18、「トップになれ」~EndCall of RedCyclone~
***1989年9月2日 アラスカ州ソビエト連邦領 セラウィク特別区 赤の広場***
この日、ソ連の首都たるセラウィク南端のこの広場に30万人を超えるロシア人が集まっていた。
参加している人間は実に様々で、最前列に党政府指導者層や軍の将官に高級官僚達がいるかと思えば、毎日を食料生産プラントで働いて過ごす一般の労働者がいる。70を過ぎ引退した老人がいるかと思えば、未だ教育機関にも入っていないような幼子すら広場に集まり、この演説に耳を傾けていた。
「同志達よ。先日のBETAのシベリア侵攻により、我々はまたしても祖国のために戦う若き英雄達を失った」
群れを成す彼らの側の道路を列で進むのはT-80UM-1戦車とBM-21グラートMLRSだ。
いずれも最新鋭の陸戦兵器であり、傷一つ無いよう磨かれた装甲版とハッチや窓から顔を出した壮麗な第一種軍装の軍人達がこの式典におけるソ連軍の力の入れようを物語っている。
参列する軍人達の中に一人の子供――人工ESP発現体の証である銀髪碧眼を持った一人の子供がいた。
「壮絶な戦いであった。20万に迫る数で押し寄せるBETAに対し、我々は核弾頭の使用とシベリア軍管区の全戦力をもってようやく敵の撃退に成功した。だがBETAにより失われたのはそれだけではない。私は今日、この地球で戦う全ての同胞達に祖国が誇る最強の盾を失ったことを報告せねばならない。――我らの赤きサイクロン、ミハイル・ザンギエフ中将。彼の戦死を」
壇上に立つヤーコフ・レオーノビッチ・ゴルバチョフ共産党書記長――東側諸国の命運全てを握っていると言っても過言ではないこの男の言葉は集まったメディアを通して世界中の人間に放映されている。
視聴者の大半を占める東側諸国の住民はテレビに映る書記長のほうを見ているが、もしも西側――それもアメリカ合衆国の人間が見ていたら視線は別のほうを向くに違いない。
書記長の席の隣にいるのは米国の2代前の合衆国代表ウォルター・モンデール元大統領。
ザンギエフは有名人だがその立場は所詮は一軍人に過ぎない。
だがそのたかが一軍人の葬儀のために元米国大統領が国境を越え、宿敵のソビエト連邦共産党首領と並んでテレビに映っている事は西側諸国にも相当な驚きを持って受け止められた。
「彼の名声を知るものは多いだろう。だが栄誉の全てを把握している者は少ないと思う。ミンスクハイヴからの生還、モスクワ防衛戦での大救出、ウラルの不休の10日間。機密として伝えられない物、略歴として載せられていない物を加えれば彼の活動だけで我が祖国は何度救われているのだろうか。ここにいる米国からの友人ミスター・モンデールもザンギエフ中将の活躍によって凶弾から守られた事がある」
紹介を受けて立ち上がったモンデールが壇上で書記長を両手を繋ぐ。
報道陣から眩しいフラッシュが焚かれ、光を焼き付けられたネガがこの歴史的瞬間を永遠のものとする。
「我らは今日、立ち止まった。此度の戦いで失った物はあまりに大きく、傷は余りにも深い。そして我々は一人で戦うにはあまりに弱く、敵は強大だ。だがこのまま臥して時が過ぎるのを待つのか? ――否! それだけは絶対にありえない! 同志ザンギエフの魂はこの胸の中にある。彼だけではない。戦いに斃れた同志達も無念の死に沈んだ同志達も全ては我らの中で息づいている。我らは今日、死者を受け止めて強くなった。故に我らは再び進むのだ。彼らの分まで、この暗い闇を抜けるまで、二本の足と強い心でもって未来へと歩き続けなければならない! 我々はこれからも多くを失うだろう。だが忘れないで欲しい。我々は一人ではない。胸の内には命を支える英霊が、そして隣には肩を預けられる人類の同胞がいる。――どうかそれを、決して忘れないで欲しい」
万雷の拍手。
ある者は書記長の言葉に純粋に涙を流しながら、またある者は普段の国威発揚のための演説との差異に首を傾げながら。
遺体の無い葬儀は葬儀はその後も続き、この日墓標が立てられたセラウィクの赤の広場には造花天然を問わず様々な花が置かれ、英雄の死を悼む3000通を越える手紙が届けられた。
***同日 セラウィク特別区 北街 ホテルレニングラード***
ヤーコフ・ゴルバチョフ書記長が演壇に立っていたその頃、ヴィクトール・ガスパロフ少将はセラウィク北部のホテルの自室へと向かっていた。
本来なら外国や国連の特使や外交官を歓待するために建築されたこのホテルレニングラードだが、今はフロアにボーイの一人すらいない。
元より国賓しか受け入れない高級ホテルだ。従業員が少ないのは致し方ない。
「誰かいないのか?」
だが、自室の前まで来てこの静けさ。
ガスパロフは仮にも国連軍の将官であるから、このホテルにも副官一人と護衛の歩兵二人を連れてきている。
彼らの配置を考えればここに来るまでに一人も会わないのはおかしい。
懐かしい鉄火場の気配を感じたガスパロフは懐から使い慣れた拳銃――祖国チェコの誇りであるCZ-75を取り出して、チャンバーを引いて薬室に9mmルガー弾を送り込んだ。
硝煙の臭い――無し
血の臭い――無し
ならば敵の獲物はロープか鈍器か。
深呼吸の後、体当たりをするようにドアを押すと、CZ-75を突き出しながら体ごと部屋にねじ込んで――
「――ッ!?」
「残ー念でしたっ」
瞬間、下から伸びた手にCZ-75の撃鉄を抑えられ、胸元に見たことも無い拳銃が突きつけられていた。
「へへっ、いわゆるホールドアップって奴?」
相手は銀髪碧眼の子供。子供っぽい巻き毛とそれに見合わぬふてぶてしい表情の子供だ。
「ユーリー・アドニー・ビャーチェノワ……!」
「ピストルから手を離してゆっくり部屋の奥に座りな。変な動きはするなよ。こいつには防弾ジャケットなんて意味無いからな」
心を読む人工ESP相手に不意を突くのは不可能。
ガスパロフは渋々銃から手を放し、両手を挙げながらソファに身を預けた。
「言っとくけど護衛っぽい三人には眠ってもらってるぜ。あ、眼鏡かけた中尉はおっぱい揉ませてもらったけどな」
「……私の記憶が正しければ、君はたった今まで赤の広場にいたはずだが?」
葬儀に出席している姿がここに来るまでに乗っていたリムジンのテレビにも映っていたはずだ。
やけに緊張していたものの、あの年で軍帽から革靴までソビエト陸軍の第一種軍装を着こなす姿にガスパロフも大いに感心したものだが、
「ああ、あれはリューだ。適当に言いくるめてあそこに置いてきた。そろそろ影武者やらされてるって気付く頃かもな」
「………………」
一応機密扱いだが、上層部では人工ESP発現体が銀髪碧眼の子供であることは周知の事実である。
葬儀に参加し、しかも幹部しか許されない最前列にそんな子供が座っているとなれば彼らの注目の的となることは間違いない。
この時、赤の広場では周囲から猛烈な好奇の視線を受けているリュドミラは脂汗を流しながら、心中で弟へ呪詛を送っていた。
「さってとガスパロフ少将さん。色々と話したいことがあるんだがまずは――あんた、ツァーリ・ボンバには関わっていたか?」
「何を聞きたいのかと思えばそれか。私は関わっていない」
「………………」
「………………」
鋭い目つきで睨み合う二人。
リーディングに成功したのか、はたまたガスパロフの言葉を信じたのか。先にユーリーが緊張を解き、銃口を天井へと逸らした。
「――本当みたいだな」
「当たり前だ。私が党を裏切ることなど有り得ないし、そもそも所属違いだ。シベリアで膨大な国費が流出しているのは分かっていたが、そこに一つの流れがあることまでは気付かなかった」
「わーってるよ。一応確かめただけだ」
反省した様子など微塵も無く、拳銃を持った手をヒラヒラ。
とその時、弾みで引鉄に触れたらしく銃口から弾丸――ではなく圧縮された水飛沫が飛び出した。
「……驚いたな。水鉄砲だと? 君はこんなオモチャで私の護衛を倒したのか?」
「そんなに捨てたもんじゃないぜ。世界一の銃火器マニアが作ったから見た目は精巧だし、補強もしてあるから立派な鈍器にもある。何より、喉が渇いたら水も飲めるしな。――それじゃ次はMiG-31《ブラミャーリサ》とF-14D《トムキャット》のトライアルだ。あんたも一応噛んでるんだろう? 結果について何か聞いてないか?」
「フン、言うまでもないだろう。オルタネイティヴ第3計画制式戦術機はF-14D《トムキャット》に決まった。性能評価はほぼ互角だが、君が起こしたAN3装備《ロークサヴァー》の異常動作――選定評価委員はアレをAN3装備との悪相性による放電故障だと判定した」
「あ、悪相性ぉ~? あれはそんなんじゃねーよ!」
「勿論そうだ。しかしあの現象がなんだったのか、科学的に説明できる者はいない」
シベリアにおけるツァーリ・ボンバを巡る激戦の後、イズベルガの陸上戦艦によって回収されたユーリーのMiG-31は二人の強化装備のデータまで含めてミコヤム・グルビッチ設計局のラボに送られた。
その目的は戦闘中に起こったとされる大規模な超常現象の解明。
設計局は殆どの電子回線が焼きついていた管制ユニットから苦労して戦闘中のバイタルデータをサルベージし、タルキートナ国連軍基地のセルゲイ・ラフマニノフ教授と共にデータの解析を行ったが、結論は全くの不明。電子的に状況を再現されたはずのAN3装備は起動すらせず、超広域テレパシーは勿論、そもそも何故光ったのかすらわからなかった。
「そしてMiG-31とAN3装備との悪相性は事実だ。バッテリー出力の不足に積載時の加速曲線の極端な低下。君は技術でカバーしていたようだが、実際に現場の衛士達が乗る戦術機としてどちらが相応しいかはわかっていたのだろう?」
「………………」
「気に病むことは無い。公式の評定で西側諸国の戦術機と互角というのは我が国初の快挙だ。今回の話を聞いた東側諸国からは早くもMiG-31の注文が殺到している。ミコヤム・グルビッチ設計局は今頃全員でウォッカパーティの準備をしているよ。もちろん同志ピョヒョの心配もしなくてもいい恐らく一生帰国できないだろうが、今回の彼女の活躍を見れば今後は各局から下にも置かぬ扱いをされるはずだ」
「――チッ、結局勝っても負けてもイズベルガ博士を帰す気なんてなかったのか」
基地で何日も徹夜していたイズベルガの頑張りはなんだったんだ、とユーリーがやり場の無い苛立ちをぼやいた。
「仕方あるまい。努力の全てが報われるわけではない。そういえば……あの作戦の当日、ブラーツク基地が壊滅したことは聞いているか?」
「……何だって?」
基地の壊滅……想像の埒外である事態に、ユーリーが思わず聞き返した。
「ツァーリボンバのカウントダウン開始によって基地全域は放棄していた基地従業員と正体不明の勢力とのあいだに銃撃戦が発生した。警備及び撤退中だった人員80人は連絡もできず全滅。犯人はトライアルの資料及び試作機の資材などを全て強奪した後、備蓄燃料に火をつけて基地の研究塔を爆破したようだ」
「皆殺しの上に基地ごと爆破……ジェームス・ボンドでも出たってのか?」
背に冷や水を流し込まれたようだった。
あの時ザンギエフの提案によってリュドミラを連れて行かなければ、今頃彼女は行方不明だったに違いない。
ゲルヒンレグルン槽が失われたのは痛手といえば痛手だが、リュドミラが目覚めた以上ユーリーにとってあの機材の使い道はない。
「目下調査中だが……生憎MI6どころか、どの諜報組織も動いた形跡が無い。反オルタネイティヴ計画派の犯行かもしれないが、ツァーリ・ボンバの起爆寸前にわざわざ前線基地に来て盗みを働こうなど、正気の人間のすることではないな」
「なんだか気味の悪い話だな」
「そうだな。――さて、私も暇な身ではない。そろそろここに来た真意を話してくれないか?」
ガスパロフから政治家特有の重みを伴った鋭い眼光が光る。
目の前の男の覚悟を見て取り、ユーリーの眼からも稚気が消えた。
「――ザンギエフのおっさんが党の高官にあてた手紙の中にアンタを推薦する物が何通もあった。俺には共産党内部のパワーバランスはよくわからねーけど……多分将来的にはアンタを党のトップにするつもりだったんだと思う」
「ミハイルが……私を党書記に?」
「聞いてなかったのか?」
ガスパロフは眼を見開いて驚愕している。
どうやら本当に何も知らされていなかったらしいと、ユーリーも眼を瞬かせた。
「まあ、いいけどよ。俺はこの国をなんとかしたい。けどそれは兵士一人の力だけじゃ無理だ。政治ができて、しかも信用の置ける奴が絶対に必要になる」
「それで私と手を組もうと?」
「ああ、俺がアンタを出世させてやる。アンタはトップになれ。そんでこの国を――世界をもうちっと住みやすくしてくれよな」
はにかみながらユーリーは握手を求めて手を差し出す。
が、ガスパロフがその手を取ることはなかった。
「………………フッ、フフ、ハハハ、ハハハハッ!!」
「――ああん?」
ガスパロフの笑い声が部屋に響く。
かと思えば突然立ち上がって、彼は部屋に添えつけられているキャビネットから一通の古ぼけた書類を取り出した。
「フフッ、いや失礼。まさかこの年になって10の子供に"出世させてやる"などと言われるとは思わなかった」
「その書類は?」
「昔、一人でこの国を変えようとした男が作った物だ。君のように専門家に任せるという発想があれば、今頃ソビエトは変わっていたかもしれんな」
ガスパロフから手渡される書類。その表紙には国家防衛教育法草案、とある。
このタイミングでガスパロフから出された書類だ。普通の物であるはずが無い。
「これは……!?」
覚悟はしていたが、記されていた予想外の内容に思わず声が漏れた。
「そうだ。今の中央防衛教育法の原案となった文書であり、ミハイルが13年前に提出したものだ」
「でもこれ、中身が全然違うじゃねーか!」
被支配民族をロシア人の盾として用いる中央防衛教育法。
だがその原案には民族差別を肯定するが無かった。
国家防衛の要たる幼年教育施設にはロシア人その他民族を区別なく入れるべしとあり、将来的には前線で生き残り、民族の観念が希薄になった彼らを中心に政府を作りソビエト連邦を真の姿に近づけるべきだという旨が記してあったのだ。
こんな内容、容認できるわけが無い。
自分達の子供を幼年施設に連れ、どこの馬の骨とも知れない少数民族と共に過酷な戦場に放り込む政策など、共産党政府でなくとも有り得ない。
ただ、ザンギエフにも勝算はあったのだろう。
文書には当時の戦況における指揮系統の崩壊の窮状と、幼年教育施設を用いた場合の愛国精神と家族意識の重複による兵士の戦闘継続能力の大幅な増加が
詳細なデータとともに記されていた。
「ミハイルにとって誤算だったのは当時の上層部の想像以上の楽観だった。現場で戦っていた彼にとって一兵でも多く前線に送り、一秒でも長く戦線を維持させることが国家存続のための唯一の道である事は明白だったが、当時の上層部にとってBETA大戦は将来的に兵器の性能が向上すればたやすく終結する限定戦争でしかなかったのだ。結局、ミハイルの法案には手が加えられ、現在に至っている。事情を知らない軍の中堅層にとって彼はソビエトを救った英雄に映っただろう。ミハイルが大佐止まりだったにも関わらず軍への強い影響力があったのはこういった事情があるからだ。――どうだ? これでもまだこの国を――世界を救いたい、などと言えるか?」
試されている。そう感じるユーリーだが元より腹芸は苦手である。
渋面はそう簡単には消えない。
「――それでも、俺は何かしなくちゃなんねえ。それがザンギエフのおっさんの――肉親の遺志なら尚更だ」
「……気付いていたのか?」
ガスパロフが眼を細めて問うた。
「確信は無かったけどな。眼がな、リューとそっくりなんだ。第五世代の人工ESP発現体には戦術機適性遺伝子が組み込まれている。ソビエト最強の衛士つったらザンギエフのおっさんしかいないだろ?」
「……人工ESP発現体の全てがそうというわけではない。第五世代の内、ミハイルの遺伝子が用いられたのは50番までだ。中でも10番まではミンスクで死んだ彼の妻の冷凍卵子が用いられている。もっともこれはミハイル本人も知らない最高機密だがな。君が赤きサイクロンの称号を受け継げたのは、ミハイルが才能ある"赤の他人"の子供を衛士として前線に連れ出し、慢心しないようわざわざ軍参謀本部に直訴して階級を二等兵として留め置いたという事実があるからだ。ここまでされれば後継者を育てていたのだと誰でもわかる。今回の件で影響力が落ちるのを危惧した党や軍内部のシンパは喜んで賛意を示していた」
ザンギエフの言葉――"後は党にいる友やヴィクトールがなんとかしてくれるだろう"
まさにその通りだったが、ザンギエフはこうなることを見越して最初からお膳立てをしておいてくれたらしい。
「アンタも動いてくれたんだろう?」
「ミハイルの遺志だったからな。そしてそこまで分かっているのなら、君の提案にも乗る事に否はない。ミハイルの仇を取る。そのためにも私はこれから栄達を目指す」
「よっしゃ! 同盟成立だ!」
ガスパロフの手が差し出される。
今度こそ二人の手は固く結ばれた。
「――それで、何かアテはあるのか? 言っておくが私は外国人だ。国連との仲介役としてならともかく、生半可な功績ではこれ以上党に食い込むことは難しいぞ?」
「それなんだけどな。昨日イズベルガ博士の所にこんな手紙が来たんだ」
ユーリーがテーブルの上に一通の封筒を差し出した。
封筒には英語の便箋と何かの図が書き込まれた紙が数枚同封されている。
差出人名には漢字とアルファベットの両方が使われていた。
「――極東国連軍所属の東郷一二三《とうごう ひふみ》中尉……? ああ、最近中国戦線で名を上げている日本人の衛士か。しかしこんな人物が何故同志ピョヒョに手紙を?」
「なんてもコイツ、最近功績を挙げた技術者に片っ端から手紙を送ってるみたいだぜ。先進戦術機技術開発計画……新しい戦術機を作るために技術協力を募ってる」
「ほう」
少しだけ興味を持ったガスパロフは続いて図面――戦術機の設計図だ――の描かれた紙を読み始める。
だがそこに書かれている戦術機の完成時スペックはあまりに過大であり、兵器の素人であるガスパロフをもってしてもデタラメと分かる物であった。
「話にならんな。大方、開発予算だけ毟り取って何か別の研究にでも使うつもりだろうが、こんな幼稚な詐欺に引っかかる者などいるわけが無い。そもそもこの仕様書。まるで趣味の悪いSFではないか」
呆れ返るガスパロフにユーリーは苦笑。
その判断は正常だ。
事実、設計図に書かれている情報はデタラメであった。
子供の落書きの如き構造の核融合炉、製法すら不明の金属装甲。唯一未知の粒子を用いた熱粒子兵器だけは詳細が書かれていたが、それすらいくつものハードルを越えなくては完成には至らない。
「悪いけど少将、アンタにはその趣味の悪いSFみたいな計画に予算とコネを出してもらう」
「なんだと?」
しかしユーリーにとって技術が本当にあるのかどうかは重要ではない。
「招待されているレセプションは3ヵ月後の12月16日、場所は日本の横浜柊町の白陵迎賓館。金を出すのが不安なら俺がそこに行ってこの東郷って奴が本物かどうか確かめてきた後でもいいぜ」
「本当に詐欺だった場合はどうする?」
「俺一人で実現させる。その場合、遅くとも5,6年でこの設計図に近い物を作って見せる」
「………………」
ガスパロフが恐ろしいほど額に皺を寄せて考え込んでいる。
戦術機の開発となると賭けに取られる代金はあまりに膨大だ。おそらくは政治生命を賭けた物になるに違いない。
政治家としてのガスパロフの本分は慎重で現実主義《リアリスト》である事に尽きる。
だが同時に、世の中にはザンギエフのように勘を外さない人間がいることも承知していた。
「――いいだろう。どうせ資金を動かすには準備が必要になる。今から可能な限りの協力を約束しよう」
「よっしゃ!! そうこなくっちゃ!!」
まるで子供のおねだりに負けた父親のような心境でガスパロフは大きなため息を吐いた。
"デタラメ"な機体が書かれた図面がテーブルに置かれる。
――その機体の頭部にはV字のアンテナがあった。
――クマドリを施されたツインアイが、
――ランドセルと呼ばれるバックパックが、
――トリコロールのカラーリングが、
それは本来のこの世界に知る者のいないはずのデザイン。
やや細部が変わっているが、それでもユーリーの愛機であり、数多の宇宙革命軍兵士に恐れられた地球連邦軍の象徴とも呼べる機体の面影を持っている。
「その日本人の開発計画だが、何かコードネームはあるのか?」
「――――V作戦。勝利のVで、人類を救う唯一の希望なんだってさ」
――在るはずのない物
――居るはずのない人間達
――歪んだ未来へ進み始めた世界は彼らを呼び寄せ
――開くはずの無い扉が開かれた
~EndCall of RedCyclone~