1、「また夢の話を聞かせてくれ」~第七次宇宙戦争~
太陽光を受けて青く輝く地球。人類の故郷たる青い星の遥か上空、大気圏すら越えた低軌道上でいくつもの流星が弾丸とビームの閃光と交差し散っている。
その流星の名前はMS(モビルスーツ)。四肢を持ち大出力バーニアと重火器を備えるこの機動兵器は二つの陣営に分かれて戦っていた。
片や人類最大の建築物である"コロニー"に住む住民達がその独立のために立ち上げた宇宙革命軍。
片や地上のほぼ全ての国家を束ね、人類の管理者として君臨する地球連邦軍。
この二つの組織の確執は長年に及び、七度目にあたる今回の戦争は八ヶ月のこう着状態を経て遂に最終局面を迎えていた。
***某年 地球圏低軌道上 南米大陸上空***
「この感覚――ッ!? 俺を狙ってやがるな!」
移動中に宇宙革命軍の高機動型MSオクト・エイプにロックされている事に気づいた×××は悪態を吐くとスロットルを戻しメインバーニアの角度を僅かに変えその機動をずらす。
直後、敵が構えたマシンガンから放たれた100ミリの弾丸の雨が×××の眼前――もはや何も無い空間を通り過ぎた。
「そこか!」
×××の機体は一瞬で振り返ってシールドバスターライフルのトリガーを引く。
ビームに貫かれたオクト・エイプが腹部のジェネレーターからオレンジの火球となったのを確認した×××は、汗の雫が浮かぶヘルメットを脱ぎ管制室のある旗艦に通信を繋げた。
「これで8機……おい、管制室! こっちは終わったぞ。防衛ラインはどうなってる?」
『こちら第四艦隊旗艦マリアナ。現在第1防衛ラインは全戦域に渡って戦闘中、第2防衛ラインはパープル2、イエロー4で応戦中。三号機は直ちにパープル2へ向かえ』
管制官が命令を伝えると同時モニターにパープル2までの航路が示される。
表示された予想到達時間を見て×××は僅かに顔をしかめた。
「これまた遠い所を選んでくれたな。他の奴じゃ駄目なのか? 確かパープル1にはジャミルがいただろう?」
『GX《ジーエックス》二号機は現在サテライトキャノン発射ポイントまで移動中だ。行動予定を遅延させるわけにはいかんし、迎撃に回して万が一にでもGビットを減らすわけにはいかん』
「ジャミルの奴がそんなヘマをするとは思えないがな」
ジャミル・ニートは地球連邦軍のニュータイプ部隊に所属する少年兵で中尉の階級を持つ士官だ。
初陣から間もなくそのズバ抜けたMS操縦センスと高いニュータイプ能力を発揮した彼は各地の戦闘や作戦で華々しい戦果を挙げ、若干15歳にして瞬く間に地球連邦軍のトップエース座を駆け上がった、まさにMSパイロットの申し子とでも呼ぶべき存在だった。
その彼は今回は12機のGビットを随伴したGX9900-NT002、つまりガンダムXの二号機に搭乗し宇宙革命軍のコロニー落とし作戦阻止のための切り札として作戦に参加している。
『敵は一個中隊規模だが部隊の中核に革命軍のNT《ニュータイプ》専用機"ベルティゴ"が確認されている。恐らくはコロニー落とし迎撃の阻止に回された精鋭部隊だ。貴様は命に代えてでもこの部隊を足止めしサテライトキャノンの一斉射まで2号機の安全を確保しろ』
「ニュータイプにはニュータイプってか? 相変わらず鬼畜だなぁ。こんなことを繰り返していたら、最終的には全てのニュータイプが相討ちで死んじまうんじゃないか?」
『我々連邦軍の側に最後の一人が残ればいい』
「俺はイヴ無しでアダムになる気は無いぜ」
『三号機、無駄口はいい。とっととパープル2に向かえ』
「……了~解」
議論する無駄を悟って×××は大人しく命令に従い自分の愛機――漆黒塗装のガンダムX三号機を指定ポイントへ向かわせた。
進行方向には核パルスエンジンを取り付けられた無数のコロニーが太陽の光を受けその独特のフォルムを浮かび上がらせている。今頃宇宙革命軍はせっせと住民を退避させコロニーを地上に落とす準備を進めているのだろう。
もしあれらが全て地上に落とされれば地球は壊滅的な被害を被るのは間違いない。それが例えたった一つでも小国は滅ぶ。数百万、数千万の命が失われる。宇宙革命軍のとっている行動は地上の人間に対してそれほど危険な物であった。
勿論本来あれは兵器ではない。一基につき一万の人間が暮らし、自給自足しながら来るべき他惑星・外宇宙への進出への試金石として人類の希望となるはずだったのだが――
「そのコロニーが今や大量破壊のための質量兵器か。俺達ニュータイプと同じだな」
カメラを更に遠くへ向けるとモニターに写るのは地球の端から半分だけ顔を出した月が見える。原始の時代から何千年も崇拝し、憧れ続けてきたあの天体ですら人類はマイクロウェーブ照射のための軍事基地に変えてしまった。
宇宙コロニー、月、ニュータイプ。戦争が夢もロマンも何かも武器に変えていく。だというのに有史以来人類の歴史から戦争が消えた事は無い。
かくいう×××も戦争で幼児期に親を失い、孤児として地球連邦に引き取られた後はNT兵士として何人もの人間を屠ってきた。
それが戦争。無限に続く負の連鎖。
「いっそ"宇宙人"でも攻めてくれば……いや駄目だな。例え滅びる寸前でも俺達は絶対に一つにはならない」
『そんなことはない、きっと希望はある!』
「――ッ!? ジャミル? ジャミル・ニートか?」
独り言を聞かれていた上に、突然モニターに知り合いの顔が映し出され×××は大いにうろたえた。
一体何故、と思い戦域モニターを確認すると現在地にパープル1の表示。どうやらパープル2へ向かう途中にたまたま発射地点に向かうジャミルの部隊に近づいたらしかった。
レーダーで確認した位置まで機体を向かわせる。約7時間ぶりに二機のGXは並びあった。
『確かに人類は争い続けてばかりだ。でも地球にもコロニーにも、いつだって平和を求める人の声は途絶えなかった。その声に耳を傾けられるようになればいつかきっと人類はいつか争いの無い世界を手に入れられる!』
モニターとヘルメット越しに見えるジャミルの顔は幼さを残しながらも鬼気迫る物があった。
この言葉は×××にも聞き覚えがある。NT部隊の教官で二人の恩師に当るルチル・リリアントの言葉だ。――もっとも×××は何度も彼女と師弟以上の関係になろうと口説き続けて失敗していたが。
「そして平和な世界に飽きればまた戦争、人は過ちを繰り返す……ってね」
『――ッ!? ×××、どうしてそんな風になっちまったんだ!? 昔みたいにあの夢で見たっていう平和な国の話を聞かせてくれたあんたはどこへ行っちまったんだよ!?』
「戦争さ。全部この糞溜《くそだ》めみたいな戦争が持っていった。人工ニュータイプ実験に子供を寄せ集めたニュータイプ部隊、コロニー落としにサテライトキャノン……たった18年しか生きていないのに、俺は人間がどれだけ残酷になれるか思い知らされたんだ。この世界で俺が心の底から安心できるのは女に抱かれてあの夢を見ている時だけだった」
『………………』
ジャミルは何も言わない。
彼自身、ニュータイプという人間の悲惨さを知っているから。そしてフラッシュシステムに不完全にしか対応しない×××が地球連邦からどれだけ恐ろしい人体実験を繰り返されてきたのかを知らないから。
だからジャミルは×××の言葉に何も言うことができなかった。
熱くなり過ぎたことを自覚した×××は一拍置いて深呼吸してからこう告げた。
「ジャミル、俺が間違っているというのなら……この戦争、お前だけは何があっても生き残ってくれ。生きて俺にお前の言う争いの無い世界って奴を僅かでも信じさせてくれ」
『……ああ、約束だ。アンタも生き残ってそして……また夢の話を聞かせてくれ』
「ああ、任せておけよ。宇宙に上がる前に立ち寄った技術局でもうすぐ落とせそうな子がいたんだ。この作戦が終わったら彼女とよろしくやって、そしてまた最高の夢を見てやるんだ!」
『技術局? マスドライバー基地の彼女はどうしたんだ?』
「マスドライバー……? ああ、あの子か。あの子とは最近さっぱりだ。それよりパーシバルさ! GXとGビットの共通規格化に携わっていたメカニックらしくてさ。相手がエリートの学者様だから話を合わせるために先月からMS設計の猛勉強中さ」
『そうか……ま、アンタは万能だからな。きっとすぐにでも話せるようになるさ』
「そうだな。じゃ、そろそろ仕事に戻るか」
ジャミルが苦笑しモニター越しに敬礼すると同時に、レーザー通信の有効範囲から外れて通信が途絶する。
白のGXは発射ポイントまで、黒のGXは敵のNT部隊の方へそれぞれ飛び立っていった。
それから五分ほどして×××はようやく防衛部隊と目標――宇宙革命軍の巡洋艦アストラーザ級との交戦ポイントに到着する。
パープル2の防衛部隊は既に損害を受けていて、10機いたはずのドートレスは既に4機にまで減っていた。
「セプテムが3機、オクト・エイプが2機の編成か。ベルティゴはまだ出撃していない……舐められているのか?」
敵戦力を確認すると黒いGXは素早くライフルを前方に向ける。その銃口がピンク色の粒子を吐き出すと、瞬く間に一機の青い機体――宇宙革命軍のセプテム――がバーニアを貫かれ行動不能に陥った。
意識外からの攻撃に両軍の動きが止まった。
『ガンダム――ッ!? 援軍か!?』
生き残った防衛部隊の内一機、隊長機仕様のドートレスコマンドから通信が入る。
「こちら連邦軍NT部隊所属GX3号機、これよりそちらを援護する」
『ありがたい! セプテムはこちらでなんとかする。ガンダムはオクト・エイプを沈めてくれ。俺達じゃ手に負えない!』
ドートレスコマンドのパイロットから悲痛な声が届く。
×××は簡単に撃墜したが、本来オクト・エイプは宇宙革命軍が戦争の最終局面を迎えるに当って投入した高機動量産MSの傑作だ。その性能はガンダムやNT専用機には及ばない物の、地球連邦軍の主力兵器であるドートレスなど遥かに超えた能力を秘めている。
エース級のパイロットならともかくこんな辺境の防衛線のさらに後詰に回されるような一般の部隊では手も足も出ないだろう。
「了解了解っと」
ガンダムという心強い援軍を得て士気を持ち直したドートレスは編隊を作って残った2機のセプテムに攻撃を加える。
セプテムの援護に向かおうとしたオクト・エイプに対して×××はGXのバーニアを最大出力で吹かして迫りハイパービームソードを抜きながら近接格闘を仕掛けた。
咄嗟にビームサーベルを引き抜いてGXの攻撃を防ぐオクト・エイプ。その反応は良かったが連邦軍の最新MSであるガンダムタイプと格闘戦を行うには機体出力が余りにも違いすぎた。
続く2撃目でサーベルを弾かれ、3撃目を回避しようとして姿勢が大きく崩れる。パイロットが慌てて制御バーニアを吹かした所で動きの止まった機体にショルダーバルカンとブレストバルカンの計5門の砲口が打ち込まれた。
「ひとつ!」
僚機の撃墜に焦ったもう一機のオクト・エイプがGXの頭上からビームライフルを連射しながら近づいてくる。
「甘い!」
×××はそちらをロクに見もせずに小刻みに機体を動かして難なく全弾を避けると、射撃が終わり脇をすれ違おうとした敵機の胴体に対して脚部間接による攻撃――膝蹴りを食らわせた。
機体のダメージというより急激なGを受けてオクト・エイプはパイロットが意識を失い行動不能になる。
「ふた、―――ッ!?」
腰のマウントからバスターライフルを引き抜きトドメを刺そうとしたところで×××は殺気を感じて跳ぶように後退した直後、20を越えるビームがGXの元居た場所に光のシャワーのように降り注ぐ。
動きを止めていたオクト・エイプはその中の一条を受けて爆散した。
「なんだっ!?」
『そこのガンダムタイプ――『お前が噂のGXか?』
GXが広域通信から拾った声は女の物だった。
×××はすばやく光のシャワーの元を見やる。
そこにあるのは純白のカラーリングに独特の円錐形の腕部、周囲には無数の小型ビットが飛び交い、頭部と胸部に2つのモノアイが光るMS――宇宙革命軍のNT専用機 RMSN-008ベルティゴ。
×××自身何度か戦って撃墜した経験もあるMSだが今回は勝手が違う。
『無人機がいないぞ?』『色も黒だ』『だが私達と同じ力を感じる』
「ベルティゴが…二機?」
そして通信で拾っている女の声も二人。×××は女を褒めるために鍛えた洞察力のおかげでこの二人が双子であることを見抜き更に冷や汗を流した。
ニュータイプにとって双子や親兄弟というのは最も感応しやすい存在となる。このガンダムを見ても全く動揺しない事からこのベルティゴは二体でワンセットのチームとして今まで何人もの連邦のニュータイプを葬ってきたのだろう。
×××は苛立ちを隠そうともせずにコンソールを操作して先程戦域を指定してきた管制官へと通信を繋げた。
「おい、管制室! こちら三号機、パープル2に来たベルティゴは2体だ! クソッタレ! お前らの情報はどうなってるんだ!!」
『こちら第四艦隊旗艦マリアナ。情報の齟齬《そご》については謝罪する。だが現在作戦は最終準備段階、サテライトキャノンの射線確保のシークエンスに入っている。レオパルドもエアマスターも手一杯で援軍は出せない。三号機は防衛部隊と連携して敵に対処せよ。いいか、絶対にその2機の突破を許すな!』
「無茶を言いやがって……」
通信の切られたモニターに向かって×××は毒吐く。貧乏くじはいつものことだがここまで最悪なのは今回が初めてだ。
レーダーを見れば頼みの綱のドートレス部隊はようやく一機を撃墜したものの、アストラーザ級の対空砲火に守られたもう一機のセプテムに手を焼いているようで到底援護を頼める状況ではない。よしんば援護に来たとしてもたかが4機のドートレスなど一瞬で葬られてしまうだろう。
『大型兵器を背負っているな』『ランスロー様に報告するか?』『いや……私達だけで撃墜しよう』『賛成だ。有人のガンダムタイプを撃墜すれば間違いなくランスロー様に褒めていただける』
広域通信で拾った会話はなんとも緊張感の無い物だが、内容からして戦う意志は確定したらしい。
2機のベルティゴはビットを回収すると静かに真空の宇宙にその殺意を広げ始めた。
「やれやれ、もったいない。声からして美人なのは間違いないんだが……まあ、もうゾッコンの相手がいるってんなら諦めるしかない、なっ!!」
先手は向こう。両腕を収納した高機動モードでの左右対称の突撃。
2機同時に迫ってきたベルティゴに対してGXはシールドバスターライフルとハイパービームソードをそれぞれの手に取り出して構える。
『『落ちろ!!』』
GXは完璧に同時のタイミングで襲ってきた4発のビームを上昇してかわして見せると左の機にライフルを放ち、右の機に近づく。
近づかれたベルティゴは躊躇無くサーベルを引き抜くとGXの斬撃を片手で受け、軽々といなす。そして次の瞬間、ベルディゴは生まれた空白を瞬く間に詰めてビームサーベルを突き出した。
なんとか上体を逸らしてサベールをかわすGX。メインカメラの側を通り過ぎたメガ粒子の剣が一瞬だけモニターをピンクの光で満たした。
「やっぱりさっきのオクト・エイプみたいな雑魚とは違う! お前らは肝の据わった良い女だ。だがまだ本気じゃないだろう? ビットを出しな!」
『……不愉快な奴』『同意する。メインカメラの動きがイヤラシイ』『長居はしたくない』『決定だ。こいつは――
『『排除だな』』
双子がそう宣言すると同時に×××はGXのフラッシュシステムから冷たい波動がフィードバックするのを感じた。
二機のベルティゴが並びそれぞれが長い両腕を左右に広くかかげる。そのままコマのようにクルクルと回転すると遠心力で加速された24基のもの小型ビットが打ち出された。
「きたか! ビット!」
通常、モビルスーツがフラッシュシステムで操る機動兵器は12基。ニュータイプという超存在に操られたそれらは連邦でも革命軍でもMS大隊に匹敵する戦力だと考えられている。
対して×××が乗るガンダムXは決戦用のNT専用機といえどもこういった局地戦でフラッシュシステム無しではライフル一丁とサーベル一本だけを背負った一MSに過ぎない。火力差は単純に考えて28対1。ビームの発振装置で数えれば敵は32にすらなる。通常であれば到底勝てる相手でないのは誰の目にも明らかだった。
24基のビットがGXに迫る。その数は×××が今まで訓練や実戦で経験したどんな敵よりも多く、動きはどんな敵よりも鋭い。
ベルティゴから感じられる殺意が鋭く深くなるのと同時に、今度はビームの雨どころか嵐にも匹敵するような圧倒的な弾幕が形成された。
「このぉーーーッ!!」
だがその弾幕を目視するよりも、想像するよりも早く、直感に従った×××は右手のGコンを殴りつけるようにして前に押し出す。
操作に従い、バーニアの推力にサテライトシステムのリフレクターの共振を全開にしたGXは爆発したように押し出されたことでビームの嵐よりほんの刹那早くGXは死線から脱した。
攻撃を外したことを見て取った双子はより強い殺意を滾らせてビットにGXを追うように指示する。自身のベルティゴも再び高速移動形態に変形し今だセプテムやアストラーザ級の残る戦域からGXのいる方へと向かう。
『逃さん!』『貴様はここで私達の手土産となってもらう!』
ビットとそして二機のベルティゴが連携した弾幕は途切れる事無くGXに向けられる。
だが最初は前に、そして右に左に、GXの進行方向を見た予測射撃はそのどれもが掠りもしない。GXはデブリがあればそれを蹴って方向を変え、コクピットの残るMSの残骸すらも殴って機動変化の足しにする。バーニアの軌跡に滑らかな曲線は無く、子供が落書きで描いたようなデタラメな絵が宇宙に書きなぐられた。
『ビットの補足が間に合わない! なんだあれは!』『本当に人間か!?』
ベルティゴのパイロットの動揺がビットに伝わる。
事実、異常な機動だった。NT専用機であるGXのバーニア推力は並みのMSを遥かに超える。それを全開にして左右に機体を振り、あまつさえデブリを蹴ってさらに加速をつけるなどMS戦闘を知るものからすれば自殺行為でしかない。
だが黒いガンダムのパイロットはそれをやってのけたのだ。
彼は死の包囲網の一瞬の綻びを見破ると二機のベルティゴの内、片方に向けてシールドバスターライフルの引き金を二度引いた。
『キャアァァァーーー!!!』
『姉さん!』
ビームはどちらも命中。ベルティゴは胸と左腕に損傷を受けたが爆発する気配は無い。装甲の薄い部分には当らなかったようだ。
「まだ落ちないか……むっ? なんだ? ビットの動きが……」
×××は自分の攻撃が与えた思わぬ効果に驚いた。
ビットは今だ鋭い動きでGXを追ってきている。だがそれが4基だけ。残りの実に20基近くがその動きを完全に止めていたのだ。
「あの一機だけでビットを20基も搭載してコントロールしていたということか? ……いや、そんな事、できるはずが無い」
考えながらも動きを止めたビットに攻撃を加えて次々と撃墜していく。最近のジャミルであればランダムに動き回るビット相手でも平気でライフルを当ててしまうのだが、彼はビット撃ちはそれほど得意ではなかったためこの機になるべく数を減らしていく。
被弾したベルティゴのパイロットが意識とコントロールを取り戻した時にはビットの数は8基にまで減らされていた。
その8のビットが再び鋭い動きでGXを追い詰めようとする。やはり被弾したほうのパイロットが優秀だったのかと思案する内、今度は無傷の方のベルティゴがサーベルを持ってGXの懐にまで接近していた。
『貴様ーーーー!!』
GXもサーベルを引き出しベルティゴの攻撃を受け止めると、すぐにその場を退避する。ビットのビームがGXの装甲を僅かに削っていった。
「コンビネーションは抜群でしかも執念深い……厄介だな」
胃や肺に感じる嫌な重みに顔をしかめる×××。先程の機動は体にかかる負荷が大きくてそう何度も使えるものではない。
一方、ベルティゴの姉妹もビットの大半を失ってしまった以上、どちらも白兵戦を決着をつけなければいけないのだ。
再び接近してきたベルティゴに対して今度は固定兵装のバルカンの一斉射撃を放つ。装甲の薄いオクト・エイプと違いダメージは与えられないが、カメラや精密機器に衝撃が与えられ一時的にベルティゴの動きが鈍る。
すると今度はビットの動きが止まらなかった代わりに一瞬だけ8基全ての動きが単調で緩慢になった。
「――っ! ……そうかっ! この双子、それぞれでビット操作の"質"と"量"を補い合っていたのか! そんな……そんな手があったっていうのか!」
×××は敵の新技術を看破すると同時に強く惹きつけられた。
戦場での優勢劣勢を直接支配できるNTに関する研究はどちらの勢力でも最優先で行われている。特に覚醒レベルが低かったりフラッシュシステムに対応しないNTの能力の底上げは軍が最も欲しがっていた技術だ。
かくいう×××もフラッシュシステムに不完全にしか適合しないという弱点を持っている。
鹵獲は無理だとしても少なくとも今日、この二機のベルティゴの戦闘データを持ち帰れば、いつかは自分もジャミルのような無敵のニュータイプになれるかもしれない。
「そうと分かれば……!!」
GXは先程のバルカンを受けたベルティゴに向かって今度は自分から近づいていくと切り結んだ瞬間、手首を絡め取るようにしてビームソードを動かす。腕を予想外のベクトルに引っ張られてベルティゴがよろめいた瞬間、GXの回し蹴りが強烈にそのコクピットの装甲を叩いた。
『ぐぅぅぅぅーーーー!!』
『ニキータ!』
同時にGXを補足していたビットの照準が甘くなり、動きも鈍くなる。
蹴った反動で加速をつけたGXはビットの方へ向かいサーベルとライフル、バルカンの全てを使い一息で残りのビットを片付けた。
『そんな!』『ビットが!』
「これで、もう満足な援護はできまい!」
自身の精神的優位を悟った×××は今度こそカタをつけるべく再び近接戦闘を挑む。
双子は白兵による乱戦を嫌がって牽制のビームを放ちながら距離を保とうとするが、回避動作を最小限に絞って迫るGXに成す術も無く追いつかれる。
「随分と焦らしてくれたな! 今喰ってやるぜ子羊ちゃん!」
『くっ、サーベルを……!』『――ッ!? 姉さん、いけない!』
宣言どおり噛み付くような機動を見せるGXに二機の内一機が焦って中途半端な距離でビームサーベルを抜刀する。
完璧だったはずのチームワークの僅かな乱れを×××は見逃さなかった。
ベルティゴが武装をサーベルに切り替えたのを見たGXが雷のような軌道で方向を変えもう一体のベルティゴの方へ迫る。
姉の援護を失った一瞬のタイミングをついて行われた斬撃はニキータと呼ばれた女の機体の両膝を切断していった。
『『しまった!』』
両足を失ったMSは腕部や脚部の質量による機動制御――AMBAC制御を失いその機動力を著しく減少させる。
斬った後すれ違ったGXは即座に反転してバタバタと溺れるようにもがくベルティゴにビームを一射。援護に駆け寄ろうとした姉に向かって同時に三射を放った。
三射はそれぞれ右腕、頭部そしてさきほど被弾のあった胴体部に命中する。
二機のベルティゴはどちらもジェネレーターを貫かれ、小爆発を起こした。
『姉さん!!』『ニキータ!!』
双子は最期にお互いを求めるように手を伸ばしたがその手は届くことは無く、紅蓮の炎がベルティゴのコクピットを包み込む。
白い機体は同時に爆発し、×××は2つの魂が宇宙に拡散していったのを感じた。
「……終わったか。ふぅ、これでしばらく戦線は――――接近するMSの反応!? クソッ、センチメンタルに浸《ひた》る暇もねぇ!! しかもこの感覚――まだニュータイプが来るってのかよ!!」
引き攣ったように叫びながら流れた汗を振り払い再びヘルメットを被り直す。
「敵のMSは一機。しかし凄まじいプレッシャー……ジャミル並みの相手か。あの双子の死を嗅ぎつけてきたか」
GXの砲撃用望遠レンズが捉えた機影はまるで人魚のような円錐状の下半身を持ち太い五指を構える見た事も無いMSの姿。ベルティゴを発展させた宇宙革命軍の最新型NT用MSと見ていい。基礎性能ではともかく、Gビットも無く局地戦に不向きな×××のGXでは明らかに力不足だ。
「こりゃあ、殺《や》り合ったら間違いなく俺が死ぬな」
×××は自嘲気味に呟いた。
ジャミルとのシュミレーター、模擬戦を合わせた戦績は10勝25敗。その内8勝は三ヶ月以上前の物で、あとの2勝ですら快勝とはとても言いがたい物だ。それでも地球連邦軍の全てを見回してもこれほどジャミル・ニートと戦える者はいないだろう。
名実共に連邦軍ナンバー2である×××。
それがこれほどのプレッシャーを受けるとは、相手は一体何者なのだろうか。……いや、機体名もその特性も攻略法も、どれもが予測不可能であるが×××には一つだけ確信がある。
「――間違いない、あいつがあの双子の言っていた"ランスロー様"って奴だ」
もし、生きたいのであればあと30秒。見つからないようにここのデブリに隠れてあの機体をやり過ごせば×××は助かるだろう。もとより敵の目的はサテライトキャノンの発射の阻止、Gビットを連れていない三号機に傾注するとは思えない。
あのMSが現れればサテライトキャノンの発射は阻止されるだろうが、ジャミルが黙ってやられることだけはありえないと×××は確信していた。
だが
「……あいつを見逃せばコロニーは間違いなく地上に落とされる。それがひょっとしたら俺の女に当るかもしれねぇ」
台詞とは裏腹に死の予感でブルブルと体が震え始める。
×××は自らの意に反する体を筋肉を強張らせることで押さえると、本能が鳴らす警鐘に逆らって無理矢理に笑った。
「いいぜ、やってやる! ジャミルのサテライトキャノンの発射まであと140秒。その間に色男の面目って奴を俺が散々にしてやるよ!」
黒いGXはその乗り手の期待に応えるかのように獰猛にバーニアを唸らせると宇宙を駆ける白いMSを迎え撃つように飛び立っていった。
*****
この後、ジャミル・ニートの乗ったGXによるサテライトキャノンの砲撃は成功を収め、宇宙革命軍はコロニー落としに使用するはずだった廃棄コロニーの10基以上を失う。
だが戦線の膠着とそれによって再び見え始めた敗戦の可能性を恐れた宇宙革命軍はむしろ、コロニー落としの強行を強く決意する。
当初の予定を超えて産業用、軍事用の如何を問わずにいくつものコロニーが落とされた結果、地球環境は深刻な打撃を受け100億の人口がその数を2割以下にまで減らす人類史上最大の悲劇となった。コロニー、地球全ての住人が人類滅亡という予感を抱く。
だがその寸前、一歩手前まで、本当に国力の限界まで消耗しもはや国家体制を維持する力すら残っていなかった地球連邦政府と宇宙革命軍は皮肉なことに戦争の最中、ほぼ同時期に空中分解することになった。
×××が憎んだ全ての業、罪を背負うべき組織、人間は何もかもがうやむやのうちに消えたのだ。
ランスローのフェブラルによってコクピットを撃ち抜かれた三号機は連邦軍残党によって回収、修理されその後24年の眠りにつく。
ジャミル・ニートは軍には戻らずバルチャーとしてニュータイプの保護運動を開始。
ランスロー・ダーウェルは2機のガンダムXを撃破した功績を讃えられ2階級の特進。NT能力を失いながらも依然最高のパイロットであるとしてとクラウド9防衛部隊に配属された。
戦争は終わりAW(アフターウォー)の世紀が始まる。
だが死んだ×××の魂がその平和を見ることは無かった。
彼はその名前を失い、その魂を更に過酷な戦場へと連れ去られていったのだ。