「主砲発射予定ポイントまで残り300です」
「了解。抵抗らしい抵抗はなさそうだな」
「はい。帝国の陽動が成功し、敵集団とは大きな距離があります」
オレは凄乃皇を前進させながら、霞の声に応える。
作戦は中盤。帝国軍部隊による陽動の段階は既に終了し、前の世界と同じ砲撃開始地点へ向けて進んでいた。
予想通り、新潟県の沿道にてムアコック・レヒテ機関に火を入れた段階から、BETAはこちらへと向かってき始めている。
そのおかげもあってか、味方の損害の伸びは微々たるものになっていた。
砲撃開始地点は地上構造物の南東にある峡谷。
前の世界ではムアコック・レヒテ機関にBETAが引き寄せられることが分からなかったために、殺到するBETAに苦戦を強いられた。
だから、BETAを地上構造物の北西へと誘導して距離を取ることで、前回と同じ轍を踏まないようにした。
これならヴァルキリーズだけで数万のBETAを相手にする必要はないし、何より照射されるレーザーの数を大きく減らすことができる。
何しろ凄乃皇が突き進む道は左右がそり立つ崖で、レーザー照射を受けるとしたら正面からのみ。
そして、正面のBETAは陽動で数が少なく、地上構造物の反対側にいる奴らは地上構造物が邪魔で撃ってこない………はず。
だだ、とはいっても全てのレーザー属が陽動に引っかかっているわけでもなく――――
「あっ――レーザー照射を探知! 照射源4!」
「その程度なら問題ない――――これでも喰らえッ!」
10や20のレーザー照射など、凄乃皇四型にとってはなんでもないこと。
オリジナルハイヴでは、大気圏突入から地表までの間にその何倍ものレーザーを弾いている。
でもだからと言って、受け続けてやる義理などどこにもない。
レーザー照射を受けた場合の対処法は、装甲がレーザーに耐えている間に照射源を撃破すること。
オレはそのセオリーに従って2700mm電磁投射砲を1発、照射源めがけてぶっ放した。
超長距離の狙撃になるが、敵が止まって動かない照射中の重光線級相手なら引き金を弾くだけで当てられる。
そうだ、お前達なんかに躓くわけにはいかない。
オレが今、ここで為すべきは―――右手で握りしめたトリガー。
オレがこれを弾くのはこれで4度目………最初と3回目はあ号標的を、2度目はオリジナルハイヴの地表面にいたBETAを吹っ飛ばした、このトリガー。
そして、それによって作り出される光の奔流を見たのは、ここと同じ佐渡島で………今度はオレが、この戦場にいる全ての兵士に希望を―――――
「レーザー照射、途切れましたっ!」
「よし! 行けぇッ!」
電磁投射砲が着弾。凄乃皇へのレーザー照射が途切れる。
間髪おかず、オレは右手人差し指を握り込む。
放たれる荷電粒子砲。怒れる人類の鉄槌。
そして轟音、爆炎、爆風。
『すごい………』
『………見たのは二度目。榊は痴ほう症?』
『違うわよ! 何度見てもすごい、って意味よ!』
荷電粒子砲の奔流は地表面に展開したBETAをふっ飛ばし、さらに地上構造物を倒壊させる。
オレ以外のヴァルキリーズも、この砲撃を見るのは初めてではない。
彼女たちは、桜花作戦で地表のBETAを相当する様をその目で見ている。
と言っても、それは上空2000mの高度での話。
その経験に加えてシミュレーターで何度も見ているにもかかわらず、やはり言葉を失っている。
この一撃は、それだけのインパクトを有しているのだ。
そして、この力を知っているオレ達ですらこの状況なのだ。
ならば、これを初めて見る帝国軍は完全に言葉を失っていた。
『……………ハ………イヴ………が………砕けた……………』
自分の見たものを夢ではないかと疑いたくなる光景なのだろう。
しかし、ややあって一斉にそれが現実であると知覚し、狂ったような雄たけびが上がった。
それは確信。人類の勝利がすぐそこまで迫っていることの。
ただオリジナルハイヴを破壊したという情報を伝えられただけでは、心に強く植え付けられた絶望と諦めは払しょくさせられない。
BETAによって植え付けられた絶望感は、そう簡単に覆すことはできない。
そんな心に巣食った概念など吹き飛び、ようやく現実的な希望目にすることができたのだ。
その事実が、彼らを歓喜させる。
絶句している艦長たちも、この島のどこかにいる月詠中尉達も、それはきっと同じはずだ。
「白銀さん、主砲再充填完了です」
「よし、第2射行きますよ――――伊隅大尉!」
『了解。全機安全圏に退避済みです』
「よっしゃぁ!」
続けて第2射。
これで、現在地表に展開しているBETAのほぼすべて、少なく見積もってもその9割以上を撃破できたはずだ。
『HQより全部隊へ、作戦は第5段階へ移行。作戦領域に展開中の各機はA-02の守備態勢へ移行せよ。繰り返す、作戦は第5段階へ移行』
これを以って、作戦は第5段階へ移行する。
地表面のBETAはほぼ一掃した。
ただ、佐渡島に配備されているBETAの数はこんなものではない。
前の世界では増援に次ぐ増援が出現し、さらにG弾20発分の威力を持つ凄乃皇の自爆で佐渡島ごとハイヴ消滅させてなお、数万のBETAが横浜へと押し寄せてきたのだから。
桜花作戦の陽動で多少は間引いたといえど、まだ数万から十数万のBETAが温存されていると見て間違いない。
この予想は、純夏によるリーディングで正しいことが証明されている。
そして、かなりのBETAが本土側へと侵攻準備をしていることもわかっている。
つまり、佐渡島にいるのは残り数万。他は海の向こうなので無視。
だから、オレ達のやるべきことはその数万を地表へ引っ張り出すことだ。
そうすれば、スタヴ内の防備はかなり薄くなる。
通常ならばその引っ張り出すこと自体が難しいのだが、今は状況が違う。
「地下に震動を確認。データ照合…………BETAの集団が地表に来ます」
「よし、ちゃんとエサに喰い付いてるな―――――数は?」
「観測数は約3万。構成種は不明です」
「まだ予想範囲内だな………問題ない」
オレがエサと呼んだムアコック・レヒテ機関に向けて、奴らが猛進してくる。
凄乃皇四型を中心として、左翼をウィスキー隊が、右翼をエコー隊が受け持ってそれらを討つ。
この峡谷から出てしまえば、恐らくは引き返してきているだろうBETAに背後から急襲されることもない。
作戦第5段階まで順調に進んでいる。
このまま行けば、あと数時間以内に帝国領土からハイヴは消えてなくなる。
不安要素は――――どこにもない。
「さて――――霞、このまま終わらせるぞ」
「はい。がんばりましょう」
『HQより全部隊へ、作戦は第5段階へ移行。作戦領域に展開中の各機はA-02の守備態勢へ移行せよ。繰り返す、作戦は第5段階へ移行』
『第5段階―――あんたたち、ここが踏ん張り所よ。わかってるわね? 突撃前衛の名にかけて無様な格好を見せるんじゃないよッ!?』
『はっ!』
「……了解」
涼宮中尉のアナウンスに、速瀬中尉が気合を入れる。
帝国軍の陽動がほぼ作戦通りに機能したため、私たちはここまでほとんど交戦していない。
だから速瀬中尉はそうとう気合が溜まっているのだろう。
もしもA・C小隊にスコアで負けたりしようものなら後が怖そうだ。
もちろん、私も御剣も伊隅大尉や宗像中尉達に負ける気はないけれど。
スコアによる白銀が抜けた分だけ頭数では不利だが、単純計算で私たちが他の小隊の3割増しで仕事をすれば賄える。
いつの間にか芽生えていた突撃前衛のプライドが、自然と私をそういう思考に誘導していた。
『よ~し、じゃあいいわね。補給のタイミングに注意するのよ』
作戦は順調。
今、私はどこにも不安を感じていない。
その裏腹に、実は作戦前は少し不安だった。
私はそういう感情を隠すのは得意だけど、榊たちと同様に緊張してたのはバレバレだったと思う。
多分、気付いてないのはおバカな白銀くらい。
白銀は自信満々で、ヴァルキリーズは経験豊富な精強部隊とでも思っていそうだけど、私たちはまだたった3度しか実戦を経験していない。
うち1つがハイヴ攻略戦………というか桜花作戦だけれども、それでも私たち新任には経験が足りてない。
作戦前の緊張はなかなか隠し通せるものではなかった。
けれど、白銀は私たちがまるで経験豊富なエースであるかの様に色々と注文していた。
力を認めてくれているという点もあるのだろうけど、無意識に前の世界での私たちと混同して考えているということも大きな要因になっている気もする。
2つの世界での経験を足せばハイヴ戦に3度も参加し、その3度とも勝利したという凄い経験値を持っていることになるけど、あいにくとそんな都合のいい人間はこの世でただひとり。
ちなみに、そのひとりはホントにおバカ。
もちろん、それに関して文句を言うつもりはないけれど。
『………よし、ラザフォード場再展開。A-02、微速前進』
『了解。B・C小隊全機反転、警戒しつつ集結しろ』
白銀がラザフォード場が回復したことを告げ、ゆっくりと隠れていた渓谷から凄乃皇の巨体を外へ進めた。
伊隅大尉の命令に従って後ろを向いた私には、そのゆっくりと前進する姿が見える。
荷電粒子砲という最強の矛にラザフォード場という最強の盾を兼ね備えた凄乃皇は完全無欠かと言うと、実は全然そんなことはない。
あの機体は、主砲発射後は4分間ラザフォード場を展開することができないという大弱点があった。
だから単体で侵攻し、無敵の防御で一切の攻撃を受け付けずに荷電粒子砲でハイヴを掘り返して破壊する………なんて手は使えない。
ラザフォード場のない凄乃皇はただの的、その間に攻撃を受けることがないように注意する必要がある。
だから白銀はBETAの新手の攻撃を受けないために、左右が天然の盾となる峡谷で待機させていた。
凄乃皇を攻撃することができる前方は私たちB小隊とC小隊が突出して奇襲に備えていた。
ちなみにA小隊は凄乃皇の直援。
指揮官である伊隅大尉、制圧支援の鎧衣、狙撃力のある珠瀬、あとついでに榊がいるA小隊は、こういう場合に後方の安全を確保することを基本的な役割としていた。
このポジションならば最重要課題である凄乃皇の援護が行いやすいし、レーザーへの対処法もある。
地中からの奇襲への対策としてもベストな布陣だ。
もっとも、BETAが2度の砲撃で受けた損害はかなりのものだったようで、実際に戦闘は起こらなかったけど。
『おぉ~、これはまたなかなかに壮観ね~』
『随分とお気楽だな、速瀬。緊張しすぎるよりはいいが、気を抜くなよ』
『そんなこと言われるまでもありませんって。任せといてくださいよ、大尉』
凄乃皇を中心に菱壱型の隊形を敷いた後、続々と集まってくる戦術機を見て速瀬中尉が楽しそうに言った。
随分緊張感に欠けた感想だが、しかし確かに壮観。
陽動に参加したほぼすべての機体が集まっているのだ。これだけの戦術機が集まるところなどそうそはない。
彼らは凄乃皇を軸として鶴翼の陣を敷いている。
凄乃皇の主砲で数を大幅に減らした上での防御態勢。
このまま時間を稼ぎ、凄乃皇につられて出てきたBETAを圧倒的火力でたたく。
それが作戦であり、その獲物の到来を告げる震動は徐々に大きく不知火を揺さぶりはじめる。
『まあいいがな。それより…………来るぞ! 各機、警戒を怠るな!』
不知火の足に伝わる震動を身体で感じられるようになって、伊隅大尉が中尉を促す。
その言葉を待っていたかのように、土砂を跳ね上げてBETAが地中から続々と姿を現す。
ここだけではなく、半径数kmに渡る一帯から新たなBETAの出現。
『各機、兵器使用自由! ありったけの弾をお見舞いしろ!』
同時に、鳴り響く36mm発砲音。
1つ1つは聞きなれた軽快な音だが、それがこの戦域一帯で発生するとなるとこれもまた轟音となる。
「………来い!」
私も右手に装備した突撃砲を唸らせる。
目標は主に要撃級。突撃級は後ろを向いているのだけ。
要塞級や正面を向いた突撃級みたいな硬いのと、その周りにいるのは全部凄乃皇が屠る。
2700mm電磁投射砲2門と120mm電磁速射砲8門の前では、要塞級や突撃級でも紙の盾同然だ。
36mmを100発や200発撃ち込んでもびくともしないヤツ等も、木っ端のように塵と化す。
「――――ッ! 弾切れ!」
トリガーを引きっぱなしに近い状態であったため2000発などあっという間に消費され、すぐに発砲音が空回りしたような音に変化する。
これだけの数を相手には長刀や短刀なんかよりも、ただひたすら撃って撃って撃ち続けることが現状における最大効率を生みだす選択。
だから次のマガジンを装備しようとリロードを選択―――をしようとして赤いトサカが目に入る。
反射的にリロードをキャンセル、すぐさま水平に噴射跳躍しつつ突撃砲を投擲。
「榊ッ、チェック9!」
反射的に叫んだときには、左側から山を為して榊機を飲み込もうとしていた戦車級ので群れへ突撃砲本体が飛び込む。
その波はわずかに崩れ、大口を開いて跳びあがっていた戦車級の1体は本来の獲物をではなく突撃砲を噛み砕く。
それは一瞬の出来事。突撃銃を犠牲にして作り出した時間は、0.1秒にも満たない。
されど、それだけあれば背中で背負ったパイロンの砲身を向けるには十分。
『あなた、また滅茶苦茶なことを――――!』
そして、右側で腕を振り上げた要撃級。
榊はこれを無視し、正面の要撃級の群れに残りの3門の砲口を向ける。
それを確認する前に短刀を抜き放ち、跳躍の勢いは殺さず、すれ違いざまに左右で2撃――――首を刎ね、胸を穿つ。
それとほぼ同時に、榊が発砲。
私は要撃級の命を絶った短刀を両の手に握りしめたまま、不知火を奔らせる。
そのための道は、榊が創る――――
「撃つのが遅い!」
『斬るのが遅いわよ!』
そうするとわかった。
私の攻撃タイミングが遅ければ、榊が要撃級に潰されるか戦車級に喰われる。
榊の砲撃が遅ければ私がBETAとぶつかって無防備な状態で戦場に倒れ込む。
今、こうして生きているということは、タイミングは完ぺきだったということだ。
けど、文句は忘れない。
そんな危険にあふれた行動が成り立つのは、相手が文句を言い続けてきた榊だからだ。
素直に相手の良さを認めるなんてことは、絶対にしない。
「――――邪魔!」
ついでに言うと、榊の砲撃が早かった場合も実は困る。
なにしろ、この一連の行動の目標はさっき見た赤いトサカ。
四足歩行の猛獣のように低い姿勢で血飛沫を噴き出す要撃級の死骸の先の、あえて撃たずにとっておいた最後の要撃級の腕を潜り抜けた先にはそいつが――――重光線級がいるのだから。
榊が私の駆け抜ける道を早く作れば、私はそれに撃たれたはず。
けど、今は後ろに要撃級。
味方撃ちをしないこいつは、決して撃ってはこない。
「――――ぃやッ!」
右腕をしならせ、照射粘膜へと振り下ろす。
衝撃で、機体の右側半身に急ブレーキ。左側半身の速度はそのまま。
したがって、私の不知火は左回りに高速で1回転。ただし、前進の勢いは衰えない。
その回転の勢いそのままに、左腕の短刀をもう1体の重光線級の照射粘膜に突きたてる。
その衝撃で、機体の回転は弱まり、3体目の重光線級の前で左足を踏ん張らせる。これで停止。
最後に腕を肩越しに背に回し、長刀の柄を掴み――――
「これで――――とどめッ!」
急停止の反動を利用し、加速をつけて長刀を解き放つ。
そして一閃。頭のてっぺんから2つに裂く。
2体目までの重光線級は短刀を照射粘膜に刺して無力化しただけだったが、3体目は完全に真っ二つ。
「…………よし」
重レーザー級はありとあらゆる意味で何よりも優先して狩るべき凶悪な存在。
それを3体、攻撃される前に無力化した。
だが、その戦果に喜ぶ暇はない。
撃破したのは怨敵ではあるが、所詮目に付いたところにいた3体。
BETAは何万といる。
対して、私は既に突撃砲を放棄した。味方から少しとはいえ突出したままでは孤立してしまう。
『彩峰、早く戻りなさい!』
「……わかってる!」
既に、私が走破してきた道はBETAに埋め尽くされている。
元の道を戻ることはできない。
榊もそうそう他人のことを気にかける余裕があるわけではないはずで、BETAの壁の向こうでは別の敵に照準を合わせていることだろう。
けど、そもそも突出したのは独断でのこと。
なら、帰り道くらいは自分で――――
『彩峰少尉!』
右脚で地面を蹴る直前、数発のミサイルが急転換した要撃級を焼く。
「………風間少尉ッ」
『戻りなさい、さあ早く!』
躊躇いは一瞬。
最初に想定した退路とは違うが、不知火の全身を捻らせてわずかにできた隙間を狙う。
不知火の悲鳴や関節が軋む音が聞こえそうだが、それを跳躍ユニットの唸り声でかき消し、長刀を腰だめに構えて空中を滑る。
捻り、廻り、足を止めずに首を刎ねる。
『避けろ彩峰ェ!』
白銀の警告は地面が大きく盛り上がった直後。
その上にいた私は、為すすべなく不知火ごと持ち上げられる。
無防備な態勢で空中に跳ね上げられるのを防ぐためにその背中からの脱出を図るが、足場の変化に態勢が大きく崩れ、転倒。
だが、引き換えに数メートルの上昇のみで辛うじて逃走に成功する。
「………っ、くっ! 要塞級―――」
私がいるのは、要塞級の足元。
その装甲脚に踏まれれば、間違いなく致命傷。
立ち上がる時間を惜しみ、私は転倒したまま跳躍ユニットを吹かして離脱。
「うッ………」
周囲の状況を確認せずに行ったその噴射は、何かに激突して終わりを迎える。
その衝撃で、右腕に装備していた長刀が手を離れる。
けれど、それ以前に問題は………今ぶつかったのが要撃級であるということ。
残った武装は背中の長刀1本。
けれど、寝転んだ状態の今はそれを抜くことができない。
それを考える以前に、体が動く。
両脚を頭部へ引きつけ、体全体をくの字に折り曲げる。
そして今度は脚を前方へ勢いよく投げだして要撃級の頭部を蹴る。
蹴った勢いに加えて両手で地面を押し、上体を引き起こす。
ネックスプリングに蹴りを加えた起き上がり。
「ッ―――!」
そのまま、蹴られて少しだけのけぞった要撃級の首元を掴み、腰のひねりを加えて――――投げ!
『彩峰ェェェッ!!』
それに呼応するように、上から36mmの雨が降る。
投げ飛ばした要撃級もろとも周りの小型種・大型種はハチの巣のように穴だらけに。
私はそれを一瞥しただけで、振り返らずに凄乃皇の足元へと跳んだ。
『戦術機でSTAとか………無茶すんなよ、全く!』
「無茶じゃない。生身でできることは戦術機でもできる」
『その前に素手で取っ組み合いとかするなって言ってんの!』
なんとか凄乃皇周囲の補給コンテナまで到達し、失った武装を再装備して戦線に復帰する。
ただ、この状況では盾はいらない。
だから、突撃前衛装備から強襲前衛装備に切り替えて突撃砲を2門装備した。
けど、ようやく落ち着いて見渡せばBETAの包囲網は随分と縮まっている。
『く………いくらなんでも、そろそろキツイ………涼宮中尉、まだですか!?』
私に対する軽口は苛立ちを隠すためだったのか、白銀がひとり愚痴る。
『もう少しです、大佐』
『くっ………了解』
凄乃皇につられて出てきたBETAを圧倒的火力でたたくという米軍のお株を奪うような作戦。
しかし、数は減ってもBETAはBETA。凄乃皇の電磁速射砲もあるが、そう長く均衡を保てるものではない。
訳あって支援砲撃も最低限しか行われていない今、私たちは徐々に防衛線を縮小させられ始めている。
最終手段として荷電粒子砲の再発射という手もあるけれど―――次々地面から敵が現れる今それをやると、ラザフォード場の消失時間に攻撃される危険が大きすぎる。
あくまで、それは最後の手段。けど、このままだと――――
『――――ッ、支援砲撃が増えた!』
『ってことは………』
支援砲撃の密度が唐突に数倍に増加し、BETAの圧力がグンと小さくなる。
撃墜される砲弾数はかなり減少し、レーザー級はもう残り少ないことは目に見えて明らか。
ということは―――
『――――HQより各機、帝国軌道降下兵団は再突入を開始。全部隊、再突入殻の落下にに備えよ』
支援砲撃に先導されるようにして、待ち侘びた降下部隊が遂にやって来た。
遥か上空にいくつもの赤い流れ星が発生する。
それは瞬く間に再突入殻の輪郭を確認できるほどの距離に達し、重金属雲を切り裂く超高速の弾丸となって大地を抉り、もうもうとした黒い砂塵が舞い上がる。
着弾すればBETAの出現に匹敵する轟音と震動が大地を揺さぶる。
帝国航空宇宙軍、虎の子の降下軌道兵団。
上空にはそのほぼ全部隊が投入されている。
ここまでは全て、彼らを引き入れるための準備。
1度地上構造物の北西へと集めた集団を凄乃皇の一撃で吹き飛ばし、凄乃皇をエサとして南東へと集結させ、手薄になった北西からスタヴへと突入する。
荷電粒子砲砲の2度にわたる攻撃と今の再突入殻の落下によって大きく抉られた地面から、彼ら精鋭部隊が一気に突っ走る。
ハイヴの戦力や配置がわかった上での突入だ、侵攻ルート上にはもうBETAはほとんど残っていないはず。
それに加えて、未だ凄乃皇はBETAを引き付けてやまない強力なエサ。
まだまだ殺到するBETAは多いが、降下軌道兵団の再突入前の飽和攻撃に備えて一部が停止いていた支援砲撃も再開している。
一時はかなり押されていたが、大きく押し戻せている。
あとはこのまま反応炉の破壊まで粘れば、それで勝ち。
「…………なんて、油断は禁物だけどね」
『ん? すまぬ、聞き取れなかった。今何と言ったのだ?』
「別に…………ただのひとりごと」
『そうか。そなたがひとりごととは珍しいな。やはり昂ぶっているのか?』
「かもね…………御剣、5時方向に戦車級多数!」
『――――任せるが良い!』
新たに地中から現れるBETAを瞬く間に食い散らかす。
並び立った御剣と私は、凄乃皇を背景にしてBETAの屍を築き上げていった。
「A-02よりヴァルキリーマム、状況はどうなっている?」
BETAの出現数は、徐々にではあるが低下していた。
密集した防御態勢をとっているこちらの被害は予想以上に少ない。
そろそろ帝国海軍も弾切れの艦が目立ってきているが、予定では突入した部隊がそろそろ大広間へ到達はずだ。
『たった今、帝国軌道降下兵団第3小隊が第16層N2広間を突破、間もなく主縦抗への突入を開始します。また、第1・7小隊も間もなく主縦抗へ到達する見込みです』
「よし!」
オレは右手は操縦桿を握ったまま、左手でガッツポーズをとる。
『また、BETAの出現数は予想よりもやや少数。他部隊も順調に侵攻中です』
『大広間での抵抗はどの程度になりそうだ?』
『最深部での各個体の動きは細かくわかりません…………ですが、大規模な異動は検知されていません』
『ってことは…………よかった、このまますんなり終えられそうですね』
『馬鹿者、最後まで気を抜くな! 鎧衣、貴様は帰ったら腕立て100だ!』
『は、はい! すみません………』
伊隅大尉は朗報に頬を緩めった尊人を叱るが、その気持ちはオレにもよくわかった。
このまま反応炉の破壊に成功すれば、オレ達のハイヴ突入はない。
万が一の場合は、凄乃皇の突入で片を付けることになっていた。
しかしフェイズ4ハイヴである佐渡島では、凄乃皇の巨体が侵入可能なルートが限られるため、進むも退くも難しい状況だった。
だからこそ陽動に終始する。これが最後でない以上、余計なリスクを避けるためには仕方のないことだった。
しかし、このまま終わればそれはない。
ホッとしたくなるのは仕方がないことだと思う。
「え? し、白銀さんッ―――純夏さんがッ!」
その直後、霞が一瞬戸惑ってから、絞り出すようにして悲鳴を上げる。
「何!? どうしたッ!?」
オレの席からは純夏のことをうかがい知ることは出来ない。
無意識に力が抜けていた全身の筋肉に再び緊張が戻り、シートに預けていた体を起こして霞に叫んだ。
遅れて、凄乃皇の状態が危険なことに気付く。
純夏の制御が外れればラザフォード場を展開しているのはまずい。
重力制御は純夏にしか行えないのだから、このまま凄乃皇を動かせばオレも霞も…………
「え? ―――あ。もう大丈夫なようです。純夏さんも気にしないでって言ってます」
慌てて凄乃皇の微速前進を止めようとしたとき、霞がホッとしたように告げる。
オレもため息をつきながら、それでも念のため凄乃皇を停止させた。
「何があったんだ?」
「あの、一瞬だけ純夏さんのバイタルが不安定に………まるで何かに脅えたみたいに………」
「脅えた?」
「はい…………純夏さんはすっごい嫌な視線を感じた様な気がする―――って言っています」
嫌な視線?
元々凄乃皇の中に工作員が紛れでもしていない限り部外者の侵入はありえない。
それは十分なチェックがなされているし、何よりも純夏と霞がいる以上、気付かれずに進入するなど不可能だ。
しかも純夏は独立したコックピット内にいて、そこへ侵入するためにはオレや霞のような関係者の網膜パターンが必要となる。
よって、実際に純夏が視線を感じることなどあり得ない。
つまりこれは純夏の気のせい? もしくは自意識過剰か?
相手は純夏だ。そういう勘違いも可能性としては0ではないだろうが………
しかし、あいつがどんなに馬鹿だとしても00ユニットだ。
夕呼先生曰く、00ユニットになるためにはより良い未来を選ぶ資質が必要。
信じられないことだが、その頂点に立つと言っていい純夏の感覚を無視して良いのか? ―――否。
前の世界のBETAの横浜基地襲撃直前にだって、純夏は様子がおかしかった。
たぶん、きっと何かがある。
手遅れになる前に、用心を。
そんな気がして、オレは警戒を強めた。
さらに、その懸念をみんなに伝えるべく回線を通じて呼び掛ける。
「伊隅大尉、念のため警戒を厳に。もしかしたら、まだ何か―――」
「―――あ!」
『大佐?』
「ち、ちょっと待ってください―――霞、どうしたッ!?」
伊隅大尉に指示するのとほぼ同時に、霞がまたも声を上げる。
伊隅大尉には霞の声は届かない。
オレは伊隅大尉との回線をいったん閉る。
ただ、それでも言いたいことは伝わったようで、ヴァルキリーズは凄乃皇を円状に囲いこんで以前にも増して警戒態勢に入った。
それを上から見下ろし、頼もしさを覚えながら網膜に投影された霞と向き合う。
「霞?」
「白銀さん、私も感じました。なにかこう………嫌なものを」
「嫌なもの………か。さすがBETAってところか。もう終わりかと思っていたが………まだなにかありそうだな」
可能性として考えられるのは、さらなるBETAの襲来。
佐渡島を消滅させてなお横浜基地を壊滅に追い込むだけの戦力があったのだ。
反応炉の破壊は目前だが、残存BETAはあの時以上にいるはず。
だが、それが嫌な感じだろうか?
たしかに、まだまだBETAがいるかもというのは嫌なことだが、純夏達はBETAセンサーではない。
数とか接近具合とか、そういうのはリーディングでは探れないはずだ。
となると、嫌な感じはめったに戦場に出ないため未確認種となっているBETAだろうか?
リーディングで相手の思考を覗くことができる純夏達にとっては、新しい思考パターンを嫌な感じと受け取ってもおかしくはない。
戦場では、未知とは恐怖に直結する。
もしそうであれば、慎重にならなくては。
普段出てこない未確認のBETAが弱いとは限らないのだから。
あの母艦級だって、あの巨体で暴れまわられれでもすれば脅威的だし、あ号標的は言うまでもなく超強敵。
そこまではいかなくとも、やっかいな未確認種が現れる可能性は十分にある。
だが。
これだけの戦力、そして凄乃皇がいて負けるはずがないという自信もあった。
どれだけの敵が来ようと、所詮フェイズ4ハイヴ。
フェイズ7のオリジナルハイヴに配置されているBETAとは比較にならないほど個体数は少ないはず。
だから、どれだけのBETAが襲ってこようと問題はない…………いや、BETAの数が多ければ多いほど、凄乃皇の力を示すことができる。
それはG弾神話に対して大きな抵抗力となる。
なら、どんな脅威が降りかかろうと、全て跳ね除けて見せようではないか。
「白銀さん、BETAに動きが…………」
「なに? ――――あれは重レーザー級か!? クソ、まだあんなにいたのかよッ!」
色々と考えていたオレを尻目に、佐渡島から天空へと放たれたのは十数条のレーザー。
それに呼応して展開していた帝国軍部隊が動き出す。
オレも電磁速射砲を近くのBETA群に向けて弾丸の嵐をぶつける。
出てきたBETAは案外少ない。
光線級も出てきているようだが、どれも対空防御の構えを見せている。
この程度なら問題なく処理できるはずだが――――――
「――――!? ちょっと待て!」
これはおかしい。
BETAの、というよりもレーザーの第1目標は凄乃皇のはずだ。
それを無視して、空へレーザー照射?
奴らにとって凄乃皇以上の脅威が、このあたりにいるとでもいうのか? それが奴らの照射する先に?
「霞、あいつらが何を撃っているのかわかるか?」
「えっと………レーダーには反応ありません。拡大画像を出します」
そう言って、霞が映像を表示する。
ただ、それがなんなのかは小さすぎてよくわからない。
赤く発光しているところを見ると、大気圏突入中のようにも見えるが、詳しくはわからない。
オレがそれを見るのと、涼宮中尉からの警告はほとんど同時であった。
『大佐。小型の未確認物体の大気圏突入を確認しました。現在、佐渡島付近への降下ルートを取っています。念の為、警戒を』
「了解――――けど、BETAが攻撃してるんだからこっちの何かですよ!」
レーザー級の標的になったということは、それはBETAではないということ。
あいつらは絶対に味方を撃たない。
つまり、あれはBETAではなく人類側――――人の手による飛行物体ということ。
その目的が分からないとはいえ、ターゲットが人類であるならばやらせるわけにはいかない。
凄乃皇の照準を合わせ、再照射のためのインターバル中のレーザー属を攻撃する。
だが当然、他のBETAはそれを妨害する。
そのせいで思ったほどBETAの撃破が進まない。
「クソッ――――ダメだ。このままじゃ撃墜されるぞ………何考えてんだ、アレを投下した奴は!?」
BETAの展開する領域では飛翔体はすぐに撃墜される。
こんなのは民間人でも知る常識だ。
運よくまだ致命傷を受けていないとしても、そう長くは持たない。
その証拠に、またも重光線級が足を止めた。
レーザー照射の前触れ。
「―――畜生、間に合わない!」
焦ったオレを尻目にして再び照射されるレーザー。
本来は横からうかがい知ることができないそれは空気中の異物によって反射され、その軌跡を他に知らしめる。
オレが見つめる中、それは吸い込まれるように天へと伸び――――そして灼熱色に輝く物体の直前で弧を描くようにして明後日の方向へと跳ね返った。
「なんだとッ―――あれはまるで………ラザフォード場! まさかムアコック・レヒテ機関の小型化に成功したのか!?」
その光景を目にしたオレは、目を見開いて叫んだ。
ラザフォード場の展開にはムアコック・レヒテ機関が必要。
全貌はわからないが、凄乃皇なんかよりもずっと小さいであろうあの物体に搭載されているということは、そういう結論にしかならない。
「すげぇ! いや、まだ制御の問題があるんだろうけど、それでもすげぇ!」
そんなものが存在するということにオレは驚き、そして歓喜する。
ラザフォード場の制御を行えるのは今のところ純夏だけだが、それだってコンピュータの進化でそのうち何とかなる。
そうなれば、行く行くはラザフォード場を展開する戦術機部隊が………いや、そもそもレーザーを無視していいなら戦闘機でいい。
それなら間違いなくBETAを地球から排除できる。それも至極簡単に。
そんな凄い兵器の実戦テストなんて夕呼先生から聞いていないが、これがうまくいけばこの世界が平和な姿を取り戻すのはそう先の話ではなくなる。
全ての人たちの願いが凝縮されていると考えると、その赤い光が神々しくも見える。
「…………っ! まさかっ―――白銀さん、違います! あれはムアコック・レヒテ機関じゃありません!」
「何言ってんだよ。レーザーを跳ね返せるのなんて、それ以外に――――」
『――――白銀ッ!!』
オレが心を弾ませて空を見上げている中、後ろの霞が何かに気付いて声を荒げる。
ワンテンポ遅れて、これまでは完全に傍観しているだけだった夕呼先生がものすごい剣幕で怒鳴りこんだ。
唐突に豹変した2人の様子に、オレは混乱して口籠る。
「ゆ、夕呼先生。どうし―――」
そんなオレの発言を遮って、全く同時に狂ったように叫んだ。
「逃げてください! あれは――――」
『逃げなさい! あれは―――――』
2人が全く同時に、声を被せて言い放つ。
ただ、オレは続いた言葉の意味を飲み込めない。
それどころか、何と言ったのかさえよくわからなかった。
唖然とするオレは、頭の中で何度も無機質な音声で再生する。
その行程を経て、耳で聞いた台詞が2人の声質となってオレの脳へと響く。
「あれは――――G弾です!!」
『あれは――――G弾よッ!!』
それは間違いでもなんでもなく、2人は確かにそう叫んでいた。