唯衣が槐の手を引いて屋敷に帰ると、そこにいたのは巌谷中佐と、茜雫であった。
彼の話によると、唯衣の父親は当分は動けないそうだった。そんな彼から、唯衣に、「しっかりと訓練に励むようにと」伝言を伝えに来たらしい。
今回彼の用事は此処に顔を出すことではなく、迎えに来たことであった。
彼の用事とは槐に関係することであった。これは度々あることであった。この歳になると、無邪気だったころの子供らしい考え方は形を潜める。
だからこそ唯衣は少しずつ理解し始める。槐が、ほかの人間とは違う、特別な存在であることを。
では、どんな特別な存在なのだろうか?
「・・・・・・・。」
布団に横になりながら彼女は一考する。
と言っても、彼女はそれについて問いかけるつもりはない。いずれ、巌谷中佐が教えてくれると言ったのだから、彼女は信じて待つつもりだった。
明日彼女は槐と同じく戦術機を動かす。ちゃんとうまく動かせるだろうか。
一抹の不安を覚えながら、彼女は夜の帳が落ちた一室で眠りにつくのであった。
◆◆◆
同時刻 煌武院家本邸にて、槐、巌谷、茜雫の三人は、煌武院悠陽殿下の下へ訪れていた。
「お忙しい時に、申し訳ありませんでした。」
「いえ、お願いしたのは、こちらですから。それに、京都の様子を見ておきたかったですし。」
槐にとっては、今回が初めての顔合わせとなる。紫色の長髪を持った白い着物の女性。槐はこの目の前にいる女性が、帝国のトップであることに、少なからずの驚きを抱いていた。
「初めまして。烏丸槐殿。私が煌武院悠陽と申します。どうぞお見知りおきを。」
「お初にお目にかかります。殿下。烏丸槐訓練兵であります。」
「楽になさってください。ここにはあなたの事情を知っているものしかおりません故。早速本題に入りましょう。五摂家の中で何故態々当家に?」
「その前に、例の件についての進捗具合を・・・。」
巌谷が頷く、茜雫がカバンの中から書類を取り出し、殿下に手渡した。
「・・・・・。兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず・・・。」
「孫子・・・ですか。」
殿下の言葉に巌谷が相槌を打つ。
「新たな武具が、現世の戦を早々に終わらせる切り札にならんことを・・・。」
彼女が手に取った書類の内容は二つの設計図だった。
それは銃。九十九型電磁投射砲と、月光と名の付く腕だった。
「私は、そう信じております。」
「・・・・・。」
槐は、殿下の手に取った設計図を見て、目を細める・・・。
細めて・・・。
「・・・・・。」
細めて・・・。
「・・・・・。」
細めて・・・。
「・・・・!(危ない危ない)」
眠りそうになった意識を覚醒させる。
「烏丸槐訓練兵。」
「は・・・。」
「貴方にお聞きしたいことがあります。」
「は・・・。なんなりと。」
「貴方は、いずれこのないんぼーるというものに乗ることになるでしょう。それ故に、お聞きしたいことがあります。力とは・・・なんなのでしょうか?」
「・・・・・。」
≪情報の検索・・・力とは・・・。≫
殿下の問いかけに、槐は一つ間をおいて答える。
「力を持ちすぎた者は全てを壊す。秩序を乱す者です。世界を壊す力、それを律する力・・・。力とはどこまで行ってもただの力です。そこに大義や正義は存在しません。力には何の罪もありません。罪が生まれるのは・・・。」
「それは?」
「力の持ち主が始まりとなります。その力の持ち主が、力に意味を与え、指向性を持たせる。どんなふうに見繕ったとしても、それが力であることに変わりはありません。私は、そのために作られました。正しい力を持って世界を守り、人類を存続させる。人類を生き延びさせ、秩序を守る。その使命は、何処にいても等しく、果たさなければなりません。」
「・・・・・。」
「槐・・・君は・・・。」
珍しく、いや、初めてだろう。ここまで長く話したのは。
殿下はこちらをジッと見つめたまま動かない。槐もまた、決して目をそらそうとは思わない。
それが彼の唯一の願いだった。管理者の、セラフ、ハスラーワンの願いだった。人類を守りたかった彼らの願い。
その使命は、自分にも受け継がれている。だからこそ、自分は今ここにいる。だからこそ、自分は生きている。だからこそ、自分は人間になろうとしている。最強となるために。秩序を、世界を、人類を守る最強の存在として・・・。BETAを駆逐する。それが、自分一人で編み出した最初で最後の任務。
殿下がふと立ち上がり、槐のもとへ歩み寄り、彼を抱きしめた。
「申し訳ありません。貴方のような子供に、そのような重いものを背負わせてしまって。」
「気に病む必要はございません。殿下。これが、私なのです。」
「槐殿、そなたに心からの感謝を・・・。」
「私もです。殿下、私のためにセラフ制作に協力していただき、さらには私を気遣ってくださる言葉を下さり、誠にありがとうございます。」
二人のやり取りを見ていた巌谷中佐は、複雑な面もちであった。
人間として育てようとも、年月を経ようとも、彼は結局、兵器としての使命を全うしようとする。いずれ迫りくる運命に、彼は胸を痛めた。
彼は人知れず己を戒めるように拳を握る。己の無力さを恨みながら。
◆◆◆
「やだ、これ、きつい。」
「無理せず一つ上のにしたら?」
「フィットさせちゃえば、気にならないんだろう?」
「・・・・・。」
そんな話声を聞きながら、槐は強化服を身に着ける。
スイッチ一つでサイズを調整し、ピッチリと全身を覆うように強化服がフィットされる。
「・・・・・。」
槐はいつもと変わらぬ無表情のまま昨日の夜のことを思い出す。自分という存在の使命を吐露したことを・・・。
もちろん、その場にいる全員が、自分についての事情はすでに知っていることは承知済みだ。故に協力してもらっている。
あの時口にした自分の使命、自分の悲願とも呼べるもの。それを口にしたときになぜだろうか、その時の自分に違和感を感じた。胸にしこりができたかのような、よくわからない違和感だった。
だが、今はもう関係のない話だ。今やるべきことは訓練だ。
いよいよである。
槐は意識を切り替え、更衣室を後にする。
唯衣たちは、普段とは違う雰囲気を醸し出す彼に疑問符を浮かべながらも心配げに見つめるのであった。
◆◆◆
「戦術歩行戦闘機。即ち戦術機は、貴様らにとっての甲冑であり、武具でもある!まずはこれを手足のように使いこなしてみろ!」
戦術機を動かす準備ができたのを確認し、整備士に親指を立て、OKのサインを出す。
その後、コクピットが収められ、メインシステムが立ち上がっていく。
ビュゥゥゥンッ!
網膜透写された視界が出現する。いつも見る視界とはまったくの別世界だ。これが、戦術機の視界。
ゾクゾクゾク!
≪注意、心拍数上昇、血圧上昇、・・・バイタルチェック完了。身体に異常なし。軽い興奮状態と認識。≫
背筋に電流が走る。今自分が興奮しているのをいやというほど自覚する。
ああ、早く動かしたい。
まるで買ってもらった玩具を買ってもらってはしゃぐ子供みたいな感情をあらわにする槐。
彼は教官の指導の下、実戦訓練を始めることになった。
「私が直々にひよっこである貴様の相手をしてやる!ありがたく思え!」
「はっ、ありがとうございます。」
抑揚のある声だが、芯のある声になるように努力したのは槐のここだけの話。
「貴様、それでも男か!もっと大声でしゃべらんか!」
やはり無理だったようだ。
「はっ!ありがとうございます!」
「よろしい!では、今から始める!竦むなよ小僧!」
お互いの戦術機は激震。長刀と盾を片手に、向かい合う。
相手が長刀を振り下ろしてくる。盾を使って軌道をそらす。
返す刀で振るわれる長刀を同じく長刀で防ぐ。初めての戦術機での模擬戦。槐は防戦一方だった。
「どうした!反撃してこい!」
「・・・・・。」
「それとも怖気づいたか!?」
「・・・・・。」
「それでも巌谷中佐殿の養子か!?情けない!親に申し訳ないとは思わんのかこのひよっこが!」
「・・・・・。」
「どうした!ここまで言われてまだ何も言い返せんか!?」
「・・・うん、覚えた。」
槐にとって、相手の言葉は不要だった。今自分に必要なのは、戦術機の操作方法になれること。この短時間で学び、感じ、学習したのだ。癖、動きの限界、タイムラグ。
彼はその全てを短時間で覚えたのだ。
グッ・・・
操縦桿を握る手に力が籠る。
相手は油断しきっている。防戦一方となっている自分に対して、攻撃が単調になってきている。
盾で防ぎ、同時に長刀を弾く形で振り上げる。
「なに!?」
「・・・・・。左手の盾で防ぐ?」
振り下ろした長刀が盾で防がれる。
「ほお?やっとやる気になったか。ならば・・・!」
「右からの横なぎ。」
ガギンッ!
槐は呟きながら己から見て右からくる斬撃を長刀でいなす。
「左斜め下からの斬り上げ。」
槐が盾を構えながら後退し、掠らせながらも避ける。
「どうした!?また防ぐだけか!」
「接近、上段からの振りおろし。」
分かる。槐にはわかる。先が、解る。
走り、近づいてくる戦術機が、上から振り下ろされる長刀の軌道が、彼には手に取るようにわかった。
「・・・・・。」
近づいてくる前に、槐は横に動く。
近づいてくる攻撃に添えるように、長刀を動かし、軌道をずらす。
「く!?」
「・・・・・!」
盾を構えたまま突進する。奇襲は見事に成功、突進されたことによって隙が生まれた。
ガギンッ!
「「・・・・・。」」
「そこまで!烏丸一本!」
ワァァァァァッ!!
いつの間にかギャラリーができていたようだ。自分と相手の戦いを見ていた者たちから歓声が上がる。
初めての戦術機での戦闘。槐は勝ち星を収めた。