8話、「俺の名前を呼んでくれ!」~A.W.0011~
――地球
その星はかつて蒼緑の宝石とさえ呼ばれた美しい星だった。
有機物を豊富に含んだ青い海と数万、数十万種類という生命に溢れた緑の大地。本来なら極寒か超高温の星ばかりがあまねくこの宇宙で、生物が生まれ繁栄を謳歌するこの惑星はまさしくこの広大な銀河に神が創り出した楽園だろう。
だが楽園は永遠ではない。
無数にある系統化された確立分岐の世界の中で、ある二つの世界の人類は偶然にもほぼ同時期に己の母星に大打撃を被ることになる。
一方はBETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race――『人類に敵対的な地球外起源生命』と呼ばれる者の侵略によって。
そしてもう一方は第七次宇宙戦争でのコロニー落とし――人類自身の手によって。
奇しくも二つの世界はよく似ていた。人の手に余る破壊兵器の存在、国家間の相克、そして夜よりなお昏い人の心の闇が生み出す悲劇。
この背中合わせの世界はそっくりだが決して繋がることはない。
しかしもし、
――もしも一人の人間が何かの拍子で世界を渡ることができたら?
夢という形で、あるいは記憶という形でこの二つの世界の枠を超えることができる存在がいたのならその人間はどうするだろう?
人間は未来を知ることはできない。だが一方の世界で起こった悲劇を、そしてもう一方の世界が滅んでいく様子を知れば人は自然と己のなすべきことを悟る。そして手に入れようとするだろう。
悲劇が起こるのならそれを食い止めるだけの知恵を
世界が滅ぶのならそれを跳ね返すだけの意志を
欲しいのは運命を切り開く力――神の如く万能な希望《ひかり》。
それらは一体どこにある?
***A.W.11年12月13日 北米大陸旧ニュージャージー州 ロコシティ***
終戦から11年。
コロニー落としによって壊滅的な被害を受けた地球環境は未だ混沌の中にあった。かつてあった6つの大陸はどこもクレータに彩られて穴
だらけ。加えてコロニーの大質量によって巻き上げられた大量の土砂や海水によって気候が激変したため無事な場所などどこにも無い。
分厚い雲によって空を遮られた北アメリカはほぼ完全に凍結。南米は地殻変動によってあらゆる火山が噴火し、アフリカとユーラシアはここ十年ずっと半径500キロを超える超大型の砂嵐が吹き荒れ、激変した気候は動物のみならず植物・微生物にも影響を及ぼしその種類を戦前の半分にまで減らしている。
――だがそれでもまだ人類は生きていた。
ここロコシティは戦前までは簡素な田舎町であった。都会からは遠く山々に囲まれた盆地の中にあって、工業は殆ど発達していなかったが、当時では珍しく遺伝子組み換えをしていないトウモロコシや麦を作ることで殆どの住民は生計を立てていた。
それは戦後の混乱期にも変わる事無く、苦労を重ねはしたが住民の努力と犠牲によって細々と農地を維持しながら極寒の11年を過ごしている。
その町並みの中の一軒、11年の風雨と氷雪にさらされてボロボロになった民家から一人の男が現れた。年の頃は20代半ば、左目に走る大きな傷跡とそれを隠すサングラス、それに襟のついた海軍風の青いコートを着ている。
彼こそ前大戦で無敵を誇った連邦軍のニュータイプパイロット、ジャミル・ニートその人であった。
ジャミルが一軒家から出て街の通りまで出ると通りに停まっていたジープ車から15,6の少女が声をかけた。
「キャプテン、フリーデンから連絡がありました。荷物の搬入と代金の受け取りが完了、バルチャー組合への報告も済んでいます」
ジャミルは少女の報告に黙って頷く。
バルチャーとはハゲタカの意味である。だがこの時代にはもう一つ別の意味があった。対戦中の軍事施設跡を巡り兵器の残骸や電子部品を漁っては人々に売りさばく者達。人々は彼らをハゲタカになぞらえてバルチャーと呼んだ。彼らは時にお互いに戦い戦利品を奪い合うこともある危険な職業だがその分実入りは大きくこの荒廃した世界では魅力的な職業でもある。
ジャミルは独立してからまだ日が浅いが、ニュータイプ戦士としてアチコチの激戦地に送られていたため誰よりも交戦地点や秘密施設などの位置に詳しく利益を上げることが多い。そのためたった数年で彼は近隣のヴァルチャーの中でも一目置かれる存在になっていた。
「それでキャプテン、お探しのクレアという女性には会えたのですか?」
「ああ。サラ、君がテキサスの廃棄施設で入手してくれたデータのおかげだ」
クレア・アディール。テキサス州ラーフリン基地に所属。後方要員だったが終戦直前に妊娠して退役。
その後の足取りは不明だったが故郷の記載があったためジャミル達はそれを頼りにこの街まで来ていた。
「いえ、キャプテンのお役に立てて何よりです。ところで……その女性とキャプテンとはお知り合いだったのですか?」
サラは言葉の端に少しの嫉妬を滲ませていた。
このサラ・タイレルという少女は元はジャミルが滞在していた町の町長の娘だ。町長といっても選挙や行政システムによって支えられた者ではなく寄り合いの代表。昔で言う商工組合の長というような意味合いが強い。
彼女は当時駆け出しのバルチャーとして父と取引のあったジャミルに惹かれ、彼の独立――アルプス級陸上戦艦フリーデンの購入に合わせて半ば押しかける形でジャミルの副官となった。
「いや、彼女とは初対面だ。だが私は彼女の事を知っていた」
「それはクレアという女性が何か我々の活動に必要な情報を持っていたという事ですか?」
「そうじゃない。私は……ただ会うべきだと思ったんだ。彼女と彼女の子供に」
沈黙するサラ。
ジャミルは寡黙で理知的な男だが、時折こうして勘や直感をほのめかすことがある。占いや超能力といった類を全く信じていないサラはそれをジャミルが話題を避けるためのポーズだと考えた。
「……そうですか。ではせっかくの対面です。一度その親子をフリーデンにご招待しましょう」
フリーデンの食料庫には今まで仕事で北米中を回る傍ら様々な町で買い集めた珍しい茶葉やお菓子がおいてある。子供がいる女性ならきっと喜んでもらえるだろう。
サラの誘いには育ち盛りの子供にご馳走を振舞いたいという善意も含まれていたが、同時にジャミルが"一方的に知り合って"いるというクレアという女性を直接見極めたいという意図もあったのだ。
だが彼女の思惑とは裏腹にジャミルは無念そうに首を振る。
「残念だが無理だ。クレアの娘は5年も前から行方不明、クレアも病気がちでここから離れることはできないそうだ」
「行方不明……! 身売り目的の誘拐でしょうか?」
「いや、恐らくは――」
ニュータイプ研究所の手の者だろう、という言葉をジャミルは飲み込む。クレアの娘は生まれた時から不思議な力を持っていたという。
そして今はまだ自分が目指しているニュータイプの保護活動をこの少女に知らせるわけにはいかない。
(ニュータイプ研究所……心当たりではユーラシアの大正製薬、ノルデナウ、ポールスター、そして北米のアルタネイティヴ社、ティタノテクトン……どこも研究のためには過激な人体実験をも厭わない組織だ。もし本当にそんな所に連れ去られていたのなら彼女の娘の命が危ない……今後は情報屋と接触してその線で当っていかなくては)
ジープに乗って郊外に停泊していたフリーデンに戻る二人。
補給の確認の後、艦の進路を最寄の街に発進の準備をさせようとするが――
「キャプテン、大変だぁ!」
デッキに乗って館長席に座るなり、日系人の少年が慌てた様子で転がり込んできた。
「どうしたのよ、シンゴ!? そんなに慌てて」
サラが少年のあまりの剣幕に驚いた様子で問いかける。
「ま、町に12機のMSが接近中! 数はドートレスタイプが4、ジェニスが8!」
「なんだと!?」
「先日ここから北東40kmのカーネルスタリオンシティを襲った夜盗のようです! このままでは……」
「すぐに救援依頼のバルチャーサインを出せ! ロココとナインはどうだ?」
「本人達は行けると言っていますが……」
現状のフリーデンの戦力はドートレス3機。ロココとナインとはフリーデンのメカニックである。
二人のMS操縦技術はお世辞にも高いとは言えず、下の中、あるいは下の上くらいがいいところ。戦闘どころか本来なら搬入や搬出のために少し動かすぐらいが関の山なのだ。
しかも今回は町で売るドートレスを修理するために彼らは2日徹夜している。
フリーデン一行は危険な地域を通る時は必ずフリーのモビルスーツ乗りを雇っていたが生憎、今回は暇を出していた。
「止むを得ん……私が出る!」
きびすをかえして格納庫へ向かうジャミル。
「キャプテン!? しかし、あなたは――!」
叫ぶサラ。だがジャミルは振り返る事無く気密扉の向こうへ行ってしまった。
***ロコシティ 市街南部***
「ヒャハッハッーーー!! いいぞ、抵抗しろ! このオレ様をもっと楽しませて見せろー!」
夜盗は叫ぶと100mmマシンガンを街に向けて乱射する。戦術機の主力兵装を遥かに超える重量と威力を持つ弾丸は容易く高射砲や建物を打ち抜き、マズルフラッシュがひらめくたびにロコシティの防衛装備は沈黙していく。
だがロコシティの町民も黙ってやられているわけではない。無事な高射砲から弾幕が張られ、歩兵用の携行ロケットランチャーを構えた人影が夜盗達のMSに駆け寄る。
「そんな豆鉄砲が効く思ってるのか? こっちはMSに乗ってんだぜ!」
カスタムされたジェニスのオープンマイクでそう叫ぶとバーニアを吹かして高射砲の弾幕を避け、ロケットランチャーを構えていた町民に向かって焼夷手榴弾を投げつける。
本来MSに装備され対戦車、対防護施設用に作られた手榴弾は地面に届くと、設計どおりの熱量を発揮し町民とロケットランチャーを地面の黒いシミへと変えた。
「お前達! 燃やせっ、燃やしちまえ!!」
「「「おう!」」」
彼に同意した夜盗達数人が同じように焼夷手榴弾を使って町を焼き始める。
榴弾の炎は直接威力を発揮するのみならず、大きく燃え広がり重火器や弾薬の集積所に引火して町の被害を一足飛びに増やしていく。
フリーデンから出撃したロココとナインが到着したのはそんな時だった。
「奴ら……! 同じ人間相手にひでぇことしやがる!」
「この街にはキャプテンの知り合いもいるんだ。あんな好き勝手をやらせてたまるかよ!」
メカニック二人は眼前の光景に歯を食いしばり、奇襲で仕留めるべくビームライフルのトリガーを引く。
だがやはり二人の操縦技術の未熟さはいかんともし難く、ビームの一発は外れ、もう一発もカスタムされたジェニスの右腕を撃ち抜くに留まった。
「なんだぁ!? 今頃守備隊のMSがでてきたのか?」
「たったの2機で何ができるってんだよぉ!」
新手に気づいた夜盗達は一斉に猛反撃を開始。12本のマシンガンから一斉に放たれた100mmの浸徹弾の弾幕が二機を襲う。
ロココとナインはドートレスに装備されたMS用の盾を構えそれを防ぐが、超鋼スチールでできたそれらはあっという間にへこみ、あるいは削れて見る見るうちに盾としての機能を失っていった。
相手は素人。
経験豊富な夜盗達は一瞬で敵の正体を看破する。大方町でMSだけ購入してろくに訓練を行わなかったか、たまたま滞在していたMSの行商か何かだろう。
この様子ならそう梃子摺ることはない。だがMSの操縦技術はともかく夜盗達もまた戦闘面で問題を抱えていた。
こそこそと、夜盗の一人が先程撃ち抜かれて落ちたカスタムジェニスの右腕のほうに這い寄る。戦闘の間隙を縫って忍び寄ったジェニスの一機は飛びつくようにMSの右腕を拾うとすぐさま反転し、戦域を離れ始めた。
「ヘヘッ! もらったぜっ!」
「あ、テメェ! オレ様のパーツをどうする気だ!」
右腕の無いカスタムジェニスは仲間の行動に気が付くと容赦なくマシンガンを向けてトリガーを引き絞り撃ち抜く。
「お、おい、そんなマジに……ぎゃああああああ!!」
装甲の薄い背部からコクピットを撃たれたジェニスのパイロットは即死。
だが今度は四散したジェニスの残骸に向かって6体もの夜盗のMSが殺到した。
「おい、お前ら! 何してんだ! 遊んでねーでさっさとあの2機を片付けろ!」
カスタムタイプのドートレスにのった夜盗のリーダー格らしき男が通信で叫ぶ。
「へへ、あんなど素人の相手、5人もいりゃ十分でしょ!」
「そうそう。俺らはその間にゴミ処理でもしておきますよ。ま、せいぜいこれ以上"ゴミ"を増やさないよう気張ってくだせぇ」
「お、お前らぁぁぁぁ!!!」
「おおっと!」
怒り狂った夜盗のリーダー格のドートレスから味方に向けて銃弾が放たれるが、先程と違い十分に反撃を予想していた夜盗達は難なく射線から逃れ反撃に出る。
状況は12対2から三つ巴に、さらに夜盗達は味方が被弾するたびにパーツを奪い合うため三つ巴から生存競争に。
「な、なんなんだ。一体なんなんだよ、これ……!」
フリーデンのブリッジで戦闘の様子を見ていたシンゴ・モリがそう呟いたのも無理は無い。
――それはまさに地獄の坩堝のような光景だった。
流れ弾の100mm口径弾が民家を襲い、ビームライフルがMSごと背後の官舎を貫く。倒れたMSは数十人が逃げ込んだ退避シェルターを押しつぶして、サーベルは触れるだけで道路のコンクリートを沸騰・爆発させ、バーニアの余波は周囲にいた住民を車や電灯ごと吹き飛ばす。
そこは少なくとも戦場では無かった。戦場ならば守るべき交戦規定と戦友があり、全ての戦力は敵と味方にキチンと別れて殺しあう。
だがこの場は違う。12人の盗賊たちが欲望から先程まで仲間だったMSを狙いそのついでのように住民を殺していく。まるで憎悪と怒りだけを際限無く膨らませていく蟲毒の壺だ。
ロココとナインは勿論町への被害を避けたいのだが、彼らが街から離れればもはや乱戦を停める手立てはなくなってしまう。13体の鋼の巨人が武器を振るい入り乱れる決戦場となった町はさきほどとは比べ物にならない速度で被害を拡大させていく。
その中にはジャミルが先程訪ねたクレアの家も含まれていた。
―― 一方フリーデンのMS格納庫。
薄暗いコックピットの中、ジャミルはMSを動かすために必死で足掻いていた。
「……くっ! やはり……駄目なのか!」
脂汗を流し、何度も吐き気を催しながら、気力でなんとかフリーデンから出撃せんとするが、ドートレスはデッキの中でギシギシと音を立てて軋むだけ。操作を受け付けない……いや、操作しようとするジャミルの意志を彼の体が拒んでいるのだ。
「うぅ……」
――操縦桿を動かすたび、サテライトキャノンのあの圧倒的な破壊力を思い出す。
手から汗が滲み出し、ブルブルと腕全体が震えだす。
――足を伸ばすたびに、自分の間近をコロニーが通り抜け大気に焼かれながら地球に落下していく様を思い出す。
フットペダルはまるで溶接されたかのように重くドートレスの足回りを泥沼のように固めてしまう。
――息をするたび、己の"能力"を失った瞬間が蘇り、ニュータイプの力に思いあがっていた自分を苛む。
胸が締め付けられるように苦しい。ここは大気のある地上なのに、まるで真空の宇宙に放り出されたかのようだ。
「こんな……こんな体たらくで、本当に元ガンダムパイロットと呼べるのか……!」
"コックピット恐怖症"。それがジャミル・ニートが背負った戦争の後遺症である。
すべての原因は第七次宇宙戦争、その最終決戦の中でコロニー落としを阻止するためジャミルが放ったサテライトキャノンの一撃がきっかけだった。
ジャミルが成功させたコロニー落とし迎撃は偶然と、戦友である"彼"の犠牲による産物でしかなかったが対宇宙要塞、または質量兵器破壊のために作られたサテライトキャノンの威力を目の当たりにした宇宙革命軍のザイデル・ラッソ総帥は万が一あの兵器がこれ以上量産されることになれば全コロニーが脅威に晒されるとし、本来恫喝の手段でしかなかったコロニー落としを強行する。
結果論だがジャミル・ニートはうまくやりすぎたのだ。
もしジャミルがGXの能力を90%程度しか引き出せない並みのNTであればあの作戦でのコロニーの撃墜率は目標の半分もいかなかっただろう。あるいはあの時、"彼"の能力を足止めに十分と考えずに任務を捨てて"彼"と一緒にランスローと戦っていれば少なくともGビットは磨り減りGXは本来の迎撃能力を発揮できなかったはずだ。そうすればザイデル総帥もあそこまでサテライトキャノンを危険視しなかっただろう。
自分の能力と過信が引き起こした人類史上最大の悲劇。あの時、世界中から聞こえた数億、数十億の死者の苦痛や感情はそれまでのジャミルの矜持や価値観を吹き飛ばして余りあるものだった。そして何より平和な世界を見せるという約束があったにも関わらず、自分の一撃は地球に取り返しのつかない傷を負わせ、約束を果たす機会を永遠に反故にしてしまった。
"――ジャ――ル――ッ!"
「ぐっ……」
突如、激しい頭痛がジャミル襲う。
同時にそれまでかろうじてバランスを取っていたドートレスは数台のクレーンを巻き添えにして金属のワイヤーを何本も引きちぎりながら悲鳴のような音を立てながら倒れこんだ。
外では相変わらず激しい砲声と爆発音が鳴り響いている。ロココとナインはまだ戦っているのだろうか。
メカニックである彼らですら戦っているというのに、自分はようやく会えたクレアを守るどころか、倒れたMSを起き上がらせる事もできない。
惨めさと悔しさと自己嫌悪がこみあげる。
「これが今の私……。私に、こんな! こんな男に価値なんてあるはずない! 君に命がけで助けてもらうような価値などあるわけが、ない……」
コックピットのモニターにサングラスから零れた熱い雫がポタポタと降り注ぐ。
"――――――ッ!"
「誰か……助けてくれ。誰か、誰でもいい……! 私では駄目なんだ! クレアと、彼女の娘を……この町を、ルチルを、ニュータイプを、地球の皆を……私を……」
この暗黒の世界を変えられる人間……それは"彼"のようなニュータイプなのか、あるいはかつての戦争を戦ったブラッドマンやザイデルのような人間か。ジャミルにはわからない。
頭痛が段々と酷くなる。頭の中で誰かが、遠いどこかから語りかけているような気がする。だが能力を失ったジャミルにとって、その誰かの精神による接触は多大な苦痛を伴っていた。
耳や涙腺から血が流れ、意識は白く濁っていく。
"――ジャミル、ジャミル・ニート! 俺が助けるよ! きっと助けてやるよ! だから、俺の名前を呼んでくれ! 俺の力を感じてくれぇーーーっ!"
異世界から届いたその言葉を聞き届けるよりも早く、ジャミルはその意識を閉ざした。
『キャプテン、近隣のバルチャー艦から援軍が到着しました! ロッソ・アラマンタとローザ・インテンソ一味です! …………キャプテン? キャプテン!?』