10、「大佐を信じて突き進め!」~Muv-Luv:RedCyclone~
***1987年 6月25日 ソ連領シベリア軍管区イルクーツク州***
『CPよりレッドサイクロン。ポイントGー17から支援砲撃に対するレーザー照射を確認、大隊規模と推測されます。司令部より至急の光線級の要撃が要請されました』
「引き受けた。こちらからは私と配下の2個中隊が行く。増援は不要だ」
『了解』
CPからの通信にミハイル・ザンギエフが2体の要撃級を同時に撃ち殺しながら答えた。
彼が己の部下と配下のA-01と共に出撃し戦闘を開始してから既に2時間。侵攻してきた師団規模のBETAに対してソビエト連邦第41軍・36軍共同の防衛線は戦闘を続けていた。
軍隊という組織の中では異色の独立行動権を持つザンギエフの部隊は司令部から借り受けたCPから情報を受けつつ適時ザンギエフ独自の判断、あるいは軍司令部の要請に答える形で戦場を移りながらこの戦闘に参加している。
「ヤスタラヴ中隊、ゼムリャ中隊! 60秒後にポイントG-17の光線級の排除に向かうだ。それまでにここを平らげろ!」
『『……了解《ダー》』』
ザンギエフからの命令を受けて両隊長―ヤスタラヴ01のマギン中尉、ゼムリャ05で臨時の中隊長であるハバロフ少尉から疲労の滲んだ返答が返る。汗をかき、息も絶え絶えな彼らはつい先程まで意気揚々と戦術機に乗り込んでいた若武者達とは似ても似つかない。
だが無理も無い。彼らにとって今回の出撃は初めてBETAと相対する戦。それも純血のロシア人である彼らは被支配階級である少数民族を抑えるためにアラスカでは対人訓練ばかり受けてきたのだ。
今回ザンギエフがアラスカから連れてきたA-01の部隊はアリゲートル1個大隊36機。エリートとして2年以上の教育と最新の装備を持って戦場に乗り込んだ彼らのうち、4機が死の8分を超えられなかった。(ちなみに最後のヴァダー中隊は現在別行動中である)
ソビエトはエリートの士官候補生相手であっても実践の厳しさを教えてはいたが、そんなことで乗り越えられるほど死の八分は甘くは無い。
『大佐、レーダーに生体反応なし。周辺の敵の殲滅を完了しました』
「よし、各小隊はコンディションチェックとリロード。小隊の準備が完了し次第、中隊長の指示で楔弐型陣形を構築しポイントG-17のBETA群正面から浸透して後方の光線級を潰すぞ!」
『『『『『了解《ダー》』』』』』
一つの山場を越えたからか、少し元気を取り戻したA-01の小隊長たちがザンギエフに答えた。
その返事に満足し、頷くザンギエフ。
光線級要撃は人類が戦線を維持する上で必要不可欠だ。何せ光線級がいると砲撃が出来ない、戦闘ヘリも飛ばせなければ戦術機の機動だって窮屈に身を屈めなければならない。だが驚異的な遠距離攻撃能力を持ち、尚且つ無数のBETA群の最後部で要塞級に守られている光線級を撃破するのは容易いことではない。目標はたった2m程度で防御力も無い小型BETAだが、無数のBETAの後方に位置するために戦術機部隊は敵を掻き分けこれらを射程に収めるまでに甚大な被害を負うのが常であった。
だがこの部隊は普通の戦術機部隊ではない。
現在、ザンギエフの手元にある戦力は、直属の3機とヤスタラヴ中隊12機、ゼムリャ中隊11機をいれて合計27機。いまだ前線の衛士の8割以上が第一世代のF-4《ファントム》かMiG-21《バラライカ》を使っている現状を考えればザンギエフのミドヴィエチ以外全ての機体が第二世代の戦術機で構成されたこの部隊はかなり恵まれている。
『大佐、BETA群と接敵開始しました』
「よし、各隊は突入を開始しろ! ウラァーーー!!」
『『『『『ウラー!』』』』』
激に答えて2つの中隊が旅団規模のBETAに対して吶喊する。
ヤスタラヴ中隊はさすがにエリート部隊を名乗るだけあってフォーメーションの展開は見事だ。
ザンギエフは部下の三人を引き連れて、ゼムリャ中隊を援護できるように彼らの右後ろにつける。完全充足のヤスタラヴ中隊と違って中隊長という戦術の核、あるいは精神的支柱が戦死した彼らの動きが若干ぎこちない故の判断だった。
最速の脚力をもち、怒涛のごとく迫る突撃級の群れ。
ゼムリャ中隊はその進路を避けて、突撃級の脇をすり抜けると反転して突撃砲のトリガーを引き絞ると柔らかい背面を晒した突撃級たちに着弾したケースレス弾がパパパッと幾百もの小さな血潮の華を咲かせる。
『やった! ざまあみろ、化け物め!』
『中尉の仇だ!』
機体を振り向かせ、土煙と血煙をあげながら倒れこむ突撃級を確認してガッツポーズを取る中隊員達。だが間髪いれずに現れた新たな突撃級と要撃級の集団が雪崩れ込み、足を止めていた中隊員達を戦闘単位未満になるまでバラバラに引き離す。
「馬鹿者! 吶喊中は陣形維持と進路の確保だけに集中しろ! BETAの密集地で仲間とはぐれたら死ぬだけだぞ! ゼムリャ05! 今は貴様が中隊長だ。しっかりしろ!」
『は、はい大佐!』
ザンギエフは中隊を守るべく匍匐飛行中《NOE》の機体の推力を上げて、中隊を分断していた要撃級を次々と屠っていく。そしてある程度進路が確保された時点で前方にいた要撃級とその周囲の戦車級を最小限の射撃で排除して敵の密集地の中に空間を作った。
BETAの群れの中にできたポケットに素早く飛び込むゼムリャ中隊。彼らは大慌てで隊列を整え、BETAが再び押し寄せる前に飛び立った。
「レッドサイクロンよりCP、状況を報告しろ」
『CPよりレッドサイクロン、まもなく当該地域を担当する戦車連隊と砲兵師団のAL弾換装が完了します』
「よし、カウントダウンを開始しろ。我々は重金属雲の展開と同時にBETA群後衛へと突入する」
『了解、A-01全機に通達。ポイントG-17への砲撃開始までのカウントダウンを開始します。240、239、238……』
光線級がAL弾を迎撃することによって生まれる重金属雲は濃度さえ十分なら一時的にレーザーを無効化することができる。少数で敵集団を突破して光線級を倒す衛士にとっては命綱とも言える戦術だが、重金属雲には気化した重金属によるデータリンクの途絶や視界の悪化の他に、気温の低いロシアでは気化した重金属が冷えやすく効果時間が短いという欠点が存在する。そのため支援砲撃で重金属雲を発生させる際には戦術機部隊は厳密なタイムスケジュールに基づいて作戦を遂行する必要があるのだ。
今回、CP将校が提示した時間は4分弱。
全中隊はそれまでに要撃級や戦車級の混在する最も危険な中央部を抜けなくてはならないがザンギエフが指揮するA-01は今回が初陣である。長く後方で訓練を受け続けてきた分、突撃級の処理などの単純な作戦行動は可能だが密集地での乱戦となると脆さが露呈し始めた。
『跳躍ユニットが――っ! 嫌よ! こんなところに置いていかないで!』
『誰か助けてくれ! 俺の機体のそこら中を、BETA共が!』
ザンギエフの援護を受けて一時はペースを取り戻した中隊もBETAとの乱戦に巻き込まれた新米の衛士達から徐々に崩れて、悲鳴と一緒に損害の報告が上がり始める。本来なら大隊長のザンギエフではなく、それぞれの中隊長が受け持ち対処すべき情報だが初陣の中隊長達は自衛だけで精一杯でそれどころではない。
「落ち着け、ヤスタラヴ09! 破損した跳躍ユニットは破棄、エレメントは突入まで09の片肺飛行を援護しろ。ゼムリャ03、戦車級はオレが排除してやる。トリガーをロックしてそのまま動くな」
ミドヴィエチがチェンソー型のCIWSを取り出しアリゲートルの装甲によじ登り歯を立てる赤いアリのようなBETAを次々と切り落としていく。ミドヴィエチが腕を振るうたびに両者の装甲に赤い物が飛び散り、アリゲートルの装甲に骨肉がへばりつく様子はまるで趣味の悪いホラー映画かなにかのようだ。
戦場の例に漏れずに動きを止めた2機にもBETAが這い寄って来たが、幸いにも数が少なかったのであまり作業を邪魔されずに済んだ。
『大佐、ありがとうございます!』
「礼は後だ!」
『55、54、53……』
「チッ」
CPのカウントダウンを聞き、ザンギエフはミドヴィエチのレーダーで両中隊の位置を確認するがどちらも期待したほど進んではいない。
支援砲撃の開始まで既に一分を切っている。一応、発射から重金属雲の発生までタイムラグがあるが、このままでは展開と同時に突入するのは難しいとザンギエフは判断した。
(できればもう少しこいつらに経験を積ませてやりたかったが……)
何しろ彼らは普通の部隊ではない。国連軍の最重要計画、オルタネイティヴ3直属の特殊部隊であり数年後にはハイヴ突入を命じられる決死隊でもあるのだ。対BETA戦闘の経験は多いほうがいいに決まっている。
だが順調、とはとても言いがたい今のシベリア戦線の状況を考えれば光線級排除の失敗はとても容認できることではなかった。
「ここからはオレが先行する! ヤスタラヴ中隊は右後方に、ゼムリャ中隊は左後方からそれぞれ槌壱型陣形で続け!」
新米衛士達に経験を積ませる為にそれまで後方で睨みを利かせていただけだったミドヴィエチが一気に先頭に踊り出る。
全力連射を許された二丁の突撃砲が激しく銃火を迸らせそれまでとは比べ物にならない速度で進路を塞ぐBETAを薙ぎ倒していく。両手に2丁そして背部兵装担架に2丁、計4丁の突撃砲を装備したミドヴィエチが発揮した火力は劇的だった。
―――― 一転
まさに一転。ザンギエフが前に出た途端、それまで苦戦していたのが嘘のように中隊は前進を再開した。
先頭に立つのはたった一機、たった4丁の突撃砲にも関わらずザンギエフの前進は突撃前衛2個小隊でも成しえなかった突破力を発揮する。
BETAの死骸を踏みつけたミドヴィエチが吹いたマズルフラッシュが一息に7体の要撃級に赤い花を咲かせていく。最小限の銃弾で、しかし致命的な部位を撃ち抜かれた要撃級を後続の中隊がトドメを指す。彼が120mmキャニスター弾を用いれば台地を埋め尽くしていた戦車級は瞬く間に血肉の絨毯と化し、その腕を振るうたびに要撃級の歯を食いしばった頭部のような感覚器がまるで"黒髭危機一髪"のように宙に飛ぶ。
その姿はまさにユダヤ人を導くために紅海を割った英雄のように。あるいは彼らの祖先で恐れ知らずの騎兵として世界中を席巻したコサック騎兵のように。
――高速機動戦闘
人類が戦術機戦闘において開発した戦闘概念であり、第二世代戦術機の設計方針に大きな影響を与えた戦闘方法である。
そもそもBETAを倒すことは戦術機に乗っていればそれほど難しいことではない。突撃砲の弾がある状態でロックオンさえできれば、極端な話衛士は引き金を引くだけでBETAを倒すことが出来る。勿論それでBETAに勝てるかといえばそうではない。BETAの中には36ミリの弾丸を弾くものが何種類もいるし、そうでない種ですらロックオン機能が間に合わないほどの物量で押し寄せるのが常だ。
ならば戦術機はどうすればより安全に、より効率的にBETAを倒せるのか? 数多の犠牲と経験の結果、人類が導き出した結論は小型級が取り付けないほどの高速での射撃や運動エネルギーを利用した格闘戦――つまり素早く動いて素早く倒すということ。たったそれだけのことだが、それを戦術機の設計に概念として組み込み衛士に行わせるには2つの重大なジレンマがあった。
尤も問題となったのは開発の遅れが深刻な電装周りだった。高速機動戦闘を行うためには飛行中に格闘攻撃をしても墜落しない繊細な姿勢制御機能やより早くより正確なロックオンシステムが必要とされる。
先進電子技術を持つ米国ならともかく、1978年当時のソ連でこれだけ複雑な処理を行えるCPUの開発には数年はかかる。CPUの開発を待ち、そこから改めて本体の設計を始めるとしたらソ連の戦術機開発は再び米国に大きく遅れを取ることになる。(CPUは数を増やすことで並列処理に強くなるが最大処理速度は変わらない)
そしてもう一つはそもそも高速機動戦闘という物に関して具体的なデータが無い事。そして具体的なデータを得るための概念実証機に十分な性能が無い事。つまり第二世代の機体を作るためには新しい概念である高速機動戦闘のデータが必要だが、そのデータを得るためには概念実証に用いる戦術機にも第二世代並みの性能が必要だったということだ。
懊悩し迷走し始めるソ連の戦術機開発機関。だが程なくしてとある衛士から提出された戦術機の操作ログによって開発局を悩ませていた問題は一気に解決した。
そのログはある衛士による実戦の記録――紛れも無い第一世代戦術機によって行われた高速機動戦闘だった。信じがたいことにその衛士は戦術機に足りない機能をマニュアルで――つまり毎コンマ秒ごとに変わる姿勢制御や射撃照準、果ては主機出力の調整までを手入力で――神懸かった早さと精密さで入力してMiG-21にその機動を実現させたのだ。
ソ連の、いや世界中のどんなテストパイロットも成し得なかった偉業を果たしたその衛士は後にある特別な称号とミコヤム・グルビッチ、スフォーニ両局から共同設計された専用機を受け取ることになる。
『大佐、敵後衛まであと1500! あとはあの集団さえ倒せば終わりです!』
「オレが排除する! ゼムリャ、ヤスタラヴ中隊は速度と隊列を維持しろ!」
『ヒヨッコ共、聞いた通りだ! いいか、どんな時でもまっすぐ大佐を信じて突き進め!』
トルストイ中尉がザンギエフが発した命令に合いの手を入れた。
先頭を進むミドヴィエチが慣性で前進しながらも左の主機を前に、右の主機を後方に構える。突撃砲を構えたままの両手は左右へ、時計回りの推力を与えられた機体は凄まじい速度で回転を始めた。
そうして全長18メートルの巨人が成したのはダブルラリアットの構え。
「ウラァアアアアアアアアア!!!」
――――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
BETAに向けられたのは先程の高速機動戦闘以上の破壊の嵐。
両手と後部兵装、3方向に向けられた4つの銃口が360度回転しながら絶え間なく劣化ウランの弾丸を吐き出す。その度に戦車級が吹き飛び、要撃級が崩れ突撃級が血しぶきを上げて倒れる。レーダーを埋め尽くしていた赤いエネミーマークが消え、三条の螺旋の空白がレーダーに刻まれていく。しかも360度の全周攻撃をしているにも関わらず側を通り、時折射線を遮る中隊の戦術機には一発も当てていない。
精密にして豪快、捨て身にして絶対勝利のそれは一個人の戦い方としてはあまりに壮絶で破天荒な戦闘法。
『な、なんであんな回転の中で照準が付けられるんだ!?』
『あんな事、本当に人間ができるのかよ!』
『信じられない! 信じられない!』
BETAの反応を示す赤いクリップマークがまるでミドヴィエチに吸い寄せられるように近づきそして消えていく。BETAの残数を示すカウントは狂ったようにその数字を低下させる。
目の前で起こった常識を遥かに超える景色を目の当たりにしてA-01の面々は思い知った。
レッドサイクロンとはただの称号ではなく、このレーダーの敵標の模様を指した言葉であると同時に、BETAの血肉を撒き散らす嵐の事であり、そして戦場の真っ只中にソビエト連邦の領地を築き上げる戦神を指す言葉だということ。
そして世界で最も強い権力を持ち、あらゆる人から恐れられるソビエト連邦政府が彼にこの称号を与えた理由は打算でも政治的駆け引きの結果でもなくこの英雄に対する純粋な敬意からだということを。
『――3,2,1,支援砲撃、開始!』
爆音が響き、合計数トンに及ぶ金属の塊が後方の戦車連隊やMLRS、砲兵師団から撃ち出される。
それを迎撃すべくBETA群から何条ものレーザー光が放たれ、空中で気化した鉛やジェラルミンの濃灰色の煙が徐々に戦域を覆い始めた。
『CPよりレッドサイクロン、光線級の配置、マーキングを開始…………完了しました。全機にデータを送信します。AL弾の最終弾着まであと45!』
データリンクの更新に伴ってそれまで戦術機のモニターに表示されていた赤い光点の内、光線級がいると思われる場所が黄色く表示される。
ザンギエフが120mmキャニスター弾を使ってBETA後衛との間を塞ぐ敵集団を排除し終えるとほぼ同時に最後のAL弾が重金属雲によって守られたままBETAに突き刺さった。
「重金属雲濃度よしっ! 小隊散開せよ! 光線級を狩りつくせ!」
『『『『ウラー!』』』』
ザンギエフの命を受けた6つの戦術機小隊が解き放たれた猟犬となって黄色い光点に迫っていく。訓練された猟犬の群れが青い友軍マーカーとなって四方八方に散開していくと、針に触れるシャボン玉のように黄色いマーカーが近づくたびに消えていく。
後は時間との勝負――と思った矢先、またしてもA-01の衛士達を戸惑わせる出来事が起こった。BETAの後衛集団にも幾らか要撃級や戦車級は存在するが、新米衛士達に対して新たな脅威となったのは60mの巨体を持つBETA――要塞級だ。
「イワン!!!」
『お任せください、大佐!』
中隊に続いてBETAの後衛集団に飛び込んだトルストイ中尉のアリゲートル。
トルストイは苦戦していたゼムリャA小隊の方へ向かい、彼らの前に立ちはだかる要塞級に肉薄する。
『ヒヨッコ共! 良く見てろよ! 要塞級ってのはこうやって料理するんだ!』
要塞級の尾節が放つ強酸を撒き散らす衝角がトルストイを襲う。だが彼は素晴らしい動体視力で持って衝角を36ミリで撃ち落し懐に飛び込むと、突撃砲で10本ある足の付け根と尾節を撃ち貫き無力化。そしてトドメをさすのかと思いきや、まだ生きている要塞級の頭部に飛び乗ってそこから周囲の光線級へ狙撃を始めた。
そのあまりに豪胆な戦い方に声を失い操縦を忘れるA小隊の衛士達。
「ケン!」
『……了解』
続けて突入したのはモリ大尉のアリゲートル。
同じく苦戦していたヤスタラヴC小隊の元へと向かった彼の機体に握られているのは恐らくこの国唯一の装備であろう日本製の74式近接戦闘長刀。
モリ大尉はアリゲートルの上体を前傾させ、恐ろしいほど低い姿勢で長刀を背負うように構えている。おそらくは彼自身が身につけている剣術の構えなのだろう。
水が流れるような滑らかな軌道でスイスイとBETAを躱しながら長刀を奮い、小隊を囲んでいた戦車級二体と新手の要撃級を両断する。そしてやはり光線級を守るように聳え立つ要塞級の巨体に接近すると噴射跳躍で要塞級の頭部より高く飛び上がり長刀を大上段に構えた。
『……――兜割り』
C小隊に所属する衛士達にはモリ大尉が長刀を振り下ろす様は見えなかった。後にはただいつの間にか着地していた彼のアリゲートルと頭部から尾節までを一刀両断にされた要塞級だけが残されている。
そして――
『こいつ36mmが効かないぞ!』
『じゅ、重光線級だ! 誰か120mmは残ってないのか!!』
驚愕する小隊員達。眼前に聳え立つのは戦術機の全長を越えるほど巨大な目玉の怪物……そこには彼らの目標にしてBETAの中でも最も数が少ないはずの重光線級が4体も固まってそこに存在している。
『下がって、最後のHESH弾を使うわ!』
『駄目だ! 一発だけじゃ爆風で重金属雲が散ってしまう……!! 4体同時に仕留めなきゃ全滅だぞ!』
『ヒッ、初期照射警告が――――!』
重光線級の初期照射警告――死の宣告にも等しい警告を受けたと聞いてさしものA-01衛士達に戦慄が走る。不幸なことに今小隊がいるのはザンギエフ大佐は勿論、モリ大尉とトルストイ中尉からも遠い位置だ。
小隊壊滅――中隊の誰もが彼らの生還を諦めたその時、
『アイアイサー、キャプテン!』
ソビエト連邦の戦線のど真ん中、それもBETAの群れの中で舌っ足らずで白々しい英語が響いた。
同時に戦場を一陣の風の如く駆け抜けた一機の戦術機が放った1発の砲弾が、巨大な爆発とともに密集していた4体もの重光線級を一撃で葬り去る。
『ヒーハーッ! 俺を見つめると火傷するぜ!』
「…………」
通信ウィンドウに映ったのは親指を上に突き出しながらウィンクする子供の衛士(本人は中隊の女性衛士全員に向けてアピールしたつもりらしい)。 その齢は八歳――いくらこの国の陸軍では兵士の若年齢化が著しいがそれでもこれは幼すぎる。そもそもこの子供はアイアイサーと言ったが、ザンギエフはトルストイ中尉とモリ大尉以外には命令を発していない。
ザンギエフだけではない。トルストイ中尉やモリ大尉だけでもなく、戦闘中の両中隊の面々ですら顔をしかめ、思わず通信ログでこの子供の通信が何かの間違いで戦場に紛れ込んだ混線でないかを確認したぐらいだ。
だが異常はそれだけではない。その年齢と同じくらい声の主が乗り込んでいる戦術機もまたおかしかった。
まず本来第二世代の戦術機としてスマートかつ、最小限であるはずの装甲が戦術機のフォルムを崩すほど恐ろしく分厚くされていること。関節の可動を妨げないよう配慮されているとはいえ、ここまでの重装甲は接近戦を想定し作られた第一世代MiG-21バラライカやその改造機であるザンギエフのミドヴィエチを持ってしてもありえない。
そしてその機体本隊の重量とバランスをとるように腰から伸びる双発の跳躍ユニットもまた巨大だった。通常の可動アタッチメントに加え追加の支持担架を用いなければ支えられないほどの重量を持ったそれは、今もなおアリゲートルの跳躍ユニットとは比較にならないほどの轟炎を吐き出しこの巨大な兵器を信じられないほど速度で飛ばしている。
そして戦術機に乗る衛士は誰もが固定兵装のナイフに加えて突撃砲かハイパーカーボン製のCIWS、多目的追加装甲に予備弾薬の中からシビアな兵装積載能力と相談しながら装備を選択するのだが、この戦術機が装備しているのは国際規格を遥かに超えた大口径のバズーカに2対のミサイルポッド、加えて戦術機ではなく自走整備支援担架に積むような超大型の予備弾薬のコンテナまで背負っているときた。
空を飛ぶことが不思議なほどの重武装、この戦術機の威容は戦闘機ではなくまるで戦艦か戦車を無理矢理に二足歩行に仕立て上げたようだ。
『……スピオトフォズ』
―― MiG-25 スピオトフォズ
それはソ連がハイヴ攻略のために高速突撃と制圧戦術を付与する目的で米国のF-15を独自に再設計した戦術機。運動性と機動力による生存性の獲得を目指した他の第二世代戦術機と違い、大型の機体に大出力悪燃費の跳躍ユニットを備え過剰なまでの兵装搭載量と高速直進性を与え"核弾頭弾による戦域制圧"すら考慮した常識破りの砲火の要塞。
そんな戦術機界の問題児を押し付けられたのは同じく常識破りの問題児。――即ち、ユーリー・アドニー・ビャーチェノワその人であった。