前書き
皆さまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
お待たせいたしました。正月を過ぎても、リアルが忙しかったです(泣)
安西先生 フロムマジックを入れたいです(白目)
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その日、日本の帝都にてひっそりとその報は知らされた。
ユーコン基地で行われたブルーフラッグ演習で、烏丸槐は暴風試験小隊を1対4という絶対的に不利な状況で勝利を獲得した。
トーラス・キサラギが己の全てを賭けて作り上げた至高の戦術機【八咫烏】の性能は世界に部分的に知れ渡っている。
しかし、その全容を知るものは少ない。故に世界の衛士たちが集まったユーコン基地では改めてその戦術機の異常さと凄まじさに度肝を抜かれた。
―――曰く、長刀の一振りで四機全ての戦術機が吹き飛ばされた。
―――曰く、電光石火の如き速さで逃げる戦術機を追い抜いた。
―――曰く、まだ全力ではない。
一部誇張表現が存在していたが、大体は当たっていた。そして、それは同時に日本という国に、また一つ歴史に残る強き衛士が誕生したことを教えた。
「そうですか。彼の計画は、着々と進んでいるのですね?」
「はい、ハイヴ攻略についてもデータ収集が佳境に入ったとの報告が上がっております」
「まぁ、それは素晴らしいことですね巌谷中佐殿」
帝都の一室にて報告を受けた煌武院悠陽はコロコロと笑んだ。彼女の傍には、護衛である月詠真那大尉が居る。
槐の成長と、八咫烏の進捗具合の報告を受け持っている巌谷栄二も、つられて微笑んだ。
遠い国で息子が頑張っている。その成果を聞いて喜ばれているのだ。ついつい破顔してしまうのも仕方がない。
「しかし、俄かには信じがたい話です。殿下。本当に彼がいずれ一人でハイヴを?」
「気になりますか?月詠?」
「はっ、恐れながら―――ヴォールクデータでの成果を見ておりますが、シミュレーションと実戦は違いますゆえ。いざというときに呆気なく堕ちてしまっては、本末転倒かと」
「そうですね。ですが、今の私達にはそれを知る術はありません。その真偽はいずれわかることでしょう」
「はっ、出過ぎた真似を致しました。殿下。申し訳ありません」
「良いのです。月詠。貴女の言葉は私の身を案じてのこと、責める気はありません」
悠陽は一度目を閉じる。
「私も、頑張らなければなりませんね」
一転して顔を引き締める悠陽。その瞳には幼い容姿であったころ、世界を背負おうとする覚悟を決めている槐の姿が映っていた。
あの時、華奢な身体を抱きしめて謝罪を口にすることしかできなかった自分。
それを悠陽は恥じた。こんな自分よりも小さな子供が頑張ろうとしているのに、自分は憂いでいるだけだった。殿下と呼ばれて崇められているが、国の為になっているのかと自問すれば微々たるものでしかないと自答する。
故に悠陽はあれ以来少しずつではあるが、変わり始めていた。水面下で少しずつ、周りに手を貸してもらいながらも、彼女は未来を見据えていた。
表面では手を取り合って戦うと日本は意気込んでいるが、その裏では醜い争いが続いている。その隅で世界の為に真摯に戦っている衛士がどれほどいるのだろうか。
「ただ、日本の未来を憂いでいるだけでは何も為しえません。ならば、行動せねば」
そのためには槐が必要となる。ハイヴの攻略さえ可能にした切り札があれば将軍家の威厳を取り戻すには十分な一手となりえる。
そして確実を得るためにもう一つ――――
槐が撒いていた種が、少しずつ芽吹き始めていた。
◆◆◆
コックピットから降りると待ち構えていたのは、抱擁だった。
飛びかかるようにして抱き付かれた槐はそれほど抵抗することなく倒れ伏してしまう。
「やったわね槐くん!大勝利よ!」
「暴風小隊を吹き飛ばしたアレなんなんだよ!?あのグルグル回る動きは!?あたしにも教えろ~~!」
「あぁあぁ、槐くんがもみくちゃに」
「いつも通りですわ」
飛びかかるように抱き付いてきた二人の顔は満面の笑顔である。仰向けに倒れた槐を撫でくり回したり、コシコシと頭を擦り付けたり、キスをしようとしたり。
「最後のはダメだ」
「「ええ~~」」
ぶ~ぶ~と不満を垂らす二人を宥めながら立ち上がる。
「あの動きってさ。やっぱり、槐が前言ってた新しいOSっていう?」
「そうだ。人間の動きを限りなく近いもので再現できるようにすることを目的としているOSだ。ただ、やはり難点なのはこの動きに対応できる関節を作らなければならないことだな」
「ライセンス、特許の発行などは?」
「それを考えるのはまだ早いが、そこら辺は要検討だな」
「でも、もしあの動きが誰でも出来るようになったら人類はどれくらい生存率を上げられるのかな?」
「少なく見積もって約40~50%の損害を抑えられるようになる。まだここでは詳しくは言えないがな。志摩子たちには今後OS(これ)の臨床試験を行ってもらうようになる」
「くぅ~~~!燃えてきた!なぁなぁなぁ何時なんだ?いつ来るんだそのOS!」
安芸が槐を見上げながらキラキラした目で訴えかける。ピコピコと震える犬の耳とババババと嬉しそうに振るわれている尻尾を幻視したがいつものことだから気にしない。
「ブルーフラッグ演習が終わるまで、あるいは村雨の戦闘データのノルマをクリアしたらだ」
そういって安芸の頭を撫でる。
「ん~~~~♪」
こうすると安芸は途端におとなしくなるので楽だ。
さて、デブリーフィングを行おう
◆◆◆
ブリーフィングを行い、小休憩を挟んだ後、槐はトーラスのラボへと足を踏み入れていた。
「おかえりエンジュくん。いやいや中々良い戦いぶりだったよ。叢雲も良いデータが取れたよ」
「ありがとうございます。………博士。一つ、質問宜しいでしょうか?」
「ん?なんだい?」
「今回の演習で叢雲の力は十分発揮できたと思いますが、反動が強すぎて今回の演習では右腕部の突撃砲が無線を受け付けない状態になってしまいましたが、なにか対策は?」
「そうだね。まぁ、私も想定していなかったわけではないし、そこらへんは緩衝材を作るなりなんなりで現在臨床実験を行っているよ。今回の演習の目的は格闘戦によるセラフのデータ収集と叢雲の衝撃にどの程度耐えられるかの実験でもあったからね」
「そうだったのですか。分かりました。ありがとうございます」
それでは、と退室しようとする槐をトーラスは一度引き止める。
「そういえば忘れていた。エンジュくん。また新しくスケジュールの調整だよ」
「………またですか?わざと遅らせての報告じゃないですよね?」
―――さっき忘れていたとか言っていたし
槐は疑心の眼でトーラスを見やる。
「違う違う。今回は電撃参戦だよ」
「電撃………参戦?」
どういう意味だろうか?
「いやね、つい昨日の話なんだけど、XFJ計画に加入した部隊がいてね」
「何処の国ですか?」
「うん、これがまたビックリ。アメリカだよ」
「アメリカ………。部隊名は?」
槐が次の問いを投げかけると、トーラスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「アメリカ最強の部隊―――」
―――インフィニティーズさ―――
◆◆◆
一日目
午前9:00 ガルム試験小隊
午後14:00 イーダル試験小隊
二日目
午前9:00 ドーゥマ試験小隊
午後14:00 レイヴン試験小隊
三日目
午前9:00 インフィニティーズ
午後14:00 アルゴス小隊
◆◆◆
「アメリカ、か」
槐は一人そう呟く。
初めてアメリカと接触したときは横浜戦線のとき。突然背後から120mmを撃たれた時だ。それが二回。更に直接な武力で以て排除しに来たのが一回。
過去の経験から自分のことを排除する為に国が寄越したのではないのかと勘繰ってしまうが、かといって下手な質問などできはしない。
「はぁ………」
思わずため息。
自分の仮説がもし当たっていたとしたら、これからは背中に気を付けて過ごさなければならないのか。心に暗雲としたものがかかってしまうのを感じずにはいられない。
「槐」
「ん?」
振り向くとそこには何やら書類を抱えている上総の姿だった。題名から察するにどうやら自分に提出するための村雨に関するレポートのようだ。
「上総か。レポートの提出か?」
「ええ、そうですけど、大丈夫ですの?少々顔色すぐれておりませんわ」
「顔色?」
気付かなかったが近くにあった鏡を見て自分の顔を確認する。そこにはいつも通りの無表情。
普段から感情豊かになって居られれば良いのだが、槐はポーカーフェイスだ。感情を意識して表に出すのはあまりない。
それはそれとして、コンディションは常に最良のものとして維持されている。特にこれと言って変わったようには見受けられない。
「クス、身体の問題ではありませんわ。なにか嫌なことでもあったのでしょう?」
「む」
鋭い
「どうして分かった?」
「女の勘というものは、侮ってはいけませんわ」
「むぅ」
女の勘とは恐ろしいものだ。呻くように呟く槐にしてやったりと笑みを零す上総。
「最近上総は意地悪ではないか?」
「そんなことはありませんわ。はい、レポート」
「うむぅ」
素知らぬ顔で言う彼女。しれっとレポートを渡してくるあたり、言い方は悪いが、強かだ。
「あ!槐大尉発見!」
「?」
クルッ、と振り向く。左右に髪をまとめ、特徴的な鈴の髪留めをした女性、今日演習で戦った暴風小隊長、イーフェイだった。
部下はいないようだ。一人で来たのだろう。何処となく真剣な表情である彼女に槐は怪訝の眼を向ける。
「どうした、ツイ中尉?」
「イーフェイでいいですよ。大尉」
「………そうか、ならイーフェイ。どうした」
「先ほどの演習についてなんだけど」
ビッ!とイーフェイが槐に指を指す。
「次は負けないわ。絶対にね」
ム、と上総の表情が顰められる。上官に対しタメ口、しかも指を指すなど言語道断である。自身の愛する上官が同等、舐められていることに対し、一歩踏み出す。
「割り込ませていただきますがツイ中尉。上官に対してその言い草は―――」
「良い」
「ですが大尉!」
「私に任せろ」
槐の言葉にどこか納得がいかないながらも引き下がる。イーフェイはというと心なしか勝ち誇っているような顔だ。
「イーフェイ。その挑戦、受け取った。だが、次も勝たせてもらう」
「ふふ、楽しみにしてるわ。それじゃあ、再見(ツァイツェン)」
片目を閉じてウインク。中々様になって居るしいい感じに終わるだろうが、そうは問屋が卸さない
「イーフェイ中尉」
「はい?」
―――ゴンッ!―――
「アイッ!?~~~~~~~~~~~~ッ!!」
拳骨一発。槐の細身な見た目にそぐわぬ重い一撃にイーフェイが蹲る。
「とりあえず上官に対する口の利き方、指を指す。その他諸々の不敬により、修正だ」
「あうぅ………はい。ありがとう…ございます」
そういって痛む頭を押さえながらその場を後にする。槐にはその後姿が父親に怒られた娘のように小さく見えた。
私も父さんに怒られたときはああして頭を抑えてたなぁ、と懐かしむ槐であった。
◆◆◆
その夜、槐は持ち込んだファイルを抱えながら自室へと厳重に保管した後、夕食を摂るために街へと出ていた。
今日は唯依達を誘っていない。なんとなく一人で歩きたくなったからである。
今日も慌ただしい一日が終わった。誰とも知れず槐はため息を吐く。今日は一段と寒いようで、出てきた息は白くなっていた。
ふと、仲睦まじく手を繋いで笑いあっている二人組の男女が目に映った。楽しそうに会話をするさまを見て、周りから見れば自分たちもああいう風に映るのだろうか。となんとなく考えていた。
「!」
ふと、その二人組は向かい合うと突然キスをした。どうやら別れのキスだったらしい。手を振りあって帰路に着こうとしているのが目に入った。
「………」
≪シミュレーション開始≫
「ぁ……!ちが―――」
こういう時自分のどうしようもない男としてのサガが出てくるのは厄介だと思う。
今の二人の光景を自分と唯依達に当てはめてしまい。
シュゥゥゥウと耳から煙が吹きでる。
羞恥を振り払うように首を振り。速くどこかのお店に入って紛らわせようと歩調を早めるのであった。
◆◆◆
「あら?いらっしゃい大尉!」
槐が足を踏み入れたのは、なんだかんだでよく来るレストランだった。
「邪魔をする。まだ店は開いているかナタリー?」
「ええ、大丈夫ですよ!何になさいますか?」
アラスカに来てから初めて町で食べた時もこのレストランであり、意外にも馴染みと言える場所だった。
「そうだな。簡単なものを頼む。お任せだ」
「はいは~い!」
パタパタと厨房に消えていくナタリー。
暖房が効いている店内に人はもうほとんど来てはいなかった。それもそのはず、槐が来たのはラストオーダーの前だったからである。
「珍しい……今日は一人なんですね?」
「ああ、今日はそんな気分なんだ」
そういって出てきた料理を口に運ぶ槐。
「へぇ~、そうなんですか………。あ、そういえば聞きましたよ大尉!今日暴風小隊と4対1で勝ったそうじゃないですか!VGやヴィンセントが自慢げに話していましたよ」
「ヴィージー?」
ヴィージー……VG?誰かのイニシャルだろうか?ローウェル軍曹と一緒ということはアルゴス小隊だろう。
―――VG………V………「ヴ」ァレリオ………あぁ
「ジアコーザ少尉か?」
「ええ、彼大興奮でした。ヴィンセントなんてトーラスが作った機体は最高にクレイジーだなんて」
どうやらあたりだったようだ。にこやかに話す彼女になるほど、と槐は頷く。
「博士が聞けば喜びそうだな。あの人はそういうのが褒め言葉だと思っているからな」
うんうんと頷くとアハハ、とナタリーは微笑む。
「最近彼に対して恩義を感じている人もいるそうですよ?何でも貧困に喘いでいる場所に大量の物資を送ったとか」
「物資を送った?博士が?」
研究と開発しか頭にない彼がそんな慈善事業を行っていたのか。意外な情報に槐は目を白黒させる。一体いつそんなことをしたのだろうか。そもそも何処へ?
「ナタリー、それは何処に行ったか聞いているか?」
「え?……えぇ、そうですね。そこまでは………私が聞いたのは、風の噂程度でしたから」
「?……………そうか」
口ごもった彼女に一瞬、違和感を感じたが、その噂の真偽の程は現状では判断できる材料が少ない。
火のない所に煙は立たぬ。空いた時間にでも調べてみよう。そもそも、無駄なことをしたくない彼が物資の乏しい場所に善意100%で送るなどありえないと断言できる。
何処かで手厳しい、などというつぶやきが聞こえてきたが無視だ。
「本当に凄いですね。大尉は」
「?」
「私は衛士でもないのでどれくらい凄いかは見当もつきませんけど、一対四っていう戦力的に圧倒的な差がついてるのに勝っちゃうなんて。そんな凄腕の人がどうしてこんな後方まで?」
「………そうだな。確かにそうだ。まぁ、理由がないというわけではない。私自身こういう開発の任に付けることは願ったり叶ったりでもあった。だが同時に、帝国斯衛軍の軍人として日本で戦いたかった」
はやる気持ちがあった。セラフが出来た時、すぐにハイヴを落としてやりたかった。しかし、それを軍事社会が許すということはない。博士もそれは容認しなかった。
アラスカに来たのは、より確実性をもって作戦に取り組めるようにするための準備を兼任していた。
「………」
槐は後ろで纏めている白金の髪の毛に触れる。
「この髪は生まれつきのものだ。この眼の色もな。だが、だからと言ってアルビノというわけではない。日本人の姓名を名乗っているが、実質日本人ではない」
「それは、どういうことですか?」
「どう見ても日本人じゃない私が、帝国斯衛軍に入り、前線で活躍しているのが気に食わない人間が確かに居る。それに、伝説のテストパイロット、私の父である巌谷中佐の正式な息子として迎え入れられたんだ。あっちにとってはうまく取り入れられたと思われても不思議じゃない」
「!」
◆◆◆
時は数年ほど前、彼が衛士として頭角を現し始め、新たな武装開発についての案を巡らせていた頃だった。自分が生まれた世界で使われた技術をもとに、肩に取り付けるグレネードの発射機構や補助ブースター。数々の案が生まれては消えた。
理由はコストだった。
有澤重工の他に協力を仰げる他企業を探したが、どれもコストが足りないという一点張りだった。
帝国斯衛軍。日本人にとってエリートとも呼べる場所では、槐の容姿は差別の対象だった。幼少のころより日本で生まれ育ったが、しかし槐は日本人の容姿とはかけ離れすぎていた。しかも専用機を与えられ、それで戦果を挙げている。巌谷栄二の息子として恥ずかしくない実力を持っているが、それが気に入らない人間は多くいた。
数年前まで弱小企業だったものが今で他の企業を追い抜かんとばかりに成長を続ける有澤重工と太いパイプを持つ槐と同じく他の科学者、開発部からもやっかみを受けているトーラス。
表だって迫害のようなものは受けていないし、肩身の狭い思いを受けたことなど数える程度でしかなかったが、だが、裏ではこうした嫌がらせが起こっている。
槐たちがユーコンに送られたのは日本国内の上層部が行った所謂厄介払いだった。槐本人は戦術機開発の第一歩と考えているが、セラフによるハイヴ攻略は移動によって延期せざるを得なかった。
もう少しうまくやれていればまた別の結末があったのではないだろうか。昇進してからセラフの開発をしていればまた別の糸口を掴めたのではなかろうか。
頭の中でそんな言葉がグルグルと回り続ける。
………少々湿っぽくなってしまった。
やはり自分はまだまだ未熟だ。唯依達がいないと、暗い思考に陥ってしまう。
「酷い人たちですね。大尉はこんなに頑張っているのに」
彼女の言葉に少しだけ嬉しくなる。
「ありがとう。そういってくれるだけでも、私は嬉しい。だが、もうすぐなんだ」
「え?」
「もうすぐで、日本の領土を、BETAから取り返すことが出来るかもしれない。それだけじゃない。世界だって救えるかもしれないんだ。そのためには、まだまだ止まれん」
「……………」
「?………ナタリー?………ナタリーッ」
「え………?ああはい!」
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ!」
「そうか………ご馳走様。ナタリー。代金はここに置いておく。閉店前にすまなかったな」
立ち上がってすぐに店を後にしようとする槐に、笑顔を返すナタリー。
「いいえ!大丈夫ですよ。ありがとうございました!……………あの、大尉?」
「?」
ふと、彼女は槐を呼び止めた。
「……………いいえ、なんでもありません。呼び止めてしまい、すみませんでした」
「………ああ」
何かを振り払うように謝る彼女はなんだかやるせなくて、どこか寂しげで、困惑の感情が感じられた。
槐は特に追及することなく、レストランを後にするのだった。
◆◆◆
「………」
朝、いつも通りPXで合成物を食べて過ごし、身体を慣らす運動を行う。これが槐にとっての日課になるが、今日は少し違っていた。
「じ~~~~~」
態々効果音を付けてこちらを見つめる志摩子。
「む~~~~~」
ほっぺたをパンパンに膨らませて見上げてくる安芸。
「………ふ~」
チラッとこちらを見やってからちょっとだけ残念そうにため息を一つする唯依。
「はあ~~~~」
心底残念そうにため息を吐く上総。
「あ、あはははは」
なにやら不穏な空気を纏う和泉。これは………面倒なことになった。
「………昨日の夜のことか?」
全員が一斉に頷く。
「なんで昨日なにも言ってくれなかったの?夜は一人で食べるって」
彼女たちの気持ちを代弁するかのように志摩子
「そういう気分だった。別に他意はない」
「ほんとに?」
「勿論だ」
「何処で食べたの?」
「ナタリーのレストランだ」
「ああ、あそこの………ハッ!まさかナタリーと何かかん」
あるわけないだろう。
ペシッと安芸の頭を軽くはたく。
「最近下品だ。自重するべきだ。昨日は連絡の一つもなくてすまなかった。次からは気を付ける」
「ほんとに?」
「ああ」
「ほんとのホントに?」
「無論だ」
ならいいかな、と全員が肩の緊張を解く。どこかピリピリとした空間もなくなった。
「まぁ、増えるなら増えるで一言言ってくれれば良いから」
「ああ。昨日は本当にすまなかった」
「うん。謝ってくれたから許す。でもお仕置きね。安芸!やっておしまい」
「アイアイサー」
そういって一番近かった安芸が槐の両頬を抓る。
「いふぁいいふぁいいふぁい」
たってたってよっこよっこまるかいてちょん
「うむぅぅぅ………すまなかった」
両頬を擦る。意外と痛いものなのだなこういうのは。
「まだお仕置きは終わってないぞ槐。あたしの頭を撫でろ~」
「うむ」
「はにゃ~~~~ん」
ん?
「志摩子」
「なに?」
「先ほどの一連の会話に何かおかしいところはなかったか?」
「そんなことないけど………」
「そんなことないぞ~~だろ~~?唯衣~~~?」
「あ、ああ。そうだな(撫でられてる。羨ましい)」
「そ、そうですわね(羨ましい)」
「あはははは。槐くんは相変わらずだね」
妙にしこりの残るような会話だったが、それほど気にする必要はなさそうだな。槐はそう判断した。
相変わらず和泉は笑っているばかりでどうもわかりづらい。
「あ、槐大尉。おはようございます」
後ろから声がかかる。振り向くとそこにはイーフェイが居た。今日は他の部隊員も一緒のようだ。
「イーフェイか。おはよう」
「おはようございます!兄貴!」
「ちょっ!?」
「「おはようございます!」」
「………?」
先に起きた一連の出来事を確認しよう。
槐は普段通りの挨拶をした。その瞬間、イーフェイの後ろに居た三人の女性が一斉に敬礼、後に自分を「兄貴」と呼んだ。
「………」
まったくもって訳が分からない。
「あ、あんたたち何言ってるのよ!」
「だって、兄貴は姐さんを一対一で倒した男ですよ?」
「しかもあたし達三人もまとめて、認めないわけにはいかないアル」
トントン拍子に進んでいるが少し待ってほしい。
何時から自分は「兄貴」と認めてもらうために戦っていたのだろうか。
「いやぁ、ここに来てよかったですね。姐さんを倒せる男に出会えるなんて。将来が安泰ですね」
「あ!もしかしてアルゴス小隊の方を意識してるんですか?」
「うっるさいわよあんたたち!少し黙ってなさい!」
何故イーフェイの将来が安泰になるのだろうか。理解が追いつかない。
そういえばアルゴス小隊との演習は今日の午後らしい。
当初の予定は自分が参戦することで完全に狂っている。そういえば、広報のオルソン大尉。近々カリブの時と同じ広報活動をするとか聞いたが、いつやるのだろうか。
と、若干の現実逃避を行いながらも、イーフェイ達の話は一度終わったようだ。
「………」
彼女たちから見れば、一連の会話をただ黙って見ているように思えるだろう。
今まで槐が静観していたことに気付き、慌てたように彼女が謝罪した。
槐は気にするなと一言口にし、お互い知らぬ存ぜぬで済ませることにした。
「イーフェイ。後ろの三人を紹介してもらってもいいか?」
「は、はい!ほら、あんたたち!大尉にご挨拶!」
「は、ハッ!自分は統一中華戦線暴風試験小隊所属の王霞鳳(ワンショウフォン)少尉であります!」
長い黒髪を頭頂部で纏めた女性が敬礼する。
「同じく慮 雅華(ルゥ・ヤァファ)少尉です!」
「同じく李 玲美(リー・リンメイ)少尉であります!」
ワインレッドの髪ををお団子のようにしているルゥ・ヤァファ、ベージュの髪ショートカットにしたリー・リンメイ。三人の顔を覚え、敬礼する。
「日本帝国期衛軍レイヴン小隊所属の烏丸槐大尉だ。私の部隊も紹介しよう」
色々あったが、お互いの顔合わせという意味で、今朝の食事は終わることとなった。
◆◆◆
ガルム小隊。欧州連合軍に所属しトーネードADVを装備している実験小隊。ブルーフラッグ演習二日目において、午前九時より槐の対戦相手となる小隊である。
「………チッ」
彼らの心の中は暗雲としていた。
先日の暴風小隊との一戦を見て、その実力を垣間見た。
「何が【今回の対戦相手は例の日本の新型だ。絶対に勝て】だ!無理だろ。彼奴は4対1をほとんど無傷で勝ちやがった相手だぞ」
「おい、ガルム3!なに言ってやがる」
「お前らだって見ただろ、あの戦術機は、化け物だ」
男、ガルム3は思い出す。一振りで4機の殲撃を弾いた常識では考えられない日本の新兵器。爆炎を背に影の中から光る黄色のカメラアイ。
自分達がアレと戦って勝てるなど、到底思えなかった。
伝説のテストパイロット巌谷中佐の再来。そんな噂さえ聞いたことがある。そして、その噂に恥じぬ実力を見せた。
情けない。戦う前から弱気になって居る。
「なにを弱気になって居る貴様ら!」
「!………隊長!ですが、あいつの強さは」
「だからどうしたというのだ!」
「た、隊長!?」
「負けは死ではない!この戦いが新たな戦術機を、我らの新しい牙を作り出す!そこに勝敗など必要ないのだ!聞け!ガルム小隊!」
「「「!!」」」
「お前たちは祖国の為にここに来たのだろう?」
『………そうだ』
「俺たちの目に映るのは、前線に立つ偉大なる兵士たちだ!彼らの為にも我々が頑張らなくて誰が頑張るというのだ!」
『そうだ!』
「よし!行くぞ野郎ども!最強がなんだ!」
『そうだッッ!!』
「俺たちの戦いは!」
―――ここからだーーーーーーーーっ!!!―――
ドドドドパウッ!
「「「「参りました~~~~~ッ!」」」」
ドカーンッ!
『ガルム小隊四機。コックピットに致命的損傷。撃破を確認。開始から5分足らずとは、新記録ですね。大尉』
アナスタシヤからのオペレートにああ、と頷く槐。JIVESによるシミュレーションが終わり、一度自身を背もたれに預ける。
ふぅ、と一息ついて一言彼は漏らした。
「なんだろう」
倒したら謎の罪悪感を覚えた。
その後、本当に、ほんっとうに蛇足だが、この一連が流れたら俺たちが勝つべきだろう普通!とガルム小隊の面々は余りの情けなさに枕を涙で濡らすことになる。
◆◆◆
≪おまけ≫
食堂での長い自己紹介が終わった後、イーフェイ達を交えながら食事は再開される。
「イーフェイ。聞いてもいいか?」
「?なにかしら?」
「こうして声を掛けてきたのは、なにか言いたいことがあったのではないか?」
「あ、そういえば忘れてた!」
ハッ!と得心入ったような顔をするイーフェイ。
忘れていたのか。
「槐大尉!言い忘れていたことが一つあったわ!」
「む」
立ち上がり自分を指さすイーフェイ。人を指さすのは失礼だからやめた方がよいと思うのだが………。
「次戦うときは一対一よ!予定が合い次第!決闘よ!」
好戦的な笑みを浮かべて言うイーフェイ。
良いだろう。受けて立とうじゃないか。
槐も同じく、唇の端をわずかに吊り上げて、それに応えるのだった。
因みに、この後のブリーフィングルームで唯依達による可愛らしい制裁が待っていたのは言うまでもない。
解せぬ。
―――――――――――――――――――
あとがき
さて、改めまして、投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
皆さん年越しは楽しんで過ごすことが出来たでしょうか?楽しい時間というのはあっという間に流れてしまうものです。
そして今年から始まるお仕事 デデドン!(キチレコ)
皆さん頑張っていきましょう。今年もよろしくお願いいたします!