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No.33107の一覧
[0] 【チラ裏から】 優しい英雄[ナナシ](2013/10/12 01:03)
[1] 導入[ナナシ](2012/05/12 14:02)
[2] 一話[ナナシ](2012/05/13 12:00)
[3] 二話[ナナシ](2012/09/03 14:45)
[4] 三話[ナナシ](2012/09/03 14:49)
[5] 四話[ナナシ](2012/08/16 19:00)
[6] 五話[ナナシ](2012/06/23 15:14)
[7] 六話[ナナシ](2012/09/03 17:23)
[8] 七話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[9] 八話[ナナシ](2012/09/28 19:31)
[10] 実験的幕間劇 黒兎の眠れない夜[ナナシ](2012/11/07 02:45)
[11] 九話[ナナシ](2012/10/23 02:10)
[12] 十話[ナナシ](2012/11/07 02:48)
[13] 十一話[ナナシ](2012/12/30 19:08)
[14] 十二話[ナナシ](2013/02/22 17:30)
[15] 十三話[ナナシ](2013/04/05 02:10)
[16] 十四話[ナナシ](2013/06/06 01:43)
[17] 十五話[ナナシ](2013/06/06 01:41)
[18] 十六話[ナナシ](2013/10/17 18:12)
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[33107] 十話
Name: ナナシ◆5731e3d3 ID:e64705e1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/07 02:48
その場を支配していたのは沈黙であった。誰も喋らない。いや喋ることができない。207の訓練生達は一同口を結んで机を囲んでいた。
本来訓練生の座学にために割り振られた部屋には、彼女達以外の人影はない。退院してきた青緑色の体格が華奢な少女、鎧衣を加えた5人がこの部屋にいる人間の全員である。

『…………』

はち切れそうな緊張感が横たわっている中、互いが互いを横目で伺っている。不満、焦燥、自己嫌悪。そういった感情が彼女達の中で渦巻いていた。
彼女達は別にただ無為に集まっている訳ではない。時計の針は未だ午後を指しているし、事実これも訓練の一環であった。部隊内の情報交換と連携の為と称し、上官である白銀が彼女達に課している時間。毎日といっても良いほどに課された時間。
だからこそ彼女達がすべきことは沈黙を貫くことではなく、活発とした議論を交わすことである。

「……このままでは始まらないわ。訓練を振り返って問題点を洗いなおしましょう」

口火を切ったのは部隊を預かる榊だ。声音は極めて冷静、いや努めて冷静を取り繕おうとしていた。

「と言っても複雑なことなんて一つもない。私達が白銀教官にやらされたのは基礎訓練だけ。ランニング、筋トレ、射撃訓練。連携も何も関係のない様な内容」

そう、彼女達の前に突然現れたやけに階級の高い教官が、課してきた課題は至って簡単で明朗なもの。新兵が初めにやるものであった。

「それで私達がクリアできないのは唯単純に私達の能力不足だわ。遺憾なことにね。体力も技量も、今現状じゃ、全然足りないっ」

苦虫を噛みしめたかの様な表情を浮かべる榊。吐き捨てる言葉に一同は何も言い返せない。なぜならそれをすればこの今の部隊の関係が壊れてしまいそうだから。
皆が皆己の技量の低さに辟易していた。だがそれと同時に全員が心のどこかで自分の仲間達への不満が溜まってもいた。

不甲斐ない自分が走り切れる距離に息をあげてしまう仲間に。
情けない自分が当てられる的を外してしまう仲間に。

それを隠し切れるほど彼女達は人間としては成熟しておらず、腹を割って話し合えるほどに親密な仲を築いてはいなかった。
故に彼女達ができるのは口を閉ざすだけだった。情けなさと申し訳なさで心が潰されない様に。理不尽な怒りが相手に伝わらない様に。
元来快活な性格であるはずの鎧衣は俯き床を見つめ、臆病な珠瀬は小さい身体を縮こませひたすらこの時間が過ぎるのを待っていた。
他の三人は平静を装おうとしながらもできておらず、隠そうとしているからこそ漏れ出る感情の高ぶりが際立っていた。

現状維持。不干渉。それは危機的状況であっても彼女達を縛っている。触れられたくない思いが彼女達の動きを阻害していた。
もしも。彼女達の事情を知らない第三者がいれば、全員を惹きつけて止まない強き者がいればこの様な状況にはならなかったかもしれない。
しかしそれは仮定にすぎず、不安定な場は容易く壊される。

「……これ以上は無駄」

すっと立ち上がり出口に向かおうとする彩峰。

「待ちなさい。どこへ行く気よ」
「……訓練」
「こんな状況で自分勝手な行動は止めて頂戴。少なからず貴方の行動は隊に不和を招いているのよ」

予てから飄々とした態度をとる少女を腹に据えかねていた榊が、ここぞとばかりに彩峰に食ってかかる。そんな榊を彩峰は冷たい視線で貫いた。
この時彩峰は苛ついていた。無頓着、無表情と形容される彼女であったが、人の心の機微を理解できぬ程冷淡ではなかった。
それどころか観察眼に優れた彼女は、普段は他者を真に傷つける言葉は言わない。
だから後の台詞を口に出してしまったのは、彼女が平静を保っていられなかったことと、相手が毛嫌いする榊であったからこそだった。

「何にも決められない隊長に着いて行ったって無駄。何回同じ話をするの?」
「っ!」

憤怒で耳まで真っ赤に顔を染める榊。
発言は正鵠を得ていた。同じ議論を何度も何度も彼女達は繰り返し、そして一度も解へとは至れていなかった。
それを彩峰は突いてきたのだ。隊長が無能だからこそ部隊が先に進めないのだと。それは何より彼女の心を抉る。
しかし榊にとってそれは彩峰という存在にだけは言われたくなかった。部隊の不和を創る者に自分の隊の長としての能力だけは馬鹿にされたくなかった。

貴方さえ協力してくれれば多少はましになるのに。あの時、あの場所で。榊は頻繁にその思いが湧き上がっていた。
何故貴方は私の邪魔ばかりするの? 何で私の覚悟を知りもしないで私の全てを否定するの?
何時もは押しとどめられていた感情は、理性の枷を失い一気に漏れだそうとする。

「その、怒るのは、良くない、です」

怒りというものに人一倍敏感な珠瀬は、声を振り絞りながら榊を静めようと試みる。顔は蒼ざめて声は震えていた。


「御免なさい。珠瀬。少し静かにしていてくれない?」
「でも、あの」
「いいから」
「あ…….」

押し切られ、珠瀬は何を言えば良いか分からず口を閉ざすしかなかった。通常は右往左往しかできない彼女にとっては一世一代の勇気であったのだろう。
だが不幸なことにそれを察する事ができるほどの精神状態を、今の仲間達は持ち合わせていない。自分の小心さを嘆きながら俯く。
けれどもそれは賞賛されて然るべき行為だったのかもしれない。何時も同じ様に言い争いには口を挟めない鎧衣は、何もできずに縮こまることしかできなかったのだから。

「止めろ。そなたら。仲間同士で争う愚をここでしてもしょうがなかろう」
「御剣。けれども勝手な行動は…」
「それは無論承知だ。しかしこんな状況なのだ。いがみ合うことだけは止めてはくれぬか。彩峰も落ち着け。一人訓練をして何とかなることでもなかろう」


疲れた様な声音で御剣は二人を静止した。いつもの覇気はなく、諭す行為も理を説くだけで場を収めることだけに執している。

『…………』

押し黙り席に着く二人。だが不満の火は消されることなく、押しとどめられ燻る形で彼女達の間にあり続けた。そしてまた言葉を発する者が教室内からいなくなる。
座って時間が経過していくのを感じるだけの場になってしまう。

この場に居る誰もが疲弊しきってしまっていた。他人を慮る余力も無いほど心が荒み、口を開けば相手を傷つける言葉を吐く。
彼女達は気付くことはなかったがこの状況は総戦技評価演習と酷く酷似していた。不和という摩擦が起き、直す暇もなく失敗へと進んでいく。
結局彼女達は挫折したあの日から一歩も進歩できていなかった。

本心から仲間を中傷したい者などここには一人もいないのだろう。相手への不満を抱えこそすれど、文字通りの同じ釜の飯を食べた仲間なのだ。
意識していようが無意識だろうが、好意は確かに存在していた。しかし今は相手への負の感情ばかりが増していく。不干渉を貫き続けた彼女達に、今の仲間への接し方を知っている者はだれ一人いない。
だからこそ状況は最初に回帰していく。



時間だけが浪費していく中、それを止めたのは救いの手ではなく、無慈悲な平手に等しい声であった。
それに彼女達は驚かない。何回も繰り返されてきた事態に、力なく眼を向けるだけ。
静かな部屋にやけに響き渡る扉の開閉音とともに入ってきた男。何ら彼女等に興味を示していないかの様で、それにさらに侮蔑も込めたものを顔に張り付けている上官。

「女学生共。午後の訓練を再開する」

白銀 武 中佐は抑揚の無い声で告げた。





軍とは一定の自己完結性を備えた集団であり、如何なる時間、環境化にも即応することを旨としている。軍隊とは常に研ぎ澄まされた刃であり、堅牢な盾なのだ。
しかしその集団とは言え時間とは全くの無縁であるということではない。管制や警備、一部の即応部隊を除き大部分の軍人は夜に寝、朝に起きる。
そして得てしてそういった軍人の夜は短い。よって夜の横浜基地において、消灯までに幾許かの余裕はあれども殆どの兵士、衛士は己の部屋に戻っている。

けれどもそのような時に神宮司と伊隅は机を挟んで座っていた。広い基地内で偶然鉢合わせした彼女等は何時の間にかこの場に集っていた。
両者共に片手にグラスを持っており、濁りの無い透明の液体がそれには注がれていた。二人の頬はほんのりと朱に染まっている。そのことから手に持つそれが酒であるが分かった。
緩やかな雰囲気が流れている中で伊隅は神宮司に語りかけた。

「しかし神宮司教官。貴方が規則を破ってここで私と酒を飲む。普段の教官からはあまり想像はつきませんが……副司令に毒されましたか?」
「……伊隅大尉。私はもう貴方の教官ではありません。階級か、もしくは神宮司と呼び捨てて下さい。それに私とて何時も規則を遵守するべきとは考えておりません。それで副司
令に毒されたなどとは止めてください。分別はついているつもりですよ」
「現在進行形で規則を犯して、ここにいるのは私達二人。教官こそ、その様な敬語は使わないで下さい。嫌ならば大尉権限による命令と取ってもらっても良いですよ。まあ、私は
止めませんが」

酒の助けと他人の眼が無いことから伊隅の表情は、柔らかい。それは恩師と久しぶりに対面した生徒のものであった。
伊隅の様子を見て神宮司は溜息を一つこぼす。ここで肩肘を張る無益さを悟ったのか、すっと顔に籠った力を抜く。
二人が話している場所は秘匿されている伊隅の部隊が使用する部屋の一室であった。本来であれば部外者の神宮司が立ち入れる場所ではなく、最悪MPを呼ばれてもおかしくはない。
しかし秘匿されているとはいえ、同じ基地要員達に丸々一部隊を隠し通せるものでもない。
部隊はある意味公然たる秘密になっていたし、そのトップである女性の気性からして神宮司が罰せられる可能性は皆無に等しかった。

「そうね、伊隅」
「そうですよ。教官」

だからこそ今の二人の間に横たわる空気は軍人としての義務によるものではなく、信頼による柔軟なれど確固としたものであった。
置かれた一升瓶で酒を注ぎ足すわけでもなく、ひたすらその場の雰囲気を二人は楽しんでいる。互い共に上に立つ者として、そして命のやり取りをする軍人として平穏な時間とは何物にも替えがたい。

「酒を嗜まれるのは意外でした。そういった話は聞かなかったもので」
「嗜む程ではないわ。それでもこんな親しい人と語り合うのならお酒の一つでもなくちゃね」
「光栄です」

二人笑いあう。どちらともこの時間が何時までも終わらないことを願っていた。それと同時に軍人としての自分に時間はあまりないことも十分に理解していた。
おそらくは半刻も無いだろう貴重な時間をどう過ごそうかと思案する。今の時間は子供を持つ者同士の愚痴り合いの場であった。
こうして他愛の無い話に花を咲かせるのも一興であったし、ど真ん中直球で愚痴を零すことも良いだろう。
その中で伊隅は尊敬する教官の話を聞いてみたかった。自分の任務は機密性のせいで話を暈す必要がある以上、それに時間を割きたくはない。話を振ることにした。

「ところでどうですか教官の教え子は。確かまだ教導していた部隊の半数はまだ教官が預かっていると聞きましたが。使えますか?」
「そうね……素質でいうなら見てきた子達の中でも上位でしょうね。うん。1、2年乗りきれば目を剥く動きを見せると思うわ」

神宮司は先程までとは違う、弱弱しい微笑みを伊隅に返す。それを伊隅は敢えて見逃した。
任官後、嘗ての教官と出会う少ない機会の中で、数度拝んだことのある表情であり、憂いながらも彼女ではどうしようもなかった感情だ。

「1、 2年ですか」

そう1、2年だ。それは戦術機という兵器体系が出来上がり始めた当初の訓練時間からすれば、最優秀といっても良いほどの短さであった。当時の衛士の訓練期間からすれば十分取れたはずの時間である。
しかしそれは過去の話になって久しい。

「教官の子等ならば生き残るでしょう」
「その前に総合演習を抜けてもらわないと困るのだけれどもね」

6割。それがBETAとの戦争で失われた人類の数だ。生産面では自動化を進め一定を保つ人類であったが、人材に関しては破滅的打撃を被っていた。
現在の兵数だけで見れば大戦初期とは若干劣るがそう悲観するものではなかった。けれどもそれは頭数だけで捉えればだ。
本来兵士になるはずの無い者達を掻き集めて、ようやくそれを維持にしているにすぎない人類軍は、弊害が徐々に顕在化していた。それは新兵に対する教育期間においても当然如実に表れている。

どんな気持ちなのだろうか? 伊隅は思う。
己では納得がいかない状態で戦場に送り出す気持ちは。
そしてそれこそが他に送り出してきた戦場にいる子供達の一番の助けになる状況。心配ない。お前達ならやれると安心させる様に話しかける状況。
きっと想像を絶する程つらいのではないか。

けれども神宮司教官はその行為こそが自分の教え子と、そしてまだ見ぬ子供達のためであるとしっかりと受け止めている。
強い人だ。そんな人に師事してもらったことを伊隅は一人誇りに思う。

「ですがそれでここで私と酒を飲み交わしている訳ではないですよね」
「あら、大切な子供と話すのに理由なんていらないわ」

クスクスと笑う神宮司。それに対し伊隅は酒気以外の理由で頬が赤らむ。
伊隅は確かに教え子である自分達は神宮司の子供であると自負していたが、それでも面と言われれば恥ずかしさの一つも覚えた。

「けれどもそうね。確かに少し困っていることというか、悩んでいることがあるわ」

そこで神宮司は新たに配属された自分の上官の存在を伊隅に伝える。

「それでその上官とそりが合わないと?」
「いいえ、階級差は激しいけれどもこちらを尊重してくれているわ」
「実力は兎も角教導が下手なのですか?」
「寧ろ上手いのでしょうね。制限のある教育プログラムの中で最大限あの子達を扱いている。私が伊隅にしたこと並にはあるはずだわ」

それでは何が? 伊隅の眼が問う様に神宮司に向かうと、なにやら神宮司自身、整理しかねる様に言葉を選びながら発言した。

「私が懸念しているのは、そう……その上官である彼自身についてなのでしょうね。懸念、いや老婆心とも言える不安かしら」

神宮司は続ける。
成程確かに年齢に見合わずの階級と実力を備えていた。
教え子の能力を受け持ってきた彼女が驚くほどに深く把握し、受け持ってきた彼女が思わず嫉妬してしまう程。
人手不足ではなかったが素直に今回の増派はうれしかったと。
けれども。

「昔の私を見ている様なのよね」

神宮司は持っていたグラスを机に置く。両手の肘を机に乗せ、組んだ両手の甲に自分の顎を任せる。
そして目線は伊隅には向いていない。どこか遠く、神宮司自身にも分からないどこかを見つめていた。

「ちゃんと表現するのなら違う。彼には何か目的があるようだったし、決して自暴自棄になっている訳では無い。それでも似ていると思うのは余裕が無いからなのでしょうね。まるで張りつめた糸みたいに」

それに。
そこで神宮司は言いよどむ。果たして彼女にあの日の彼が見せた業火に似た思いを話して良いものかと迷う。
白銀という少年が、彼女達に簡単には言い表せない激情を抱いているのは明白だった。そして普段から何気ない動作から彼女達を遠ざけているのも分かっていた。
あそこまでの教導官としての実力を示した彼が、私情を挟む程の感情とは何なのか。神宮司には思いつかない。

「それでは面倒をみる子供が増えたと?」
「ええ……そうね」

結局伊隅の冗談に適当に相槌を打つことで、神宮司は話を終わらせてしまった。
すると伊隅は昔を思い返しながら笑い、少々茶目っ気のある笑いを浮かべて神宮司に言葉を投げかける。

「しかし私達と同じレベルの扱きですか。新しい子供の心配も良いですが、ちゃんと元の子供達も気にかけなければ潰れてしまうかもしれませんよ?」

その言葉に対して神宮司は笑う。それは伊隅も含めて全員が見た感想が一致するような笑顔。即ち自分の子供を自慢する親の顔だ。

「あら、大丈夫よ。なんせ私の子供達ですもの」

神宮司の言葉に一切の迷いはなかった。





無人のグラウンドで御剣 冥夜は、規則正しい呼吸と共に走っていた。
前髪は汗に濡れ額に張り付き、纏う黒色の上着も汗によって彼女の肢体を浮き彫りにさせている。その二点だけ見れば実に艶やかな姿を今の彼女はしていた。
しかし御剣の表情はその印象を打ち砕く。無心を貫こうとしている者のそれに似ていたが、じっと彼女を観察する者がいたのならそれが間違いだとすぐに気付いただろう表情。
疾走する彼女の顔には時折苦悶の感情が映り、そしてすぐさま掻き消える。少女はずっとそれを繰り返していた。

一人で走ることはこれ程寂しいものであったのか。少しも寒いとさえ感じたこともなかった10月の夜の空気がやけに痛かった。
端的に言えば御剣は現在逃げていた。具体的に何かとは彼女は言えなかったが、研鑽を積むはずの自己鍛錬は逃走に変わっている。停止することは今の彼女にとって酷く恐ろしい。
昼間の仲間達とのやり取りを思い出すだけで彼女は心を痛めた。

それは総合演習でも感じたはずのものではあったが、彼女には耐えられなかった。
前回の御剣には確固たる意志と、積み上げてきた成果による誇りがあった。当時の彼女はそれを支えに仲間の不和を乗り越えている。なし崩し的な和解に等しかったが確かに彼女はその危機を克服はしていた。
されども現状の彼女には何も無い。中心たる芯が揺れ動いている御剣に、もう一つの重要な支えの崩壊は破滅的であった。

御剣は助けを欲していた。彼女も気付かぬ程無意識に、だからこそ本人も信じられないほど救いを渇望している。しかし現在の御剣の周りには、人がいなかった。彼女は憔悴しきっていた。
徐々に息が荒くなっていく。暗い感情を振り切る様に少女は加速していった。遂には全速力で駆けている。時間にして数分彼女は走っていた。
しかし当然ながら体力は直に枯渇する。苦しい顔を浮かべて彼女は立ち止まった。

何をしているのか私は。
彼女は吐き出す息の音を煩わしく感じながら自嘲する。両膝に手を突き、肩で呼吸していた。苦しい呼吸は一層御剣の思考を暗くする。
明日も早いのだ。いつまでも走っている訳にもいかない。目標の距離を達成したかも気に掛けることもなく自室に戻ろうと彼女は思った。
今の彼女は精細さに欠けていた。よって簡単に気付かぬ間にとある人物の接近を許すことになった。彼女が近寄る者の存在に気付いたのは足音によってであった。

上げた頭で確認してみれば接近していた者は年端もいかぬ少女であった。様々な人種がいる横浜基地においても珍しい銀髪のロシア系の、しかも徴兵年齢に達していないはずの女子。
それだけで十分人目を引くに足る彼女であったが、それ以上に特徴的なのは頭についた兎耳のアクセサリー。とてもではないがどこかの部隊に所属している者には思えなかった。
なぜここに、そして御剣に近づいてきたのかを彼女は分からなかった。少女は静かにその双眸で御剣を見つめていた。

その時御剣がすべきことはその銀髪の少女に対しての詰問であったのだろう。害意は感じられないが不審人物をのさばらせる訳にはいかない。
そこまで堅く考えないにしても、夜遅くに少女の一人歩きは保安上まずい。基地内とはいっても保護するべきであった。けれども御剣の口からは咄嗟に言葉が出ない。

驚くことに彼女は知らぬ間にその少女に救いを求めていた。いや自分の胸の内をさらけ出す相手と少女に見出していた。全くの見知らぬ自身よりも年下の少女にだ。
それは常識に照らし合わせればおかしなことかもしれなかったが、何の繋がりも持たない少女は逆に御剣とはしがらみが一切存在していないとも言えた。
誰にも頼ることができなかった御剣にとっては、正に溺れる者にとっての一本の藁に等しかった。
およそ普段の彼女ならば問題なく抑えられた衝動も、今は彼女を縛り止めている。その欲求は御剣の心にとっては甘露にも思えた。

馬鹿な。常軌を逸した考えだ。
それでもそんな理性を欲求という熱が溶かしていく。熱病で浮かされたように感じられた。だがそれでも御剣は言葉を紡がない。
最後に彼女を止めているのは理性ではなく恐怖であった。人に真に心を開くという行為自体が御剣には怖かった。

否定されたのならばどうする。交わる中で相手を傷つけてしまえばどうなる。207の仲間達に対して感じた思いが御剣にせりあがっていた。
その感情は今回の事件が発端となり生じた感情でもあったが、もっと深く207の面々を捉えてきたものであった。
理解されたいという欲求。傷つけられたくないという願望。傷つけたくないという思い。それは御剣を含めた部隊の全員の根底に沈んでいるもの。

「けれどどんなことを考えても、言葉に出さなければ相手は理解してくれませんよ」
「なっ」

突然の少女の発言に御剣は心の臓を握られた様な感覚に捕らわれた。

「普通の人間には相手の心の内を覗くことなんてできないのですから」

何故、何故、何故、何故?
まるで心が読まれたかの様な少女の言葉に御剣は混乱する。眼は限界まで見開き、口は意味もなく開閉させてしまう。喉は乾き息は短い。

「そして話すべきなのは私ではないはずです」

しかしそんな超常じみた少女の言動とは別に、紡がれる言葉の内容自体に彼女の心は揺さぶられる。自身の中で渦巻いていた熱を引きずり出されたかの様に錯覚した。
そしてここにきて彼女の自制心は完全にその熱に溶かされつくした。理屈もなく理論も持ち合わせず、御剣は言葉を吐き出す。

「なれど、なれど、なれど」

呂律が回らず言葉が滑る。

「否定されればどういたす。相手を傷つけたのならば如何すればよい!」

何時の間にか御剣は涙ぐんでいた。まるで駄々っ子のように少女に言葉をぶつける。

「そしたらまた話し合うしかありません。ひたすら理解してくれるまで。相手を傷つけてしまっても、謝り次はしない様に自分を戒めて」

なんてそれはつらいのだろうか。なんてそれは恐ろしいのだろうか。身を強張らせ御剣は恐怖した。視界が暗くなる。
しかしそんな御剣の身体を何か温かい物が包む。とても安心させる温かみは人肌の温もりであった。視線を下げると少女は抱きつき両の腕を御剣の背中に回していた。
決してその容姿からだせるとは思えないほどの穏やかで優しい声で、その少女は御剣にそっと囁く。

「それでも貴方が進むことを望むなら、仲間を失いたくないのならばしなければならないのです。大丈夫。私の知っている冥夜さんは強い」

すると御剣の中に形容できない温かいもの、優しい感情とも言えるものが流れ込んできた。それは未知の感覚ながらも何ら怖さは無かった。
そして何故だか瞼が重くなる。それすら不愉快さを催すものではない。

「そなたこそ強かろう」

自然と御剣の口からこぼれる。緩やかに眠りに落ちていく中でも、彼女は少女の言葉をしっかりと聞き取っていた。

「最愛の人ともそれができない私に言う言葉ではありませんよ。冥夜さん」







数分後、意識を取り戻した御剣の前に少女はいなかった。












三人称と一人称の文法ってなにそれおいしいの?
いろいろと書き方を模索中。
なんか描写にむらがあったり、場面のつぎはぎ感の半端なさがあるが、今の自分にはどうしようもないのでこれからの課題。そしてこっそりと文章量を増やしてみたり。


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