※本当は天元山のおばあさんの話も書きたかったけど、都合により割愛。時間があればいつか外伝の形で書くかもしれません。「――ただ今戻りましたっと」「白銀~~~~~~~~~!!!!」「ってええええええええええええええ!!!」 ようやくやるべきことをやって武が横浜基地に戻ってきたときのことだった。さっそく夕呼に報告しようと、地下の部屋を訪ねた時のことだ。スライドドアを開いて中に入ったとたん、ものすっごい笑顔の夕呼が突撃してきた。「もうアンタ最高よ!最高!ん~~~~~」「ってちょ、ま!?ぎゃああああああああああ!?」 首に抱き突き、顔中にキスの嵐。柔らかい唇がそこかしこに触れ、ドギマギする武だった。 ――ウィーン(スライドドア開く)。「失礼しま…………………………………………………した」 ――ウィーン(スライドドア閉じる)。「ちょ、ちょっと待った!霞!?」 慌てて出て行った霞を呼び止める。俺は無実だ!って先生いい加減離れてくださいよ。つか離れろー! ようやく解放されたのはそれからたっぷり五分もかかってからだった。顔中キスマークでいっぱいだ。すぐに服の袖で拭う。こんな姿独り身の男に見られようものなら、後ろから刺されかねない。いや、女性の場合もやばいかもしれないな。ちゃんと拭えたかあとでしっかりと鏡で確認しておかねば。「ふふ……悪いわね、つい年下なんかに手をだしちゃったわ」「……この夕呼先生もか」 その言葉に、武はガックリと肩を落とし、頭を抱えた。この生き物は興奮するとキスをする習性があるらしい。こちとら、この世界じゃファーストキスだってのに……。 今、夕呼は椅子に座り、足を組み、武はその向かい側に座っていた。「それにしてもアンタ本当に最高よ。これで間違いなくオルタネイティヴ4は完成するわ」 その言葉に安堵の息を吐く武。武がいる以上、オルタネイティヴ4が完成することはほぼ確定しているが、それがこんなにも早まったというのは最高だ。「これなら多少強引にでも米国からXG-70を手に入れてやるわ」 そうなれば、XG-70とヴァルキリーズの連携練習もより多くとれるようになる。今後の作戦成功率が大きくUPすることになるのだ。「……間違いなく、アンタはこの世界の救世主となるわ」 まっすぐこちらの目を見ながら言ってきた。その顔は夕呼にしては珍しく裏のない穏やかな微笑みだった。そんな夕呼に、「前の世界じゃ夕呼先生がなにもかも一人で背負いこんじゃってましたからね……その助けになれば俺は……」と、少し憂いを帯びた表情で武は答えた。 仕方なかったとはいえ、自分の行いで親友であるまりもを死なせてしまったことや、クーデターを間接的とはいえ誘致したこと。それによって死なせてしまった数多くの将兵。彼女はそのすべてを背負いこんでいた。泣き言一つ言わずに。しかし、彼女だって人間であり、一人のまだ若い女性だ。そんなことをしていればいつか心が壊れてしまう。そして、一回目の世界のように泥酔し――。「……ガキのくせに言ってくれるじゃない」「ガキって……並行世界での経験も入れれば俺は今の夕呼先生より年上なんですけどね」 あっそ、と夕呼は机の上を探り始めた。そして何かをつかみ、それを武に向って差し出してきた。「今回のご褒美よ」 そういって差し出されたものは一枚の紙だった。コピー紙のような安物の大量生産の紙ではない。もっと上質なものだ。 それを受け取った武は、そこに書かれていた内容を見て目を見張る。「!? い、いきなりこれって!」「いいのよ。あんたはそれぐらいの―――いや、私にとってはそれ以上の価値があるんだし、これからのことを考えるとそのほうがこっちにとっても都合がいいんだから、おとなしく受けとっておきなさい」 必要なものはあとでピアティフに届けさせるわ、と夕呼は早々に話を打ち切った。 そう言われ、武はただその紙をじっと見つめていた。「――失礼します」 その時、部屋のスライドドアが開いた。「あら、やっと来たわね?」 武はドアに背を向けていたため、振り返って入ってきた人物を確認すると、そこにいたのは数日ぶりに見るまりもだった。「っ! 白銀!」 今回まりもは夕呼の計らいによってこの部屋までやってきていた。演習に合格した207小隊に午前の戦術機の座学をして、終わると同時すぐにここへ向かった。 そして、部屋に入ったとたん目の前の椅子に座っていた男。それこそまりもが会うのを切望していた白銀武その人だった。さあ、これでやっと白銀の正体がわからないというストレス地獄から解放される。「さあ、今日こそしっかりと説明してもらうぞ、白銀!」「え? ええ!? 先生これってどういうことですか!?」「アンタが訓練生とA-01部隊の教導官を兼任していたことがばれたのよ。まあ、自業自得よね。それにアンタ総合戦闘技術評価演習参加してなかったじゃない」 動揺する白銀を夕呼は突き放した。そして次にまりもに向き直り、ニヤニヤした顔で、「それにしてもいいの~まりも? 白銀にそんな口きいて?」 その言葉でまりもは白銀が少尉だと伊隅から聞かされたことを思い出した。いくらつい先日まで自分の下にいた訓練生と言えど、本当の正体は少尉だったのだ。軍曹であるまりもにすれば立派な上官である。「……し、失礼しました。白銀少尉」 そんなまりもに夕呼はより一層ニヤニヤした顔で、「違う違う。少尉なんかじゃないわ。白銀、それ見せてあげなさい」「いっ!? マジですか?」 よくわからない言葉を使いながら、しぶしぶといった様子で白銀が持っていた一枚の紙を差し出してきた。それをまりもは受け取る。「? 一体何が―――って、ええ!?」 紙にキスするんじゃないかというぐらい顔を近づけてその紙に書かれた内容を見る。しかし、何度見ても紙に滲んだインクがかわることはなく、事実は字としてそこに存在していた。「白銀、あなた一体何者なのよ!?」 上官への態度はどこへいったのか。まりもは白銀に食ってかかった。 その問いに「あ~」などと気まずい顔しながら頭をかく白銀に変わり、「悪いけど、こいつの詳細はトップシークレットなのよ」と、夕呼が答えた。「し、しかし……」 しぶるまりもに、「ほら、余計なことは詮索しない。まりもをここに呼んだのはこれを渡すためなんだから」と言って、白銀のと同じような紙を一枚差し出してきた。「私にも?……えっと、『神宮司まりも軍曹を今日づけで国連軍大尉に――』ってなによこれ!?」「言ったでしょー?あなたにも近々働いてもらうって。その時期が来たのよ。詳細は後で教えるわ」 それにしても突然すぎる。急にこんなものを手渡されて混乱するなというのが無理だ。 しかも、まりもには207小隊の戦術機教導がある。自分が大尉になったらだれが彼女たちを鍛えるというのか。国連軍の教導職の最高位が軍曹である限り、彼女がやるわけにはいかない。それにいきなり大尉なんて階級……。「207のことならそこの白銀に任せておきなさい……いや、あんたもついでに鍛えてもらいなさい」「白銀にって!? しかし、白銀は――」「いいの、いいの。この基地の内部だけのことなんだから、ある程度融通はきくようにしとくわ」 しかし、先ほど白銀の紙に書かれた内容をみると、それが「ある程度」のレベルには思えないまりもだった。それに白銀の年齢でこのようなこと考えられない。本当にこの青年は何者であるのか。「ほら、もうあんたたちへの用事はすんだわ。さっさと207B小隊のところにいってあげなさい」 夕呼は、そう言って二人を早々に追い出す。そんな上位命令には逆らえず、二人は重い足取りで部屋を出て行った。 そんな二人が部屋を出て行ってすぐの夕呼。部屋はさきほどの喧噪はすっかりなくなり、だた沈黙だけがただよっていた。「……」 その部屋の中、夕呼はただ何もすることなくボーっとしていた。このような夕呼は非常に珍しい。いつもならなにかの資料を広げたり、パソコンに何かを打ち込んでいたりと忙しい人なのだ。「アタシより、年上ね……」 考えるのは先程の白銀。夕呼の助けになれば、と言っていたときのあの憂いた表情。あのような表情、白銀の年齢でそうそうできるものではない。そしてあの穏やかな声。とてもじゃないが、目の前にいる男が年下とは思えなかった。またただ年を重ねただけでもなさそうだ。あいつはこの世界を何度もループしてその結果に満足できず今ここにいるのだから、それ相応の地獄を見てきたというのだろうか。 そのことを武は多く語ろうとしない。ただ、『仲間はたくさん死にましたね』 と、悲しそうな表情で語るだけだった。 自分の唇を細い指がゆっくりとなぞる。「ふん、見た目ガキのくせして……」 そう言って夕呼はなんとも複雑な顔になるのだった。 さて、その頃の207小隊。今日はようやく座学を終えてシミュレーターによる戦術機特性を調べることになる。昼のPXでは京塚曹長に総合戦闘評価技術演習に合格した祝いということで全員がいつもの倍以上の昼飯を食べさせられた。この後の戦術機特性検査で胃の中のものが出るんじゃないかと心配する彼女たちだった。 さて、そんな彼女たちは今シミュレーターデッキにいる。ということは当然全員強化装備に着替えているわけで、全員体に絶妙にフィットした白の訓練生用の強化装備を身につけていた。体のラインがはっきりとわかり、女性にとっては恥ずかしすぎる格好だ。 自分たちが帰ってきたときにまだ武が帰っていなかったことで、がっかりした面々だったが、今この時ばかりは武がいなくてよかったとの思うのであった。まあ、それとて時間の問題で結局は見られることになるのだが、それまでに自分の羞恥心がマヒすることを祈るしかない。 しかし、そんな彼女たちの願いは早くも崩れさることとなる。「ははは、初々しい姿だな~お前ら」 後ろから聞こえた笑い声。その声には聞き覚えがある。今一番会いたくない人物。ギギギ、とさびた機械のように全員の首がゆっくりと後ろに向く。やはりというか、そこにいたのは黒い国連軍正規兵の軍服を着用した白銀武だった。「白銀!」「武!」「たけるさん!」「白銀……」「タケル!」 その姿を目に収めた瞬間、全員思い思いの方法で自分の体を隠した。冥夜と榊は腕を組み、たまと美琴は胸の位置に腕を寄せる。ただ、彩峰のみは堂々としたものだった。 そういった行為に再び笑う武。「ちゃんと合格してきたみたいだな、お前ら。そのおかげでお前らの強化装備姿を見れてうれしいぞ」「そ、そのようなことよりその姿はなんだ武!?」 からかわれている、と直感的に感じた冥夜はすぐに自分たちの話題から離れるよう武の姿に突っ込んだ。 訓練生ではないと聞いていたがやはり正規兵だったのか。しかし、そうなるとなぜ訓練部隊などに……。「ふ……似合っているなお前たち」「教官!」 そんな武の後ろから現れたのは同じく黒い軍服に身を包んだ、神宮司教官だった。だが、教官はそんな冥夜の言葉に、「悪いが、私はもうお前たちの教官ではない」「「「「「え!?」」」」」 突如明かされる驚愕の事実。「突然のことですまないが、私にとっても急なことでな。まだ混乱しているんだ」 そして、と武の前に一歩出て、苦虫をかみつぶしたような顔で、「そして、彼がお前たちの新たな教官となる……白銀―――『少佐』だ」「「「「「少佐ぁ!?」」」」」 少佐と言えば、あれだ。少尉の上で、中尉の上で、大尉より偉い少佐のことだ。確かな武勲により任命される相当位の地位で、大隊規模を任されることもあるあの少佐だ。そんな訓練生の自分たちにとっては雲の上の存在のような少佐が武!? 神宮司教官の表情からそれが冗談ではなく本当のことだと理解できた。「け、敬礼!」 慌てて上官に対する態度をとろうとする榊。その榊の一言で、呆然としていた207小隊の面々もその言葉で我に帰った。ビシッと敬礼を決める面々。 だが、目の前には同じように敬礼をした武がいた。しかもそれは下士官に対する楽なものではない。武自身も上官に対するかのように背筋を伸ばし敬礼を決めていた。「しょ、少佐?」 その言葉でハッと気づく武。「お、すまん!訓練部隊での生活にすっかり慣れちまったもんだから、つい榊の号令でな……」 そういって苦笑いして頭をかく武。そして全員が気付く。そこにいたのは上官である正規兵ではなく207小隊全員がしっている訓練生のときとなんら変わらない武だった。「無理にそんな態度とらなくていいよ。少佐なんて言っても所詮はただの肩書だ。俺達だけのときは今まで通り『武』や『白銀』で構わない」「し、しかし……」 しぶる榊。彼女の真面目な性格はそれさえも許さないというのか。「おし、わかった!ちょっと待ってろ!」 そう言って武はきびすを返し、早々にシミュレーターデッキを出ていった。「……」 ポカーンとする一同。特大の嵐が過ぎ去っていったようなそんな感じだった。「……教官、タケルが少佐ってホントなんですか?」「だから、教官ではないと……まあ、いい。彼が少佐というのは本当のことだ。どうやら奴に対する『特別』は我々が考えていたよりはるかに大きなものだったらしい」 しかし、武の年齢で少佐とは。彼は自分たちと同年齢の男なのだ。国連軍所属になってからというもの武と同年齢の少佐などという者は見たことも聞いたこともない。いったいどれだけの功績を上げればあの年で少佐などという地位を得ることができるのか。 そして、最大の問題。なぜその少佐が自分たちの訓練部隊に所属したり、教導官になったりするのか。それほどの人物ならば自分たちのような訓練生などには目もくれず、もっと大きな任務に従事していてもおかしくないのに。 そのことを神宮司教官に尋ねると、「彼は香月博士の特殊任務に従事するためにこの横浜基地に配属となったらしい……そこでこの基地に来た時、偶然にもお前たちの訓練を目にする機会があったそうだ。そして、個人の成績には舌を巻くもののお前たちが――彼に言わせればつまらないしがらみにとらわれているように見えたらしい。幸い彼は24時間すべて特殊任務に従事するわけではなく、その空いた時間にそのしがらみを取り除こうと考えたそうだ。自分とお前たちの年齢が同じこともあり、香月博士に頼み同じ訓練生として所属……どうやら、彼は香月博士のお気に入りらしくてな、自分の地位も手伝ってこの基地限定ではあるが、ある程度自由にできるようだ。そのため、今回もお前たち訓練生の教官を少佐という立場でありながらすることにしたそうだ」 そこで一旦言葉を切り、シミュレーターの方をみて、「お前たち光栄に思えよ?彼は、夜中に実戦部隊の教導官もしていたらしいが、そこで彼の教えを受けた大尉によると、この世界でもおそらく最強クラスの衛士だそうだ」「!?」 訓練でもすばらしい成績を収めた武。それは衛士としての腕にまで及んでいたのか。本当に雲の上の存在ではないか。「お待たせ!」 そういって戻ってきた武。その姿は訓練生の白い制服姿だった。「ほら、どうだ、委員長!これなら階級なんて気にすることないだろ?」「ほらってねぇ……」 そんな武に呆れる榊。いくら服を着替えたからといって、自分達はすでに武が少佐だと知っているので、それくらいで態度を改めるようには……と、そこまで考えて盛大にため息をついた。 武の大らかさ(大雑把とも言う)を見ていると、真面目にこだわっている自分が馬鹿みたいに思えてくる。隊のみんなのことを考えると、武がフランクな態度で接してくれば、みんなもそれに合わせることだろう。そんな中、自分だけが敬語を使うなんて馬鹿みたいだ。「わかりました、少佐殿。これからも、今まで通りに、接しさせて、もらいます!」 一言一言強く区切りながら言った。「いや、いつも通りじゃないじゃん……」 まあ、でも納得はしてくれたようだ。207一番の堅物である榊を攻略してしまえば、後の4人は問題ないだろう。「教官もオレに対する態度は今まで通りで構わないので」「だから、教官じゃないって……はぁ、わかったわよ」 よし、まりもちゃん陥落。「それじゃ、これから戦術機特性検査を始めるぞ」 さて、早速始まった戦術機特性検査。そのとき、シミュレーターデッキは榊と冥夜の悲鳴で支配されていた。「次! 噴射跳躍から頭立反転! 着地後、水平噴射跳躍!」『た、武、待て!! こ、これは明らかに春にやった戦術機特性検査とは――ってああああああああああ!』『白銀! あなたわざと――ってきゃああああああああああ!』 そんな二人の様子を武はモニター越しに見ていた。前の世界でこの二人の戦術機特性に問題がないことは分かっている。そのためすこ~しだけ無茶をしてみた。「まりもちゃん……これってけっこう楽しいですね」「……実は私も少しだけ楽しみに」 ククク、フフフと黒い笑顔で笑い合う二人。 そんな二人の後ろで、小動物のように寄り添いながら、これからの自分の番にビクビクと恐怖する残りの三人だった。 その日の夜。ブリーフィングルームに集められたA-01部隊の面々。そんな彼女たちの様子は陽気そのものだった。それというのも先日行われた対BETA実戦でこの伊隅ヴァルキリーズは万近いBETAを相手にほとんど損傷を受けることなくこれを殲滅したのだ。これを快挙と言わず何と言おう。XM3の優秀さ、自分たちの衛士とての腕の上達ぶりに驚くばかりだ。「ホント嬉しそうねー、あんた達……」 そこへA-01部隊をここに集めた張本人、香月夕呼が現れた。さらに、後ろについてくる者の姿がある。「神宮司軍曹!」 それは彼女たちの元教官、神宮司まりも軍曹だった。A-01部隊は全員彼女の教え子だ。一人の例外もなく、彼女によって鍛えられ、今を生き延びている。 そんな彼女がなぜ副司令と一緒に……。「紹介するわ。今日からこのA-01部隊所属となる神宮司まりも‘大尉’よ」「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」 驚きの表情を形作る現A-01部隊の面々をよそに、夕呼はまりもに挨拶するよう促す。「……本日付でこのA-01部隊に配属となった神宮司まりも大尉です。……お前たちも博士の勝手振りに翻弄されていると思うが、わたしも同じだ……全員顔見知りだが、これからよろしく頼む」 そう言って敬礼するまりもに慌てて敬礼を返すA-01部隊。しかし、頭の中は混乱の極みだ。だが、そんな彼女たちに追い打ち掛けるように、「それともう一人……紹介する奴がいるわ」 そう言ってスライドドアのほうを見る夕呼。「入ってきなさい」「はい」 その言葉とともに入ってきたのは20代に届くか届かないという男だった。その姿を見た瞬間、伊隅大尉だけが表情をピクリと動かした。背筋を伸ばし、夕呼の隣までやってくる。「こいつがあんたたちの戦技教導官――白銀武‘少佐’よ」「「「「「「「白銀!?」」」」」」」 白銀とはつい先日まで自分たちの教官をしていたあの白銀か?こうやって自分たちに顔をさらしたのも驚きだが、それに加え、「「「「「「「少佐!?」」」」」」」 彼が本当にあの白銀なら、つい先日までは階級は少尉だったはずだ。彼はここ数日特殊任務ということで、この基地を離れていたが、その間にいったい何があったのか。「こうやって顔を合わせるのは初めてですね、A-01部隊のみなさん。自分が白銀です」 そう言って一歩前に出る白銀。どうやらあの白銀に間違いないようだ。「いきなり少佐ってどういうことなんですか?」 速瀬が副司令に問いかけた。中尉、大尉を飛ばしての任官などまずあり得ない。異例中の異例で、A-01で軍歴が一番長い伊隅であっても聞いたことがない。「別にいいのよ。こいつが今まで少尉だったのは、一度大尉にしてやるっていう私の提案を蹴ってるんだから」「!」 副司令自らの提案を、それも大尉に任命するという提案を蹴るとはこいつはいったいどんな大物なんだ。確かにこの女性なら多少の無茶はするかもしれないが、そうなるとこの白銀は副司令にとって非常に重要な人物ということになる。「オレもいきなりのことで驚いてるんですがね……」 そういって夕呼を見る白銀だったが、「なによ?あたしの施しが受けられないっていうの?」 ほらね、と白銀は肩をすくめた。 それにしても、「わ、若すぎませんか!?」「え?ああ、確かここの新任たちと同年齢よ」「「「「「えっ!?」」」」」 新任連中が驚きの声を上げる。しかし、それは先任士官たちも同じだ。まさかあれほどの技量をもつ者が自分たちより年下だったとは。声で若いとは思っていたが、そこまで若いとは夢にも思わなかった。「まあでも少佐なんていう階級は気にしないでください。見ての通り若造ですからね、今までと同じ態度で接してもらって何ら問題ないですよ。というより、むしろそうしてください」 XM3を開発し、いい腕をしているというのに相変わらず腰の低い男だった。まあ、いきなり命令する男の上官がやってきても、この女所帯であるA-01部隊では受け入れがたいだろう。「せっかく女所帯に入ってきた男手なんだから精いっぱいこき使ってやんなさい……あ、ちなみにこいつの詳細は秘密だから、どっかの元軍曹や某大尉みたいにあたしに聞いてこないでよ?」 その言葉で「うっ……」という声を漏らす元軍曹と某大尉。「『Need to know』よ」 と唇に色っぽく指を当て、部屋を出ていく夕呼。 あとには謎の塊のような白銀と「その謎すっごく知りたいんですけどー……」という顔をしたA-01部隊だけが残された。「あ、あれが白銀の実力……!」 その日まりもを加えての初めての演習。まりもは白銀の驚異的な戦術機機動にただただ驚愕するばかりだった。まりもは今不知火に搭乗している。いつの間に用意されていたのか、ハンガーにはA-01部隊のほかに余分に一機不知火が用意されていた。『驚きでしょう?神宮司大尉。あいつの吹雪フル装備に小隊規模で勝てるようになれば合格と言われていますが、当分勝てそうもありませんよ』 そんな伊隅の通信に頷くことしかできないまりもだった。明らかに自分たちとはレベルが違いすぎる。これはもう才能の一言で片づけられる問題ではない。いったいあの青年はあの若さでどれだけの長さ戦術機を操ってきたというのか。 また一つ謎が増えてしまった。そのことでため息をもらすまりもだった。『白銀、お前は以前どこかの部隊に所属していたことはあるのか?』 演習も終わりに近づいた時、伊隅からそんな通信が武のもとへ入ってきた。最初のころは少佐ということに遠慮して、口調が硬かった伊隅だが、こちらの態度に次第にもとの接し方に戻っていた。 自分の詳細は明らかにされていないが、まあこれくらいはいいだろう。「そうですね、前にある特殊部隊に所属していたことはありますね」『ほう、特殊部隊』「ええ。詳細は教えられませんが、そこで鍛えられたことは俺にとって大きな財産になりました……その隊では新任でしてね。ずいぶん扱かれましたよ」 その言葉に「へー」とか「ほぅ」などの言葉を漏らすA-01の面々。『少佐の上官だった人物には興味あるな~』 柏木がそんなことを言ってきた。網膜に映る他のメンバーの顔も似たようなものだった。「そうだな……その隊の隊長は非常に完璧な女性だった。衛士としての腕はもちろん、人間としてもできた人でよく隊員たちの相談もうけたりしてたな。……ただ、恋愛面では弱いらしく、オレに助言を求めてきたこともあったっけ」 それに笑う伊隅。『ははは、なかなか面白い御方だな』 ……うん、あなただよ。「他にも俺がちょっと戦術機に乗れるからって、何かと言って目をつけてくる先任中尉なんかもいたよ。しかも絡み酒だったからな、あの人」 それに呆れる速瀬。『へー、大人げない上官もいたもんねー』 ……うん、あんただよ。「……まあ、でもあの人たちがいなかったら今のオレはいませんね。本当に感謝してもしきれないぐらいですよ」『……そうか。立派な方たちだったんだな』 ええ、本当に。今度は絶対に失いません。そのためにもあなたたちには強くなってもらいますよ、伊隅ヴァルキリーズ! 朝。 ――ユサユサ。 武は自分がゆすられていることで目が覚めた。「……ん。霞、ありが、とう」 眠気眼をこすりながら体を起こす。目の前にはやはり霞がいた。「おめでとう……少佐殿」 うっすらと笑いそんなことを言ってきた。無機質な声のため、人によっては祝ってもらってないと感じるかもしれないが、そこはさまざまな世界で霞と付き合ってきた武だ。しっかりと祝福の意を感じられた。「……ああ、ありがとう」 そんな霞に手を伸ばし、頭をなでてやった。朝起こしてくれた礼と、祝ってくれた礼だ。「……博士が呼んでました」「え?こんな朝っぱらから?」 時計を見るとまだ起床ラッパすらならない時間帯。いくらなんでも早すぎるんじゃないのか。まあ、でもあの人にこちらの都合など関係ないだろう。これまでも武を呼び出したのはいろいろと重要な案件だったので、今回もそうに違いない。「90番ハンガーで待ってるそうです……」「そっか、わかったよ。ありがとう」 そう言うと、霞は「またね」とだけ口にして部屋を出て行った。 その後すぐ90番ハンガーにやってきた武。そこでは早朝という時間にもかかわらず数多くの整備兵が動いていた。整備兵というのはある意味衛士以上にきついポジションのようだ。もしかすると、寝てないのかもしれない。「あっ!やっと来たわね!」 そんな整備兵に囲まれる形で夕呼はいた。武を見つけるやいなや、手まねきをして近くに呼び寄せた。「いったいなんだって言うんですか?」 そういって近づいていく武。「ようやく浄化装置稼働の目処がたったのよ!」「!ってことは!?」 その言葉で駆け足になる武。「ええ、そうよ。ようやく『伊邪那岐』のブラックボックスを開帳する時が来たの」 そして二人で傍にある「伊邪那岐」を見た。その「伊邪那岐」は今は肩膝ついた状態で静止しており、周囲には足場が組まれていた。「じゃあ、さっそくやりましょうよ!」 そう言って武は夕呼を急かした。 二人して『伊邪那岐』の横に組まれた足場に登った。「もう!なんでこれ階段ないのよ!」と思ったら、夕呼が足場に登れず四苦八苦していた。「整備兵たちはそんなものなくてもヒョイヒョイ登っちゃいますからね……ほら、先生手貸してください」 そして一気に夕呼を引っ張り上げた。文官出身の夕呼にはこの高さはきついだろう。「……さすがは少佐殿。体は常に鍛えているってことね」 ようやく夕呼も足場の上に両足で立つ。そして正面の「伊邪那岐」を見る。 そこでは「伊邪那岐」の胸部装甲が大きく開いていた。 内部でグロテスクな生体組織がかすかに波打っている。このメインコンピューター部分をブラックボックスとしている要因、門級の生体組織だ。 しかし、夕呼はそんなグロテスクな門級の生体組織にも顔をしかめる様子はない。「早くしなさい!」 と急かされてしまった。 武は「伊邪那岐」に接続されたパソコンを操作する。そうすると、「伊邪那岐」から門級の生体組織に向かって特殊な化学物質が注入される。それをうけた門級がゆっくりと開き始めた。外から入ってくる光でだんだんと鮮明になっていくメインコンピューター部分。 ――完全に開き切った時、そこにいたのは無数のコードに囲まれた銀髪の少女だった。 穏やかな表情で目を閉じた少女は突如光が入ってきたことにも顔をしかめる様子はない。ただじっと眠るように目を閉じ、微動だにしない。こうしてみると精巧な人形のようだ。「……この娘が……!」 そんな夕呼にゆっくりと頷き、こう言った。「そうです……この娘こそ、この『伊邪那岐』のメインコンピューターであり、『伊邪那岐』を最強たらしめているその最大要因――」 そこで一度大きく息を吸い、「――『00Unit:Second』‘アーリャ’です」 つづく