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No.32864の一覧
[0] Muv-Luv Red/Moon/Alternative[大蒜](2012/04/21 02:12)
[1] 1、「また夢の話を聞かせてくれ」[大蒜](2012/05/17 12:54)
[2] 2、「なるほど、ミュータントじゃな」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[3] 3、「あれが、戦術機……!」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[4] 4、「世界最強の人間だ」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[5] 5、「ウゥゥゥーーーラァァァァ!!!」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[6] 6、「ここに人類の希望を探しに来た」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[7] 7、「光」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[8] 8、「俺の名前を呼んでくれ!」~A.W.0011~[大蒜](2012/10/23 23:34)
[9] 9、「待っています」[大蒜](2012/05/18 20:43)
[10] 10、「大佐を信じて突き進め!」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[11] 11、「ひどい有様だ」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[12] 12、「秘密兵器」[大蒜](2012/09/19 22:21)
[13] 13,「どうしてこんな子供をっ!?」[大蒜](2012/09/19 22:15)
[14] 14、「やはり、あいつは甘すぎる」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[15] 15、「メドゥーサ」[大蒜](2012/08/25 00:36)
[16] 16、「雷帝《ツァーリ・ボンバ》」[大蒜](2013/03/09 21:40)
[17] 17、「あなたに、力を……」[大蒜](2013/01/15 00:46)
[18] 18、「トップになれ」[大蒜](2012/10/22 23:58)
[19] 19、「Lolelaiの海」~A.W.0015~[大蒜](2012/10/23 23:33)
[20] 20、「ようやく来たか」[大蒜](2013/06/24 00:41)
[21] 21、「何をしてでも、必ず」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[22] 22、「謝々!」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[23] 23、「二人が揃えば」[大蒜](2013/03/24 19:08)
[24] 24、「私を信じてくれる?」[大蒜](2013/04/30 15:56)
[25] 25、「天上の存在」[大蒜](2013/06/17 11:22)
[26] 26、「絶対駄目っ!」[大蒜](2015/01/07 01:55)
[27] 27、「僕がニュータイプだ」[大蒜](2016/08/13 23:27)
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[32864] 27、「僕がニュータイプだ」
Name: 大蒜◆9914af20 ID:35aff7a0 前を表示する
Date: 2016/08/13 23:27
27、「僕がニュータイプだ」



***1992年8月4日 19時20分 セラウィク特別区郊外 Г2高速道路***

 結局、セラウィク屈指の高級ホテルであるホテルレニングラードはその日の内に消滅した。
 正確に言えばホテルが倒壊確実となった事を知り、周辺への被害が出ることを憂慮した内務省の判断で爆破解体されたのである。

 再びユーリー達と合流したトリースタやケルビナ/呆然。
 ついさっき前まで飲み食いしていた建物が小さな爆発の後に一瞬で瓦礫の山に成り果てる姿をポカンと口を開けて見送っていた。
 
 その後、装甲車や小隊の護衛を引き連れたガスパロフが現れ、セラウィクの中心街から50キロ程の警備基地に向かう事を告げユーリー達を装甲車に押し込んだ。 

「ひ、ひでぇ目に遭った……。モリ大尉、いや少佐! あいつらは一体なんなんだよ!」

 体の節々を痛めたユーリーが唇を尖らせながら言った。
 とはいえ外見上の悲惨な被害の大部分は自分の姉から受けた物だったが。

 刀を磨いていたモリが手を一瞬だけ止めてユーリーに視線を向ける。

「……お前を殺しにきた刺客だ」

「それは俺でもわかる」

「……そうか」

 ツッコミを意にも介さず、モリは再び刀を磨き始める。
 腕を組み目を瞑っていたガスパロフ/呆れた様子/仕方ない/やれやれといった感じで口を開いた。

「党の汚れ仕事を専門とする猟犬、オプリーチニキだ。しかもあの独特の塗装は東欧の白い切り裂き魔……1年前に訓練中の事故でMIAだったはずが、何故あんな機体に乗っていたのか」

「確かペーパープランまでで実際に開発されなかった機体なんだよな。どうなってんだこの国は……」

「今後君たちには重装の歩兵小隊が護衛につく。近隣にはヘリで展開可能な3個小隊を待機させる予定だ。あの重装甲強化外骨格への対策に対戦車榴弾砲RPGも手配している。今後はお忍びの外出などは控えてくれ」

「これから毎日、汗臭い野郎ども周りをウロウロされなきゃなんないのか……まてよ、巨乳のブロンドを回してくれるなら一日中でも――ひっ!? じょ、冗談。冗談だよリュー」

「ふんっ」

 リュドミラが拳を突き上げるのを見て、反射的に腹部を守ってしまう。
 鼻を鳴らして、あからさまに不機嫌さを見せるリュドミラに対して、ユーリーはしばらくの絶対服従を誓うのであった。

「それよりも、君が襲われた理由についてだ。我々は今後ラブレンチー・ジェニーソヴィチ・ポノマレンコと敵対することになった。彼はほぼ間違いなくシベリアの防衛予算の流出やツァーリボンバの設置に関っているはずだ」

「ポノマレンコ……確か今の共産党のナンバー2だよな。そいつがザンギエフのおっさんの仇ってわけか」

「そうだ。だが解せないのは、何故最初に狙ったのが私ではなく君達だったのかということだ。会議中でもレッドサイクロンが私のサポートにされたときの彼の反応は妙だった」

「うーん、ポノマレンコ、ポノマレンコ……悪いけど心当たりはねーな。リューは?」

 念入りに思い出そうとするが、特に記憶に引っかかることはない。
 隣に座るリュドミラに視線を向けるも、彼女も首を横に振った。

「私もありません。ザンギエフさんが遺してくれたデータには全て目を通しました。機密書類や名簿に戦闘中の動画データ……中身は色々あるけどその人の名前や関係のありそうなデータは見つかりませんでした」

「だが、必ず何かがあるはずだ。あの完璧な男の鉄面皮を揺さぶるほどの重大な何かが」

 ガスパロフは確信を持ってそう告げる。

――シベリアの防衛予算流出に関してその全容はほとんどわかっていない。
 中央最高会議の幹部で10人以上、末端の人間を含めると5万人超が関った横領事件であるのも関らず、未だに被害総額すらわからないのである。
 バーバチカを筆頭とするKGB第1局は他の部署と連携を取りながら横領された金を追っているが、ほとんど全てがシベリア内部で足取りが消えている事がわかったくらいだ。
 ポノマレンコを犯人と断定するに至ったソロボコフ爆殺の件が無ければ、恐らく今でもこれが組織的な犯行だとはわからないままだっただろう。

「我々が狙うべき事柄は3つ。ポノマレンコが金をどうやって集めているのか、集めた金を何に使っているのか、そして何故君達が狙われたのかだ。このどれか一つでも見つける事ができれば、ポノマレンコを追い落とすことができる。逆に見つけない限り――」

「あの白い奴に狙われ続けるって事か! クソッ、俺は忙しいんだぞ。こっちの都合もお構いなしかよ!」

 主力戦術機開発計画に参入する気マンマンだったユーリーが毒づく。
 前線でBETAと戦いながら新型戦術機開発を行うと、自由時間や睡眠時間を著しく削られるということを彼はよく知っていた。

「私はこれからオルタネイティヴ計画選定委員会への交渉や、国防省の掌握を急ぐ。君たち二人はテロを警戒しながら、もう一度ミハイルの残したデータを洗いなおしてくれ」

「情報分析ならアンタの部下やKGBの方が得意だろ? そっちに任せられないのか?」

「レッドサイクロンの生体認証にはAAAクラスの公的プロテクトが設定されている。君たちの機体に収められているデータはKGBの一級秘匿ファイルザブリエートニ・クニーガや内務省の基幹システム並みの信頼性によって、法廷ではポノマレンコも手を出せないほどの証拠能力がある。編集はおろかコピーすら許されない以上、君たちの機体から移すのは法廷に提出する時しかない。着座調整中でも休憩時間中でもいいから時間を見つけて、マメに取り組んでくれたまえ」

「「………………」」

 それは休憩と取るなということじゃないのか。
 姉弟の思いは一致したが、ガスパロフの真剣な様子に、今後の膨大な作業量を想像し嘆息しながら天を仰いだ。


***1992年8月12日 ソマリア 国連軍ガルカイヨ基地 中東連合会議室***


――イスラエル国防軍 H-9アンバールハイヴ攻略作戦
  通名:アリヤモーセ作戦

  戦車機甲4個師団
  国防軍戦術機甲6個連隊(570機)
  陸軍強襲ヘリ2個旅団
  第2砲撃師団、第7砲兵師団14連隊
  参加兵員数21万
  総車両台数2万4千4百台

 かつてエジプトの奴隷であったヘブライ人達のために聖人が紅海を割った逸話が作戦名の由来だが、大仰な名前に反してハイヴ攻略作戦としては史上最小の規模であった。アラビア半島防衛ラインを構成する戦力の4分の1、近々のスワラージ作戦と比べても10分の1以下の規模と言えばその様子がわかるだろうか。

 とはいえ、これはイスラエル国防軍(以下IDF)の正真正銘の全力である。
 特に戦術機に関しては退役していたF-5F《クフィル》から開発実証中の試験機F-16改《ラビ》までかき集めての総力戦であった。

 突入までの前段階として、各地の防衛ラインから集合させた作戦部隊は主力を旧アンマン市街に集結させ、そこからBETA勢力圏内まで砂漠を強行軍で横断。
 ハイヴ到達までの予備段階で消耗した戦力は全体の39%。死傷者は4万人を越え、特にヘリ部隊に至っては2個旅団88機全てが完全に消滅した。

 だが、それほどの甚大な犠牲を支払ってIDFがハイヴに突入させることが出来たのはユフダ・コーンズ大尉が駆る第3世代戦術機を含む17機の戦術機部隊のみ。

 この絶望的な途中経過を聞いた全ての国はイスラエルという国家の消滅を確信する。

 しかし30分後。予想だにしなかった結果が彼らを待っていた。

「――衛星画像でアラビア半島に展開中のBETAの撤退を確認した。信じがたいが……アンバールハイヴは攻略されたようだ」

 緑のターバンを巻いた男――サウジアラビアの情報省長官が憂鬱な様子で手元の報告書を帝政イランの宰相とUAEの長官へと放り投げる。
 米国から供与された衛星情報がもたらす結論は、ほぼ確実と思われたイスラエルの消滅を覆す物だった。

「馬鹿な……! あれっぽっちの戦力でか!? 米国が例のBETA由来の試作爆弾を使ったのではないのか?」

「BETA共の地上構造物は健在だ。至近まで潜入していた工作員からも報告が来ている。G弾はおろか軌道艦隊が支援攻撃を送った様子も一切無い」

 なだめられながらも信じられないといった様子でレポートを睨みつけるが、それで衛星写真に写った地上構造物と撤退中のBETAが消えるわけではない。

「やはり新型……第3世代戦術機の力か。ボパールに続きこの戦果。本当にほぼ単機でハイヴ攻略を行える性能があるのだな」

「どうする。我々は今回1兵も出さなかった。独力で領土を奪い返したユダヤ共はまたこちらを挑発してくるぞ」

 深刻な様子で、UAEの長官が首を振る。
 イスラエルの厳しい要求は勿論、指を咥えてハイヴ攻略を見過ごした以上、自国世論の追求も考えなければならない。
 他の大国ならばいざ知らず、宿敵であるイスラエルが単独で半島を奪回したとなれば国民の糾弾はどれほどになるのか想像もつかない。

「エシュコルはどう言っている。ユダヤが悪魔のような奴ばかりなのはいつものことだが、奴だけは政治家として期待できる」
 
「駄目だ。先日のジェノサイド以来、まったく聞く耳を持ってくれん。仲介を頼んだ国連のタマセもお手上げだ」

 エシュコル大統領と折衝を行った国連の担当者――珠瀬玄丞齋。
 UAE、サウジアラビア、帝政イラン。ここにいるアラブ三国の長官が少なからず関っている調停のスペシャリストである。
 彼の手腕に少なからず和解を期待していただけあって、三国の落胆は大きい。

「タマセでも駄目なのか……。奴め、本気で我々と袂を分かつ気か? ラビを殺されて正気を失ったという話は真実のようだな」

「あの事件……とにかくタイミングが悪かった。租借地の境界でデモをするだけのゴミ共がどこで武器を手に入れて、どうやってラビ共の祝宴に雪崩れ込んだのやら」

「なんにせよ、譲歩は免れない。奪回した土地からシナイ、ガザ、ゴラン……間違いなく全て要求に入ってくる」

「待て、――待て! ガザはおろかゴランやシナイだと!? それはさすがに皇帝シャーがお許しにならない! 我々だってボパールでは多くの血を流したのだ。何故奴らに同胞の領土を譲らねばならん!」

 血相を変えた帝政イランの宰相が声をあげる。
 あげられた地名はどこもBETA大戦以前の中東戦争でイスラエルと争った土地だ。歴史的な因縁もあるが、放棄されたアラビア半島の中でもBETAの被害が少ない南側にあるため、戦後の復興が期待されている経済的要衝でもある。

「そうだ。我々はバンクーバー協定と国連の戦略に則ってインド大陸の奪還に貢献した。アラビア半島の領土権利は当然、我々にもある」

「しかし国連もそうだが、米国の仲裁もアテにならん。アリアモーセ作戦に賛成していただけで胡散臭いが、そもそも奴らはただ石油が欲しいのだ。この機に一気に備蓄量を増やそうという魂胆に違いない」

「しかし米国はうまく話を呑ませれば――」

「いや――だが――」

 その後も中東連合の三人は米国やEU、ソ連の反応などを交換したが、状況好転のための情報は出てこない。

「………………」

「………………」

「………………」

 長い沈黙の後、サウジアラビアの長官が口を開いた。

「この場ではどうにもならないな。全てはエシュコルが条件を出してから、というところか。場合によっては我々がイスラエルの野望を阻止する必要がある」

「第5次中東戦争……再び対人類戦争を我々の手で行わなければならないとは。とはいえ、あの国相手なら罪悪感など欠片も沸かないが」

「米国や国連の介入だけは防がなければならん。手持ちの戦力だけですぐに片付けなければならんぞ」

「構うまい。打撃艦隊が一個あれば、ハイヴ攻略で消耗しきったIDFを叩くには多すぎるくらいだ。それに歩兵やら戦車やらまで全滅させる必要もない。戦術機戦力さえ潰してしまえば奴らは領土をBETAから守れなくなる。……そういえば、3日前だったか。うちの若手の将校から対イスラエルの強襲作戦案が出ていたな。その時は血気に逸った若者の戯言だと思っていたが……」

「ほう、聞かせてくれるか」

「そうだな、たしか――」

 始めはシミュレーションだったイスラエル侵攻が徐々に現実味を帯びていく。
 攻撃時期、戦力規模、命令系統、交戦規定など。BETAの襲来から20年以来、錆び付いていた復讐と怨嗟の歯車が急速にその回転を上げていく。

 H-13ボパールとH-9アンバールの両ハイヴ攻略が引き金となり、ついにBETA出現以来初の国家間戦争が産声を上げた。




*** 1992年8月14日14時20分 イスラエル国旧首都テルアビブ ש1国防軍港湾基地***


心に秘めて今もなお、ユダヤの魂が呼んで、
そして東方の岸へ、前へ、
目がシオンを目差している限りある
我々の、希望はまだ失われていない、
その2000歳の希望とは、
自由なる民として生きること、
シオンの地、エルサレムの地において
シオンの地、エルサレムの地において


――テルアビブ
 イスラエルのかつての首都であり、1909年にシオニズムの絶頂を極めたユダヤ人によって築かれた中東有数の巨大な港湾都市である。
 アンバールハイヴ建設によって、純粋な意味での住民はすでにソマリアへ疎開してしまっているが、港湾・空港や高速道路などのインフラは健在で、アラビア戦線における対BETA戦線への補給基地としてその姿を作り変えていた。

 夏真っ盛りの晴天。地中海は青く輝き、白亜の都市は蜃気楼によって揺らめいている。
 テルアビブの港湾には、アンバール州からハイヴ攻略を成し遂げたIDF軍車両が続々と帰還していた。総数は出撃時の6割ほどにまで落ち込むほどだったが、兵士の表情は皆一様に明るい。
 真夏の強烈な日射と43度を超える気温によって今も体力と水分を失いつつも、暑さに負けじと延々とハティクヴァ――希望を意味する国歌を歌いながら。

 アリヤモーセ作戦の要諦としては先のスワラージ作戦における第3世代戦術機による一点突破の再現でしかない。
 しかしイスラエルは圧倒的に少ない戦力と時間でこれをやり遂げた。インドで行われたスワラージ作戦の結果を辛勝とするなら、アリヤ・モーセ作戦は圧勝と言ってもいい結果だ。

 空前の戦果を挙げてIDFの士気は頂点に達していた。

「ハーッ! レーッ!ルーヤッ! お前ら、突入部隊のご帰還だ!」

「たいしたもんだぜカナフ大隊! あんたの部隊、たった17機でハイヴに突入してBETA共を追い出しちまうんだからよ!」

 歓声に包まれて自走整備支援担架に乗せられて搬入されてきたシナイグレーの機体――F-16改《ラビ》。
 車両から降り立った長身の女性衛士――ハイヴ突入大隊の隊長であるカナフ01の背中を駆け寄ってきた補給修理の責任者らしき髭面の男がバシバシと叩いた。

 イスラエルという国家と民族すべての戦力を結集して、たった17機の戦術機部隊しかハイブに送り込めなかった激しい戦い。
 誰もが疲労と不安で絶望に塗りつぶされていた所を、ユフダ・コーンズ率いるこの部隊は突入からたった30分でハイブの反応炉を攻略し、20万以上と言われるアンバールハイヴのBETAを追い払ってしまった。
 ハイヴ攻略による領土の奪還は全人類の悲願だったが、いっそあっけない程の結末にハイヴ内にいてBETAの撤退を目撃していないカナフ大隊の衛士達の方がついていけていなかったほどだ。

「全て導師のお導きです。結局、我々はハイヴまでの露払い程度しかできませんでしたから」

「外の部隊もそうだぜ。結局、戦場全体が導師が連れてきた戦術予報士とかいう奴らの指示で動いていただけだ。中学を出たぐらいの子供に見えたが……判断は恐ろしく的確で早かったよ」

 髭面の男が指揮所の方へ畏怖と困惑の入り混じった視線を向けた。

 戦術予報士――IDFで新設された参謀と統計学者を合わせたような能力をもった役職の軍人である。
 戦場で発生するあらゆる事象を統計学的に解析し、最適な戦術を現場に提案する――言葉にすれば簡単だが、とても普通の頭脳で務まるような仕事ではない。
 そんな不完全なシステムを初の実戦、それも全軍を挙げての大作戦でこなしてしまうのだからもはや異常事態だ。

「我々カナフ大隊もアンマンからの戦闘で彼らの指揮を受けました。若いはずですよ。あれは元々コーンズ導師の教え子らしいです」

「導師もまだ20歳前だ。つーことはこのアリヤモーセ作戦は全部、10代のやつらの仕切りで取り回したってことか。もはや天才なんて言葉じゃ説明がつかないな」

 髭面の男は40歳過ぎ、カナフ01の女性衛士も30歳である。
 どちらも人生のほとんどをBETA戦争に捧げてきたが、負け続けだった戦況を自分の半分しか生きていないような子供に簡単に覆されてしまった事に複雑な思いがあった。

「そういえば米国の生物学会からという触れ込みでBETA大戦によって人類が進化しているって説を聞いたことがあります。あのV作戦発案の日本人も当時は10代だったとか。この間のボパールハイヴ攻略をしたロシア人なんて8歳から戦場に出て戦術機に乗っていたなんてヨタ話もありますし……」

「そのヨタ話なら俺も聞いたことがある。異星間戦争に適応した新種の人類だって話だ。実際に第3世代戦術機開発を主導した9人は国籍も性別もバラバラだが、全員BETA大戦勃発以降の生まれなのは間違いないそうだ。そいつらみたいな賢い奴がきっと、俺らに業を煮やして自分たちだけで集まってBETAと戦うと決めたんだろうな」

「新種の人類、ですか……操縦技術といい、飛び抜けた知能といい、本当にそれ以外に説明がつきませんね。どちらにせよ、神は我々旧き人類ではBETAに勝てないと仰っているのでしょう」

「神か……――おっと、おいでなすったな」

 髭面の整備主任が顔を上げると同時。周囲の整備士が作業を止めて、再び大きな歓声を上げた。
 歓声は1台の自走整備支援担架に向けられており、カナフ大隊のF-16に続いてスカイブルーとアッシュホライトで塗装された一際ヒロイックな印象の戦術機が戦術機ハンガーに運び込まれた。
 ジャッキが機体を持ち上げ、大型のガントリークレーンがエンジン音を響かせて武装や腕部を固定しながら、キャットウォークを管制ユニット傍まで持ち上げる。
 固定化が済み、その威容が露わになるとどこからともなく拍手が起こった。

「おお、これが……我らの救世主≪メシア≫!」

――イスラエル製第三世代戦術機 CBY-001
 試作機であるため型番以外の正式な機体名称は発表されていないが、コーンズが設計図のメモ書きに残した単語から開発周りの人間からはガンダムアストレアなどとも呼ばれている。

 核融合炉と熱粒子兵器、チタン・セラミック複合素材。同系機が世界で9機だけ生産されているが、中でもこの機体は電装・アビオニクスを専門とするコーンズが機体の基幹OSを更新し続けているため、他国と比べてソフトウェア面での完成度は随一であった。
 実際、ハイヴ内ではコーンズが戦術機17機分の音響反射情報を統合して反応路までの攻略ルートを算出するなど、それまでの機体では考えられない成果を上げている。

 彼らにとっては神が遣わした聖遺物にも等しい兵器。
 拍手はなかなか鳴りやまず、手を叩きながら涙を流すくらいはいいほうで、感極まって嗚咽を漏らす者もでてきた。

 それにしても、中からユフダ・コーンズが出てこない。
 カナフ01が疑問に思ったが、まさか管制ユニットをノックするわけにもいかない。

「主任殿ぉーー!」

 詰め所からFAX用紙らしき物を持ち出した若い整備士が慌てた様子で髭面の男まで走り寄った。

「主任殿! これを……!」

「何を――なんだとっ!!」

 意気顕揚に機体の搬入を見ていた髭面の整備主任だったが、彼の部下が持ってきた書類を見て、突然驚声を上げた。

「……どうしました?」

「たった今更新された整備計画表だ! てっきりこの後は全機体オーバーホールだと思ってたんだが、機体優先順位付きで戦闘補給コンバットサプライの命令になっているぞ!」

「なんですって……!? 間違いでしょう? だってもうこのアラビア半島にBETAはいないんですよ!」

 戦闘補給とは、平時の整備とは違って防衛戦闘中などに行われる緊急の修理や補給の指示である。
 作戦行動中の再出撃なので、サイクルを短縮するために極々短い時間で行われる必要があり、整備士は死に物狂いで作業を行う必要がある。

「わからん! でも、命令は命令だ! カナフ01、あんたもすぐに管制ユニットに戻ってくれ。部品疲労度確認なんてやってられん。各部ブロックごと付け替える!」

 整備主任は何人かの作業をしていた整備士の名前を叫ぶを、彼らに向けて片腕を大きく回すジェスチャーを見せた。
 ジェスチャーを見せられた整備士達はびっくりしたような表情を見せながらも、頷いて周辺の整備士に指示を指示を出していく。
 資材集積エリアの奥からフォークリフトが3台がかりで跳躍ユニットが運ぶなど、にわかにハンガー内が騒がしくなり始める。

「とにかく急げっ! 各機体の割当ては担当者に任せる!」

 先ほどまでの弛緩したお祭りムードから、格納庫は一挙に蜂の巣をつついたような大騒ぎに発展した。
 何故戦闘補給なのか、何が起こるのか。疑問を持ちながらも、理不尽な命令を受けることに慣れた軍人である彼らは奔走する。
 唯一事情を知るであろうコーンズは、未だに姿を現さない。

 カナフ01がキャットウォークを駆け上がり、管制ユニットに飛び乗った。
 着座調整の時間もそこそこに、機付きの整備士と連絡を取りながら跳躍ユニットの連結解除操作を行う。

『IDF総司令部よりハイヴ攻略遠征部隊の全兵員へ。傾注っ!! これは本国よりIDF全軍への通達である!』

「なんだっ! この忙しい時に……!!」

 オープンチャンネルによる全軍通信だった。
 驚きながらもただ事ではない様子に、カナフ01は網膜投射ウィンドウに通信を映す。

『アンバールハイヴ制圧に伴って我が国が行っている外交交渉・・・・について、先ほどイラン帝国、サウジ、UAEの3国から我が国に対して以下の返答があった。彼らの要求は4つである。一つ、イスラエルが奪還したアラビア半島におけるゴラン、シナイ半島を含む領土係争地の権利放棄。一つ、イスラエル国から中東連合への第3世代戦術機の製造技術公開と実機の提供。一つ、周辺国家への攻撃的な言動を繰り返すエシュコル大統領の退任。一つ、悪戯に世論を煽り、宗教紛争を誘導するユフダ・コーンズ導師の身柄引き渡し。以上の要求を即時受け入れない場合、3国はイスラエルに対して宣戦を布告する、と』

「な――っ!?」

 横暴、と言ってもいい内容にカナフ01は、そして基地内にいたすべての兵士は息をするのも忘れるほど驚愕した。
 イラン帝国、サウジアラビア王国、そしてアラブ首長国連邦。
 いずれもイスラエルにとっては建国以来の仇敵であり、同時に中東連合の中核を担う存在としてBETAと共闘してきた最も身近な同盟国でもあった。
 カナフ大隊も戦場では何度も3国の衛士と肩を並べたことがある。宗教的な軋轢こそあったものの、曲がりなりにも同じ人類の同胞として認めつつあった彼らが、よりにもよってハイヴを攻略したこのタイミングで宣戦布告。

『現在、大統領府では対応を協議中だが、当然この一つとて我々は受け入れることはない。中東連合とは事実上開戦する事になる』

 裏切られたという怒りと、祖国の前途を憂う絶望でカナフ01は目の前が真っ暗になる思いだった。
 現在、IDFのほとんどすべての兵器がハイヴ攻略遠征軍としてこのテルアビブにある。だがハイヴ攻略によって猛烈に損耗したためすぐに動かせる部隊はほとんどない。
 よしんば出撃可能な戦力で敵に応戦できたとしても、完勝に近い戦果でなければBETAに対する防衛力を喪失する。いくら人類に勝ってもBETAから領土を守れなければ意味がないのだ。

「異教徒め……! ハイヴ攻略に戦力を出さないばかりか、弱った我らに卑怯打ちとは!」

『現在テルアビブ沿岸より西南西の方角から所属不明の洋上艦隊が接近している! 詳細は不明。イラン帝国を中心とした合同艦隊とみられる。全軍は即時戦闘態勢に移行せよ! これは訓練ではない! 繰り返す、全軍は即時戦闘態勢に移行せよ!』



***同日 14時45分 ש1国防軍港湾基地 CBY-000管制ユニット内部 ***


「改サーム級重巡洋フリゲート艦が3隻、ミサイル艇20隻、車両輸送強襲艦6隻、戦術機揚陸艦が8隻96機、中身はF-15C《イーグル》とF-14D《トムカyット》か。なんだ、つまらない。宣戦布告の時刻も侵攻戦力も僕のお膳立て通りとは。全部他人の手の上で踊っているとも知らずに馬鹿な奴らだ」

 管制ユニット内で酷薄な笑みを浮かべる衛士――ユフダ・コーンズが戦域データの表示を次々と閲覧している。
 コーンズの網膜に直接投影されるモニターは戦術データリンクによって共有されているものだが、この機体に入る情報は他のソレとは少々勝手が違っていた。
 青い友軍フリップは海上にあり、赤の敵対フリップの全てがこのテルアビブの港湾にマークされている。コーンズは中東連合側のデータリンク情報を手に入れていた。

「作戦概要……フリゲートと強襲揚陸艦を分散配置。艦艇を囮にした、戦術機8個中隊による集中侵攻。最優先目標はIDFの戦術機のせん滅と僕の殺害か。敵の現在位置、作戦推移表。すべて戦術予報士に送信する」

 イラン帝国の最重要機密である艦隊司令部のプロテクトをあっさり破ると、艦隊旗艦である改サーム級重フリゲート「アルヴァンド」からいとも容易く作戦プランと戦域データを抜き出して自軍の司令部に送り出す。これだけの情報でも彼が鍛えた戦術予報士達は完全な作戦案を出すことができるだろう。

 そのまま、通信暗号や進路予想図など迎撃に必要なめぼしいデータを手に入れる。ほとんどが戦闘中の片手間でも解析できそうな詰まらない物ばかりだったが、一つだけ、中東連合の戦術機部隊の中でユフダ・コーンズ殺害を担当するイラン帝国皇室親衛隊第1戦術機中隊――鋭爪を意味するザフィーラという部隊のデータで目が止まった。

「最新型のF-14D《トムキャット》で構成された精鋭部隊か。ふぅん。この装備……ずいぶん奮発したようじゃないか。せっかく僕のために用意してくれたんだ。これなら遊んであげてもいいかな。――HQ、迎撃準備の状況を報告しろ」

『はい、メサイア01。現在、稼働可能な機体は33機、敵艦隊の戦域到着予想時間までに出撃可能な戦術機は45機。その後20分以内に更に25機が出撃可能となる予定です』

 アリヤモーセ作戦に参加したIDF戦術機の総数は570機。
 そのうち、231機をハイヴ攻略のための戦闘で失い、28機を修理不可能としてアンバール周辺で廃棄した。テルアビブまで輸送した残り311機の内、簡単な修理で出撃できるのが上の機数である。
 当然どの機体もベストコンディションではなく、同数の敵戦術機部隊との戦闘でさえも苦戦は免れない。

「その他の戦力はどうか」

『第4戦車機甲師団がすでに沿岸に展開を完了しています。第1から第3戦車機甲師団及び歩兵部隊はネタニア方面で輸送艦搬入中のため戦闘に間に合いません。海軍はテルアビブ付近の艦隊に急行を指示しましたが、到着まで3時間以上かかる見込みです』

 こちらの援軍は無し。全て予定通り、か。
 オペレーターに聞こえぬ声でコーンズが呟いた。

「敵艦隊の接近は待たない。すぐに出るぞ。今動ける機体全てを追随させろ。残りは沿岸で戦車機甲師団と連携しながら阻止戦闘だ」

『了解。各部隊に通達します』

 ハンガー内でサイレンが鳴り響き、アストレアや周辺の戦術機を取り囲んでいたクレーンやケーブルが解除される。
 周囲にいた整備士達は、出撃まで時間を残していたはずの戦術機たちが突然歩き出した事で、ほとんどパニックになりながら踏みつぶされまいと進路から離れていく。

「――ユフダ・コーンズ、出撃する」

 コーンズの出撃を皮切りに周囲のハンガーから続々とF-16やF-5F《クフィル》などの修理が終わった機体が飛び立った。
 
 出撃できた機体はF-16《ファルコン》が11機とF-5F《クフィル》が22機。
 真夏の猛烈な日射を受ける地中海に、一直線に並ぶ混成戦術機部隊の影が映る。
 可能な限り燃費のいい速度を保ちながら、数十分。それでも敵艦を捉える頃にはすべての機体が50%以上の推進剤を消耗していた。

『航空レーダーに東北東方面に感あり。34機……イスラエルの戦術機部隊と見られます!』

 コーンズの元に中東連合側のデータリンクを通じてイラン帝国の旗艦オペレーターの音声が流れてきた。

『陸地まで往復できる距離じゃない……! 奴ら、死兵を繰り出してきたか!』

「フッ、違うね。死兵になったのは君達の方だ」

 中東連合艦隊が連れてきた戦術機揚陸艦。
 世界中、どこにでもある中型のタンカーなどを改造した物だが、航空機母艦などよりはるかに安価に戦術機を輸送することができる。
 VTOL(垂直離着陸)が可能な戦術機はカタパルトを必要とせず、また作戦後はそのまま上陸し、地上部隊と合流する事が多い等の理由から船内の整備・補給施設は最低限で十分だった。
 だからその性質は航空機が使う空母とは似ているようで違う。
 陸上に建設した戦術機ハンガー違い、整備用の重機が動き回れるようなスペースは無いし、出入庫の度に固定具を伸縮し、移動させなければならない。
 出撃させる機能はともかく、戦術機を受け入れる機能が弱いのだ。
 
 だから戦術機揚陸艦から発艦した機体は一度燃料弾薬を消費すると、母艦で補給を受けて再出撃するまでかなりの時間を要する。当然、その間揚陸艦は無防備になってしまう。
 連合艦隊は接近するIDFの戦術機部隊に対して、あまり多くの機体を出撃してしまうと損害がなくても一時的に戦力低下してしまう。その状態でIDF第2陣の襲撃を受ければ揚陸艦などひとたまりもない。

『先頭の機体――速い! F-16《ファルコン》ではありません!』

『例の新型だ! 親衛隊を全機出せ! 他は3個中隊を発進させろ! 同数で対応、揚陸艦に近づけるな!』

 旗艦司令部の通信を聞き、すべて自分の想定通りである事を確認したコーンズは、今度は味方の戦術機に通信を繋いだ。

「こちらメサイア01。全機、傾注せよ。これより敵艦隊からF-14D《トムキャット》の中隊とF-15C《イーグル》が3個中隊こちらにやってくる。F-14D《トムキャット》はすべて僕がやる。命を捨てて敵のF-15《イーグル》を阻め」

「「「了解!」」」

 安価な軽戦術機であるF-16と第1世代機のF-5F《クフィル》の混成部隊であるIDFの部隊に対して、敵は第2世代機傑作と呼ばれるF-15Cによる完全編成大隊である。
 同数で勝ち目などあるはずがないため、コーンズは即座に彼らを使い捨てる命令を下し、イスラエルの衛士達は躊躇なく了解した。元より、帰還用の推進剤が足りないと分かっている以上命を捨てることは覚悟している。

「メサイア01!? そちらに超高速で飛翔する物体が接近! これは――!!」
 
 カナフ01が叫び、水平線の彼方で何かが光った――と思った次の瞬間、何かが音速の3倍近い速度で迫ってきた。
 目で追えない程の速度で迫るソレは素早く機体を仰け反らせたアストレアの頭上を通り過ぎると、背後を飛んでいたF-16《ファルコン》を直撃、撃墜。

 IDFの衛士達は何が起こったかもわからないまま、火の玉となり地中海へ沈んでいくF-16を呆然と見送ることしかできなかった。

『ジュー(ユダヤ人の蔑称)共! 我ら皇帝陛下の鋭爪ザフィーラにより、己の傲慢の報いを受けるがいい!』

 侮蔑の叫びとともに、水平線の向こうから12機のF-14D《トムキャット》の編隊が現れる。
 海上には不似合いな砂漠迷彩の機体。その肩部アタッチメントを見て、先の攻撃の正体を悟った。

「なるほど、これが君たちの切り札……」

「AAM――空対空ミサイルだと!!」

 F-14D《トムキャット》は肩部分には本来あるはずのフェニックスミサイルではなく、AIM-9サイドワインダー短距離空対空ミサイルを6発装備していた。
 弾頭におよそ60キロの炸薬を備えた本体は、F-14《トムキャット》から放たれると個体燃料ロケットによって約2秒でマッハ2.8まで加速し、赤外線センサによって誘導しロックオン対象まで9メートルの有効距離で起爆する。
 超音速戦闘機ですら確実に捉え、破壊する性能を備えたこの兵器は戦術機にとって回避不能の必殺武器となりうる威力があった。

「クソッ……我々では無駄死にするだけだ! メサイア01の指示通り、F-15へ向かうぞ! ……導師、どうかご武運を」

 再び、サイドワインダーにロックオンされる前に、カナフ01を含む戦術機部隊が次々と進路をそれていく。
 ザフィーラ中隊がそれを追う気配はない。最初から、彼らの獲物はただ一機だけだ。

「前線国家の財政状況でこれだけ空対空ミサイルを用意してくるとは、まったくご苦労な事だよ。どうせ米国のお膳立てだろうけど、そのために君たちはどれだけの物を手放したのかな」

 光線級の出現によって航空戦闘機が駆逐されたこの世界では、空対空兵器の需要は極々少ない。
 積極的に開発できるのは米国くらいの物で、公式には輸出制限がかかっているサイドワインダーを手に入れるなど至難の業に違いない。

『ザフィーラ05、09! 小隊を率いて攻撃を開始! 新型の性能は未知数だ! C小隊は減速、突破に備えろ!』

「僕にとっても珍しい玩具だ。せいぜい楽しませてもらうよ」

〔ロックオン警告!〕

『A小隊、B小隊! フォックス1! フォックス1!』

 管制ユニットで酷薄な笑みを浮かべるコーンズ。
 ほどなく、管制ユニット内部でロックオン警告が鳴り響き、猛火の猟犬とでもいうべき16基のサイドワインダーが解き放たれた。
 F-14D《トムキャット》のアタッチメントを離れた弾頭は数メートルの落下の後、ロケットモーターを点火。やや蛇行した白煙を引きながら、名前の通りガラガラヘビの強襲のごとく刹那の間に音速の壁を破らせる。

「――――ッ」

 コーンズは脚部が海面を掠めるぎりぎりまで高度を落とし、迫るミサイル群に向かって36mm弾をばら撒く。
 一見すると雑にばら撒いたように見えたが、しかし次々と36mm劣化ウラン弾はマッハ2を超えた弾頭を捉えていった。

――敵弾残り15

――14

――13

『無駄だ! いくら新型でも一気に16発も落とせるわけがない!』

――12

――11
 
――10

 サイドワインダーが残りが10発――接触まで1秒を切った。

「ビーム兵器とはこう使うのさ!」

 コーンズは左腕に構えたビームライフルのトリガーを握りながら、0,5秒の照射時間でミサイルの弾幕へ無造作に一閃。
 ビームの弾丸はいずれのミサイルにもF-14D《トムキャット》にも命中せず空を切るだけだったが、その熱量によって膨大な赤外線を周囲に放つ。
 冷却フィルターを超えた赤外線をカメラに受けて、有効範囲内にターゲットを捉えたと誤認したサイドワンダーが次々と信管を作動/爆発。

『サイドワインダーが! 一体何が起こったんだ!』

『あり得ない……!』

 必中必殺であるはずの武器を防がれたザフィーラ中隊の反応は奇しくも、先のIDFの衛士達と同じ。
 自分たちにとって未知の物を目の当たりにして、認識が追い付かない。

 だが、先と違うのはお互いにすでに接近しすぎていた事で、その隙が命取りになったことだった。

『――ッ!! 呆けるな! 敵はすぐに白兵距離に……!』

 蒼穹と蒼海の戦場に再び、紅の閃光がった。
 今度の閃光は真っすぐに進み、直線上にいたF-14《トムキャット》の2機を貫いてそのまま空へ昇る。

『10、11が撃墜! 敵のビーム兵器です!』

『白兵戦用意! 小隊、突撃アーティダー!!』

 接近していた8機の内、2機が撃墜されたと知るや、2個小隊だった編成を2機編成エレメント3分隊の編成にシフト。
 最も近かったB小隊の2機が77式近接長刀を抜刀。噴射降下ブーストダイブでアストレアに向けて襲い掛かった。

『我らの連撃を躱せるか、新型ァ!!』

 鋭いフェイントを織り交ぜながらの左右を襲う平面機動挟撃《フラットシザース》。
 AH対人類戦闘にも習熟したその動きに、コーンズはそれまで見せなかった兵器――ビームサーベルを引き抜いた。

 右側から迫ったザフィーラ05、逆袈裟に切り上げた長刀を右腕の装甲で受け止められる。77式近接長刀の重量を生かした攻撃は、鉄筋コンクリート建造のビルですら容易に両断せしめるはずだったが、チタン・セラミック複合材は大きめのヒビを作っただけでその衝撃に耐え抜いてしまった。
 
 一方左側から迫ったザフィーラ08には思いもよらない結末が待っていた。急降下によって速度の乗ったF-14D《トムキャット》による完璧なタイミングの振り下ろし。
 熟練の一刀がコーンズの無造作に振るわれたビームサーベルと交差する。圧倒的な熱量を持ったメガ粒子の刀剣は金属皮膜とカーボンナノ構造による近接長刀をいとも容易く斬り飛ばす――だけに留まらなかった。
 近接長刀を貫通したビームはそのままF-14本体胴部を切断。更にはそのまま真横に振るわれ、右腕に長刀を叩きつけていたザフィーラ05の機体と接触。まさか近接長刀はおろか僚機ごと一緒くたに切られると思わず、ザフィーラ05は禄に回避もできないまま肩部分から管制ユニットに至るまで切り裂かれた。

 またしても、1撃で2機の撃墜。
 倒した相手2人分の断末魔の思念を感じ取り、コーンズはいびつに口許を歪める。

 さらなる悦楽を得るために、今度は上空で制圧射撃を目論んでいるザフィーラの4機を睨んだ。

「データリンクを解析……イラン帝国改サーム級旗艦アルヴァンド、第155-Cセキュリティで変更無し……全艦隊を掌握。サウジアラビアミサイル艇、国連軍第2軍C224種セキュリティ、解除実行。さあ、これが君たちにとって最後のチャンスだぞ。足掻くといい。このまま何もできずに死ぬか――それとも僕を楽しませて死ぬか」

 勝利を確信したコーンズ。

 敵の隊長機らしき機体を含む小隊が半壊した2個小隊と合流して8機となる。F-14D《トムキャット》は可変式翼の跳躍ユニットを駆使しながら、猛烈な36mmのウラン雨をアストレアに浴びせかける。
 最初の何発かが海面を叩き、ついに機体を捉えようとする直前、アストレアの熱核ジェットエンジンに吸い込まれた空気がプロペラント溶媒と混合されながら核融合炉の超高温によって一気に膨張。プラズマジェットとなって海面を蒸発させる猛烈な青い炎を吹き出す。
 コーンズの強化装備が強力に体を締め付け、予想されるGに備えた。

『来るぞ……!!』

――ザフィーラとアストレアの高度差は140メートル。
 戦術機同士の戦いであれば、与えられるはずの一拍の猶予がこの戦いでは与えられなかった。
 
 ドンッという重い音とともに海面を爆発させてアストレアは一気に空へと駆ける。所々で被弾する敵の36mm弾と猛烈な加速が激しい振動を生み、アストレアのCPUですら補正できない程銃口をぶれさせる。
 酷薄な笑みを浮かべながら、コーンズは火器管制をマニュアル制御に切り替え。左腕からビームライフルを、右腕のチェーンガンの36mm劣化ウラン弾を吐き出しながら、F-14D《トムキャット》4機に肉薄し、そのまま後方へと抜き去った。

『こちらザフィーラ09!! 私と12は損傷軽微! 06は跳躍ユニットをやられました! 07は脚部被弾、推進剤に引火! 火災が発生しています!』

『06と07はペイルアウト! 救助を待て! 残りは反転、新型を追うぞ! 旗艦《アルヴァンド》とサイドワインダーで挟み撃ちにする! 敵の装甲硬度と攻撃力は馬鹿げているが最高速度と運動性能はF-14D《トムキャット》でも追随できる!』

 ザフィーラ中隊を抜き去ったコーンズは追撃することなく、一直線に艦隊旗艦の方へ向かう。
 F-14D《トムキャット》は主機であるFE110-GE-400から青白く光るアフターバーナーの炎を吐き出しながら、機体限界速度でもってコーンズを追いかける。 

『こちらザフィーラ01。目標は旗艦へ向けて接近中、そちらの火器管制を寄越してくれ! 対空砲火と連携し、今度こそコイツを落とす!』

『こちら旗艦アルヴァンド。了解。艦砲及びCIWS《シウス》の火器管制を共通データリンクへ接続。いつでもいけます』

〔ロックオン警告!〕

『意地汚いジュー共の新型め! これで、落ちろぉぉぉぉっ!!』

 ザフィーラ中隊に残された最後のサイドワインダー ――27基にも及ぶ究極の対空兵器が一斉に放たれた。風を切り裂きながら音速を突き破り、後方の全方位からアストレアを追い込むように接近する。
 同時に前方から重巡洋フリゲートに搭載されたCIWS《シウス》ガトリング砲が唸りを上げて30mm弾を分間4000発×8基という未曽有みぞうの鋼鉄の嵐でアストレアを迎える。

 一方アストレアは減速することなくひたすら前へ。バレルロールを繰り返しながら背部兵装担架からミサイル迎撃のための銃撃を放つ。

 迎撃によって僅かずつ数を減らしながらも、最後には速度と数で圧倒するサイドワインダーが一斉にその有効範囲に捕らえる――はずだった。

 サイドワインダーが次々と空中で爆発する。それがアストレアによる迎撃であればいい。予想通りだ。
 だがガンダムを避け、次々とサイドワインダーを破壊していっているのは前方の改サーム級から放たれているCIWSだった。

 鋼鉄の嵐は見る見るうちにミサイルを捉え、最後の一発の爆発を確認したコーンズが空中で減速、嘲笑うかのようにザフィーラ01の方へ機体を振り返る。
 敵が格好の標的となるが、CIWSの火線はアストレアを捉えず、むしろ追随するザフィーラ達の進路を妨害するに弾幕を張り出した。

『アルヴァンド! 何をやっている!』

『き、緊急事態です! 共有データリンクから全艦艇機能へ電子的侵入!! 操舵・火器管制がコントロール不能! ――ダメ、避けて!』

『―――ッ!!』

 女性通信士の悲痛な叫びとともに轟音――改サーム級に装備された160m連装主砲が火を噴き、CIWSによって足止めされたF-14《トムキャット》に命中。
 戦艦の主砲という最大級の火力は直撃を受けた1機に加え、発生した火球と衝撃波によって至近にいた更に2機までもを打ちのめし焼き尽くす。

 一撃で3機が全滅したのを見て取ったザフィーラ達が、とっさに散開。今度は何もいない空間を極大の砲弾は貫いていった。

「ハハッ、アハハハハハッ!! 聞こえるかい、ザフィーラ中隊。僕に感謝しなよ。彼らを苦しむ間もなく殺してあげたんだからね」

『なっ……! ユフダ・コーンズ!?』

 もはや残り3機となったザフィーラ達の網膜投射に高笑いするコーンズが映った。
 恐るべきことに、そのウィンドウの表示は広域開放通信《オープンチャンネル》ではなく艦隊旗艦からの秘匿回線となっている。同時にF-14Dのトリガーが友軍誤射回避のためにロック。

 ここにきてようやく、ザフィーラ01は艦隊の電子制御全てが目の前のユダヤ人に掌握されている事を思い知らされた。

『コーンズ! 貴様どうやって我々のデータリンクに侵入した!?』

「どうやってだって? 本当に度し難く、愚かな生き物だよ君たちは。この程度の暗号技術で僕から隠した気になっているとはね」

『随行中の友軍ミサイル艇が戦術機揚陸艦と改サーム級2隻をロックオン……!! このままでは全艦艇が撃沈されます!』

『こちら旗艦アルヴァンド、ザフィーラ隊! 今すぐに目標の新型戦術機を破壊しろ! そのためなら、当艦の艦橋ごと打ち抜いても構わん!』

『くっ……!! 了解!』

 アルヴァンドの主砲上部で停止するアストレア。
 それによって主砲の発射は止まったが、改サーム級のCIWSが吐き出す猛烈な数の30mm弾が、のたうつ鞭のように今度はザフィーラ01と僚機2機に襲い掛かる。
 追う側から一転、追われる側となった彼らは、それでもアルヴァンドから離れるわけにはいかず、必死に弾幕を掻い潜り続けた。

『04、09聞いたな!? それ以外に活路は無い! 各機無線封鎖後にFCSのロックを解除!』

『『了解!!』』

「さすがは下等生物。まだ僕に適うと思っているんだね。学習能力は獣以下じゃないのか」

 皇室親衛隊という特殊な立ち位置にいる彼らザフィーラは対人類戦闘を基本目的として、クーデター等の対策のためにFCSのトリガーロックを解除する権限が与えられている。
 パスワードを打ち込み、交戦規定を無差別に再設定。しかしすぐには反撃せず、アルヴァンドの周囲を周回しながら機会を待ち続ける。

 そして彼らを苦しめ続けていたCIWSが合計で16,000発の携行弾薬を撃ちきった瞬間、それぞれ時計回りに周回していたザフィーラ3機が身を翻して襲い掛かってきた。

『――今だ! 全機吶喊!』

『『アッラーフ・アクバル!!』』

 銃身の過熱も、命中率も考えない我武者羅な弾幕が3機のF-14D《トムキャット》から降り注ぐ。10時方向、2時方向、6時方向からの完全な包囲射撃だが、コーンズはヒラリ、ヒラリと砲弾を躱しながら、突撃砲を放り投げ、ビームライフルとサーベルを抜き放つ。

「――ひとつ、君たちに教えておいてあげよう。先ほどから新型、新型と言ってくれているけどこんな機体はね、所詮僕が〝本物”を作るまでの繋ぎにしか過ぎない」

 ビームライフルの照準が突撃砲を連射するザフィーラ04に向けられた。ザフィーラ04は咄嗟に左下方への緊急回避を選択したが、ライフルの銃口は即座に回避未来位置へ。

『――――ッ!! この機動でも避けられないっ!? うわああああぁ!?』

 吐き出されたメガ粒子が、防御した両腕ごと腰頸部のバッテリーを打ち抜く。
 力を失ったF-14D《トムキャット》はそのまま戦艦の右舷側面に衝突/爆発。

 更にコンマ1秒も置かず、正面から近接短刀を向けて吶喊してきたザフィーラ09に対して無造作に右腕のビームサーベルを突き出した。

「――真に優れているのは、新しいのはこの機体じゃない。他の8人も違う」

『白い悪魔《アブヤードシャイターン》っ! 例えわずかの間でも、俺の命で貴様を抑える!!』

 ザフィーラ09のF-14D《トムキャット》は差し向けられたビームサーベルを避けようともせずに吶喊。正面装甲を貫かれ、衛士が焼き殺されるでも止まらない壮絶な前進。
 衛士が消し炭になってもなお、無人のF-14D《トムキャット》は直前の入力に従い2本の腕でアストレアのビームライフルとサーベルを握る右腕を抑えた。

 コーンズの眉がわずかに動く。
 死に体のF-14D《トムキャット》にも関わらず、その両腕はすぐには振り払えない。

『ユフダ・コーンズゥーーーーッ!!!』

 アストレアの背後からザフィーラ01が猛烈なロケット炎を吹き出しながら、機体限界を超えた速度で迫った。
 近接短刀を真っすぐに突き出し、装甲の薄い管制ユニット後部からコーンズを刺し貫かんと殺気を漲らせる。

「――この世界で”新しい”のはただ一人。そうだ――」

 コーンズの指先が操縦桿をわずかに動かした。アストレアの左腕がビームライフルを手放す。
 そして空いた腕で腰元に固定されていた筒状の装備を逆手でそっと掴む。すぐさま網膜投射にステータスが反映された。

〔CIWS Beamsaver connected〕

 獰猛な笑みとともに背後から迫るザフィーラ01に対して、コーンズは振り向きもせずに後ろへ向かってもう一本・・・・のビームサーベルを展開。

「――僕がニュータイプだ」

 武器を塞がれていたはずのアストレアの腰元から、突如発生したビーム刃は完全にザフィーラ01の虚を突いた。
 熱粒子で構成されたピンクの刃は。突き出されていた近接短刀やF-14Dの腕ごとザフィーラ01の体を貫く。

『畜生……!! 畜生、畜生ーーっ!! うわァァァ!!』

 無線から届く中隊長だった男の断末魔。
 ザフィーラ01の元に集まっていた衛士達の残留思念が、無念とともに霧散するのを感じたコーンズは、死者の安寧と希望を奪う暗い快感に思わず口許が緩むのを止められない。

「くふっ……くふふふふふ、はははっ!! あーあっ! 楽しかったよ、君たちと遊ぶのは! あはははははははっ!!」

 前後でビームサーベルに貫かれていたF-14D《トムキャット》が同時に爆発。
 ザフィーラの残滓とでも呼ぶべき破片が航空燃料の炎と共に飛び散り、衝突したアルヴァンドの甲板でゴゥンと、虚しい金属の衝突音を響かせる。

「さあ、フィナーレの花火だ」

〔2BattleShip 7 TSF Carrier 6 Army Landing Ship Lock On ――Fire〕

  どこまでも眩しい地中海の青空へ、中東連合が展開していた20隻のミサイル艇から数十条に上る白煙が昇る。
 アルヴァンドの艦橋スタッフの祈りも虚しく、各標的から送られる位置ビーコンによって誘導されながら、ミサイルは一発も外れることなく目標に命中した。


――――15時48分 イラン帝国軍皇室親衛隊 第1戦術機中隊 全滅

――――15時50分 中東連合テルアビブ侵攻艦隊 全ての戦術機揚陸艦が大破または撃沈。

――――同時刻 艦隊旗艦アルヴァンドより侵攻全部隊がIDFへ降伏の申し入れ

――――16時25分 国連安全保障理事会より停戦勧告が発令。中東連合外交会議とイスラエル国エシュコル大統領はこれを受け入れた。

 災厄の第5次中東戦争は完全に決着のつかないまま。
 人類史上初となる戦術機を用いた国家間戦争は、あまりにも一方的な戦闘から始まることとなった。


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