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No.32864の一覧
[0] Muv-Luv Red/Moon/Alternative[大蒜](2012/04/21 02:12)
[1] 1、「また夢の話を聞かせてくれ」[大蒜](2012/05/17 12:54)
[2] 2、「なるほど、ミュータントじゃな」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[3] 3、「あれが、戦術機……!」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[4] 4、「世界最強の人間だ」[大蒜](2012/05/17 12:55)
[5] 5、「ウゥゥゥーーーラァァァァ!!!」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[6] 6、「ここに人類の希望を探しに来た」[大蒜](2012/05/17 12:56)
[7] 7、「光」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[8] 8、「俺の名前を呼んでくれ!」~A.W.0011~[大蒜](2012/10/23 23:34)
[9] 9、「待っています」[大蒜](2012/05/18 20:43)
[10] 10、「大佐を信じて突き進め!」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[11] 11、「ひどい有様だ」[大蒜](2012/05/18 20:44)
[12] 12、「秘密兵器」[大蒜](2012/09/19 22:21)
[13] 13,「どうしてこんな子供をっ!?」[大蒜](2012/09/19 22:15)
[14] 14、「やはり、あいつは甘すぎる」[大蒜](2012/09/19 22:17)
[15] 15、「メドゥーサ」[大蒜](2012/08/25 00:36)
[16] 16、「雷帝《ツァーリ・ボンバ》」[大蒜](2013/03/09 21:40)
[17] 17、「あなたに、力を……」[大蒜](2013/01/15 00:46)
[18] 18、「トップになれ」[大蒜](2012/10/22 23:58)
[19] 19、「Lolelaiの海」~A.W.0015~[大蒜](2012/10/23 23:33)
[20] 20、「ようやく来たか」[大蒜](2013/06/24 00:41)
[21] 21、「何をしてでも、必ず」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[22] 22、「謝々!」[大蒜](2013/06/24 00:42)
[23] 23、「二人が揃えば」[大蒜](2013/03/24 19:08)
[24] 24、「私を信じてくれる?」[大蒜](2013/04/30 15:56)
[25] 25、「天上の存在」[大蒜](2013/06/17 11:22)
[26] 26、「絶対駄目っ!」[大蒜](2015/01/07 01:55)
[27] 27、「僕がニュータイプだ」[大蒜](2016/08/13 23:27)
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[32864] 11、「ひどい有様だ」
Name: 大蒜◆9914af20 ID:86f1a2a8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/18 20:44
11、「ひどい有様だ」~Muv-Luv:RedCyclone~


***1987年 6月25日 ソ連領シベリア軍管区イルクーツク州 ブラーツク基地 第7戦術機ハンガー ***

「ひどい有様だ」

 国連軍からここソビエト連邦の陸軍に移籍し、本日無事に"二度目の"初陣を済ませたユーリーが空だったりスクラップばかりを収納している戦術機ハンガーの様子を見てそう呟いた。

 未明に行われたBETA群による襲撃。シベリア軍管区に駐留する36軍と41軍は当初こそ苦戦していたものの、ザンギエフ大佐率いる部隊が光線級要撃に成功したことでなんとか戦線を再構築。そして光線級を駆逐できたことで出撃できた虎の子の戦闘ヘリ部隊に加え近隣のチタやハバロフスクから送られた援軍を投入することでようやくBETA群の殲滅に成功したのだ。
 今回の戦闘での戦術機の損耗率は全軍で約17%、戦車部隊や砲兵師団に至っては一部が地下侵攻によって戦線が突破されたこともあり、損害は倍以上になる。先程から頻繁にウリートカや運搬用のダンプカーが出入りしているのは戦場で行動不能になった兵器を回収するためだが、それで戻る戦力など損失の5%未満だろう。
 そして兵器の損失以上に痛いのは人材の損失だ。ブラーツク基地は元々後方支援基地を豊富に持っているシベリア軍管区の中でも屈指の一大拠点であり、それだけスタッフや戦闘員も多く配属されていたはずだがその人口は配属間も無いユーリーにもわかるほどの減少を見せていた。

「本当、酷いわよね。ああ、もう! 今日だけで一体何丁の銃と砲が失われたのかしら!」

 いつの間にかユーリーの隣に立っていた栗色の髪をシニヨンにした白衣の女性が手に持っていた書類の束を捻りながら嘆かわしげに言った。

「博士はこんなときも銃の心配かよ……ま、銃の国のチェコ人らしいといえばらしいけどな」

「二等兵衛士くん、また間違えてる! 何度も言ってるでしょう? 私はチェコ人じゃないの! ス・ロ・バ・キ・ア・人! チェコスロバキア社会主義共和国"反チェコ人同盟"技術開発局所属のイズベルガよ」

 そう言って女性は胸に提げた身分証をユーリーに掲げる。ドイツによく似た言語(スロバキア語)とロシア語で書かれたソレにはイズベルガ・イングリート・オッティールト・ピュヒョという名前と共に確かにACU(反チェコ人同盟)という身分証明書としてはふざけた所属が記されていた。
 この女性――イズベルガ博士は今は無きチェコスロバキア社会主義共和国から数日前にソビエト連邦のミコヤム・グルビッチ設計局に派遣された"スロバキア人"の技術者だ。火砲や銃器の専門家である彼女は今回自分達で開発した新兵器の実戦テストのためにシベリアに来たのだが、8歳という年齢にも関わらず衛士の資格を持ったユーリーに興味を持ち度々会話を交わす中になっていた。

「本当に公式の機関だったのか……」

「で、どうだったの? "440mmトラムラケートゥ"と"S-11混合炸薬弾頭"の威力は。突撃級は倒せた? 要塞級は? 主腕は何発で駄目になった?」

「ええっと、一発きりだったけど重光線級を4体――って最後のはなんだよ! 一発撃っただけで右腕のコンディションが悪くなったと思ったら、やっぱりあのバズーカのせいか!」

「えー、一発しか撃たなかったの? 信じられない! 基地司令が実機での試験は止めてくれって言うから、わざわざ大佐に直訴してスピオトフォズの装備に捻じ込んだっていうのに!」

「……出撃前の整備士達のあの妙な励ましはそういうことだったのか」

 てっきりミコヤム・グルビッチ設計局から押し付けられたあの戦術機に問題があるのかと思っていたが、どうやら機体だけでなく兵装、年齢と三重の意味で問題を抱えたユーリーの帰還を絶望視しての憐憫れんびんの眼差しだったらしい。
 ちなみに先の戦闘でユーリーはザンギエフから徹底して"随伴する補給コンテナ"でいるように命令されていた。それは予備弾倉を持たないミドヴィエチがスピオトフォズの兵器積載量に期待していたのもそうだが新兵器に対する不信感もあったのだろう。

「勘弁してくれよ! ただでさえ動きの悪い重戦術機メタボに補給コンテナまで載せてるってのに、その上弾数の少ないバズーカなんて積んでたら戦いにくくて仕様がないだろ」

「それがどうしたのよ! 戦術機が使ってる突撃砲なんてナンセンスだわ! 火砲は口径! 火砲は轟音! そして大地を揺るがす反動があってこそ本当の火力と呼べるのよ! 36mmなんて豆鉄砲が使いたいなら歩兵に持たせなさい!」

「そういう大艦巨砲主義は要塞砲か戦艦でやってくれよ……」

 腕を振り上げ熱弁を奮うイズベルガ博士に嘆息しながらユーリーは呟いた。

 この女性、少々年はいってるが胸は大きいし顔も整っている。黙ってさえいれば文句なしにユーリーのストライクゾーンなのだが、頭の中は銃器と火砲の事ばかりで異性には全く興味が無いようなのだ。それでも諦められずに欠点に目を瞑って口説き落とそうした兵士がいたらしいがイズベルガから返ってきた答えは

『私と寝たいならドーラ並みか最低でもヤマトの主砲並みのモノを持ってきなさい。というかせめて×××を秒速800m以上でで撃ちだせるようになりなさい』

 だったらしい。ちなみにどちらの砲も人間の全長を遥かに超えているし、人間は体のどこを捻っても秒速800メートルでナニカを撃ち出す機能は持ち合わせていない。

「無理よ無理無理。戦場は内陸で今や主役は戦術機だもの。戦車は足と電子装備関係重視だし、海に浮いてるだけでBETAと戦えない戦艦なんて誰も予算を出そうと思わないのよ」

「海に浮いている……? あ、そうだった」

 そうだった。うっかりしていたとユーリーは顔をしかめた。
 失念していたがこの世界の戦艦は陸を進めないのだ。
 自分の元居た世界ではMSの機動性と環境を選ばない便利な運用能力を活かすためにMS母艦には当たり前のようにあらゆる場所で展開できる能力が必要とされていた。アルプス級(ジャミルが乗っていたフリーデン等)やロッキー級、大きなものでは移動要塞バンダールとむしろ戦艦の活躍の場は地上が主だったといってもいい。
 そのため低いコストで水面でも陸上でも大質量を動かせる移動方法としてホバー技術が発達していたわけだが……

――高度密閉型スカート、熱核ホバーエンジン、

「……あれ? ……何だ、これ……?」

 過去に乗っていた陸上戦艦を思い出した辺りで突然ユーリーに頭痛が走った。

「うっ……ぐぁ……」

「ちょ、ちょっと二等兵衛士君? どうしたの? いやだ、もしかして戦術機酔い?」

――船体用CNTワイヤ素材、MS係留用双頭クレーン

 痛みと同時何かが聞こえる。何かが見える。
 まるで目から直接バーナーの火を入れて脳に焼き付けているようだ。押さえても止まない痛みにユーリーは崩れこむ。

(なんだ!? 何が、無理矢理オレの中に入り込んできている……!)

 強く燃えるような痛みとともに鮮明な何かのいくつものイメージがユーリーの脳幹に焼き付けられていく。

「……三重ハニカム構造、陸上大型船舶建造法……」

「ちょっとしっかりしてよ! 何? 何て言ってるの?」

「×××、ホ×ー××ン××、×××××、…………、…………」

 だが程なくしてイメージが曖昧になり始め、徐々に頭痛も薄れていった。

「ねえ? 自分で医務室まで歩ける? それとも今すぐ衛生兵呼ぼうか?」

「………………」

 イズベルガはユーリーを抱き上げ揺さぶりながら彼の容態を確認する。
 ユーリーは数秒の間は思考を成せずぼーっとしていた。が突然、彼女が抱える書類とボールペンを視界に捉えると跳ね起きた。

「――ッ!! 貸せっ!!」

「キャッ!!」

 まるで食料を奪う野生動物のようにイズベルガの手から書類とペンを奪う。そして何もいわずに床に書類をぶち撒けると自らも這い蹲り、四つんばいのままセカセカとボールペンを動かし始める。

「ちょっと、二等兵君! それ司令に提出する報告書なのよ!」

「………………」

 書面の裏も表も無く既に何か書かれていようとお構い無しに描き続けていくユーリー。悪霊にとり憑つかれたように彼が書類に記すそれは図であったり、箇条書きされた英文であったり何かの数式のような物もあって統一性は無い。
 だが徐々にその枚数が増えるに連れて優秀な兵器開発者のイズベルガはそれらが示す一つの答えが見えてくる。

「ねえ、これって……ひょっとして何かの技術書なの?」

「………………」

 問いかけるがユーリーからの答えはない。
 ならば、と勝手に描き終えた紙を拾い上げて何枚か目を通したところで更に彼女の目を剥く様な衝撃が襲った。

「三重ハニカム構造を持った船体技術……次は密閉スカートに超高熱のジェットエンジンを内臓……って――ええっ、まさか! これ全部、ホバー戦艦の建造技術!!? 嘘っ、こんなの理論すら聞いたこと無いわよ!」

 慌てて残りの書類をかき集め、纏めるイズベルガ。ふともし紙が無くなればこのまたとないチャンスが中途半端に終わるかもしれないと思い立ち、近くにあった整備兵詰め所のFAXプリンタからありったけの用紙を引き抜いてユーリーのそばに置く。

 ユーリーはその後もしばらく無言のまま書き続けたが最初の書類束を使いきり、何枚かのプリンタ用紙を消費したところでようやく手を止めた。

「ふぅ……」

 そしてそこで初めて、自分が何をしていたか気付いたようだった。

(今のは何だ?)

 書き出した技術はまだ全て覚えている。
 突然の閃きにしては具体的に過ぎ、忘却からの回復にしては受け入れたものはあまりに鮮明だ。

(さっきの"ここではないどこかから"自分にイメージが流れ込んでくる感覚……思い付きとか、思い出したなんてもんじゃない。だとすると、技術を取り寄せた・・・・・? 俺が元いた世界の地球連邦軍から? そんなことが可能なのか?)

 不可能。いや、絶対に有り得ないと言ってもいい。異世界から情報を、それも軍事情報だけを狙って手に入れる特殊能力など聞いたことがない。
 ユーリーは記憶を探り今まで聞きかじった物理の知識からこの現象を解き明かそうとしたが、考えれば考えるほどこの不可思議な現象は不可解で非科学的だ。

「ねえ、二等兵衛士君。もう終わりなの?」

「えっ……あ、ああ。ごめんな博士、大事な書類をこんなにしちまって……」

「そんなのはどうでもいいのわ。これ軍事用の陸上艦なんでしょ? だとしたらこれで全部じゃないはずだわ」

「全部じゃない?」

「ここには船体の航行技術から船全体の構造まで記されているけど……ほら、ここの空白……肝心な物が書かれてないわ」

「なんだって?」

 言われるがままにイズベルガから書類――もとい設計図を受け取るがそこには確かに空白があった。しかもよりにもよって戦艦を作るうえで最も高い技術が必要とされる場所――動力源や装甲素材などの場所が全て空白になっていたのだ。
 もしや描き忘れたのかとユーリーは先程までの自分の記憶を手繰り寄せるが記憶のどこにも該当箇所の技術は無い。

「くそ、よりにもよって核融合炉の部分が無いなんて……」

 この戦艦に搭載されているホバー航法はエネルギー効率においてこちらの世界のホバー技術など比べ物にならないほどの効率を発揮するが、それほどの技術をもってしても戦艦という鋼鉄の要塞を動かし宙に浮かべるにはガソリンエンジンを遥かに超えるエネルギーを必要とする。この世界にも一応核反応技術はあるので代用はできるかもしれないが、MSに繋がる技術を手に入れられなかったのは大きな失態だ。
 だが、生憎イズベルガの興味は全く別の場所にあった。

「核融合炉なんてどうでもいいのよ! 主砲よ、主砲! スペースと弾倉からして砲身23メートル以下、おそらくは35センチ径2連装4門装備であろうこの戦艦の主砲の情報が全く載ってないのは一体どういう了見なのよ!!」

「この大砲バカ! もうほとんどわかってるじゃねーか!」

「冗談! こんなの何も分かってないも同然じゃない。弾種! 最大射程! 連射速度! ほら、なんでもいいからもうちょっと捻り出せないの?」

「あー、ちょっと待ってろよ……」

 主砲のことは置いておいてせめて核融合炉だけでも取り寄せられないかと必死で念じてみる。
 だがどれだけ唸っても力んでみても、一向に先程の頭痛は現れなかった。

(……何か条件があるのか?)

「ぬ~~~~~~~~~お~~~~~~!!」

 先程の頭痛の直前の行動を思い出しもう一度アルプス級陸上戦艦のイメージを浮かべてみる……が、駄目。
 陸上戦艦は品切れなのかもしれないと、今度は頭の中で思いつく限りの宇宙戦艦、モビルスーツ、モビルアーマーを必死で並べながら、目の前が赤くなるほど強く目を瞑り、指が白くなるまで握り締める。。

「ふぬぬぬぬぬーーーーー!!!」

 だがユーリーがどれだけの努力をかき集めてもさきほどの感覚が戻ってくることは無く、力んだ反動でユーリーはがっくりと床に崩れ落ちた。

「…………駄目みたいね。いえ、これだけの技術が手に入ったのはまさしく奇跡だわ。というか二等兵君、この設計図の陸上戦艦は一体なんなの? こんな技術、本国ソビエトでも無理だろうし……米国の秘密兵器? それとも超古代文明の遺産?」

「……わからないんだ。急に頭の中に浮かんできた」

「ふーん。超常現象ってわけね」

 地球連邦軍と前世のことは話さない。自分の身に起こった事実だけをイズベルガに述べた。

「なんにせよ礼を言うわ。この書類に書かれた技術。これがあれば人類の陸戦は間違いなく大きく変わる。陸上艦に戦艦並みの火砲を積めるようになれば、地上に展開できる支援砲撃の密度は今までとは比較にならない位増やせるわ。支援砲撃が増えれば衛士や前線の負担はずっと軽くできるし、もしかしたらハイヴの攻略だって可能になるかもしれない! そうすれば私の祖国だって……」

 未来を語るイズベルガの胸の辺りにまるで花が咲いたような明るい色のハレーションを見てユーリーはおや、と首を傾げた。もともとリーディングは苦手だが一応訓練は受けている。だが彼女が示した色は見た事の無い色だ。

「祖国と言えば二等兵君、そういえばあなたタルキートナから来たって言ってたわよね? ヴィクトール・ガスパロフ閣下はご健在?」

「閣下? ……ああ、ガスパロフ司令ね。そういえばあの人もチェコスロバキアの……って、あの人ってチェコ人じゃなかったっけ?」

 チェコ人とスロバキア人、少なくとも外国の人間からすれば見た目で判断できるような違いは無いが、ユーリーは以前それとなしに彼がチェコ人だという話を聞いていた。
 そんな人物をなぜイズベルガは閣下と呼ぶのだろうか?

「一緒にしないで頂戴。チェコ人はチェコ人でもガスパロフ閣下は別……いいえ、別格と言ってもいいわ。彼はBETA共によって暗黒に落とされた私達の国に誇りを取り戻し、東欧全体に希望をもたらした神の御使いなのよ!」

 恍惚とした表情でイズベルガが言う。さきほどまで色とりどりだったハレーションはいつの間にかピンク一色に染まっていた。

(うわっ、今度は神について語り出したよ……この人、美人なのに結婚で苦労しそうだなぁ)

「何? その不満と憐憫れんびんが入り混じった顔は?」 

「いいえ、ナンデモアリマセン」

「そう。ま、あなたの年じゃ閣下の栄光を知らなくていまいちピンとこないのも無理は無いわ。説明してあげましょう。いいこと? 1980年にチェコスロバキア国共産党政府は突然BETA戦線からの離脱するという発表を行なったの。そのせいで近隣の欧州国家はもちろん盟主のソビエト連邦からも絶縁状態、国内では私達ACUを含む4つの軍閥が入り乱れての内紛というドン底の状態に陥ったわ」

「――おいおい、1980年って言うとヨーロッパがパレオロゴス後の猛攻を受けていた時期だろ? そんな時期に戦線離脱して孤立した挙句に、内紛? 何やってるんだよ。最悪じゃないか」

 イズベルガの説明はおおまかに過ぎたが、それでもユーリーには彼女の国が背負った危難が想像できる。
 当時のことを思い出したのか彼女の表情も暗かった。

「……そうね。本当に最悪だったわ。BETAのヨーロッパ侵攻が激化していて、世界中のメディアから"人類の危機にすら仲間割れにいそしむ愚かな国家"なんて取りざたされて世界中から蔑まれた。私達ACUも他の軍閥もみんなわかっていたわ。このままじゃいけない。このまま人間同士の戦いに勝って他の軍閥を排除してもすぐにBETAに殺されるだけだって。だけど、それでも私達は人間相手に戦うことをやめられなかった」

 当時チェコスロバキアにあった軍閥は4つ。
 イズベルガが所属しチェコ人によって弾圧を受けていた少数民族によって作られたグループ"ACU"(反チェコ人同盟)、BETA西進以前から共産主義からの脱却を目指して活動を続けてきた"ERLs"(チェコ経済開放戦線)、元は少数民族からの自衛の名目で作られながら次第にチェコ民族至上主義団体へと変化した"白き盾"、そして東西両側と見放された上に内乱で真っ先に叩かれ急速に力を落としていたチェコスロバキアの"共産党政府"。

 4つのどれもが単なる社会団体やデモ団体ではなく純然たる武力組織だ。しかも彼らが争っていたのは金や名誉のためではない、あらゆる人間が長年の溜まりに溜まった怨嗟をぶつけ合う生存競争。外国やその他勢力ならまだしも、共産主義と自由主義、チェコ民族と少数民族、金持ちの資産家と貧しさの理由を外に求めた市民。どれもが不倶戴天の敵であり融和の余地など無い。

 だから戦うしかなかった。恨みを晴らすまで、あるいは敵を全て滅ぼすまで。

「――じゃあ本当は……誰も戦いたくなんてなかった・・・・・・・・・・・・・? なのにどいつもこいつも戦っていた?」

「――そうよ。みんなBETAによる滅びが迫っているのはわかっていた。けれどどうしてもやめられなかったのよ。敵が許せないから、皆が戦う事を望んでいたから」

 イズベルガが一瞬だけ放つ暗い色を見てユーリーは驚愕し、唾を飲み込んだ。

 彼は前世からずっと思っていた。戦争を始め、それを続けようとする奴は間違っている。そして戦争をやめられないのは政治家や軍人に他人を思いやる心がないからだ、と。
 それは決して間違いではない。戦いは往々にして無関係の者も巻き込む。イズベルガの言っていた4つの軍閥だって、その理念や方針に納得できないまま所属していた人間だっているだろう。そんな人間に銃を持たせ、自分達が勝手に定めた敵と殺し合いをさせるのが正しい事であるはずがない。
 だが彼女の言った戦争はどうだろう。差別されていた少数民族と彼らから恨みを受けて暴力を振るわれた市民。間違った政治を正そうとする革命派と迫る危機を防ぐためにどうしても国家を一つにしなければいけない政府。誰にも譲れない理由がある。それは命をすり潰す恐ろしい倫理の矛盾。

 例え自らの主張や行為に悪意が含まれていたとしても彼らは決して止まれない。なぜならそれは"正しい事"だからだ。

 彼らの対話を隔てるのはたった一枚の壁。それは正しい事をするべきという良心。それが人から本当に正しい事を遠ざける。

「でもねそんな時に現れたのがヴィクトール・ガスパロフよ。閣下はチェコスロバキアの全てを変えてくれた。留学していた時のツテでソ連から僅かな戦力を借り受けてきた彼は帰国するなり4つの軍閥全部に襲撃をしかけた。そしてそれまでただでさえ入り乱れていた戦況を更に混沌とさせる・・・・・・・・事によって4つの軍閥全ての利害を調整したのよ」

 イズベルガは映画の要約でも語るように簡単に言った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。具体的に何があったんだ?」

「わからないわ」

 ユーリーの問いかけにイズベルガは笑顔のまま首を横に振る。

「今や本人しかわからないの。多分とんでもなく汚い手を使ったんでしょうね。殺人はもちろん誘拐に恐喝、拷問とか……でも混沌としていた戦況が彼が来た途端まるで塩をかけたナメクジみたいにみるみる小さくなっていったわ。そして幹部や物資を失って4つの軍閥がいよいよ身動きができなくなった時にガスパロフ閣下はこう言ったのよ。"さあ、諸君。もういちどこの国を始めよう"ってね。結局、チェコスロバキアはそれまで通り共産党政府が統治することになったけど閣下が作ってくれた新しい国はずいぶんと住みやすくなったわ」

 その後、ヴィクトール・ガスパロフの偉業は瞬く間に世界中に知れ渡ることとなる。多少譲歩したとはいえソビエト連邦にとって混迷していた欧州で工業立国であるチェコスロバキアを共産圏に留めた功績は大きい。そして西側諸国にとってもチェコスロバキアが持ち直し自分達の盾となる対BETA戦線を補強できたのは喜ばしいことであった。そして何より世界全体が"BETAと戦うために武器を捨て人類同士で一致団結した"というニュースを欲していたのである。
 チェコスロバキアは対BETA専門の軍事組織として編成し直した陸軍を用いて再び欧州戦線に参加する。人類同士の内紛から解放されたチェコスロバキア軍は士気も旺盛に各地で奮戦し、"東欧で最も精強で最も民主的な国家"であるとして高く評価されるに至った。
 そしてチェコスロバキア政府のトップとしての地位が約束されていたヴィクトール・ガスパロフは、なぜかその提案を断り当時のオルタナティブ計画委員会が欲していた"東西共に信用のおける監視役"として自らを売り込み国連軍に准将として入隊したのだった。

(ザンギエフのおっさん並みの功績じゃないか!)

「私は祖国の未来を見たい。もう一度、国土を取り戻して私達がみんな"チェコスロバキア人"になった国を見てみたい。だから、その一歩になるかもしれない技術を見つけてくれたあなたに感謝するわ」

 最後に、彼女の胸で再びまたたいた心の色はやはりユーリーの見た事のない色だった。

***同日 同基地***

 とぼとぼとややおぼつかない足取りでユーリーは戦術機ハンガーから宿舎へ至る道を歩いていた。
 先程の不可思議な現象で手に入れた技術についてはイズベルガに一任してある。なんでもこの後、技術局に報告してセラウィクに行くことになるかもしれないそうだ。
 正直に言えば自分が求める機動兵器モビルスーツに繋がらないのであればユーリーは軍事技術になど興味はない。彼女が手柄として独占するならそれでもいいとユーリーは考えている。

 今ユーリーの頭を占めているのは先程見えたイズベルガの心だ。あのようなハレーションは見た事がない。喜びに近い、だが歓喜でも悦楽とも違う色。
 だが所詮は他人の心。それが何故こんなに気になるのかとユーリーは首を捻りながら呟いた。
 
「これは…………ひょっとして恋、なのか? よくよく考えてみればイズベルガ博士って格好はださいし性格はアレだけど、美人だし胸もでかかったから一応守備範囲なんだよなぁ。チェッ、こんなことならさっき食事の約束でも取り付けておけばよかった」

 成功率は限りなく低いがユーリーはれっきとした軟派者だ。元来から好みの女性を見つけたらとにかく仲良くなっておこうという"見敵必殺サーチアンドアタック"をモットーに生きてきた彼だが本気の恋愛という奴は未だに経験が無い。
 だから今回もそうやって自分の気持ちに無理矢理整理をつけた。

(こりゃ、気分転換を兼ねて久々にアタックをかけるしかないな……おっ!)

 都合の良い事に通路の向こう側から女性兵が歩いてくる。年の頃は13~14、ゲリラならともかく正規兵にしては若すぎる年齢だがソビエト連邦軍は紅旗作戦とパレオロゴス作戦の失敗から兵力を大きく喪失しており、その穴埋めのために女子でも幼子でも軍事学校に入れているということをユーリーは聞きかじっている。

(整備兵か陸軍の食料班かな? まあいいか、こちらが名乗れば所属も聞けるはずだ。ここはいつもの手でいくぜ!)

 少女はスラヴ人にしては顔の掘りの浅い金髪碧眼白皙きんぱつへきがんはくせき。気が強そうだが、女性兵の顔がなかなか整っていることを見て取ったユーリーは彼女とすれ違う直前、わざと自分の足の靴紐を踏んで彼女の胸元に相手が倒れない程度の勢いで飛び込んだ。

「うわっ!」

「あっ!」

 この手は自分が成人男性であれば到底使えないが、子供である今の年齢であれば成功しやすい事はアラスカで実戦証明コンバットプルーフ済みだ。ユーリーは少女の胸元に顔をうずめながらほくそ笑んだ。

(ヘヘッ、チョロイぜ。次に目を合わせながら俺が謝る。すると彼女はこう言うんだ「私は大丈夫です。あなたは?」ってな)

「ごめんな――」

「てめぇ! どこに目ぇつけてやがる!!」

「さ――げこぉっ!」

 予想の遥か斜めを行く怒声とともにに叩きつけられたソビエト陸軍謹製のコンバットブーツ。
 まさしく自業自得というべき一撃を受けてユーリーはカエルのような悲鳴を上げながら宙を舞った。

「おい、クラーラ。どうしたんだ?」

 しかもなお悪い事に騒ぎを聞きつけ、後ろから少年兵達がゾロゾロとやってきた。
 誰もまだ若い、明らかにローティーンの年代だ。だが年齢に見合わず彼らは全員少尉の階級章を身につけている。

「くそっ、どうしたもこうしたもねーよ。そこのチビがぁ、自分のマヌケにアタシを巻き込みやがったんだよ! おい、二等兵! さっさと立ってお前が迷惑をかけた衛士様に謝れよ!」

「ぐぅぅ――!!」

 少女が歯を剥き出しにして再びユーリーの鳩尾に蹴りを入れる。
 ユーリーはフラフラになりながらもなんとか立ち上がり敬礼の体を取った。勿論、軟派など当の昔に諦めていた。

「……はっ、申し訳ありませんでした少尉殿!」

「てめえ、この基地じゃ見ねぇ顔だな」

「はっ! 5日前にアラスカのタルキートナからこのブーラツク基地に配属されました、ユーリー・アドニー・ビャーチェノワ二等兵であります!」

「はぁ? アラスカァ? なんだ、お前ロシア人かよ!? ――っていうかそのウィングマーク……!」

 クラーラと呼ばれた少女や周りの少年兵がユーリーの軍服に縫い付けられた衛士徽章を見て目を見開く。
 彼女達の耳にも数日前からアラスカからロシア人の戦術機大隊が来ているという情報は届いている。そのお付や整備兵でなら2等兵という階級もおかしくはない。だが目の前で敬礼をしているのは間違いなく衛士徽章を付けた衛士。しかも自分達よりも明らかに年下だ。
 これで疑問に思うなと言う方が無理だった。

 だが驚いていたのは少年兵達ばかりではない。敬礼しながらも全員の階級を読み取ったユーリーもまた衝撃を受けていた。

(間違いない、こいつら全員戦術機乗りだ。こんな子供が・・・・・・……保護者無しで前線に出てるなんて!)

「おい、二等兵! てめぇ、本当に衛士なのか?」

「はい、少尉殿! 自分は実戦部隊の衛士としてMiG-25《スピオトフォズ》に搭乗し本日の作戦にも参加しました」

「まじかよ、ハハハッ! 聞いたか? こいつあの最新鋭の"空飛ぶ棺桶"に乗ってるんだとよ!」

「プッ……ハハハハハハハ! そりゃいいや、ロシア人のエリートお坊ちゃまは戦術機じゃなくて管制ユニットのついた核ミサイルに乗ってんのか! で、初めての実戦はどうだった? どうせ後方でエンジン温めてただけなんだろう? 今日は何匹BETAを倒したんだ? 10匹か? 20匹か?」

「…………4匹であります」

「4匹!! ぶーーーーーっ!! ハハッハハハハハハハハハハ!!」

 むっつりとしたユーリーの返答を聞いて今度は全員が一斉に吹き出す。
 侮蔑、嘲笑、憎悪。彼らは明らかに階級が下で年も幼いユーリーを暗い鬱憤を晴らす対象とみなしている。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだったが、ユーリーは大人の余裕というものを意識することでなんとか踏みとどまった。なんといっても最初にこいつらに関わったのは自分なのだ。できれば穏便に済ませるべきだと思っていた。

「では少尉殿、自分はこれから宿舎に戻りますので……」

「おい、待てよ」

 その場を去ろうとしたユーリーの肩を少年兵の一人が鷲掴みする。向けられる憎悪の質が変わったとユーリーは感じた。

「クラーラはまだお前がぶつかった事を許してねーぜ」

「そーそー、ロシア人のお坊ちゃまでも軍隊のルールは知ってるよな? 軍隊では階級が一番大事。つまり俺達の命令が無い限りお前はここを離れられない」

「最下級のお前が転んだせいであたし達ラドゥーガ大隊の衛士の貴重な時間が失われたんだ。今後こういうことが無いようにキチッと"教育"してやるよ!」

 言いながら手にナックルダスターをはめ込むクラーラ。
 その様子を見てよりにもよってこんな不良を口説こうとしていた自分に対する後悔が最高潮に達したユーリーであった。

(畜生! ツイてねぇ!)

 これから行なわれるのは軍隊の"教育"という名を借りたリンチ。階級を盾に抵抗する事も許されず暴行を受け続けなければいけないという最悪の暴力である。
 逃走を諦め、手を後ろで組んで目を瞑り歯を食いしばるユーリーを見てクラーラは嬉しそうに舌なめずり。

「よくわかってんじゃないか。なぁに。ただの教育だ、死にはしないよ。ま、もう一生ベッドから出られなくなるかもしれないけど――さぁ!」

 女性とは思えないほど豪快な右ストレート。鋭く顎に向かって伸びる拳はナックルダスターによって大人の骨格でも破壊しうる破壊力を持っている。
 だが肝心の拳は顎に届く直前、対象が目を瞑ったまま僅かに首を曲げたことによって虚しく空を切る。

「な……っ! てめぇ! 避けるな!」

「すみません。あまりに遅かったのでつい……」

「――っ! この餓鬼ぃ! ふざけやがって!」

「どけ、クラーラ。俺が身の程を教えてやる!」

 激昂したクラーラに変わり今度は大柄な少年兵がユーリーに襲い掛かる。
 今度はユーリーも避けなかった。ただ少年が踏み込んだ瞬間、股の間に足を振り上げたのである。グニュッという柔らかくて男にとって身の毛のよだつような感触。拳がユーリーに届く前に少年は泡を吹いて崩れ落ちた。

 そして周囲が異変に気づく前に次の獲物に向かってユーリーは跳躍。しならせた腕を鞭のように振るい近くにいた少年兵の前歯をへし折る、そして風のようにクラーラと呼ばれた少女の脇をすり抜けると無防備だった別の少年の鼻柱に肘を叩き込む。
 まさに一瞬の早業であった。

「なっ!!」

「ザハール!?」
 
 格下と思っていた相手にあっという間に三人―それも訓練を受けた現役の軍人―を叩きのめされてクラーラが驚きの声を上げる。だがすぐさま憎悪が殺意に変わり、武器を持った少年兵たちはワラワラとユーリーを取り囲み始めた。

「てめぇ! 俺達ラドゥーガ大隊にこんなことしてただで済むと思ってんのか!」

「軍法会議もんだぞ! うちの司令にかかれば餓鬼だろうがエリートだろうが地獄行きだ!」

 だが年上の、それも武器を持った兵士達の殺気を受けてもユーリーは全く動じない。動じないどころか拳から滴る血を舐めとり、ケケケッといかにも楽しそうに笑って見せる。

「く、くくくくっ」

 子供らしくない。というかあまりにも喧嘩慣れし過ぎている様に少年たちは目の前の子供に薄気味悪いものを感じた。

「――ハッ!! アハハハッ!! 軍法会議? 軍法会議だって!? わかってないな。これだから促成そくせいの士官様って奴は駄目なんだよ。いいか、お前らがいくら訴えようが基地司令が子供嫌いだろうと俺は軍法会議にかけられることはない!」

 こう見えて10年以上軍隊に所属しているユーリーは軍隊の性質という物を熟知している。幸いにして地球連邦軍とソビエト連邦軍は腐敗の度合いや規律のだらしなさでよく似ていた。だからわかるのだ。ユーリーはここでどれだけ暴れても軍法会議にはかけられない。

「なんだとっ!」

「――教えておいてやるよ! 軍隊で一番大事なのは階級でも強さでも無い――"面子めんつ"さ! 考えても見ろよ。お前らの上司がさ、部下の少尉達が10人も集まっておいて8歳の二等兵一人にボコボコにされましたなんて事を、偉い偉い基地指令様に言える訳無いだろ!」

 例え彼らの上司がどうしようもないほどアホで身の程も知らずで今回の件を基地司令に訴えたとしても、良くて無視か悪いと練成不足による職務怠慢とみなされて全員が降格だってありうる。
 この場では階級が何の役にも立たないことを悟ったラドゥーガ大体の少年たちは一層激しく吠え立てた。

「糞っ! お前ら、これ以上好き勝手にさせるな!」

 一人がそう言って手を振ると少年兵たちが包囲状態から3,4人の集団――小隊規模での戦術機フォーメーション――になって通路に散開する。
 だがフォーメーションで個人が強くなるわけではない。
 相互に連携し始める前に茶髪の少女に詰め寄ったユーリーは咄嗟に突き出された拳を掴んで極め、頭突きで相手を床に沈めた。

(これで5人目……意外と粘るな)

 普通のチンピラならそろそろ逃げ出す輩がでてもいい頃だ。だが目の前のラドゥーガ大隊の少年兵達の戦意は一向に衰えず、それどころか一度倒されたにも関わらず血を吐きながら起き上がってくるゾンビのようなのまでいる。
 決してダメージがないわけではない。ユーリーは体格の割りに高い筋力を持ち、さらにそれを肘や額といった骨の固い部分――格闘技ではもっぱら反則とされる部位――で相手の急所を攻撃しているのだ。むしろ見た目よりダメージは大きいと言っていい。

「――やい、お前達! そろそろケツまくらないと俺が作る怪我人のために廊下と医務室を何往復もする羽目になるぜ!」

「ふっざけんな! アタシの家族をここまでコケにされて無傷で帰せるかよ!」

 クラーラがヒステリックに叫ぶ。

「家族?」

 そこは普通仲間というべきだろう。
 確かに大隊の戦友同士というには彼らの結束は妙だ。戦場で一緒に戦う仲間とは確かに固い絆で結ばれるが、そこには軍人として職務として作られるはずのある種のドライさが見られない。むしろお互いに強く依存しているようにすら見える。

(幼年学校の同期かなにかか? けど、この感じ……そうだ。こいつら、まるでリューが俺に向けるような感情をお互いに持ってやがる)

 即ち、それは彼らがお互いに本当に家族として思いあっているということ。だから彼らは逃げない。家族を守るため、そしてたとえ逆恨みだとしても家族に危害を加えてきたユーリーを倒すため。
 きっと戦場でもそうなのだろう。戦友かぞくのために決して引かず、決して諦めない。ユーリーにはそんな様子が容易く想像できる。何故ならユーリーもまたアラスカで眠り続ける姉のために戦っているからだ。

(うわっ、ひょっとして俺とこいつらって似た者同士なのか? 畜生、なんだか急にやりにくくなってきたぞ)

 戦意が萎えて及び腰になるユーリーに対して、殺気だった少年兵たちがジリジリと距離を詰めていく。
 このまま戦うか、それとも駆け出して相手を振り切るか、ユーリーが覚悟を決めようとした時、

「――お前達! 何をやっている!」

 格納庫から現れたトルストイ中尉の声が廊下に響き渡った。

「――まずいっ! ロシア人の士官だ!」

 その一言でラドゥーガ大隊のメンバーはすぐさまそれまで握っていた凶器を手放した。素晴らしい早さで倒れている仲間を担ぎ上げる。そして陸軍の教科書そのままの動きでユーリーに背を向け駆け出す。
 だが一人だけ、クラーラと呼ばれた少女がくるりと振り返ると舌と中指を突き出した。

「おい二等兵、今回は貸しにしといてやる! 次に会った時はてめぇをぶっ殺してから死体に電極突き刺して黒焦げになるまでダンスを躍らせてやる!」

「お前こそ、次はとっ捕まえて裸に首輪つけてベッドの上でアンアン言わせてやるぜ!」

 負けじと叫び返す。
 程なくしてラドゥーガ大隊の全員が視界から消え、トルストイ中尉が追いついてきた。

「お前ら……いや、最近の我が国の国語教育は一体どうなってるんだ。おいユーリー、大丈夫か? 私が通りかかってよかったな」

「いやいや中尉、何を見てたんだよ。あんな奴ら、あと30秒もあれば全員血の海に沈めて末期の言葉を吐かせる事もできたんだぜ」

 手についた血糊をズボンにゴシゴシと擦りながら何でもないように言う。
 実際それほど余裕はなかった。あのまま続けていれば軽傷くらいは負ったかもしれない。

「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな。でもお前もほどほどにしとけよ。いくら正当防衛でも大事な衛士を再生治療が必要な程痛めつけられたら基地司令も黙っちゃいないぞ」

「大丈夫、あれぐらいの奴らなら簡単にあしらえるさ、って……ここって再生治療なんて物まであるのか?」

「知らないのか? 最近我が国が開発した医療技術だ。手足が無くなっても治せる画期的な新技術だぞ」

「へえ、そりゃいいな。すごい……――――すごい新技術・・・?」

 それは突然、稲妻のようにユーリーの脳裏に閃いた。

(医療技術……新技術…………技術《・・》!! そうか、何故思いつかなかったんだ! 戦艦が作れるなら他のものだって取り寄せられる! リューを目覚めさせる方法……この世界の技術で無理ならもっと進んだ技術を使えばいい!)

 それは妄想。あるいは御伽噺のような発想だった。
 ユーリーが思いついたのは先程の不可思議な現象を用いて姉を目覚めさせる技術・・・・・・・・・・を持ってくるという方法。そもそも先程の現象をどうやって再び起こすというのか。もしく起こせたとしてもそもそも地球連邦軍にこの世界以上の医療技術などあるのだろうか。
 由来も条件も分かっていない宝くじ以上の奇跡に姉の命運を託すのは果たして正しいのか。

 すべてが曖昧にして不確か。だがそれはユーリーがようやく掴んだ"光"だ。
 姉を元通りにするという願い。その方法は曖昧でいまだ輪郭すら掴めていない。だが少なくともそれ・・が今、ユーリーが見据える先に存在しているのだ。

「おい、ユーリー?」

(――条件はまだわからない。BETAを倒せばいいのか、それとも俺のイマジネーションが足りないのか……けど、これはまさに天啓だ! 絶対に見つけて見せる)

 先程のラドゥーガ大隊だって家族とも言える仲間のために血まみれになっても立ち上がってきた。ユーリーと似た者同士というのなら彼らにできた事が自分にできないはずがない。

 ユーリーは気付かない。己の胸に咲いた明るい心のハレーションに。イズベルガと同じその色がどんな感情を意味するかを。



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