19「Lolelaiの海」~A.W.0015~
***A.W.0015年 太平洋上 ***
新連邦軍ゾンダーエプタ島より東北東400キロ地点。
海上を進むフリーデン一行の行く手に立ち塞がったのは、潜水艦に乗る"オルク"マーカス・ガイ一味とアシュタロンを操るオルバ・フロストだった。
フリーデンを出撃し、オルク艦へ向かうガロードに立ちはだかるオルバ・フロスト。海中でせめぎ合い、火花を散らす彼らの戦いに更なる機影が迫っていた。
「ジャ、ジャジャジャジャミル・ニィーーートォ!!!」
狂乱めいた絶叫とともにホワイトグレーの異形のMSがアシュタロンとガンダムXディバイダーに割り込んだ。
クローを積んだ巨大な肩部、源氏侍の兜のような頭部に加えツインカメラと特徴的なV字のアンテナ。巨大な延長クローを伸ばし、背中のユニットからの巨大なスラスター光を吹かすその姿はフロスト兄弟の機体と多くの共通点があった。
「なんだぁ!? お前もガンダムかよ!」
「クッ……C-01《シーゼロワン》、ここで何をしている!? お前の持ち場はフリーデンの方だぞ!」
勝負に水を指されたオルバはMSに退くよう命令するが、そのMSは気にした素振りもなくGXの方へと飛び込んでいく。
「ジャミル・ニート! ジャミル・ニートォ! ――ガンダムゥゥ!!」
「うわわっ!? なんだってんだよ! 俺はジャミルじゃねえ! ガロード・ランだ!」
ガロードは叫びながら、鬼気迫るあるいは獣の如きMSの突撃をかわした。
背を見せたそのMSに対してすかさずバズーカを放つが、スーパーキャビテーションによって音速近くにまで加速された魚雷をなんとそのMSは見もせずに避けてしまった。
「――なっ!? 今の、あいつもティファやカリスみたいな力を持ってるってのかっ!?」
敵はニュータイプ。
ガロードの脳裏にフォートセバーンでの苦い敗北がよぎる。
加えてこの場にはオルバの乗るガンダムアシュタロンまでいる。
この場の不利は明白だが、フリーデンの窮地を救うにはここを突破する以外に道はない。
「畜生っ! 来るなら来やがれ!」
「ててて、敵の纖滅を最優先とする! 敵の、敵のぉおお!!」
覚悟を決めたガロードだったが、狂った叫びをあげるMSが飛び込んだのはGXではなく――
「C-01? ――何っ!? ……ぐぅううぅうっ!!」
一撃を受けて吹き飛ばされるアシュタロン。
仲間割れ――かと思えばMSは再びGXの方へと向き直り腕を振りあげる。
掌部からビームサーベルが伸び、フィールドで固定された超高熱の粒子が周囲の海水を一瞬で高熱の水蒸気へと昇華させながらGXへと迫った。
「気でも狂ってんのかよ!? こんのォォオオ!!」
泡を纏いながら振り下ろされるビームサーベルに対しガロードは掲げたディバイダーを盾としてベルフェゴールの腕を掻い潜る。
ベルフェゴールのサーベルはディバイダーの表面を傷つけるに留まり、懐に入る形となったGXは今度は避けようのない至近距離でバズーカを放った。
吐き出された魚雷は速度こそ無いもの存分にその威力を発揮し、爆炎とともに周囲にMSの装甲の破片をばらまいた。
「グォオオオオオオオッ!!」
「何をやっているC-01! くっ、やはり狂人ではシステムを制御しきれないか……」
――オルバよ
「兄さん?」
――GXを押さえるのだ。あとはオルク共がすべて始末をつけてくれるだろう
双子故に感じる思念"ツインズシンクロニティ"がシャギアの中にある謀略と怒りの思考をオルバへと伝える。
兄の中にある怒り――弟を傷つけた実験体に対する怒りを感じ取ったオルバは唇をいびつに歪めて笑った。
「了解、兄さん。ワンオフ機のデータはもったいないけど、飼い主の手を噛む犬なんて生かしておく価値は無いからね」
――フッ、そうだな。中身が役に立たないニュータイプであるなら尚更だ。
MS形態からMAへとトランスするアシュタロン。
巨大なバックユニットが生み出す推力は強大で、海水の抵抗など物ともせずに機体を加速させる。
素早くGXの背後に回り二本の副腕〝アトミックシザース"をGXに伸ばした。
「捉えた!」
「何っ!?」
「さあ、来るんだC-01。ここにお前の敵がいるぞ!」
「――ッ!! オルバ・フロスト! こんのォオ!!」
GXがアトミックシザーズから逃れんと腕を引き足を振り回す。
だがここは水中。打撃は大したダメージにならず、むしろ強まる圧力によってGXの装甲が軋みをあげる。
「敵の纖滅! 敵の纖滅ゥ! さぁぁいゆぅううせーーん!!」
絶叫とともにMSの胸部が開く。
エネルギーを集め煌々と輝き始める二門の砲口に加え、更に背後から無数の魚雷がMSとGXに向かうのを見てガロードは顔を青ざめさせた。
「こいつら、味方ごと俺を……――ここまでかっ!?」
破壊力に優れた対艦魚雷――さしものGXでもこれは受けきれない。
(すまねえ、ティファ!!)
覚悟を決めたその瞬間、
――大丈夫
――私が助ける。昔みたいに
歌声のような、不思議な旋律がローレライの海に響き渡る。
「――――ッ!?」
「な、なんだこれは……」
世界が止まったような光景だった。
魚雷が推力を失い、あらぬ所へ流されていく。
MSの胸部の砲口はエネルギーを失い、アトミックシザーズの拘束も力なく解《ほど》かれていく。
武装どころか、この場に存在するあらゆる兵器が一切の力を失っている。
太平洋の水底でローレライの歌声に惑わされた彼らは完全に動きを止めていた。
「どうした!? 動け! 動け、アシュタロン!」
「嘘だろ……まさか、壊れちまったんじゃ!?」
反応の無い機体にオルバとガロードの二人は慌てて操縦桿や各ステータスにチェックを走らせる。
だがスイッチ類、計器類、コックピットの中のあらゆる装置は沈黙したままだ。
「――これが人魚の歌声……。船を沈めるLolelaiの海の秘密――」
オルク艦がサルベージした機械、Lシステムを思い出してオルバは暗いコックピットで呟いた。
真っ暗な中で数十秒が経ち、1分、2分。
ようやくコックピットに電源が戻った。
「も、戻った……――いや、チャーンスッ!!」
アシュタロンやMSが動き始めるより早く、GXが二機の包囲を振り切ってオルク艦へ向かう。
「――しまった!」
慌てたオルバが追撃に向かうが、GXが五月雨式に放った魚雷の内、一発が先ほどの機能停止で混乱する潜水艦に直撃した。
「よっしゃあ!」
左舷機関部に命中した魚雷は爆発を引き起こし、オルク艦の後部デッキの一部ごとスクリューの一基を食い破る。
損害を受けたオルク艦はたまらず浮上しながら撤退を始めた。
「くっ……ここは預けておくぞ、ガロード・ラン!」
フリーデン攻撃に参加していたドーシートがGXの側を通り過ぎ、最後にMA形態なったアシュタロンが動かなくなったままの灰色のガンダムを抱えていずこかへと去っていく。
「ふぃ~……俺、助かったのか?」
ずるずると座席からずり落ちながら、ガロードは大きく脱力した。
***同日 フリーデン艦内***
「え、ええーーーっ!?」
戦場からフリーデンの艦内へと戻ったガロードは混乱していた。
「どうなってんだよ? つまり今のティファはティファであってティファじゃなくて、ええと……」
その視線は説明を求めるかのように、ジャミルと雰囲気が一変したティファを行ったり来たりしている。
「ルチル・リリアントだ。彼女は私のかつての上司……いや仲間だった」
「――ってことはこの人も……」
「NT《ニュータイプ》だ。ルチル・リリアントは早い時期からNTとして覚醒したため、連邦軍の教育士官となって養成を行っていた。フラッシュシステム――ガンダムに搭載されたシステムで、NTの精神波で複数のビットMSを同時にコントロールする機能の使い方を指導していたのがルチルだった」
「……ではそのルチルがオルクの潜水艦に囚われているのでしょうか? そして艦内から超能力でティファの体を借りている……まるで幽霊みたいに」
スーツ姿の女性――サラ・タイレルが目を細めてティファに視線を送る。
色々な感情がない混ぜになった視線を受け流して、ティファは微笑んだ。
「その通りよ。本来の私はもう存在していない。今はこの少女に理由をつげて心と体を借りているの。ジャミル、Lシステムっていう言葉を聞いたことでしょう?」
「……」
静かに頷くジャミル。
――Lシステム
それは戦いや兵器を嫌うルチル・リリアントの精神をフラッシュシステムを応用して増幅する装置であり、効果範囲内の電子機器を用いたあらゆる兵器を使用不能にする装置である。
かつての戦争で地球連邦軍がNT<ニュータイプ>の能力拡張の一環として極秘裡に開発していたそのシステムは、戦後の混乱によって知る者のいない幻の研究と化していた。
ルチルはそのプロトタイプとなり、人とも機械ともつかない存在として15年間このローレライの海で眠り続けていたである。
「ああもう! ルチルさんのことはわかったよ! なあ、あのガンダムの方はどうなんだ? ジャミルは何か知っているのか?」
「あれは……ベルフェゴールだ。15年前に、ある男のために作られたガンダム……」
胸から重い物を吐き出すように、ジャミルが答えた。
「ある男?」
「かつて地球連邦軍にいたNT兵士だ。彼は常に黒い機体で出撃し、戦場に出る度に敵のエースパイロットを落とす事から黒い暗殺者と呼ばれていた」
「黒い暗殺者……そいつ、強かったのか?」
「ああ、強かった」
医師のテクスがコーヒーを飲みながら答えを引き継いだ。
「当時は地球にもコロニーにもニュータイプが何人もいたが、戦争を通じてNT兵士の撃墜スコアが最も高かったのは彼だ。ジャミルが来るまで地球連邦で最強だったのは間違いない。他にもGXでベルディゴ二機を同時に相手をして落としたという記録もある。ジャミルにとって戦友でありライバルである存在だったわけだ」
「ベルディゴを二機……」
自分に迫る24基のビットを想像してガロードはつばを飲み込む。
フォートセバーンで戦ったカリスのベルディゴは強かった。
ガロードは対ビットの特訓を積み、なおかつキッドによってGXをディバイダーとしてパワーアップしてようやく勝てたのだった。
それが二機。
「一方で彼のNT能力は半径50メートル以内という制限があった。Gビットを操るには狭すぎる距離だ。地球連邦軍は彼のNT能力を高めるために投薬や強化実験を繰り返したが、効果は無かった。その代わりとして、狭い効果範囲をフルに生かす高機動格闘型のMSに乗せる話が持ち上がった」
「それがベルフェゴール?」
「そうだ。聞いた話では機体に搭載された特殊なシステムが暴走を起こし、開発が中止されていたはずだが……」
「いつの間にか完成してたってことか。じゃあ、あのパイロットはその黒い暗殺者って奴なのか?」
「さあな。私は彼に会ったことはない。それに声だけでは年齢もわからん」
肩をすくめるテクス。
全員の視線が今度はジャミルの方へと向かう。
「……私にもわからない。彼は戦死した事になっているし、そもそも15年も前の記憶だ。だが私はあの戦争で彼の死を感じなかった。これまで、ずっと彼がまだどこかで生きて戦っているのかもしれないと考え続けてきた。だからもし、あの機体に乗っているのが彼だとしたら……」
ジャミルの表情が苦悩に歪む。
強い後悔――ジャミルが15年間苦しみ続けた理由の最たる物がその黒い暗殺者と関わっているのだとガロードは気付く。
目線で今度はティファ―今はルチル―の方を伺うが、彼女もまた申し訳なさそうに首を振った。
「あのパイロットの心は苦痛と恐怖によって千々に乱れていたわ。せめてベルフェゴールのシステムを止められれば、もう少しはっきりするのだけど……」
「……決着をつけねばならんということか」
難しい現実を突きつけられたフリーデンクルー達が押し黙る。
どうすればパイロットを狂乱から救えるのか、それ以前にあのベルフェゴールを倒す術など今のフリーデンにあるのか。
今日は運が良かった。ガロードがベルフェゴールと遭遇したのは水中。ビームを減衰させ機動を制限される水中では、MSの能力や操縦者の反応速度よりも経験が勝敗を分ける。
だがもし今度水上で出会ったら、そしてパイロットが本当に彼ならばベルフェゴールはフロスト兄弟など及びもつかないほどの強敵となる。
NTを救うのはジャミルの悲願だが、そのためにクルー達を危険に晒していい理由はない。
「ジャミル!」
俯くジャミルの元にガロードがGコンを差し出した。
「今回はあんたがGXに乗れよ。ルチルさんを助けて、戦友の安否を確かめるんだろ? あんたにしかできないことだ」
GXージャミルにとっての過去の栄光と悲劇の象徴でもある。
過去を背負う――それは確かに戦争を経験した自分にしかできない事で、乗り越えなければいけない壁だ。
「――ああ」
Gコンを掴んだジャミルは、その手に馴染んだ重さを受け止め、そして強く頷いた。
***A.W.0015年 太平洋上 ゾンダーエプタ島より東北東200キロ地点 ***
「オルク鑑、見えました! 距離まもなく2000!」
「フリーデン、前進!」
右舷の推進機関とバラストに被弾したオルクの潜水母艦は潜航できず、速度も遅い。
フリーデンの主砲が泡波を立たせオルク鑑を揺さぶると艦から発進したドーシートの内一機が流れ弾によって海の藻屑となる。
だが順調なのはそこまでだった。
「ちょっと待って――上空12時方向より熱源多数! 10……20……30! これは――飛行MSの編隊よ!」
トニヤが見つけたのは一個大隊規模の空飛ぶドートレスの部隊だ。
MSが10機もいれば都市を占領できるこの時代に30機、それも飛行改造を施すというのは破格の戦力である。
「おいおい、オルクも馬鹿になんねぇもんだな」
「あらら、でもさすがにちょっと多すぎでしょ」
冷や汗を流すウィッツとロアビィ。
「違う。ただのバルチャーにこれだけの戦力を用意できるはずがない。これは、……連邦軍だ!!」
フリーデンとオルク艦の進行方向からヴァサーゴ、アシュタロン、そしてベルフェゴールが向かってくる。
その更に先には旧連邦軍の超巨大双胴空母――アイムザット情報統括官が率いるドリテア級ドリテア艦が戦艦二隻を含む艦隊を引き連れて海域に展開していた。
「――あと500でC-01に鎮静中和剤を投与するよ兄さん」
「――ああ、このパイロットはGXと戦いたがっている。連れて行くのなら我々に害のないように戦ってもらわねばな――むっ」
戦域に入った瞬間、一筋のビームがヴァサーゴとアシュタロンを襲う。
通常なら到底命中など望めない距離――だがGXが放ったビームマシンガンはヴァサーゴの肩とアシュタロンの腹部の装甲を掠めた。
とっさの判断で分離していなければ二人まとめて撃墜されていたかもしれない、恐るべき精度の狙撃を受けて兄弟は冷や汗を流した。
「くっ――! 今日のGXはひと味違うね、兄さん!」
「オルバよ、おまえもそう思うか? これはますますもってベルフェゴールの奮闘に期待せねばならんな」
「そうだね。中和剤の注入を開始。ここは離脱するよ兄さん!」
「ああ」
二手に分かれた二機は、そのままGXを素通りしてフリーデンの方へと向かう。
「あぁアアァ!! がぁあああ! ガンダムゥ! ジャミル・ニィィートォオオ!!」
停滞状態から解かれたベルフェゴールは冬眠から覚めた獣のように吠えると目前のGXへと襲いかかった。
「くっ! これは――」
スラスターの出力任せに恐るべき速度で迫り、鞭のように延びる腕をデタラメに振り回すベルフェゴール。
本能そのままに振るわれる力を叩きつけられるGXは何度も失速しかけるが、その度に波を蹴るような絶妙なバーニア操作が機体を海上に留め続ける。
僅かな隙をついて懐に飛び込んだGXは、攻撃ではなく接触回線のためにベルフェゴールに触れた。
モニターに映るのは乱れた長髪をそのままにする男の姿。俯き、髪で隠れているため人相の判別はできない。
「聞こえるか!? 私だ、ジャミル・ニートだ! 私を知っているのか?」
「ジャ、ミル? ジャミル・ニート……?」
「そうだ! 君なのか!?」
「ジャミル・ニート……ジャミル・ニートォ! ガンダムは、連邦軍のニュータイプは敵! 我々のライラック作戦を、邪魔するなぁあああああ!!」
顔を上げたパイロットの人相――彼とは似ても似つかない別人の物だ。
「――――ッ!! ライラック作戦だと!? このパイロットもノモア・ロングと同じ戦争の亡霊……――いかんっ!」
いつの間にかオルク艦に追いついていたGXとベルフェゴール。
狂乱するベルフェゴールの攻撃がオルク艦を掠め、潜水艦の分厚い耐圧殼が破られていた。
デッキ内部が露出したオルク艦。そこには多数のビットMSと中央に鎮座するLシステムがある。
「ルチル!」
「オオオオオオオオォ」
カメラでルチル――連邦軍のNTの姿を認めたベルフェゴールがまるで神話の怪物のような唸り声を挙げる。
「……これも敵!! 敵敵敵敵敵敵ぃ! 敵の殲滅ヲォォ最優先トスル!!」
掌に装備された二本のサーベルが空気をスパークさせながらオルク艦へと突き出される。
その寸前に割り込んだGXがディバイダー盾とサーベルでもってベルフェゴールの一撃を受け止めた。
「――ルチルはやらさせん!!」
「ジャミル・ニィートォオオ!!」
***フリーデン艦内***
ガンダムXディバイダーとベルフェゴール。
二機のガンダムは海上を高速で飛び回り、いくつものビームの残像を残す。
何度もぶつかり合うサーベルが超高熱の余波でお互いの装甲の表面の塗装材を沸騰させ、フレームを軋ませる。
超人的な反射と機体制御を繰り返し、それぞれのガンダムが息もつかせずにビームの応酬を繰り返していた。
「すごい……あれが本物のガンダムパイロットの戦い……」
思わずガロードの口からそんな言葉が漏れた。
ジャミルの戦いは一度は見たことがある。
だがあれは多数のビットを操るカリスとの精妙な駆け引き――言わば詰将棋のような戦いであり、ベルフェゴールのような反応速度とパワーに物を言わせる猛獣との戦いは全く別次元の物だった。
「……見えたわ」
緊迫するブリッジの中で、これまで祈るように目を閉じていたルチルがゆっくりと口を開いた。
「へっ、見えたって?」
不意を突かれたガロードが返した。
「ジャミルと戦うためにベルフェゴールがパイロットの支配を緩めたの。お陰でようやくあのパイロットの心を捉えることができた」
「じゃあ、教えてくれよ! あのガンダムに乗ってんのはジャミルの知り合いなのか?」
「……違います。彼の名前はロビオ・アラーナ。15年前の地球降下作戦中に乗っていた機体とシャトルをジャミルに落とされた宇宙革命軍のニュータイプパイロットよ」
「コロニーの軍人……それが、なんでこんな所でガンダムに乗ってんだ?」
「昔の記憶はあまりはっきりしていないのだけど……15年前にユーラシアに不時着して、何日も荒野を彷徨った後にニュータイプ研究所に捕まったみたい。そこで実験と拷問を繰り返され、正気を失ったの」
遭難してノコノコやってきた正真正銘のニュータイプ。
この文字通り"降って"湧いた吉報に当時のニュータイプ研究所は歓喜した。
政府から多額の予算が降りているとはいえ、ニタ研に回される実験体は地球連邦軍から供与される紛い物のカテゴリーFか覚醒率の低いものばかり。
投薬や安全の確認された処置を行うならまだしも、後先を考えない狂科学者達に対して貴重な"本物の"ニュータイプは与えないというのが上層部の判断だった。
そんな日々に鬱憤の溜まっていた彼らに捕虜の――それも連邦軍に報告しなくてもいい素体が手に入ったのだ。
当然、この宇宙革命軍中尉に試される実験は苛烈を極めた。
通常であれば考慮しなくてはならない捕虜待遇など欠片も守られない。脳を含む全身に針とメスを入れられ、常に激痛を伴う日々。
すぐに正気は失われ、曖昧な時間の感覚の中で屈辱の原因となったジャミルとガンダムへの憎悪だけを募らせて、彼はこの15年間を過ごしてきた。
「「「………………」」」
「……ひどい。どうしてそこまで……」
トニヤの呟き。
ベルフェゴールのパイロットの生い立ちを知った他のクルー達は声も出せない。
「どうして? 戦争だからよ」
静かになったブリッジに響いたのは、どこか虚《うつろ》な目をしたルチルの言葉だった。
「戦争のために、敵を殺すために、もっと強い兵器を作るためによ。そのために人間は何千年も知恵を絞り続けた。誰も彼も戦争のため、戦争戦争。原始時代からも、15年前からも何も進んでいない。ニタ研の連中はあのコロニー落としを見ても変わらなかった。あそこを支援し続けた連邦軍もそうよ」
ルチルが放つ陰鬱な雰囲気は太平洋の陽気を吹き飛ばし、ブリッジに冬をもたらしたようだった。
NTとして生きることも、戦争で戦うことの苦しさもガロードは知らない。
戦後世代として過酷な環境の中で苦しい生活を続けてはきたが、それは人と人が憎み合い殺し続ける戦争の時代とはまた別の苦しみだ。
彼女は――ルチル・リリアントは疲れてしまったのだろう。
戦争や戦いを憎み続けたが故にその巨大さに潰されて心を壊し、15年経って再び世に出てみれば人類は滅びの瀬戸際に立ったにも関わらず同じことを繰り返していた。
コロニー落としですら人類の宿命を変えられなかったのだと、彼女は絶望したに違いない。
「人間はいつまでも変わらない。きっとどこまでも残酷なまま、親や祖先と同じことを繰り返しながら歴史を続けていくのよ」
目の前にいるのはティファではない。
だがティファと同じ顔で、同じ声でそんな事を言われるのが悲しくて、ガロードはそっと近づき、そして彼女の肩に手を載せる。
その瞬間、驚いたように振り返り、そして微笑んでガロードの手を握り返した少女は確かにティファ・アディールだった。
「――違います。あなたは間違っています」
先ほど未来を否定した声が今度はルチルを否定した。
「確かに人間は戦ってばかり。どれだけ未来を紡いでも、苦しむ人と悲しむ人ばかりが生まれます。でも――」
ティファの視線の先にはドートレスフライヤーとフロスト兄弟から猛烈な攻撃を受けるレオパルドとエアマスターがいる。
『――まだまだぁ!』
ミサイルの雨を受けても一歩も引かずにレオパルドで戦うロアビィが、
『――屁とも感じねぇぞ、この野郎!』
何度も攻撃を受け、その度にエアマスターの中で闘志を燃やすウィッツが、
『――ルチルは渡さん!』
心の傷を抱えながらベルフェゴールに挑むジャミルがいる。
「でも、それを否定する声も決して無くならなかった。これじゃいけないんだって、このまま未来を作ってはいけないと想い続けた人達もいたはずです。人間はいつか変われます。それがニュータイプになることなのかはわからないけど、いつかきっと人間は悲劇を乗り越えられるんです」
ティファの口調は断固としていて、すぐ傍に佇んでいるルチルの思念に語られている。
ルチルは驚いたような、呆気にとられたような不思議な様子だった。
――その言葉……ジャミルが言ったの?
「……いいえ、あの人は自分の事を話そうとしません。でも、この船やここで働く人達からあの人の信念が伝わってきました」
――……そう。ジャミルはいい仲間を持ったわね。私もいつしか忘れていた、あの言葉をこんなにも大切にしてくれるなんて……。私もそれに応えなきゃ。
「……いいんですか?」
――ええ。未来を作るために、私のもう一つの力を使うわ。
*** 同時刻 太平洋 オルク艦周辺 ***
――ジャミル
「ルチルか!?」
振り下ろされたクローを危うい所でかわしながら、GXは後退噴射でベルフェゴールから距離を取った。
我武者羅に追ってくるベルフェゴールに牽制のビームを放ち、直進させないことで徐々に引き離していく。
――ジャミル、フラッシュシステムを使いましょう
「フラッシュシステムを……? だが、私にはもう……」
力がない、という言葉を食いしばった歯の間から零した。
――大丈夫、私が力になるから
ィィンという耳鳴りとともに、ジャミルの中に何かが入り込んでくる。
懐かしい感覚。ルチルがまだ連邦軍の教官だった頃に何度も行ったビットの操作補助のための精神共感だ。
しかしそんな暖かい感覚もつかの間。
――激痛。
まるで焼けた鉄の棒を耳から頭へと突き込まれるような激しい痛みがジャミルを襲う。
「ぐぅうう、ぁあああああああっ!!」
――がんばって、ジャミル!
「うぅ、ぐううううっ!」
ルチルが共感を強めるのに合わせて痛みは更に激しさを増す。
幻は実際の痛みとなり、ジャミルの両の耳からは赤い筋が流れ出す。まるで穴のあいた風船のようにルチルから注がれた力はジャミルから流れていった。
――届かない。
かつて己が力を奮っていた高みに、あと一歩。
一歩分だけ届かない。
「だ、駄目だ! 君と一つになれない……!」
NTとしての自分を恐れる心が、力を振るった過去の自分を恥じる理性が、幻の痛みを引き起こしルチルの接触を遠ざけようとする。
今ここで戦うために必要な力だとは分かっていても、心の深い傷に潜む闇は決して己を許さない。
戦争が生んだジャミルの後遺症。99億人を殺した大罪人が背負うには当然の咎であり、この世界の誰も共有できない彼だけの心の傷である。
――ジャミル……
ジャミルの心の傷の余りの深さにルチルが諦めかけたその時、
――〝シャキっとしろよ、ジャミル!”
「――――ッ!!」
――"こんなヘボに負けんじゃねぇ! リリアント教官にお前の格好良い所を見せてやれよ!!〝
どこか遠い場所から懐かしい声が聞こえた気がして、ジャミルは額から薄い光が弾けるのを感じた。
「――に、兄さん! Gビットが!」
オルバの声が驚愕に震えている。
パイロットの脳波を感知したGXはフラッシュシステムを作動させ、周囲のGビットに招集命令を下す。
隷下となったGビットが、下知に駆けつける騎士の如くオルク艦を飛び出し主君たる王の元へと集った。
円陣を組み、脳波リンクを確立したその姿。
およそ15年ぶりに、ニュータイプ用決戦兵器"ガンダム"がその完全な姿をこの地上に現した瞬間だった。
「――馬鹿なっ!? ジャミル・ニートは能力を失ったはず……! ――ッ!? いかん、オルバッ!」
戸惑う兄弟目掛けてGビットの一撃が突き刺さる。
王を得た12機の騎士達は15年前の姿そのままに、サーベルとライフルを構えフリーデンに迫るドートレスの大隊に吶喊していく。
すぐさま反撃の弾幕が張られるが、Gビット達は無人機故の非常識な回避機動を繰り返して装甲に掠らせもしない。
恐るべき速度と精度でそれぞれ一瞬でドートレスフライヤーを捉えると瞬く間に幾つもの火球の華を上空に咲かせた。
ただ一人のニュータイプが発揮した想像を絶する力に、ここまでドートレスを運んできた空母ドリテアのブリッジは凍りつく。
「――アイムザット統括官。このまま戦闘を継続しますか?」
一瞬で手勢の半数を失い呆然とするアイムザットにシャギア・フロストの声が響いた。
「撤退するしかあるまい……すぐに部隊を――いや、待て! ベルフェゴールは何をしている!?」
戦場の端がわずかに光る。
アイムザットがソレに気づいた次の瞬間、光源から放たれた巨大なエネルギーの奔流がドートレスの中隊ごと4機のGビットを飲み込んで消滅させた。
『殲ッ滅!! 敵の殲滅を、最優先を殲滅に、敵の殲滅ヲォォ!!』
「――C-01、何をやっている!? 我々は撤退するぞ! 聞こえているか、撤退だ! ――クソッ! C-01に鎮静剤を投与しろ! ヴァサーゴとアシュタロンに回収させるんだ!」
「――だ、駄目です統括官! 機体が我々のアクセスを拒絶しています!」
「なんだと……!? 馬鹿な! こんな事にならないよう、システムには何重もの安全装置を施しておいたはずだ!」
「あ、安全装置が侵蝕を受けて次々とエラーを起こしているんです! ――パイロットの保護機能、今掌握されました!」
「ぼ、暴走……だと? システムが意志を持っているとでも言うのか……、――全軍は安全圏まで退避! ベルフェゴールが動かなくなるまで戦闘には介入するな!」
アイムザットが宣言した瞬間、新たなソニックスマッシュ砲の火線が起こり一機のGビットを包み込む。
その余波でバーニアをやられたエアマスターが黒煙を上げながらフリーデンのデッキへと不時着した。
「敵敵敵敵敵敵敵敵、てきてきてきてきてきてきてきテキテキテキテキ!! 敵はどこだァァッ!!」
「――くっ、止めるんだ! 戦争はもう終わった! 私とお前は、もう戦わなくてもいいはずだ!」
三度、今度はフリーデンに向けてソニックスマッシュ砲を放とうとするベルフェゴールの元へGXが飛び出す。
続いて飛び込んだ2機のGビットがベルフェゴールを押し出し、巨大なビーム光は危うい所でフリーデンを掠めて水平線の向こうへと吸い込まれていった。
「ォオオオオオオオーー!」
ベルフェゴールの怒りの咆哮。
両掌から伸びたヒートワイヤが蜘蛛の巣のように2機のGビットを絡め取り、腐った果物を握りつぶすかのようにGビットを赤熱した無数の破片へと変える。
反撃に飛び出した別のGビットのサーベルの一撃が肩のジョイントを断ち切り、ベルフェゴールが左腕を肩から失った。
――可哀想な人。完全にシステムに取り込まれてしまったのね。
「ルチル、助けられないのか!?」
――遅過ぎるわ。彼の心は肉体から引き剥がされて、ベルフェゴールに飲み込まれてしまった。今機体から下ろせば、永遠に魂がシステムに囚われたままになってしまう。
「――くっ!」
――ジャミル、この人を解放してあげて。この15年間、彼はずっとあなたと戦いたがっていた。あなたの手で彼の戦争を終わらせてあげて!
「……討つしかないのか」
ようやく会えたニュータイプ。
救うべき相手を己の手で殺さなければならない。
葛藤に身を震わせながら、それでもジャミルは戦う事を決意する。
ベルフェゴールは度重なるビームマシンガンの攻撃によって装甲に無数の亀裂が入り、切り取られた左肩からは電流のスパークと血のようなパルスオイルが流れ出している。
疑い無く満身創痍の体だが、ベルフェゴールが放つプレッシャーはいささかも衰えない。
それどころか――
「ジャミル・ニーーートォ!!」
だらりと長く伸ばされた右腕のアームクロー、咆哮とともにその先端から限界以上に伸びたビームサーベルが一閃される。
ほとんど槍のような長さまで伸びたビーム刃の威力に、範囲を見誤った2機のGビットが両断された。
カタログスペックではありえない、全く理不尽なほどの強さ。
ベルフェゴールの餌食となったパイロットの心に刻まれた底知れぬ恐怖と絶望がフラッシュシステムを介してこの機体に力を与えているのだ。
「――くっ!」
突撃したGXがハイパービームソードで斬り合えば隻腕であるにも関わらずベルフェゴールは軽々とこれを弾き飛ばす。
紫炎のようなオーラを纏うベルフェゴールが更に一機、異形の巨腕でもってGビットの頭部を掴み、握り潰す。
一人の哀れな男の魂を飲み込み力を得た魔王に対して、GXを守る騎士は残り3機になってしまった。
――ジャミルッ!
「わかっている!」
気迫と共に今度は3機のGビットが一斉にベルフェゴールに向かう。
あまりの性能差にビームの干渉光が瞬く度にGビットは木の葉のように追い散らされるが、三度目の鍔迫り合いを行おうとした瞬間サーベルを捨てた一機がベルフェゴールにしがみつき、動きを止めた所に更に他の二機までもが武装を捨てて取り付いた。
「――こんな物は、もう要らないんだ!」
振り払おうとするベルフェゴールに先んじて、GXのビームマシンガンの三射がGビットの機関部を正確に貫く。
3基分の核融合炉の爆発は白輝の火球となり、太陽にも匹敵する超高熱の中へとベルフェゴールを飲み込んだ。
「オォォォォ!!」
――ベルフェゴールは未だ健在。
それを予期してしていたジャミルはフットペダルを限界まで押し込み、50mを超える巨大な火球の中へGXを突っ込ませる。
金属の悲鳴が嘶き、ディバイダーを突き出したGXが、装甲を燃やすベルフェゴールと激突した。
もつれ合う二機のガンダムはお互いの装甲の破片を撒き散らし、ルナチナニウムの粒雨が太平洋に軌跡を残す。
「ォオオオオオオ!! ジャミル・ニィートォッ!!」
ベルフェゴールのコックピットへ突きつけられたディバイダーがスライドし、ハモニカ砲の19門の発射口が光を集め始める。
「――私が生み出した戦争の亡霊よ! せめて……せめてこれ以上苦しませはしない!」
血を吐くようなジャミルの言葉。
GXのコンデンサーから膨大なエネルギーを受け取ったハモニカ砲はゼロ距離でもってビームを撃ちだす。
メガソニックにも匹敵するほどのエネルギー量のビームブレードは一瞬だけベルフェゴールのオーラと拮抗したが、すぐに装甲を融かし始めついに悪意の中核であるシステムとコックピットを焼き切った。
――オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、ジャ……ミ……
「………………」
コクピットの喪失に加え胸部のソニックスマッシュ砲にまで被害を受けたベルフェゴールは力を失う。
小爆発を起こしながら太平洋へと沈むベルフェゴールを、ジャミルはいつまでも見送っていた。
***同日 オルク艦 艦載格納庫***
Lシステムを巡る全ての戦いが終わった。
すでに陽は西の海に傾き、青い海をオレンジに染めつつある。
フリーデンのクルーと共に放棄されたオルク艦に乗り込んだジャミルはそこで15年ぶりにルチル・リリアントと再会した。
本来ならばルチルをLシステムから降ろして、行われるべき儀式。
だがジャミルはLシステムに触れようとしないし、ルチルも相変わらずティファの体を借りたまま。
「……ルチル」
「また会えて嬉しいわジャミル。これでもう思い残すことは何も無い」
感動のハッピーエンドだと言うのに何か悲壮感の漂う二人の様子にフリーデンのクルー達は揃って首を傾げた。
「私の中にあった最後の力をつかったの。これで全てが終わるわ」
「「「「――――ッ!?」」」」
「どうせわずかな心しかない私だもの。ねえ、ジャミル。私が死んだらもといた海に沈めて。海の底は静かで安らいだ気持ちでいられたから」
歌うようなルチルの懇願に、ジャミルは深く頷いた。
「――ルチル、一つだけ教えてくれ。あの時、私を助けた声……彼はどこかで生きているのか?」
「わからないわ。今はもうあの気配は感じない。でも、一つだけ教えてあげられる。少なくともあの子はどこかとても遠い場所で、ずっとあなたを見ていた」
「……彼は私を恨んでいるだろうか?」
その疑問は15年間ずっとジャミルの中で燻り続けていたものだった。
ジャミルは彼の全てを奪ったといってもいい。
連邦軍最強の座も、命も、最後に約束した平和な世界の夢も。
戦友でありライバル、そして兄のような存在であった彼がもし生きて現れたら自分をどれほど恨むだろうか。
「――ふふっ。馬鹿ねぇ、ジャミル。仮に恨んでいたとしたら、そんな相手に向かって"シャキっとしろ!"だなんて言葉が出ると思う?」
「それは……」
ジャミルのそんな内面を見透かしてクスクスと笑うルチル。
思いがけない答えを受け取ったジャミルは大いに狼狽えた。
二人の様子は15年前と変わらない。教官と教え子の姿そのままだ。
ひとしきり笑った後、ルチルの足どりがフラフラとし始めた。
「なんだか眠くなってきたわ。きっともうそろそろね。とっても気持ちがいい……なんだか夢を見ているみたい」
「すまない……。結局、君を助ける事ができなかった」
「いいのよ。私嬉しかった。大人になったあなたに会えて」
「………………」
「――さようなら、ジャミル」
「――ああ、おやすみ。ルチル」
力を失ったティファの体をジャミルが受け止める。
そのサングラスは遥か遠く、ルチルの思念が溶けて沈んでいった茜色の海原に向けられている。
どこまでも広大な夕日と海に囲まれたジャミルの背中は、わずかだが重い物が取り除かれたようだった。
***同日 ゾンダーエプタ島 大型艦船ドック***
日が落ちて数時間の後。
通常シ警備から夜間警戒態勢に移ったゾンダーエプタ島のドックにオルバ・フロストが降り立った。
出迎えるようにドックの照明の影からシャギア・フロストが現れる。
「――大破したベルフェゴールの回収が完了したよ、兄さん」
「ご苦労だったな、オルバよ。C-01はどうだった?」
「バーベキュー……と言いたい所だけど生憎、欠片も残っていなかったよ。例のシステムの方もブロックごと完全に融けていた」
「そうか。それは都合がいいな。アシュタロンとヴァサーゴの兄弟機にあたるガンダムベルフェゴール、この機体の稼働データを得られれば我々の機体は更なるパワーアップが可能になる。その際に連邦軍に余計なシステムを組み込まれては困る」
「ベルフェゴールはこの後中央アジアのニュータイプ研究所に送られるらしいね。機体の修理しながらビームサーベルやフラッシュシステムのログを解析してあの異常な戦闘力の原因を突き止めるんだって」
「――となると、そろそろあの場所を葬らねばならんな」
「そうだね。僕達には扱えない力――そんな物を研究させるわけにはいかない」
ニュータイプ研究所。
フロスト兄弟にとっては古巣であり、自分たちにカテゴリーF――ニュータイプの出来損ないの烙印を押した憎むべき場所だ。
彼らには力があった。
兄弟二人、どこにいてもお互いに通じ合う異能。
ツインズシンクロニティ、あるいはツーマンテレパシィ。
既存の物理や科学を凌駕するその能力はしかし、フラッシュシステムに対応しないという理由によって誰からも評価されなかった。
「ねえ兄さん。僕はC-01……いや、ああなる前のロビオ・アラーナに会ったことがあるよ」
「ほう」
「嫌な奴だったよ。自分の持つ力を鼻にかけて、ニュータイプでない人間は全て自分より劣っていると言っていた。その後、実験が始まってアイツの悲鳴が一日中部屋で聞こえた時は楽しかったなぁ」
その時のことを思い出したのか、恍惚とした表情のオルバ。
そんなオルバの肩をシャギアが優しく叩いた。
「オルバよ、わかっているな? 我々は全てのニュータイプを駆逐する。特別な力を持つのは我々だけでいい」
「そうだね、兄さん。もうすぐ次の戦争が起こる。そうなれば今度こそ、僕達の時代が幕を開ける」
夜の闇に浸されたドックは野心と憎悪に燃える兄弟の周囲から更に昏い色に染まっていく。
――第7次宇宙戦争が生み出した人魚と魔王は倒れた。
――次に訪れるのは新しい世代による新しい時代。
「我々は全てを勝ち取る。そして戦いに勝利したその後に――」
「――僕達は新しい存在"ニュータイプ"と呼ばれている」
――しかしニュータイプの呪縛から抜け出せない世界は、再び歴史を繰り返す方へと進み始めていくのだった。
***
お待たせしました。
今回はAW世界、ローレライの海編になります。
書く前は原作があるんだからすぐに作れるだろうと思っていたのに、まさかアニメの活字化がこんなに難しいとは……。
セリフを並べて情景描写するぐらいなら簡単なんですけど、原作の台詞回しを使わなければならない上に、隙間を埋めて盛り上げるために必要な感情描写や設定挿入などが自分の頭の中の物ではないので、結局またしても難産でした。
追記 おお! タイトルを作中で使っていなかった!