で出力の違う跳躍ユニットに振り回される。 機体操作を誤り、BETA群のど真ん中に着地してしまった。突如自分たちのテリトリーに入ってきた格好の獲物にBETAは群がる。背後からの要撃級の一撃が機体の足を完全に持っていった。「なっ!……ぐぅ!」 無様にその身を地面にこすりつける機体。もう動けない。自分へと向かってくる突撃級を目にして、悔しさに涙を流した。(嵐山の―――あの燃えるような紅葉の風景を奪った奴らを……この手で―――) 死を前にして、脳裏に浮かぶは愛する女性のその姿。「み……さ……」 そこへ突撃級の容赦なき突進。慈悲などBETAにあったものではない。―――BETAは愛する者の名を呼ぶことすら許してくれなかった。◇ ◇ ◇ 阿鼻叫喚の死の戦場。そこに「烈士」という文字が書かれた不知火が同じく数機の不知火を連れ、戦場を馳せていた。ウィスキー部隊所属―――沙霧尚哉である。 その沙霧は戦場で一機の錯乱する撃震を見つけた。『うわああああああああああああッ!!!!』 甲高い叫び声。若い女だった。手当たり次第に撃ちまくるその姿は、どう見ても冷静さを欠いている。たった一機という状況も変だった。「落ち着け、貴様!」 彼女に群がっていた突撃級を後ろから切りつけ、同時に回線を開いてどなりつける。『―――ッ!?』 こちらの声に反応した。網膜に映るその姿はまだ少女のもの。整った顔だったが、その頬には涙の跡が幾筋もあった。「私はブレード小隊所属の沙霧尚哉大尉だ! 貴様は?」 まずは、名と所属を言わせることで、落ち着かせ、正常な判断能力を取り戻させる。その少女は震える声で言った。『ボ、ボクはクッ……クラッカー小隊所属のい、‘伊隅あきら’少尉……です』「よし、伊隅少尉……ほかの隊員はどうした?」 その問いに彼女はビクリと体を震わせ、一度は引っ込んだ涙を再び流しだし、『隊長や……みんなは、ベ、BETAに……BETAにッ……!』「……わかった……もういい」 嗚咽の混じり始めた彼女を沙霧は止めた。年端もいかない少女に目の前で見た仲間の死というのは凄惨たるものだったろう。だがここが戦場である以上、そのような甘さが許されるものではない。「貴様はこれから私の指揮下に入れ……生き残りたければついてこい」 返事を聞く前に部下から通信が入った。『―――隊長! 10時方向から突撃級13、要撃級8、他数百体来てます!!』「くっ!」 まだこの少女は冷静さを取り戻してはいない。戦わせるわけにはいかない。「伊隅少尉はここに! ―――5分で片づけるぞッ!」『『『了解ッ!』』』 大きく飛び上がった。時速90km超でこちらに突進してくる突撃級。こいつと正面からやり合うのは弾と時間の無駄だ。とりあえず前衛のこいつらは無視して、その後ろに追随する要撃級の顔にも見える尾節に36mmを打ち込んだ。グチャッという柔らかいものと液体がつぶれ飛び散るという不快な音を立てて、奴らのその身に突き刺さる弾丸。 装備を長刀に換装。突撃級をギリギリまで引きつけ、サイドステップ。敵の旋回能力の低さを利用して、あっという間に背後に回り込む。そしてその柔らかい背面を両手で構えた長刀で二度三度と切りつける。飛び散る血潮。黒い刀身にBETAの赤紫の血がベッタリとついた。それを振り払い、次の敵へ。 そうして、襲ってきたほぼ全てのBETAを殲滅したときのことだった。「―――全機全方位警か……っ!?」 センサーがけたたましい音をたてて反応。それと同時、地の底から響くような―――いや実際地の底から響いてくる音。まずい。そう思った時には、BETAが地中から姿を現した。数百体規模の奇襲だ。『くそっ! 休む暇もねえのかよ!』 だが部下は迅速に動いた。さすがは自分とともに数々の作戦を生き延びただけはある。だが、問題は彼らではなかった。『―――さ、沙霧大尉ぃ!!』「―――!?」 耳をつんざく伊隅少尉の悲鳴。慌てて機体を反転させ、その目に入ってきたのは、数十体の要撃級と無数の小型種に囲まれる撃震の姿。『いやだぁあああああああ!!!』(っ! なぜ彼女のことを失念していた!?) 自分の視野が狭いことを痛感。彼女は完全に錯乱している。今一度奴らのおぞましい姿を目の当たりにして、仲間の死がフィードバックしたのかもしれない。 今すぐ助けにいかなければいけない。「02、ここは頼むぞ! 私は伊隅少尉を―――ッ!」 突撃級が沙霧の行く手を阻んだ。慌ててその上を飛び越えようとしたら、光線級からのレーザー照射。機体が自律制御で、緊急回避を行った。「邪魔だ! どけぇッ!!!」 即座にマニュアル操作に切り替える。だがBETAはその物量によって沙霧と伊隅の間に壁をつくる。越えられない壁。『く、来るな……来るなぁああああああ!!』 その間にも追い詰められていく撃震。それを見て、沙霧の頭の中をよぎるのは今までみてきた数多くの仲間の死。「この私に……また一人の死を背負えというのかBETAめぇ!!!」 だがその叫びもむなしく、奴らには通じない。群がるBETAを切り殺し、なんとか彼女のもとへたどり着こうとしていたときだった。『―――ヒッ!』 その一瞬、激震に振り下ろされる要撃級の腕が見えた。「い、伊隅少尉ぃ!!」―――その時、青き影が撃震のもとへと飛び込んできた。『……え?』 呆けた声を出す伊隅の撃震の前には両腕を切断された要撃級がいた。『はぁッ!!』 飛び込んできた青き影は、烈火の如く勢いで周囲のBETAを駆逐していく。そしてその周囲に新たにやってきた赤と黄の武神。要撃級を切り裂き、多数の小型種を両手に構えた突撃砲で容赦なく蜂の巣にする。種類にこだわらず、すべてを駆逐するその姿。その素晴らしい戦いぶりに一瞬言葉を失った。「た、武御雷……!」 ものの数分とかからずにBETAを掃討し、そして青の機体を先頭に、赤、黄、白、黒という荘厳たる面々が立ち並んでいた。 グロテスクなBETAの死体が散乱するなか、その中央に日本を守護する武の神がいた。『篁! 左翼より近づく一団はそなたの隊に任せる!』『はっ、了解しました! ―――ホワイトファングス、付いてこい!!』 黄の武御雷が数機の武御雷を引き連れ、こちらに向かってくる一団に特攻をかけた。『こ、斯衛軍……?』 先頭にいた青の武御雷が伊隅機に近づいた。『どうやら大事ないようだな。そなた、まだ戦えるか?』『は、はい!』『よし……そこの隊長機、この者を連れて一度下がるがよい』 隊長機……沙霧のことだ。だが、沙霧はその命令に答えず、自身の不知火を斯衛軍の指揮官機の前まで持っていき、「―――恐れ多くも斯衛軍の指揮官にお願いしたい! 私を指揮下に加えてはくださりませぬか」 その言葉に青の武御雷は動きを止め、回線を開いてきた。網膜に映るその姿は20代の青年のもの。沙霧も見覚えがある、五摂家の一つ、斑鳩の家の者。『……そなた、名は?』「はっ、沙霧尚哉と申します!」『沙霧……聞いたことがある。帝都守備連隊のエースがなぜこの作戦に?』「此度の戦い、自分にはその真意を見定めねばならぬ者がいます。そのために自ら志願いたしました」 ‘あの男’―――彼があの日言ったことが戯言ではないと確かめねばならない。そして、彼の数々の所業を見てきて、彼を信じたい自分がいる。「私はこの国のためにも最前線で戦いたい!」 強く言い放ち、彼の眼を正面からとらえた。『……その「烈士」という文字……ふっ、信念を貫き通す男子か……』 不知火に書かれたその文字を見て、その言葉の意味を考える斯衛の指揮官。そして、沙霧の瞳の奥にある意志の強さに気づいたのだろうか。『―――よかろう。これよりそなたは私の指揮下に入れ』 随伴の許可をいただいた。「はっ、ありがとうございます!」 頭を下げ、それから部下に部隊を頼む。『―――月詠。鶴翼複五陣(フォーメーションウィングダブルスファイヴ)、全隊に通達せよ。防衛線を押し上げる』『―――は! クレスト2より第16斯衛大隊各機に告ぐ。鶴翼複五陣で前進せよ』 沙霧の元にもポジションのデータが送られてきた。『うむ―――では参るぞ! 皆の者―――続けぇッ!』 その声とともに主機がうなりをあげ飛び上がる。それに続く沙霧の不知火の隣に、赤の武御雷が並走した。『まさか貴殿が参加していたとは思いませんでした、沙霧大尉』 斯衛軍、月詠中尉だ。回線を開いて見たその顔は少し笑っていた。『あなたが先ほど言っていた者について―――』「ああ、ひと月ほど前に私の目の前でこのハイヴを落とすと豪語した男のことだ」『フフフ、私にはそう豪語する男に一人だけ心当たりがあります』 今二人の脳裏に浮かぶのはたった一人。(―――貴様は今、この戦場のどこにいる!?) 沙霧たちは戦場を駆けた。日本を取り戻すために。◇「……ふー……」 速瀬は真っ暗なコックピットの中、小さく息を吐いた。現在いるのはA-02砲撃開始地点から手前2km。峡谷状の地形が残る場所の、両脇の崖の途中に位置していた。 この場所が砲撃開始地点に選ばれたのは光線級の直接照射数を制限し、姿勢変更なく荷電粒子砲による攻撃が行えることが考慮されている。また、この谷が本土側にあるのも大きな理由の一つである。 状況から推測して敵の狙いはA-02だろう。どうやってそれがわかったなどと、そんなことはBETAにしかわからない。考えたって無駄だ。 光線級がたんまり残っていたということから、伊隅大尉はこの地形を利用した作戦を即座に思いついた。まずは今のように遮蔽物で身を隠し、突撃級の対人探知能力の低さを利用して、敵前衛はそのまま通過させる。その後、戦術機の主機を起動。まんまと通過した突撃級の柔らかな背後を取るというわけだ。 その後、全力支援砲撃の重金属運の発生とともに速瀬たちB小隊が援護を受けながら、敵本陣へ突撃。A-02が到着するまでに辺り一帯の重光線級を片っ端から血祭りに上げる。大まかな作戦はこの通りだ。 主機を落としたコックピットの中は光の一切無い暗闇。自分の手すら見えない。すぐ近くにBETAがいると思うと気持ちのいいものではなかった。だが、部下の前で弱みは見せられない。速瀬は震えを抑え込むため、一人、心の中で彼の名を呼んだ。(……孝之……) その時だった。『―――全機起動ッ!! 繰り返す―――全機起動せよ!!』「っ!」 力強い遙の声。 すぐさま主機に火を入れた。ものの数秒とかからず復活する網膜映像。「!」 真っ先に目に映ったのは、自分たちのすぐ傍を素通りしていく突撃級の群れだった。『―――AC小隊各機兵器使用自由ッ!』 伊隅機が大きく前に出た。『―――喰い放題だ! 一匹残らず平らげろッ!』『『『『『―――了解ッ!』』』』』 A-01各員がそれに続き、各々両手に構えた突撃砲を、わざわざこちらに向けてくれた突撃級のその柔らかい尻めがけて、全機一斉射撃した。突然の後ろからの襲撃でなすすべなく倒れていく突撃級。峡谷の狭さも手伝って、反転しようにも反転できない状態であった。 それと時を同じくして、海上からの艦砲射撃。すぐさまレーザーに撃ち落とされるが、それによって濃密な重金属雲が発生。『―――C小隊反転ッ! B小隊突撃せよッ!!』『『『「了解ッ!」』』』 部下に叫んだ。「B小隊! 突撃前衛(ストームヴァンガード)の力を示せ! ヴァルキリーズの名をとどろかせろッ!!」『『『了解ッ!!』』』 突撃前衛は戦乙女の剣。前に立ちはだかるものをその剣を以てすべてなぎ払う。さあ、私たちに切り殺されたい奴は誰だ! 速瀬は足もとに群がる小型種は無視して、一番近くにいた重光線級に向かって突撃した。こいつはさっき支援砲撃の迎撃のために空に向って撃っているため、再照射まで時間がある。「でやぁああああああ!!」 長刀の切っ先を向け、水平噴射。瞼のような防御皮膜が下がる前にその瞳に長刀を深々と突き刺した。手を持ち替え、刃を立てて、上に振り抜く。その傷口から多くの体液を流して、重光線級は倒れ伏した。「まだまだぁ!!」 鬼人の如く、その不知火はBETAを蹂躙した。これが突撃前衛長(ストームヴァンガード1)―――この部隊最強の衛士だ。◇―――おかしい。何かがおかしい。 伊隅がそう思い始めたのは、奇襲作戦を開始してわずか30分が経ってからだった。すでに自分たちA-01は21体の重光線級を倒していた。それとその周囲に群がる何千というBETAを殺してきた。 だが奴らがこちらに移動を始めたとき、光線級、重光線合わせて100体以上存在していた。今、周囲にいる数では到底数が合わないのだ。 嫌な……そう嫌な予感がした。この短期間に20体以上の重光線級を仕留めたという快挙も素直に受け入れられなかった。得体の知れない悪寒がした伊隅は、レーザーに十分気を払い、機体を大きく飛び上がらせた。そこから戦場を見渡す。すると、遥か後方にそれを見つけた。―――穴だった。それは大きな……直径20メートル以上はありそうなその穴。それが間隔をあけて、いくつも空いていた。「―――っ!」 その時、伊隅はその可能性に考えが至る。「全機反転し―――」 それを命令し終わる前に、戦術機が異常な振動を感知した。それは地下深くから、ものすごい速度で上昇してくる。そしてそれは自分たちが戦っている高度を‘追い抜いた’。「くっ!」 伊隅が間に合わないとして、この渓谷を挟む岩山の上をにらんだ。それと同時、そこから無数の光線級が湧いて出た。『『『『『っ!?』』』』』 峡谷の間にいるA-01を頭上から睨むように、岩山一帯に光線級、重光線級が立ち並ぶ。両側から挟まれた形になるA-01。 やつらはおそらく、最初の支援砲撃の迎撃を囮として、艦隊が対レーザー砲弾に切り替えている間に半数近くを地下からあの岩山の上へと移動させたのだ。硬い岩盤をおそらくは重光線級を使って、掘り進み、進行に邪魔な自分たちA-01を狙い撃てる格好の狙撃ポジションを手に入れたのだ。 BETAが戦術を用いた。それは認めたくない事実ではあったが、奴らの動きはそうとしか思えなかった。―――WARNING:第一種光線照射危険地帯『『『『『っ!』』』』』 その絶望的な文字が網膜に映った。◇「―――A-01防衛線付近に一個大隊規模のレーザー種出現ッ!!? みんな!?」 涼宮の悲痛な叫び声。「っ!」 そんなに大規模なレーザー種だけで構成された部隊を投入してくるなんて!? 考えられるのはA-02の警戒。作戦開始時に曲げられたレーザーを見て、佐渡島に迫ってくる未知の兵器を数で押そうと考えたのだろうか。また信じたくなかったが、BETAが戦術を用いたというこの事実。(伊隅たちが……!) その時、ピアティフが叫んだ。「佐渡島‘上空’……機影を確認しました―――!」◇ 頭上から一斉に放たれる光。 ―――自律回避モード:CAUTION「ぐゥゥゥッ!!」 強烈なGが身体にかかる。そのGの強さに誰もがうめいた。全員の機体が自動制御でレーザーを回避。安心するのもつかの間、自分たちの陣形をみて唖然とする。全員がほぼ一か所にかたまってしまっているのだ。これでは格好の的。だが動こうにも周囲はBETAによって固められている。上を見ると、その不気味な瞳が自分たちをまっすぐに見つめていた。その瞳が鈍く光り始める。 重光線級のインターバル約32秒。死の32秒。走馬灯。そんなものが本当にあったのだと実感する32秒。 伊隅は考える。(考えろ! どうすれば生き残れる!?) 宗像は想う。(こんなところではまだ死ねない!) 速瀬は睨む。(孝之を殺した―――あいつらなんかに!)だが、どこにも活路を見いだせない。時間は刻一刻と過ぎていく。『―――み、みんなぁ!?』 その時速瀬の脳裏をかすめたのは死んだ想い人ではなく、生きているあの男。助けを求めた。(ダメ……白銀ッ!!)‘死’ 誰もがそれを連想したときだった。『―――死力を尽くして任務に当たれ!』『『『『『っ!?』』』』』 突如入ってきた通信。この声!?『生ある限り最善を尽くせ!』 自分たちに向けて光る照射粘膜。『決して犬死にするな!』 一斉に放たれる光。『―――これが隊規だろ! こんなところであきらめるなヴァルキリーズ!!』 その時、自分たちの目の前に銀色の戦術機が―――‘舞い降りた’。『『『『『―――ッ!?』』』』』 まるで自分たちを守るようにこちらに背を向け、大きく両手を広げている。だが、その戦術機に突き刺さる四方八方からのレーザー光線。「あっ!!」 誰もが、跡形もなく溶けてなくなったと思った。だが、次の瞬間レーザーが何かに阻まれ、何かの力と拮抗するように見えたのも一瞬、『―――吹き飛ばせぇ! 伊邪那岐!!』そのレーザーが―――跳ね返った。 自らの撃ったレーザーをその身にくらう岩山のレーザー種達。すべてが自らの力によって焼き尽くされた。周囲のBETAが一掃される。『『『『『な……!?』』』』』 誰もがそう声を上げた。目の前の出来事が理解できなかった。目から入った情報を脳で処理できない。 呆然とその機体を見上げていると、そいつがこちらに体を向けた。そのデュアルアイがこちらを捉える。「こいつ―――!」 それは忘れもしないあの日―――自分たちが初めて完敗したあの銀色の戦術機。なぜこいつがここに!? それにこれに乗っている衛士―――さっきのあの声は!?『伊隅大尉、ここを頼む!』「!?」 そう言い残して、その戦術機は考えられない速度で、機体を上昇させた。「待て、白が―――!」 呼び止める直前、その戦術機は空中で信じられないものになった。◇『ぐぅっ! 月詠、左翼が崩れる! カバーにまわれ!』「無理ですッ! 右翼の防衛線もかろうじて維持している状態です!」『ぬうぅ!』 旧沢音防衛線。そこで、斯衛軍第16大隊が押されていた。真野湾付近に現れた数個師団規模のBETA群。その奇襲に武御雷たちもいくつかに分断されていた。「このままでは左翼が……」『―――月詠中尉!』「! 香月博士!?」 なぜ彼女が通信を……!『そっちにとびっきりの援軍が到着したわ!』 え、んぐん? この戦況を覆すほどの数の援軍がどこに存在するというのだ。だが、彼女の声はこの状況に際して嬉々としていた。そのときだった。『さ、左翼のBETA……攻撃を受け、陣形を崩しました!』「!? どこだ! どこから攻撃が!?」 その月詠の声に部下は震える声でこう答えた。『―――う、‘上’です』 そして誰もが空を見上げる。『な……なんだあれは月詠……!?』 いつも戦場で冷静沈着であろうと心掛けている斯衛の指揮官は驚きを露わに副官にそう尋ねた。 ‘それ’は空にいた。光線級の支配するこの戦場において空にいた。「わ……私にもなんなのか……」 月詠もそう答えるしかない。だってあり得ないのだ―――‘戦闘機’が空を飛ぶなど。 白銀の装甲。晴れ渡る空にポツリと浮かぶ、あり得ない光景。大きくその羽根を広げ、この戦場を飛翔するそれ。こちらに向け、急降下してくる。機首の下には見たこともない巨大な長砲。そして両翼の下には突撃砲が―――まて、なぜ戦闘機に戦術機の突撃砲が装備されている。 なぜ戦闘機が飛ぶことができるのか。その疑問をおいて、また別に浮かんできたその疑問。それを月詠が抱いた時、『―――こちらスカル1、カバーに入る』 見慣れぬIFFとともに開かれた回線。それを合図にその戦闘機に‘腕’が生えた。『『『『『!?』』』』』 続いて足が、顔が、跳躍ユニットが、ガンマウントが―――その戦闘機は戦術機へと変形した。『あ……あれは……!』 沙霧大尉が目を見開いている。月詠もそうだ。あの機体、帝都に赴いた時、真耶に見せられた映像に映っていた、あの日帝都を襲った機体。あの男が不問にすることを望んできた事件。 それは地上に降り立つと同時、背中に構えられた長刀を引き抜いた。それが真ん中から二つに分かれる。『あの武装も!』 双刀の振りかざし、銀色の戦術機の蹂躙戦が始まった。◇ ◇ ◇「な……なんだったのだアレは……!」 レーザーを跳ね返す。戦闘機に変形する。空を飛ぶ。何もかもがあり得なかった。冥夜は今まで自分が習ってきた対BETA戦の常識を根底から覆された気分だった。 周囲にBETAはいない。あの機体がほとんどをなぎ払ってくれて、残りもすぐに自分たちが排除した。(あの声……聞き間違えるはずがない)『ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ! A-02は現在、砲撃態勢で最終コースを進行中!』 その知らせと同時、『―――伊隅大尉たち、どいてください!!』 鑑の声が聞こえてきた。遠くを見ると、こちらにゆっくりと向かってくる巨大な移動要塞―――凄乃皇弐型の姿が見えた。自分達は今凄乃皇弐型の射線上。『―――全員聞いたなッ! 即時反転し楔形弐陣で全速離脱だッ!!』『『『『「了解ッ!」』』』』 あの機体のことはとりあえず頭から追い出して、全力で凄乃皇弐型の元に行く。『―――A-02レーザー照射受けています! 照射源5!』「っ!」 まだ生き残りがいたというのか。凄乃皇に突き刺さる閃光。一瞬、凄乃皇がレーザーで大破する光景がみなの頭をよぎる。鼓動が勝手に速くなり、拳が強く握りこまれた。あの、人類反撃の決戦兵器が―――。『最高出力まであと4秒!!』(鑑ッ!!) 誰もが、固唾を飲んで見守る中、凄乃皇は―――見事そのレーザーをはじいた。『『『『『!』』』』』 それを見て、心の奥底から喜びが込み上げてきた。『鑑! 機体は!?』『大丈夫です! 問題ありません!』『そう、なら思いっきりぶっ放しなさい!』『はい!』 鑑と副司令のその会話の後、凄乃皇の頭上にあの銀色の戦闘機がやってきた。自分たちの前で見せた変形とは逆のパターン、戦闘機から戦術機への変形を見せる。 そして、背中に背負われていた長砲が、肩の下を回り込み、抱えるようにして、ハイヴに向けられた。『いくぞ! 純夏ぁ!!』『うん!!』 凄乃皇弐型の正面が青白い光を発して、放電するような様子を見せた。それは次第に大きくなっていき、 次の瞬間、その二機から発射された二本の光の槍が佐渡島ハイヴに突き刺さった。―――――――閃光――――――――――爆炎―――――――――――黒煙―――――――――轟音――――――――――――爆音――――――――爆風―――――――――――振動――――――――――――――。 それらを乗り越えて、自分たちの目に入ってきた光景。―――そこにBETAは一匹もいなかった。「……え?」 遠くにあるモニュメントが音を立てて崩れ落ちる。それを見て、一瞬の静寂をもって―――戦場が一気にはじけた。 呆ける自分をおいて湧き上がる戦場。歓声を上げる兵士。その身を震わせ、涙を流す者。その時、『……誰でもいいわ。私の頬をつねって……』 速瀬中尉がそう言った。それに冥夜は、「……ご自分でなされてはどうかと……」「……痛い―――夢じゃ……夢じゃないわ!!」 次の瞬間、A-01の少女たちも歓声を上げた。『す……ごい―――すごいすごいすごい!!!』 興奮した珠瀬の声。冥夜も心に何かが込み上げてきて、その感情に知らず涙が流れた。『―――こち―――……しょぞ―――ケル』『『『『「―――っ!」』』』』 全回線通信!? 見ると、あの機体が、この佐渡島においてすべての位置から見えるであろう空へと高く昇っていた。依然、それは光線級に撃墜される様子が全くない。ここまできたら認めるしかない。光線級に撃墜されることのない戦闘機の存在を!多少のノイズの後、聞きなれたあの男の声と共にその姿が網膜に映った。『―――こちらは極東国連軍所属、スカル1、白銀武少佐』 白銀武。彼を知る者はだれもがその名を口にして、空を行く銀色の機体を見つめた。 そして誰もが見つめるなか、その一種の神々しさのようなものをまとった銀色の戦術機は空中で大きく手を広げた。『―――スカル1より全作戦域、全戦闘部隊に告げる。繰り返すスカル1よりこの戦場にいる全ての兵士に告げる……長らくお待たせした―――』 網膜に映る武は薄く笑って言った。その言葉を聞いた瞬間―――誰もがその身を震わせた。―――さあ、人類の反撃を始めよう つづく