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No.32864の一覧
[0] Muv-Luv Red/Moon/Alternative[大蒜](2012/04/21 02:12)
[1] 1、「また夢の話を聞かせてくれ」[大蒜](2012/05/17 12:54)
[2] 2、「なるほど、ミュータントじゃな」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[3] 3、「あれが、戦術機……!」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[4] 4、「世界最強の人間だ」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[5] 5、「ウゥゥゥーーーラァァァァ!!!」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[6] 6、「ここに人類の希望を探しに来た」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[7] 7、「光」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[8] 8、「俺の名前を呼んでくれ!」~A.W.0011~[大蒜](2012/10/23 23:34)
[9] 9、「待っています」[大蒜](2012/05/18 20:43)
[10] 10、「大佐を信じて突き進め!」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[11] 11、「ひどい有様だ」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[12] 12、「秘密兵器」[大蒜](2012/09/19 22:21)
[13] 13,「どうしてこんな子供をっ!?」[大蒜](2012/09/19 22:15)
[14] 14、「やはり、あいつは甘すぎる」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[15] 15、「メドゥーサ」[大蒜](2012/08/25 00:36)
[16] 16、「雷帝《ツァーリ・ボンバ》」[大蒜](2013/03/09 21:40)
[17] 17、「あなたに、力を……」[大蒜](2013/01/15 00:46)
[18] 18、「トップになれ」[大蒜](2012/10/22 23:58)
[19] 19、「Lolelaiの海」~A.W.0015~[大蒜](2012/10/23 23:33)
[20] 20、「ようやく来たか」[大蒜](2013/06/24 00:41)
[21] 21、「何をしてでも、必ず」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[22] 22、「謝々!」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[23] 23、「二人が揃えば」[大蒜](2013/03/24 19:08)
[24] 24、「私を信じてくれる?」[大蒜](2013/04/30 15:56)
[25] 25、「天上の存在」[大蒜](2013/06/17 11:22)
[26] 26、「絶対駄目っ!」[大蒜](2015/01/07 01:55)
[27] 27、「僕がニュータイプだ」[大蒜](2016/08/13 23:27)
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[32864] 12、「秘密兵器」
Name: 大蒜◆9914af20 ID:86f1a2a8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/19 22:21
12、「秘密兵器」~Muv-Luv:RedCyclone~

***1987年 10月13日 アラスカ ソビエト連邦首都セラウィク***

 深夜のセラウィク。ソビエト連邦の新しい首都であり現在世界第7位の工場群でもあるここは夜でも眠らない。むしろユーラシアの大地を追われ多くの発電施設を失って電力供給が不安定な現在、市民に回す電力をカットできる夜こそがこの都市の真骨頂とも言える。

 この都市で生産される物の殆どは軍需物資だ。爆薬に銃弾、戦車にヘリに戦術機。この都市で東側の技術力の粋を尽くして作られた最新兵器がユーラシアに送られ、消費も撃破も含めて全てBETAにプレゼントされる。それは例え一日でも長く敵の侵攻を食い止めるため、あるいは今は未だ見ぬBETAへの反攻のチャンスを祖国にもたらす為に。ある意味でこの都市は対BETA戦線における最前線だった。

 そんな夜のセラウィクの街を郊外へと向かって一台のバンが走っていた。バンの中に座るのは目出し帽を被りアサルトライフルを構えた5人の男と手錠を嵌められ銃を向けられた女が一人。
 彼女の名前はイズベルガ・イングリート・オッティールト・ピュヒョ。三ヶ月前にイルクーツクでとある画期的な新兵器のための技術を思いつき、その提案のためにセラウィクを訪れていたチェコスロバキア人の技術者だ。
 イズベルガは己に突きつけられた銃がアバカン―後のAN94―と呼ばれているソビエト陸軍で開発中の最新銃器であることを見て取り、相手の素性を察した。

「あなた達、ルビーン海洋工学中央設計局の手先ね。どういうことなの? 私はあなたたちにちゃんと陸上戦艦に関する全技術を渡したのわ。それがどうしてこんな手荒な歓迎を受ける羽目になっているの?」

 恐怖で震えながらもなんとか気丈に振舞うイズベルガ。

「同志博士。どうして、と聞きたいのはこちらです。我々はあなたの極めて優れた才能を認めている。こちらはあなたが設計した素晴らしい陸上戦艦の開発のために組織を挙げての援助を約束したというのに、あなたは何故か我々の設計局を逃げ出してしまった。おかげで我々はセラウィク中を探す羽目になったのですよ」

「冗談言わないでよ! 貴方達の言う組織を挙げての援助っていうのは私を一生研究所に閉じ込めて働かせる奴隷契約でしょ。それにそもそも私があなた達に協力したのは陸上戦艦に大口径主砲を乗せてくれるって約束したからよ! それなのに肝心の主砲の設計開始が二年後ってどういうことなのよ! あなた達、火砲を舐めてるんじゃない?」

「……全く新しい戦艦を作るのなら船体の設計を優先するのは当たり前ではないですか。それにあの驚異的な輸送力の前で新型艦砲の開発など笑わせる。移動母艦の主砲などありあわせで充分――むっ! 止まれ!」

 男は言葉を切り突如バンを停車させる。同時に車の外からブレーキ音が三つ聞こえた。
 街灯も無い郊外の真っ暗な道路では運転手には正面以外の視界は無いに等しい。今まで気付かなかったが少なくとも他に三台、ライトを点灯させずにバンの後ろを走っていた車がいたのだ。

「何? どうしたのよ」

「黙れ!」

 男がもう一度耳を澄ませば今度はドアを開く音。そして無数の足音がバン近づいてくる。足並みの揃った、それでいて重武装を示す重々しい足音。それは覆面の男達にとって最も耳慣れた足音だ。

「くそっ! 敵襲だ!」

 男達が焦った様子で外を覗き込む。その直後、音も無く窓を突き破って侵入した弾丸がイズベルガと話していた男の眉間に紅い華を咲かせた。

「ひっ!?」

 力を失ってしなだれかかってきた男の死体にイズベルガは顔を青くさせる。
 周囲の男達も一瞬動揺したようだが、すぐさま窓の外を囲む気配に向かってアサルトライフルの引き金を絞ると4丁分のマズルフラッシュがまばゆく車内を照らして鉛の嵐を外の闇に潜む追跡者へと吐き出した。だが

「どこから撃ってるんだ!? 銃声がとんでもなく遠いぞ!」

 車内という限定された空間にいる誘拐犯達に対して闇に潜む追跡者達には一向に弾が当った気配が無い。周囲の明るさだけでなく発砲音もマズルフラッシュも段違いに小さいのだ。

「さ、サブソニック弾とサイレンサー! 火薬を減らして弾丸の速度をあえて音速未満に抑えることで――」

「ぐぁ!」

「イヤァァァァァァァ!!!」

 パニック寸前の状態なりながらも職務上の義務感から銃の解説を行なおうとした彼女だったがまたしても誘拐犯の男が額から血を流して倒れこんできた。
 目を覆いたくなるような光景に叫び声を上げ今度こそパニックを起こすイズベルガ。

 と、同時に車内の割れた窓目掛けて何かが放り込まれ、それが放った閃光と爆音を受けてイズベルガは気を失った。

***

「――それで同志中尉。例の"天才発明家"とやらは保護できたのかね?」

「はっ! 途中、我々より先に対象を確保していたルビーンの私兵共と戦闘がありましたが無事に彼女の身柄を確保しました」

「よろしい。後は政治総本部に事態の終息宣言をさせればもう外野は手出しできまい。もはや彼女は我々ミコヤム・グルビッチ設計局のものだ」

 ニヤニヤと口角を吊り上げながらでっぷりと太った中年――ミグ設計局の高官――が言う。

――全ての原因はユーリーが渡した陸上戦艦の技術だった。

 本来火砲や戦術機の携行兵器の専門家であるイズベルカが陸上戦艦の建造という兵器開発の歴史を揺るがしかねない技術を持ってきたことはソビエトの全技術者を震撼させた。
 すぐさま付けられた彼女の新しい渾名――"兵器開発の天才" "現代に生まれたレオナルド・ダ・ヴィンチ" "鋼鉄と破壊の女"。
 異世界人のユーリーや門外漢であるイズベルガが考えもしなかったが、陸軍の強さを最重要視しているソビエト連邦の人間にとって"陸上戦艦"という言葉はまさに天から山が落ちるほどのインパクトを与えていたのだ。
 技術者以外にも、ソ連軍の兵器設計局を預かる官僚たちがこんな逸材を逃す筈がない。西側諸国との技術競争に、そして党での出世のライバルとなる同期の官僚に一歩でも先んじるべくすぐさまイズベルガの獲得競争が行なわれる。
 その最中に起こったのがイズベルガの脱走騒ぎであり、同時にばら撒かれた欺瞞情報によって今夜のセラウィクではアチコチで設計局の私兵による銃撃戦が起こっていたのだった。

「ところで同志閣下。終息宣言の後は彼女の身柄は非公式施設ホテルに移すのでしょうか?」

「……む? いや、彼女には元居たイルクーツクまで戻ってもらう。もっと大きな魚を釣り上げる餌にするためにな」

「もっと大きな……もしや、今ブラーツク基地に駐屯しているというザンギエフ大佐を?」

「外れだ。まあ近いがな。彼女はザンギエフ大佐の部隊と親交がある。そのツテを使って我々の狩人《オフォトニク》計画に協力してもらう予定だ」

「狩人計画ですか……?」

 高官の告げた計画名を聞いて中尉は首を傾げた。
 ミグ設計局が現在進めている狩人計画とは欠陥戦術機といわれたMiG-25 スピオトフォズの改修発展計画だ。確かに重要な計画ではあるがこの計画は既に半分以上進んでいる。イズベルガにやらせるのであればもっと初期の段階で止まっている9・12次期主力戦術機開発計画のような大きな計画に参加させるべきなのだ。
 だがそう口に出す前に中尉は狩人計画について最近外交のほうで動きがあり党から納期を早めるように言われていたのを思い出した。

「実は我々の局はスフォーニと共にソビエトが主導するある国際計画の機種選定に参加する事になったのだ。だがその計画が予定しているのは通常の作戦ではない。国連が育てているある"特別な人間"を載せることが前提になっている」

「特別な人間?」

「そうだ。生憎、開発現場にはそれに関する情報は公開できないことになっている。だがその"特別な人間"の内の一人がレッドサイクロンによって引き抜かれ現在彼の部隊にいることが判明した。我々は彼を開発衛士として改修を進めることで国際計画に最適な機種を開発している事をアピールするのだ」

「はぁ、優秀な開発担当者を現場に送るメリットはわかっているつもりですが……やはり狩人計画にそこまでの価値があるとは思えません。そもそも今の我々の技術力ならばイズベルガ女史の力など借りなくてもスフォーニに勝利することは疑いないかと」

 イズベルガとその"特別な人間"。確実に勝てるカードが二枚もあるなら両方切る必要は無い。
 ましてや今までこの国で二度行なわれた主力戦術機選定でミコヤム・グルビッチは二回ともスフォーニ設計局を下している。

「……相手がスフォーニだけならば、な。だが正直言って今回党から要求された戦術機性能は我々にとっても荷が重い。スフォーニはそこを逆手にとり、中央委員会の前で選定戦術機に現在経営危機に陥っている米国のグラナン社のF-14どらねこを採用することで計画の成功に貢献し、尚且つ米国の技術を吸収して次期主力戦術機開発計画に生かして見せると豪語したのだ」

「そんな馬鹿な……! 我らが祖国が主導する計画に西側の機体を採用するなど!」

「そうだ。許しがたい反革命行為なのは間違いない。だがこの計画内もそうだが現在の世界情勢における我が祖国の立場は極めて微妙だ。外交で米国に配慮するのも止むを得まい。そして党がそれを決め機種選定の年度を90年と定めた以上我らには一刻の猶予も無い。もしこの選定で敗北すれば我らは東側諸国の兵器供給元としての信頼を失うばかりでなく、米国の技術を身につけたスフォーニによって全ての兵器市場から閉め出されてしまうだろう」

「なるほど……これで私にも同志閣下が何故あれほどイズベルガ女史を欲しがったのか分かりました」

 つまりはこの国際計画の機種選定こそがミコヤム・グルビッチ設計局、ひいてはそこに属する官僚たちにとっての分水嶺となるわけだ。勝てば十年の栄冠が約束され、負ければ十年の凋落ちょうらくが待っている。それを思えば政治総本部に支払う少々の資金や抗争で失われる人命など物の数ではない。

 高官は神妙な顔をして手元の端末を操作すると極秘のデータリストの中からMiG-25 БМ仕様と書かれたファイル選択し、画面にスペックを表示させた。

「これが現在我が戦術機開発部の技術の粋を凝らして製作しているスピオトフォズの改修型だ。予定では最終仕様段階でF-14の初期型の性能に肉薄できることになっているが……」

 続々と表示される新技術の数々――ハイブリッド装甲、フェーズドアイレーダー、IRSTに新設計のターボファンエンジン。
 一部の技術に至っては米国ですら開発に成功していない物も含まれていたが、それはつまりここまでの技術を盛り込んでもソ連の戦術機は最初期の第二世代であるF-14Aにすら届かないということだ。

「これは……9・12計画の技術も流用しているのですね?」

 中尉の言葉に高官はうむと頷いた。

「出し惜しみはせん。元よりハイヴ突入用の戦術機だ。コストはさほど問題にならない。我々はこの戦術機で米国のF-14を超え、我が祖国ロシアの人間こそが真に選ばれた特別な人間であることを世界に知らしめるのだ!!」

「はい! 全ては祖国の栄光のために!」


***1988年 1月8日 ソ連領シベリア軍管区イルクーツク州 ブラーツク基地 ***

 BETAが地球に初のハイヴを建設してから15年近くが立つ。その間、対BETA戦線における人類の戦況は年々悪化の一途を辿っていた。
 昨年8月にはEUが北欧スカンジヴィア半島以南の全ヨーロッパ国家の政府機能移転を決定。欧州の先進各国が悉く戦線を破られ国力を低下させたことで人類の総戦力はパレオロゴス作戦以前に比べて20%以上低下していた。そして欧州の主戦場が北欧と英国沿岸に限定されることで今後の前線国家への圧力はますます高まっている。
 その影響は世界最長の戦線を抱えるソビエト連邦においては最も顕著でレッド・サイクロンの称号を持つザンギエフ大佐がA-01を引き連れて着任してから今日までシベリア軍管区には回数にして15回、小型種も入れれば総数50万体以上のBETAが押し寄せていた。今のところ一回辺りのBETA侵攻の規模は各前線基地の許容量に収まってはいるが今後BETAの本格的な東進が始まればシベリア軍管区はいつ消滅してもおかしくない状況に立たされている。

――だがそんな人類の状況に反して、ユーリー・アドニー・ビャーチェノワの"計画"は順調に進んでいた。


「レッドサイクロン04より管制室。こちらは予定のルートの巡回を終えた。データを送信する」
 
『こちら管制室。貴官の任務達成を確認した。レッドサイクロン04は第2滑走路からハンガーへ戻れ』

「了解」

 その日のパトロール(BETAではなく主に基地周辺の振動探査装置に誤作動がないかを探す)を終え、今やすっかり愛機となった|MiG-25
《スピオトフォズ》を指示通りにハンガーに戻したユーリーは簡単な機体のチェックを行なってから管制ユニットでゆっくりと目を閉じた。

「よし、今日こそ……」

 目を閉じたまま息を整え、まるで冷たい深海に潜るように、あるいは暗闇を手探りで進むようにユーリーは精神を深く深く沈めていく。
 そして僅かの後、奥へと伸ばしていた彼の意識がついに何かを探り当てた。

――大脳深部シナプス置換理論

「よっしゃあ! ―――っ!」

 彼が受けたのは今やすっかりお馴染みとなった目から脳へと突き刺さる頭痛。だが今回はそれも一瞬の事。
 狙い通りの技術を手に入れたユーリーは管制ユニットの中で小さくガッツポーズを取るとシートの下部から2枚の地図を取り出す。どちらも白地図からユーリー自ら書き込んだ手作りの地図で内一枚には今日ユーリーが通ったルートの他にこの基地で行なわれているほかの偵察ルートが、そしてもう一枚の地図には各所に日付と司令部から抜き出した部隊章にBETAの撃破数が記されていた。

「……今日近づいたのは第883戦術機大隊が先月の侵攻で光線級や重光線級を撃破した地点。昨日通ったのは中隊規模の突撃級や要撃級との遭遇地点……やっぱりな。頭痛が起こるのはレーザー属の撃破地点で間違いない」

 この半年間で彼が"頭痛"を受けた回数は11回。その間何度も検討と試行錯誤を重ねて、ユーリーはようやく元の世界から技術を取り寄せる現象の発生条件を絞り込んでいた。

 一つ、"この現象はユーリー自身が戦術機で出撃中、もしくは帰還した後に求める技術を具体的に思い浮かべると発生する"

 二つ、"出撃中にBETAを殲滅、もしくはBETAを殲滅した地点を通過する事。殲滅地点は一度で効果を失うが再び戦場になってBETAが倒されれば回復する。ただし殲滅地点でもBETAの支配領域だとすぐに効果は無くなる"

 そして今回見つけた三つ目の条件"突撃級や戦車級ではなくレーザー属を撃破した地点のみが条件に当てはまる"
 というものであった。

「霊とか魂とかは考えないとして……重要なのはレーザー属がそこで死んだかどうかじゃなくて、俺が死骸に近付けるかどうかだ。死骸は腐ってても焼却されて灰になっててもいいが死骸が支配領域むこうがわだとBETAが持って帰っちまう。つまり……この現象は何か光線属しか持ち得ない物質・・・・・・・・・・・・を元にして起こってるってことか?」

 うーんと首を捻るが答えは出ない。何にせよ科学的分析ができないのならこれ以上情報を集めるのは難しいだろうと彼は結論付けた。
 それよりも今回の出撃で技術を得るための最も確実な手段が判明したことのほうが重要だ。つまり――

「ま、要はBETA共を掻き分け光線級の新鮮な死体を作ればいいってことだな。はっ、今まで通りじゃないか!」

 自嘲気味にユーリーはわらった。

 実際、ザンギエフの部隊に所属している限りBETAには困らない。戦術機大隊として最大の戦力でありソビエト陸軍の象徴でもあるこの部隊はBETA襲撃の際はたとえ隣の州の管轄であったとしても出撃をする。最前線にいることも相まっておかげでユーリーは着任して一年も経たないにも関わらずベテランと呼ばれるほど戦術機の搭乗経験があった。

『こら、二等兵衛士! ハンガーに着けたならさっさと降りなさい!』

 整備ハンガーに備え付けられたスピーカーからイズベルガの叫び声が響く。

「クールダウンだよ。ちょっとくらいいいだろう。イズベルガ博士も仕事に熱心なのはいいけどそんなにカッカしてちゃ美人がすたるぜ」

 ちょっとお小言も多いがユーリーにとって彼女の存在は喜ばしい。ブラーツク基地の質も意欲も悪い整備兵に比べて彼女の連れているメカニックは腕がいいし、それになんと言っても美人だ。陸上戦艦の開発でしばらく前までセラウィクにいた分余計にそう感じる。

――だがそれも彼女がセラウィクから帰る際にミコヤム・グルビッチ設計局からもらった"お仕事"さえ無ければの話だった。

『馬鹿! ミグからまた改装要請が来てるの。時間が押してるのよ』

「またかよ……この間装甲を新型の複合装甲とやらに張り替えたばっかりだろ? 戻すのか?」

『生憎ね、今度は管制ユニットの複座型への換装とアビオニクスの変更よ』

 戦術機のカメラの向こうでイズベルガがコンコンと端末を叩くと網膜に新しいMiG-25の換装表示が転送されてくる。換装ユニットの変更程度ならすぐに終わるがアビオニクスの変更とはただ事ではない。ネジ一本の規格から主機の交換まで既に機体の改造率は4割を超えていた。

「んな馬鹿な! それじゃあ、ほとんど新型じゃないか! ようやく重心バランスに慣れてきたってのに、なんて面倒な」

『面倒? 元はといえば全部あなたのせいでしょう』

 呟いた愚痴を聞いたイズベルガが青筋を立てながらユーリーを責め立てた。

「そ、そりゃあそうだけどさ。あの時は博士もノリノリだったじゃないか……」

 陸上戦艦が発端で起こったセラウィクでの血と銃弾と金が飛び交う激しいイズベルガ獲得競争、一ヶ月以上の"格闘戦"の後、勝者はミグ設計局に決まった。それは無論"賞品"の意志を無視しての決定だったが、協力しなければ研究室に一生軟禁と言われれば否などあるはずもない。

『納期は一年半後、それまでにこの欠陥機を|F-14のD型を越える機体にするには新型にするぐらいの意気込みが必要なのよ!』

 血走った目で断言するイズベルガ。彼女はこのプロジェクトを成功させなければ一生帰国できないらしい、という整備兵の噂がある。

 勝者であるミグ設計局が彼女に求めたのが今現在悩まされているMiG-25スピオトフォズの改修発展計画なのだが、問題はその付帯条件だ。
 89年中の納期の絶対遵守、改修機は性能面でF-14Dトムキャットを超える完成度を有すること、当該機に使用した全ての技術はミグ設計局にライセンスが帰属すること、そして最後にイルクーツクでは必ずユーリー・アドニービャーチェノワ二等兵に開発衛士として協力させること。

 最後の条件にはイズベルガもユーリーも首を捻った。何故なら確かにユーリーは戦術機の乗り手として十分優れているが現状実戦においてザンギエフは勿論のこと彼の側近であるトルストイ中尉やモリ大尉を超えるスコアすら出していない。ユーリーはもしや自分が技術の出所だとバレたのかと危惧もしたが、今だに自分に対する直接的なアクションが無い事から彼らはオルタネイティヴ計画に対して何か別の行動を起こしているのだと推測していた。

「で、二等兵君。今回は何か取り寄せられたの?」

 管制ユニットから降りたユーリーが何かをメモしながらやってくるのを見てイズベルガが問いかけた。

「ああ。やっぱり光線属が鍵だったみたいだ。詳細を後で送っておくからまた部品の方を頼むよ」

「はいはい」

 うんざりした様子のイズベルガにユーリーは苦笑いを返すしかない。
 ユーリーが"技術"を集めて作ろうとしているのは過去の世界において人工ニュータイプを生み出すための研究から生まれた"ゲルヒンレグルン槽"または"シナプス調整槽"と呼ばれる装置。これは脳を構成するシナプスやニューロンの配置や機能を変え、ニュータイプ候補やカテゴリーFと呼ばれる者の脳波を強制的にフラッシュシステムに適合させようという物だ。最もこれを研究していた機関が第七次宇宙戦争の初期に宇宙革命軍の襲撃によって陥落し終戦まで未完成のまま放置されていたのだが。
 ユーリーはイズベルガに技術を提供する見返りに装置の作成に協力させこの脳波を整えるという機能を昏睡状態のリュドミラに利用し、彼女を目覚めさせようと画策しているのだ。

「それと、はい博士。これもよろしく」

「データスティック? 何よ。まだ何かあるわけ?」

「んっと、複合装甲への換装による性能変化のレポートと負荷が大きくなってる肩部と股間部関節の改善案アイデア。改善案の方は"取り寄せ"じゃないけど一応、博士の名前でミグに送ってくれよな」

 ユーリーは何でも無い事のように言うが肩部の耐久力不足はもう何週間もミグの開発チームを悩ませていた難問だ。これをミグに提出すればイズベルガの評価がまた上がるだろう。そうなればイズベルガは更に仕事を増やされるに違いない。
 データスティックを見、改めて憎憎しげにユーリーを見てからイズベルガは溜息をついた。

「ハァ……まったくどいつもこいつも私をこき使ってくれるわね」

「まあまあ。調整槽の設計もそろそろ軌道に乗ってきたしな。部品を作る間に時間が余ったらこの間の陸上戦艦の主砲を取り寄せられるか試してみるよ」

「……本当に?」

 それはユーリーにとって何気なくいった一言だったが、イズベルガは聞き間違えなかった。

「ああ、まかせ……」

「本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に??」

 既に彼女はここ一ヶ月戦術機に懸かりきりで全く火砲に触れない日が続いている。

 さすがのユーリーもイズベルガがあれだけ愛して止まなかった火砲の研究を取り上げられた事に責任を感じて、少しだけ譲歩することにしたのだが喉元に喰い付かんばかりに迫ってくるイズベルガを見てユーリーは前言を撤回したくなった。とはいえ、ここで撤回してしまえばもっと酷いことになるのは目に見えているのだが。

「で、でもアルプス級アレは砲撃艦じゃないからな。もし手に入ってもあんまり今の戦艦ソユーズの主砲と代わり映えはしないと思うぞ」

「わかってるわ! ――でも期待するのは勝手でしょう?」


***同年 2月12日 同基地 ***

 ユーリーが一日で自由に出来る時間はそう多くない。
 たとえまだ子供で士官ですらない二等兵であっても軍隊にいる以上は様々な仕事がついて回る。朝は軍人の例に漏れず点呼から始まり、午前中はA-01の大隊が使うシミュレーター使用申請書類の作成や体力練成(何故かザンギエフは必ず部下全員の体力練成を直々に指導する)、そして昼食に前線の不味い合成食料を胃に収めた後はひたすらにシミュレーター訓練か実機での任務を受けさせられる。
 その後、ようやく夕食に30分の食事休憩が与えられたと思えばイズベルガ率いる技術チームがやってきてMiG-25の改装計画のミーティングに連れて行かれるのである。つまり実質使えるのは消灯前の数十分と起床から点呼までの僅かな時間を足した一時間強。
 本来なら趣味に当てるにも足りないような僅かな時間。だがユーリーはそれすら惜しんで毎朝晩、リュドミラを目覚めさせるための装置の開発に取り組んでいた。
 ユーリーの特殊能力は全てを与えてくれるわけではない。取り寄せた理論は具体的な利用方法を教えてくれるわけではないので自分で理解し今の技術と擦り合わせなければならないし、肝心の機材もイズベルガの伝手で手に入れた医療器具を改造し時には素材からスクラッチ部品として作り出さなければならない。何より前の世界で一般的でない情報――大抵は高度で複雑な理論――ほど手に入れるのに多くのBETAを倒さなければならないのだ。

「聞きましたか軍曹。今朝着いた輜重《しちょう》列車の話」

 ユーリーがPXで昼食を取っていると隣の席に着いた兵卒と下士官の会話が聞こえてきた。

「おお。このクソ寒いのに冷凍車両が来たらしいな。またどこぞの将官様がコネで天然食料を持ち込んだって噂だ」

「天然素材ですか? 確か今時アラスカのお偉方でも口に出来ないはずじゃあ……? 畜生、そんな物を引っ張ってくるカネがあるならこっちに補充の戦力かまともなロシア人の上官を寄越せってんだ」

「ま、俺達にとっちゃ衛士の補充は来ないほうが仕事が減っていいけどな」

「そんな、軍曹。衛士が居ないせいで死ぬよりかは忙しいほうが何倍もマシでしょうに」

「マシだと? ヨーロッパはほぼ落ちた。残った北欧にどんだけ戦力があるのかは知らねぇがあんな小さな国、もってあと一年か二年だろ。その次の本格侵攻は中東かシベリアここさ。ただでさえウチの衛士の損耗率は多いってのに……このタイミングで増援がこないって事は俺達はロシア人共から見捨てられてるって事なのさ」

「ぐ、軍曹……」

 思いがけない死亡宣告を受けた若い兵卒の声は震えている。若い方からは恐怖と不安の色、軍曹と呼ばれたほうは諦念と失望というの感情が見える。
 嫌な色だ、と同じくらい酷い味の合成マッシュポテトを運びながらユーリーはボンヤリとそんな事を考えた。

「………………ああ、クソッ。悪かったな。メシが不味いと話まで暗くならぁ。来いよ。口直しにカードで巻き上げた員数外いんすうがいの携帯食料を分けてやる。ロシア人用のだから味は保証するぜ」

 整備兵らしき二人の兵士はトレイを持ちPXから出て行った。

(現場の人間から見て本格侵攻はあと1、2年か。予想より戦況が悪い……いや、ウチの部隊を基準にしたのが悪かったな)

 シベリアに来てもう20回以上もBETAの侵攻を受けているがザンギエフの大隊には殆ど損耗が無い。A-01は元々エリート部隊だし、生きる伝説であるザンギエフや直衛のエースパイロットであるトルストイ中尉やモリ大尉のフォローを常に受けている。さすがに初陣の死の8分による死者は防ぎきれないが、戦死したり十分な実戦経験を積んだと判断されれた衛士が出ればまだザンギエフの教導を受けていない衛士が交代に来るため、他の部隊と違い中隊の戦力不足に悩まされる事がない。
 だがそれは前線ではかなり贅沢な環境である。ソビエトの前線は本来第二世代の戦術機を保有している部隊でも出撃の度に1機や2機減らして帰ってくるのが当たり前の現状。特に第一世代のMiG-21バラライカに乗る衛士の命など戦場では湯水のごとく消費されている。

(物資も無い、戦力補充の目処も無い。そのせいで兵士達の士気が右肩下がり……まさに敗軍そのものだな)

――BETAの最大の武器は物量

 まさにそうだとユーリーは思った。
 倒しても倒してもBETAはまたやってくる。ある時は2000。次は4000。ではその次は6000か8000で来るのかと思いきや、14000で攻め込まれた時もあった。だが敵と戦うのが苦しいのではない。弾薬の不足よりも、衛士や戦術機が足り無い事よりも、何よりも敵の数がわからない事が問題なのだ。
 同じ格好、同じ戦略で何年も何年も延々と侵攻を繰り返してくる敵と戦い続けることがどんなに辛いことか。終わりの見えない戦いは心を磨耗させ、信じるべき勝利に霞をかける。そして希望を見失い敗北だけが見えるようになった兵士から死んでいく。

(それに例え生きていてもいつまでもこんなマズい飯しか食えないんじゃやる気も失せるぜ)

 今、人類にとって何より必要なのは情報だ。たとえ1%でも0,1%でも戦争を終わらせる可能性さえ見つけられれば人間はいくらでも戦える。そのためのオルタネイティヴ3であり、そのための人工ESP発現体であった。

 若干暗い気持ちになりながら最後の合成食料を飲み込みトレイを戻そうとした時、PXに配置されたスピーカーから俄かにサイレンが鳴り響いた。周囲が慌しくなる。

"コード991発生。繰り返すコード991発生。各員は配置につけ!"

「あいつら、また来やがった!」

「クソッ、いつまで続くんだよ!」

 呆れたような溜息とは裏腹に周囲の兵士達は全力で持ち場へと向かう。どれだけダレていようともここは最前線で彼らは軍人。敵襲となれば即座に攻撃態勢を取ることを骨の髄まで染みこませている。
 ユーリーもPXを出てロッカーへ走り強化装備を着込むとブリーフィングルームではなくそのまま自分の機体の元へ向かった。

 アビオニクスの改修作業は先週にすでに終わっている。改修直後のネガ出しが済んでいないので多少心許ないが、そこは衛士は整備士を信じるものだと自分に言い聞かせる。

[着座情報転送。歩行・跳躍制御システム スタンバイ。間接統計思考制御システム 接続状態…正常。搭乗衛士……一名。パーソナルデータロードをロード開始。オペレーティングシステムを複座モードから単座モードへ変更します]

「OS起動問題なし。テストパターンをスキップ。次、兵装チェック」

 OSの起動シーケンスを確認しながらユーリーは別ウィンドウで新たな項目を呼び出す。試作機故の起動の煩雑さ。だがそこは開発衛士。慣れた手付きでパネルを操作し情報を呼び出した。

[可動兵装担架 正常 項目…………A-97突撃砲、多目的弾倉コンテナ ……ロック完了。右腕《うわん》装備、A-97突撃砲 左腕《さわん》装備 440チトゥリソーラクトラムロケット砲。跳躍ユニット KD-36F A機、B機 推進剤充填率100%]

 このMiG-25 BMベーエム型と呼ばれる戦術機は既に特攻機体であるスピオトフォズと呼ばれた過去の機体ではない。核戦術から解放され第二世代相応に軽量化された装甲とアビオニクスの変更のおかげでそれまで弱点であった近接能力と運動性は西側の第二世代戦術機に負けない水準にまで引き上げられ、速度と出力を得るために高重量・低加速・悪燃費という弱点を抱えていた旧式の跳躍ユニットも万難を排して新規設計した新型に変えられている。
 改修の結果、新たに積載量の低下や各関節の強度低下という問題を抱えてしまったものの既に現時点でこの機体の総合的な能力は西側の第二世代機ほどとは言わないまでもアリゲートルや他国の第1,5世代機を遥かに凌駕する物になっていた。

 機体のチェックが終了し出撃可能のシグナルがハンガーに灯る。
 同時に繋がったデータリンクから早速通信要請が来ていたので承諾すると――

『おい、ビャーチェノワ! 今日も出撃でどっちがより多くBETAをぶっ殺すか勝負だ!』

『この間は機体調整中だとかで逃げやがったけど今日は逃がさねーぜ!』

「げっ、ラドゥーガ大隊っ!?」

 ウィンドウに突き立てられた中指と共に映ったのは以前に衝撃的な出会いを果たしたラドゥーガ大隊の面々だ。ユーリーはあの乱闘事件以降、基地で会うたびに彼らに会うたびに喧嘩を吹っかけられているのだが……まさか出撃直前のこんなタイミングでも仕掛けてくるとは思いもよらなかった。

 BETAのスコアでの競争宣言。それも気心の知れた小隊長くらいならともかく佐官である双方の大隊長がこの通信を聞いているのかもしれない場所での暴露だ。以前同様、軍法会議などは開かれないだろうがザンギエフの事だから怒声と鉄拳制裁くらいは十分に在り得るとユーリーは身をすくめた。

 だが5秒待っても、10秒待っても叱責はこない。

(――いや、別の部隊と通信をして大隊長《ザンギエフ》が気付かないはずが無い。あのおっさん、俺をガス抜きのダシに使う気だな)

『おい、聞いてんだろ二等兵! 今日は俺達もお前も前線配置だからな! 負けたほうが今夜の晩飯抜きだ!』

「あーはいはい。いいぜ、それで」

『負けても逃げんじゃねーぞ! いいな!』

 ラドゥーガ大隊の衛士はまたしても中指を突き立てると一方的に通信を打ち切った。
 と、今度は同じ大隊の回線で通信が飛び込んできた。

『よう、ユーリー。ようやく友達ができたみたいだな』

「……勘弁してくださいよ、トルストイ中尉。俺が友達に欲しいのはボン、キュ、ボンで昼は清楚で夜は寂しがりやな女の子ですよ。なのにあんなチンピラのガキが周りにいたんじゃ怖がって近寄ってこないじゃないですか」

『ははぁ、そうは言うが私にはお前らがすっかり仲良しになったように見えるぞ。お前ももう少し子供らしくなれそうだな』

「ちょっ! 中尉!! 俺は――」

『――時間だ。ブリーフィングを始める』

「ちっ」

 全ての通信ウィンドゥが強制的に閉じられ画面の中央にいつものモヒカンと強化服姿のザンギエフの顔が大写しになる。さすがにリンクで繋がった大隊38人の前で抗議するわけにもいかずユーリーは今度は渋々引き下がった。

『これが1時間前に国防宇宙軍から国防省の総参謀会議に送られた観測データだ。最近の侵攻で飽和状態から脱したはずのエキバストゥズハイヴがカシュガルのハイヴからの増援を受けて再び飽和状態になり侵攻を再開した。規模は前回と同程度と見られる群集団が3つ。一つは東南のи2基地に、もう2つが300kmの間隔を空けてここブラーツク基地の一次警戒線に向かっている』

『くそっ、奴らマジで底なしだぜ』

 毒づくどこかの少尉に全員が頷く。
 こちらの兵站は増援どころか補充すらままならないというのに、BETA達はきっちり損失分を埋めて再侵攻ができるだけの補給を最前線まで送り込んでいる。どこの軍人でもこの点だけはBETAを羨ましいと思っているはずだ。

『作戦は第一段階において第36軍団の戦力がBETA第一群を1630までに撃破。次に第二群が来るまでに第二防衛ラインから戦術機と機甲師団を前後交代スイッチし補給と遅滞戦術を行なう。そして最終的に両軍の戦力が回復し次第、殲滅戦を開始する。今回、我々は第41軍団のラドゥーガ大隊と共に第312、第442の両戦車師団の支援のため第二防衛線に配備される。特に312の師団長は前回の戦闘で防衛線を抜けたBETAから多大な被害を受けたせいでかなり神経質になっているようだ。貴様ら一匹たりとも通すなよ!』

「ザンギエフのおっ……大佐。質問があります!」

『ビャーチェノワ二等兵か。発言を許可する』

「ハッ! 当基地に向かっているBETA集団に光線属が含まれている場合、我々が光線級に対する要撃行動に参加する可能性はありますでしょうか?」

『我が部隊は国連とソビエト連邦から優先的な補給と整備を与えられている身だ。当然、戦場で最も過酷な任務である光線属への要撃行動があれば我々は第一に引き受ける。だが戦場では指示に従え。貴様のくだらん賭けのために隊が脅かされるようなら俺は躊躇わず後ろから撃つぞ』

「ハッ! 肝に銘じます!」

 返礼しながらも内心でガッツポーズ。
 せっかく戦場に出ても例の技術は光線級無しでは手に入らない。役割を守るよう釘はさされたがユーリーは光線属を撃破する部隊に随伴さえできればいいのだ。

『よし、これでブリーフィングは終了とする。各員は自走整備支援担架ウリートカに機体を載せろ! 憎きBETA共を迎え撃つぞ!!』

『『『フラーーー!!』』』



***3時間後 シベリア戦線 クラスノヤルスク州 ウヤル区***

『CPよりレッドサイクロン。現在大隊規模のBETA集団が第一防衛ラインを抜けて幹線道路《シオッセ》沿いに接近中。戦車師団の補給完了までの足止めと突撃級の排除をお願いします』

「レッドサイクロン、了解。――ヴィエーチル中隊! 先に北に抜けて接近中のBETAを側面を攻撃しろ! ユーリー、貴様も付いていけ! 残る中隊は弾の多い機体から補給を開始だ!」

「「「「ダー!」」」

 めまぐるしく変わる戦況を写すデータリンクとCPからもたらされる司令部の情報を睨みながらザンギエフは旗下の部隊へ指示を飛ばす。
 第一波のBETAの撃破率は作戦計画から大きく遅れて未だ40%弱。ブラーツク基地は出せる全軍を出しているが先日から続く侵攻で機甲師団や砲兵隊が受けた被害が大きく、軍全体として打撃力を欠いてい状態だ。
 BETA戦以降陸戦の主役の座は戦術機に変わって久しいが戦車や砲兵、MLRSが持つ圧倒的な火力は今尚大きな影響力を持つ。どこの軍でもBETAの圧倒的物量に対して戦術機を大量に配備することは難しく面制圧は安価で大量に揃えられる彼らにまかされるのが常だった。

「……やはり、遅れているな」

「大佐、こっちは駄目です! 第一防衛ラインの奴らはどいつもこいつも援軍待ちのチキンだ! 誰も真面目に戦う気なんてありゃしない!」

 秘匿回線で報告したのは偵察から戻ったトルストイ中尉だ。
 第一防衛ラインの被害が些少であるにも関わらず先程から第2防衛ラインへのBETAの圧力が増し続けていることを不審に思ったザンギエフが彼を前線へと送ったのだが、報告の結果はザンギエフの予想通りだった。

「しかたあるまい。どこも人手不足は深刻だ。連日の出撃で衛士達の疲労は限界に近いし、そもそも連隊規模が任されるような戦域エリアを戦術機大隊が単独で防衛しているような状況だ。あれほど督戦のために政治委員ポリトルークの派遣に熱心だった国家保安委員会(KGB)や内務省(MVD)ですら最近では現地の人間に任務を委託するぐらいだからな。大方ここの担当を任された人間も損耗率を見て前線以外の場所で革命的職務を思い出したんだろう」

 政治委員への批判というソ連軍人としてのタブーを平然と破るザンギエフ。彼はソビエト連邦の市民として祖国と共産主義を愛していたが同時にイチ戦士として戦場にしゃしゃり出て兵士に対して党への忠誠心や革命思想を主張する彼らを酷く嫌ってもいた。

 だがそもそもソビエト連邦の戦場では軍事的妥当性よりも政治的妥当性が優先されるというのは随分と前の話だ。BETA戦争開始以後、敗北と苦渋を舐め続けたソ連は戦線の維持のためにとある特別・・な方法で軍を再編させたのだが、その代償として彼らは兵士達のモラルの低下と反抗心の成長を受け入れたのである。
 党はその後も督戦のために政治委員を派遣し続けたものの、悲惨な殲滅戦や撤退戦の多い対BETA戦線において戦術機戦闘と高度な法律知識も必要とする政治委員の派遣はコストに見合わないことが多かった。

「大佐、例のアレを使いますか? 軍管区の許可ならすぐにとれると思いますが……」

「無論、何もせず腐らせるつもりは無い。機を見て使うつもりだ。……まあ、ユーリーの奴には気の毒な事になるかも知れんがな」

「ははっ、確かに。ラドゥーガの悪餓鬼は先程から掃討任務でかなりスコアを稼いでいますからね。けどまあアイツには新しい戦術機おもちゃがありますから後からでも案外いい勝負ができるかもしれませんよ」

「新しいおもちゃ、か。アレは存外良く動いているようだな」

 ザンギエフは事前に手に入れミドヴィエチに登録していたMiG-25の改修情報を呼び出す。

「そうですね。推力や装甲は落ちているようですが軽量化されたことで通常のとは比べ物にならない程機動性と運動性が向上しています。反応も随分よくなってるようですし、もうアリゲートルは格闘戦では適わないでしょうね。米国のクラスターミサイルを装備するという話は聞いていますか?」

「例の天才発明家とやらが火器管制――FCSの刷新や発射の反動を受ける関節の強化案まで出したと聞いている。どれだけ積む気かは知らんがフェニックスミサイルの搭載は間違いないようだ。軽量の強襲機となるならば海軍が一枚噛んでいるのかもしれんな」

「フェニックスミサイルですか。そりゃあすごい。俺はガンシップに搭載した試作型しか見たこと無いですが、20発もあれば一気に4桁のBETAが消し飛ぶ代物ですよ」

――AIM-54 フェニックス

 元はといえばF-14で運用する前提で設計された大型長距離誘導弾システムであり戦術機という機動兵器に担架させながら光線級の射程外から制圧攻撃を加える目的で開発された兵器である。広範囲にいくつもの子爆弾をばらまくクラスター弾頭でありながらGPSと地形照合による自律誘導弾としての能力も兼ね備えたこの兵器は最大6発を戦術機に搭載することでたった12機中隊で旅団規模のBETA群に大打撃を与えることすらできるのだ。
 
 ザンギエフは勿論、この大隊に所属する人間はMiG-25 BM型がこのイルクーツクに回ってきた経緯についてはおおよその事は聞いている。
 F-14DかMiG-25の改修型かどちらが採用されるかは分からないが、このコンペティションの結果が今此処で戦うA-01部隊の生還率を、ひいてはオルタネイティヴ計画の成否を左右するのかもしれないのだ。注目度は否が応にも高くなる。

『CPよりレッドサイクロン。お話中すみません。36軍団による第一波の殲滅がかなり遅れています。このままでは後から来るBETAの第2波と合流してしまうかもしれません』

「……そうか」

 CPの報告に髭を撫でつけながらザンギエフは考えた。
 シベリア軍管区の首脳部は有能ではないが決して馬鹿ではない。これ以上の作戦の遅延が引き起こす損害も当然理解しているだろう。このままいけば彼らは当然、サボタージュ中の戦術機部隊にソビエト連邦の伝統的戦術――つまり損害無視の特攻戦法を命じるはずだ。
 だが一方で36軍団を受け持つアグーチン少将も自分の指揮下の軍をそう易々とすり減らさせるはずがない。損害担当をどこか別の部隊に押し付けるのか、それとものらりくらりと躱すのかは知らないが……このままではどう転んでもここシベリア戦線の戦力に大きな損害が発生するのは確実だった。

「大佐……」

「わかっている。ハイヴ攻略ならともかくこんな偶発的な防衛戦で祖国を守る精鋭達を失ってはならん――レッドサイクロンよりHQヘッドクォーター。申請コードを送る。解凍キーの8番を使用せよ」

『こちらHQ、コード受諾確認――基地司令から許可が下りた。回線の解放は60秒間だ』

 HQから許可された特殊な通信のパスコードが送信されると網膜に投射された視界に内務省やソビエト陸軍からの許可証が表示され、ミドヴィエチの管制ユニットからHQを通してブラーツク基地所属の全軍への回線が開かれる。
 それはザンギエフが用意した"秘密兵器"を使用するために用意していた準備であり、あるいはこの回線こそが"秘密兵器"そのものだ。

「――当戦線に展開中の全部隊に告げる!! 私は連邦陸軍所属のミハイル・ザンギエフ大佐だ!」

『ヴォールクの赤きサイクロン……』

 ウィンドウに映されたモヒカンの大男を見、そしてザンギエフの名を聞いてざわざわと回線がざわめく。
 HQの回線を使っているので、ザンギエフに届くのは兵士達の中でも質問や反論を許された現場の大隊長又は佐官以上の者の声だけである。

「――知っての通りこの戦域には我々が現在戦闘中のBETA第一群の他にも後方から第二群が接近している。第二群の数は第一とほぼ同数。この二つの集団が合流した場合我が軍には甚大な損害と戦闘の長期化が予想される。故に合流を防ぐため作戦計画では戦闘開始後から1630時までに第一群を全滅させるはずだったが、今の状況はどうだろうか!?」

 ザンギエフの怒りの混じった言葉と共にHQから全ての部隊へとデータリンクが更新され、最新の情報が表示される。現在の第一防衛ラインでのBETA殲滅率はようやく50%を超えたところだ。

「――残念だが見ての通りこのままでは作戦の達成は難しい。よって私は事態を打開するために本日ブラーツク基地に搬入した"秘密兵器"の使用を決定した」

『『『――――ッ!!』』』

 衛士達に、いや戦場にいる全兵士に極大の緊張が走る。
 戦力不足で物資不足のこの戦場でブラーツク基地がBETAに対して取れる戦術はそう多くは無い。そしてBETA大戦が始って以降、人類が劣勢を覆すために度々使用していた兵器に誰もが心当たりがあった。

『――ザンギエフ大佐、その秘密兵器とはもしや……か、核弾頭でありますか?』

 震える声で大隊長の一人がザンギエフに問う。
 光線級が跋扈するこの大地では空を飛ぶ弾道核ミサイルは使えない。核兵器を使うとなれば地雷として地中に埋め、少数の囮の戦術機部隊や餌の歩兵部隊にBETAを足止めさせながら味方もろとも爆破するのがソビエトでの一般的な使用法だ。
 だがザンギエフは首を振ってそれを否定する。

「違う。私が用意した兵器は味方を殺さない。放射能汚染も無ければBETAを倒しもしない」

『は? しかしそれでは一体……』

「――肉だ」

『……は?』

 何を言ったのか聞き取れなかった大隊長のために、いやこの場にいる軍のためにザンギエフは歯を剥き出しにして凶暴に笑って見せ、大きく声を張り上げる。

「諸君!! 祖国と党のために戦う革命の同志達よ!! 私は今日のこの苦境の中、前線で奮戦し祖国防衛のために命を燃やす諸君らのために米国はテキサスから67tの牛を用意した!! 戦術機に乗る衛士達よ!! 猛火を噴く砲兵よ!! 勇気と忍耐の歩兵よ!! 我々の絆たる通信士よ!! 私は今夜、この地獄を生き延びた君たち全員に靴底よりも分厚い天然食材のステーキを振舞う事を約束する!!」

『………………』

――ポカン、という擬音が聞こえた気がした。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろうか。
 それは突拍子も無い、あまりにも奇天烈な宣言だった。
 反応などできるわけがない。補給すら滞るほど疲弊したソビエト連邦の、国家を代表する軍人から突如戦闘中の戦域で聞かされた秘密兵器の正体がステーキ。到底理解など及ぶわけが無い。
 だが――

『……天然食材の、肉』

『靴底より分厚い……ステーキ』

 佐官が零した一言が沈黙の中でこだまする。それをきっかけにざわざわと喧騒が始り、徐々に声は大きくなっていく。

『『『お…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉッ!!』』』

 シベリアの全軍から発せられた歓声はそれぞれの部隊長のインカムを通して大隊長へそして大隊長からミドヴィエチのスピーカーへと送られる。スピーカーを通して管制ユニットすら振るわせる凄まじいまでの蛮声に満足したザンギエフは笑みを浮かべた。

 彼らの心地よいほど素直な食への欲求。あるいは生への執着が戦力や物資の不足を超えてあまりある士気の向上を果たしたのだ。

「そうだ! ステーキだ、同士達よ!! 私は今夜の君たちの食卓に肉汁溢れるステーキを提供する! だから同志達よ、戦え! その鋼の肉体で持ってBETAを討て! その鋼の意志で声を張り上げろ! その鋼の腕で同胞を守り、その鋼の顎《アギト》で戦場を平らげてみせろ!! Ураウラー!!」

――Ураааааааааааааааааааааааааааа!!

『ウラー!! 祖国万歳!! レッドサイクロン万歳!!』

『肉と党に永遠の忠誠を!!』

『俺はやるぞ! 今日の晩飯まで生き延びて見せる!』

 そして今度は桁違いの振動。今度こそソ連兵の地の果てまで響く雷鳴のような雄叫びによって戦場が震えた。
 希望を得たイルクーツク戦線に展開する数万人の兵士達の声が氷点下マイナス20度の空気を突き破り突撃級の足音どころか打ち出される砲声すら掻き消しどこまでも広がっていく。

『第180砲兵旅団、補給完了!! 撃て撃て撃てぇ! 全隊ぃ砲撃開始バムバルッ!』

『ラドゥーガ大隊、全中隊は鶴翼参陣《ウィングスリー》で前進せよ!』『衛士にばっかいい格好させんじゃねぇ!! 第312戦車師団、前進ッ! 前進ーーッ!!』

『ポイントB-3への面制圧開始します! 3・2・1――弾着、今ッ!』『こちらトエンスク中隊。BETA分集団を撃破ッ!』

 兵達の凄まじいまでの気勢とともにそれまでの苦戦が嘘のようにレーダーに映る赤い敵性指標ブリップマークが凄まじい勢いで消えていく。
 たった60秒の言葉、ソビエトの英雄レッドサイクロンの言葉がまさしく戦略級の兵器のような戦果を上げるのを見て普段は感情を出さない事を至上の義務としている司令部の面々ですら歓声を上げた。

『――CPより報告。第一群の殲滅率が加速度的に上昇していきます。65、70、75!』

「……間に合いそうだな」

 全体回線が終わり、戦局が優勢に傾くのを確認してゼンギエフは安堵の溜息をもらす。

「――ザンギエフのおっさん!! あんたすげえよ!」

「ユーリー、か」

 思ったよりも早く任務は完了していたのだろう。MiG-25はいつのまにかヴィエーチル中隊と共に第二防衛ラインまで戻ってきていた。
 何がそんなに嬉しいのか喜色満面といった様子でMiG-25BMの機体を空中で犬の尻尾のようにぶんぶんと振り回している。

「すげぇよ! ハハハッ! すげぇッ! どいつもこいつも腐ってたのに、あれだけ死にそうだったのに! 皆あんたの言葉で生き返った! たかが食い物で何万人分もの嫌な色を押し流しちまった!」

「"人間にとって食欲以上に重要な事は無い"私が尊敬する衛士おんなの言葉だ。尤も、こんな物が手に入ることはそうないが」

 今回ザンギエフが手に入れた牛肉は実は米国からソ連への輸出品ではない。貴重な天然食材の中でも高級な品とされている牛肉は本来であればこんなシベリアの奥地ではなく成長著しいブラジルの裕福な家庭に並ぶべく航空機で送られていたはずの品だった。
 だが輸送の途中で原産地であるテキサスで蓄牛に疫病発生との情報をうけてブラジル政府は輸送機を自国の関税で止め商品の受け入れを禁止させる。そうして進むも退くもできなくなった商品をザンギエフが目ざとく見つけ、タダ同然で買い取ったのだった。(疫病自体は牛にのみ発生し人体に無害なものだった)

「その衛士ってもしかしてあんたの恋人か?」

「妻だ。元は食料班に入隊して合成食材の味をなんとか向上させようと研究していたのだがな。高い衛士適正を持っていたので衛士として訓練を受けパレオロゴスでハイヴ突入部隊に抜擢された」

「パレオロゴスのハイヴ突入部隊……――ッ! それって確かおっさんがいたヴォールク連隊ってとこだろ? もう亡くなってるってことか?」

「ああ」

 ザンギエフは頷く。そこに一切の感情は無い。
 だが対照的にユーリーはまるで自分の傷に触れられたかのように悲しそうに表情を曇らせた。

「その、……ごめん」

「謝るな。妻の死は決して無駄ではない。彼女の犠牲のおかげで私はハイヴのデータを持ち帰ることが出来た。彼女の教えのおかげで今日、こうやって多くの将兵を救うことが出来た。死してBETAに喰われはしたが、妻が生きた証はこうやって我々の中に生きている」

 ザンギエフは妻について胸を張って語ったが、ユーリーにはその誇らしげな声音の中に"痛み"を見つけた。

――それは多分、唯一の弱点だ。
 無双の衛士であるザンギエフの、至高の兵士であるレッドサイクロンの、そして完璧な男であるミハイルという三つの人格の中心に位置する彼の強さの根源。
 見てはいけないものをみたような気がしたが弱さと強さという矛盾する両面を見てユーリーはミハイル・ザンギエフという人物をもっと知りたいと思った。

「……なあ、おっさんはどうしてそうまで戦えるんだ? アンタ前線にいない時も非番の日もほとんど休みを取ってないだろう? 毎日毎日仕事と戦争……家族も好きな女もいないこんな国のために、どうしてこんなにも戦えるんだ?」

「では逆に聞こう。お前は何故戦っている? 確かにお前はオレに倒されソビエトのために戦うように命じられた。だがオレにはお前はここに来た直後から自分から進んでBETAと戦っているように見える」

 ゴクリと生唾を飲み込む。
 若干の逡巡の後、意を決してユーリーは口を開いた。

「俺は…………俺はリューのために戦っている。BETAと戦えばリューを治す機械が作れるんだ」

「――そうか」

「……何も聞かないのか?」

「理解は出来んが……想像はつく。イズベルガ女史じょしは才ある人物だが不世出ふせいしゅつというほどではない。そして彼女があの陸上戦艦とやらを持ち込んだのはお前の初陣の直後だ」

「………………」

 押し黙ったのは不安からだった。
 自由にできる今ならば良いがもし例の能力の事を党に報告されれば、党はなりふり構わずユーリーを利用しようとするだろう。
 そうなればリュドミラを救うという目的は一層遠のくことになる。

「ユーリー、もう一つ聞こう。お前は女史がミグ設計局から依頼されたMiG-25《スピオトフォズ》の改修にも積極的に携わっているな? それは何故だ?」

「それは、博士が巻き込まれて……――いや、違うか。本当は多分、俺自身がこの機体を気に入ったからだ。コイツ、始めはドン亀のダメダメ戦術機だったけど乗ってみると意外と見所があったんだ。改修の話を聞いてコイツが力を出し切れるようになれば、きっと今とは比べ物にならないくらい活躍して沢山の人を守れるかもしれないって……思ったのかもな」

 国家の一大計画に加わるには余りに曖昧な理由といってもいい。
 だがウィンドウに映る大男はそれを否定せずユーリーの感情に頷いた。

「私の戦う理由もそうだ。確かにこの国は――共産主義という仕組みは問題が多い。西側の国々から見れば我々共産圏の国家は貧しくて息苦しいと思うのも無理は無いだろう。だが間違いだらけでも、今もなお外道を行なっているとしても、80年前に富や権力を独占し圧政を敷いていた資本家貴族の打倒や貧しい人々のために公平で平等な国を目指した人々の想いだけは本物だ。残念ながらその過程も今に至る結果は最善でも最良でもないが、資本主義の豊かさと発展の影で人々が目を背けて怠り続けてきた最先端の正義を為そうというこの国の未来をオレは見たいのだ』

「最先端の……正義」

「お前は共産主義者コミュニストではないから、お前の求める未来はオレのそれとは違うかもしれん。だがもしどんな未来へ向かうとしても、今日この戦場で見た"色"を忘れるな。お前が見た色は道標みちしるべだ。たとえどんなに深い絶望を見ても希望の灯火さえあれば人は何度でも立ち向かえる」




***1988年 2月15日 アラスカ ソビエト連邦首都セラウィク官庁区 スフォーニ技術設計局***


「ほう、それで?」

「は、その物資によって士気を回復したシベリア戦線は予定以上の速度でBETA集団を撃破しました。そして更に同日、ザンギエフ大佐から党本部へ軍の36人の補給将校による前線への軍需物資の横領の証拠が提出されました。補給将校達にはすぐに銃殺刑が執行され、後任には同じくミハイル・ザンギエフ大佐推薦の人材が着くことになっています。これによって前線の食糧事情は8%以上改善されるかと」

 ここはこの国の技術開発の双璧、スフォーニ設計局の本局。
 三ブロック隣にある30階建てのミコヤム・グルビッチ設計局に対抗して35階層に立てられたこの建物の中でも限られた数人しか使用を許可されない最上階のオフィスに彼ら二人はいた。

「レッドサイクロンの推薦……それはつまり脳みそまで筋肉でできた石頭連中が今後の前線の兵站業務を行うという事かね?」

「は、その通りです。彼らは無能でも有能でもありませんが、あのレッドサイクロンが選んだ人材です。今後の懐柔策は難しくなると思われます」

 できない、とは言わない。生き馬の目を抜くようなソビエトの官僚の競争社会で、そして何より目の前のスフォーニ設計局長官の中将の前で能力の限界を口にした人間の末路がどうなるか、このブドミール・ロゴフスキーと呼ばれる軍人はよく知っていた。

「ふん、だがそれはどの設計局も同じことだろう。それに政治的にあらゆる機関に対して中立であるレッドサイクロンの手が兵站部に入ることは劣勢である我がスフォーニにとって悪いことではない。それよりも例の子供とミグ共の狩人オフォトニク計画とやらはどうなっている?」

「開発衛士であるビャーチェノワ二等兵がBETA撃破スコアが士官として充分と認められたため2月17日付けで二等兵から准尉に昇進しました。MiG-25 BMベーエム型も既に予定の改修を終えています。スケジュールはほぼ計画書どおり、設計局からの改修命令や現状の性能も我々が事前に内通者から手に入れた内容と大差ありません。このまま行けば改修機の性能はF-14Dの性能に遠く及ばないでしょう。ただ……」

 声のトーンを落すロゴフスキー。

「なんだ?」

「我々の手の届かないルートからブラーツク基地にいくつかミグの規格外の部品が運び込まれています。大半が戦術機関連ですが他にもイズベルガ博士の名前で医療機器や精密機械なども持ち込まれているようで……」

「例の大天才による独自の改修案があるかもしれんのか。全く、厄介な……――待て。医療機器だと?」

 中将は少し考えると端末を操作し、部下の言う搬入物のリストを開く。

「マイクロサージェリーに電針、超々細型のF.E.Tフェット器具……どれも脳外科の道具のようだな」

「ハッ! しかしイズベルガ・イングリート・オッティールト・ピュヒョには学歴どころか交友関係を洗っても医学との接点がありません。正直、医療知識を持っている可能性は限りなく低いはずですが……」

 学歴を見て医療知識は無いと断言するこの男の判断は正しい。
 数ある学問の中でも医学だけは才能や努力だけで修めることはできない。人体の弄り方を覚えその技術を治療という魔法にまで昇華させるためには人間に関する膨大な標本と実験データ、それに極めて高度な機材と様々な薬品が必要だ。加えてイズベルガはチェコの最高学府を出ていても工学系の人間であり学生の頃から火器の設計にしか興味が無かった。医療や薬学に対しては文系と同じくらい接点が無い人物である。

「そんな事は分かっておる! しかし現時点で彼女がこうして高度な医療機器を集めていることは事実だ。もしその狙いが我々の"ПЗ計画"と同じだとしたら、現行のスフォーニ設計局のプランは大きく崩れることになる」

 中将の脳裏に浮かんだのは開発衛士であるユーリーではなく、昏睡中であるはずのもう一人のESP発現体――リュドミラ・アドニー・ビャーチェノワの方だ。もしもイズベルガの狙いが彼女を目覚めさせ、今タルキートナで彼らスフォーニ設計局が人工ESP発現体に行なわせているのと同じ処置を施すことであれば大金を投じて用意してきたПЗ計画の優位性は失われてしまう。
 それだけは絶対に避けねばならない。
 何しろスフォーニ設計局はミグ設計局以上に、オルタネイティヴ第3計画の制式戦術機の競合コンペティションに力を入れているのだ。

 このソビエトで戦術機開発を行うようになって早15年。その間、スフォーニ設計局はミコヤム・グルビッチ設計局と主力戦術機の開発を争い続けているが未だに主力機として採用に至ったことはない。だがそれは決してスフォーニ開発局の技術力が劣っていたわけではない。
 Su-11の開発時はライセンス生産のために米国に派遣する技術主任が出発前夜に突如ありもしない公金横領の罪で逮捕された。残ったメンバーだけで渡米し最低限の技術を得ることは出来たものの、主任を欠いた状態で開発した結果完成した戦術機は部品製造精度の低さから連続稼働時間、兵装搭載能力に欠け不採用となった。
 Su-15の開発時は機体性能の向上のために惜しみなく開発費用を投じた上に前回の二の舞を踏むまいと国家政治局(GPU)に支払う賄賂の金額を倍に増やしすらした。整備性が悪く稼働率の劣悪を晒したミグの新型に比べて設計の全面改修によって隙のない優等生に仕上げたスフォーニ設計局はソビエト連邦軍から制式番号を受領し量産試験に移行。そしていよいよ生産ラインの本格稼動……というところで突然、全くなんの予兆も無くSu-15は性能不十分とされ主力機選定を落されたのだ。
 後に彼が将官になって初めて閲覧の叶った資料に当時党が性能不十分と判断した根拠が、聞いた事の無い評価委員会が提示したされる全くデタラメな開発報告書によるものだとわかった時は怒りの余り自宅の食器や家具を全て叩き壊してしまうほどだ。

 何はともあれこの将官が率いるスフォーニ設計局にはもう後が無い。二度も開発競争に負けたことにより党からの開発資金は先細り。裏金プールもコネも磨り潰されてしまったこの設計局がとった方策こそがある意味で真っ当な米国のノースロック・グラナン社からの技術輸入であった。

 すでに賽は投げられている。故にどんな些細なことでも不安要素は潰しておかなければならない。

「由々しき事態ですが……やはりどう見積もってもその可能性は低いかと。確かに彼女は天才かもしれませんが、それでも単独の能力というものには限度があります。昨日陸上戦艦というアイデアを吐き出し、そして今日戦術機開発という難事にリソースを割いているのであれば、これ以上のものが出てくるというのはありえないはずです」

「そんな保証がどこにある! 現に今この女は医療機器を集めているではないか! 役に立たん奴め! もういい、私が手を打つ」

 こみ上げてきた頭痛を抑えながら怒鳴りつけると電話を取って普段は使わないタルキートナへのダイヤルを開く。

「――ラフマニノフ教授か? 例の計画を急ぎたい。進捗はどうなっている?」

『―――――――』

「ベリャーエフ君が? そうか……分かっている。もちろん、急かせた分は今後のあなたの研究予算に色をつけさせてもらおう。だが一つ確認しておきたい。君らが絶賛する"被験体達"とやらは本当に例のイレギュラーを超えることができるんだろうな?」

『―――ッ!! ――――! ―――!』

 プライドを傷つける発言に電話の向こうの老人は大きく声を荒げたてる。声に当てられてリチェンコは慌てて受話器から耳を離した。

「……よろしい。完成に期待しよう。ところで、オルタネイティブ計画については全てが極めて重要な機密だ。数字のままでは色々と弊害が……何? 弟子の娘達の名前をつけただと? ああ、ああ。わかった。どうでもよい。名前があることが重要なのだ」

『――――。―――』

「ああ、楽しみにしている。今度こちらのウォッカを送ろう。よろしく頼むよ」

 いい返事を得られたからか、重役は今度は上機嫌に受話器を置いた。

「それでリチェンコ長官。いかがいたしましょうか?」

「ああ、ПЗ計画を5年分前倒しにする。来年には同志ベリャーエフ博士と国連軍から例の人工ESP発現体とやらを引っ張ってこれそうだ。準備のために例の被験体を君の率いる中央戦略開発軍団に入れておいてくれ」

「了解しました閣下。被験体達の名前をいただけますか?」

 重役はサッサと紙にペンを走らせるとロゴフスキーにぞんざいに投げ渡す。

――Крыска Бяченова
――Иния Шестина

 メモに書かれていたのは二人の女性名だった。

「――クリスカ・ビャーチェノワとイーニャ・シェスチナ……ではこの二体が」

「そうだ。ロゴフスキー君。この二体こそが我々スフォーニの秘密兵器・・・・だ。この二体の性能によって我々の戦術機は真の能力を発揮し将来は戦術機市場における不動の地位を勝ち取る。全ては祖国の栄光のために」

「はい。祖国の栄光のために」

 彼らが脳裏に浮かべているのは人類の勝利でも、共産主義の未来でも、二人の少女の行く末でもなくただ我欲と己の栄達のみ。
 モニターの光が薄暗い部屋に落した二人の影はミグ設計局の二人と同じく深い闇を孕んで揺れていた。






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