1984年7月5日 ルーマニア社会主義共和国 トゥルチャ県 ドナウデルタ防衛陣地ドナウデルタ。ヨーロッパ最大にして、後に世界遺産に登録されるほどの自然の宝庫であるその三角州は、今やその面影を残しておらず、灰色の陣地と幾重にもつもり重なったBETAの死骸に彩られていた。「7月になって初めての襲来だな。」そう呟いたのは、そのドナウデルタを含む一帯を守るドナウ軍集団に所属する一人の中尉。敵を迎撃するための布陣を完成させるために、今も部下に命令を下していた指揮官、ナルキ・ゲルニ中尉だ。「まったく上からの予想と言うのはまったく当てにならない。」そう言いながら癖となった赤毛の髪をかき上げる仕草は、本来男での多いはずの軍の陣地では、タブーと言って良いほど妖艶だ。その彼女はトルコ系三世からもわかる通り、肌はきれいな小麦色、髪は少し赤にやけていて、その言葉づかいから女性にもてたらしい。そんな彼女が「東欧の窮地を救うため」というプロパガンダに乗り、警察官になる夢を諦めて大学を早期卒業したのが1978年の終わり。その後周りに釣られる形で軍に志願し、士官速成教育を受けたのは1979年に入ってからである。その中の定番であり軍の花形である衛視訓練には、あと少しで落ちるという惨めな結果に終わるも、持ち前のポジティブ精神で盛り返し歩兵部隊の士官として戦場で指揮するようになったのは1981年。「わずか2年で何ができるのかわかったものではない」と、前線の先輩達から揶揄されたものだが、その優秀性を発揮するにつれて周りは付いてくれた経験は彼女を一回り成長させる糧となった。だが、毎日が敗戦と言って良い地獄の中では、その成長の糧となった友軍、仲間の戦死が相次ぎ、彼女の心が廃れさせていく。そのうち「軍に入ること自体が間違いであった」と気付くのも周りの士官と変わりなく、今は仲間を失わないことと一つだけの楽しみを胸に秘めて、日々戦場で自身の部隊に指揮を飛ばす毎日となっている。そのようにさせた戦場の現状など、眼前にも示されている通りBETAの死体を十分にかたずけられていないことからもわかる。その死体の口に含まれている誰かの肉を見ても。「中隊長、やはりBETAはこちらに来るそうです…」そう教えてくれたのはこの中隊の最古参である最選任下士官。大隊本部から情報を受け取った彼は、彼女を使える士官にまでここで育ててくれた教師でもあり、初めての男性でもある。「やはりか。…周りの陣地構築度からしてここに集中するのは予想できたことだ。的中して欲しくはなかったが」彼女が指揮するブルガリア地上軍所属 第12軽歩兵連隊 第2大隊 第2中隊は表面上の彼女と違い、先の下士官を含め緊張感に包まれていた。師団規模の定期便がここ、ドナウ要塞陣地群を襲撃してくることを彼女が知ったのは3日前。今回はBETAの「西進」部隊の前線基地、ミンスクハイヴからの飽和個体数による定期巡回ではないらしく、今回は遠いウラリスクハイヴからの迷い子らしい。その迷い子が、無視して良いほどの小規模の巡回していた群団と合流して、残党を吸引していることが判明したのが4日前。その行動のおかげなのか上の判断も遅れ、気づいた時には、というやつだ。そのヤツらは最後の現状報告によると、BETA勢力圏との境界線奥200キロで留まり、今なおその規模を膨れ上がらせているとのことだ。「まだ陣地修繕も完了してないのにかよ…」そのような愚痴が部下から聞こえてくる。その愚痴の通り、敵主攻勢にさらされる可能性が高かったここ一帯の陣地は、1週間前の襲撃で甚大な被害を被ったことから未だにその傷は癒えていない。幸いとしてこの中隊は人員に対しての被害は軽微だったが、周りの陣地にはその幸運が訪れなかったらしく、その被害状況から部隊を新品の部隊に交換する羽目になっている。それに加えて突撃級用誘導路の不備、地雷陣地の施設が十分でないことを含め、"危険な地域"に属していることは部隊全員が分かりきっている。BETAの行動が読めないことは事実だが、敵の『物量と速度』からして弱いところに戦力を密集させ、そこから潰されるのは戦場の常識だ。そして一度懐に入られた部隊というのは文字通り血で血を洗う接近戦となることもその一部。その常識に習い今日、貧乏くじを引くのは自分たちのようだ。「中隊長!第1次防衛陣地からの報告です!」どうやらその時が近づいてきたらしい。上からの予想より幾分か遅めのご到着であるBETA群が、この陣地の前にある突撃級用陣地に差し掛かったらしい。「規模は!!」「そ、それが2000以上と…」「なっっ!!」それはいつも通り、上から伝えられてくる数字を超えた数であり、今回は聊かその"いつも通り"の数値を超えすぎていた。中隊の陣地に2000という数自体、過剰な数であり、今までの計算で考えれば、少なくとも2~3万のBETAがここら一帯に攻めよせていることになる。それも奇襲と言う形で。「一度散会したと、第263戦術機甲偵察小隊からの報告を申し上げましたが、どうやら今現在は再度集結しながら進行しているらしく、全体の規模は1万ほど。その数を集中させる形で、周辺にいた他の群を吸収しながらこちらの方向に向かっているようです。」それは全軍にとっては安堵のため息が出る報告だが、その貧乏くじを引く部隊はたまったものではない。…だが嘆いていても仕方が無い。「敵の構成は?」「敵の構成ですが要撃級の数が多く…その後方に突撃級を含んでいるとのこと。やっかいなことに完全な"連合"のケースです。なお第1次防衛陣地はその戦力差から最終防護射撃を実施後、即破棄され地下の籠るとのことです。」それは悪夢のような報告だった。敵の攻勢の真正面となったこともそうだが"連合"を組まれていることが拙い。戦場では間々あるらしいのだがいくつもの要因が重なり、最前衛(中衛との距離40~50キロ)にいるはずの突撃級が後方にいながら侵攻し、こちらの目の前になるころにはちょうどBETAの壁役をこなしながら前進する形になるケースがある。そのケースが"連合"だ。そのケースがはまってしまうと本来、一番最初にある突撃級用のための誘導路と地雷原は、戦車級の血で効果を無くし、その空白地域になだれ込んでくる突撃級は、要撃級の盾と成りながら歩兵陣地を蹂躙していく。ある程度数を減らさなければ、歩兵が大型級を狩ることは出来ず、突撃級が前にいる状態では歩兵の火器はまるで役に立たない。そうなれば籠るしかなく、籠るということはその後方で待っている小・中型BETAを無傷で接近させるということで、その対策をしていない陣地は化け物との屋内戦を申し込み、蹂躙されるということだ。これからの中隊の未来のように。「中尉、後方の部隊にまで被害を広げることだけはなんとしても阻止しめなければならないと愚考します。」「わかっている…このままでは連隊本部、いやその奥の戦域支援砲撃部隊にまで被害が及ぶ。なんとしてもここで止めなければならないのだが、な。」それ以上に危険なのが、後方の陣地に対しても同様に連合を組まれた状態で襲撃されるケースであり、その結果は修復不可能な被害を出してしまうことが多い。連隊本部がつぶれるくらいの幸運なら良いほうで、ここら一帯の支援砲撃を任せられている砲撃陣地が急襲されるなど悲劇でしかない。今の戦場を保てているのは我ら歩兵の血と砲兵の鉄であり、その友軍からの鉄の雨が無くなれば、即座に抵抗力を失ってしまう。しかし、最低でも2000以上のBETAが、両横の中隊を含めてもたった500を数えるほどのこの陣地に集中して進んできている。なにも出来ずに死んでいくことは人として許容できる問題ではないが、どうしようもないほどの戦力差だ。「曹長。救援要請は間に合うか。」一つの希望にすがるようにな声で彼女は言った。ここの戦力が足りなければ味方を呼ぶしかない。「大隊司令部がすでに上に要請しておりますが…実際には間に合わないものと考えます。書類上はここの戦力が回復しているように見えますし、それだけ見ればここよりひどい所は他にもあるでしょうから。即刻予備戦力を回せる体制を構築できているほど軍集団司令部は現場を知りません。それを考えると緊急に廻せるとして支援砲撃だけでしょう。その支援砲撃にしたってここら一帯が戦域になっている以上、隣の陣地よりはマシといったものですが…ここ本来の重要度から考えても、救援を要請して来るまでの時間が足りませんし、唯一望める戦術機部隊は…前回の戦闘で後方送りですから。」また中隊司令部の空気が沈む。ここドナウ軍集団では川を超えようと速度を落としているBETAに火力を集中させることが最善とされ、陣地にいる歩兵部隊は小型BETAとBETAの半分を占める戦車級を削る仕事となる。そのような歩兵陣地を横に繋ぎ、そしてその線を何十にも重ねたのがこの軍集団の防衛方針である。しかし逆に人類の方も部隊の移動を束縛する形になり、3時間前の偵察情報から敵の攻勢を事前に予測して部隊を配置しなければならない。つまりは可能性のある場所にまんべんなく戦力を配置するということであり各個撃破される危険性が高い。(もちろん人ではありえない機動力を持つBETAだからこそなのだが。)そしてその予測が外れ今回のような奇襲に近い攻勢など、想定規模よりも大きい場合には必然的に血を見ることになる。それがここの日常だ。その唯一助けとなるのが同盟の戦術機甲部隊なのだが…東欧州社会主義同盟・ドナウ軍集団に所属する戦術機はわずかに16個大隊弱。そのうちの7個大隊は光線級吶喊任務と偵察、砲撃陣地などの重要陣地防衛部隊など救援任務をつくことはありえず、他の4個大隊は練度が低く、掃討任務など予備戦力のために温存されている。そうすると救援につく部隊は5個大隊となり、その数ではここに救援が届くわけがない。橋を守る陣地など重要視される場所が多いからだ。それに加えて前回の襲撃でここ一帯を担当する第155戦術機甲大隊に大きな損害が出たことを含めると、夢のまた夢となる。これでも2年前の2倍にまで戦術機、衛士ともに増加はしているのだが教育がまともにすんでいない衛士が多く、味方の放火の中、危険な救援任務をつける腕を持つ衛士の数は少ない。そしてダイヤモンドの原石である衛士の代わりに死んでいくことを望まれるのが歩兵だ。それでもとなりの陣地を守るルーマニアの古参兵士からすれば、これでも随分とマシになったらしい。武器弾薬の補充、部隊の交代、これだけでも充実したものに感じるらしく、正規人員が半分以下になっていることなど日常だったと言っていた。2年ほど前から入ってきた自分からしたら実感できるものでもないが、確かに国連からの支援も、この要塞陣地群にいろいろな人種の部隊が集まっていることから見れば変わったのだろう。―――これからの未来を考えればなにがマシなのかわからないが。「中隊長、来ました!!予想通り突撃級が前方に…200以上、合計では数は…少なくとも3000以上っ!!」「3000…だとっ!!」最前線である中隊の見張り台に取り付けたカメラからのリアルタイム映像は、ここが見晴らしが良いこともあり十キロ以上も先の異形の怪物達を映し出していた。その映像から少なく見積もっても200を超える突撃級を先頭に、間から見える赤黒いなにかと、タコ助と揶揄される要撃級の腕を何本も写しており、その土煙からして連隊規模ものBETAがこちらを攻めよせようとしていた。(毎年の集会、最初の欠席者が私になるとはな…学校を遅刻をしたこともなかったこの私が)高校を卒業した時から、その一年を生き抜けることを願って開いた毎年の飲み会。参加しているのは同じツェルニ高校で青春を過ごした2人の親友と所属していた部活の仲間達。そのほとんどが軍に所属していることからも、いつか誰かかけることは知っていた。その最初が自分とは…毎日の死線で死ぬことを覚悟していたと思いこんでいたが、どうも体は正直らしい。脚先が怖気で震えている。だが、ここで呆然としていたら中隊全員の犬死だ。そうして彼女はすぐさま指揮官の顔に戻り、部下に指示を出す。「中隊各員に告ぐ。第1、第2小隊は有効射程に入り次第、分隊ごとに射撃開始。重火器班は突撃級の脚を狙え。無反動班は弾種 瑠弾に換装後、有効射程で最大連射。第1、第2火力支援小隊(迫撃砲)は光線級の迎撃もある。周辺陣地とで決めた特火点を越えたら突撃級を中心に急速射撃。通常なら大型級を無視するが、敵の防御力を削ぐためにも前列の突撃級を狙うぞっ!!」「「「「――了解っ!!!」」」」ここに敵の攻勢が集中する可能性が高いと予想してから、何をしてでも集めた重火器類は中隊史上最高数となっている。そもそも同盟になってから軍の砲数に対し、81、120mm迫撃砲の割合が多くなってきた。世界共通規格となった迫撃砲の砲口に合わせ製造されたものらしく、どうやら極東の島国がこちらに手を貸しているらしい。自走砲や榴弾砲の数を揃えられないならば、数にモノを言わせてという方針らしく、中隊付きトラックに乗って回されたのが4カ月前になる。「敵、砲撃特火線まであと500っ!!」もはや肉眼でも確認できるまでになった相対距離。大型BETA用の地雷に掛り、その何%かが空中にはじけ飛びながら死んでいくBETA。だが物量と速度、そして多足型構造と痛みを感じない強靭な身体は文字通り事切れるまで突撃していき、それが他のBETAの生存への道を作っていく。そうして、この中隊に対して何か恨みでもあるかのように攻めかかるBETAは周辺陣地と即席で構築した特火線である浅い川に今、踏む込もうとしている。「射撃開始っ!!」その声と同時に後方からの雷鳴、それは後方からの待ちに待った支援砲撃開始の合図だ。河川陣地にふさわしく、敵の速度を鈍化させ、その上に降り注ぐ中隊迫撃砲と連隊重迫撃砲。そして師団砲兵連隊の各種榴弾砲とロケット砲が合わさった戦場音楽は、中隊陣地手前7~8キロの地点で開演し、もしかすると砲撃だけで敵を殲滅できるのではないかという淡い期待を持たせてくれるほどにゴージャスに花開いた。―――しかし"それ"は舞台のようにあっけない幕切れを迎える代物だと私は知っている。その役目の相手も。「…光線級ッッ!!!」もはや3000では収まりきらない目の前のBETAの群団は、その最悪の悪魔さえ孕んでいた。数は10単位でばらばらに散っているのだろう。その射角からして一か所に多くはいない。だがその超高出力の光線は対光線級妨光ガスがないかのように、空気をプラズマ化させ上空の砲弾を誘爆させながら指揮棒のように薙いでいく。そうして形作られた異常突風は、高々1個砲兵連隊程度の砲弾やロケット弾の矛先を変化させ、意味のない方向へと誘導されてしまう。そしてそれを守るのが"要塞級"確認されているBETAの中で最大の大きさを誇る60m以上の化け物が光線級を守っている。これが"連合"のケースに当てはまる時、親子のように連れ添い、その巨大さに見合った頑強さで光線級撃破の防波堤になることが通例だ。「距離3000」そうした戦場気象が出来てからわずか4分、その強靭な足腰によってNSV重機関銃の射程距離まで接近した敵の集団は、役目の終えた突撃級の死骸の上を飛び超えて、予想されていた本来の数にまで削られながら中隊に飛び込んでくる。(数が多いッ!!)最近充足された機関銃の火線に飛び込んでくるBETAは、前列の半死に体の個体に命中し、目に見える結果を残せていない。最初で最大規模の支援砲撃でなんとか2000近くにまで減らしてはいるが、ここからは貧弱な周辺陣地だけの火力戦となる。そして頼みの綱である支援砲撃は殲滅目標を後方の光線級に変更したらしく、重金属雲による電波妨害が強くなるにつれ、弾着が奥の方に遠ざかっている。それらからわかる、刻々と迫り来ている宇宙からの死神近づくにつれて「戦車級に喰われる自分の最後」のビジョンが鮮明になっていく(メイシェン、ミイフィ、ゴメンッ!!)その未来図から逃げるようにトリガ―を引き続ける彼女は、彼女の上空に爆音が鳴り響くまで気づかなかった。―――遠く極東から来た援軍に。―《同地域 同時刻より5分前に遡る》―「――ゴースト01より各機へ。フォーメーション、鶴翼複伍陣《ウイング・ダブル・ファイブ》。今回のケースから言って光線級を多く含む可能性が高い。速度を落とさず高度30以下で突っ込んで敵の頭を抑えるぞ。」「「「「「「「―――了解ッ!!!」」」」」」」そう大隊の部下からの返信を聞きながら、これから攻勢をかける敵BETA群を移す戦域レーダーを眺め、なぜこうなったのかを思い起こす。ドナウ軍集団司令部からポイントD-3への緊急救援要請を受け、急行することが決したのが10分前。他の戦域で救援任務を終わらしてから次の任務に移るため、前線の補給コンテナで補給中だったのが功を成したらしく、NOE〈匍匐飛行〉で急行しているのが現在の第1大隊の状況となっている。…まぁ、各大隊に振り分けられたポイントの敵の数と光線級の数からして、どこかに光線級やなんやらが集中していることは予想できていた。だが、それの収拾を任せられるとは思わなかった。あれっ?こっちに頼らないんじゃなかったの?と思わずにはいられない。まぁ、これでこちら側の勢力が強くなるなら良いとしよう。そんな戦場の預かりしれないことは置いといて、目の前の戦場だ。NOE〈匍匐飛行〉時速400キロで近づきつつある大隊と、救援地点で待つBETAとの接近まであと少し。眼前の状況から隊長としての判断を下す。「大隊各機、目の前の中隊陣地後方200で逆噴射制動着地《スラスト・リバース・ダウン》目の前の陣地を助けてポイントを稼ぐ。着地と同時に弾種120mmHEATを一斉射。前衛の緑甲羅とタコ助を中心に排除する。―――今だ、降りるぞっ!!!」「「「「「「「「了解っ!!」」」」」」」」巨大な重機でもある戦術機がその空力特性を活かし、急制動をかけて着地する。その着地した部隊の機体はここでは見られないはずの国際共同機、その主軸機に決定したITSF83 グリフォン GF-5トラッシェ2型各種。「射撃開始ッ!!」の掛け声と同時に大隊合計で30門以上の120mm滑空砲が火を噴く。支援砲撃に掛りっきりになっている光線級の防護幕はなく、おもしろいように敵の前衛を吹き飛ばすその姿は、戦場に心強い援軍の到来を示している。それを物語っていた一斉射は数の少なくなった突撃級の数を0にし、敵の防備は完全に溶かしていた。しかし、その行動自体は機甲戦力であればこその正道。火力が相対的に低い戦術機甲部隊で、その行動は通常ならば自殺行為とされるものであるのは自明の理。通常の指揮官ならば貴重な機動戦力である戦術機甲部隊を迂回させ、横撃を喰らわせることが最善と考えるはずなのだ。現に距離2000を切り、未だ戦力を維持しているBETAの大群は速度を上げながら突っ込んで来ている。「11(ウボォー)、06(ノブナガ)、05(フェイタン)各小隊は両翼を開けろっ!!」その命令に躊躇なく行動を開始する目の前の各機。さきほど挙げた疑問を一切発せずに、こちらの命令に即座に答えてくれるこの大隊は精鋭の名にふさわしいだろう。――だが、その自殺行為を正当化する兵装をこの大隊は持っている。「―――こちらゴースト02、これより制圧射撃を開始します。」そうパクノダの声が耳に入ってくる。それと同時に爆発したかのような着地音。火力重視の後衛各小隊の到着だ。「02(パクノダ)08(シズク)10(コルトピ)各小隊はバースト射撃。全弾喰らわしてやれっ!!」「「「了解っ!!」」」その返事と共に《打撃支援装備》のパクノダ小隊の《83式支援擲弾砲・乙》と同じく、 《制圧支援装備》のシズク、コルトピの小隊が持つ《83式支援擲弾砲・甲》から打ち出された 120mm多目的戦車瑠弾(HEAT-MP: High Explosive Anti-Tank Multi-Purpose) は要撃級を主目標に、戦場に爆炎の連鎖を作りだす。「07(フランクリン)09(フィンクス)薙ぎ払えっ!!」「「了解ィィイ!!」」そしてそれはBETAの前に立ちはだかる。1か月以上の戦場試験をこなした漆黒の機体《翔鷹》、その先行試作機達。その将来タイプ85と正式ナンバーが付けられるであろう、その機体から発せられる36mm高速徹甲弾の砲火はすさまじいという他ない。「はじけ飛べッ!!化け物!!」ヴゥゥウウウという重低音を奏でるガトリング砲。それはこれまでの戦術機の突撃砲と一線を超し、フランクリンの掛け声通り、中小型BETAが何かの壁にぶち当たったように弾け飛んでいく。元々、アメリカが作りだしたA-10(サンダーボルトⅡ)という重戦術機と同じく、今までの戦術機よりも圧倒的な制圧力、経戦能力を付与しようとした本機。アメリカのように戦術機でいることを放棄し、大きさを主機出力で埋めるアメリカらしいやり方ではなく、その攻撃力を維持したままコンパクトに"戦術機"であり続けることを目指すことを主目標に作られたのがこの試作機である。(※その分、重装甲と制圧力を削ってできている機体ではあるが、それは重戦術機と比較してのことである)その光菱の総力を挙げて完成させようとしている本機は、120mmとガトリング砲とがリンクした複合火力最適制御システムの構築に難航しているらしいが、単純な正面制圧だけならば、両肩に置かれた120mm低反動滑空砲と下部の12.7mm重機関銃も合わさり、その制圧力は同F-4一個小隊と比べれば一個中隊以上。この大隊にはその翔鷹で満たされた小隊が2個小隊もいるため、これだけであわよくば一個戦術機甲大隊と同程度の制圧力を今目の前で見せている。それと83式支援擲弾砲を合わせての火力の集中はいくら2000を超えるBETA群でも勢いを鈍らせ、後方からの迫撃砲と重火器の雨がBETAの梯団を溶かしていく。そうして勢いを鈍らせたBETAにさらに追い打ちが待っていた。「大佐。遅れちゃってごめんねえ」「第2大隊、これより横撃を開始します。黒野大佐。」そこに現れたのは浮竹少佐が率いる第2大隊と京楽少佐が率いる第3大隊。指揮官用の強化されていたレーダー網によって、事前に把握していたこの部隊に、指示を出したのは10分前。こちらの意図を読み、最適のコースを使って来た各大隊により、合計1個戦術機甲連隊に届くほどの豪華な戦力が集結したことは、戦場の趨勢を決めるには十分すぎるものだった。正面の火力集中を嫌ったBETA群が拡散しようとした途端に、両横からの集中砲火はその攻撃起点を奪い、ただ分散してしまう結果を残す。そうして両翼からの大隊による包囲殲滅はBETA戦ではほとんど見ることの無い《鶴翼の陣》そのもの。その陣形が整った今、中隊陣地の砲撃も加わり、もはや一方的な趨勢に変化していた。「大佐殿、こちら第22支援中隊、制圧射撃に参加致す」「兄らの攻勢に助力する」そう言ったのは、第2大隊に席を置く第22中隊の中隊長 狛村 左陣大尉と、斯衛仕様の翔鷹の方向性について、どのように改良するかを決めるために、極秘に出向している第32中隊の中隊長 朽木 白哉大尉。両者の中隊とも今使っている翔鷹を装備しての採用最終試験任務を終了し、狛村大尉は陸軍の、朽木大尉は斯衛の意向によりここに留まって御助力戴いている。両者ともこの翔鷹の性能に対し、各軍の好みは分かれるが高性能であることには納得しており、来年度以降の各軍仕様変更の段階となっている。なぜ留まり続けているのかって?そりゃ、光菱に借りを作って初期配備数の割合と、配備数自体の融通をしてもらいたいからだろう。そんなことしなくても十分に廻されるとは思うが、今ここでは貴重な戦力。内緒にしておこう。そう考える余裕が生まれるほど戦術がはまり、第1大隊がBETAの敵正面攻勢を挫き、突進力を失ったBETAは両横からの第2、第3大隊による横撃によって組織的抵抗力を喪失。たかだか十数分でみるみるうちに個体数を激減させ、戦場はもはや掃討戦に移行しつつある。ウボォ―とノブナガの西ドイツに人気のグリフォン2-C《近接戦闘仕様型》で占められる突撃前衛小隊が接近戦による残党狩りを行っているほどだ。「これなら大丈夫そうだな。下の陣地にこんな火力があるとは思わなかった。」「練度が低くてこちらに被害が出そうになってるけど?」「シャル…そこはしょうがないということにしとけ。」「…了解、大佐。」そう安心しての会話が終わりを告げた時、通信が入ってきた。「団長、こちらの仕事は片付いたよ」そう答えてくれたのは光線級吶喊(レーザーヤークト)任務についてもらった別働隊の中隊長であるマチ中尉だ。一瞬、またBETAの増援報告かと冷や汗かいたのは内緒にしておこう。「マチか、御苦労さん。ボノレノフはともかくヒソカが独断専行とかしなかったかい?」「そうしてたら後ろから撃ってたから大丈夫」「お尻がゾクゾクしたよ★」「ヒソカ…」…どうやら元気そうだ。この要請が来てすぐの時、即座に部隊を抽出し、即席補給を済まして出撃したこの部隊は、UAVの撃墜報告から光線級がいる可能性をにらみ、大きく迂回してその激務についてもらった者たちだ。「被害は?」それは隊長として危惧しべきものである。先ほどの予想された数からしてこの中隊だけで、100体を超える光線級の排除が容易なわけが無い。小隊長が元気なことからして被害は少ないことはわかるのだが…「団長が気にしていることはなかったよ。第2の更木の中隊と第3の夜一さんとこの中隊がそれぞれ光線級吶喊任務に廻されてて、現場で合流して事にあたったから。ヒソカと更木んところの禿の小隊がドジって機体を小破させてたけど。」「さすがは少佐達だね。…小破させた小隊長両名はあとで理由を詳しく書類で報告してもらおうとするかな。じゃないと俺が卯ノ花さんに怒られる。」歴戦の将兵で埋められたこの旅団、その精鋭さは今現在日本において最高峰のものと断言できる。それをたかが1年足らずで作りだす光菱には驚いたものだが、それにより作りだされたこの旅団自体にも驚いてしまう。なんで俺が指揮官なんだ?まぁ…そんなことより、旅団の残弾も心配すべき水準まで下がっているな。BETAどもも数を十分に減らせてはいるし、こちらに近づいてきてる同盟の戦術機部隊にあとの残党狩りは任せるとするか。おっ?あっちから通信入れてきた。「こちらは同盟傘下 東ドイツ国家人民軍所属 第33戦術機甲大隊《シュヴァルツェ・ハーゼ》。指揮官のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐である。救援部隊の指揮官、応答願う。」ほう、あの有名な第33大隊がこんな辺鄙なところに援軍として来るとはね。東ドイツ内部の同盟派、東欧でも指折りの戦術機甲部隊としても、女性衛士だけで構成されることでも有名なあの《シュヴァルツェ・ハーゼ》。日本語に訳すと 黒ウサギ部隊 戦場で会うのは初めてだ。「こちら国連派遣軍所属第114連隊 指揮官の黒野 義古 大佐だ。あの勇名轟く《シュヴァルツェ・ハーゼ》と戦場でお会いするとはなんとも運が良い」「も、申し訳ありません、黒野大佐が率いる部隊とは知らず、無礼な物言いを。」彼女がそう言うほどにはこの旅団は有名らしい。それだけの成果を出してきたからなんだけどね。「良いよ。前線では部隊番号と指揮官番号をごまかしているんだからね。あ~このことはオフレコでね。まあ、あって無いようなものだけど。それでなにかな。ボーデヴィッヒ少佐。」そんなめんどくさい処置を講じているからいろいろと混乱するんだが。「そ、そうでした。貴軍の救援を感謝致します。これからは我が《シュヴァルツェ・ハーゼ》が任務を引き継げとの軍令部からのご命令です。ルートBにて前線補給基地がありますので、そこで損害の大きい機体を輸送トラックに運べとのお達しが。」「そうか。もうそろそろ部隊の残弾が心配になってきたところだから、助かるよ。まぁ損害のほうは幸い、小破が5だけだから推進剤を補給するだけで良さそうだからトラックは他の所に回してあげてくれ。」「さすがは幻影旅団ですね。連隊規模のBETA群相手にそれだけの損害で済むとは…」最初のほうは、ここの同盟派に気を使われて簡単な任務ばっかだったこともあるし、今でも被害を少なくしてもらっているから部隊を最高の状態で使えることが大きいんだが、今は言わなくて良いだろう。さっきの支援砲撃の要請が通ったのもこっちが援軍に動いたからってのも大きいだろうし。「それは、ここの陣地の指揮官が良かったことと、ここの地形が良かったこと、支援砲撃が間に合ったからだよ。まぁ後は残党だけだから任せるけど思うけど……ラウラ、頑張れよ?」「大佐!!もう自分は子供ではありません!ですが…御配慮は感謝致します。」やっぱり可愛いなぁ。娘に欲しいくらいだ。「うむ。ハルフォーフ大尉、アスカ大尉、ラウラをよろしく頼むぞ。」「教官っ!!」「了解しました。命に代えても。」「大佐、任せて♪」「ではな。」「……りょうかい。 ハーゼ01より大隊各機へ。傾注!〈アハトウング〉大佐からプレゼントだ。全て平らげろッ!!」「「「「「「了解ッ!!」」」」」」その掛け声とともに戦闘に移行していく黒兎大隊。その手際の良さもさることながら、常人では不可能なほどの高機動近接戦闘と精密な後方支援射撃を大隊単位で合わせられるコンビネーションは、育ちを同じくして同じ飯を食ってきたからこその"家族の力"なのだろう。そんな家族達から遠のきつつある戦術機のコックピットでため息が漏れる。なんでって?まぁさっきの会話を聞いていれば解るとは思うが、ラウラ達〈シュヴァルツァ ハーゼ〉とはプライベートでの知り合いであり可愛い教え子たちでもある。もちろん戦場であったことはないのは本当だ。戦場ではね。そうそう、彼女達の紹介だ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。東ドイツの禁忌、遺伝子強化試験体部隊「シュヴァルツェス カニ―ンヒェン」別名 "東の黒兎"として生み出された試験管ベビーであり、俺がここに来るまで戦うための道具として生み出された者達の一人である。盟主であるソ連の違い、純粋なスペシャルソルジャーとして生み出されたこの部隊の者たちは、全ての者が戦術機特性を満たすことができる。その特徴としてか、部隊員全員が左目が金色のオッドアイであり、それを隠すために眼帯をしていることも有名だ。だが東ドイツが同盟に所属する際、生み出すまでに必要なコストと育てるまでに必要な教育費用に対する戦果が高くないと判断されたことに加え、同盟という国家連合に帰属する際に人権的見地から他国に指摘されることを恐れ、内部処分するべきと判断されてしまった過去を持つ悲しい子供たちでもある。だが現に今、戦場で活躍している彼女ら。どうやらそのカラクリは光菱がまたしても関わっているらしく、光菱の預かりとして俺がここに派遣されてきた当初、同基地に所属し、上から「おまえが育てろ」と言われて知りあうことになったわけだ。まぁ…そのおかげで部隊の運用は他の大隊長とかに任せることになったから、逆にラッキーではあったけど。で、主に面倒を見ることになったのがそれ以前から部隊の部隊長としてなることが決定していたラウラだ。隊長任務が多い俺が、その経験をかわれてラウラの隊長となるための訓練を任されたわけだが、訓練当初、年の差から見て我が子にしか見えない子が冷淡に部下を叱咤するところを見て、「ああ、前線なんだな」と痛感した物だ。そこから2年近く。教官として、親を知らない子供たちに父親としてなれたならと思い、鍛え上げた彼女たちが身体も心も大分女らしくなっており、光菱派、いや同盟派の部隊として名が上がるのも無理もないことだった。部隊名も《シュヴァルツェス カニ―ンヒェン》から《シュヴァルツァ ハーゼ》※1に換わり、その部隊名はここら周辺に鳴り響いている。それはこちらからの支援もあるのだが、最新鋭機で固めているのがその証明だ。生まれた時点で衛士特性を持つことが分かりきっている彼女たちは家族としての団結力を持つことに加えて、その長い訓練をこなしているのである。そして2年間ではあるが、現場を知る俺の元で育った彼女たちの努力は計り知れないものがあった。どうやらなにかのために頑張っているらしいのだが、部隊内で一番の年上でありこちらの心情を理解してくれるクラリッサ・ハルフォーフ大尉や、あった時の高飛車な態度が鳴りを潜め、すっかりラウラのお姉さんのようになったアスカ・ラングレー大尉でさえ教えてくれない。どうやら「乙女の悩み」であり「ライバル」らしいのだが、なんだろう。お父さん心配だ。「はぁ…」「…大佐、戦場で父親の顔になってるよ。ラウラちゃんのこと可愛がってたから仕方ないとは言え拙いでしょ。で、それよりどうするの?部隊を後退させる?」あ、シャルナーク。わるいわるい、今は俺指揮官だったな。はぁ…では早く日本にいる奥さんところに帰るためにも、今日最後の司令を下すとしよう。「旅団の諸君、残飯処理は友軍がやってくれるとのことだ。現時刻をもって今回の任務は終了。これより帰投するぞ。」「「「「「「了解ッ!!」」」」」」そう言って、出撃時と数を減らさずに帰投する戦術機甲部隊。大佐の心配(?)を余所にその日、幻影旅団の総BETA撃破スコアが3万を超えた。----------------------------------※筆者です一言、やっちまったぁぁぁあああああああ!!!遅れたことも含め、2重の意味ですいません。今回は部隊の活躍と紹介をと。今回登場した他作品のキャラとしてナルキ・ゲルニ中尉は鋼殻のレギオス。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐とクラリッサ・ハルフォーフ大尉は IS 〈インフィニット・ストラトス〉アスカ・ラングレー大尉は 新世紀エヴァンゲリヲン〈新劇場版〉となります。外伝には出来るだけオリジナルキャラは出さずに他の作品を出す方針にしておりますので、知らない方は検索して戴いて「こんなヤツかぁ」ぐらいの気持ちで読んでいただけたらと思います。※1 部隊名の変更の意味シュヴァルツェス カニ―ンヒェン 黒兎〈家兎〉→シュヴァルツァ ハーゼ 黒兎〈野兎〉では次回にて。