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No.33107の一覧
[0] 【チラ裏から】 優しい英雄[ナナシ](2013/10/12 01:03)
[1] 導入[ナナシ](2012/05/12 14:02)
[2] 一話[ナナシ](2012/05/13 12:00)
[3] 二話[ナナシ](2012/09/03 14:45)
[4] 三話[ナナシ](2012/09/03 14:49)
[5] 四話[ナナシ](2012/08/16 19:00)
[6] 五話[ナナシ](2012/06/23 15:14)
[7] 六話[ナナシ](2012/09/03 17:23)
[8] 七話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[9] 八話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[10] 実験的幕間劇 黒兎の眠れない夜[ナナシ](2012/11/07 02:45)
[11] 九話[ナナシ](2012/10/23 02:10)
[12] 十話[ナナシ](2012/11/07 02:48)
[13] 十一話[ナナシ](2012/12/30 19:08)
[14] 十二話[ナナシ](2013/02/22 17:30)
[15] 十三話[ナナシ](2013/04/05 02:10)
[16] 十四話[ナナシ](2013/06/06 01:43)
[17] 十五話[ナナシ](2013/06/06 01:41)
[18] 十六話[ナナシ](2013/10/17 18:12)
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[33107] 十六話
Name: ナナシ◆5731e3d3 ID:e64705e1 前を表示する
Date: 2013/10/17 18:12
その空間は荘厳と表現するに相応しい空間であった。敷き詰められている畳や、流れる様に墨絵が描かれている襖達がここを形作っているだけではない。この建物内にいる全ての人間がここの空間を特別なものとしている。
事実ここは比喩抜きで帝国においての聖域だ。帝国の政治を動かす帝国議事堂よりも侵すことのできない場所。つまりは将軍の住まう場所。
その聖域のなかの一室、将軍が謁見する際に使用する部屋で、蒼い国連の軍服に身を包んだ青年と、妙な兎耳を形どった様なものを頭にあしらった少女が正座をしてここの主を待っていた。二人は互いに眼を配らすことなく佇む。
そしてこの場の二人がそろそろかと思われる頃。部屋の外から襖の間に指が差し込まれると、すっとそのまま開け放たれる。翡翠色の髪をした無表情の女性が隙間からちらりと座った姿勢で二人に姿を見せた。彼女は座礼をする。
すると一人の女性が、いや少女が入室する。二人は部屋の外の人物のように深々と座礼した。入室した少女はそのままこの部屋の最高位者の席、最も上座に当たる所に座る。遅れて先程の女性も傍に控えた。
長い黒髪が似合い、凛々しいながらもどこか柔和さも兼ね備えた少女だ。けれども少女の特徴はそれではない。着ている和服やなにより佇まい表情、少女を構成する一つ一つが、この場の者よりも高位であると誰の目にも明らかにさせる気を発している。

「礼はもう良いです。表をあげなさい。国連の使者殿」

彼女こそがこの建物、この帝国の主である煌武院 悠陽である。

白銀が帝国に流した資料は帝国中枢部の一部を震撼させていた。書かれている先進的な技術に度肝を抜かされたのではない。技術など道具にすぎない。帝都に蠢く陰を己ら自身よりも把握されていたからではない。それは相手が相対的に上手であっただけだ。
未来予知。もしも渡された資料が全て正しいものであるならば、横浜の魔女はついに魔法にでも手を出したのかと真面目に考えてしまう程のそれら。しかもそれらは唯のほら吹きに収まらず上等な情報によって綺麗に包装されているのだ。
こんな馬鹿みたいな嘘のために魔女は山積みの金貨よりも価値のあるものを使うのか。それとも俄かに信じがたいが、あの狡猾な女がこれを信じるに足る『何か』でも見出したのか。普段の彼女の奇行により彼らは全くもって判別できなかった。
さらに接触した斯衛によれば女の折衝役を務めた男は魔女の伝令役に収まらず、下手をすれば彼女よりも上位の意思決定を下せることを仄めかしたという。
国連が見せた未知なるカードと突然変わった状況。だからこそ中枢部は直接に問い詰めることを決定する。
聞くところによれば男の要求は征夷大将軍との謁見だと言う。なれば都合が良いとばかりに、何故か謁見を頑なに否定していたその斯衛の意見を無視し、帝国は名目上の元首に急遽男と対面させることにした。



白銀 武は顔を上げながら誰にも気づかれることなく一人で安堵した。悠陽の顔が白銀の眼に入る。似ている。だが彼女は双子の妹とは違う人物であった。それが白銀を何よりも安心させた。
白銀は今静かに揺れていた。揺れ幅は大きくは無いがそれは日増しに大きくなり、彼がたびたび気を引き締めることで毎回修正していた。それが彼のここのところの日課になってしまっていたのだ。発端は御剣 冥夜だ。より正鵠を射るならば彼女に何かをした霞の仕業。
白銀は決して弱い人物ではない。だがかの横浜の魔女ほどの度量を兼ね備えてはいなかった。彼は御剣が度々見せる態度に狼狽していた。初め彼女が見せたのは無礼な発言をする自分への憤怒。そしてすぐに理不尽な暴力と恐怖をもたらす上官に対する恐れに変わっていった。
それらは御剣が前においては白銀には一回も見せたことが無いものであった。敵に対するもの。害意に近いものである。だからこそ白銀は今まで安心しきっていた。冷静に冷徹に。最後まで彼女達と部下と上官の関係で入れると考えていた。
けれども今は違う。冥夜は時より何か言いたげな表情でこちらを眺める。彼女達は元の世界の『彼女達』とは違うのだと意識しようとすれば何故か悲しげな、もどかしさを感じているような眼を向ける。昔の彼女の眼に似ていた。
白銀の望みは変わらない。彼女達のためならばなんだってする。確実な方法で、絶対の手段で百に等しい確率を目指そうとする。それは絶対なのだ。よってこの湧き上がる感情は害以外のなにものでもない。
彼は僅かに後ろに控える霞に意識を向ける。彼女はおそらくだが白銀のやり方に反対なのだろう。素晴らしくも、今まで殺した死者を踏みにじるおぞましい奇跡に頼ることを進めようとしているのだ。
止めろとは言いたくない。霞は今まで白銀の拠り所であり続けた。泣き言も零す彼を静かに宥め、気が触れ彼女に罵倒を飛ばしても彼女は彼から決して離れようとはしなかった。だから突き放すのではなく理解してほしい。これが白銀にできる精一杯の我儘であった。
彼はそれをここではっきりと宣言するのだ。技術を使い情報を駆使し。G弾で脅し帝国兵を犠牲にし。彼女達に枷を嵌め鬼畜と罵られようが絶対に確実に目的を遂げると。
そうすることで白銀は霞に諦めて欲しかった。もう後戻りはできないのだと。そしてそれを自身に戒めたかった。




「拝謁に賜りこれ以上ない喜びでございます。殿下。白銀 武と申します。小官は末席なれども佐官を賜っておりますが、未熟者ゆえ御不快にさせることがあるやもしれぬことを、先に詫びさせて頂きたく存じます」
「構いません。そなたは武官の身。本領を発揮するのは戦場でありましょう」

悠陽はどこか冷めた気持ちで白銀の言を聞き流す。常ならば感じることがない自分の身の窮屈さに苛立ちを覚えていた。
彼女はこの帝国の主権の代行者であり、皇帝に代わり国の末端まで本来ならば彼女の力が及ばないところはない。しかし現状はその逆に等しく、彼女に残ったものはその威光だけであり、影響力は中堅の政治家と比べて僅かに勝つかどうかだろう。
大戦後将軍は、時代と共に権力を奪われていった。悠陽はそれ自体は疎ましくは思っていなかった。既に君主制は時代にそぐわないものだろう。
榊首相を始め、幾人かの政治家たちは彼女のことを尊重してこそ政治を代行していた。君主制は極論全知全能の人物が求められる。平時ならば無能でもなんとでもなろうが、戦時にまだ二十歳にもならぬ小娘が負えるものではない。

「畏まらず、臆さず話しなさい。私は本日はそなたの真意を聞きたいのです」
「は」

だからこうして使い走りの様な真似をさせられても彼女には別段怒りは浮かんでこない。だが途方もない無力感があった。彼女は月詠が帝国政府への報告とは別に直接情報をやり取りしていた。
曰く白銀が持つ価値は測り知ること叶わず、その危険性もまた同様である。齢に似合わぬ軍人であるが、気性、きわめて不可解。帝国に害を齎すこと躊躇うことなし。御剣以下特定の者にたいし異常なる執着心を確認。
結論、接触は帝国に多大な恩恵を与える可能性は大であるが、それは毒杯を仰ぐこととも等しいと。
帝国に、己の妹に何かが迫っている。悠陽は敏感にそれを感じ取っていた。けれども彼女は何もできない。それのなんともどかしいことか。

「単刀直入に言いましょう。私と帝国はそなたの渡した物に多大な関心と警戒を抱きました。あれは何なのです」

尊大な有無を言わせぬ問い。けれどもそれは何も意味が無かった。今の彼女は悠陽ではなく征夷大将軍だ。パフォーマンスに過ぎなかった。
このまま将軍としてこの国連軍中佐と帝国政府の仲介を務めるのだろう。

「国連は一体何を考えているのです」

これこそが彼女ができる最善手である。彼女が考えも無しに動けばその影響は計り知れない。しかもそのつけは彼女ではなく臣下である国民達に向かうのだ。
よって彼女は動かない。象徴として君臨する。己を最大限に使うことができる者達に委ね、彼女は国民が窮乏しようがBETAに蹂躙されようがそれを見続け、実の妹ですら他の者にその運命を任せなければならない。
だから心の底でどれだけ身が焼き切れる思いをしようがそれは悠陽を動かさない。彼女が重んじる将軍の責務はそんなことでは揺るがしてはならない。

「僭越ながら殿下。あれは国連ではありません。私達の、いえ私、白銀 武個人の成果であり、これからお話ししたい私の考えの根拠と手段であります」

だが白銀の言葉がそれを止めた。彼は既定路線で事を進めようなど微塵も考えていなかった。そして目の前の人物をただの傍観者として終わらせる気もなかった。
彼女が口を挟む前に白銀は腕についている階級章を外して畳の上に置く。場を包む空気が彼の一見些細な行為によって変わる。彼女は息をのんだ。
躊躇いも無く階級章を外してこの発言。帝都の中枢で階級章を外す行為がどのようなことを齎すか知らない者などいない。国連軍中佐という階級は帝国から警戒と敵意を受ける物であるとともに、逆に自身の身の安全を保障する盾でもあるのだ。
それを下手をすれば帝国に弓を引いたと取られてもおかしくは無い言葉を平気で言ってのけた上でする。これが月詠をして獣と表現せしめる者。この男には心意を隠すつもりが微塵もない。確かにこの存在は害悪と成りうる。それも最大級の。

「……」

不意に後ろで凛とした金属音が響く。彼女の侍従がその腰に差された刀に手を掛けたのだ。本来であれば唯の儀礼用のものである。だがそれとその使い手は決して贋物ではない。ここの主が許せばすぐさま目の前の男を両断するに足りていた。
主はそれを許さなかった。従者に一瞥しそれを止めさせる。勘のようなものがこのまま喋らせるべきだと告げていた。白銀の態度は飽くまで慇懃なものだ。礼儀作法は武官であるから粗さが残るが、本来であれば謁見に臨む武官の模範的姿だ。
しかし違う。その下に月詠を恐れさせたものが蠢いており、それが今正に出かかっているのだ。それを確かめなければならない。将軍としての責務ではなく国を想う悠陽という人間として、妹を想う姉としてせめて見なければならない。
先程までの凍った意志に火が灯った。身体に力がこもりながら質問した。

「それではそなたの考えとは一体何か」
「先日の斯衛の者にも話した通り、私の考えは最終的に特定人物の生命と安全のためが全てでございます。今まで提出した資料全てがそのための物です」
「つまりそなたは帝国にその者達を守れと要求しているのですか」
「違います」

白銀は一息置いた。

「その者達に対し帝国の全てを捧げて頂きたいのです」

絶句した。咄嗟に彼女は自身の言語能力に難が生じたのかと疑ったほどだ。

「今……なんと」
「彼女達のため帝国を使わせて頂きたいのです。主には軍でございますが、必要に応じて全てのことに無条件で協力して頂きたいのです」

言葉にならない。話にならなかった。ある程度の援助ならば帝国も融通が利く。遠回しに国連軍に人事で口を入れ前線から遠ざけたり、帝国側の人間ならより簡単に周りを囲うことが可能だろう。
それは妹や他の者達の矜持を侵すものとなろうが、政治的に言えば何ら問題は無い。だが白銀はそうした思惑を軽々と飛び越えた。彼の伝え聞いた人間性からするに文字通りのまま、帝国の全てを要求しているのだろう。

「具体的にそなたは帝国にどうしろと」
「様々あります。前線で戦う彼女達が死なぬよう護衛として、いざとなれば死兵となる部隊も頂きたい。磨り潰させて頂くので唯の正規部隊を、とまでいきませんが。そして後で彼女達を前線から引きずり落とす協力。それをするための政治体制の変更。上げればきりがありませぬ。
まとめれば私が指定する人物のために要求される全てを頂きたい」
「それを帝国が呑むとでも思いますか」
「呑んで頂きます」

白銀と目線が合う。さらけ出されたものに彼女は慄いた。この者は理を説かない。全てにおいてある感情の元に動いていた。狂言としてではなく至極真面としてやれと、他の者では妄言と一蹴されることを平然と言ってのける。


「帝国が否とお答えするのであれば、なんとしてでも応とおっしゃって頂きます。武力をもって恫喝も致しましょう。利をもたらし説きましょう。私は呑んで頂けるためのあらゆる手段を準備してきました。満足のゆくものを差し出せましょう。決してそちらの損には致しませぬ。
ですが殿下、はっきりと申し上げます。絶対に否とは答えさせませぬ」

力の無い幼子の地団駄は軽く笑われるだけだろう。しかし十分に知性と力を兼ね備えた者ならばどうか。その答えが目の前にいる白銀だ。
止められはするだろう。なんならば今この場で首を刎ねよと命令をすれば九分九厘この男の頭と胴体は泣き別れするはずだ。だがそんなこと帝国が不利になるだけだ。そういうことを白銀は理解している。
最終的には彼は自身に協力すれば帝国に有利になるように計うつもりなのだろう。帝国政府に突き付けられたレポートから判断するにそれは間違いない。帝国は納得して男に協力することになる。それは一見すればおかしくないことだ。お互いに利益を受ける正当な形だ。しかし彼女は危惧した。
それではこの男を止められないことと同義ではないかと。同意しようが結局彼の行動を変えられていないのだ。彼がいう者達のため帝国を犠牲にし、対価を得たところで意味が無い。臣民を焼き払い得た財貨に如何程の価値があろうか。
そして白銀はそれを要求することに躊躇いもなく対価も十分に持っているはずだ。彼女の身体は身震いした。






彼女の感情は従者であった月詠も感じたものであった。月詠は白銀の読み切れない力と御剣達の執着心から恐怖を感じた。彼女には彼は同じ理を介さない異物に思えたのだ。
それは白銀が意図したものだ。長年生きてきた中での無意識な彼なりの自衛の策であった。
彼は桜花作戦の後BETA、人類を問わず様々な敵と見えてきたが、仲間といることは酷く少なかった。かつての仲間は戦死し続け、新しくできた同僚は、彼らを利用している白銀には仲間とは思えなかった。だから彼は仲間と対峙した経験は意外に少ない。
最初から相対する相手を敵として相手した方がやりやすかった。だからこそ彼のする行動は、軍人としての彼は次第に過激になっていた。


兎に角も悠陽にとっても白銀は警戒する相手として認識されるはずであった。だが彼女がそう判断しきる瞬間、正面の白銀から逃げる様に視線を逸らすと、彼女の眼にあるものが飛び込んできた。
男の後ろに控える小さな少女であった。悠陽も風格を備えたとしてもまだまだ少女の域をでなかったが、それ以上に華奢な人物であった。そしてその少女は震えていた。ただでも青白い肌から一層血の気が失せていた。
最初は場に呑まれているだけだと彼女は考えた。国家元首である悠陽でさえ身が凍える様な空間だ。一介の少女には荷が重すぎたのだと思った。だが違った。少女は恐怖で縮こまっていたのではない。少女は心配していたのだ。
少女の眼はじっと悠陽と相手取る白銀に注がれていた。届かないものに歯噛みしながら一心に男を見続けていた。帝国と敵対するかもしれない中、しかもその中枢ともいえる場所に居て少女は自身の身ではなく男を案じていた。
それが彼女を踏み留まらせた。疑念とあって欲しいという願望が湧き上がった。

「白銀」
「は。何でありましょうか」
「なぜそなたはその特定人物達の保護に拘るのですか?」

月詠は白銀の危険性を知り警戒して遠ざけた。だが悠陽は遠ざけるのではなく一歩踏み込んだ。

「殿下、申し上げておきますが理由をお知りになられたところで、対案は存在しませぬ」
「そうではありません。そなたがその者達に何を期待しているか知らなければ不都合が起こるでしょう? 例えばそなたはその者達が生きていれば四肢が捥がれようが良いのですか」

その発言を悠陽がした時、白銀の片眉が僅かに上がったことを彼女は見逃さなかった。

「……場合によってはそれも仕方がありませぬ」

白銀は力を兼ね備えた狂人である。これは確かだ。だが彼が本当に気が狂いきった獣だとは悠陽には思えなかった。白銀の後ろの少女。彼女は白銀を見続けている。ひたすらに男に寄り添いその身を案じ続けているように見える。
それが何の意味があろうか、悠陽自身も疑念はある。男が狂う前に何らかの縁があり、そのため男を憐れんでいるだけかもしれないではないかと。

「それではその者達に二度と会えない場合は大丈夫でしょうか」
「質問の意図が見えませぬ殿下」

しかし彼女はこうも思うのだ。もしこの少女がこの男の身を真にまだ案じているのならば、白銀という男は引き返しうるのではないかと。少なくとも少女はこの男のことを理解もできない化け物ではなく、寄り添う同胞として見ているのだから。
だからこうして彼女は今手を差し伸べようとしている。これは帝国が最早避けようがない人物の危険性を少しでも和らげようとした打算かもしれない。しかしそうした将軍としての悠陽だけがそれを成したわけではなかった。
生まれは同一なれども育ちは全く違う彼女の妹がそうした様に、彼女は手の差し伸べられる位置にいる人間を見捨てられはしなかった。

「白銀、正直に言います。帝国はおそらくはそなたの要求を呑むしかないでしょう。氏素性を確かめようとしても、そなたが拒否すれば問い詰めることも難しいでしょう。其れほどまでそなたの差し出してきたものは力があります」
「ならば先程の質問は何故なさったのです。殿下、私も正直に申し上げましょう。私は本日ここに参上したのは殿下にお動きになって頂きたいからこそです。確かに認識の齟齬がもたらす害は承知しておりますが、ここでは私の目的の内容の議論を
しに来たのではありませぬ」
「だとしてもです白銀」

その時初めて悠陽は場の主導権を握った。泰然と、白銀が執着する一人の少女の姉として彼女は白銀に質問を投げつけた。

「だとしてももう一度問いましょう。何故そなたはその者達を守りたい?」
「……」
「義か恩か憐憫か? それは私にも分かりませんがはっきりと言いましょう。そなたが執着する人物の少なくとも一人は私は知っております。それこそ片割れのように。だからこそ言えます。其の者がそなたの行為を喜ぶことは絶対にありません」

悠陽の脳裏には決して肉親とは呼んではならない少女が映し出されていた。

「私にはそなたが狂人に見える。だがそなたがその者達を守ろうと拘るのは、明らかに己ではなく他の者のことを考えている行為ではないか」

白銀は応えない。

「その行為は明らかにその者達を、他の者達を傷つけている。これでは誰も得になることなどありません。白銀。私は今この場において言葉を交わせている。だからこそ私はまだそなたを説くことができるやもしれぬと考えております」

悠陽の眼がはっきりと白銀を捉える。それはかつての、そして今はまだ誕生していない英雄である衛士のものと同様であった。

「今日そなたが私と会ったのは私を利用しようと思ったからでありましょう? 代替となる者がいるやもしれませぬが来るほどには価値があったはずです。ならば私を説き伏せてみなさい。今宵のこの一時の語らいに幾らの労力も要らぬはずです。
そうでなければ例え将軍としてそなたの案に乗ろうとも、一人の人間、煌武院 悠陽としては絶対に協力はできませぬ」

言葉が部屋に響き渡る。
そして白銀は確かに揺れた。


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