24、「私を信じてくれる?」~Muv-Luv:Reduced Moon~
***7月26日 ソビエト連邦、セラウィク特別区 最高会議場***
「どうなっている? 何故レッドサイクロンがボパールにいるんだ!?」
この日、ソ連の政界は大混乱に陥っていた。
きっかけはボパールで行われているスワラージ作戦の司令室から届いた戦域へ乱入したというイリューシン改の照合要請だった。
そこからすぐにKGBからシベリアの大物ソロボコフ国防委員長から国防会議の承認を得ずにレッドサイクロンへの出撃命令が出ているという報告が入り、そして更にその5分後に問題のソロボコフが車で移動中に爆殺されたという情報が入った。
全世界規模でのハイヴ攻略作戦中のテロ行為――特にソロボコフと近しく、身の危険を誰よりも敏感に察知した高官達は、自らの社会的身分と生命の安全を確保するために召集命令が出る前からソビエト中央委員会の臨時会議へと駆け込んでいた。
「――同志サダマフスキー、君は本当にソロボコフ議長が反動分子と繋がっていたのを知らなかったのかね?」
「だから何度も言っているだろう! 俺はレッドサイクロンへの命令など知らん! あいつとは7年前にイルクーツクで組んでそれっきりだ!」
「イルクーツク! なるほど、シベリアの道路建設か。それはさぞかし仲良しだったろう。なにせ600億ルーブルかけて400メートルの軍用道路を作る大事業だったからな。……おっと、失礼。君達はアレを170キロメートル作ったと言い張っていたな。それもそうか、でないと予算の帳尻が合わないからな」
「くっ……!」
痛い所を突かれて押し黙るサダマフスキーと呼ばれる男。赴任地の関係で最も到着が遅かった彼は、会場に着くなり殺されたソロボコフとの関係を指摘されて議台に立たされている。
窮地に立たされたサダマフスキーは血走った眼で議場に座る別の委員を指差し、声を荒げた。
「ま、待て! こいつだって弾薬費の横領でソロボコフとずいぶん儲けてたんだ! 今、俺の部下に証拠を運ばせている! そう、もうすぐ――」
「………………」
サダマフスキーが唾を飛ばしながら弾劾するが、相手の男は顔色一つ変えない。
直後、議場の外が俄かに騒がしくなった。
外から押し出されるように場内に転がり込んできた黒服の男がサダマフスキーに駆け寄って耳打ちする。
「な、なんだとっ!! 拉致っ!? そんな――」
「――どうした、同志サダマフスキー。私の不正の証拠とやらは来たのかね?」
「貴様……!」
ニヤニヤしながら声を掛ける――暗に自分の仕業だと仄めかされながらも、今のサダマフスキーには打つ手が無い。
全ての原因であるソロボコフは軍に影響力を持つ大物だったが、その努力はもっぱら不当な利益の搾取にのみ注がれており、関係者同士での連絡や派閥形勢といった面倒事は一切行っていなかった。
彼らは不正の共犯でありながら潜在的な敵としてお互いを警戒し続けて、これまでやってきていたのだ、不満が表面化したのはこの二人だが、この議会では既に水面下では他にも大小のせめぎ合いや口封じがありここ以外でも既に数件暴行や殺人事件が起きている。
――貴様もか!
――反動分子め!
「――やれやれ、まあまあ」
先進国の議会とは到底思えないような低俗なやり取りを見ていた一人の女が呆れたような声を上げた。
「お偉方というのは、どうしてこういつもいつも喧しくしてないと気が済まないんでしょうねえ」
「会議とは声が大きければ勝てるのだ。政治家としては健全な反応だろう。最もこの程度というのではやや幼稚な気がするが」
施設の上段、開会中なら党新聞の記者や様々な団体の代表者が座り議場を一望できるであろう席にその二人はいた。
一人は国連軍の制服を着込んだ中年――タルキートナ国連軍少将のヴィクトール・ガスパロフ。
そしてもう一人は赤いビロードのドレスを身にまとったブロンドの女――バーバチカと呼ばれている女性は節制と団結を常に標ぼうしているこの国にあって、ハリウッドの銀幕からそのまま抜け出したような派手さと、成熟した40代のような若々しい20代のような年齢不詳の美貌を兼ね備えていた。
「あら? じゃあ、あなたが参加すればいいんじゃない?」
「参加できるわけないだろう。私はただの国連軍人だ」
「フフ、ただの国連軍人がわざわざタルキートナからこんな場所にまで来るはずないでしょう」
「………………」
婀娜っぽい仕草でしな垂れかかってくる女性。
そっとポケットに伸びた手に気付いたガスパロフは素早く振り払い、女の手にあった小さな機械を取り上げる。
「あぁん、いけず」
「――これが最近の盗聴器か。すでにボタンのようなサイズなのだな」
「あら、貴方が現役でプラハにいた頃に渡していたのはまだ手のひらサイズだったかしら?」
ガスパロフの現役時代――チェコが混沌の渦中にあった頃の事だ。
「いや、当時はハードカバーのサイズが精一杯だった。……あれからもう12年、いやたった12年か。欧州のやっかい事を押し付けられる中間管理職だった君が今はKGBの第一局長で国外の諜報と非合法活動の元締めになっている」
旧知というが隣のバーバチカを見るガスパロフの眼は鋭い。
相手は知り合いだが同時に世界最大の秘密警察の筆頭、ソビエト共産党のために国内の反動分子の悉くを処分してきた彼女の前では一瞬の油断が身の破滅に直結する。
「そうね。たった12年……だけどその間に国家を救った英雄が地味な軍人になって、不死身の男が戦場で死んだ」
「党と人類のための止むを得ない犠牲だ。だが犠牲には対価が与えられなければならない」
「私の仕事にもね」
そう言ってバーバチカは写真の付いた数枚のレポート用紙を手渡した。
「ご依頼の情報。大体はあなたの想像通りの人物よ。89年のシベリア防衛作戦を作成しツァーリ・ボンバの発動をゴリ押しで認めさせたのが国防委員長のソロボコフ、工兵を入れ替えてツァーリ・ボンバの埋設地点をずらしたのが元シベリア軍管区政治委員で現民生省長官のサダマフスキー。そのシベリア以外ので働いていたのが5人。そしてそいつらの元締めが――」
レポートの最期のページ。
KGBの毒蝶と呼ばれたバーバチカをもってしてもA4用紙の半分程しか裏の情報を手に入れられなかった男の姿がある。
「ラブレンチー・ジェニーソヴィチ・ポノマレンコ中央委員会委員長……では彼が――」
「赤きサイクロンを殺した男、というわけ。名実共にこの国のナンバー2にして、次期書記長に最も近いと言われている男。あなたの手駒のヴァシチェンコじゃ逆立ちしたって勝てそうにないわね」
写真の中のポノマレンコは白い物の混じった髪をオールバックにした精悍な男で知性と冷酷さを感じさせる鋭い剃刀のような雰囲気を持っている。
ザンギエフの推薦があってようやく国防省の要職に付けたヴァシチェンコとは大違いだった。
「――情報がほとんど無いようだが、どうしてこの男が黒幕だと?」
「あら、失礼ね。私だってなんの根拠も無く他人を名指したりしないわ。根拠はその情報の少なさにあるの」
「ふむ」
「ガードが異様に堅いのよ。調べるのに西側のスパイを使ったんだけど、ちょっとスケジュールを覗いただけで党の"猟犬《オプリーチニキ》"に消されてしまったわ。何よりソロボコフ死亡の第一報が届いて即座に、二局(KGB防諜保安部門)の連中が動いてポノマレンコの自宅を守っている」
単なる連続テロへの警戒であれば軍か党の護衛を使えばいい、だがポノマレンコはわざわざKGBを使った。
書記長による粛清の動きを警戒したのだ、とこの国の人間なら容易に想像が付く。
「ポノマレンコは他にどれくらいの影響力を持っている?」
「そうね。ソロボコフと繋がりがあったのなら軍の参謀本部は全部彼の手にあると考えてもいいわ。民生省や政治局、後は党のお爺様方かしら」
「なんということだ……」
ガスパロフがソビエト共産党に干渉するにあたって利用しているのは外交省と軍の中堅将校―所謂レッドサイクロン派―と党の若手と呼ばれる層とのコネクションである。
ソ連の勢力の殆どは書記長が握っているが、バーバチカの言うことが正しければそれ以外の守旧派と改革派が綺麗に二つの陣営に分かれている事になる。ガスパロフは気付かぬうちにこのポノマレンコとの対決への道を歩んでいたということだ。
「良かったじゃない。このまま正体を知らずにいればいずれ政敵としてポノマレンコに消されていた。少々強引だったけど損害を覚悟した事で結果的にアナタは敵の片腕を奪うことができた」
「………………」
今回のガスパロフの損害――ソロボコフ暗殺のリスクは言うまでもなく、結果的にスワラージ作戦にソ連の試作機が抜け駆けする形になったお陰で作戦に参加しないよう止めていたV作戦の繋ぎ役としての立場とオルタネイティヴ計画の監査役の立場が危うくなっている。
加えてもしここでユーリーに戦死でもされればレッドサイクロン派は中核を失い、ソビエトでの後ろ盾を無くしたガスパロフはチェコに帰るしかなくなるだろう。
普通なら乗るはずのない賭けだったが、一度だけの我侭とあの子供の口車に乗せられて正解――いや、あの子供の無理をも通す熱意がガスパロフの冷徹な計算をいつの間にか塗りつぶしていたのだ。
やはりあの子供にはザンギエフと同じ様な特殊な勘があるらしい。
「もう戻るの、ヴィクトール?」
「ああ。約束通り人工ESPの何人かを君に引き渡そう。これだけの大作戦だ。ハイヴで死んだと言えば調べることは困難だろう」
「……本当にインドからそれだけの人工ESPが戻ってくるんでしょうね? 言っておくけど、ハイヴに潜れなかった出来損ないを掴ませたら即座にアナタを殺すわよ」
「――構わない」
バーバチカの険しい眼差しを受けて、ガスパロフは即座に答えた。
「約束は守る。多分、君の期待以上の形でな」
***同日 ボパールハイヴ内 深度940メートル***
「中隊規模の突撃級が接近中……ユーリー、傍の側坑に入りましょう。うまくすれば戦闘を避けられるわ」
「――わかった」
言われたとおりバーニアを吹かし少し高い所から伸びる狭い道にGXを滑り込ませる。
すぐに地響きを立てながら突撃級が傍らを過ぎていった。
常に何千というBETAに囲まれていた中層部と違い、下層部に入った彼らが先ほどから遭遇するのは百未満の単一構成ばかりだ。
ただしその分下層部はBETAの出入りがとてつもなく激しい。
ひとつやり過ごしてもすぐに次が出てくる。
無限に思えるハイヴのBETAはどうやら最下部で繁殖し容積の広い中層部でそれを纏めてから地上に送っているようだった。
「よし、奴ら行ったみたいだな。リュー、機体状況は?」
「――推進剤が残り13%、36mmは半分。ビームライフルはあと40%。ダメージも両膝と右腕がイエロー。マインドシーカーもそろそろまずいわ。これじゃ敵を突破しては帰るのは無理ね」
お手上げだ、という風にリュドミラが肩をすくめる。
ダメージ自体はそれほどでもないので推進剤さえあればまだまだ戦える。
だがこんなハイヴの奥底で補給が受けられるなら誰も苦労はしない。強靭な装甲を持っているとはいえ、機動力を失った人型兵器はそう長くはBETAとは戦えない。
「もう後が無いな……」
「先に行った二機は主縦坑の近くみたい。推進剤が無くなったから逃げるのは諦めて、隠れながらBETAとコンタクトを試みてるわ」
「とりあえず安全は確保してるってことか。他の中隊は?」
「撤退しつつあるけど……そろそろ危ないかも。中層部のBETA集団が動き出している。多分、直に総反撃が来るよ」
「時間もないのか……っ! よし、チマチマ進んでもどうせBETA共とはかち合うんだ。こっからは最短ルートを突っ切って行くぜ!」
唸りを上げて主脚走行を始めるGX。次いでリュドミラの動かすF-14が後ろにぴったりとくっつける。
側坑を走って何秒も経たずに又してもBETAの集団と行き当たった。
GXは壁や天井から飛び掛る戦車級を突撃砲の最小限の弾幕で打ち落としつつ、弾幕を掻い潜って接近した突撃級をかわして進んでいく。
核融合炉とビーム兵器を装備したGXは第2世代までの戦術機とは違い、機動力に頼らずとも小型種を踏みつけ硬い甲殻を持つ大型種を切り伏せる事を可能にしている。
だが――
「――くっ!」
「きゃあっ!!」
そんな防御で全てをしのげるはずもない。
取りついてきた戦車級の噛み付きによって肩の装甲が不気味な軋みをあげた。すぐさま腕の動きで振り払い、突撃砲の射撃で沈黙させたが、一瞬の隙で潜り込んできた要撃級の腕の一撃が装甲を抉り取り、黒い装甲に引き攣った火傷のような銀色を刻んだ。
カーボンを遥かに超える強度を持つチタンセラミック複合材でさえBETAの攻撃を完全に防ぐことはできない。
怯んだ隙に更に4体もの戦車級取り付かれ、いよいよGXは身動きを封じられる。
「ユーリー、このままじゃ機体が保たない!」
「もうちょっと――見えたっ! 主縦坑だ!」
二人の眼前に現れた直径100メートル以上の巨大な空洞――ハイヴの最奥である大広間へと繋がる主縦坑――へ向けて残り少ない推進剤を使ってGXとF-14AN3は飛び込んだ。
取り付いていた戦車級が振り払われ、重力に捕まって100メートル近く落下し、地面に赤い花を咲かせる。
その血肉を踏みしめた二機の機体がほぼ14年ぶりにハイヴの最奥に辿り着いた。
小さな町ならすっぽりと入ってしまいそうな巨大な大広間に蒼く不気味に光る巨大な反応炉が鎮座している。その機能はよく分かっていないが、配置とエネルギー量から人類はそれがBETAにとっての最重要の建造物であると予想している。
「ここが最下層と反応炉……! 例のBETAの親玉ってやつはどこだ?」
――敵の反応は無い。
罠なのか、それともBETAにも立ち入り禁止の神聖な場所というのがあるのか。
リュドミラが素早くF-14AN3からリーディングログを呼び出した。
「はっきりとはしないけど……すぐ近くよ。多分反応炉の中にいると思う」
リュドミラが指差した先には反応炉がある。
「あの中……? 寄生虫みたいなタイプってことか? それとも群体とか……――リュー、どうにかして向こうと意思疎通できないか?」
「わかった。やってみるわ」
ユーリーの問いかけに頷いたリュドミラがF-14AN3とのリンクを最大にしてBETAとのコンタクトを開始。
周囲の空気がピリピリと電気を帯び、2つの機体の管制ユニット内部の様々な機器がリュドミラの出力に答えようと明滅を繰り返した。
「――2倍処理……4倍処理……駄目、全然読めない……!」
正面を睨みながらリュドミラが頭痛を堪えるように頭を振った。
「リュー?」
「――このBETA、思考速度が桁違いに速いわ。論理のプロセスも人間と全然違う。私じゃ反応の有る無ししかわからない」
リーディング自体に手応えはある。読めていないわけではないのだ。
だがその速度が速すぎて、ここにいるであろうBETAの思考はマインドシーカーのリーディング補助機能をフルに作動させてもほとんど意味が汲み取れない。100倍速、200倍速の映画をいきなり脳に取り込んだようなものでリュドミラが頭痛を覚えるのも無理は無かった。
「俺達に話を合わせるつもりもねえって事か……だったら話は簡単だ! コミュ障の宇宙人にもわかり易いように今の自分の立場って奴を教えてやるぜ!」
叫ぶなりGXはビームサーベルを抜いて飛び上がる。
逆さにしたイチゴのような形の反応炉。地面付近のパイプ吸入口のような構造物を踏み越えて、反応炉の根元へ。
飛び込んだ勢いそのままにバチバチと火花をあげるサーベルの切っ先をねじ込めば、反応炉は傷口から熱量の無い青白い炎を噴出した。
続いて後ろを付いてきていたF-14 AN3がS-11を取り出し、反応炉の傷口の奥まで押し込む。
手動操作でタイマーを3分にセット。
――2:59
「どうだ!」
「――反応が有ったよ! でも、これじゃあまるでこの反応炉自体が――」
リュドミラが何かを言いかけた瞬間、巨大な地揺れと共に緊急事態を告げるアラートが管制ユニットに響いた。
「――待てっ!! 測定不能なレベルの地下振動反応!? 何だ、何か来るぞ!?」
地響きが更に大きくなり、GXだけで無く反応炉までもが大きく揺さぶられる。
危険を感じ、咄嗟に後ろへと飛んだ瞬間――大広間の地面が一斉に爆ぜた。
「――ぐ、ぅうううううううっ!!」
「――きゃぁあああああああっ!!」
回避は間に合わなかった。
せり出した何かに胴体を貫かれたF-14がスパークを撒き散らしながら爆発した。
同様にGXの右腕に食い込んだ先端が関節を破壊し、肘から先がパルスオイルを撒き散らしながら宙を舞う。
「マインドシーカーがっ!!」
「な……なんだコイツら!? 新種のBETAか!?」
彼らの戦力の半分を奪ったのは地面に生えた鋭利な牙だ。岩山にも似た巨大なそれが円周状に突き出して並んでいる。
「生体反応が一つ……! |コレ≪・・≫って群じゃない、全て巨大なBETAの一部……?」
リュドミラの絶望的なつぶやきと共に、突きだした牙が身じろぎを始めた。
10m、20mと伸びてくる牙に続いて歯茎のようなピンク色の壁が地面からせり出し、あっという間にGXの視界を越えていった。
上へ、上へ。
BETA特有のグロテスクな存在感を持つソレが無限の塔のように大地から生えてくる。
自分たちが乗り込む機体とて全長17メートルの巨人である。だがそんなGXをもってしても比較にならないサイズのBETAが今、城壁のようにせり上がり広大な大広間を埋め尽くしつつあるのだ。
余りにも現実離れした光景に緊張や警戒感といった物が振り切れた二人はポカンと口を開けて眺めているしかなかった。
「音紋探査……直径120メートル!? 全長に至っては1000以上で計測不能って……――あ、あんなのが上がってきたら、地上は撤退どころじゃないよ! 全滅しちゃう!」
脱帽から一転、冷汗を流しながらリュドミラがセンサーの解析結果を報告した。
「――わかってる! こいつでどうだっ!!」
左腕だけで放ったビームライフルの閃光が未確認種の鱗を走り貫通した挙句、反対側の肉まで同じように切り裂く。
だがそれだけだ。傷は全長一キロの内の数メートル。人間でいえば数ミリの手傷を負った程度にすぎない。タフさが飛びぬけて高いBETAが相手では致命傷には程遠かった。
「デカ過ぎる! サーベルもおっつかねえ……リュー、実弾ならどうだ?」
「あの巨体を支えるだけの強度……120mmの至近弾でも無理よ」
これほどの巨大質量を妥当しうるのはS-11ぐらいだが、生憎GXにはS-11は搭載されていない。
使いたければ反応炉に埋め込んだS-11を取り出すしかないが、それでは今度は反応炉の破壊が覚束ない。
「畜生……っ、みすみす行かせるしかねーのかよ!」
歯軋りしながらユーリーが管制ユニットの操作盤を殴りつける。
じっと手元を見ていたリュドミラが何かを決心して口を開いた。
「――ねえ、さっきの牙の間……あの口の中に飛び込める?」
「考えがあるのか……?」
「うまくいくかわからないわ。でも、私を信じてくれる?」
いかにも言い辛そうなリュドミラの様子。
あまり成算のある作戦ではないらしい。
「………………」
命を賭けた戦いになる。
果たして自分はリュドミラにこの二度目の命を預ける事ができるのだろうか。
以前――前世で宇宙革命軍のランスローと戦った時の自分は一人だった。
どうしようもない敵だったにも関らず一人で戦って、一人で負けて、一人で死んだ。そしてそれが最悪の結果を生んだのだ。
当時の自分には精一杯の判断だった。自分の足止め無くしてはコロニー迎撃は厳しくなっただろうし、そうなればどちらにせよコロニー落としは止められなかった。
だが今ならば――この世界に生まれてで様々な人間の戦いと生き様を見てきた今ならば、それは違うとわかる。
もしもあの時、自分がジャミルと共闘していれば未来はきっと変わっていた。
あいつと一緒に戦うのは最強のNTではなくても、フラッシュシステムなど使えない普通のパイロットでもよかった。
二人が揃えば敵など無い。二人が揃えば、あの時きっと何かをやり遂げてあの絶望の世界にも少しは希望を残せていたはずだった。
「――二人が揃えば……か」
「え?」
「なんでもねえ。なあリュー、さっきの質問、お前が俺の立場だったら断ってるか?」
「――そ、そんな事しないよ!」
「へへっ、だよなぁ! ――じゃあ、行くぜ。あの口に入ればいいんだろう?」
「う、うんっ!」
バーニアに点火。
残り少ない推進剤のメーターが見る見る減り、その代わりにGXの高度が上がる。
「よっ!」
大広間の天井ぎりぎりの高さまで飛び超大型BETAの直上へ辿り着いたGXは、襲い掛かる牙の一撃を噴射降下で避けるとBETAの腹へと飛び込んだ。
思いのほか広いBETAの体内。
想像していたグロテスクで狭い内臓ではなくピンク色の洞窟のようだ。妙な酸や小型のBETAが入っている様子も無い。地中を進むにも関らず岩や土の残留の少ない小奇麗な様子からこのBETAが先ほど生まれたばかりの赤ん坊なのだと直感した。
「さあ、頼むぜ!」
コンソールを操作しGXの操作権を副衛士《リュドミラ》へ譲渡。
自分の手に双子の弟と地上の数百万人の運命を預かった彼女は大きく深呼吸。
「――任せて!」
カッと眼を見開いて叫ぶと、なんと刃を延ばしたビームサーベルを振りかぶって大きく上へ放り投げた。
まさかいきなり武器を捨てると思っていなかったユーリーは驚きの声を必死に飲み込む。ここで口を挟めば彼女を信用していないのと同じだ。
リュドミラはサーベルから視線を外さないまま腰元のビームライフルを抜き放つと空中で一旦停止。
「――――っ」
半秒後、サーベルのビーム刃に直撃した閃光はIフィールドが保持していたメガ粒子を散らし、周辺に破壊的なビームの風を炸裂させた。
――ベータの内壁が鮮やかな赤からドス黒い色へと変化する。
見た目にはわかりにくいが、ガス状に拡散したメガ粒子がベータの体組織に無数の穴をあけたのだ。
「――そこっ!!」
集中力を途切れさせないままリュドミラは刃を残したまま滅茶苦茶に回転するサーベルを強引に再狙撃。
直撃
すでに変色しているのとは別の箇所が赤黒く染まる。
そして最後の残弾をもはやビーム刃を形成しなくなったサーベルの本体へ向けて放ち、塗り絵の終わっていない箇所へなけなしのメガ粒子を吹きかけた。
体の内側からメガ粒子のスプレーをかけられた超巨大BETAの筋肉と骨はスポンジとなりもはや40万トンを超える自重を支えきれなくなっていた。
常識外の強度を持つ筋肉の壁が力を失い、軟体動物のようにだらしなく伸び始める――
「――やった!」
「よくやったぞ、リュー! さあ、とんでもデカブツ野郎――」
著しく強度の低下した超巨大ベータの体組織が重力に負けて引き延ばされていくのを見たユーリーは即座に残弾の無くなったビームライフルを投棄。
背部に背負っていた2挺の突撃砲を前面に展開させる。
「――っ駄目押しだぁあああああああああああ!!!」
激しいマズルフラッシュとともに全周囲に吐き出された劣化ウランの36ミリ徹甲弾がスポンジ状となった内壁をえぐりった。同時に無差別に発射される120ミリ砲――HESH弾は爆裂し、キャニスター弾が広く痛めつけ、HEAT弾はメタルジェットで組織を焼ききる。
突撃砲による攻撃は規模から言えばベータの自重による崩壊をほんのわずかに後押しする程度の物でしかない。
だが一発の装弾筒付翼安定徹甲弾弾が偶然にも巨体を支えていた重要な骨のつなぎ目を破壊したことでその速度は一気に速まった。
ブチブチという肉が千切れる音がそこかしこから響くようになり、行き場を失った赤い血液が滝のように吹き出して降り注ぐ。
血塗れの悪鬼のようになったGXはそれでも射撃をやめない。銃身が熱で悲鳴をあげるのも厭わず再装填《リロード》、全力射撃、再装填、全力射撃。
そして引き延ばされた筋繊維が穴あきチーズのようになり、所々外が見えるようになった頃
――0:00
設置されたS-11が起爆した。
鎮座していた反応炉の青い光が一際強くなったかと思うと、次の瞬間絶叫のような精神波を放ちながら粉々に砕け散った。
同時に、爆風は巨大ベータの横腹を打ち据える。
既に限界だったBETAの巨体は大きく揺さぶられ、そしてついに千切れて落ちた。
「やったか!? ――痛ッ!?」
「ユーリーっ!!?」
突然に脳味噌をかき回されるような激しい頭痛。
まだ砂煙が視界を遮る中、どこからともなく現れた青く光る粒子がGXに集まっていく。
――"フラッシュシステム"
――"半永久蓄電池"
――"超々大容量エネルギーコンダクター"
――"多機能MWリフレクター"
――"ルナ・チタニウム合金♯11"
――"スーパーマイクロウェーブ発信器"
――"スーパーエネルギーCAP"
――"G-9000型核融合炉"
「あ、ああ……ぐぅああああああっっーーーー!!」
大量のG元素の取得によって起こった久しぶりの技術の獲得。
だが得られた技術の貴重さと数に比例して痛みは想像を絶する程激しい。
頭痛、という言葉が生易しい程の痛みが通り過ぎ、意識が白く塗りつぶされていく。
「がああああああああああっ!」
「ユーリー! ユーリーッ! ――ああ、もう! しっかりしなさい!!」
「――ィビっ!? ゲホッ、ゲホッ!」
その場で失神に至らなかったのは、リュドミラがとっさの判断で作動させた強化装備の電気ショックのおかげだった。
「――ハーっ、ハーっ、……あ、あぶねえ、寝ちまう所だった……!」
未だ虹色になったりモノクロになったりする視界を落ち着けるために荒い息で深呼吸をする。
電気ショックのお陰で頭痛は収まったが、まだ胸の中に溶けた鉛を注ぎ込まれたかのような不快感があった。
[接近警告!]
「――ちょっ!!? ユーリー、上っ!!」
「――っ!?」
リュドミラの切羽詰った叫び。
大広間の天井に食い込むほど上昇していた頭部が剥がれ落ち、GXのいる方へ落ちてきている。
下手なタンカーよりも巨大な質量。しかもカチカチと牙を鳴らしながら迫ってくる様は明らかにこちらと差し違えるつもりだ。
「やべぇ――!」
「推進材残量0、2%! ――駄目、もう飛べないよ!」
推進力を失ったGXが力無く重力に捕らえられる。
その数瞬後、40万トンを越える巨大ベータの骸が反応炉の残骸もろとも大広間にあった全てを押し潰した。
***同日 インド ボパールハイヴ 国連軍スワラージ作戦司令部***
――その瞬間を、その光景を、夢見なかった者がいただろうか。
当時スワラージ作戦司令部は極めて難しい判断を迫られていた。
止まらない被害に戦線は既に限界。各国から集められた戦力は既に半減し、潤沢だった物資すら底を尽き近隣の基地からなけなしの備蓄を緊急輸送して糊口を凌いでいるという有様。
司令部が悩んでいるのは戦線の維持の方策でも事態の打開でもない。既に状況は一線を振り切り、あとは全軍をいつどうやって撤退させるかという所まで追いつめられていたのだ。
そのような状況で当時作戦参謀であったパウル・ラダビノット中佐が同僚と撤退の手順をいかにすべきか話し合っていた頃、前線の戦術機部隊から一つの奇妙な報告が入った。
――ハイヴがゲップをした
報告を受けたCPは意味が分からず首を傾げる。
しかしラダビノットの行動は素早かった。彼は真っ直ぐに中央の端末に向かうと共有カメラをモニュメントへ向ける。
重金属雲の――激戦のため規定よりかなり薄くなっている――向こう、高くそびえるモニュメントの上部に微妙に青く光る不思議なもやが漂っていた。
「これは・・・・・・?」
こんな現象はデータにはない。
新手の攻撃なのか?
しかし前線の部隊が影響を受けたという報告はない。いや、というよりも――
「被害報告が……止まった?」
先ほどからひっきり無しに鳴っていた救援要請や被害報告のアラート。
悲痛を通り越して無感動にすらなって受け止めていたソレが消えていた。
『ほ、報告します! ポイントAからE……いえ、戦域の全ての地点でBETAの活動停止が観測されています!』
「どういうことだ?」
撤退するには絶好のチャンス。
だが同時にある期待が参謀たちの脳裏をよぎって即断を躊躇わせる。
「――もしや……勝った、のか?」
ラダビノットが思わず呟いた。
失言にも近い言葉を最高責任者であるパートランド中将がたしなめる。
「いや、バカな。突入部隊が最後の補給を行ってから一時間以上が経っているのだぞ。いくらなんでも遅すぎる。生きているはずがない」
「しかし、この状況は――」
『――ソビエト海軍旗艦ヴリャーノフ級ヴリャーノフから入電! "勝機ヲ見タリ。我ニ突撃ヲ命ジヨ"』
「止めさせろ! 戦線の維持を最優先にするんだ!」
幾分かせっぱ詰まったようなCPの声に対して、参謀たちよりも先にパートランドが素早く反応した。
勝機――確かにこれは勝機だ。動きを止めたベータなど戦車の敵ではないし、ソ連の陸上戦艦が肉薄すれば撃破効率は劇的に向上する。
だが同時に国連軍にはここで動けない理由も存在していた。
『――戦線の各部から同様の要請が入っています!』
「ならば全員に伝えろ! 現状維持以外は許可しない!」
「――どの国の兵も思いは同じ、というわけか……」
嬉しいような、しかし悔しいようなラダビノットの表情。
本音を言えばここでBETAを撃滅してハイヴ突入部隊を援護したいという思いが彼の中にはある。
だがこれが敵の罠だった場合、深入りはあまりにも危険だ。ただでさえガタガタの前線。反撃を受ければフォローする間もなく全滅する危険すらある。
そもそも国連や米国がこれほどの大戦力をインドに投入したのはハイヴ攻略だけではなくインド戦線全体の建て直しのためだ。例えハイヴが攻略できなくとも、ここで揃えた戦力やインフラを維持できればこの国はまだ数年は大陸で戦える。そういう目論見でこのスワラージ作戦は計画されているのである。
だから彼らには全軍の存亡を賭けるような判断はできない。
どうしても攻撃しなくてはならないような状況が生まれない限り――
『――大変だ……! 命令無視です! ソビエト海軍が前進を開始!』
CPの悲鳴が司令部に響き渡る。
「一体何を考えている!? すぐに止めさせろ!」
「いや……閣下、これはチャンスです! 行かせるべきだ!」
制止しようとするパートランド中将にラダビノットが叫んだ。
「ソビエト海軍が突出してくれたのなら我々は前線への火力支援を密に行いながら前進できます。最悪、罠だとすれば命令違反を犯した陸上戦艦を盾として後退すれば被害は最小限に抑えられる。政治的なリスクは可能な限り取り除かれています」
「馬鹿な……! それを見越しての命令違反だというのか!? バンクーバー協定違反だぞ? 共産党の政治委員どころか、世界中がこの戦場に注目しているのだぞ!」
驚愕をそのままに叫びだした司令官の気持ちがラダビノットにはよくわかった。
バンクーバー協定の適用される戦場で命令を無視して戦艦を前進――重大な国際問題だ。軍法会議が行われれば艦長一人の命ならばまだよい方で、下手をすれば提督クラスが射殺されてもおかしくはない。
自分がもしインド共和国ではなく、ソビエト海軍の指揮官としてあの戦艦に乗っていたのならこんな判断は絶対にできないだろう。勝利のためならば戦場で戦死する勇気はあっても、甘んじて軍事法廷で死刑判決を受けるのは別次元に難しい。
(――だが、彼らにはそれができた)
インドとは無関係の他国の人間、それも北の果ての海軍の軍人が見せた勝利への執念にラダビノットは拳を握り締めて己の不明を恥じる。
「閣下! さあ、今しかありません!」
「止むを得まい――第1、第2砲撃陣地は通常弾に切り替えつつ前進300! 司令部直掩の戦術機中隊も出せ! ソビエト艦よりも前に出るなよ!」
事実上の全力攻撃を命じた司令官の額から一筋の汗が滴り落ちる。
この命令は大きなターニングポイントになる。下手をすれば人類の命運を危うくするほどの。
司令部が集積していた正真正銘最後の燃料と弾薬を積み終えた戦術機中隊と補給トラックが出発し、損害を受けていた前線の部隊の方へと向かう。
『右翼に展開の戦術機10個中隊、物資補給35%完了! 前進させます!』
『同じく中央部の戦術機8個中隊、弾薬推進剤28%を超えました。司令部直掩の中隊と合流し次第前進を開始!』
推進剤の補給と援軍を受けてアウトレンジでの戦いから果敢な近接戦へと切り替えた戦術機部隊が戦果を順調に増やし始める中、前進を終えた砲兵陣地から多数の榴弾が放たれた。
即座に光線級がレーザーを放ち砲弾を迎撃する。
放たれたレーザーの数は直前まで補足していた数字と一致。
だがその迎撃効率は著しく低下していた。
『こ、これは――砲弾着弾率88%! 大戦果です!』
「同一目標への過剰照射……! やはり敵は主軸を失っている――!」
人類が始めてBETAと戦ってから25年――長い、余りにも長い敗北の歴史の中で人類は初めて敵の混乱を見た。
その会心の手応えに沈着な鉄面皮を誇るラダビノットですら思わず唇が吊り上る。
そして進撃から僅か後、前線がハイヴモニュメントに迫った時点でついに人類の初勝利を確信させる決定的な情報がもたらされた。
『――全戦域から報告です。戦域のBETAが北方向へ移動を開始、進行方向は北、繰り返します、全BETAは北へ移動を開始!』
敵の撤退――夢にまで見た、そしてついに現実となった勝利の報告を受けてスワラージ作戦司令部にワッという歓声が湧いた。
司令部だけではない。情報はデータリンクによって後方を含む300万全軍へと一瞬で伝わり、それらが一斉に勝ち鬨を上げた。
その凄まじさたるや、通信量の爆発的な増加に作戦司令部に置かれた通信システムがパンクをおこし、短時間とはいえ全軍の通信が麻痺してしまったほどだ。
「いかんっ」
慌てたラダビノットや同僚の参謀達がすぐさまシステムを制限する。
同時に顔を真っ赤にしたパートランドがノシノシとCPに歩み寄り、マイクを奪い取ると胸が破裂するのではないかというほど大きく息を吸いこんだ。
「――何をやっとるか、貴様らぁあああああああっ!! こんな所で気を抜いてどうする! 大馬鹿者共がっ!! お喋りしか脳の無いウジ虫共め!! こんなつまらん事で負けてみろ! BETAの食い残しにされる前に私が貴様らを殺してやるからな!!」
元陸軍のレンジャー部隊教官だったかれはその声量を遺憾なく発揮して、全ての将兵にスピーカーが割れるほどの怒声を浴びせかけた。
彼が通信を繋げた中には監査として来ていた米国の元帥や国連の事務次官までもが含まれていたが、国籍も階級もお構いなしの彼の怒声に全軍がすぐに統制を取り戻す。
司令官を恐れたのではない。
彼らは思い出したのだ。この勝利が自分達だけの物ではないということに。
「――ふぅ。追撃は物資の残量が一割を切った部隊から順次後退させよ。なお全軍の攻勢限界はNW145までとする。出遅れて門から出てくるBETAに注意させろ。この場面で死ぬような阿呆には戦死手当ては出ないと脅して置けよ」
一通りの支持を終えたパートランドは緊張の糸が切れたのかネクタイを緩めながら、体を揺らして席に戻る。
CPからの細かい報告を聞き流して、近くに居た兵卒に合成コーヒーを入れるように言い渡すと完全にリラックスした様子で大きく伸びまでして見せた。
先ほど全ての将兵に対して怒鳴って見せただけに司令部の外には到底見せられない光景だ。
「よろしいのですか?」
ラダビノットが横目で問いかけた。
NW145―ボパールハイヴ最北端の門―に設定された境界線。これは意外と短い。燃料の少ない現状ではあるが反撃を受けない事を考えればもっと足を伸ばせるはずだ。
「構わん。我々は十分に勝っている。これ以上危険な橋を渡る気はないからな。それよりもハイヴ内に送る救護部隊の編成とソ連海軍の責任者の呼び出しを急がせろ。こんな大層な事を仕出かしてくれたアカの奴らをなんとしても儂の前に連れてくるのだ。女ならハグとキスをしてやる。男なら儂のワインのコレクションを好きなだけ持って行かせろ」
「しかし海軍の責任者はともかく、突入部隊の衛士は生きておりますかな? 現に今も突入部隊の情報は何一つ入ってきませんが……」
ハイヴ突入部隊の損耗率を考えれば無事に生還できる可能性など殆どない。
全世界的に認められているヴォールクデータにおける最も成功率の高いハイヴ攻略手段は全軍で主縦坑《メインシャフト》を目指し、S-11を起動させながら機体ごと落下して反応炉を破壊するバンザイアタックだ。
ハイヴで散った若い命達の事を考えてラダビノットは絶望的な気分に陥っていたが、コーヒーを啜るパートランドはそのような不幸が起こる可能性など全く考えていないようだ。
「生きてるさ。心配するだけ無駄だよ中佐。儂の経験上、こういう奇跡みたいな戦果を上げた兵士というのは大抵ケロっとした顔で帰ってくる。報告も連絡も無くとも、どうせ今頃は自分で倒したBETAの死骸に押し潰されて身動きが取れなくなってるんだろうよ」
「はぁ……その、そうだとよろしいのですが……」
HAHAHA、といかにも米国人らしく笑うパートランドにラダビノットはなんと言っていいのかわからず曖昧な返事を返すのみだった。
***あとがき***
この主人公まだ24話なのにもう4回も撃墜(or大破)されとる……。
ちょっと文体が馴染まないのでちょくちょく最近の投稿の物を直していきます。
今後ともよろしくお願いいたします