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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 暗き波濤 5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/19 23:16
2001年11月5日 0650 日本帝国 帝都・東京 市ヶ谷 総合国防庁舎・統帥幕僚本部ビル


「この303高地はC/T(緊要地形)だ、絶対押さえたい」

「・・・A/A(接近経路)が厳しい。 エリアB3Rでどうしても、光線級に捕捉されるぞ?」

「まて、まて。 それじゃ、AXIS(攻撃軸)がズレてしまう。 戦闘団の目的は西地区を管制下に置く事だ」

市ヶ谷の総合国防庁舎、その中の統帥幕僚本部ビルの地下1階。 通称『大講堂』で100人以上の佐官級将校達が、区切られたブースの中で各々忙しく立ち回っている。
他にも数十台ものPC、サーバー、プロジェクター・・・大講堂の壁際には一段高い場所が設けられ、そこから行動内を見降ろす様に数箇所のブースが設けられている。
現状の基本想定は、佐渡島の真野湾、両津湾、双方からの強襲上陸後。 甲21号目標に対し、軌道爆撃に始まるハイヴ攻略戦を展開中・・・形勢は厳しい。

『―――演習統帥司令部より通達、重金属雲障害により、師団内の通信は遮断された』

「「「―――ッ! クソっ!」」」

数人の佐官が舌打ちをし、忌々しげにモニターを見つめ直す。 師団内の通信が遮断。 となると・・・

「作戦地域の状況は!? BETAの侵攻状況! 各部隊の兵力状況と位置!」

「おい、喰い込まれている! 機械化歩兵が後退するぞ、エリアB2DからB1Gへ後退中!」

「師団本部までのA/A(接近経路)上、南東1km地点に小型種BETA! 約300体を確認した! 伝令を出せんぞ、このままでは!」

「152TK(Bn:機甲大隊)から1中(第1中隊)を引き抜いて、153i(機械化歩兵)の2中と組ませろ! 師団本部とのA/Aを確保するんだ!」

「機甲偵察を出せ、北東方面だ!」

彼我の展開は刻々と変化する。 演習部隊が自発的に情報収集を行わない事には、重要な情報がさっぱり掴めない様になっている。
彼我の状況、後続する敵BETA群情報、師団主力の動向、前進状況、増援部隊の到着など。 この場の状況を把握し、分析し、意志決定を行い、計画を立て、行動する。

―――ただひとつの目的の為に。

甲21号作戦が翌月に迫った今、帝国軍は3軍(陸軍、海軍、航空宇宙軍)の参加予定部隊指揮官、その中の中堅を担う佐官級指揮官達を集め、兵棋演習を行っていた。
敵BETA群の攻撃に対し、自軍兵力を動員、展開する指揮命令の技量を向上させる為の演習であると同時に、上級指揮官代理としての力量を向上させる狙いも有った。

『―――演習統帥司令部より通達、地中震動波を確認。 中規模BETA群の地中侵攻有り。 該当戦域はB5SからC2R。 該当戦域の2個Armd・CT(機械化戦闘団)壊滅』

北東戦域で大穴が空いた。 たちまち講堂内に呻き声が湧き上がる。

「8A(第8軍)の20HSp (203mm自走榴弾砲)、支援戦域を変更した!」

「こちらは!? 振り分けは有るのか!? 砲兵群司令部に問い合わせだ!」

「・・・くそっ! 余っているFA (野戦砲兵部隊)が無いだと!? 砲撃支援無しで、どうやって戦域を制圧しろと・・・!」

「まずい! 正面の圧力が高まった! BETA群、約4500! 大型種含む! 距離2500!」

戦術学では学習者を部隊指揮官と想定して、次のような事柄を問題とする。

「―――与えられた任務を、どの様に理解するのか」
「―――どの地域が戦闘において、緊要であるのか」
「―――敵は次に、どの様な戦闘行動に出るのか」
「―――現状で我の戦力を、どの様に配置するべきか」
「―――敵をどの様な要領で、攻撃するべきか」
「―――圧倒的劣勢において、退却と防御のどちらを選択するべきか」
「―――各種部隊の連携を、どの様に指導するのか」
「―――自分の作戦計画を、どの部下に、何をどの様に伝えるべきか」

任務は無論、佐渡島中西部の真野湾沿岸一帯の確保。 そこと北の両津湾沿岸の2箇所を橋頭保として、帝国軍は攻勢を展開する。
そして現状の緊要地域は旧佐渡市役所付近、ここは旧350号線、旧181号線、旧194号線、そして旧381号線が交わる要衝で、BETAに突破されれば、南北と東西を分断される。
そしてBETA群は、この旧佐渡市役所北方3km地点で、地中侵攻を仕掛けて来た。 そこを守備していた機械化戦闘団が2個、直下からの地中侵攻攻撃で壊滅した。

「戦術機1個大隊、至急北に回す! 時間を作る!」

「BETA群は約5000だ、支えきれる時間は30分と見てくれ!」

「予備のR(戦闘団:R機動旅団)を、こっちの背後から北に回す様に要請! 地上に顔を出したBETA共の背後を取れる!」

現状戦力で今の状況を打開するには、機動力を持たせた包囲殲滅戦―――素早い全周囲からの火力集中しか無い。 後方部隊にBETA群と殴り合える打撃戦力は無かった。
そして退却の選択肢は無い、それは国の滅亡を意味する。 既にかなりの損失を受けた状態で退却戦など。 古来、最も多く損害を出すのは、退却中の敗軍だと歴史が教えている。

「152TK(第152機甲大隊)を突出させるな! 151TSF(第151戦術機甲大隊)、153AT(第153機械化装甲歩兵大隊)と連携させろ! 155TSFを北西から前へ!」

単独兵科だけで近代戦闘は為し得ない。 そしてどこと、どこの部隊を連携させるか。 状況を把握し、分析し、目的に合致させる為の計画を修正し、誰に命じるか。

第15師団から派遣された演習員(部隊指揮官や師団参謀の中佐・少佐達)は、目を血走らせて刻々と変化する(悪化する)状況と戦っていた。
目も当てられない、想像したくも無い戦況。 しかし長年に渡って戦場を往来して来た彼等は、それが起こり得る可能性についても十分認識していた―――だから疲労している。

『―――演習統帥司令部より通達、師団進路上の第2目標橋は、BETAによって崩落した』

「・・・くそ、最低だな。 3日間の中で一番、最低だ!」

第15師団で第152機甲大隊長を務める篠原恭輔少佐が、目の下に隈を作った疲労しきった表情で吐き捨てる様に言う。
これで目標地点まで、地上部隊を移動させる事が非常に困難となった。 無論、工兵部隊に架橋させる事は出来るが・・・しかしBETA群のど真ん中では、作業は不可能。









2001年11月5日 1150 日本帝国 帝都・東京 荒川難民キャンプ


子供たちがはしゃぎ回っている。 向うでは年老いた老夫婦が、手渡された物を握り締めて、何度も、何度も頭を下げていた。
帝都の一角、国内難民キャンプの片隅では、ここ暫く無かった明るい空気が漂っていた。 心なしか声が弾けている気もする。

「はい、どうぞ。 熱いから、ふー、ふーして、冷ましてから食べるんだよ?」

「はぁーい! ありがとう、おばちゃん!」

「お・・・おばっ・・・!? あ、あはは・・・う、うん、たくさん、食べなさいねー・・・」

年下の友人の顔が、少し固まっているのを横目で見ながら周防祥子はクスリと笑って、お汁粉を椀にせっせとよそおう。 
隣では手伝ってくれる2人の少女達が、甘い香りの新しい汁粉を作っていた。 そして目の前には、目を輝かせた子供達の群れ。

「愛姫ちゃん、はい、お代りね」

「はいはい、あー、忙し! あ、こら! 横入り、禁止だよ! ちゃんと並びなさいねー! 大丈夫だよ、一杯あるからね!」

隣のテントでは、隣組の奥さん達が豚汁を作って振る舞っていた。 向うのテントでは古着の冬服を配っているし、その隣ではお古の毛布や布団を渡していた。
今日は町内会の婦人会が企画した、難民キャンプでのバザーが開かれている。 主婦の腕の見せ所で、やり繰りした食料を持ち寄って、汁粉や豚汁などを振る舞う。
家の奥で眠っていた古着の冬服を出し合って、無料で配る。 毛布や冬布団も、これからの季節は難民キャンプの中で不足するだろうから、多いに有り難い。

付近のいくつかの町内会長同士が話し合って、難民キャンプでのバザーを開く事にしたのだった。 主力戦力は銃後の要、つまり町内会の主婦達だ。
周防祥子も、長門愛姫もまた、婦人会の一員として、先輩主婦達に混じって参加していた。 2人とも今日は非番・・・と言うより、何とか辛うじて休暇を取る事が出来たのだ。

「どうだい、祥子ちゃん、愛姫ちゃん? おや? 今日はチビちゃん達、どうしたんだい?」

声をかけて来たのは恰幅の良い、如何にも下町のおっ母さん。 町内会の実力者で、婦人会の副会長を務める商店街の魚屋『魚重』の小母さん―――龍浪さん家の小母さんだった。

「あ、『魚重』の小母さん。 子供達は夫の実家に・・・義母に見て貰っていますわ、義姉もいますし」

「あ、圭吾はお義母さんに。 可愛い孫を独り占めできるって、喜んでいましたよー・・・」

「そうかい、そうかい。 2人ともお姑さんと上手くやっている様で、何よりだよ。 で? 今日は旦那さんは? 日曜日だろう?」

「え、えっと・・・」

「あ、あの・・・実は仕事で・・・」

「なんだい、そうなのかい? 大変だねぇ、軍人さんってのも。 日曜日まで仕事だなんてねぇ・・・」

そんな言葉に、引き攣った笑いを浮かべるしかない。 戦争中の軍に週休2日等、関係無い。 いざ大規模戦闘ともなると、数週間から数カ月は『休み無し』なのだから。
それに多分、彼女達の夫達は今頃、さぞ胃の痛い思いをしている事だろう。 3日前からぶっ続けの兵棋演習に入っている。 休憩と言えば、1日3時間程度の仮眠が有るだけだ。

「ほほほ・・・あ、子供達、とても喜んでいますよ」

「ええ、うん。 甘いものに、余程飢えていたんだね・・・1人で3杯も、4杯も食べちゃう子も居たわ」

祥子と愛姫が、笑みを浮かべて美味しそうにお汁粉(合成小豆と合成砂糖、そして代用餅で作ったものだが)を食べる難民の子供達を、複雑な表情で見ている。
彼女達は普通の主婦では無い、本職は職業軍人だ。 つまり今の日本、この状況を阻止出来なかった帝国軍に所属している。 しかも上級将校―――少佐の地位に居る。

「なんだい、なんだい、2人とも! 辛気臭い顔を、おしでないよ! せっかく今日は楽しい1日にするって事で、このバザー開いたんだろ!?
じゃ、そんな顔するのは、お止しなって! ほら、笑って、笑って! 笑う門には福来る! お正月にゃ、ちょびっと早いけどね、辛気臭い顔してりゃ、福も逃げちまうよっ!」

あはは!―――そう言って豪快に笑う中年女性の笑顔を見ていると、成程、その通りかもと思ってしまう。 同時に教えられる、妻として、母としての未熟さ加減を。
とは言え、祥子も愛姫も、結婚して子供を産んで、育てて・・・まだ2年と少しの、若葉マークが取れたばかりの新米ママだ。
子供を産んで育てて、主婦歴20ン年と言うベテラン主婦の貫録には、未だ遠い。 ここはひとつ、『大先輩』の叱咤激励に答えなければ。

「よっし! 今日はまだまだ、これからだよ! ナラン、じゃんじゃん配るからね!」

「はぁーい。 でも愛姫さん、その前に作らないと・・・」

「ふふ・・・じゃ、私達はじゃんじゃん、お汁粉を作りましょうか。 ウィソちゃん、手伝って頂戴」

「はい、祥子さん!」

商店街からの『助っ人』で参加している、甘味屋の看板娘達。 モンゴル難民出身のウィソとナランツェツェグ、2人の少女達も楽しそうに笑ってお汁粉を作り始めた。
やがて仕事を午前中の半ドンで済ませて帰って来たウィソの兄のユルールと、ナランの兄のオユントゥルフール、姉のムンフバヤルも手伝いにやって来た。
彼等、彼女等も故国をBETAに侵され、命からがら幼い頃に日本へ脱出して来た難民の出身だから、余計に親身になってしまうのだろう。
ユルールとオユンが、小さな男の子達相手に駆けまわって遊んでやっている。 ウィソとナラン、そしてムンフが女の子達相手に、笑いながら輪になって何やら話している。

そんな光景を微笑ましげに見ながら、ふと愛姫が『魚重』の小母さんに聞いた。

「そう言えば小母さん。 息子さん、任地が決まったんだってね?」

「そうなんだよ、ちょっと前に知らせて来てねぇ・・・なんでも、九州の部隊に配属だってさぁ。 江戸っ子のウチの息子が、短気を起こさなきゃ良いんだけどねぇ・・・」

「確か、夏季休暇で帰省していた時に、店番していたでしょ? その時に顔を見た事あるよ。 利かん気の強そうな、やんちゃ坊主って感じの男の子だった!」

「響君、でしたっけ? 龍浪響陸軍少尉。 10月に練成部隊を修了したのよね? じゃ、4月卒業の訓練校27期A卒ね・・・私より、10歳も若いのね・・・」

祥子が頭の中で卒業期数を数えながら、少し愕然とする。 部隊配属衛士の最年少が、自分よりも10期も若いと気付いたのだ。 祥子の卒業期数は、訓練校17期A卒である。
自分の少尉時代、10期前後上の上官と言ったら・・・今は統帥幕僚本部に居るかつての上官、藤田(広江)直美大佐や、第14師団の宇賀神勇吾中佐だ。 そ、そんな・・・

「まー、まー、祥子さん。 祥子さんも今や、国防省機甲本部員なのだし! 実施部隊に転出すれば、立派に師団通信参謀あたりよ? 貫禄、貫禄だって!」

「・・・変な慰め、アリガト。 戦術機甲大隊長さん・・・」

「むっ!? それって、私が小母さんだって事!?」

「私と1期違いじゃない、愛姫ちゃん」

第39師団で戦術機甲大隊長を務める愛姫の卒業期数は、祥子の1期下、訓練校18期A卒だ。 彼女の夫と、祥子の夫も同期生になる。

「私は『魚重』さん家の響君より、『9期』しか違わないもんねー! 2桁違いじゃないもん、1桁違いだもんねっ!」

「なっ!? なによ!? 四捨五入すれば、立派に2桁違いじゃない! それに9期違いも10期違いも、若い人には殆ど変わらないのじゃなくって!?」

「ほっほー? じゃ、祥子さんは自分が『小母さん』だと認めている、と・・・」

「愛姫ちゃん!」

若い主婦2人の言い争い(?)を、向うで子供達の遊び相手をしていたウィソやナユン達が溜息交じりに見ている。 『魚重』の龍浪の小母さんは豪快に笑い飛ばしていた。

「あら? 何やら楽しそうですわね・・・皆さん、お疲れ様です」

少し妙な発音の日本語に振り返ると、難民キャンプの中でボランティア活動を続けている教会のシスター・・・ローマン・カトリック教会の修道女が笑顔で立っていた。
濃紺色のゆったりとした質素な丈長のワンピース。 頭にはウィンプル―――教会のシスター・アンジェラだった。 横には『見習』のシスター・エルザも居る。

「おや? シスター・アンジェラ。 アンタもお疲れさんだね。 大変だったろう?」

バザーは元々、『カリタス修道女会』修道院のシスター・アンジェラと、同じく難民キャンプ内の『聖ヨハネ・ホスピタル独立修道会』のパウロ・ラザリアーニ院長の提案だった。
2人の聖職者たちは、難民キャンプ内に漂う無気力感と絶望感を何とか、本当に一時的にでも何とかしたいと思い、そして冬を迎えるこの時期、難民の体調を心配していた。
そこで日頃から付き合いのある、近所の商店街の自治会長や、付近のいくつかの町内会長に相談を持ちかけ、今日のバザーが開催される事になったのだった。

「いいえ・・・私は、神の愛が示された事に、感謝するだけですわ。 皆様の博愛が、キャンプの皆の上に神の愛として、与えられた事を感謝します」

「あはは・・・大げさだよ、シスター・アンジェラ、そんな・・・」

「ええ、そうですよ? シスター・・・私たち日本人は、キリスト教信者は多くは有りませんけれど・・・『困った時は、お互い様』と言う言葉も有るのですよ」

「まあ、それは・・・まさに、神の隣人愛の教え、そのものの言葉ですわ! ミセス・周防! 私、感激しましたわ!」

「あ、あら・・・」

「あ、あはは・・・なんかねぇ、このシスターと話していると、調子が狂っちゃうよね・・・」

年の頃は自分達より10歳ばかり年上だろうが、それでも無垢で純真な少女の様な所のあるシスター・アンジェラとの会話は、時に気恥かしくなってしまう。
所でシスター・アンジェラも、後ろに居るシスター・エルザも、『シスター』と言う言葉の印象からほど遠い事をしている。 リヤカーを引っ張って来たのだ。

「あの・・・シスター・アンジェラ? シスター・エルザも。 それは一体・・・?」

遠慮がちに祥子が聞くと、2人のシスターはこの冬も間近の季節に、額に汗を浮かべながら微笑んで答えた。

「はい。 修道女会の本部から、要請しておりました品物が届いたのですわ。 それに最近になって、修道女会を支援して下さる様になった方々からも・・・」

「ええと・・・赤ちゃんのおむつに、粉ミルク。 それに女性と子供用の下着。 それにマフラーと手袋、などなど、です・・・」

欧米系のシスター・アンジェラと違い、シスター・エルザは歴とした日本人だ。 少し表情の乏しい20歳過ぎの女性だが、この時は嬉しそうな表情を見せた。
難民キャンプは慢性的に物資が不足している。 衛生状態の悪さもそれに拍車をかけ、一度病気になれば抵抗力の低い子供や老人は、バタバタ倒れて中には死んでしまう者もいた。

「今度、町の鉄鋼所さんと大工屋さんのご厚意で、キャンプの中にお風呂屋さんを作って貰う事になりましたの。 今までは川(荒川)の水で、水浴しか出来ませんでしたので・・・」

それでも、帝都にあるこの難民キャンプはまだ、恵まれていると言える。 地方の、それこそ過疎化した廃村を宛がわれた難民キャンプでは、物資不足で餓死者さえ出たのだ。

「・・・『袖すり合うも他生の縁』 難民キャンプも、なんだかんだで『お隣さん』だよね・・・」

「ええ。 『愛するとは、誰かに親切を施したいと望むことである』・・・主人の受け売りだけれど」

祥子と愛姫が、ポツリとこぼした。 そんな2人を微笑みながら見ていたシスター・アンジェラもまた、小さく呟いた。

「・・・『親切にしなさい。 あなたが会う人はみんな、厳しい闘いをしているのだから』―――プラトン。 そして、厳しい戦いに出向かれる貴女がたに、神のご加護を・・・
あ、あの方ですわ。 最近、御縁が有って修道女会に支援を頂く様になりましたの。 ご紹介しますわ・・・伯爵夫人、こちらが今回のバザーにご協力頂きました方々ですの」

伯爵夫人―――その言葉に祥子も愛姫も、思わず身構える。 この国で爵位を持つ者と言えば、昔ながらの公家貴族か、ご一新後の武家貴族・・・いずれにせよ、上流階級だ。
シスター・アンジェラの声に1人の美しい婦人が振り返った。 年の頃は2人と同じくらいか、長い髪を上品にアップに纏めている。 
一見地味に見える焦げ茶色のロングのワンピースに白のトッパーコート。 足元はショートブーツ。 『・・・何気に、お金が掛っているわね・・・』と愛姫が呟いている。

「ミセス・周防。 ミセス・長門。 ご紹介しますわ、当修道女会のパトロンをして下さっておられます・・・」

「あっ・・・」

「ええっ!?」

シスター・アンジェラが最後まで紹介する前に、祥子と愛姫が驚きの声を上げる。 伯爵夫人と呼ばれた妙齢の婦人も驚いた顔をしていた・・・シスター・アンジェラが固まった。

「緋色・・・じゃないや、緋紗!?」 

「・・・神楽緋紗斯衛大尉?」

「まあ・・・綾森少佐に、伊達少佐・・・」

「あの・・・ミセス・周防にミセス・長門は・・・菊亭伯爵夫人の緋紗様とは、ご旧知でいらっしゃるのですか・・・?」

「菊亭・・・」

「伯爵夫人ー!?」

「あ、あの・・・伊達少佐。 あまり大きな声では・・・」

「あ、ゴメン・・・」

紹介された『伯爵夫人』とは、祥子と愛姫の戦友で、今は結婚して産休に入っている宇賀神(旧姓・神楽)緋色陸軍少佐の双子の姉、菊亭(旧姓・神楽)緋紗その人だった。
彼女とは双子の妹の縁で、昔からの知り合いの斯衛軍将校だった。 それに98年のBETA本土上陸時には、斯衛軍戦術機甲中隊を率い、北近畿の防衛戦を戦った衛士だ。

互いに驚きが収まった後で、それぞれの近況を話しあった。 神楽緋紗斯衛大尉は、99年の『明星作戦』終結後に予備役に移った。 実家の意向だった。
そして翌2000年の春、かねてよりの婚約者だった菊亭伯爵家(五摂家の九条家譜代)嫡男と結婚。 今年になって夫が家督を継ぎ、正式に『伯爵夫人』になったと言う。

「ええ、そうですの。 シスター・アンジェラとは以前に出席させて頂いた慈善パーティーで・・・それ以来、修道女会の支援をさせて頂いておりますの」

かつての知り合いにして『戦友』が、今ではすっかり上品な上流貴婦人になっている様を見て、祥子も愛姫も言葉が無い。

「・・・世が世なら、緋色もこんな感じ?」

「ちょっと・・・想像つかないわね」

目の前の貴婦人の双子の妹は、愛姫の訓練校同期で、祥子の1期下の、歴戦の戦友である。 衛士だ。 その彼女が、姉と同じような貴婦人然とした所は・・・

「・・・妹は・・・緋色は、実家に、武家社会に反発しておりましたから・・・」

ちょっと影を含んだその表情に、祥子と愛姫が慌てて話題を変える。 菊亭緋紗の双子の妹、宇賀神緋色は未だ実家からは勘当されている身なのだ。

「あ、そうだ。 緋紗・・・って、伯爵夫人は・・・じゃない、伯爵夫人様は・・・」

「昔の通り、緋紗で結構ですよ、愛姫」

「・・・おっけ。 じゃ、緋紗。 緋紗は前から修道女会の支援を? 難民キャンプも?」

「ええ。 微力ではありますが・・・夫にもお願いして、宗家様(五摂家の九条家)にも難民支援の嘆願を・・・宗家様でしたならば、将軍殿下へも、と思い・・・」

途中で言葉が切れる、どうやら捗々しくない様子だ。 そんな表情の友人を、祥子と愛姫の2人が気を遣っている。

「ま、まあ、直ぐにって訳にはいかないかも。 その内、良くなるよ、うん」

「そうよ・・・それに議会でも難民支援予算の見直しが、論議されている事だし。 内々の話でも有ったのではなくて? 緋紗、貴女の働きかけのお陰かも?」

「・・・そうだと、宜しいのですけれど・・・」

少しだけ笑みが戻った菊亭緋紗が、力なく笑う。 どうやら己の無力さが歯痒いようだ。 そんな旧知の友人の姿に、祥子と愛姫は内心で良心が痛む。
彼女達は知っていた、現役の軍人、それも少佐の階級を有する佐官として―――来年度予算は、難民支援予算は更に削減される。 その分、国防予算が増額される事を。
特に祥子は国防省機甲本部の少佐部員だ、軍中央官衙に所属している。 その手の情報はいち早く耳に入る。 愛姫も実施部隊の大隊長で、ある程度のオフレコ情報は入手出来る。

そんな3人の様子を戸惑いながら見ていたシスター・アンジェラだが、やがてホステス役の立場を思い出し、気を取り直して色々と話を振り始める。
祥子と愛姫、それに緋紗も、そこまで気が回らない女性では無い。 やがて何気ない話題に、明るい笑い声が晩秋の空に響き始めた。










2001年11月5日 1430 本帝国 帝都・東京 市ヶ谷 総合国防庁舎・統帥幕僚本部ビル


「未だに戦闘団(A機動旅団)が生き残っているのが、奇跡よね・・・B(戦闘団:機動旅団)は今朝がた、目出度く全滅したわ・・・くそったれ!」

いつもは冷静な、戦闘団情報参謀を務める三輪聡子少佐が、フレームレスの眼鏡の奥で、真っ赤に充血した目を細めて悪態をつく。
傍らの第151機械化装甲歩兵大隊長・皆本忠晴少佐や、第151自走砲大隊長・大野大輔中佐も同じ表情だ。 その奥で2人の女性指揮官が、ぐったりと椅子に坐り込んでいる。
第153自走高射大隊長の井上佳寿子少佐と、第154戦術機甲大隊長の間宮怜少佐だ。  153自走高射、154戦術機甲の両部隊は、演習3日目の昼前に全滅判定を受けた。

「・・・よし! 師団本部との連絡が取れたぞ!」

第152機動歩兵大隊長・江波東吾少佐の声に、ブース内に少しだけ明るい空気が回復した気がした。 が、それも次の声にかき消された。

「・・・堂林山山頂に、重光線級を確認した」

第151戦術機甲大隊長・周防直衛少佐の声に、皆が固まる。 堂林山? 佐渡市役所の北西約4kmの小高い山だ。 
あそこに陣取られたら、完全に周辺10km以内の頭を抑え込まれる。 いや、それだけでは無い。 北の両津湾をも、レーザー照射の範囲内に収められてしまう。

「R(R戦闘団)はっ!? 現在地はどこだ!?」

「光線級吶喊! おい、周防さん!」

「無茶言うな、篠原さん! 全中隊、出ずっぱりだ! 出す部隊が無いんだ!」

「R(R戦闘団)は!? どう動いている!?」

「Rから戦術機1個中隊8機、光線級吶喊、出ました!」

その言葉を聞いた戦術機甲参謀役の周防少佐が、モニターの戦況が面を睨みつけながら、苦渋の声で告げる。

「西から戦術機を1個中隊回す。 機甲と機装兵は、10分そのまま持ち応えてくれ・・・」

BETA相手の中近距離線で、戦闘車両と機械化装甲歩兵だけでの戦いは、いずれ突破されるのが目に見えている。 その間隙を塞ぐのが、戦術機の主任務なのだ。
その戦術機を1個中隊、外すと言う。 戦闘団は既に1個戦術機甲大隊分の戦力を消耗した。 現状では定数を下回った1個大隊しか残っていない。 そこから1個中隊・・・

「・・・判った、10分な」

「10分以上は持ちこたえられない。 その時は後退して戦域を縮小するしかないぞ?」

「それで良い」

そうなれば当然、RとAから分派された光線級吶喊任務の2個戦術機中隊は、BETA群の中で孤立する。 恐らく全滅判定だ。
だが今はやらねばならない、やらなければ2個戦闘団が全滅する。 その為に-――状況の把握・分析と任務達成の為に、時には『どの部下を死なせるか』を決断せねばならない。

第15師団A戦闘団のブースから演習統帥司令部へ、戦術機2個中隊による光線級吶喊の行動開始が伝えられたのは、その30秒後だった。









2001年11月5日 1650 日本帝国 帝都・東京 赤坂・料亭『胡蝶』


「・・・少佐如きには、不似合いだな」

帝国陸軍・久賀直人少佐の漏らした呟きは、日が没しかけた晩秋の闇に飲まれてよく聞き取れなかった。

「・・・は? 少佐、何か仰いましたか?」

「いや・・・それよりも高殿、貴様が言う、『俺に会わせたい相手』とは・・・一体、どんな人脈で辿りついた?」

久賀少佐の言葉に、高殿大尉が少し言い淀む。 細い路地の先にあるその料亭は、近年軍の、それも陸軍の高官(少なくとも将官以上)の御用達と言われる高級料亭だ。
軍人が使う料亭も、明らかにランクが有る。 尉官が使うのは『浮橋』、『橋姫』と言った標準的な料亭。 佐官になると『藤紫』、『玉鬘』と言った高級料亭になる。

これが将官ともなれば、『紅梅』やこの先にある『胡蝶』と言った、超高級料亭を使う事が多いのだ。 とても少佐や大尉が軒を跨げる場所では無い。
だから久賀少佐は暗に、高殿大尉に問い質したのだ。 『陸軍将官の、一体誰に会わす気だ?』と。 非公開に会う、つまりその将官の派閥に組み込まれると言う事だ。

「決して・・・決して、派閥取り込みなどと言った、下衆な事ではありません、少佐。 その立場は兎も角、真にこの国の将来を憂いておられる方々です」

真剣に表情で話す高殿大尉と、内心で胡散臭げに思う久賀少佐。 上官と部下は一瞬、視線をぶつけ合ったが、久賀少佐が次の瞬間逸らせた。

「・・・まあ、いい。 行けば判るか」

「はい」





―――行けば判る・・・か。

確かにあの時、自分はそう言った。 しかし、突いた藪からこれ程の大物が出てこようとは。 久賀少佐も流石に内心で驚いていた。

「少佐、貴公の事は、よう聞いておる。 軍でも最早、宝石並みに貴重な大陸派遣軍初期からの生き残り・・・有能で、勇敢な指揮官じゃとな」

「・・・はっ 恐れ入ります・・・」

酒杯に注がれる酒精を、やや緊張した面持ちで見つめる久賀少佐。 流石に仕方ないだろう、今目の前に居る人物達の地位や立場を考えれば。
軍事参議官・帝国陸軍大将・間崎勝次郎。 陸軍教育総監を務め、そして96年の朝鮮半島出兵に際して、その指揮官選出問題から罷免され、東部軍管区司令官に格下げ左遷された。
その後、98年のBETA本土上陸後の1998年10月に、現在の東部軍管区司令官・篠塚吉雄陸軍大将と交替し、軍事参議院入りした人物。 皇道派の超大物だった。

「まあ、そう固くならずに、少佐。 今日はごく内輪の集まりだ、無礼講、無礼講」

そう言って笑うのは、本土防衛軍総司令部で高級参謀(支援担当副参謀長)を務める、扇谷仙太郎陸軍少将。 元は98-99年の頃、西関東防衛戦を師団長として戦った人物だ。
他に第1軍司令官・寺倉昭二陸軍大将に、東部軍管区参謀長の田中龍吉陸軍中将。 皇道派がこの帝都に残す、最大にして最後の砦、と言われる将官達だった。

「少佐、貴公が儂らを忌避しておるのは判っておる・・・ああ、よい、よい。 信条は己の中で屹立すべきじゃ、己と違うからと言って、責める事では無い・・・
うん、儂はな、軍人が政治活動に参加して革新運動をやると、軍隊を破壊するだけでなく、日本の国を危うくすると認識しておる。
そういう事を盛んに、声を大にして叫ぶ様な思想の持ち主は注意人物じゃ。 軍人がそんな連中に近づく事は、警戒せねばならん・・・」

おや? 久賀少佐は間崎大将の言葉に内心で疑問を感じた。 間崎大将こそが、陸軍教育総監時代に士官学校教育を『尊皇絶対主義』に染め上げたのではなかったか?
自分も今や、表向きは属する事になっているらしい『帝都戦略研究会』なる、若手将校達の勉強会の参加者の多くが、間崎大将が教育総監時代に陸軍将校教育を受けた者達だ。

「ふむ、不思議か? 儂はな、この国の統治権の主体が皇帝陛下にある、そう考えておるだけじゃよ」

「・・・『国体明微声明』 古くは70年以上も前から、延々と繰り返されて未だ決着がつかない、憲法学上の命題ですか?」

如何に『無礼講』などと言っても、たかだか少佐が、大将に対して面と向かって言う範囲を越しているかもしれない。 が、久賀少佐の内心の何かが、言わざるを得なかった。
が、間崎大将はそんなことには無頓着の様に、おう、よく勉強しているな、結構、結構―――そう言って笑うだけだった。 寺倉大将と扇谷少将もだ、田中中将は少し渋い顔だが。

「・・・立憲君主制度での、君主がその国の最高機関、即ち主権者としてその国家の最高意思決定権を行使する、という主張も、判らんでも無い。
そして主権者たる君主を輔弼する為に、議会と議院内閣制度が有ると言う事もな。 じゃがな、少佐。 今の我が国を見るに、果たしてその様な制度、使いこなせておるかの?」

政党は党利党益を追求し、政党議員はその主義主張よりもまず、選挙に勝つ事を最優先に捉える。 その為には今日の政党を、明日には鞍替えする事に恥じる気配すらない。
そして議会とは、その背後に『政治献金』と言う武器で業界利益を追求する企業群―――とりわけ、日経連を牛耳る光菱などに代表される大財閥の、利益代弁者と化している。

「今の首相はの、一応は与党所属の政党政治家じゃが・・・その中での少数派じゃ。 今時珍しい、身の回りの清廉な人物じゃ・・・よって、政党と議会を御しきれん」

本来ならば、ある種の尊敬に値する人物なのだろうが―――間崎大将の言葉は、久賀少佐に一種の衝撃を与えた。 これまで全く接点が無かった事も有る。
どだい、一介の野戦指揮官の少佐と、帝国3軍の枢機を論じる軍事参議院の参議官たる陸軍大将とでは、接点など全く無いに等しい。
(軍事参議院は、政威大将軍、国防大臣、統帥幕僚本部総長、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長、航空宇宙軍作戦本部長、元帥府に列せられた3軍の大将、他に推薦の有る大将達から成る)

古くは『君主機関説』から始まる『国家法人説』だが、果たして日本帝国はそれを使いこなせるのか? いや、その考えは日本古来の歴史が育んだ、日本人の意識に合致するのか?
国家法人説に始まる、君主機関説を否定する訳ではない。 世界の君主国家には、様々な国が有る。 いずこの君主国には合う、と言う場合もあろう。 だが・・・

「統治権の意味では国家主権、国家意思最高決定権の意味では君主主権(皇帝主権) じゃがな、その国家主権を、その意志最高決定権を輔弼する内閣と国務大臣・・・
その連中がの、この国では昔から、利権誘導の衆愚政治の結果でしか、選出されておらんのじゃよ。 それでどうやって、この国の主権を守りながら、未曾有の国難に対処する?」

危険だ―――この男の言葉は、危険だ。

久賀少佐の脳裏で、何者かが盛んに警告を発する。 迂闊に聞き惚れていれば、いつの間にか引き摺り込まれてしまいそうな熱を持っている。
そうか・・・連中、士官学校や軍訓練校時代に、この言葉に染められたのか。 確かにまだまだ未熟な10代後半の少年少女達ならば、いつの間にか『洗脳』される事だろう。

だが同時に、久賀少佐の中でもう1人の別人が囁いている。 お前は他の国々を見てきた、 どうだ? 国内の意志を統一出来ず、他国に引っ張られ、揚げ句に国土を喪った国家は?
自分達の意志さえ明確に持たず、あっという間にBETAに飲み込まれた東欧諸国は? 保守・革新・宗教が入り乱れ、揚げ句に瞬く間に国土を蹂躙されたドイツやフランスは?
地域毎の帰属意識が強過ぎ、国家への帰属意識が希薄すぎたイタリアは? イベリア半島は地政学上の最重要拠点として、米軍の後押しが有ってこそ、維持しているに過ぎない。
英国―――あの、議会内閣制、立憲君主制、『君臨すれども、統治せず』とさえ言った英国でさえ、非常時における挙国一致内閣の利点を認めているぞ?

「・・・閣下のお考え、その趣旨を我が国に当て嵌めるならば・・・期間を区切り、一時的に全権を委譲された挙国一致内閣。 先の大戦時における、英国政府の様な、ですか?」

「うむ。 議会の利権誘導に邪魔される事無く、財閥に後ろから刺される事も無く、政党による数の(議員定数上の)掣肘を受ける事も無い。
真に、我らが祖国を襲う未曽有の国難に対し、帝国が一致団結、これに立ち向かうべく組閣された挙国一致内閣・・・久賀少佐、貴公の言、我が意を得たりじゃよ」

果たしてそうかな?―――挙国一致内閣では無く、古の共和政ローマの如く、期間限定の独裁執行官じゃないのか? 
一歩間違えれば、既に政治的実権を喪失した五摂家に変わる、新たな『将軍家とその藩塀』の出来上がり、じゃないのか?
この手の話は昔、まだ欧州に居た頃に友人2人とよく語らったものだ。 歴史に詳しかった長門。 ご先祖の出自故に、武家に反発を覚えていた周防・・・

(なあ・・・お前達なら、どう考える?)

そう思った瞬間、久賀少佐は内心で苦笑した。 親友たちの返事が容易に想像できたからだ。

(『久賀よ、貴様、歴史上の愚者の列に並びたいのか? 呆れた奴だな・・・』)

長門ならば、きっとそう言う。 そして・・・

(『・・・酔っているのか? 水でもぶっかけるか? それとも・・・拳を見舞った方が、効き目が良いようだな! 馬鹿野郎!』)

意外と熱血漢な所の有る周防なら、本当に殴りかねない。

(・・・だがな、周防、長門。 だがな・・・)

不意に現実に引き戻され、そして妙に用心深い声色の田中中将の声が耳に入った。

「久賀少佐、君の所の第3戦術機甲連隊の第3大隊(第1師団)、多くの若者達が憂国の至情に至ったと聞く。 そこに君の様な経験豊かな、優秀な指導者が居てくれると、心強い」

俺の役回りは、クーデター部隊の指揮官か? さて、沙霧はどうする? そしてどうして奴は、今この場に居ない?

「・・・富士の教導団にも、志を同じくしてくれる同志達が居ます。 沙霧は本日、富士の方へ行っております」

部下の高殿大尉が、上官の心中を察したかのように、先に答える。 噂に聞いていたが、富士の連中もか。 どうやらその『勢力』は、久賀少佐の考えていた以上に、大きかった。





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