10月22日 横浜基地 正門前 《門兵》
正門を預かる門兵二人のやる気は、お世辞にも高いとは言えなかった。
門兵の一人、東洋系の顔をした男は大きな欠伸をしていたし、もう一方の黒人の門兵も、それを諌めようとはしない。
国連軍横浜基地
人類のBETA戦の最前線である日本に位置するも、その立地上BETAが襲来する可能性は今のところ低い。さらに人類が劣勢に立たされているこのご時世に、わざわざ国連軍基地を襲撃するような馬鹿も皆無に等しかった。
最前線であるのに後方。
それがこの基地に所属する、ごく一部を除いた人間達の認識。対BETA戦の急先鋒である衛士達ですらそのような認識なのだから、一介の門兵である彼らのお粗末さも、ある種当然である。
だから、そんな彼らが廃墟の中に一機の戦術機、国連軍仕様のF-15イーグルを見つけてもさして驚かなかった。
「どこの機体だ?」
「知らん。問い合わせてみるか」
そう言って無線機に手を伸ばしかけた瞬間、耳をつんざく音に、二人とも耳を塞いだ。
一瞬周りに影ができ、その影はすぐに遠ざかる。
すると目の前にいたイーグルがいない。
跳躍ユニットによる跳躍。自分達を飛び越えたのだから、目標はおそらく横浜基地。
それに気付くまでに数瞬。そして味方がとるはずもない行動に対する驚愕がすぐに彼らを襲った。
「こちら正門前! 戦術機が一機正門を飛び越えた! あれは基地の機体ではないのか!」
門兵が無線に向かって叫ぶ。
『何を言っている。レーダーにはそんな機影......どうした......何!』
「どうした! なにがあった!」
門兵は問いかけるが、唐突に無線が切れてしまう。
いきなりの事態に、門兵はもう一度無線へ問いかけようとする。
だが次の瞬間には基地中に警音が響き渡った。そして門兵達個人にではなく基地の全ての人間に対しての放送。それは
『防衛基準態勢1発令 ! 防衛基準態勢1発令 ! 当横浜基地に戦術機一機が侵入! あれは友軍ではない! くり返す! あれは友軍ではない! 即応部隊は全機スクランブル!』
人類による横浜基地襲撃を知らせるものであった。
10月22日 横浜基地 中央作戦司令室 《香月夕呼》
『即応部隊は順次出撃! なお基地内での戦闘であることを考慮し、誘導弾の使用は許可しない!』
スクランブルから10分で出撃。これは早いと見るべきか、それとも遅いと見るべきかしら。
緊迫したオペレーター達の声が響き渡るなかで思案する。
正門前の門兵が、まず問題の機体を視認。そこからの通信を皮切りに、各所で問い合わせの通信が殺到した。
その時司令室ではレーダーによる機体の確認はできていなかった。原因はレーダー設備の故障。厳密には何者かによる破壊工作。現在監視カメラによる犯人の特定を急いでいる。
侵入した機体は第1滑走路前で停止。こちらからの呼びかけは全て無視。
この現状は実に不可解だ。
レーダー設備を機能停止にまでさせたのだ。あきらかに用意は周到である。
けれども敵戦力は第2世代の戦術機1機。しかも基地内に侵入して以降、一切の破壊行為は無し。あまりにふざけた戦力と行動だ。
初めは第5計画の連中の差し金かと思ったが、おそらく違う。彼らならやるなら徹底的に、そうHSSTの一機ぐらい突っ込ませてくるだろう。こんな不毛なことはしない。
とすればいったいどこが?
いくら考えても分からない。
意図を吐かせるため、搭乗者を生かして捕らえるべきだろうか?
「香月副司令。レーダーの件、犯人の特定が完了しました」
耳の通信機から、報告を受け取ったのだろう。ピアティフが私に話しかけてきた。そこで一旦広がった考えをたたんで、報告を聞く。
「どこの馬鹿がやったのかしら?」
そこでピアティフの顔が、やけにしかめていることに気付く。そしてわざわざ私のそばに寄り、周りに聞こえない声で、そっと私に囁いた。
その名前を聞いたとき、驚愕の気持ちが湧き上がり、そして少々の悲しみも私の胸をうった。もちろんそんなことはおくびも表情に出さないが。
「......これを知っている奴は?」
「確認にあたった者には既に手回しをしてあるので、問題はありません」
「そう......じゃあ一応拘束しといてくれる?」
「はい」
ピアティフは通信機で作業に移る前、ちらりと心配そうな顔でこちらを見た。
少し顔に出たかしら。まあいいわ。
ピアティフの報告ではっきりした。あの機体の衛士はなんとしてでも捕まえて、裏を喋らせなくてはいけない。そう結論に至り、オペレーターから衛士に厳命させる。
司令室から出された指令は二つ。一つは正式に、もう一つは秘密裏に。
それは
『所属不明の機体の衛士の殺傷は避けよ』
と
『 10月22日 AM10:13 付けで社 霞の持つ全ての権限を停止し、これを拘束せよ』
横浜基地 レーダー設備室 《社 霞》
レーダーの管制は指令室でできるからか、その部屋には誰もいませんでした。博士からいただいたIDがあるとはいえ、あまりにも杜撰なのではないでしょうか?
そう思いながらも、操作盤に近づく。
作動させるのはメンテナンスモード。この整備の際に行われる状態では、一時的に索敵が無効になる。当然ながら、細工もなしに作動させれば司令室に筒抜けとなるので、欺瞞情報を流す細工も怠らない。
こんなこと、社 霞じゃあ無理だったでしょうね。
私はそんなことを思いながら、ふと自分の手に目を落とす。
白くて華奢な手。
それを眺めると蓋をしていたはずの罪悪感がせり上がってくる。
この世界の『私』は私を恨んでいるのでしょうか。未来と思い出を丸々奪った私を、憎悪しているのでしょうか。
そんな気持ちが湧き上がってきた。だがすぐに頭をふり、そんな考えは放棄する。
そんなことはもう誰にも分からない。分からない以上考えても仕方がないし、それは単に、自分の罪悪感を薄れさせようとしているにすぎない。
彼についていく。そう決めた日から迷いは捨てたはずなのだ。いまさら、立ち止まることは許されない。彼と、そして散っていった皆さんを裏切らないためにも。
操作を終了し、設備室から出る。
監視カメラが設置されている以上、私の行動はもう博士に筒抜けでしょう。だから後は適当に基地をふらつくだけ。意味もなく私は通路を歩き続ける。
「社 霞だな?」
後ろから呼び止める声。おそらくMPの方でしょう。
「設備破損についての容疑が掛かっている。大人しくついてきてもらおう」
声がどことなく優しい。たぶん博士が手回しされた方。だから秘密の漏洩は無いと思っていい。
「いいえ。私は社 霞ではありません」
だからどうせならこの世界では、使うこともなくなる名前を今言っておきたい。
「私は白銀 霞です」