《白銀 武》
1回目は力が無かった。
仲間を助けるどころか、足を引っ張った。
人類の敗北を目にしながら、仲間が1人ずつ欠けていくのを唯眺めていることしかできなかった。
2回目は覚悟が無かった。
恩師を死に追いやり、逃げてあちらの世界を巻き込んでそれをようやく気付いた。
世界に光明をもたらしたが、それは仲間の挺身によりできたものだった。
全ては自分の力不足だった。
............
だが
それでは3回目はこれで成功するのだろうか。
力を手にし、覚悟をきめさえすれば、皆を助けられるのだろうか。
ハイヴを灰燼に帰し、英雄と褒めはやされるほどになれば全員を守れるのだろうか。
もし
それでも叶わぬのなら。
それが、唯の英雄では許されない奇跡だとしたら。
俺は
10月23日 白銀 武の私室 《白銀 武》
ゆさっ。
ゆさゆさっ。
誰かに揺すられている。
優しくて、服ごしでも手のひらの温かみが伝わってくる。それはつい最近の様な、とても久しぶりの様な感覚。
「純...夏?」
バッ
「うおぉ!」
浮遊感。そしてすぐさま奔る衝撃。どうやら布団をはがされて、そのまま地面に激突したらしい。
目から火花がでるかと思ったと、なんとも古典的なことを考えていると、頭上から声がかけられる。
「違います」
目を開けると、そこには霞がいた。ずいぶんと小さい...いや15年前の姿なのだから当然だ。
付き合いが浅い者なら無表情ととるだろうが、俺には少々怒ってることが感じられた。眉間にほんの少し皺がよっている。
「......おはよう、霞」
「......」
無言。これは少々どころではなく、かなり怒っているのか?
どうしたんだ? と聞く前に、霞は返事の代わりとばかりに、なんと俺に持ち込んだらしい数冊の本を落としてきた。
「なっ!」
頭に鈍い痛みが走る。正直さっきの衝撃とは比べ物にならないほどだ。分厚い本の威力は洒落にならない。目に涙が溜まり視界がぼやけていると、さらに自分の上に影ができていることに気付く。
それはつまりまだ霞が俺を見下ろすように立っているわけで。
追撃かっ。
とっさに戦場で培った反射神経で、回避を試みようとする。
だが今回はボフッという音と共に、柔らかく暖かいものが覆いかぶさってきた。
霞が抱きついてきたのだ。
「......武さん。最低です」
霞の身体は震えていた。ようやく戻った視界で彼女の顔を覗き込むと、怒った様なこちらを心配する様な表情であった。
年齢を重ねるごとに感情表現が豊かになっていった霞だが、ここまではっきりと表すのも珍しかった。
「心配......しました」
失念していた。
彼女には攪乱を頼んでいたものの、それ以後の計画の詳細を知らせていなかった。
あちらの世界で時間が無かったこともあるが、これは言い訳にはならないだろう。
俺が死んでしまうことが怖いのではない。もちろんそれもあるのだろうが、霞が恐怖したことはそれが主ではないだろう。
なにも知らされずいなくなり、そして死んでしまう。
待たされる者にとって、それは最低の裏切り行為だ。
行く者の死を心配しつつも、笑顔で送り出そうとする者への冒涜だ。
それを図らずとも、前の世界も含めて二回彼女にしてしまった。
だから謝罪の意を込めてそっと俺は霞を抱きしめる。許して貰うためではなく、少しでも償うために。これからは、ずっとしないと確約できない自分のことを詫びる為に。
「だから」
ん?
霞のオーラが変わった。なんというか禍々しい。
「だから......お仕置き......です」
失念していた。
今の霞は昔のあの純真子ウサギではない。
極東の魔女と謳われた博士の右腕であった存在だ。
「痛くはなるべくしません」
俺の背中に回っていた霞の腕に、力が入ったのを感じた。
「おはようございます」
彼女の中では前の出来事は無かったことになったらしい。
一々俺をもう一度ベットに寝かせて起こすのは、一種のシュールさがあった。
もちろん突っ込めば、もう一度『寝かされて』起こされるのは明らかなので、ここは黙っていたほうが良い。
身を起こして俺はベットに座る。霞はじっと俺を見つめている。
沈黙。
気まずい。
だがそれにしてもあちらの霞と比べると、ウサ耳をつけている今は、何かコスプレしているみたいだな...
「武さん。最低です」
「......すまない」
リーディングで読まれてしまった。縮こまる俺を眺め、霞はため息をつく。
なんというかその、小さくなっても俺たちの力関係は変わらないようだ。
どうも霞と接していると地が出てしまう。自分に残った甘えなのか、それとも霞が巧みに俺からそれを引き出しているのかは分からない。
「......いいです。とにかく昨日の博士との話し合いはどうでしたか。話して貰わなくては、私でも
分かりません」
霞は昨日の話を持ち出してきたので、俺はそれに便乗する。
「ああ。それは順調に終わった。昨日は大体のことを話して、今夜に詳しくもう一度話そうと思ってる」
「そうですか。じゃあ今日私は、純夏さんとお話しています」
脳髄だけの純夏と、コミニケーションができるのは霞だけだ。一応昨日は部屋で休まされたらしいが、おそらくこれからの日課は昔と変わらないことになるだろう。
「こっちはA-01と207の皆の教導をするつもりだ。A-01とは、今日は大尉と打ち合わせだけになると思う」
どう転ぼうが部隊の錬度が高いことに不都合は無いので、本格的に動き出すまでは教導に勤しむことを予定していた。
「頑張って下さい。夜の博士との話には私も参加するつもりです。訓練の終わり頃に会いにいきますので」
言い終わると踵を返して霞は扉へと向かう。
去り際にこちらを向き
「またね」
「またな」
軽く笑みを交わして霞は退出していった。
毎朝していた『これ』は、どうやらこの世界でも継続するらしい。
時計を確認してみると、起床ラッパの5分前。話の時間を含めて起こしにきたのだとしたら、霞の起こしスキルは驚嘆に値する。
ちなみに俺にぶつけた本はそのまま床に散乱していた。表紙から見るに学術書だろうか。
こんなものを普段霞は持ち歩いてはいなかったので、ただ俺に投げるために持ってきたのだろう。
とにかく気を取り直し、いつもの通りに服を着替えようとして、ふと手が止まる。
俺はこの訓練生の服装以外に服を持っていない。
手続きは昨日副司令がやっていたから、装備品や階級章と共に届くはずだが、詳細を聞いていなかった。あちらから持ってきた服は強化服のみだったため、今の服装は、検査時に着替えさせられた訓練生のものだけだ。
以前のループの時は問題なく用意されていたので、嫌がらせなのかもしれない。(わざわざ不要な訓練生の服を渡してきたことも怪しい)
だとすれば待っていてもしょうがない。忘れている可能性も万が一あるかもしれないので、基地の確認と兼ねて博士の部屋に行こう。
そう思い立ち俺は立ち上がる。
部屋を出る前の日課だ。
鏡を覗き込み、ゆっくりと深呼吸。
顔の筋肉の一筋まで意識をとどかせて、表情を操作する。
あいつらと会うのだ。気を引き締めなければならない。
昔とは違う。同輩ではなく上官として、仲間としてではなく戦術機乗りとして、彼女らと接していかなくてはいけない。
よし。
今ここに立っているのは国連軍佐官『白銀 武』だ。『タケルちゃん』でも『白銀』でも『武』でもない。
部屋の入り口に立ち、もう一度中を振り返る。
そして思い浮かべる。
脳裏に浮かぶのは仲間達と、最後まで仲間だと信じてくれた衛士達。
「白銀 武。行って参ります」
10月23日 横浜基地 通路 《神宮司 まりも》
まったく、夕呼ったら、何考えているのかしら!
憤然としながら私は通路を歩いていく。
昨日の夜遅くに連絡してきたと思ったら、急に教導に中佐を一人参加させると言ってきた。
判明しているのは顔写真のみ。他の詳細は一切知らされず、階級章と装備品の支給の時に確認せよとのこと。
別に小間使いの様にされたのを怒っているのではない。
怒るよりも、私は教え子達が心配なのである。
ただでさえ複雑な背景を持ったあの子達に、これ以上の負担は避けるべきなのだ。
表面的には問題が無くとも、部隊内の仲が不安定なものであるのは明白であるし、外部からの圧力も無視できるものでは無かった。
20歳にも満たない中佐。
その年齢でその階級に至るのなら十中八九、技術士官だろう。そんな畑違いの人間にでしゃばられても困るのだ。さらに言うなら、なぜ今階級章や軍服を支給するのだ?
会う前からその人物に不信と疑念がつもる。
だがそれでも上官命令は絶対だ。これは覆し仕様が無い。ならば件の人物を見定め、問題が起これば身を挺してでも彼女らを守らねばならない。
決意も露に、私は白銀中佐の部屋の前に着く。
そして軽くノックをする。
「白銀中佐。よろしいでしょうか」
返事が返ってこなかった。何回か呼びかけたが、やはり反応が無い。失礼だと感じたが、部屋に入ることにする。
「白銀中佐。失礼します」
............
訂正しよう。少しだけこの任務を任されたことに腹が立った。
誰もいない。
10月23日 横浜基地 PX 《白銀 武》
染み付いた癖は抜けないものなのか、自然と俺はPXに訪れていた。
厨房内できびきびとした動きで、動く中年の女性。
このPX内の絶対権力者。京塚曹長。
その名前は文字通りであり、時々訪れる副司令を平気で『夕呼ちゃん』と呼ぶほどだ。
以前の世界では、偶然ここで食事をとったラダビノッド司令の頭もぺしぺしと叩いていた猛者である。
「むっ」
そしてテーブル群を見て、発見する。
それは全員で食事をとる207小隊であった。
冥夜。榊。珠瀬。彩峰。
同じテーブルに着き、彼女らは黙々と箸をすすめていた。
鎧衣が居ないのは、確か検査入院だったろうか。
散っていった仲間がそこにいた。
だが感動するよりも涙ぐむよりも、俺はつい呟いてしまう。
「危ないな」
彼女達の関係が。
何も問題なく一緒に食事をしている様に見えるが、それが問題だ。彼女達の間に何も無い。
具体的には極端に会話が少ない。
珠瀬が頻繁に話を仲間に振っているが、それも御剣と榊のどちらかが二、三言返してすぐ終わってしまう。
空中分解しそうな機体を、部隊という補修剤で辛くも保っている状態。
おそらくこれが、俺が入隊する前の日常だったのだろう。
このままでは危険だ。不和のある部隊など錬度以前の問題である。
この世界では俺は教導にまわるので、彼女達の関係の改善が、これでは望めないかもしれない。
それほど彼女らの抱えているものは深いのだ。俺が入隊して改善したのは、今考えれば奇跡に近かったのかもしれない。
とすれば気は乗らないが、教導の立場として、ここは一つ荒療治がいるだろう。
カウンターで食事を受け取り、彼女達に近づく。
一番最初に気付いたのは冥夜であった。
「そこの方。何か私達に御用ですか?」
「いや今日から207部隊と”共に”することになった者だ。神宮司教官から後ほど紹介があると思うが、その前に君達を見かけて、
親睦を深めたいと思ってね。相席いいかな?」
返答に詰まっている。もとより拒否させるつもりも無いので、とっとと席に着くことにした。
榊が顔をしかめる。ずうずうしい奴とでも思ったのか。
「白銀 武だ。よろしく」
「分隊長の榊 千鶴よ」
「......彩峰、彗」
「た、珠瀬 壬姫ですっ」
「御剣 冥夜だ。よろしく頼む」
さて自己紹介は済んだ。後は全力で地雷を踏み抜く。
「こちらこそ。それにしても榊に彩峰なんて、有名人の苗字と一緒だな。御剣もなんとなくあのお方に似ているし、何か凄いな」
ピシリ、と空間にひびが入った様な雰囲気になる。
珠瀬を除いた、三人の顔が険しい。こうもずけずけと言った奴は初めてなのだろう。
珠瀬は三人を見て慌てふためいている。時折『はわわ~』と声を出して、突如始まった諍いを止めたそうにしているが、何もできない。
しばらくの沈黙の後、榊が口を開く。
「白銀って言ったかしら」
「ああ」
「それはどういう意味?」
「そのままの意味だが」
しれっと答える。どう考えても確信犯なのは明らかだが、開き直ればこれ以上追求しようが無い。
その態度に益々苛立った榊が、俺を睨み付ける。
「......白銀。一つ忠告しておくわ。人間、踏み込んで欲しくないことは一つはあるの。もちろん私達にもそれがある。
私達は互いにそれには触れないようにしているのよ。貴方もここに入った以上は従って貰うわ」
「それは皆の共通認識か?」
他の皆は答えない。沈黙による肯定というやつだ。
最初の世界でも榊にそう言われたが、この世界でもそのルールは暗黙の了解なのだろう。
ふざけた理論だ。
俺が衛士の何たるかを語る資格も無いが、それでも鼻で笑ってしまうほど『今の』彼女らは軽い。
「一つ質問したい。君達は本当に第207衛士訓練部隊の隊員か?」
「そうよ。当然じゃない」
「失礼ながら俺の目には、ここに衛士訓練生がいるようには見えない。どこかの我侭な女学生達三人なら、目の前にいるが」
嘲笑をもって彼女らに目を向ける。多少は演技が入っているが、俺の本心からの言葉だ。
さてここまで挑発すれば、御剣と彩峰黙ってはいまい。事実、御剣は俺にくってかかってくる。
その表情は怒り。自分と仲間の信念を侮蔑されたことに対する憤りだ。
「白銀、お主は我らを愚弄するか」
「特別待遇で腑抜けている君達の現状を、的確に表している言葉だと思うが」
瞬間。
「あんたねえっ!」
榊が俺の襟首を掴みかかろうと腕を伸ばしてくる。
冷静な榊が始めに行動を起こしてくるとは珍しい。
しかしよく考えてみれば、手こそは上げてこなかったが、どの世界の榊もよく突っかかってきたから普通なのかもしれない。
何にせよ、大人しく掴ませるつもりなど毛頭ないが。
対処しようとこちらも行動を起こそうとする。一本背負いはやり過ぎだろうが、まあ関節の一つはきめさせて貰おう。
「貴様らっ! 何をしているんだ!」
静止の声が入る。207の皆は直に直立して敬礼した。
生憎俺の真後ろから声がかかったので、姿は確認できない。しかしそんなことは問題ない。
何十年経とうがこの声を忘れるなどありえない。俺の恩師であるあの人を。
振り返り彼女を見る。
「始めましてだな。神宮司軍曹」
まりもちゃん.......いや神宮司軍曹がそこにいた。
後書き始めました。(邪魔なら削除します)
二週間かかってこの量とは......
日常部分より戦闘の方が筆が進む気がする(質はどうかとして)
この武ちゃん......霞に起こされてお仕置きされて、よく207の皆にでかい顔できるな。