俺は、アメリカや国連に帝国攻撃を示唆するような事を、論文にしたり口にしたりしている。もちろん、外に出れば舌禍事件になることだから、こっそりとだ。
それでも、どこからか話が漏れた可能性は否定できず、そうなると特段愛国屋を気取っていない日本人でも、俺を裏切り者とみなすだろう。
いつかは帝国人から指弾される、あるいは喧嘩を売られることは覚悟していた。
だが、こんなにも早くこういう形で、というのはちょっと予定外だ、と思わざるを得ない。
いや……所詮は、遅いか早いかだ。俺は、腹をくくって通信に応じた。
「自分ですが」
こちらを向いた不知火のセンサーアイには、不穏な光が宿っているように思えた。
俺は、半ば無意識に機体装備を確認する。右腕には突撃砲、左腕は空いている。いざとなったら、砲を両腕でもって安定性を増す……。
と、ここまで考えて装備は背中の突撃砲、膝装甲内のナイフ含めて全部模擬戦用装備だと思い出した。
「――貴様か、不知火を欠陥機だと言いふらしている不埒者というのは!」
「…………は?」
俺は、思わず馬鹿みたいに口を開けた。
いや、いろいろ言ってきたりしたが、それは知らねえぞ!?
武御雷みたいなのを内心で批判したことはあるが、現物がこの世界のこの時点では存在しないモノだから、密談の席でさえ口に出してはいない。
俺の反応が遅れたのをどう取ったのか。富士教導団の衛士達は、激しい口調で責め立ててくる。
「とぼけるな! 証人がいるのだ!」
「ストライクイーグルに比べれば、玩具同然だと――」
「『俺が本気になれば、一個中隊の不知火だって蹴散らせる』とまでほざいたそうだな!?」
俺は、顔を引きつらせながら負けないよう声を張り上げた。
「ちょ、ちょっとまってください! それは言っていませんよ!」
そう口にしてから、ひやりとした。
『じゃあそれ以外は何か言ったんだな?』
と、ツッコまれると思ったからだ。
しかし、富士衛士の皆様は、
「聞けば、最初から米軍同然の国連軍に志願したそうではないか! 帝国軍への入隊を忌避するとは、貴様それでも日本人か!?」
「日本の民たる誇りをどこへやった!? 恥ずかしくはないのか?」
「お前のような者は、国賊だ!」
と、たたみかけて来た。
俺は口を閉じた。別に恐れ入ったわけではない。
……そういえば因果情報内じゃあ富士教導団って例の『12・5事件』に深く噛んでたっけ。
こういう気質が元からなければ、そりゃ他国の謀略に踊らされたっていってもあそこまではやれないよなぁ……。
BETAがいつ攻めて来るかわからない状況で、クーデター。
日本は佐渡島だけじゃなく、鉄源等のほか複数のハイヴとも対峙していたから、BETAが来なかったのは、運命の神様に贔屓されているレベルの幸運にすぎない。
(1998年に日本を半壊させたBETAの進軍は重慶ハイヴからはるばる、だ。あいつらの行動力は人類の予想を簡単に超える)
それは当然、まともな軍人ならわかっていたはずだ。
でもやったところを見ると、自分たちの『愛国的』な理想どおりの日本でないのなら、滅んだほうがいいとか本気で思っていそうだ。
うん、なんつーか。ついていけないものを感じる。
俺自身、たしかにかなりひねくれた性格だからなぁ……。因果情報を受け取る前から、こういうノリには悪寒を覚える性質だったし。
さてどうしよう。
内心の問題でいえば、俺は真っ黒だ。
将来実行したら確かに売国奴呼ばわりされても仕方ない事、いろいろ考えているしなあ。
この意味じゃ、不知火に関する件はともかく、後ろの非難は的外れでもないし……。
だが、俺が口にする言葉を決めるより早く、ホルス1――ブレイザー少佐が、割って入ってきた。
「そこまでにしていただこう」
「っ! なんだ貴様は!?」
落ち着いた声と表情のブレイザー少佐に対して、むっとした表情を見せるのは富士衛士の一人だった。
「ボーグ=ブレイザー国連軍少佐だ」
「これは、日本人同士の話だ! 外国人は引っ込んでいてもらおう!」
……おいおい、相手は所属違いとはいえ少佐だぞ?
「それはできない。白銀少尉は、私の指揮下にある……私は、貴官らの言う白銀少尉の言動が事実なのかどうか、把握する情報をもっていない。
だが、仮にそのような発言が事実だったといっても、このような場で責め立てるのは筋違いというものだ。
我が隊は訓練中であり、それを阻害する行為は慎んでいただきたい」
「…………」
――大人の態度だ。
俺は、黙り込んだ。富士衛士達も、気まずい沈黙に入った。
が、そのうちの一人……大尉の階級章をつけた男が、すぐに口を開く。
「失礼だが、少佐どのの御国はいずこか?」
その言葉に、少佐の顔が曇る。おい、これって……。
「……ベルギーだが」
ベルギー。
陥落して久しい、西欧の国家のひとつ、か。
「ほう、祖国が滅亡したにも関わらず、少佐どのは極東でアメリカに寄生し、国連風情の小間使いか」
なっ……!?
「我々日本人なら、祖国滅びるならともに滅ぶのみ、だ。その誇りを忘れた愚か者を教育しているのに、敗残兵は口を出さないでいただこう!」
こ……こいつ!?
思案段階とはいえ、確かに祖国日本を平然とないがしろにできる俺なら、何を言われても仕方ないかもしれない。
だが、場を納めるために意見した人間に対して、ここまで腐った態度を取るのか!?
それがこいつらのいう、誇りある日本人の姿かよ!?
胃がかっと灼熱するほどの怒りを感じて、俺は不知火をにらみつけた。半ば無意識にフットペダルにかけた足に力が篭る。
「おい、てめぇらが喧嘩を売ってきた相手は俺だろうが……! いいぜ、かかってこいよ!」
ジャンプユニットが唸りを上げはじめる俺のF-15Eを、少佐の撃震が片手に持った追加装甲を挙げて制した。
「落ち着け、少尉。私が祖国と運命を共にしなかったのは事実であり、また敗残兵であるのも事実だ。ゆえに、侮辱には当たらない」
少佐の目と声色は、どこまでも冷静であった。
ぐぅ……大人すぎるだろいくらなんでも。俺はぐっと唇を噛み締めて、機体の動きを止めた。
「――そして、私の身の上がどうであろうと、祖国からみて非国民であろうと、貴官らの言動や行動の正当不当とは何の関係もないはず。
もう一度通告する。訓練を阻害する行為は慎んでいただきたい」
うわ……俺のほうが自分の子供っぷりに恥辱を感じるよ。こういうのを分別っていうんだろうな。
相手に落ち度や問題があるとしても、それに対抗するのに違法行為や不当な行動を取っていいって理屈にはならないよな。
俺自身、痛いところがありすぎる……。頬が怒りとは別の原因で赤くなっていることだろう。
少佐の前じゃ、俺も富士の連中も等しく『若造』ってやつか。
富士の大尉は、今度こそぐっと詰まった。富士衛士の何人かからも、さすがに冷たい視線が飛んでいる……全員が全員、キ印じみた国粋主義者ってわけでもないみたいだな。
が、味方からさえ批判的な目を向けられたのが、逆に大尉の引っ込みをつかなくしたらしい。
「……よろしい。ならば、我らと貴隊で訓練――模擬戦を行いましょう。それなら、問題ありますまい?
――おっと、失礼。そのお体では、口は動いても手のほうは……」
と、言い放った。少佐らが戦傷兵であることに気づき、露骨に揶揄している。
暴力勝負なら絶対に勝てるという傲慢さが、不知火の装甲からさえ染み出ているようだ。
――ぶち
俺は、今度こそ切れた。
所詮は、十代のガキだ。自制心にも限界があるってもんだ!
……湧き上がる怒りは、単純なものでもなかった。因果情報内で富士教導団に殺された米軍衛士達の事を思い出していた。
アメリカの陰謀に事態の原因のひとつがあったのは確かだが……あの衛士達は、オリジナル武らを守るために戦死したことに違いはない。
富士は直接手を下していないかもしれないが、207Bへの追撃を防いで全滅した『まともな』帝国軍部隊の衛士や、A-01などの国連軍の犠牲者も、だ。
並行世界の出来事ゆえ、かなり非論理的かつ無意味なのだが、敵討ち気分が俺に生まれたのは否定できない。
少佐らが止める間もなく、大尉の不知火をロックオン。即座に、36ミリ突撃砲のトリガーを引く。
放ったのは訓練用ペイント弾だ。
だが、大尉の不知火は咄嗟の後退機動で火線を外した。ペイント弾が、むなしく背後にあった瓦礫に当たってオレンジの塗料をぶちまける。
「っ!? 貴様!」
くそっ、性格は最悪だが反応はいいじゃねえか! 今の不意打ちをかわすのかよっ!
人格の高潔さと、軍人としての技量は一致しない(むしろ、優秀な軍人ほど一個の人間としてはやばい連中が多いのは、歴史でよくある)もんだとはわかっちゃいるが……。腐っても教導団か。
「ぐちゃぐちゃうるせえ! 模擬戦!? 上等だ! 『国賊』の腕がどんなもんか、見せてやるよ!」
俺は怒鳴り声を上げながら、JIVESの設定画面を呼び出した。
そして、限りなく実戦に近い仮想情報が加わるモードにする。着弾すれば、ペイント弾でも実弾直撃を受けたような衝撃を衛士が受ける設定だ。
この情報は相手方にも伝わっている。一種の挑戦状だ。
相手も、即座に同じレベルに設定した、という信号が返ってきた。
レーダー上で、不知火のマーカーが敵性を示す赤に変わる。
一個中隊12機いる不知火だが、敵対信号を発したのはうち8機。残りの衛士は、「アホらしい、ついていけん」と考えたのか、それとも見届け役なのか。
「白銀少尉!?」
制止の気配を含んだ少佐の声をかきけすように、俺と『敵』の不知火をあわせた合計九対のジャンプユニットが、激しい咆哮をぶつけあう。
こうして、到底褒められるものではない形で、俺と富士教導団の戦いのゴングは鳴った。
「馬鹿が! これだけの数の精鋭と不知火相手に、勝負になると思ったか!」
開いたままの回線から、嘲りが流れ込んでくる。
ブーストジャンプして距離をとろうとした俺のF-15Eを追いかけて、不知火の群れも大地を蹴る。
急加速に、左右の光景が歪んで後ろに流れる中、ぴったりと背後に敵意がついてくる。
……確かに、教導衛士クラスが乗った、不知火の二個小隊を単機で相手にするなど、自殺行為だ。
一分もたせただけでも、凄いなと褒められるほどの困難な条件だろう、普通なら。
だが、あいにくこっちはいろいろと普通じゃねえんだ!
F-15Eの背後に迫った不知火が、一斉砲撃を仕掛けてくる気配を感じた瞬間に俺はフットペダルを蹴りこんだ。
ブーストジャンプ上の軌道スレスレにあった大岩を蹴りつけ、強引に方向転換。
体に、常人なら押し潰されそうなGがかかるが、かまわず俺はさらにジャンプユニットを噴かした。
「なっ!?」
爆発的な加速で宙をかけるF-15Eは、不知火を振り切ってロックオンをことごとく外した。
「ば、馬鹿な!?」
富士衛士が漏らした馬鹿、は今度は驚愕を示すものだ。
「――衛士の体がもつのか、あんな動きをして!?」
「米軍新型の性能!? いや、管制ユニット周りはこっちと同レベルのはず――」
Gで引きつる口元で、俺はわずかに笑った。
俺の衛士適性は常人離れしている。オリジナル武と同じように、だ。
これに『払い戻し』と自己鍛錬分を加えているから、対G能力は人間離れしたものとなっている。
鍛えられた衛士でも失神するような強引な加速や機動も、無理じゃない。
派手な土煙を上げて着地すると、俺は現行OS性能限界ぎりぎりの速度で機体を振り向かせる。
酷使された関節各部が、悲鳴じみた音を上げた。
「ひとつ!」
俺は、慌てて着地しようとする一番近い距離の不知火に向けて、突撃砲を放った。
ペイント弾は、露軍迷彩の胸部装甲に吸い込まれるように命中した。
ぱっと鮮やかな色の塗料が飛び散り、一部は霧となって流れる。
JIVESの機能が働き、その不知火は安全確保ための自律機動以外が全てカットされ、大地に足をつけたあとがっくりと崩れ落ちる。
さらに俺は、もう一機の不知火に視線を送った。
そいつは、同僚の二の舞を避けようと退避運動に入ったが――
「ふたつ!」
「な、何!?」
俺がほとんど狙いをつける動作をいれず撃った120ミリ模擬砲弾は、不知火が逃げた空間に先回りするように飛翔し、胴体部に着弾。
……不知火そして同系列の練習機・吹雪は、空力制御のためのパーツを多く持つという機体性質上、ジャンプユニットに頼った強引な方向転換は、空力がマイナスに働く場合が多い。
不知火の癖を把握している者なら、旋回機動を選択する。
俺は、それを良く知っていた。
オリジナル武経由の因果情報で、だ。だから、動きが手に取るように読めた。
対して、富士教導団といえども日本にほとんど姿を見せないこちらのF-15Eについては、ろくにデータが無いはずだ。
せいぜい、原型機の改良である陽炎の性能をベースに、予測値をだすのが関の山だろう。
8対1。はるかに不公平な条件だが、こっちにも有利な要素はいくつもあるのだ。
――これまでの模擬戦では、どこか『ズル』しているという後ろめたさがあったが……大きなハンデがある今は、気兼ねする必要はどこにもねぇ!
まして相手がこいつらならな!
俺の気合に(正確にはそれによって変化した脳波や血圧に)呼応して、F-15Eのセンサーアイが明滅する。機体を駆け巡る電圧が、次の全力機動に備えて上がっているのだ。
それが、相手側には何か化け物が眼を光らせたように見えたらしい。
散開しつつ着陸した残り6機の不知火から、息を飲む気配が伝わってくる。
「っ……!?」
驚愕と恐怖で、彼らが鍛え抜かれた精鋭衛士から『ただの人』に戻った刹那を、俺は見逃さなかった。
一機の不知火に狙いをつけて、突進する。視界の中で、ぐんぐんと敵影が大写しになっていく。突撃砲を保持してないほうの手に、ナイフを抜かせる。
「調子にのるな!」
はっとなった不知火の衛士は、突撃砲を捨て、背中の兵器担架から長刀を引き抜く。
突撃砲の狙いを定める暇はない、と判断したのだ。それは、間違った判断ではないが――今回ばかりは、俺の予想のうちであり狙い通りだった。
斬りかかって来た不知火が邪魔になり、他の連中は俺に砲撃を加えることができない。
風を巻いて切り下ろされる長刀の切っ先を、俺は急制動をかけてぎりぎりのところでかわした。
人間でいえば、一寸の見切り。
「!? 長刀の間合いも知って……!?」
米式訓練を受けてきた衛士は、主要装備ではない長刀には疎いはず。その常識が俺には通じないと、相手が悟った時には、
「みっつ!」
長刀を切り返す暇を与えず、ナイフを胸部装甲の継ぎ目に叩きつけていた。
力を失った不知火を盾にするようにしながら、俺はさらに別の奴に狙いを定めるべく、視線を忙しく動かした。
富士衛士達は一種のパニックに陥り、それぞれがばらばらな行動をとり始めている。なおも攻撃に入ろうとする奴、距離をとろうとする奴。
富士衛士と一口にいっても、やはりいざとなった場合の精神の建て直しの早さには個人差がある。
集団を相手にする場合は、頭を潰すか……逆に一番弱そうな奴を叩いて、着実に追い込むか――今回は、後者だ!
鋭くも単純な機動でバックジャンプしようとする不知火に向かって、俺のF-15Eが飛ぶ。
苦し紛れに撃ってくる砲撃を避けるため、F-15Eの両足を大きく後方に振りその勢いを殺さないまま、空中で倒立。
視界がひっくり返る中、俺は不知火を頭上から照準レティクル内に捉えた。
「こんな機動が戦術機に出来るのか……!?」
「よっつめぇ!」
富士衛士の驚愕を遮るように、軽快な音を立てて吐き出される36ミリ突撃砲弾は、また一機、露軍迷彩をオレンジに染めた。
撃破した直後の不知火の背中側に、一回転しながら降り立った俺に、他の不知火が開いた距離を詰めて、攻撃をかけてこようとするが。
先ほどと同じように、機動不能に陥った味方が障害物と化して射線を塞ぐ。もちろん、計算してやっている。
これで半分!
なんとか回りこんでこようと横ジャンプをかける一機に気づいた俺は、そいつの動きに合わせるように同じ方向に横ジャンプした。
二つのジャンプユニットが、競うような高い音を上げる――が、ジャンプユニットの出力自体はF-22譲りのこっちが上だ。不知火の頭を抑えた形となる。
不知火の砲撃を機体の横に流しながら、カウンター気味に120ミリ砲弾を叩き込んだ。
よし、まだこっちの機体データは取りきられてないな。
解析されていたら、わざわざ不利なパワー勝負には出てこない。
不知火の長所である、小刻みな近接格闘機動を仕掛けてくるはずだ。そうなれば苦しい事になるが……。
俺は、汗塗れの顔で笑った。
冷静になる暇は、与えない!
「いつつめ……!」
次の獲物に狙いを定めると、俺はレバーを握りなおした。
「な……何なんだこいつは……!?」
残りの富士衛士達の声は、完全に裏返っていた。
「TAKERU=SHIROGANE……。日本人か」
アメリカ・ワシントンDC。
とあるオフィスビルの一角で、一人の老境にさしかかったアメリカ軍人が手にした書類を眺めていた。
軍人の襟には、『中将』という高位を現す徽章が、窓から差し込む夕日を受けて輝いている。
引き締まった顔立ちに、鋭くも理知的な目。
『戦術機の父』の異名をとる、バンデンブルグ中将だった。
その名を聞けば、たとえ反米国家の嫌米派であろうと一定の敬意を払うだろう。
開発当時は、空想的だのロボット遊びだの、考えつく限りの否定と罵倒を浴びせられた新概念兵器・戦術機を実用化するために奔走し、その運用理論を確立した。
つまりは、全人類の恩人といえる。
だが、最近は『楽観論者』のレッテルを貼られ、功績に見合わない閑職に回されていた。
彼は、『生粋の対BETA兵器たる第二世代戦術機の登場で、BETA大戦は人類が勝利しえる』と主張していた。
現実に苦戦しているのは、せっかくの戦術機を使う側の軍人が、宝の持ち腐れ状態にしているためだ、と。
戦術機を中心とした、通常戦力の質を伴った拡充を常に要求していた。
当然ながら、この主張はG弾使用を訴える者達が主流を占めるアメリカでは少数意見に過ぎない。
いや、表向きは戦術機を主軸とする通常戦力での戦略を訴える前線国家群からさえ、全面的に受け入れられているとは言い難い……。
そのバンデンブルグ中将が、立ち上がりながら静かに視線を向けた先にいたのは、やはり白人系のアメリカ人だった。
だが、中将とはかなり印象が違う。
やせぎすで眼鏡をかけ、額は禿げているせいか広がっていた。印象からして、軍人ではなかった。
「彼は、『戦術機の神様』フランク=ハイネマンの足を止めさせるほどの少年である、と?」
アメリカ屈指の軍需産業・ボーニングにその人ありと知られたハイネマンは、技術面における戦術機の確立者だった。
「私ごときが、そのように評価されるに値するかは甚だ疑問ですが……彼が非常にユニークであることに間違いはありません」
スーツ姿のハイネマンは、本来ならアラスカ州・ユーコンで発動されるプロミネンス計画の協力者として、既にこの地を発っているはずだった。
ボーニングは国連軍に委託する形で、会社戦術機部門の未来をかけたF-15強化案『フェニックス計画』を行うつもりであり、またいくつもの国から技術協力の要請を受けている。
ハイネマンも、殺人的に多忙であるはず。だが、わざわざ時間を作って中将に会いに来たのだ。
一人の、日本人少尉の情報に接したために。
「我々は今まで戦術機を人がかぶる動力付鎧の延長、と捉えておりました。つまり、人型であることを過剰に意識していたのです。
もちろん、この捉え方にも正当性とメリットはありますが……」
「ふむ……」
「しかし、TAKERU少尉は、戦術機をもっと自由かつ柔軟な視点で捉えております。
例えるなら……そう、今までの戦術機戦闘理論が、投げ技が一部ある立ち技格闘技程度なら、彼が考えているのは何でもありのバーリ・トゥード、とでも申しましょうか」
穏やかな笑みを崩さないハイネマンだが、言葉の端々が弾んでいる。
「確かに。コンボや先行入力などという発想は、これまでは出てこなかった。廃案になったアイデアの山を探れば、多少似たものはでてくるかもしれないが……」
戦術機をまるで遊戯の駒のように見立て、発想に制限のない機動概念を提案している。
それが、日本からSES計画の試案として提出された論文を読んだ中将の感想だった。
「ええ。まだまだ荒削りで、技術面からみて問題ある点が多いのですが。
もしこれらが実現できれば、中将の提唱されている『戦術機の通常攻撃によるハイヴ攻略』の大きな力になるでしょう。
……実は、すでに国防総省と国連軍総司令部の知り合いに頼み、彼にF-15Eを一機、手配済みです。一体どんなデータを出してくれるか、年甲斐もなく胸が躍って仕方がありません」
ハイネマンはさらりといったが、明らかに一介の技術者の範囲を超えた行動だ。
彼は、ただの企業経営者あるいは技術屋ではなかった。腹の底には、中将さえうかがえないモノを抱えている。
「ですが、残念ながら私はしばらくアラスカの仕事に専念しなければなりません。そこで……」
「私に、この少尉を陰ながら支援し、『確保』しておいてほしい、ということか」
「中将閣下ならば、彼の価値を理解していただけるものと」
今のままではSES計画を統括する無理解な高官達により、SHIROGANE少尉が若すぎる、あるいは実戦経験がない事――はなはだしい場合には、日本人だからという理由で飼い殺しにされるかもしれない。
それは、アメリカにとっても大きな損失になりかねない、とハイネマンは力説した。
バンデンブルグ中将は、長時間考え込む必要もなく、答えを決める。
「……わかった。どうせ、このまま退役を待ってつまらない仕事で時間を潰す身だ。若い可能性に賭けてみるのも、悪くはない」