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No.33107の一覧
[0] 【チラ裏から】 優しい英雄[ナナシ](2013/10/12 01:03)
[1] 導入[ナナシ](2012/05/12 14:02)
[2] 一話[ナナシ](2012/05/13 12:00)
[3] 二話[ナナシ](2012/09/03 14:45)
[4] 三話[ナナシ](2012/09/03 14:49)
[5] 四話[ナナシ](2012/08/16 19:00)
[6] 五話[ナナシ](2012/06/23 15:14)
[7] 六話[ナナシ](2012/09/03 17:23)
[8] 七話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[9] 八話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[10] 実験的幕間劇 黒兎の眠れない夜[ナナシ](2012/11/07 02:45)
[11] 九話[ナナシ](2012/10/23 02:10)
[12] 十話[ナナシ](2012/11/07 02:48)
[13] 十一話[ナナシ](2012/12/30 19:08)
[14] 十二話[ナナシ](2013/02/22 17:30)
[15] 十三話[ナナシ](2013/04/05 02:10)
[16] 十四話[ナナシ](2013/06/06 01:43)
[17] 十五話[ナナシ](2013/06/06 01:41)
[18] 十六話[ナナシ](2013/10/17 18:12)
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[33107] 十三話
Name: ナナシ◆5731e3d3 ID:e64705e1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/04/05 02:10
白銀は悩んでいた。
白銀が己の願望を是としたのがいつからであったか。それは彼自身にもはっきりとしない。そもそもがこの人々が必死に生きる世界に投げ出されてから白銀は自分を省みること自体ができなかった。この世界を受け入れられずに子供のように足掻いて数年。それからは人類のために必死に戦い続けて数年。無自覚にループした年月を含めればどれだけの月日が経ったことか。
その中で自然と認めてしまったのが正直なところだろう。だからこそこれといった時を覚えているはずもない。しかしそれを認識した瞬間は今でも覚えている。いや突きつけられたと言うべきだ。それは今の仲間達に唾を吐く行為に繋がるわけだが白銀は気付かせてくれた人物に感謝の念を覚える。
もし無ければ無自覚か意識があるかは分からないがどれだけこの世界を繰り返してしまっていたか分からない。花もない桜並木で、この世界に残れたことを喜んだ自分を顔面蒼白になり諌めた恩師。どこまでいっても彼女には頭が上がらない。
ふと白銀は計画に邁進し始めた時から思う時がある。もし自分の望みが『叶えなければならない』ものではなく、自分がこの世界にただ残っただけならばどうしていたのだろうかと。すぐに思いつくのはこんなことはするはずがないという否定だ。もし自由に生きられるのならば衛士として生き、衛士として死んでいったはずであると。だがそれは白銀自身が嘲笑する。
この願いを必要不可欠にしたのは他ならず自分である。自作自演に等しいだろう。それに白銀は行動していく中で罪悪感は感じていたがそれと同時にはっきりと喜びを感じていた。偽善者ぶりもよいところであった。死んでいく周りに心が押し潰されそうになるたびに、確かにかつての仲間を助けられる道のりをしっかりと歩んでいる自分がいた。
しかし始まりはどうであれ今の白銀にとってこれ等は歴然とした事実として必要であった。よって実行に迷いはない。被害者面するつもりはまるでない。問題は別にあった。

『仲間全員が生きたままBETA大戦終結』

普通に行えば夢物語にも等しい望みだ。全滅という言葉が文字通りの意味を示すこの世界の中では、一回の戦闘で死傷者無しならば祝杯もの。連続でゼロに抑えられたならば噂でもちきりだ。何十億もの人間を殺したこの戦争はそんなに優しくは無い。犠牲無しで、一人も死なずに済むような楽園などではない。
だからこそ達成するためにはどうするか。簡単だ。犠牲が必要なのならば積み上げるしかない。血が必要ならば仲間のものが取られる前に自分で捧げれば良いのだ。自分の血を捧げ、足りないならば他人から啜り取ってでもだ。それをして出来上がった象徴こそが白銀が前の世界から持ち込んだ戦術機だ。人類の希望の刃が人の生血ででき、作り上げたのが一人の男の妄念であるとは笑い話にもならないだろう。
そんな悪夢ともいえる結果は今確実に花開こうとしている。それは仲間が生き残れるという白銀がひたすらに望み続けてきた希望であった。種は蒔き、後は大事に水をやり続ければ花を咲かすことだろう。

「浅ましいな」

だが、だ。それは本当に自分が心の底から望んだことなのか。白銀 武を好いてくれた少女達が死んだあの日。彼が望んだことは仲間の生だけであった。それを解決できれば白銀 武という存在は確かにこの世界から解放されるだろう。問題なのはあの瞬間に祈ったことだけなのだから。
しかし人間というものは状況が改善すれば欲が出る。今脳髄になって横浜の地の底に眠る少女が一人の男にそれを発かれたように。いけないと感じようが願ってしまうものだ。
仲間の輪に自分も入れないかと。
計画を達成するというだけならば無駄どころか害悪であった。あのまだ世界を救うと息巻いていた時の様に一人の衛士として仲間を支え生きていく。魅力的で我も忘れて飛びつきたくもなる代物だ。けれどもそれを願うことのなんと邪悪であることか。
それは白銀 武が犯したことを全て無視して逃げ出す最低な行為だ。他人の屍で築き上げたものを突き崩す愚かな行いだ。仲間だと思わせ殺した衛士と、最後に残ったちっぽけでなけなしの自分の誇りを台無しにする暴挙だ。可能性で語れば前の世界で彼女達が起こした奇跡よりは高い。それでもそれは奇跡に違いなかった。そんな恥知らずで無謀なことを今の白銀は許容できない。
よって白銀はそれを一瞬夢想することはあれど絶対に実行するつもりはなかった。悩むことすら許されないだろう。

「霞」

御剣の様子を見た白銀はそこに霞の介入を感じ取っていた。その当時は彼女達の心情など(好意などが良い例だ)を把握できていなかったが、経験を積み、今の207を見て昔の記憶と摺合せをした結果、今の白銀は彼女達の現状は概ね把握しているつもりであった。そもそも教導とは下手をすれば一年も満たない時間で訓練生を見ていくのだ。彼らの心を把握できない教導官などやっていけない。
けれどもつい先日御剣が見せた雄姿は明らかに異常だ。まるで彼女の『心』に劇的な変化が起きたかのように。それは誰かに相談したり吹っ切れたりすればできるものではない。そんなことでできれば教導官に今ほどの経験が求められるはずがない。それに御剣のあの姿は白銀にとって
彼と過ごした中、彼女が成長していく中で見せた姿に酷似していた。
同じ人物が成長すれば同じ姿をするようになるのかもしれない。だがそれでも白銀にはどうしても霞のことがちらついてしまった。
霞。白銀が情けなくも心の拠り所にし続け、彼女から言い出したとはいえ、こちらまで付き合わせてしまった女性。あちらでも完全に計画に携わったのは博士だけであり、霞は計画の内容しか聞かせていない。本来であるならば連れてくるつもりはなかった。それを彼女も分かっていたのだろうか、霞はここにくる直前に自分を説き伏せてこちらに来た。それを武は心のどこかにまだ霞を求めていたからこそ許可したのだ。
彼女はあちらでは何も問い詰めず自分を支え続けてきてくれた。しかし彼女はもしかすればこの計画に反対だったのかもしれない。それともこちらにきて思い直したのだろうか。霞は白銀が傷付くたびに悲しい顔をしていたことを思い出す。
無論霞が裏切った可能性が高い訳ではない。そもそも御剣にしたことも、もしかすれば彼女の仕業ではないかもしれないし、違う意図で行った事なのかもしれない。しかしもし彼女が計画に反対するならば。おそらく今の白銀と霞の関係は終わりを告げるだろう。それが今の白銀が悩むところだ。だがそれよりも。
霞の件で先程否定した願望を考えだしてしまう自分が情けなかった。
白銀は奥歯を強く噛みしめた。そして胸元にしまいこんだ機器が震えだす。白銀が待っていた帝国の狸の侵入を示すものであった。
彼は今までの考えを打ち消すように立ち上がる。










横浜基地は軍事基地という性質だけではなく、その規模の大きさからして決して灯りが絶えることは無い。哨戒する部隊、行き来する物資の関係上、横浜基地の一定の施設は常に蘭蘭と灯りが見える。
だがそれも中枢に限られた話だ。そこから離れれば離れるほど比例的に光は失われていく。重要施設のない管区に至っては外灯さえ整備されていない所も存在していた。
勿論外敵の侵入を防ぐ警備部隊は重要管区だけではなく、そういった管区も廻っている。けれども何事にも漏れは存在するものであった。横浜基地の広大な敷地内には夜中はおろか、日中でさえ人が訪れることがない場所が確かに存在していた。
そしてそれにつけ込み暗躍する者が出てくるのもまた、至極当然であった。
そういった人の気配がしない地区、訓練の為にわざわざ植林された林の近くには一人の女性がいた。服装は国連軍の軍服ではなく帝国斯衛軍、しかも高位である紅色である。名は月詠 真耶。
彼女は両眼を閉じ、静かに佇んでいる。風でゆれる翡翠色の長髪が、月光を度々反射する様は綺麗とも言えた。
そして林の方から声が彼女にかけられる。

「今の貴方を月下美人と呼ぶのでしょうか? とすれば言うべき言葉は『月が綺麗ですね』ですかな。しかし私は世帯持ち。痴情のもつれは勘弁して貰いたいものです」
「相変わらずだな、その減らず口は」
「口は一つですから減ってしまっては、月詠中尉の様な淑女を褒め称えることもできませんので困ってしまいますよ」

木々にひっそりと溶けこんでいたかのように突然と男が現れる。表情は一切崩れることのない微笑。季節感が欠落したロングコートに身を包んでいる。一言で言えば胡散臭い男。鎧衣 左近。帝国情報省に務め、帝国の影で動く人物達の一人だ。
本来であれば治外法権である国連軍基地に居るはずのないこの男は、そんなことを感じさせないほど自然体で基地の敷地内に入り込んでいた。それを国連軍に籍を置かないまでも、横浜基地に正式に滞在する月詠が責める気配がない。
むしろ憎まれ口を叩きながらも口を交わす様は知古の仲ととれた。そして月詠が男の側にいるのだということを示していた。

「久しいな、鎧衣。貴公と顔を合わせるのは冥夜様がここに移る時以来だったか」
「そうでしたかな? いや中尉の様な方としばらく見えないだけで心あらずになり、もっと長い期間だと思っていましたが」
「気持ちの悪い世辞はいらん。それで白銀 武についての情報は手に入ったのか?」
「私としてはまずはパプア島の首切り族についての話をしたいのですが」
「興味が無い。必要なことだけ話して頂きたい。そちらもいつまでもここに居るのはまずいのだろう?」
「こちらの博士にある程度は道を造って頂いているので、そうでもありませんよ。間男のための配慮はさすが淑女の嗜みと言ったところですかな」

冷やかす鎧衣の言葉を月詠は睨み一つで黙らせる。それを軽く受け流しながら懐から書類が入っていると思われる封筒を取り出す。この男にしては幾分率直な話の入り方である。

「しかし中尉が私を動かしてまで調べるような男ですかな? 彼は」
「殿下と冥夜様に関する諜報の大部分は貴公が携わるようにしているのだ。今回も当然であろう」
「そういう意味ではないのですがね」

肩を竦める鎧衣を月詠は怪訝そうに眺める。月詠は最初は範囲外の仕事を任せられたことの愚痴を零したのだと考えたが、それは月詠の勘違いであったらしい。鎧衣は面白げに書類を渡しながら告げる。

「結果は中尉が睨んでいたとおり真っ黒でした。しかしこうも完全に真っ黒だと困惑するしかないですな」
「何?」

鎧衣の言葉の真意が分からず月詠は首を傾げる。だが彼女は渡された封筒を開き書類を確認すると、納得と共に驚きを感じた。
内容は白銀 武についての調査書だ。年齢、家族構成、出身地。そして白銀という男がBETAの東進により死亡したことが推察されることが記されていた。これについては問題ない。調査を依頼した以上男について記されてあるのは至って普通だ。
だが異常があった。こうも徹底的に怪しすぎるという点だ。今現在白銀 武は国連軍に籍を置いている。潜り込ませ、公人として登録している以上、表向きは体裁が整えられているはずだ。
よって月詠が期待していたことは残されている漏れや改竄痕であったのだが、書類には一切記されていない。鎧衣や情報省の実力を疑う前に、そもそも矛盾がそのまま残されていたことが報告に書かれている。
行方不明後の行方も潜り込ませた後もなく、国連のデータベースでは白銀 武に関する書類は機密扱いともなっている。同姓同名も偶然残されていた白銀 武の顔写真から見るに、可能性は限りなく低いことが示唆されていた。
つまりは彼を潜り込ませた人間は疑われても、『だから?』と居直りを決め込んでいる。こうもはっきりと証拠が残されていては調べる方も混乱するのも頷けた。

「これは一体どういうことだ......」

月詠としては副司令付きで配属された者では、その情報隠蔽から自分では調査できないと考え最初から鎧衣に依頼したが、想像を斜め上を行く結果であった。常識外も甚だしい。
百歩譲って表に出さない裏の存在として使うのであれば各種工作はいらないだろうが、在日国連軍の一大拠点である横浜基地で教導をし、その相手が政治的には爆弾にも等しい存在である。
本来ならばしっかりと『処理』した人間でも近づけさせることを避けてしかるべきであった。

「これでは誘蛾灯ですな」

怪しい。最早一周回って怪しませる為にそのままにしているのではないかと勘ぐりたくなるほど露骨だ。

「この者の最近の経歴は?」
「ありませんな。それこそ死人が墓場から蘇ったとしたほうが余程納得ができる程真っ白です」

やれやれと鎧衣は両手を上げている。
正体を突き止める。そしてもし月詠が仕える方々に害を成す者であれば何としてでも排除する。それが月詠の考えであったがこれではどうしようもない。信頼性であれば限りなく零。しかし目的が分からない。
いくら主のためならば命を捨てることを厭わない月詠だろうが、下手に動いて横浜の雌狐の尾を踏む愚は犯したくなかった。もし白銀が違う目的で配置された者だとすれば、排除は必要ないどころか帝国と国連との間で不和を呼びかねない。情報を得られないのでは対策はおろかそもそも危険かどうかさえも分からなかった。

「そこまで悩むことでしょうか? 月詠中尉」
「何だと?」

返事をしてから、月詠は鎧衣の声音が半音落ちていることに気がつく。鎧衣の顔の微笑は崩れない。だが眼光は別であった。決して彼女を安心させるものではない。

「彼女等をすぐに後方へ下げれば良いのではありませんか」
「............」

自然と眉間に皺がよることを月詠は感じた。眼をそらすことはしないが瞼を閉じ、鎧衣を見ようとはしていなかった。
今の207に所属する彼女達は単純に衞士の卵ではない。政治的において非常に微妙なもの、端的に言えば人質であった。帝国と国連との間を支える存在、重要度で言えばそこらの新米衞士とは比較にもならない。
彼女達には自由はない。進む先も終わり方も、全ては他の誰かがきめてしまうだろう。それを月詠は必要性を認めてはいるが苦々しく感じている。自らが仕える人物を籠に入れるものを疎ましく思うのは至極当然であろう。
けれどもその枷は命綱と同義でもある。人質として価値がある内は人形の様に大切に扱われる。少なくとも国連という組織はそう動く。
207の周りには月詠達を含め、幾人かが常に隠れ護衛している中、もし不貞の輩が彼女達を害しようとするのならば訓練の事故に見せかけて殺すか、それとも訓練生を戦場に連れ出す口実を作りそこで殺すかぐらいしかない。
よって白銀がどのような人物であるかが分からなかったとしても、どこか後方の部署にまとめて飛ばし、周りを囲ってしまえばすむ問題であった。実際、上では何度か出てきている話だ。
それは月詠にとって、そして帝都にいる女性にとっては躊躇われるものだ。御剣にとって、彼女達全員にとって今を生きる目標は衞士となることだ。それを奪い、ただ生かされている状態にすることは許されることではないと彼女は考えていた。
勿論、衞士として華々しく活躍し、結果散っていくことを良しとすることもできない。矛盾するが生きていなければ全くもって意味が無いのだから。
しかしこのまま行っても207が衞士になることは絶対にない。このままにしていたとしても、それは彼女達に幻の夢を見せているだけにすぎなかった。だからこそ鎧衣の言葉こそが正しい。だが感情とは時に道理に逆らうものだ。月詠には今肯定も否定もできない。
それを鎧衣も理解しているのだろう。ふっと息を吐く。見逃された形となり、月詠は自身の曖昧さに不甲斐なさを覚えた。

「まあ、今はそんなことを言っても仕方がないことでしょう。が......」

不意に鎧衣の言葉が詰まる。流暢に、流れるように話すこの男にとって珍しいことであった。月詠は鎧衣の顔に眼を向ける。
彼は何故だかこちらには眼を向けず、その顔に浮かべる笑みを一層深めて自身が出てきた森に目線を投げていた。どこを見ている? 彼女がそう話しかける前に鎧衣は幾分大きな声を森にかける。誰も居ないはずの森に向けてだ。

「おびき寄せる誘蛾灯ではなく、喰らいつく番犬だったか」

彼女が鎧衣の真意を理解すると同時に人の腰の高さまであった草木が揺れる。つまりはこの二人だけの会談に闖入者がいたのだ。月詠は腰を落とし臨戦態勢をとる。だが緊張していた顔は先程書類を見た以上の驚愕に塗りつぶされた。
姿を現したのが他ならぬ渦中の人、白銀 武であったからだ。手には国連軍採用の拳銃が握りしめられている。

「狸がかかったんだ。その時点で相手をするのは猟師か猟犬に決っているだろう」
「おやおや。一応私は先輩の間男なんだ。ある程度は敬意を表してほしいねシロガネタケル中佐」








月詠がそこで叫び声をあげなかったのは、常日頃から鍛えられていた胆力のおかげであった。
このような密会を他の者に見られていただけで大惨事だ。自身の拘禁。その後に帝国と国連で深刻な国際問題にまで発展する可能性さえある。そして現れた人物が当の本人では気の弱いものならば腰を抜かしてもおかしくはない。
しかし月詠はそのような無様な醜態は晒さずにすかさず状況を理解する。軍人としての経験が危機的状況だからこそ自身を冷静にさせていた。自分達を捕まえるのならばさっさとMPで周囲を固めてしまえば良いのだ。それをしないのならば即ち相手は交渉を望んでいるのだろう。そして交渉の相手はタイミング的に鎧衣。
それを察したからこそ鎧衣は冷静を保ち、月詠は一歩引き様子を確かめることにした。現れた男、白銀は銃を下すことなく月詠と鎧衣の間に割って入る。

「敷地内の無断侵入。それに際しての一部施設破損。中尉は共謀罪か? その書類を検めればもう二三増えるか」
「夜の男女二人の交わりに物騒なものを持ち込んで仕事の話かなシロガネタケル。そう怒っては上手くいくものもいかないな。それとも何か嫌なことでもあったか」
「待ち人があんたみたいな狸だったら誰でも嫌にもなるさ。それに知らない不審人物にいきなり名前を呼ばれたら、怖気が走って鉛玉の一発や二発撃ちこみたくなるな」
「はっはっは、短気は損気だ。シロガネ タケル。私は君に鎧衣と言われてもフランクに対応できるぞ」

白銀は嫌悪ともとれる苛立ちを隠さず鎧衣にぶつけ、ぶつけられる張本人は暖簾に腕押しとばかりにそれをかわしていた。どちらも本気ではない。互いの人物像を確かめようとしているのだろう。
そして彼女も二人が話す中で静かに白銀を観察していた。表情、佇まい、雰囲気から白銀という男を見極めようとした。その中で彼女は違和感を覚えていた。それは決して歓迎できるものではなかった。
最初資料と遠目から白銀を窺った時はその年齢では決して体現できない技量と風格を身につけた奇妙な男であった。彼女は彼の経歴を疑い今まで動いてきた。だからこそ鎧衣を動かしてまで素性を確かめようとし、結果的に白銀に対して疑念を深めたのだ。だがそれは裏を返せば白銀を評価もしている。
敵に回れば脅威になりえる程優秀と捉えたからこそ月詠は警戒したのだ。彼女は軍人として白銀を一流どころと判断していた。だが今の目の前の男はどうだ。いや月詠の眼には白銀は未だ歳に見合わぬ軍人に映っている。しかしそれだけではなかった。何かは分からない。だがこれは明らかに彼女の主君である二人に近づけて良いものとは思えなかった。

「で、中佐殿が私に何か用かね?」
「これを開けて読め」

すると白銀は足元に忍ばせてあったのか、一個のアタッシュケースを鎧衣に投げてよこす。鎧衣は何気なく開けて読んでいたが、月詠には決して良いものだと思えなかった。中には数枚の紙と記憶媒体らしきものがあった。案の定、鎧衣の表情から笑みが消え失せる。それは月詠にとって初めて見たものだ。この男はたとえ帝都が陥落した数日後でさえその笑みを絶やさなかった。

「これは一体どういうことかな? シロガネタケル。遠い海の向こうに友人でもできたか」
「下衆な勘ぐりをするのは止めろ。それはこちら側の長年の成果だ」

鎧衣の声音は幾分かトーンが落ちていた。意識せずに彼の調子が変わってしまったことは、彼が受けた衝撃の大きさを伺わせる。まじまじと白銀の顔面を見、少しでも情報を得ようとする。交渉において相手の意図が分からなければ話しようもないからだ。
しかし鎧衣は待てない。十分に相手を観察する前に最低限の振る舞いを除いて白銀に突っかかり挑発した。月詠の不安は最高潮に達する。

「ほう、博士の研究には我が国の内政や軍の調査や、G弾の新規開発も含まれておりましたか」



月詠は服に忍ばせていた拳銃を抜き取ると白銀に発砲しようとして向け――


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