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No.32864の一覧
[0] Muv-Luv Red/Moon/Alternative[大蒜](2012/04/21 02:12)
[1] 1、「また夢の話を聞かせてくれ」[大蒜](2012/05/17 12:54)
[2] 2、「なるほど、ミュータントじゃな」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[3] 3、「あれが、戦術機……!」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[4] 4、「世界最強の人間だ」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[5] 5、「ウゥゥゥーーーラァァァァ!!!」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[6] 6、「ここに人類の希望を探しに来た」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[7] 7、「光」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[8] 8、「俺の名前を呼んでくれ!」~A.W.0011~[大蒜](2012/10/23 23:34)
[9] 9、「待っています」[大蒜](2012/05/18 20:43)
[10] 10、「大佐を信じて突き進め!」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[11] 11、「ひどい有様だ」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[12] 12、「秘密兵器」[大蒜](2012/09/19 22:21)
[13] 13,「どうしてこんな子供をっ!?」[大蒜](2012/09/19 22:15)
[14] 14、「やはり、あいつは甘すぎる」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[15] 15、「メドゥーサ」[大蒜](2012/08/25 00:36)
[16] 16、「雷帝《ツァーリ・ボンバ》」[大蒜](2013/03/09 21:40)
[17] 17、「あなたに、力を……」[大蒜](2013/01/15 00:46)
[18] 18、「トップになれ」[大蒜](2012/10/22 23:58)
[19] 19、「Lolelaiの海」~A.W.0015~[大蒜](2012/10/23 23:33)
[20] 20、「ようやく来たか」[大蒜](2013/06/24 00:41)
[21] 21、「何をしてでも、必ず」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[22] 22、「謝々!」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[23] 23、「二人が揃えば」[大蒜](2013/03/24 19:08)
[24] 24、「私を信じてくれる?」[大蒜](2013/04/30 15:56)
[25] 25、「天上の存在」[大蒜](2013/06/17 11:22)
[26] 26、「絶対駄目っ!」[大蒜](2015/01/07 01:55)
[27] 27、「僕がニュータイプだ」[大蒜](2016/08/13 23:27)
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[32864] 23、「二人が揃えば」
Name: 大蒜◆9914af20 ID:86f1a2a8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/24 19:08
23、「二人が揃えば」~Muv-Luv:Reduced Moon~




***1992年7月26日 インド ボパールハイヴ***

 この日は記念となるはずだった。
 インド共和国を蝕む13番目のハイヴ、ボパールハイヴ。その攻略作戦であるスワラージ作戦において初めて実践投入された宇宙軌道戦術が絶大な成果を挙げた。
 低軌道から投入された再突入殻はブースターによって加速され高度2000で戦術機を開放、幾筋もの光線を押し返し地表に衝突したそれらは轟音と共に地上に蔓延るBETA共をなぎ払う。
 こうしてハイヴ攻略作戦の第一段階は歴史的な大成功を収め作戦に集った各国の将兵達の絶大な喝采を上げた。

 しかしそんな状況とは裏腹にオルタネイティヴ計画特殊戦術情報部隊の士気は低い。
 彼らもこんな状況でもなければ素直に降下戦術の成功を喜べたのだ。
 西側最強クラスの第二世代機であるF-14の配備と命がけの降下軌道兵達の先導によるハイヴ突入。だが肝心の突入部隊――彼らに与えられた至高の戦略目標が士気を下げさせている。
 人類反抗の狼煙《のろし》、国土奪還など歌ったこの作戦の第一目標はハイヴ攻略ではない。
 戦死する180万人の兵士も、消費される877万トンの弾薬も、そして投入された3000億ドル以上の戦費も全ては管制ユニットに積んだ人工ESP発現体――人間のカタチをした化け物をハイヴの底まで送り届ける為の露払いでしかなかった。秘密作戦故致し方ないとはいえ、彼らの中にはこの星に生きる全人類の期待を裏切っているという罪悪感がある。

 地獄の門をくぐりながら、フサードニク中隊の衛士達は罪悪感とやり場の無い不満を容赦の無い憎悪として人工ESPの少女達にぶつける――はずだった。






 そうなるはずだった。





***同日 ボパールハイブ内 深度350メートル***


 不気味に薄明るいハイヴ内に佇む12機の戦術機。
 シベリアでのトライアルを経て正式にオルタネイティヴ計画に採用され、UNブルーに塗装されたF-14 AN3《マインドシーカー》の中隊である。

「ん~~~~~っ!! カァ~~~~~ワイイし~~~~~~っ!」

「………………」

 ハイヴ攻略中という極限状態の中、狭い管制ユニット内部で前席の人工ESP発現体――他の個体と比べていつも眠たげと評される目付きの78番が後ろから抱きつかれ、頬ずりされている。
 誰からみても考えても迷惑な行為だが、彼女は事前に党から受けた命令どおり委細気にすることなく淡々と作業に従事していた。

「ねえ、あなたってシェスチナ? それともビャーチェノワ?」

「……シェスチナ」

「いい匂いするし~、肌スベスベ~。お風呂に入ったことある? シャワーじゃなくてバスタブにお湯を張る奴だし」

「…………」

 肌が綺麗なことと、風呂がどう関係するのか。
 若干の思考を挟みフルフルと首を振る。少女のコシの強い銀の髪が肩の辺りで翻えり、後席のフサードニク4の強化装備に包まれた乳房に押し付けらる。

「うへへへ、じゃ、じゃあさ、これ終わったら私と一緒に――」

「――いい加減にせんかフサードニク4! 貴様、ここがどこだかわかっているのか? 今はハイヴ攻略中なのだぞ!?」

 涎を垂らさんばかりのフサードニク4へついに堪忍袋の尾が切れたフサードニク1――中隊長の男から叱責が飛んだ。

「レーダーチェックは大丈夫だし。ついでに今は補給中でヒマで、コソコソ寄ってこようものならこの娘が見つけてくれるし」

 ポンポンと78番の頭を叩く。
 フサードニク4の言うとおり、何をされてもAN3装備の走査から目を離すことは無い。

「――調子に乗りおって……人形などアテになるものか!」

「に、人形なんかじゃないし! 大尉だってシベリアでユーリーのアレを見たっしょ? この子達は人間だし!」

「あれは幻覚だ! 放電現象のフラッシュと誘発された落雷が引き起こした集団幻覚だ! あんな幻覚さえ無ければザンギエフ大佐も、あのような気の迷いを起こしたりせずにすんだものを…………」

 嘆かわしいと言わんばかりに頭を振るフサードニク1。
 彼はザンギエフに一喝される最後までユーリーがレッドサイクロンになる事に反対していた。

「落雷なんてミグのこじつけだし! 大体、アレがあったおかげでシベリアで何十万人も助かったじゃん。大佐だって命を賭けて――」

 小さなアラーム音。
 補給作業の終了と前進再開を示すサイン。

「――話は終わりだ。貴様がどう思おうと俺はこいつらをモノとして見て扱う。フサードニク4、もし足を引っ張るような真似をすれば、俺が大事なお人形ごと貴様を撃ち抜いてやるからな」

「そんな――っ!」

「フサードニク中隊、前進再開!」

 各機から了解の斉唱。
 ここは既にハイヴの中層に至ろうかという深度だが、未だ敵との遭遇は少ない。

 その理由が薄光りするハイヴ中で各坐したF-15の残骸だ。ほとんどは戦車級によって齧られた物だが、いくつかは原型を留めている物もある。
 軌道降下という新戦術の先駆けとなった彼らが命を掛けて自分達の道を切り開いてくれたのだ。

「やー、ごめんごめん。うちの隊長ゲイだから女に当たり強いんだよね。シベリア組がいる他の中隊ならもうちょい雰囲気いいし」

 重い空気を誤魔化すようにフサードニク4が明るい声で話しかけた。

――共産圏ではゲイは御法度。
 特に男性の比率が圧倒的に減少しているこの国では反社会的・個人主義的な性癖であるとして、ゲイはある種の犯罪者のように扱われている。
 上司の弱みを偶然知ったフサードニク4は表向きは中隊のNo2兼中隊長の恋人として振る舞うかわりに、内輪では彼の首根っこを完全に押さつけ隊の陰の権力者として君臨していた。
 そのため部隊内の関係はかなり不穏だ。

「……シベリア組?」

「そ。祖国の英雄、ミハイル・ザンギエフ大佐が戦死したシベリア防衛戦に参加した大隊の生き残り20人。そしてシベリアでユーリーの光を見た20人の事だし。あ、ユーリーは知ってるっしょ?」

「…………はい」

 ユーリー・アドニー・ビャーチェノワ。
 同じ人工ESP発現体は何百体といたが彼は特別な存在だ。直接本人を見たことはないが、実験とそして調査の一環として彼の映像を見させられたことがある。
 映像の中の彼は笑って、泣いて、叫んで、怒る。自分達と同じ実験動物ではない、他人と感情をぶつけ合う事のできる生きた普通の人間だった。わずかに感情のあるビャーチェノワの中には羨望とわずかな嫉妬を込めて許された命、そう呼ぶ者すらいたほどだ。

「そーそー。あのエロガキの事だし。全く、アイツに何回胸揉まれた事か。ナニが起つ歳になってから出直せっての」

「ナニ?」

「あー……」

 不穏な単語を拾われた中尉は頬をポリポリと掻きつつ目を泳がせる。

「そ、そういえば貴女達って名前無いんだっけ? 私がつけてあげるし!」

名前イーミャ……欲しい」

 それまでよりはっきりと、期待のこもった声。
 ようやく見つけたコミュニケーションの足がかりに中尉の頬もゆるんだ。

「うんうん。そうだなー、天使みたいに可愛いから……アンジェノビッチ!」

「それ、男性名」

 眠たげな眼をやや鋭くして78番は素早く反応した。

「おおう、ツッコミ入ったし。じゃあドミニオ……いやケルヴィナ……いやいや、ここはセラフィータとかもアリだし」

「天使ってそんなにいっぱいいるの……?」

「うーん、そういえばいっぱいいるなぁ。私もクリスチャンじゃないから詳しくないし。でも想像はできる。神様はね、人間に未来を作るためにたくさんの天使が必要だったのサ!」

「……未来を、作る?」

 天使や神という概念は当然学んで知っていた。
 だが未来を作るというのはどういうことだろう。
 フサードニク4の言う天使の被創造物、自分と同じ存在という観点が幼い少女の琴線に触れる。

「神様ってさ、6日で世界を作ったり、アレもしてない処女を妊娠をさせたり、すっげー強い悪魔を雷の剣で倒しちゃったり……とにかくなんでもできちゃうし。でも世の中の全部が全部をそんな風に神様のやり方に任せてたら世界はずっと変わらないままじゃない? 天使は確かに万能じゃないかもしれないけど、でももし神様が天使と仕事をしていれば世界は3日で作れたかもしれない、キリストは5つ子だったかもしれないし、もしかしたら悪魔は滅ぼすだけじゃなくて和解できてたかもしれない。どんな事でも新しい可能性が生まれたはずだし。私が思うに、神様が自分より弱い物を作ったのはそんな素敵な事を考えたからじゃないかな」

「……わからない」

 自分の学んだ事とは全く違う。
 少女は理解の及ばない観点を持つ中尉に対する感想を素直に口に出した。

「あはは、私も神学なんてよくわかんねーし。でもさ、これって私も貴女も同じ。私は中隊で一番戦術機の操縦が得意。あなたは肌がスベスベで心を読むのが得意。一人じゃできることは少ないけれど、二人が揃えばハイヴだってぶっ飛ばせるし!」

「……ハイヴは飛ばせないと思う。あと肌は関係はい」

「漫才ならできそうだし!」

 その後もフサードニク4は78番に色々な事を話した。
 中隊長の愚痴、軍の給料が少ないこと、彼女の実家に咲く美しい向日葵の事。

 しかし結局、名前は決まらないままだった。

 陸路からハイヴへと突入しすでに2時間近く、到達深度は500メートルを越えている。
 それ以前の戦闘回数は少なかったが、軌道降下兵団の最後の残骸を見つけた当たりからベータの襲撃が増え始め、フサードニク中隊の戦闘は激しさを増しつつあった。

「12時方向から敵反応600! いいえ900……1000以上っ!? ありえないしッ!!」

「フサードニク4! 後続のC小隊が来るまでここを確保するぞ!」

「了解だし! ――野郎共、宇宙人を血袋に変えちまえ!」

『『『了解!』』』

 冥界の底から上がってきた亡者達。千にも及ぶ戦車級と要撃級の集団は真っ赤な波飛沫として絶え間無く襲いかかってくる。

 狭い坑道というロクな機動の取れない中で、フサードニク達は良く戦っていると言えるだろう。

 しかし戦闘の明暗は徐々に分かれ始める。

 過熱状態が常態化した銃身は熱で橙色のまま正確な照準を失って久しい。加えて目減りしていく弾薬、そして推進剤。
 F-14 AN3は衛士の操縦によく応えていたが、やはりAN3装備を稼働させているせいで本領を発揮できてはいなかった。

「クソッ! さっきから電圧がカツカツだ! おい人形共、まだ終わらないのか!」

 機体を思うように動かせない現状に苛立ったフサードニク1が怒鳴る。

「…………」

 前席に座る人工ESP発現体達は応えない。
 バイザーの下で裂けんばかりに目を見開き、額に汗を浮かべている。戦術機の操縦こそ行っていないものの、彼女達も今自分の戦場で戦っている。

「…………存在を確認。???を要請……」

「なんだ!? 何を言っている?」

「最深部に存在するBETAらしき意識とのコンタクトに成功しました」

 バイザーを外し、振り向いたフサードニク1の人工ESP。
 薄気味悪いほど澄んだ瞳がこちらへ向けられるとフサードニク1は嫌悪感を隠そうともせずに顔を歪めた。

「何……だったらすぐに戦闘を止めさせろ! 最優先事項だ! 貴様ら全員、死ぬ気でやれ!」

「……はい。全員に命令を通告します。…………、…………」

 再び顔の上半分を覆うバイザーを降ろして作業に戻る少女達。
 さらに多くの電力を与えられた肩部のレーダーが唸りをあげて仲間とハイヴの中枢へと思考波を送信する。
 だが、戦闘は一向に止まない。

「こ、こちらC小隊フサードニク7! 後ろからもBETAが……あ、あ、ああ……! すげぇ数の要撃級だ!」

 合流するはずのC小隊の遅れが気になりだした頃、ノイズ交じりの絶叫がフサードニク中隊に届いた。

「イワンコフ!? そこはもういい、すぐに合流しろ!」

「――ああ……おおぁああああああああああああ!!」

 野太い男の断末魔。同時にC小隊4機の識別反応が消滅。

 フサードニク7――中隊長のセックスパートナーであり、生還の可能性を高めるために突撃前衛の適性を無視し、わざわざ制圧支援のポジションを与えた恋人が死んだ。

「イワンコォーーフッ!! クッソォォォ!!」

「全員、後方注意チェックシックス! 後ろから大隊規模でBETAが来るし!」

 C小隊を襲ったBETAが合流し、中隊は前後からの挟み撃ちになった。
 戦況は圧倒的に不利。例えここを凌げても、それ以上の戦闘をする余力が無くなってしまう。

 と、そのときフサードニク4の搭乗しているESPが横坑の下部から分岐する別の通路を発見した。

 戦術機が入れるギリギリのサイズの縦坑。即座に探査――通路内に敵反応は無し。

「クソッ! クソォ!! B、A小隊の順に噴射跳躍! 一列縦隊になった後に前方の縦坑シャフト噴射降下ブーストダイブ! いくぞッ!」

『『了解!』』

 戦車級と要撃級が押し寄せる坑道の中で、青白い炎を吹き出した8機の戦術機たちは一斉に空中へ離脱、そして間隔のほとんどない完璧なタイミングで縦坑に飛び込んだ。

「――BETA共、ここは通行止めだし!」

 最後のフサードニク4が一瞬だけ滞空し粘着瑠弾の連射で入り口を爆砕。余波に巻き込まれた要撃級の死体と瓦礫で進入坑は完全に塞がれた。

 縦坑に飛び込んだ戦術機たちはそのまま100メートル近くの距離を垂直に下っていく。
 その底は複数の横坑が繋がる広場《ホール》だ。200メートル四方の僅かな空間だが、この地獄の中でかろうじて得た安全地帯である。

 だがフサードニク中隊の面々の心情は重い。
 特に恋人を失ったフサードニク1は恥も外聞も無く号泣していた。

「イワンコフ……おのれ、おのれぇ!! 人形は何をしていた! 索敵は貴様等の仕事だろう!」

「……フサードニク7の121番は機体の解析ロットをすべて対BETAコンタクトに当てていた。あなたの命令」

 フサードニク4に搭乗する78番が答えた。

「~~~~~~ッ!! 人形風情がっ! だったらそのコンタクトの結果とやらを教えろ!」

「……はい。BETAは我々から発した和平や戦闘停止に対する68の提案に対して無反応。生態や目的に関する147の質問に対して141が回答無し。ただし反応の得られた6つの質問から、ベータは論理的な思考を持ち、尚且つ我々を生命体と認識していないと結論付けられる」

「「「――――ッ!?」」」 

「わ、わけわかんねーし! 生命体として認識していないってどういうこと?」

 フサードニク4がすかさず問いただした。

「石や砂、その他無機物と同じ扱い。我々の和平や戦闘停止のプロジェクションに反応しないのは、彼らにとって戦闘行為を行っている自覚が無いから」

「石や砂って……そんな、何かの間違いっしょ?」

「複数の根拠を持つ確定情報。そしてこの問題を解決しなければBETAに対する情報戦略はほとんど意味を成さない」

 どこまでも平坦な声で応える少女。
 想像もしなかったリーディングの結果とBETAの生態に中隊に重い沈黙が降りる。

 これ以上の成果が見込めない以上、この作戦は間違いなく失敗だ。
 これほどの大規模作戦をおいての失敗、それは間違いなくオルタネイティヴ第三計画の終焉を意味する。
 彼らが信じていた世界を救うはずだった希望、人類勝利への唯一の道筋、それが完膚なきまでに否定された。

「生命体とは認識していない…………。そうか、そういうことか」

 フサードニク1が何か吹っ切れたように呟き、だらりと立ち上がった。
 小さなウィンドウの中で空ろな視線を彷徨わせている彼を隊員達が不審気に注目する。

 すると突然、フサードニク1は無言のまま拳を振り上げ、周りが疑問に思うまもなく思い切り振り降ろした。

「大尉?」

 管制ユニット内のカメラの視野は狭い。
 最初、自分達の隊長は絶望のあまり壁に八つ当たりをしているのだと思っていた。
 だが何度も拳が振り下ろされ、グシャッという湿った殴打音に加えてくぐもった悲鳴と赤い飛沫が映されるのを見て、彼らはようやく事態を悟る。

「た、大尉! 何をしてるっしょ!?」

「――何を、だと」

 フサードニク4の声に血に塗れた拳を止めて答える。

「見ての通り不要な装備を処分している。BETAが戦闘停止に応じないのはこいつらのせいだ。人間の代用品……オルタネイティヴ計画とは良く言った物だ。つまりは! こいつらが生き物ではないせいで我々は生命体と認識されず、イワンコフが死んだということではないかっ! 石ころと同価値とわかった以上、もはやこいつらを連れて行くのは無意味だ。最初からBETAという来訪者と語り合うのは純粋な生命体であり、世界の模範たる我々ソビエト連邦市民であるべきだったのだ!」

「そ、それは……」

――人間の代用品
 フサードニク1の言葉には一片の説得力があった。
 その理由は自分達が感じている違和感。
 フサードニク達は恐る恐る前席に座る人工ESPの少女達に眼を向ける。

 人形と蔑まれ、仲間が殴り殺されようとしている。
 人間ならばここで何らかの弁解か、命乞いでもする場面だろう。

 彼ら――フサードニク4が期待したのはそんな生きた反応だ。せめて怯えている素振りでも見せてくれればいい。
 だが彼女達はこちらを振り向くどころか怯えている様子もない。ただそれまでと同じようにコンソールを操作して何かのステータスを呼び出している。

 人間ではない――兵士である自分達ですら身を震わせるようなこの異常に全く心を動かすことがない。

 虚ろな目をした上官が銀色の髪を乱暴に引っ張り再び人工ESPに殴打を加える。ブチブチという音がして血のついた長い銀色の髪だけが彼の手元に残った。
 ここにいるのは憤怒によって狂気に落ちた男とそしてその迫力に飲まれかけている衛士達、そして物言わぬ人形だけ。

「「「「……コード666Dの発生を確認」」」」

 地獄の坩堝のような状況の中、7機のF-14AN3《マインドシ-カー》、それぞれの前席に座る人工ESP発現体の声が重なった。

「――マニュアルに従い第六世代78番及び第五世代215番、530番は行動を開始します」

「天使ちゃん? 何を……?」

 フサードニク4に答える声はなく、管制ユニット内でシェスチナの小さな手が何かのパスコードを送信する。

 観測機材以外の操作権限は無いはずの人工ESP体達の突然の行動に反応できた者はいなかった。
 まず、現場の最上位権限者であるはずのフサードニク1の管制ユニットがスライドして解放され、次いでフサードニク4、6、8の機体も同様となる。

 敵地の真ん中、ハイヴの底で突然地下の冷たい外気にさらされた4人の衛士達は狼狽えた。
 立ち上がる3人のESP。フサードニク1を三方向から囲む形で立つ彼女達の手には不似合いの拳銃が握られている。
 彼女達は何の感情も浮かばない眼でフサードニク1を狙っていた。

「人形風情が敵討ちのまねごとか! 小癪な!」

「「「………………」」」

 いくら数を揃えようが、その手にあるのは軍の制式拳銃――5,56ミリ弾のハンドガンでしかない。
 強化装備の防弾能力で十分に対処できると判断したフサードニク1は、回避ではなく頭だけを守り自分の拳銃に手を伸ばす。
 だがその判断は致命的な間違い。

 三つの銃声。
 人工ESPが放った銃弾は強化装備に弾かれることなくフサードニク1の体を貫いていた。

「――ぐぅぉおおおおおおおお!!? ば、馬鹿な……!」

『た、大尉ぃ!!』

『大尉!? な、何が!?』

 フサードニク1の巨体が崩れ落ち、管制ユニットに更なる血が流れ出す。
 思いも寄らない事態に中隊の全員が驚愕に震えた。

『まさか……対皮膜弾頭!? そんな! 党は人形に俺達の生殺与奪を任せるのか!?』

『そ、それより大尉の手当てを!』

『衛士殺しの弾頭だよ!? どうせ助かんないよ! ねえ、もう出ようよこんな場所! リーディングは無駄だったんでしょ!?』

 訓練と実戦を経て勇気と技量をもつ完璧な兵士となったフサードニク達にしても、これはあまりにもショックが大きかった。
 中隊達を統率する上位者がずっと自分の目と鼻の先に座っていた人間モドキに殺されたのだ。

 そもそも彼らとて胸中に恐怖が無かったわけではない。

 ずっと怖かった。
 無数に迫り自らを喰らわんとする戦車級が、知覚するまもなく自らを消し炭に変えてしまうレーザーが、感情のない目で心の最も深い所まで盗み見るESPの少女達が、そして出口のない地獄であるこのハイヴが。

 恐怖を忘れた事などない。ともすれば無限に湧き上がってくるその感情を、訓練で慣れさせ、あるいは愛国心や使命といった意図的に作りだした狂気で覆い隠し続けてきた。
 しかし今、予想外の衝撃を受けてそのメッキが剥がれかかっている。

 ハイヴの底での士気崩壊――それが全滅に直結するにも関わらず。

「皆しっかりするし! とにかく私達はこれから――」

「――ゆ"る"ざん…………!!」

「なっ!?」

 通信に割り込んだくぐもった声。

――フサードニク1は生きていた。より正確に言えば即死しなかった。

 先ほどまでは人工ESPの返り血で、今はそれ以上に自分の血で染まった男の体が立ち上がる。

「ゆ"る"ざん、ゆ"る"ざん、ゆ"る"ざん、ゆ"る"ざんんんんん!!」

 フサードニク1は死に瀕した肉体に猛烈な復讐心で最後の力を与えると、虫の息の人工ESPを引き寄せ懐の銃を奪い取り狙いを定めた。
 最も腹立たしい敵――フサードニク4の管制ユニットに立つシェスチナを殺すために。

「じね"ぇえええええええええええい!!」

「…………はい」

 震える銃口が徐々に定まっていく。
 だが、少女はそれを避けようとしない。
 78番はその青い眼で自分を狙う銃口を認め、自らの死を受け入れるように目を閉じて体の力を抜いた。

「――ッ!! 天使ちゃん、だめっ!!」

「………………」

 トリガーが引かれる。

 同時に絶命したフサードニク1も管制ユニットへ倒れこむ。

 78番の体が宙に浮いて、そして座席に叩きつけられた。

――……あ、良い匂い

 まるで太陽のような暖かい匂いが。人工ESPに肉親は居ないが、もし自分に親が居るならこんな匂いがするのだろうか。

 だが、次第に良い匂いよりも鉄臭い血の匂いが鼻をつき、そこで少女は自分の体に何の痛みも無い事に気づいた。

 ゆっくりと眼を開けば、そこには微笑む女――おびただしい量の血を吐きながら自らに覆いかぶさるフサードニク4。
 つまり撃たれたのは自分ではなく――

「う……くっ……良かった。弾、私の体で止まったみたいだし」

「――――ッ!! どうして……!」

「へへへっ、おねーさん可愛い子の為なら火の中水の中、銃口の前だっていけちゃうし……」

「そんな……私は、そんな……」

 可愛い子供などいない。ここにあるのは量産品だ。
 一体2000万ルーブルの、動いてしゃべって超能力を持つだけのお人形。オルタネイティヴ計画を果たすために作られた使い捨ての命で、そして今やその使命を永遠に果たせないことがわかった欠陥品でしかない。

 だから、78番はあの瞬間撃たれてもかまわないと思った。

――コード666D
 戦闘時以外で党の許可無く人工ESP発現体を処分しようとした衛士に対する殺害命令。

 事前に定められていた処置とはいえあの大尉を殺したのは自分。どうせ作られた命ならせめて自分が殺した人間の恨みを受け止めて死のうと思った。

 中尉の強化装備のわき腹に開いた銃創から白い煙が立ち上っている。対皮膜弾頭――通称衛士殺しに封入されたBETA由来の溶解液が彼女の肉体を中から焼き溶かしている。
 彼女は間違いなく死ぬだろう。先ほど生命反応を失ったフサードニク1と同じように、物言わぬ死体と成り果てる。

「ごめんね、結局、あなたの名前――――ッ!! ゲホッ!」

「名前なんて……」

 想像を絶する痛みで蹲り、中尉はそれでも笑顔を作ろうとする。
 そんな彼女を見下ろすのが痛ましくて、78番は強酸の煙が手を焼くのも構わずに中尉の傷口を押さえ続けた。
 正しい処置かは分からない。だが何かをせずにいられなかった。

 せめて自分が人形でなければ、中尉の望む"本物の"可愛い女の子であったならば、もっと気の利いた言葉を掛けられたのに。
 もっと色々な話ができたかもしれない、名前だってすぐに決まったかもしれないのに。

「……ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 偽物でごめんなさい。人間モドキでごめんなさい。

 この人は死んではいけない。

 死ぬべきは自分だ。
 こんな事になるくらいなら、オルタネイティヴ計画の役に立たないとわかった時点ですぐさま自分の始末を付けるべきだった。

「死なないで……お願い……!」

 必死で命を繋ぎ止めようとする小さな手に暖かい滴が弾けた。

「……あ、これ――」

 その滴の源泉――自分の両目。

 私はコレを見たことがある。知っている。

 心が作る水、生き物が流す感情の滴――涙だ。

 人形の目からこんな物が出るはずが無い。
 それが信じられなくて、ほんの一瞬、中尉の事も忘れて78番は手の平に落ち続ける涙を呆然と眺める。

 絶望と後悔と驚きと、そして他人の死に直面して涙を流す。その姿はもはや人形ではなく年頃の少女でしかない。

 それを確認した中尉の手が穏やかに微笑み、少女の頬を愛おしげに撫でた。

「あ……はは、……見たかホモ野郎。やっぱこの子達は人間……だ……し……」

「………………ッ!」

「私の……天…ちゃ……どう、か……」

 頬を撫でていた手が激しく震え、中尉は口から大量に血を吐き出す。
 体は芯から力を失い、心の色は煙のように拡散して完全に見えなくなってしまった。

「………………」

『――フサードニク4a、生命反応消失』

 時が止まったかのような静粛をフサードニク3のESPの声が破った。

『――こ、こんなのってあるか……!? 大尉どころか、中尉まで死んじまった!』

『これが……こんな結末が私達の最後だっていうの? 人類の希望なのよ!? 味方同士で殺しあって……本部や外にいる同志達になんて言えばいいのよ!!』

 部隊の中核を占めていた三人――フサードニク1、4、7を失い残ったのは少尉階級の士官だけ。
 上司と冷静な判断を失った彼らはもはや軍人として機能しない。

 だがこの地獄に出口は無い。彼らには更なる悲報がもたらされる。

『6時方向感知限界範囲より、BETA群接近。数2100。なお、上部の崩壊縦坑からも振動を感知。打通まで10メートル。こちらは時間がありません』

 絶望的な報告だった。

 つい五分ほど前であれば、死中に活を見出せたかもしれない。
 だが彼らの緊張の糸は切れてしまっている。人類を救うオルタネイティヴ計画の一員であり、一流の衛士であるという自負と誇りは内輪揉めによる中隊長と副長の死という衝撃によって完全に吹き飛んでいた。

『嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だぁ! こんな所で、こんな事で死ねるか! 俺は逃げるぞ!』

『お、おい、待ってくれ! 俺も連れて行ってくれ!』

 錯乱したフサードニク3、続いてもう一機がBETAのいない方――即ちさらに深部の方へ向けて飛んでいく。作戦も何も無い、完全に衝動的な行動だ。

 彼らは生き残る事はできないだろう。
 現在の深度は約700メートル前後。中間は越えたが未だ終わりは見えていない。奥へ行けば行くほどBETAの密度が増すのがハイヴである。

 そしてそれは居残った者も同じだ。進むことも、退くことも留まることも許されない。ここを凌いでも、生きて出るためには未だ数千のBETAを倒さなければならない。

「……私死ぬの?」

 開け放たれたままの管制ユニットで、まだ暖かいフサードニク4の遺体を抱きしめる少女が呟いた。

 ようやく人間になったのに。
 せっかく命を貰ったのに。

 それがたったこれだけで終わってしまうのか。

「……怖い」

 そう思うと急に怖くなった。
 先ほどまでは簡単に受け入れられた銃口が、迫り来るBETAの群れが、そして貪り食われる自分の姿を考える事が恐ろしく感じられるようになった。

「……怖いよ。こんなのは嫌……」

 こんな恐怖を持った心など保ってられない。

 ガチガチと歯を鳴らし震える体が、すがり付くように遺体を抱きしめる。

「……だったら……」

――生きる事がこんなに恐ろしいのなら、いっそ再び人形に戻ってしまえばいい。

 吐息すら凍りつくようなハイヴの底、F-14AN3の管制ユニットの中で少女は抵抗を諦めた。

(……ごめんなさい)

 目を閉じて心を硬く硬く、冷たく冷たく。
 感情を消して心を透明にすれば何も感じなくなる。死を悼む心を消して、涙を枯らして、中尉との幸せな時間を忘れて、少しだけ時をさかのぼって、天使だった少女は再び78番となる。

 命の無い石《メドゥーサ》の像に――













――そんなの駄目だしっ!!












「――――ッ!?」

 死体に寄り添って最期を待っていた少女を襲ったのは機体が揺らぐほどの爆風だった。
 腹の底まで響くような重低音、わずかに暖かい地上の空気、焦げ臭い匂い、――そしてたった今、永遠に失ったはずの声。

 彼女を守るように管制ユニットが自動で機体に再格納される。

 驚きのまま、涙の乾いた眼でその手にある遺体を凝視――間違いなく死んでいる。

『なんだ、今のは!?』

『――おいッ!? 観測機器が勝手に作動してる? 一体何が……!」

 フサードニク達が叫ぶ。
 F-14 AN3に設置された5つのレーダー全てが勝手に動作していた。過電流でスパークし、グルグルと回転しながら何かのデータを受信している。

 しかも膨大な電力を消費するはずのAN3にも関らずバッテリーに変化は無い。
 この機材はいま完全に未知のエネルギーで動いている。


『データリンク回復……? こんな地下で!?』

『おい、ほ、他の突入部隊のマーカーがあるぞ! ボォバ中隊、ドゥシア中隊……まだ生きている! あいつら、まだ戦ってるぞ!』


 1割も生きていれば良い方というハイヴ突入部隊。それがまだこんなに居る。まだ人類は戦っている。
 思いがけぬ朗報に沸き立つフサードニク達。

 そんな彼らの傍を再びあの声が駆け抜ける。




"――確かにこの世界には辛い事も悲しい事もある! でもそういう事を抱えて、嬉しい事や楽しい事を増やしていくのが生きるって事なんだ!"



 そう、声がするのだ。

 こんな地下深くで、無線やスピーカーではなく誰かがすぐ傍で自分に語りかけている声がする。

「中尉の声……? ううん、今のは違う……でも、この言葉は――」

 78番が自分自身に確かめるように呟いた。 

『なんだ……何が聞こえてるんだ……? それにESPの様子が変だ』

『私の所も……』

 何が起こっても自分の仕事に忠実だった人工ESP達が操縦桿から手を離し、呆けたように声を漏らして管制ユニットの天井を見上げている。

 それは絶望に落ち、石像となりかけていた78番の少女も同じだった。
 顔を覆っていたバイザーが外れ、枯れたはずの涙がとめどなく流れている。

「……この言葉は……この明るい色は…………」

『ハイヴ内の未確認のIFFがこちらに接近――っ!! 何よこれ!? 速すぎる!』

『戦術機……いや、航空機でも持ち込んでいるのか? こんな狭い場所で?』

 蟻の巣のように複雑なボパールハイヴのマップ上で、点滅する無数の赤い敵標を突破しながら青い光点が流星のような速度で迫っていた。フサードニク達が2時間以上かけて降ってきた道のりを、マップ上ですら眼で追うのがやっとという速度でだ。

 もしもこの時、後部座席に座る衛士達が冷静ならば人工ESP達の視線の向こうが未確認機の座標と同じである事に気づいたかもしれない。
 加えて彼らがシベリアで戦っていた仲間の言葉を思い出せれば、この現象が誰によるものか想像はできたはずだ。 






"――俺達だって生きていいんだよ! 悲しいまま心を閉ざしちゃ駄目だ! そんな風に何もかも放り投げて、誰もいない所へ行こうとするんじゃない!"






 マインドシーカーの管制ユニットから漏れ出していた小さなスパークはその声をキッカケに膨らんで、機体を包むほどのオーロラとなる。
 そこに至って、ようやく衛士達はこの異常を肉眼で捉えることができた。

 光だ。

 目をき、心を焦がす強烈な色彩。
 特別だが、特別ではない、人類が忘れてしまった不思議な感情の色。
 人形紛いの人格である人工ESP発現体達は勿論、狂科学者ばかりのオルタネイティヴ計画の研究員にも、人類の行く末に絶望している兵士もこんなに強烈な感情を発露させることは無い。


「……これは、命の光、優しい光、暖かい光、正しい光――――私達の希望の光……」


 フサードニク4の管制ユニットには彼女の冷え切った体を癒すような光が周り中から注がれている。

 接近警報が鳴った。

 先程フサードニク4が崩落させた縦坑《シャフト》がついに突破され、無数の戦車級がこの広間の天井に侵入している。
 蟻のように湧き出し、視界を真っ赤するほど天井にびっしりと張り付いた戦車級が一斉に青い戦術機達に感覚器官を向けた。

「――――ッ!!」

 恐怖で78番の喉が引き攣る。
 だが戦車級の落下よりわずかに早く、正体不明の機体――GX―9900がフサードニク中隊の居るこの広間にたどり着いた。

『せやぁあああああああああああああっ!!』

 不明機は広場に飛び込んだ勢いそのままに中隊の上空へと飛び込むと、左腕で肩口に取り付けられていた柄を引き抜く。
 薙ぎ払われた光の剣は扇状に超高温の粒子を伸ばし、驚くほど簡単に戦車級を刈り取った。

 勢いを殺さぬまま、黒い機体はクルクルと独楽のように回転。ミキサーのブレードのように一回り、二回りするたびに天井のBETAが切り刻まれる。沸騰したBETAがボロボロの黒い炭となって降り注ぐ。

 天井のBETAがあらかた片付いた所で右手で腰にマウントしたビームライフルで真上――BETAの源泉、先ほどフサードニク達が通った天頂部の縦坑を突き刺す。
 紅い閃光、破裂音。
 光の柱が昇り、狭い縦坑内でひしめいていた数百のBETA達が爆裂し一挙に黒ずんだ肉片となって振りそそいだ。

 そのときの光景を彼女は一生忘れないだろう。背中から青いバーニア炎を伸ばし、紫電を纏う剣を構えるその姿は――


「雷の剣……かみさま……?」


 マインドシーカーを包むオーロラの向こうで、あの人フサードニク4が微笑んでいるのが見えた。





***同日 インド亜大陸 マッディヤ・プラデーシュ州東部 上空 ***

時間は少しだけさかのぼる。
ボパール作戦第2フェイズの開始。それに伴ってレッドサイクロンにセラウィクの党本部から中国戦線への出撃命令が発令された。
極東軍管区で戦っていたユーリー達は中国へ向かうために9900と共に専用機であるイリューシン Il-76改で飛んでいる。

――だが結論から言おう。その命令は偽物だ。

 本来なら中央会議の軍関係者、そのほんの一握りだけが知るレッドサイクロンへの命令コード。
 トルストイがそれを手に入れ、シベリアで横領を行っていたとある高官の名前で自分達へ偽造命令書を発行したのだ。
 当然そのまま中国に行くつもりなどさらさら無い。彼らは不意にハイジャックを受けた事を口実にボパールへ向かうつもりだった。


「ほ、本当に降りられんのかよ!」

 珍しくユーリーが情けない声を上げた。

 イリューシンは現在インド大陸の上空。あともうすぐでハイヴが見える距離であり、直にBETA達からレーザーの大歓迎を受けるはずだ。
 そのためレーザーを可能な限り避けるため輸送機としては低すぎる高度2000メートルを更に下げながら飛んでいる。

『イリューシンの機首には積めるだけ対レーザー装甲板を積んであるし蒸散膜加工も何重にも施してあるわ。正面から来る限り、素のまま重光線級に狙われても少しは大丈夫よ!』

 暗号通信――海軍名誉少佐となったイズベルカだ。
 大鑑巨砲主義の士官や将校の圧倒的支持を得て海軍をすっかり乗っ取っしまった彼女は、今回も試作砲の持ち込みと自身の乗艦許可をもぎ取り、なんとボパールで直に戦場音楽を聴く悦に浸っている。

『現在重光線級は10体ほどが確認されてるわ。あんた達の突入と同時に重金属雲を展開させるからタイミングを逃しちゃダメよ』

「「了解」」

『じゃ、これで通信終了。どこまでやらかすのか知らないけど、頑張りなさいよ』

 ブツンという音と、録画の削除を行う赤いサインが点滅する。
 途端に静かになった9900の管制ユニット。網膜投射で写されるのは後部ハンガーに繋がれるGXのカメラではなく、このイリューシンのコックピットに設置されたカメラの映像だ。本来なら整備担当も含めて50人は乗っていてもおかしくない機内に今はユーリーとリュドミラだけがいる。

――現在このイリューシンはハイジャックされたことになっていた。
 偽造された命令書はソ連の反動分子による物で、犯人は奪取した試作機をボパール作戦のドサクサに紛れて某国へ引き渡しそのまま亡命することになっている。
 それを直前で気づいた二人がハイジャック犯達を射殺し、操縦不能となったイリューシンをやむなく捨てて9900でハイヴへと突入するというシナリオだ。

 尤もユーリー達はこの目論見がバレないとは思っていなかった。
 証拠は出ないはずだが、権謀術数溢れるこの国の人間なら何人かはこの一連の真実に気づく者もいるだろうし、そうでなくともザンギエフの仇の一人とはいえ汚職高官を無理矢理に反動分子の協力者として仕立て上げたのだ。真実を探ろうとする者は多いだろう。

 だから、ここからはユーリーはもう政治とは無縁でいられない。
 この作戦を終えれば、これまで静観を保ってきたザンギエフの友人――レッドサイクロン派も接触してくるだろうし、そうなれば既得権益を握る派閥との軋轢は大きくなる。
 彼らを捌き、この国をザンギエフが目指した正しい姿へ戻すためにはガスパロフだけでなく、ユーリーが政治的に大きな影響力を持つ必要がある。そうなればもう自由などという暢気な事を言える立場ではなくなる。 

「ガスパロフの旦那、怒ってるかなぁ。この世の終わりみたいな顔してたもんな」

 脳裏に思い浮かぶのはハイヴに侵入すると聞いて真っ青になっていたガスパロフだ。
 彼は元々ユーリーがハイヴに突入したがるとは露にも思わず、党の出撃禁止命令をむしろ後押しする立場だったらしい。そこをなんとかと拝み倒して今回の作戦に協力させたのだった。

「あれは心配の色よ。帰ったらきっとユーリーを叱ってくれるわ」

 リュドミラがいかにも楽しみな様子で笑う。怒鳴られたり、怒られたりすることはあれど、心配して叱ってくれる人間が待っているというのは彼女にとっては始めての経験だ。

「へぇへぇ。ま、しゃーねーか。けど、どうせ怒られるなら俺達の兄弟姉妹をいっぱい連れて帰らないとな!」

 そんなリュドミラの存在を頼もしく思いつつ、ユーリーも気を引き締めなおす。

 作戦開始まで残りわずか。
 イリューシンは輸送機としては限界に近い高度200メートルにまで降下。いよいよ重金属雲に覆われたハイヴ構造物の影が見えはじめ、荒れたインドの大地にボパール攻略部隊を支える後方の集積所が見え始める。

『こちら国連第10方面軍。そこのソビエト輸送機、直ちに転進せよ。繰り返す直ちに転進せよ。この区域は重光線級を含む光線級が確認されている。今は重金属雲が展開されているが、それでも直に照射を受けるぞ!』

「――こちらソビエト連邦陸軍所属ユーリー・アドニ・ビャーチェノワ中尉だ。当機は、あーー……そうそう。ハイジャックを受けて操舵不能、現在ハイジャック犯は排除したがコントロールが戻らない。かくなる上は祖国の名誉を守るため、あのモニュメントに肉弾攻撃をしかける」

『な―――ッ!? 正気か!?』

 どこか棒読み気味のユーリーに対して戦域管制は騒然となった。きっと今頃は大慌てでソビエト連邦政府に事実の確認を行っているのだろう。

 ここで引き留められてはかなわないと、リュドミラはGXの機内から少しだけイリューシンの出力を引き上げる。

「よせっ! 中――――」

 短い警告音の後に管制との連絡が途絶える。
 機体全体に振動。戦闘機のジェラルミン装甲すら貫通する破滅的なレーザー照射がイリューシンの表面の蒸散皮膜を蒸発させた。

「ユーリー、重金属雲外の光線級からレーザー照射開始! NE82ゲートまで110秒!」

「いよっしゃ! ポイント到達か、レーザーが最終装甲板まで届いた時点でイリューシンは放棄、機体を強制開放だ!」

 モニュメントに近づくに連れて1条、2条とレーザーが増えていく。外部モニタはとっくに焼け落ち、二人が見れるのはGPSによる位置情報と、機内のダメージコントロールだけ。
 照射を受けて30秒足らずで機体はノーズの半ばまで融解し大きくバランスを失いつつあった。しかし前部に高価な対レーザー装甲を大量に積んだだけあって、イリューシンはいまだ原型を留めている。
 光線属の狙いは常に正確。飛翔体に対して質量の大きい部分、あるいは中心点しか狙わないためこういったピンポイントでの防御は有効だ。

「――ッ! 降下ポイント! 固定具を強制解除!」

「――ガンダムX、出るぜ!!」

 リュドミラがコンソールを叩くと、爆砕ボルトに火が入り、小さな爆音と共に機体を固定していたクレーンや電源ケーブルが弾け飛ぶ。
 半壊状態の後部ハッチを蹴破りレーザーの残滓煌めく戦場へ、ソビエトの未来を背負う黒の機体が躍り出た。


 GX-9900 ガンダムX

 しなやかにして無骨なその曲線。それは戦術機と呼ぶには恐ろしく頑丈で重量感のある機体だった。
 機体は宙にあるにも関らずイリューシンから剥離した破片や部品が当たってもビクともしない。時折装甲を舐めるジェット燃料の紅蓮の炎すら意に介さない。
 メタルからカーボン、そしてまたしてもメタルへと逆方向の進化を遂げた機体は重量を増した代わりに圧倒的な耐久性を得たのだ。
 そしてこの戦術機の腰には跳躍ユニットが無かった。あるいはソ連機のシンボルであるワイヤーカッターやモーターブレードさえも無い。かろうじてサテライトシステムの代わりに背負った背部兵装担架と2つの突撃砲が戦術機の名残を残している。 

 地面に着地する寸前に背部のバーニアが青い炎を吹き出し、機体を十分に減速させてから両脚が大地を踏みしめる。

 上空ではいよいよイリューシンがレーザーに耐えきれなくなり空中分解を起こした。本体はすでにほとんどが蒸発し、翼からもげて火だるまとなったエンジンが火山岩のように地上を跳ねる。
 ただ一つ、燃料を満載したままの右翼が原型を留めてモニュメントにほど近い門へと突き刺さった。



――私死ぬの?



 悲しみと恐怖に満ちた少女の声が二人に届いた。

「なんだ……? ラジオの混線か?」



――怖い。怖いよ。こんなのは嫌……


「違う。これ、通信回線じゃないわ。ハイヴの中……、誰かがのこした優しい想いがこの子を助けてって言ってる!」

 ボパールの地に刻まれたいくつものクレーターの一つにぽっかりと口を開ける暗い穴――NE82番の門。
 この闇の底には何万というBETAがいる。その物量の前にあのザンギエフ大佐でさえ逃げ出したこの場所は、まさしく悪魔の住まう地獄だ。

 タルキートナに居たとき、ユーリーはこの深淵に突入させられる運命を嫌い、自由を得るために抗った。

 だが今の彼は違う。
 シベリアの戦い、クラーラとそしてザンギエフの死を経た今ならばもう躊躇わない。


――だったら……


「無力感と強い絶望……――急いでユーリー! でないと、間に合わなくなる!」

「わかった、俺に任せろっ!」

 背部のバーニアに溜めた力を一気に解放して、GXは一気にハイヴへと飛び込んだ。
 推進剤の出し惜しみは無し。飛びついてくるBETAだけを36mmで迎撃し、スロットルペダルを踏み込んだまま狭い坑道を突き抜ける。

「――場所は……」

「大丈夫。あの人が導いてくれるわ……!」

 迷うことなど無い。彼らの行き先はぼんやりとした女の影が示してくれる。
 こういった"力"の使い方が苦手なユーリーに変わってリュドミラが女の意思を汲み、マップにルートを示させる。



――ごめんなさい



 か細く、ほとんど消えそうな透明な謝罪は誰に向けてか。

 そして彼女を蝕む絶望はいかほどの物か。

 ようやく芽生えたばかりの心が絶望によって石ころのように無味の物となっていく。

 瞬間、胸の中に沸きあがった強い激情をユーリーはそのまま言葉にした。


"――そんなの駄目だっ!!"


 彼一人ならすぐに消えてしまうはずのその言葉の力を、リュドミラの同調が正しい姿に変えていく。
 2人の力によって偽りの無い確かな想いが無明の波動として広がってあらゆる壁を越えていった。

 ほぼ同時、主縦坑の近くの門へと漏れ出したイリューシンの航空燃料が引火し、大爆発。
 轟音とともに熱風の壁に押し出されたGXが更なる加速を得て地下へと飛ぶ。





"――確かにこの世界には辛い事も苦しい事もある! でもそういう事を抱えて、嬉しい事や楽しい事を増やしていくのが生きるって事なんだ!"





「――500メートル先! 右に330度のカーブ!」

 急転回のためにGXがハイヴの内壁に右手を突き立てた。少しでも推進剤を使わないようにするために。
 五本の指の間で激しい火花が起こり、二人が猛烈な振動と減速Gに内臓を引きずり出されるような感覚とうめき声を漏らす。
 十分な減速を得たGXはすぐさまバーニアを吹かし、再び疾風の勢いで飛び出す。

 声の主まではあと僅か。
 だが、もう少しでというところで広間への狭い横坑に殺到し、道を塞いでいるBETAの集団に出食わす。

「――邪魔よ! どきなさい!」

 躊躇無くビームライフルを引き抜き3連射。機体が潜り抜ける分をこじ開けて、BETAの集団があった空間に飛び込んだ。

 ビームライフルによって蹴散らされた残骸――狭い空間に突き出したBETAの屍骸の甲殻や骨が装甲を削るが、気にした様子も無くさらにスロットルペダルを踏み込んで空間が崩れる前に無理矢理機体を進ませる。



"――俺達だって生きて良いんだよ! 悲しいまま心を閉ざしちゃ駄目だ! そんな風に何もかも放り投げて、誰もいない所へ行こうとするんじゃない!"



 そしてついに二人はフサードニク達の居る広間にたどり着いた。

 既に天井の坑からは赤いBETAが溢れ出していて、今にも戦術機達に降り注がんばかりになっている。

「せやぁあああああああああああああっ!!」

 天井に溢れるBETAの集団に向けてビームサーベルを最大出力で振り上げる。
 まず横一文字に振り切って赤く不気味に蠢く戦車級を纏めて消し飛ばし、さらに空中で踏み込んだ回転斬りで360度を薙ぎ払えば天井に張り付いていたBETAはほとんどいなくなった。

「――リュー!!」

「――うんっ!」

 前席の弟の声に答えて引き抜いたビームライフルを天へ向ける。
 高速で動くGXの射軸と縦坑が正確に重なるのは僅かな瞬間のみ。
 その瞬間を見計らって吐き出されたビームの弾丸は狂い無く縦坑に侵入、メガ粒子は直撃した個体のみならず、拡散した余波で坑内の全ての敵を引き千切りながら上階層の天井と突き刺さった。

「――ふ~、間に合ったか」

「――よかった~」

 胸を撫で下ろしてGXの状態を確認。
 何せあれだけの無茶をしたのだ。
 自動探査で過剰熱と過負荷が発見されたGXは緊急モード――体中から冷却材の蒸気を噴き、ダメージを受けた主回路から予備回路へと切り替えていく。

「推進剤残3割、残弾は8割か……よぉ、皆! 久しぶりだな!」

『ビャーチェノワ、今のは……いや、その機体は一体何なんだ!』

「へへっ、格好いいだろ。俺の新型だ。それより状況を教えてくれ」

『…………』

『…………』

 生き残った4機が無言のままお互いに顔を見合わせた。
 まだ混乱が無くなっていない今、中隊町と副隊長の二人の顛末を話すのはいささか荷が重いようだ。

「別に言いたくないなら良いけどな。でも――よっと!」

 言うなりハッチを開けてユーリーは機体から飛び出した。
 伸ばされたガンダムの右腕を器用に伝って、F-14――フサードニク1の機体へと向かうと、開け放たれたままの管制ユニットから瀕死の人工ESPを拾い上げた。

「助けてやったんだから、こいつの手当てと搬送は断らせねーぜ」

『フサードニク1の人工ESP……生きていたのか』

「強化装備の心拍モニタが壊れただけだ。でも骨が何本かイってるから丁重に扱えよ」 

「……あの、私が地上まで連れて行きます」

 みんなが沈黙を守る中、78番がおずおずと手を挙げた。
 その声には覚えがある。

「お前、さっきの……」

「―――――ッ」

 ビクリ、と78番は肩を震わせる。
 親に叱られるの子供そのものの様子にユーリーは肩をすくめた。

「――俺からこれ以上言うことはねーよ。でもよ、お前のために命を張ってくれた人の気持ち、ちゃんと伝わったか?」

「……はい」

「だったらいいさ。お前はもう人間だ。――おい、フサードニク共! さっきの一撃で上の縦坑の敵は大分減ったはずた。後ろから敵が来る前にとっとと上の階層から地上に戻りな! それとも未だ任務とやらがあるのか?」

『――い、いや、我々は使命を果たした。そちらは一緒に撤退しないのか?』

「俺は奥に進んだ2機を連れ戻してくる。まだ他の中隊もいるしな」

『そうか……ひとまずこちらのログを送る。俺達が戻れなかったらそのデータをラフマニノフ教授に渡してくれ』

「わかった。でも俺って忘れっぽいから、できるだけ自分で持って帰ってくれよな」

 無人となった1機だけを残してフサードニク達が広間から縦坑の方へと向かっていくのを確認して、再びGXに戻った。

 GXの管制ユニットではリュドミラが慌しくコンソールを操作している。

「――ユーリー、フサードニク1の機体はまだ動けるわ。遠隔操作で連れて行きましょう」

「できるのか?」

「ええ。それより、リーディングログを見ていたんだけど、ハイヴの一番奥に意思疎通の可能なBETAがいたみたい」

 ユーリーの網膜投射にもログが映し出され、今回のリーディングの大まかな情報が与えれらた。

「このハイヴの親玉って所か……。よし、先行した2機を追うついでに最下層に向かうぞ。どんな奴か知らねーけど、こっちの言い分がわかるならよし分らず屋ならぶっ飛ばす!」










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