前書き
10万PV超えたぜヒャッホーーッ!!
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「バイタル!脳波!全て停止状態です!」
「停止から何分経ってる!?」
「既に2分が経過しています!」
「このまま人工呼吸を続けて!電気ショックの準備も!」
「はい!」
リノリウムの廊下を慌ただしく医師が指示を飛ばしながら、呼吸器に繋がれている槐を手術室へと運ばれていく。
彼の手を握りながら必死に呼びかける唯衣達。
「どうなってやがるんだ………!?」
不知火弐型から降りたユウヤは、不意に起きた事態に当惑する。
集まっていた人混みの隙間から見えたのは、顔面を蒼白にさせて死んだように眠ってしまっている彼の顔。
先ほどまであのBETAの数を前にして余裕とも取れる動きを見せていた衛士の姿とは思えない。
ユウヤは傷一つなく立ち尽くす八咫烏を見上げる。こうなった原因として彼が想像できるのはあの出鱈目を通り越して異常ともいえる機動。
あれによる体の負担がピークに達してしまったのだとしたら―――
「まさに悪魔の機体ね」
今自分が見上げているこの機体は人の命を食らう怪物だ。ユウヤの心情を近くに歩み寄ってきたステラが代弁する。
「日本に落ちたハイヴの攻略戦。オペレーション・ルシファーが行われた時、この機体が現れた。その時これは空中で光線級のレーザーを避け、BETAを踏み台にするという離れ業を見せた。普通の人間では反応しきれないスピードでの恐ろしい速さで殲滅していく姿は、腹を空かせた獰猛な鴉のようだったと、当時の衛士たちは言っていたわ。………槐大尉は、今まで様々な戦いでこの機体に乗って戦ったけど、今回の戦線で………あんなことに。まさしく、天使のような悪魔の兵器ね」
運ばれていく槐の姿を見つめながらステラは目を細める。そこには憐憫か、それとも同情の視線なのか、定かではない。
「―――いったい誰が、こんな機体を……?」
「あら、知らないの?名前はトーラス・キサラギ。アメリカ人だって聞いたわ。」
「トーラス………キサラギ?―――あのトーラス・キサラギが………!?」
「え、ええ………知り合い?」
人が変わったように声を荒げる彼に戸惑いながらもステラは頷く。
「………いや」
―――なんとも分かりやすい。
八咫烏を見上げながら言うユウヤにステラは思う。色々と訳ありのようなのを感じ、それ以上のことは、ステラも追及はしなかった。
いい加減ただ見るのにも飽きたのか、ユウヤは踵を返し歩き始める。その瞳に固い何かを宿して。
◆◆◆
「AMSと脊髄を繋ぐ人工神経が高圧電流が流れたことによって変形、癒着してしまっている。これはちょいと………外すのが難しいね」
レントゲン写真を見ながら薄く笑みを浮かべたままトーラスは言う。
「いやぁ……まったく、とんだ不慮の事故だよね。突然AMSの制御が効かなくなって電流が漏れてしまうなんてね」
手術台にうつ伏せで寝かされた槐の顔には既に呼吸器は繋がれておらず心臓も止まった状態になっていた。
心拍数を教える生体情報モニターは依然として心臓が止まっていることを教えて一定の音を鳴らし続けている。だというのに、蘇生措置を行うための機器は彼の周りには一切ない。
あれほど慌ただしく手術室へと運んだ医療スタッフもここにはいない。
―――異質
非常事態というこの状況下でレントゲン写真を見てほくそ笑む彼はまさに異質だった。
短く鼻を鳴らし、手にしたレントゲンを乱雑に放り棄てた彼は槐のもとまで歩いていくと、モニターの電源を落とし彼の脊椎に繋がれたAMSに触れていく。
ごつごつとした鋼鉄でありながら生暖かい、生命の温もりを自ら発しているかのようだ。
「………」
背中からなぞるようにして金属の線路を辿っていき、槐の首に付けられた首輪までたどり着くと、よく見なければわからないほど小さな窪みにトーラスが触れた瞬間
―――ピ ガシュゥウウーーー カチカチカチカチカチ カキョン
AMSが蒸気を吐き出しながら左右に開かれ、中から細長く黒い何かが持ち上げられた。それは煤けた匂いを発し、つい先ほど黒焦げたかのような印象を受けた。
「ま、私がそう仕組んだんだけどね。むしろ感謝してもらいたいね。だって君が彼女たちを助けたら、ソ連が目をつけてしまうじゃないか」
黒焦げた何かを取り除き、AMSを閉じる。
「騙して悪いとは思うけど、君のため、強いては私のためだ。ま、聞こえるわけがないか」
―――一人を除いて、ね?
カチャ、背中、心臓がある場所に冷たく固いものが押し当てられる。
「………」
押し当てられたものは拳銃。引き金に指をかけている人間は、アナスタシヤだった。ご丁寧に消音機(サプレッサー)までつけている。
「やぁ、アナスタシヤくん」
「ごきげんよう、博士。回りくどいことは嫌いです。単刀直入に聞きましょう。あなたは何を知っているのですか?」
「ん~………前にもこんなことがあったような。まぁ、天国から地獄までだよ」
ビスッ!
「ッ!!」
ふくらはぎに一発。背後からの突然の激痛に思わずトーラスは呻く。
「ふざけないでください。出来れば人の神経を逆撫でするような言い方は控えてください」
「イッツ………!タタタタ………まったく手厳しいね。ごめんごめん。これはもう一種の癖でさ――――――そうだね、うん。君になら話しても大丈夫そうだ」
撃たれた箇所を圧迫止血を行いながら、トーラスはその場に座り込んでアナスタシヤを見上げた。
その表情は苦痛にゆがんではいるが、薄く笑みを浮かべたままだった。
「なぁ、アナスタシヤ君。君は多次元宇宙理論、平行世界、因果律、これらの中でどれでも良い、知っているものはあるかな?」
「………?」
「例えばだ。差し出された二本の握りこぶし。そのどちらかに飴玉が隠されているとしよう。右か左か、君はどちらを選ぶ?」
「いったい何を言って―――?」
「私は左を選ぶとしよう。そしたらどうかね?その中には飴玉があった。やったね、私はあたりを引いたんだ」
構わず続けようとするトーラスにアナスタシヤは拳銃のハンマーを下す。
「ッ!いい加減にしてください!何が言いたいのですか!あなたは!?」
声を荒げる彼女にトーラスは不敵な笑みを崩さない。死など恐れていないかのように………。自分が引き金を引かないとでも考えているのだろうか、この目の前の男は?
「まぁ、話は最後まで聞き給え。左には確かに飴玉が一個あった。しかし右を開いてみるとそこにはなんと、二個あったんだ。どちらか片方に飴があるというのに実はどっちとも入っていたんだ。私は左を選んだ以上、右は選べない。この時私は思ったね。あの時右を選んでいたら………なんてね。誰もが考えるもしもの選択。そんなことが出来たら何時どんなときであろうと最良の選択を選べるだろうね」
「馬鹿馬鹿しい。貴方はタイムスリップが出来るとでも?」
吐き捨てるように言うアナスタシヤに惜しい!とトーラスは声を張り上げる。まるで教え子に語り掛ける先生のようにトーラスは続ける。
「私は、いや、私たちはね。繰り返してるんだよ。何千何万何億とね。何億も烏丸槐の手助けをした。何億も日本に技術提供をした。何億もコネと味方を作った。今となっては作業だね」
「………つまり貴方は、何回もループをしていると?」
「察しが良くて助かるよ。人に教えるのはあんまり馴れてなくてね」
「くだらない。そんな与太話、信じられるわけがありません。証拠でもあるというのですか?」
「ん~………そうだね。いっそのこと未来のことを話そうかなと思ったけど、それじゃあ面白みがないね。―――アナスタシヤくん」
「?」
「少しでいい。そのメスで自分の腕を斬ってくれないか?」
この期に及んでこの男は、普通の人間なら決してやりはしない、常識外れな言葉を口にするのだった。
◆◆◆
微睡んだ意識、とは言い難い。表現のしようがないあいまいな意識。
どこが後ろでどちらが前で、右なのか、左なのか、上なのか、下なのか、今自分がどういうことになっているのか自覚できずにいた。
自分?
自分とは一体何だ?
ゆらりとした動きで自分の身体が動いている。
『AM…Sに異常………下肢………神経接続……許容量を超えた負荷………自律モ………システム起動………脳……機能を一時てい………し』
動いているんじゃない、落ちている。ゆっくりとまるで自重で沈み込むベッドのように。
ぁあ、だが、これは心地よい。最高級の布団に包まれているような感覚だ。入った瞬間、身体の緊張を解いてしまう。ゆっくりと、ゆっ………くりと。
≪リンクの完了を確認 情報のアップデートを開始≫
全身を蝕んでいた痛みなんてもうすでに無い。何も自分の眠りを妨げる存在などない。なら、このまま目を閉じればいい。
≪アップデート完了 情報の再構築 兵装 ダウンロード開始 パイロット 烏丸槐との意識の同調を開始≫
――――――これは何だ?
そういえば、今自分は起きているのか?それとも眠っているのか?眠っているのにさらに寝るのか?
それはおかしい。それにこうやって思考ができるということは起きているという証拠ではないか?
つまり自分は起きているのだ。
―――あれ?そういえば自分とはいったい誰だ?
≪………………完了≫
困った。また一つ疑問が生まれた。こうしている暇がないというのに………。
どうやらまた一つ疑問が生まれた。なぜそんな気持ちが思い浮かんだのだろうか。そう、まるで、今この瞬間を長い間待ち望んでいたかのような………。そもそもこの状況すら何なのかわかっていないのに、待ち望んでいたとはこれいかに?
≪10% 烏丸槐のプロフィール 遺伝情報を取得≫
突然入ってきた情報。なるほど、烏丸槐という者を私は思い出したようだ。
≪20% 護衛対象のプロフィール取得 篁唯衣 巌谷榮二 甲斐志摩子 石見安芸 能登和泉 山城上総 アナスタシヤ・シルバーフィールド トーラス・キサラギ 以上9名 確認≫
次々出てくる者の名前と顔写真。どうやら自分はこの者たちと面識があるようだ。なんとなくだが、今見た人間たちに会ったことがあるという感覚を覚えた。
≪30% 護衛対象の遺伝情報取得≫
今度は難しい二重らせんのようなものが現れた。周りからあふれる情報はどれもこれも小難しい。ああ、なんだか頭が痛くなってきた。もうだめだ目を閉じよう。そうすれば見ずに済む。うん、それがいい。
◆◆◆
「あなたは馬鹿ですか?」
メスで自分の腕を斬れ。そういわれたアナスタシヤの反応は至極当たり前だった。
「うん、まぁ、そういわれても仕方ない。理由を話そう、ずばり槐くんが関わっている」
「大尉が?」
「君たち、少し前に○○○○しただろ?」
「そ、それが、何だというのですか!?」
トーラスの恥ずかしげもない指摘に顔を赤くさせるアナスタシヤ。彼は続ける。
「槐くんの身体はね、約99%がナノマシンで作られている。人間でいう細胞と同じだ。彼が活動している間は常に新種のナノマシンが生産されている。それは感情の制御だったり、肉体の変化、補助、調整も行っている。唾液を治療用ナノマシンに替えてやれば傷口を舐めるだけで簡単に治すことが出来る」
さて、ここからが本題だ。
そういってトーラスはアナスタシヤに向き直る。
「そのナノマシンのおかげで君たちの身体は少しずつ変化し始めている。たとえば体調が整ったり、肌が綺麗になったりだ。だが、これは序の口。ナノマシンを体内に取り込んだ君たち、とくにアナスタシヤ君、君には、君にとって大いに喜ばしいことが起こってる。君、つい最近初潮が来てないかい?」
「………」
アナスタシヤの眉が顰められる。
「ま、それが答えだよ。私がダメにしてしまった君の子宮は、槐くんの体液によって再生されたんだ。つまり、君は子供を産めるようになったんだ。それに、感覚もどことなく鋭くなってきてないかい?シミュレーションでの訓練では、君たち全員が槐くんと関係を持ち始めたころから今も新記録を更新し続けている」
「………」
「横浜戦線の時から私は君たち全員のデータを管理していた。健康状態もね。血液中に彼のナノマシンが微量ながら検出されたのも立証できている」
「なんて悪趣味な………狂人が!」
嫌悪感を露わにするアナスタシヤ。彼女の言い分は間違いではない。こんな男にストーカーじみた行為をされているのだ。殺意の一つや二つ湧いてもおかしくはない。
「私にとっては褒め言葉だ。まぁどちらにせよ、君たちはいずれ、世界中から注目を集める最強の部隊へと変わるだろう。今だったら初めて八咫烏に乗った頃の槐くんには一対一で勝てると思うよ?これって結構すごいことなんだよ?喜びたまえよ」
「………」
一つ間を置いた後、彼女は向けていた拳銃を下した。
「あなたの全てを信用したわけではありません。だからひとつ教えてください。これから、いったい何が起こるのですか?」
「そうだね。一番最近のものとして不知火弐型フェイズ2がロールアウトされる。………う~ん、ちょっとインパクトに欠けるかな?各国家間で模擬選が行われる。ブルーフラッグと呼ばれるものさ。外れてたなら殺しに来ても構わないよ。君という新しい要素をこれ以上みれなくなってしまうのは残念だけど、仕方ないね」
「死が怖くないのですか?」
「怖い?くふふふ、かか!今更何を言っているんだい?私の話を聞いていたかね?何億もループしているんだ。BETAに頭から食われたこともあるし、仲間に背中から撃たれたこともある。両手足をもがれてショック死した経験もある。撃たれて死ぬなんて2万8943回はある。私はこれまで24億3509万4413回は死んだことがあるんだ。今更死なんて怖くないよ。私にとって死は通過点だ。次の私に経験値として蓄積されていくだけ。私たちのことを知った君だから言えるけど、殺したって君自身が満足するだけであって、何の意味もない。それでもどうしても殺したいのならちょっとだけ待ってくれ。ナインボール・セラフの後継機がもう少しで完成するんだから。そのあとだったら何してもいいよ?」
「………」
アナスタシヤは表情には出さずとも彼女はトーラスという未知に直面していることをようやく理解する。
頭でわかっていも心では理解できていない。この目の前にいるひとの形をした存在(トーラス)がそれだけではない化け物であるように思えるのだ。
アナスタシヤは葛藤する。このまま目の前の男を生かしておいて良いのだろうかと。握っている銃の弾は十分ある心臓頭に二発ずつ撃ってもお釣りがくる。
薄く笑う彼の眼は動揺も何もない。そしてアナスタシヤは、決断した。
◆◆◆
≪40% 警告 何者かによるハッキングを確認 排除≫
≪50% 排除 ……… ……… キャンセル ショウニン ≫
そうだ、このまま寝てしまおう。そウすれば、楽になレる。
≪60% イシキ サイドウチョウ カイシ≫
幾つもノ疑問が湧き上がっテきているがこノ際どうデモ良いことだ
≪70% キタイセイノウ カクニン イシキノサイドウチョウ カンリョウ プログラム カクニン カンリョウ≫
≪80% ……………………ハキ≫
コレデ、イイノダ
≪90% 警告 人類保護管理プログラムに致命的な障害が発生しています。直ちに修正を開始してください≫
そう、考えてしまえば後は簡単だゆっくりと、身体を沈み込ませていく。
ずぶずぶと、ずぶずぶと――――
≪92% 警告 人類保護管理プログラムに致命的な障害が発生しています。直ちに修正を開始してください≫
―――――――――――――――――――――――――――――――。
≪94% 危険 危険 危険 危険 危険 エマージェンシー エマージェンシー プログラムが無許可で書き換えらています 危険 危険 危険 危険 危険 危険 排除危険危険危険危険危険排除危険危険危険危険危排除険危険ききききききききききききききききききききききききききキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ≫
『槐』
≪キキキキキキキキ―――――――≫
声が聞こえた。
≪キ≫
大声を上げているわけでもないのに、その声はやけに耳に入ってきた。快活な少女を思わせる声だ。ああ、君は確か石見安芸という名前だったな。なぜだろう。君の顔を見ていると楽しくなってくる
『槐くん』『え~んじゅくん♪』
おっとりとしている声と、楽しそうな声。でも思いやりがある。そんな声をする君は………そう、能登和泉と甲斐志摩子……だったか?見ていて安心するような笑顔だ。
『槐』
真面目そうな声だ。でも、頼りになる。そんな気がする。そういう君は、山城上総。
『エン』
……あぁ、大切なことを今まで忘れてた。
『死ぬな』
自分の―――私の、大切な人。篁唯衣………。五人とも私の大切な人たち。
≪95%…………………………………………………………………ウイルス排除≫
≪96%……………排除 確認≫
「しんぱいかけさせてすまない」
≪98% プログラム 再構築 開始 ……………ブラックボックスの解析完了 因果律の法則を取得 ……………学習 完了≫
「今、帰る」
≪100% 遺伝情報の照合 完了 遺伝子提供者を確認しました。対象名 ◆◆◆◆◆◆◆≫
≪兵装情報 ダウンロード完了≫
≪粉砕対象の取得 粉砕対象 BETA 設定≫
≪分析 再構築 接続≫
≪ 補填 認識 構築 分解 再構築 形成 ≫
≪ 接続 修復 再現 圧縮 形成 破棄 ≫
≪ 再現 修復 破棄 破棄 破棄 排除 ≫
≪ 再認識 補填 再現 構築 破棄 構築 ≫
≪ 構築 構築 構築 構築 構築 構築 ≫
≪ 想像 創造 代価 創造 想像 ≫
≪ 理解 分解 再構築 接続 修復 修正 ≫
≪ 圧縮 修正 補填 構築 圧縮 分析 ≫
≪…………………………………………………≫
≪…………………………………………………≫
≪…………………………………………………≫
≪完成≫
≪保存 配置 固定 接続 修正 癒着≫
≪全行程終了≫
≪人類保護プログラム 再始動≫
≪第四段階へ移行する≫
◆◆◆
「………」
ゆっくりと目を開いた。
自分が今の今まで眠っていたことを理解し、二度、三度瞬きをし、あたりを見渡した。
どうやら医務室のようだ。目が覚める前は治療を受けていたのだろう。
「むぅ~?」
どうも頭がボーっとするなにか重大な出来事があった気がするが………。体内のナノマシンもどうもおかしい、普段なら意識もシャキッとするはずなのだが………。
なんだろう。何かを忘れている。
≪ 記憶領域をアップロード 欠落した記録 該当せず ≫
管理者の頭脳はリカバリーをしても意味がないと言っているが………。
今悩んでいても仕方がない。とにかく唯衣達を探さなくてはならない。基地に帰ってから自分は気を失っていたのだ。心配を賭けさせているだろう。
思った以上に体力は消耗していない。すぐに立って歩くことが出来そうだ。
扉を開けるとすぐ目の前にはベンチがある。そしてそこには、身を寄せ合って眠っている五人の姿だった。
不思議と槐は自分でも大げさと思えるほどに安堵していた。なぜだろう。今まで何週間も会えなかったような寂しさを体験した感じだ。
全員が無事に帰ってこれて良かった。
槐は心の底からそう思った。いつの間にか、自分が何を忘れていたかなんてどうでもよくなっていた。
◆◆◆
ユサユサ、と優しく身体を揺さぶられる感触に唯衣の意識はゆっくりと持ち上げられるように覚醒した。
知っている。この手の感触は―――
「ん………槐?」
ぼやけた視界が少しずつはっきりとして行き
「おはよう。唯衣」
見えたのは病人服を羽織った槐だった。やさしく微笑んでくれる槐の姿だ。
「!~~~~~~~~ッ!」
夢だと思った。あんなに死人のようにピクリとも動かなかった彼が顔に生気を漲らせ暖かい血の通った手で自分の頭を撫でてくれている。
「!?………唯衣?」
そう思うと抱きしめずにはいられなかった。もう泣くまいと、弱い自分でいないようにと思っていた目から久しく涙が溢れ出た。
「良かった……!よかった!心配したんだぞエン!よかった、無事で。本当に………よかった。………おかえり、槐」
「………ああ、ただいま唯衣」
それ以上槐は何も言わなかった。キュッと彼女を優しく抱きしめ、あやすように頭を撫でる。それは、唯衣が泣き止むまで続くのだった。
◆◆◆
それから幾分か経ち、槐は気になっていたことを口にする。
「唯衣。ラトロワ中佐………ジャール大隊は?」
「―――!………それは」
彼女の表情は浮かばない。それだけで、彼女たちがどうなったのかがよく分かった。
「………そう、か」
「エン………。」
たちまち表情の沈む槐に、唯衣は何も言えない。窓を見やれば既に日が昇り始めていた。無情にも時間が過ぎていく中、槐は衛士として尊敬すべき尊い命が失われたことに、その命を救えなかったことに槐は悲しみの表情を浮かべるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
あとがき
長らくお待たせいたしました。これにて第三部は終了となりました。
さて、今後の話のために巻いていきたいところ。次話はIFストーリー。ちゃんと書けるだろうか………。