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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 前夜 4話
Name: samiurai◆b1983cf3 ID:c7483151 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/08 23:24
2001年11月30日 1930 アメリカ合衆国 ワシントンD.C. 合衆国国務省


夜の帳が下りたワシントン。 北西通り2201C、アメリカ合衆国国務省の所在地。 他国の外務省に相当する建物の前に、静かに滑り込んだ車が1台。

「ん? あれは・・・日本大使館の車だな」

近くの建物の一室から、国務省前を監視していた男たちの一人が気付いた。 反射光が漏れないように慎重に角度を取りつつ、室内から双眼鏡を覗く。

「・・・ネタは本当だったか、駐米日本大使だ。 訪問相手は・・・」

「国務長官しか居ないだろう、彼は特命全権大使だ。 彼の判断は日本国首相の判断。 彼の言葉は首相の言葉。 そんな大物が、次官や次官補なんて小物に、こんな時間に会うかね?」

もう一人の男が、双眼鏡を覗き込んだ男の背後から言う。 2人とも東洋系だった。

「流石に台北は、その昔日本領だっただけはある、と言うところかな? 相変わらず、日本国内に『資産』をお持ちのようだ」

「北京は北京で、ワシントンの下院に随分と、金と女とモノとで、狗を飼っているようじゃないかね?」

双眼鏡をのぞいている男は、中華人民共和国国家安全企画部・第2局(国際戦略情報収集)の所属。 背後の男は台湾の国家安全局第1処(国際情報工作)の所属。
2人とも表向きは、統一中華戦線駐米代表部に所属する書記官の肩書を持つ。 その実、それぞれが国民党と共産党の意向を受けて行動しているのだが・・・

「いずれにせよ、これで確定か?」

「恐らく。 日本は再び、アメリカと歩調を合わせる・・・あるいはその用意がある、と言うことだ」

1998年夏以降の、表向きの『国交断然寸前』から、既に2年が過ぎた。 その間に日米両国が水面下で盛んに各レベルでの会合を開き、調整を行ってきた事は把握している。
そしてそれが、どのレベルまでの合意に達しているのか。 これがどう調べても尻尾を掴ませないのだ、日米両国ともに。

「・・・基本的には、日米再安保は締結して欲しい、と言うのが本音だがね」

「我が党のお偉方は、そこまでは望んでいないだろうな。 日本へ『血の輸出(戦力派兵)』を行って、よりあの国の内部への浸透を図りたい、そんな所だろうよ」

国民党と共産党。 今でこそ表向きの国共合作を成しているが・・・その昔は血で血を洗う悲惨なテロルを繰り広げ、内戦で互いに数百万の命を散らしあった仲だ。
だがそれも昔。 中華文明圏は権謀術数と合従連衡、それを数千年間繰り返してきた。 思想も理想も、全ては悠久の時を生き抜く方便でしかない。 それを肌で知っている。

「となると・・・本国は見捨てるかね」

「元々、我々が生き抜く為に片手間を付けただけの連中だ。 軍の中には贔屓にしている連中も、いるにはいるがね」

「台湾はそこがアレだな、一時でも日本領だった所以だな。 こっちの連中は、表向きどうかは知らんが、本心では東洋鬼に心を開いている者は、極少数派だろうさ」

双眼鏡を下して、共産党の男が言った。

「決まりだな。 統一中華戦線は、日本のクーデターには、一切の関わりを持たない」

「失敗する企てに同心して、国際関係で火傷を負うことなど、愚の骨頂だな。 特に今の状況では」

台湾海峡を挟み、福建橋頭堡の死守が至上命題の、統一中華戦線軍。 そのバックアップとして、何としても日本には安定してもらわねばならない。 国内外、両面において。
恐らく近日中に、駐日統一中華戦線代表部の武官室内で、大幅な人事異動が為されるだろう。 国粋派に心情的に向いている武官連中は、全て本国へ戻される。

「後は・・・日本の統制派がどれだけ素早く、片を付けられるかだ」










2001年12月1日 0850 日本帝国 帝都・東京 周防家


「あなた、準備はできました?」

「ああ、うん。 っと、こら直嗣、暴れるなよ。 ほら、祥愛、お人形さんはココだから・・・」

夫婦揃って取れた、2か月ぶりの非番の日。 周防家では家族4人揃って外出することになった。 とは言えもう12月。 遠出もなんだし、帝都の近場にだが。
周防少佐も今日はラフな普段着だ。 フランネルのボタンダウンシャツに普通のジーンズ。 その上に濃緑色のアランセーターを着込み、ダッフルコートを着込んでいる。
妻の祥子も、上は夫と色違いのいでたちで、キュロットスカートを履いている。 上はケープを羽織っていた。 勿論幼い子供たちも、『モコモコの何か』、な感じで防寒対策されている。

「お? お出かけか?」

玄関先で、隣家の長門少佐に声をかけられた。 両家の境にある、通称『喫煙場』でタバコを吸っているところだった。

「ああ、久しぶりに非番の日が合ったんでな」

「おはよう、圭介さん。 愛姫ちゃんは?」

「圭吾を連れて、昨夜から俺の実家の方に」

「お前は? 行かないのか?」

「孫の顔見たさの、祖父ちゃん、祖母ちゃんの我儘さ。 俺が顔を出しても、親父と喧嘩するだけだしな」

「喧嘩と言うか、意地の張り合いと言うか・・・昔から変わらないなぁ、お前と親父さんは」

「変わってたまるか」

周防少佐と長門少佐は、中等学校の頃からの友人同士である。

「ま、1日楽しんで来いよ」

「おう」





「「あぁーん!」」

「あはは、直嗣、祥愛、怖くないぞー?」

「ふふ、直ちゃん、祥ちゃん、キリンさん、とってもおとなしいわよー?」

ヌッと顔を近づけてきたキリンに吃驚したのか、子供たちが泣き出し始めた。 そんな我が子たちをあやす若夫婦。 どこにでも居る、ごく普通の家族。

「あ、ほらほら、直ちゃん、祥ちゃん、ウサギさんよ。 可愛いわね、ほら!」

「あいー? う・・・うさしゃん」

「うさしゃん!」

愛嬌のある小動物を見て、機嫌が直る子供たち。

「ええと・・・こいつは・・・?『タルバガン』―――モンゴルマーモットねぇ?」

「マーモット? リス科だったわね?」

「いや・・・俺、知らない・・・」

「あら・・・頼りないパパねー? ね、直ちゃん、祥ちゃん。 ほら、大きなリスさんよ。 ごはん中かしら?」

「りすー?」

「そう、リスさんよ」

プレーリードッグより一回り大きな体で、冬毛はフサフサとしてとても愛嬌がある。 子供2人が母親に手を引かれ、柵の近くで舌足らずな歓声を上げている。 そして父親は・・・

「ああ・・・思い出した。 大陸派遣軍の配属前のレクチャーで教わったな。 確か『タルバガン』はペストに感染しているか、ペスト菌を媒介するノミに寄生されている場合がある。
だから現地で衰弱したタルバガンの個体や死体を見つけても、近寄らない、触らない等の注意が必要である―――人に勧められても、タルバガンを食べてはならない、とか・・・」

「あなた・・・」

「モンゴル高原から大興安嶺、それに満州平原一帯を生息地にしていたそうだから。 でもあの頃は、ほぼ絶滅していたか。 昔のモンゴルじゃ、ペストが度々発生したそうだけど」

「あ・な・た・・・?」

「あ、うん? ど・・・どうした、祥子!? 怖い顔して・・・」

「・・・今日は! 子供たちと一緒に! 遊びに来ているの! そんな無粋な昔話、やめて頂戴!」

「はい・・・すみません・・・」

いつの時代も、どんな家庭も、えてして無粋なのは父親である。

それからは午前中を動物園で過ごし、公園のベンチに座って親子4人で昼食となった。 周防夫妻の2人の子供も1歳半になり、ほぼ離乳食から卒業しかける時期になっている。

「ほら、祥愛、おにぎりだよ。 直嗣、おイモさんのコロッケだぞー」

小さな手に、父親から手渡された小さなおにぎりやコロッケを手に取り、はむはむと齧りだす子供たち。 もう乳歯もすっかり生え揃い、大人と同じ食事も出来る。

「ままー! おにぎいー!」

おにぎり、と言っているのだろう。 娘が半分ほど食べたおにぎりを、母親にあげようとしているようだ。

「んー! ありがと、祥ちゃん!」

それを嬉しそうに表情を緩めて、貰って食べる母親の祥子夫人。 息子の方は父親の膝の上で、無心になってコロッケを食べている。
束の間の家族のひと時。 通りかかった老夫婦が、穏やかな笑みを浮かべてその様子を見ながら通り過ぎる。

ふと周防少佐は、何気ない風景の中にも戦争の跡が記されていることに気付いた。 この上野恩賜公園は、旧幕府時代は東叡山・寛永寺。 その後、1873年に日本初の公園となった。
その後、帝室御料地となるが1920年に当時の東京市に払い下げられ、『上野恩賜公園』となる。 以来、市民の憩いの場となってきたのだが・・・

(・・・98年のBETA本土侵攻時は、ここも多数の難民キャンプが臨時に設けられていたな。 それこそ立錐の余地も無いほどに・・・)

京都防衛戦後、周防少佐も一時期、遷都したばかりの東京に足を踏み入れていたから、その当時の状況はよく知っている。
ここだけでない、他にも新宿御苑、明治神宮外苑、浜離宮恩賜公園、どこもかしこも、家や家族を失い、故郷をBETAに食い尽くされた、暗い目をした人々で埋め尽くされていた。
現在の帝都周辺の難民キャンプは、荒川や江戸川の河岸。 それに陸軍十条駐屯地の元赤羽分屯地など。 しかし実のところ、街中にも小規模な不法居住区は無数に点在する。
周防少佐が見たのは、そんな臨時難民キャンプだった頃の、忘れ去られたような小さな、粗末な木造の小屋。 どうして放置されているのか知らないが、一つだけポツンと残っていた。

「あなた? どうかしたの?」

「ん? いや・・・何でもないよ」

妻の祥子は当時、京都防衛戦の前哨戦だった阪神防衛戦で重傷を負っていた。 その治療の為に東京の陸軍病院に搬送されていたが・・・
何分、重傷患者故に、当時の外の様子は知らなかった。 彼女はその後、仙台の陸軍第2病院へ送られ、そこで各種リハビリを続けて軍務に復帰していたのだから。

(・・・止めよう。 今日は家族で過ごすって決めたのだから)

職業軍人であり、一貫して前線の野戦将校であり続けてきた周防少佐には、その小さく粗末な小屋が持っている、物言わぬ背景を容易に想像できた。
その悲哀とやるせない怒り、そして恐怖と絶望も。 だからこそ―――だからこそ、きょう1日は、妻と2人の子供たちとの、平穏なひと時を大切にしなければならない。

「さて・・・食べ終わったら、売店でものぞくか? 確か・・・『パンダ』のヌイグルミが、子供たちに人気らしいよ」

その後、売店でヌイグルミを目にしてはしゃぐ子供たちを、そして一緒になって微笑みながら選んでいる妻の姿を見ながら、周防少佐は少しだけ胃に石が積み重なる気分になった。
何故なら―――動物園で見たモンゴルマーモットも、そしてパンダも・・・もはや、このユーラシア大陸の東部域近辺では、『日本でしか』生息しない絶滅動物だったからだ。

(・・・そのリストに、人類が加わることは・・・)

そこまで考えて、苦笑しながら軽く首を振った。 それこそ何をいわんや。 周防直衛は職業軍人である。 日本帝国陸軍軍人なのだから。








2001年12月1日 1530 日本帝国 帝都・東京 赤坂、某所


2人の男たちが、黙って杯を傾けている。 1人は60代初め頃かと見える、初老の軍人。 陸軍大将の階級章を付けている。
もう一人は30代半ば頃か、海軍大佐の階級章を付けた軍服を着ていた。 大将と大佐。 だがこの場の上座に座るのは、その海軍大佐だった。

「確かだ、大将。 先だって斑鳩家門流(旧譜代家臣筋)の洞院と志水、それに中園が、陛下への拝謁を申し出てきた」

「・・・洞院家、志水家、中園家は・・・確か今は、貴族院には列していなかった筈ですな」

貴族院議員は、公家貴族、武家貴族より2年に一度、半数が任命され、任期は4年である。 洞院、志水、中園の3家が貴族院議員に列せられるのは、来春の筈だ。

「当然ながら、内府(内大臣)が対応し、丁重にお引き取り頂いたそうだ」

「内府も元老院も、元枢府・・・五摂家会議の分裂状態は、良く判っていらっしゃるようだ。 で・・・如何ですかな? あの者たちとは?」

「利と力で動く者は、扱い易い。 而して、狂信の輩は度し難し」

「お嫌いですかな? 彼らは純粋な国粋主義を、奉じておる様子ですが」

「大将。 私も臣籍降下はしたが、出自は帝族だ。 帝族譜に名を連ねてもいる。 好き嫌いで地下(じげ)の者とは付き合わない」

上座の海軍大佐―――賀陽侯爵海軍大佐は、無表情に言った。 東桂宮家の出身で、父の東桂宮親王は先々帝の皇子親王、先帝の実弟に当たる人物。 侯爵は今上皇帝の従弟になる。

「狂信、盲信の類は道を踏み外す。 畏れ多くも主上(しゅじょう:皇帝)のお側に近づけて良い者たちではない」

その言葉を聞いた、下座の陸軍大将―――国家憲兵隊副長官・右近充陸軍大将が、これまた無表情で賀陽侯爵に問うた。

「・・・では、その者たちが担ぎ出そうとする人物・・・或は、その者たちを利して動こうとする者たちは、如何か?」

「大将・・・もはや、将軍宣下による親政など、歴史上の用語に過ぎんのだよ」

詰まる所、帝家は・・・帝族は、国粋派にも五摂家にも組しない、そう言質をとった瞬間だった。









2001年12月1日 1650 帝都・大手町 内務省中央気象庁


「・・・、天元山火山噴火予測は、90%か・・・」

予報部長が重々しい口調で呟いた。 同時に観測部長、地震火山部長も無言で頷く。 茨城県にある地磁気観測所から出張ってきた観測課長が、囁くように言った。

「ここ10数年間、南海トラフ・・・特に北東部の駿河トラフでの電磁波ノイズを観測した結果です。 何度かピークが観測されています」

中央気象庁では地震観測予知の手段の一つとして、地電流や電磁波による地震予知を取り入れてきた。 自然界電磁波ノイズを観測することで、地震予知を行う手法だ。
地殻内では岩盤に掛った圧力が増加する時だけ電圧が発生し、高い圧力でも一定のままでは地電圧は発生しない。 
マイクロクラック(微小分子構造の破壊・変形)により岩盤中の分子構造的な隙間が加圧で埋められていく事と、岩盤石に含まれる水分の移動により、電圧が発生する。

そうであれば、全ての隙間が埋まり、水分が押し出されてしまったら、それ以上は進みようがなく、圧力を増加しても電圧が発生しなくなる。
現実に過去の地震発生前の観測データも、地震発生前に日毎に増大していたノイズ数が、ピークを迎えた後、急激に減少。
やがて殆ど発生しなくなる(データの収束)事が確認されている。 そしてその後で断層が動いて、地震が発生するのが殆どのケースなのだと、データが語っている。
従ってピーク前後の全体のノイズ数で地震の規模が、データの収束状況で発生の時期が、かなり予測できる筈であると考えられている。

「この15年間で、体感できる程度の揺れが488回・・・うち、震度6クラスが12回・・・」

「全て、太平洋プレートがユーラシアプレートに潜り込む時に生じているものです。 プレート境界型地震、海洋プレート地震による刺激で、プレート接面部のマグマ上昇が・・・」

「天元山測候所の観測記録は?」

「地震計、空振計、傾斜計、火山ガス検知器、GPS観測装置、監視カメラなどの観測機器・・・全ての観測結果が、噴火直前だと示しております」

実際に天元山付近では、先月以来盛んに火山性地震と思われる揺れが、頻繁に観測されていた。 プレート地震に地殻内のマグマ溜まりが、刺激されている証拠だと言える。
そして先月、M6.0のプレート境界型地震が発生した。 震源地は駿河トラフ。 当然ながらそのストレスは、天元山・・・東日本火山帯の最西端にも、急激にのしかかる。

実際に地震が誘発する火山噴火は、日本でも実例がある。 300年ほど前の宝永4年10月4日(1707年10月28日)、推定でM8.6〜8.7と推定される宝永地震が起こった。
死者2万人以上、倒壊家屋6万戸、津波による流失家屋2万戸に達した、巨大地震である。 遠州沖を震源とする東海地震と、紀伊半島沖を震源とする南海地震が同時に発生したのだ。

そしてこの宝永大地震の49日後、かの有名な『宝永大噴火』、宝永4年11月23日(1707年12月16日)に始まった、富士山の大噴火である。
富士山のマグマ溜りは宝永地震の強震域にあり、富士宮の余震はマグマ溜りのごく近傍で発生した。 マグマ中の揮発成分の分離促進が、強震の影響として考えられている。

「・・・この結論は、至急長官へあげる。 天元山山麓付近には、不法滞在難民がいくつかの集落を形成して居た筈だ」

この時の中央気象庁職員たちは、己の観測歓談結果が、後の混乱の引き金、その一つになろうとも夢にも思っていなかった。 純粋に災害予知とその予防を報告しただけである。









2001年12月1日 1950 帝都・東京 周防家(実家)


「直衛さん、お酒はもういいの?」

「ああ、もう結構ですよ、義姉さん」

子供たちと妻と、家族4人で1日を外でゆっくり過ごした後、周防少佐の実家へ足を運んでいた。 夕食も終わり、今はゆっくり晩酌をしている。
隣家の長門少佐ではないが、祖父母(周防少佐の両親)が孫の顔を見たがったからだ。 戦死した亡兄の遺児たち(甥と姪)も一緒に暮らしているが、赤ん坊は特に可愛いようだ。

「お義父さんも、お義母さんも、直嗣ちゃんと祥愛ちゃんにメロメロね」

「義姉さんとこのチビ達も、同じだと思うけど・・・ウチの子たちはまだ、赤ん坊だからだろ?」

逆に甥と姪は、妻の祥子に甘えている。 そろそろ小学校の高学年に達し、親からお小言を言われ始める年頃の子供にとって、綺麗で優しい『叔母さん』は格好の甘える対象の様だ。

「あのね、あのね、おじちゃん!」

すると今度は、小学1年生の姪が周防少佐に寄ってきて、何やら懸命に話をしようとしている。 そんな姪の頭をなでながら、目で言葉を促す周防少佐。

「あのね、この前、あっちゃんがね。 『べーた』って強いんだって、みんな、かなわないんだって、言っていたの!」

「・・・同じクラスの子で、お父様が戦死なさったんですよ・・・」

その言葉に、何とも言い難い痛みを覚える。 まだ7歳から8歳の女の子に、そんな達観した言葉を言わせる、今の日本の状況に。 その戦況を作り出した自分たち職業軍人に。

「何言ってんだよ、優子! 叔父さんが乗っている戦術機って、こーんなにデカくってさ!」

すると兄である甥が、妹に向かって話し始めた。 どうやら以前、亡父に連れて貰って見たことがあるようだ。 或は亡父の同期生の誰かかに。

「すっげー、強そうなんだぜ! そんなのが、何十機もあるんだ! ううん、何百機もさ! だからベータになんか、負けるもんか! ね、叔父さん! そうだよね!?」

ちらっと見ると、義姉が困ったような笑みを浮かべている。 妻の祥子も、何とも言えない困惑した笑みだ。 両親は黙って、次男の双子の幼子たちをあやしている。

「・・・ああ。 叔父さんの乗っている戦術機は・・・おっきくて、強いぞ? BETAなんか、直ぐに吹っ飛ばしてやるさ」

「・・・うん! そうだよね!」

「つよいの? やったぁ!」

彼らも成長して大人になれば、世の中の事実を知る事だろう。 そしてその時に、その事実をどう解釈し、判断するか。 それはその時の彼らに任せればよい。
そして子供たちには、世の複雑さや困難さは、出来る限り明快に、単純に教えればよい。 成長してからその事に、恨みがましく思うこともあろうが・・・彼らも後に判ってくれる筈だ。

そして極論すれば・・・この次の世代を担うだろう子供たちに、せめてその背負う『何か』を残してやりたい。 残して、そして繋いでいって欲しい。
子供は大人になり、大人が親になり。 そして親は・・・そのために戦い、死んで子に何かを残そうとする。 極論すれば、それだけだ。 そこに思想も主義も入る余地はない。

「・・・直孝(周防少佐の甥)、こんど叔父さんの知り合いに頼んで、軍艦を観に行こうか」

「本当!? 約束だよ、叔父さん!」

「ああ、本当だ。 優子(周防少佐の姪)、次は優子も動物園に、一緒に行こうな?」

「うん! なおちゃんと、さっちゃん、私がお姉ちゃんするの!」

(なあ、兄貴・・・こんなもんだろう?)

子供たちの母親である義姉が、大丈夫? と目線で問いかけてくる。 海軍については・・・自分にも多少のコネがある。 その辺は大丈夫だろう。
動物園は・・・はてさて、次に都合のよい休暇は、何時に取れることか。 軍内部で進む年末大攻勢の事もある。 それに生き残れば・・・

「春には・・・桜の季節には、ね・・・」

―――それまでに、自分が戦死しなければだが。









2001年12月1日 2130 帝都・東京 首相官邸


「現在、『警戒区域』に不法居住をしている難民の総数は2685名。 8か所の集落に分散しております」

内務省警保局長が手元の資料を淡々と読み上げている。 その周囲には、内閣総理大臣―――榊是親首相をはじめとする『六相会議』の重鎮たち。

「中央気象庁からの観測予測から推測し、難民の『保護』に使える時間はあと2日ほどが限界かと。 因みに当該地域には投入できる警保局の特別機動隊は、残念ながら存在しません」

当然だった。 天元山のある飛騨山脈一帯は、今なお特別警戒区域に指定されている。 そしてこの区域の担当は内務省ではなく国防省。 警察ではなく軍である。

「・・・現在、東海軍管区(第6軍)主力の第5軍団(第30、第48、第52師団)は、西日本防衛線の増援として、北近畿に派遣されております。
残る第15軍団(第37、第41師団)もまた、北陸方面に増援派遣されたままの状態であり、東海・中部に展開できる兵力は、管区予備の独混(独立混成旅団)5個のみです」

横から榊首相へ、国防相が説明を入れた。 目を閉じながらその説明を聞く榊首相。 その独混5個旅団も、全てを投入できるわけではない。

「他管区の戦力は、第1、第2防衛線上から動かすことはできません。 即応部隊にしても然り。 何とか動かせる数は、独混2個旅団が限界です」

その戦力で、いざとなった場合にBETAから『難民』を守り切れるか?―――不可能だ。 そしてそれは、災害時救助も同じことである。

「首相、この際です。 ご決断を」

「国外の問題はありません。 どこもかしこも、状況は似た国情です」

「僅かであっても、足枷があってはBETAからの防衛戦闘に齟齬が生じます。 3000人に満たない難民を守る為に必要な戦力は、推定で1個師団に相当します」

「将軍家・・・斯衛の横槍は、軍部が躱します。 将軍家の発言も、城代省官房が抑え込む算段です」

「あの地域の不法難民保護の予算は、既に底をついている次第ですぞ。 更にとなれば、他を削るしかありません」

内務相、国防相、蔵相、外相、そして軍需相。 政府内の重鎮5人の発言は、首相とても無視することはできない。 やがて榊首相は、ゆっくりと目を開いた。

「・・・決定する。 国防省、可及的速やかに、天元山周辺の難民を『保護』する様に。 内務相、北関東以東に収容可能な難民区はあるかね?
軍需相と相談し、労働力の不足しがちな軍需工場に隣接する難民区に。 蔵相、難民支援予算を一部追加計上する様に。 外相、国際難民の帰化申請を、より早く・・・」




六相会議の後、官邸には榊首相と外相、そして蔵相が残っていた。

「・・・どうやら軍内部と内務省は、統制派官僚たちが最後に主導権を握ったようですな」

「大蔵省は?」

「こちらは元々、統制派官僚の揺籃の地ですからなぁ・・・外務省はそうならんで、羨ましい限りだ」

「それも、考え物ですな・・・明治の御代以来、外交貴族特権の塊の様な者たちばかりですよ・・・」

もはや政党政治は、ほとんど機能しなくなって久しい。 榊首相と蔵相、そして外相は、そんな中で政党出身の数少ない閣僚であり、同志だった。

「それよりも首相、くれぐれも御身大切に・・・」

「軍部の事かね・・・?」

「統制派も、このままでは信用できません。 ましてや国粋派は・・・話の通じる相手ではありませんよ。 あれは一種の狂信者達です」

「そればかりではありません。 統制派の推し進める憲法改正案・・・我が国の摂政体制の否定と、内閣の皇帝陛下の勅命政権化を明文化するとなれば・・・」

「元枢府・・・五摂家の歴史に、幕を閉じる事となりましょう。 大半の貴族院議員はともかく、五摂家やその門流筋の武家貴族は国粋派と繋がり、将軍宣下を夢想しますぞ?」

「このままの流れで行けば、衆議院の大半。 そして貴族院の過半の賛成が得られる予想です。 何と言っても、貴族院議員の大半は、その実は五摂家とは犬猿の仲・・・」

旧幕藩政治崩壊後、五摂家による『中央独裁政治』体制に移行して近代化を推し進めた日本帝国。 その中で、昔は五摂家と対等だった(位階の差はあれど)、他の大名家。
それらの家々は近代化後、武家貴族として上は侯爵から下は子爵までの『武家貴族』貴族として叙勲された。 同時に殿上資格のある公家は、公家貴族としてやはり叙勲される。

そして大半の旧大名家出身の武家貴族にとって、何よりも腹立たしいのは、以前は同格だった五摂家、その風下に立たねばならない事だった。
更には宮内省問題から、分離独立した城代省が、全武家貴族を掌握するに及び、その憎悪の根は深くなっていった。 城代省高官の全てが、五摂家の旧重臣団だったからだ。

『―――陪臣如きが、世の主気分でおるわ!』

元国持の大大名であった、さる侯爵は、晩年そう呟きながら憤怒の表情で没したと言われる。 その根は未だ、日本の貴族社会の中で広く根を張り続けている。

「・・・貴族院は、五摂家体制を・・・形式上でも許しはせぬだろうな・・・」

榊首相の呟きを、蔵相も外相も無言で頷いて同意する。 大半の貴族院議員にとって、父や祖父の味わった屈辱を晴らす絶好の機会なのだ。
そして統制派は、この貴族院議員達の特権を認めている。 『利と力で動く者は、容易く結び付く』のだ。 そしてそれを議会に提案するのは、榊政権となる。

「統制派の目論見はともかく、こちらとしても真に立憲君主国家となるのは、今を置いて他ならない・・・」

「この国難の最中で、と言うのが何とも皮肉だがな・・・」

そして榊首相の政党政治家の一派もまた、五摂家体制の内包する矛盾を打破しようとしている。 もっとも統制派の策より、余程穏便にだが。
詰まる所、『元枢府』を廃して、『元老院』に統廃合を行う。 『元老院』は皇帝の公的な諮問機関であるが、政治的な実権は憲法上認められていない。

五摂家をこの『元老院』に吸収し、城代省は宮内省に吸収合併。 斯衛軍は一部を皇宮警察に吸収する他は、全て解体して国防軍に編入する。

諸外国から『政治力学の不可解なダブルスタンダード』と揶揄される日本帝国の統治形態、その本当の意味での『近代化』だった。

「統制派は、五摂家の降格・・・侯爵位への降格に、門流の武家貴族の廃嫡。 城代省の解体・廃止と斯衛軍の国防軍への無条件編入・・・反発も起こるな」

「かと言って、今でも貴族院議員の数は多すぎる。 貴族への年金支給額も馬鹿にならないし、各種の税制特権もな」

「整理は必要だ。 だが急激な変化は、必ず反発を呼ぶ。 それには国民の民意を反映しつつ、それなりの手順を踏みながら為されるべきだ・・・」

蔵相と外相の心配は、統制派の急進的な『改革』が、傍から見れば政府の改革と見えることだろう。 実際衆議院でも、その点を指摘する議員は少なくない。

「それに、野党の一部が統制派と接触をしておる。 どうせ、使い捨ての駒にされるとも知らずに・・・」

「いずれにせよ、摂家・・・いや、その門流筋の武家貴族は、国粋派と繋がっておりますぞ。 かたや盲信の故に。 かたや既存特権の為に」

そしてその標的には、榊政権が狙われている・・・その事はもう、警保局の特高警察筋から報告が上がっている。

その後、蔵相と外相も帰った後、官邸に一人残った榊首相は、公室の椅子に無言で座りながら呟いた。

「・・・それを為すのは、外道の誹りを受けるぞ。 そしてこの国も後退しよう」

公室の重厚な机の上には、帝国内の各種情報機関―――日本のインテリジェンス・コミュニティーから上がってきた情報が置いてあった。
正確には内閣情報会議、およびその傘下の合同情報会議。 インテリジェンス部門の実務トップが集い、現状と課題を話し合う会議からの報告だった。









2001年12月3日未明 日本帝国 飛騨山脈一帯


「・・・『救助』した難民の数は?」

「はっ! 0450現在、2655名。 残り30名。 0520完了予定」

「宜しい・・・『S』には撤収命令を」

「了解しました」

この日の未明、天元山一帯に不法居住をしていた3000人弱の難民たちは、寝込みを何者かに襲われて、一斉に『保護・救助』の名目で連れていかれた。
実働は東海軍管区の第6軍予備の、2個独立混成旅団。 そして密かに『S』も動いていた。 難民たちは弛緩剤を投与された状態で、そのまま北関東の難民キャンプへ収容された。

「・・・噴火の前に、撤収せねばな・・・」

もう何度目かの火山性地震の震動が、足元を襲っているのだった。








2001年12月3日 午前


『―――天元山の噴火は、その後も断続的に続いており・・・政府は難民の保護を最優先で・・・』


朝の国営放送のニュース番組でその情報を得た周防直衛少佐は、一瞬顔を顰めて無意識に舌打ちした。 『最優先の保護』・・・強制排除に他ならない事は明白だ。

「・・・第6軍かしらね?」

妻の祥子が寄ってきて、一言言った。 彼女も現役の陸軍少佐であり、結婚前の旧姓で『綾森祥子陸軍少佐』として、現役勤務している。

「主力は北近畿と北陸に行っている筈だから・・・予備の独混だろう」

「独混だけで、こうも見事なまでに?」

「昨日、朝霞の特戦群に動きがあった・・・通信から聞いた」

「・・・『S』ね。 強制排除・・・」

周防夫妻は共に職業軍人であり、この国の防衛状況を知る位置にいる上級将校であり・・・つまり、理不尽を必要悪と認め、認識する人種だった。





同刻。 陸軍府中基地


「くっ・・・! 何が『最優先の保護』だ! どうせ現地の第6軍と、『S』あたりを使ったのだろうが・・・!」

「強制執行などと! 政府は国民を奴隷か何かかと、思っているのか・・・!」

若手将校たちの憤慨を横目に、久我少佐は視線の先の男たちを見ていた。 一人は部下の高殿大尉。 もう一人は第1戦術機甲連隊所属の大尉。 一連の中心人物。
そしてもう一人いる。 軍人ではない。 中背の背広姿の男だ、気障なパナマ帽を被り、表情はよく見えない。 だがその男の雰囲気から、ただの民間人でないことは判る。

(・・・憲兵隊は、抜身の殺気を零す。 特高警察は、爬虫類じみた粘つく冷酷さだ。 あれは・・・あの男は、『正体が無い』 ふん、情報省か・・・)

その情報省が何故、国粋派将校に接触しているのか。 むしろ情報省は、国内の政治力学を生き抜くために統制派寄りの筈だ。

やがて2人の将校と情報省の男は別れた。 時間にしてほんの数分ばかり、だが如何にも不自然だった。

「―――曹長」

「はっ、少佐殿」

傍らの中年下士官が答えた。 どこか凄みを隠し持った固太りの男だった。

「知らせろ。 情報省が接触していると。 誰かは知らんがな」

「はっ、少佐殿」

そう言うや、その曹長は音も立てずに離れていった。 警務隊上がりの、大隊付きの庶務下士官。 その実、以前は国家憲兵隊に所属していた男。
憲兵隊が第1師団内に放った『狗』の一人。 今は久我少佐の脇に控える存在。 だが一つだけ、久我少佐が伝えていない事があった。 それは・・・

(ただ制圧されるだけでは、連中も浮かばれまい? それに、俺の事を為すための時間も欲しい。 どうせ鎮圧されるのだ、それまで精々、踊ればいい・・・)

所詮、自分の望みは一つしかない。 それさえ為せれば、その時間さえ有れば・・・そのためにはクーデターの初動は、彼ら国粋は将校団が握る必要があるのだ。

(・・・狗とも謗れ。 どうでも良い事だ)


そして、久我少佐も、『正体が無い』男だった。


様々な愛執が絡み合う、帝国の長い1日は、すぐそこまで迫っていた。




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