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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 暗き波濤 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/08 00:02
2001年10月2日 1450 日本帝国 帝都・東京 光菱帝都銀行前


「―――天誅!」

叫び声に続き、数発の銃声が上がった。 そして悲鳴と怒声。 重厚なイギリス・クイーンアン様式の外観を持つ光菱1号館前に、突如として発生した惨劇。

「け、警察を!」

「逃げろ!」

「だっ、誰かっ!」

周りの群衆はパニックを引き起こし、我先に勝手な方向へ逃げ去ろうとし、それが更なる衝突を引き起こす。
更に銃声が響き渡った。 群衆は恐怖に満ちた視線で、銃声の鳴り響いた方向を顧みる。 そして目撃した、銃を手にした1人の軍人が自らの頭部を撃ち抜き、倒れている姿を。
その傍らには、自決した軍人が射殺したと思しき、初老の民間人の射殺体―――後で判明する事だが、光菱財閥中枢の光菱帝都銀行副頭取だった―――が、血を流して倒れている。

遠巻きにその惨劇後を見守っていた群衆の耳に、ようやくの事で警察車両のサイレンの音が聞こえて来た。

被害者は日本の財界を牛耳る巨大財閥のひとつ、その中枢にあって経済界を左右し続けて来た大物経済人。 犯人は国粋派と目されていた陸軍軍人。

2001年10月2日、『光菱前の惨劇』、或いは『光菱天誅事件』であった。









2001年10月5日 2250 帝都・東京 府中陸軍基地 第1師団第3戦術機甲連隊


「国難、ここに極まれり! しからば今こそ我等が起って、その正道を正すしかあるまい!」

「我が国は皇帝陛下、そして将軍殿下と国民が一体化した民主主義国家だ! しかし今や財閥や、それに結託する腐敗政党によって、その一体性が損なわれておる!」

「政党は上に傲れども、国を憂うる誠なし! 財閥はその富を誇れども、我が帝国の社稷を思う心なし!」

「このままでは、我が国はBETAによる脅威以前に、ごく一部の佞臣共の栄華の陰で、国が滅ぶ! 連中は民を盲させ世に踊らせる! 最早、治乱興亡は一局の碁である!」

将校集会所に参集した下級将校団、その一部から威勢の良い、だが焦りに似た悲壮な発言が飛び出す。 他に頷く者たちが居る半面、敢然と、或いは潜在的に反発する者達も居る。

「国難の極まりは、今更言うまでも無い! 要はその国難を乗り切るのに、如何に我々が役割を果たすかだ! 我々は軍人だ、戦場で戦い、銃後を安んじる、そうじゃないのか!?」

「確かに、現政権の政策には疑問も多い。 しかし我々は軍人だ、国家の番犬だ。 その番犬が主人を引っ掻き廻して、一体どうすると言うのだ!?」

「民主国家と言うのであれば、我が国にも議会が有る。 正道を正すと言うのならば、その議会で行うべきじゃないのか!?」

反発する下級将校達の方も、次第に熱がこもってくる。 やがて両者の間に険呑な空気が流れ始める―――ここ最近は、こうした関係が続いていた。

「その議会が、機能しておらんのだ! 議会与党が選任した内閣も然り! 民意を無視し、陛下や将軍殿下の御意向をも無視して、統制派と結託して国体と国政を歪ましている!」

「政党などは最早、政治業者と化した、堕落した衆愚政治業団体だ! 各々の利権に繋がる財界と結託し、己の権益を貪る事しか頭にない!」

「新たなる維新を断行せねば、この国はBETAという新たな外圧、更には国際社会からの介入と言う旧来の外圧、双方の前に滅ぶしか道は無い!」

「将軍殿下によって指導された、目覚めた国民によるクーデターでしか方法は無い! 我等はその礎とならん!」

「最早、離騒悲曲の刻は去れ!  悲歌慷慨の日は去れ! 今こそ廓清の血を躍らせよ、国を憂う者こそ、起つ時だ!」

反発する側も、かなり熱くなる。 

「何を言うか! クーデターだと? クーデターだと!? そんな亡国の手助けなど、絶対に容認できん!」

「今更、100年以上も昔に先祖返り出来るものか! 民意も有る! 国民の全てが、奴隷根性に侵されていると思うな!」

「将軍家や五摂家などは、過去数十年に渡って現実政治から遠ざかって来た、最早象徴の様な存在だ! 今更、国家運営の舵取りを取れると思っているのか!?」

「急激な改革は、結局は長きに渡る混乱を引き起こす! フランス革命を見ろ! ロシア革命を見ろ! 身近では辛亥革命を見ろ! 貴様らは混乱の最中に、祖国を滅ぼす気か!?」

激昂する2派の将校達。 前者は主に、陸軍士官学校出身の若手の中少尉達。 後者は一般大学を卒業、又は中途で学徒動員を受けた学士将校―――予備将校の中少尉達。
そんな両者を冷ややかな目で見つめる、戦場経験のある将校―――各種訓練校出身のノンキャリア中尉達。 その後輩の少尉達は未だ20歳前の者が多く、戸惑いを隠せないでいた。

やがて騒ぎを聞きつけた当直司令―――訓練校出身の大尉―――がすっ飛んで来た。 険しい表情でその場の解散を命ずる。 が、頭に血が上った若い将校達は引き下がらない。

「大尉殿! 是非、大尉殿の見解をお聞きしたくあります!」

陸士出身の中尉達の中でも、その中核と目される人物が喰ってかかる。 当直司令の大尉は内心で辟易しながらも、何か言わねば収まらない事も判っていた。
目を血走りさせた中少尉達を前にして、少し考える様な表情をしていた当直司令の大尉は、徐に口を開いた。

「・・・諸君等の国を思う至誠を、私は疑わない。 今この国は、内憂外患、まさに亡国の瀬戸際と言っても良い」

ゆっくりと話しだす、当直司令の大尉。 居並ぶ中少尉達は息を飲んで聞いている。 果たしてどちらなのか? 大尉の至誠は、どちらなのか?

「昨今の政治不信、国民の窮状・・・問題は多く、解決の糸口は未だ見えず。 しかれどこれは、我々日本人が乗り越えねばならない問題なのだ。
我々日本人が、真に自覚して真摯に受け止め、己が痛みをも覚悟して改変して行かねばならない。 でなくば、我々日本人は永劫に変わる事は出来ない」

大尉は年若い中少尉達を見回しながら、ゆっくりと話を続けた。

「・・・そして、我々は軍人なのだ。 望むと望まざるとを問わず、祖国を護るべき責務を宣誓した帝国軍人なのだ。 
ならば、すべき事はひとつ―――その責務を果たし、国民の目前に我々の至誠を示す事だ。 痛みを伴わずして、変革無し。 
ならば我々は、その変革の礎となる。 我々の至誠によって覚醒した日本の朝ぼらけ、その先駆けとなる、本望じゃないか」

大尉の言葉はどちらとも取れた。 自分達が率先して変革をもたらす―――クーデターの容認なのか。 それとも国民自身の覚醒―――痛みを承知で変革を為す事への期待なのか。
だがその言葉は頭に血が上った若い将校達に、一度頭を冷やす効果をもたらした事に違いは無かった。 乱闘寸前の空気に達していた将校集会所は、幾分和らいだ空気に変わった。

「解散したまえ。 諸君等の今の責務は、如何にして与えられた任務を遂行するかだ。 その能力を磨くかだ。 そして休む事も、その任務の内に入るのだ―――おやすみ、諸君」





「大隊長、騒ぎは収まった様です。 高殿大尉が、上手く収めた様です」

大隊副官からの報告に、第3連隊第32大隊長の久賀直人少佐は無言で頷いた。 最近は第1師団内に蔓延する国粋派思想、その『感染者』が第3連隊でも急増している。
若手の中少尉達の間では、既にほぼ多数派を占めていると言っても良かった。 大尉連中の中でも、そのシンパは多い。 少佐にとっては頭の痛い事柄であった。

それだけでは無かった。 先日、事もあろうか1人の陸軍軍人―――小平通信学校の教官をしていた陸軍大尉―――が、帝都で民間人を白昼、射殺すると言う事件が発生した。
国内は一気に動揺し、国家治安を預かる内務省と、軍事犯罪として処理したい思惑の国防省との対立が一気に噴出した。 統制派内部の主導権争いに発展していると言う。

―――そして軍中央は一昨日、全部隊・全機関に対して粛軍の指示を出すに至った。

やがて報告に、当直司令である高殿大尉が大隊長室へやって来た。 光州作戦の初陣を皮きりに、本土防衛戦を戦い抜き、続く明星作戦にも参加した新進気鋭の大尉。

「―――大隊長、本日、『異常無し』であります」

「―――ご苦労さん、高殿大尉」

暫くの間、事務的な会話が続いた。 やがて副官が所用で大隊長室を出て行った後、高殿大尉は改めて久賀少佐に向き直り、真剣な表情で問い始めた。

「少佐・・・どうしても、同調は頂けませんか?」

「・・・くどい。 俺の仕事は、貴様らの手綱を引く事だ。 鞭を入れて暴走さす事じゃない」

「暴走ではありません、我々は至って冷静です。 今、事を為さねば、本当にこの国は内部から崩壊してしまいます」

「・・・貴様らならば、その崩壊を防げるとでも?」

「我々に権力への欲は有りません、ただ正道を取り戻したいだけで有ります」

「・・・その『正道』とやらを取り戻した後は? 貴様ら以外の、一体誰が流血の跡を掃除すると言うのだ?」

「必ずしも、血が流れるとは限りません。 しかし、その事態となれば、我々はその責めを一身に負う所存。 後はこの国、本来の在り方に戻る・・・」

「馬鹿者っ!」

それまで勤めて無表情で対応していた久賀少佐が、大隊長執務机を両手で叩きつけ、怒声を上げた。 歴戦の将校らしい、殺気が籠った圧力を感じる怒気だった。

「この、馬鹿者っ! 貴様は、貴様らは! 軍人に与えられた『力』の根源を、一体何だと思っているのだ!? 何を勘違いしているのだ!」

大隊長になってからの久賀少佐は、普段は声を荒げない、物静かな指揮官と見られていた。 だからここまで怒気を放つのは珍しい―――高殿大尉は、九州時代の少佐を知らない。

「我々軍人は、国家の認めた暴力の執行者だ! 数万、数十万の人々を殺し、幾つもの街を破壊し、夥しい山野を焼く! 軍とは国家の持つ暴力装置に他ならない!
だがその暴力執行の『根源』は、あくまで国家の主権と国民の生命財産、そして人権を守護する為に立脚しているのだ! その箍が無くば、軍とはただの賊に劣る!」

久賀少佐の怒気の迫力に圧倒されながらも、高殿大尉もまた、己の思う所に譲りはしなかった。 視線に力を込めて、久賀少佐に向き合う。 
少佐もまたそんな部下に対し、一歩も引かずに怒気を発しながら、しかし若い部下に対して教え込む様に言う。

「いいかっ!? 貴様らの言っている事は、その根源を根底から否定する事だ! 忘れておるのならば、言ってやろう! この国には民意で選出された議会が有る!
その議会が選任した内閣が有る! 我々軍は、軍人とは、その文民統制を受ける立場なのだ! 胡乱かもしれん、内閣の能力が足りぬ場合があるかもしれん。
だがそれは、その時の我が国の限界なのだ! 内閣も! 民意も! 国内外情勢も! その限られた中で、最悪であってもその中の最善を尽くす! 
それが、それこそが国家の暴力装置たるを担う、我々の責務なのだ! 我々が持つ巨大な暴力の力は、制限を受けるべきものだ! 己が激情に任せて使って良いものではない!」

一気に言い切って、暫く視線をぶつけ合う久賀少佐と高殿大尉。 祖国の窮状を目の当たりにして、片や己が責務の完遂を。 片や国家の救済を。

「・・・我らが祖国の社稷は、皇祖帝以来、連綿と受け継がれてきた御国の平安であります。 形ある物では無い、この国に暮らす人々の平安の暮らしであります。
今まさに、その社稷が侵されようとしておるのです、BETAと言う、巨大な外圧によって。 そしてその外圧に抗すべき今、御国は麻の如く乱れております。
権力の中枢に居座る者達は、上を畏れる心は無く。 財有る者達は、その利を追求するに汲々と為さんとしております。 そして民は光すら与えられず、盲いたまま」

―――これが、平安と言えるでしょうか?

底冷えする様な、静かな声で高殿大尉が久賀少佐に言い放つ―――貴方には見えないのか、人々の惨状が。 貴方には聞こえないのか、人々の怨嗟の声が。

「我々とて、未だ年端も行かぬ、あの『御方』を担ぎ出す事に、忸怩たるの想いが有ります。 ですが今の祖国の窮状、僅かなりとも確かな光が・・・人心を集める核が必要です。
畏れ多くも皇帝陛下、帝族の方々では、下手をすれば国を割りかねません。 しかしながら摂家・・・将軍家で有れば、皇帝陛下の御稜威(みいつ)は損なわれない」

―――あくまで、皇帝陛下より任ぜられた国事全権代理者として、その回復させた権限により、新たな帷幕―――内閣を選任する。
将軍家は皇帝陛下を輔弼する者の筆頭者として、この国の大政を総覧すべし。 内閣はその大政に従い、その与えられた職責を以って国家を運営すべし。

「将軍家は象徴・・・この国に与えられた最後の希望としての象徴、その光となられねばなりません。 今、国民に必要なのはその光・・・耐えるべき、拠り所なのです。
政党は既に地に堕ちました。 財界は利潤追求と言う、彼等の業を捨てる事は出来ません。 そして残念ながら、我々軍部もまた、国民の信に応える事が出来ておりません・・・」

ならば―――ならば、例え暴虐の徒と呼ばれようとも、全ての汚名は甘受する。 最後の大掃除を済ませ、この国の正道を国民に示す。

「・・・その為ならば、逆賊の汚名を着て死んでも良い、と?」

「―――はい」

無言で怒気を発する久賀少佐。 静かな、しかし大きな圧力を受け止めて動じない高殿大尉。 両者は暫く、無言で相対し合っていた。

「・・・駄目だ、俺は認めん。 認められん、その様な理屈は」

久賀少佐が高殿大尉をじっと見据えたまま、腹から響く様な声で言う。

「例えどの様な窮状で有っても、『それ』は国民に自発的な力と行動でこそ、生まれるべきなのだ。 誰かが用意する、誰かに用意して貰うものではない」

「・・・例え、国土が失われようとも?」

「国土が失われようとも。 国家とは、国民が有って初めて成り立つものだ。 であれば、日本人が1人でもいる限り、日本と言う国は存在する、抗し続ける」

久賀少佐はかつて見て事が有る、遙か遠い欧州で。 国土を喪い、他国に避難して辛酸を味わいつつもなお、祖国奪回の戦いを続ける失われた国の人々を。
確かに彼等の祖国は、国土をBETAに侵され、今は消失してしまっている。 だがそれでも戦い続ける彼等―――昔の戦友達の胸中には、確かに彼等の祖国が在ったのだ。

ならば―――ならば、二千有余年もの歴史を有する我らが、それを出来ない筈が無い。 出来なければ、どの顔下げてかつての戦友達に相まみえる事が出来ようか。

「・・・自分の、極めて私事で有りますが」

それまで久賀少佐の圧力に抗していた高殿大尉が、一転してその雰囲気を変じ、呟く様に言った。

「久賀少佐、少佐で有ればこそ、お話しますが・・・自分が狭霧大尉の話に同調した最初の動機は・・・恨みで有ります」

「・・・恨み?」

「はい、恨みです。 自分の家族は・・・官吏だった父と兄、そして母と義姉は、広島で死にました。 1998年の7月、BETA上陸後、10日目でした」

「・・・」

「政府の対応の遅さ、軍中央の予想の甘さ・・・大陸や半島での戦訓など、毛ほども役立っていなかった。 県庁職員の父と鉄道省職員だった兄は、民間人脱出の指揮の最中で・・・
母と義姉も、夫の帰りを最後まで待ち続けていました。 幸い、幼い甥と姪は学童疎開で東北でしたので、無事でしたが・・・私怨です、自分の」

「・・・どうして、俺に語った?」

「―――存じております、亡くなられた奥様の事は。 いえ・・・それだけです。 失礼します、少佐」

そのまま見事な敬礼をし、大隊長室を出てゆく高殿大尉を、久賀少佐はある種の肉食獣の様な視線で見送った。 伴侶との情愛深いある種の肉食獣はまた、その恨みも深いのだ。





大隊長室を出た高殿大尉は、中隊事務室に向かう廊下を無言で歩いていた。 そろそろ隊内の中少尉達に対して、己が旗幟を明確にしておかねばならない。 
彼等をして、改革の戦力とする為にも。 今はまだ、中核メンバーだけでしか動いていない。 しかし、時至れば戦力の確保は急務だ。

(―――大隊長、久賀少佐。 あなたなら判る筈だ。 家族を奪われ、そして民間人をも、この手で殺させる羽目に陥らせた、この恨みは・・・)

その事態を招いた責任は、一体誰が負ったのか?―――誰も負ってはいない、政府も、軍中央も。 ただ名も無き前線の将兵の心に、癒せぬ傷だけを残したままだ。
高殿大尉は、私怨だけで動いていた訳で無かった。 第1連隊の狭霧大尉達の主張にも、共感すべき所が有ってこそ、今に至っていた。 だが・・・

(―――大隊長、それにですね。 自分は・・・自分の手で、父と兄を撃ち殺したのですよ。 あの時、広島駅に殺到したBETA群を阻止する為に。 通信で兄の声を聞きながら・・・)

高殿大尉は廊下の窓から、無意識に夜空を見上げた。 月夜が見事だった。 そして不意に思い出した、今日が帝都周辺に勤務する者達の集う同期会だった事を。

(・・・ああ、また、周防の奴に怒られるな・・・)

昔とは逆転してしまったな。 訓練校時代は、訓練小隊長をしていた自分が、型破りな同期生に小言を言っていたものだったが。

(・・・懐かしい)

戻れないからこそ、過去は美しい。 高殿大尉はその言葉を、噛みしめる様に思い浮かべていた。 











2001年10月7日 日本帝国 帝都・某所


「・・・難しい事じゃよ」

「で、ありますか・・・」

もう何度、同じ言葉を繰り返した事だろう。 目前の老人と相見えて、かれこれ2時間が経つ。

「宗達卿よ、お主も存じておろう。 かの家はご一新の折、最後まで武力討幕を唱え続けた家じゃよ、家風じゃな」

「御老公、その事は重々・・・」

「であればこそ、なのじゃろう。 あの家が将軍位と、現実権力に固執するのはのぅ・・・ あの折、大方が武力討幕に固まっておったのを、いつの間にか朝廷に働きかけ・・・
時のお上(皇帝陛下)の宣旨を得て、いつの間にか公武合体・・・武が主導する新政府をでっち上げたのは、煌武院じゃ。 ふぉっふぉ、煌武院譜代の卿には、釈迦に説法じゃったかの?」

「・・・いえ」

帝都の一角、通りから入った小じんまりとした庭付きの一軒家。 まさかここが五摂家のひとつ、崇宰公爵家先代当主の『隠れ家』だとは、帝国内でも極一部しか知らない。
城内省官房長官、神楽宗達子爵は今夜、密かにこの『隠れ家』を訪れて、隠居後もなお公爵家内に影響力を有し、五摂家最長老でも有るこの老人に面会していた。

「・・・所で済まんの、宗達卿。 酒肴のひとつも出せなんでの」

「お構いなく、御老公。 そう言えば今日は・・・」

「ふむ、孫娘の、月命日でのぅ・・・」

「確か、故・恭子姫の・・・」

「ふむ・・・卿も、あの折には細君を亡くされておったの」

暫く無言で渋茶をすする音が、居間の中に響いた。 やがて崇宰老公が何やら遠くを見る様な目で、ポツリと言う。

「・・・崇宰の家は、同調せぬよ。 九条と斉御司ものぅ。 斑鳩の家は、譜代の洞院が煽っておる。 あの家はご一新の『不手際』で、時の当主が責めを負って腹を切っておる。
煌武院は・・・ふむ、聖護煌武院(煌武院三分家筆頭)の独断じゃの。 あの家ならば、そう見せかけるわ。 事が成就すれば良し、仕損じれば聖護を潰せばよい・・・
宗達卿よ、お主ならよく存じておろう? 煌武院が何故、未だに分家を残しておるのかをのう? あの家は、他の摂家のどこよりも、深い闇を続けてきた故の・・・」

「はっ・・・」

神楽宗達子爵にとって、老人の話の後半はどうでもよい事だった。 彼にとっては、かつての主家の『時代錯誤』など、化石に等しい。
より重要なのは話の前半部分、つまり五摂家の内、少なくとも三家は動かない。 彼等は現状の維持を以って是としたのだ。 ならばそれを手土産にする。

「宗達卿よ・・・」

「何か、御老公?」

老人の言葉を待つ。 茶碗を老いた掌で弄ぶ老人の言葉は、しかし直ぐには出てこない。 それでも待つ。 神楽宗達と言う人物は色々と言われる男だが、人の話は逸らさない。

「儂はの・・・孫娘の最後を知らぬ。 あれが、どの様な思いで死んで行ったか、知らぬ。 じゃが・・・あれも、そんな事は望んでは、おらなんだじゃろ・・・」

その独りごとの様な言葉は、神楽宗達子爵の胸中には、何も変化を起こさなかった。 どこにでも有る話だ、道を歩けばぶつかる類の。
だが同時に思った。 この老人は孫娘を喪った。 自分は妻を喪った。 そして今夜、もう1人会う予定の人物は末息子を喪ったと聞く。
ならば良いのだ。 ならば喪われた、流された血の対価として、自分達は相応の策謀を巡らせる事が出来るのだ。 ああ―――他の連中もそうだ。 いいぞ、楽しもうじゃないか。

それに―――それに自分が為そうとしている事は、結果的には武家社会を救う事になる。 最早、現実政治に韜晦できる筈も無く、ただ社会的象徴と化しつつある落陽の者達。
自分はその、最後の栄光の残滓を守る為に、こうして奔走しているのだ。 クーデターに便乗しての、権力奪取? 馬鹿な、軍部と中央官庁の全てを敵に回す事になる。
そうなればお終いだ、武家社会は全ての特権を剥ぎ取られ、このBETA大戦に国家と民族の命脈の全てをかけようとしている帝国の、その路傍に放り出される。
いや、軍部は速戦で打って出て来るやもしれない。 そうなれば斯衛軍の戦力など、巨大な破城鎚の前の薄紙に等しい。 五摂家と言えど、その血脈は悉く葬られるだろう。

城内省官房長官・神楽宗達子爵は、目立たない乗用車に乗り込み、別の場所へと急いだ。 他に密会すべき人物が居たからだ。
一筋縄ではいかない、いや、下手をすればこちらの寝首を掻かれかねない。 が、非合法特殊工作戦ならば、あの人物が押さえる組織以上の組織は、この日本に無い。
恩義有る上官を売り、切磋琢磨した同期生を見殺し、可愛がった部下を切り捨てる。 目的の為には徹頭徹尾、非情になり切る―――国家憲兵隊副長官・右近充義郎陸軍大将。

生き残る為だ。 この斜陽の帝国で、武家社会がその面子を保ちつつ、生き残る為だ。 神楽宗達子爵はいつしか、小さな声で口に出して呟き続けていた。





「・・・『ホトトギス』より『カッコウ』 『ウグイス』は卵から孵った。 繰り返す、『ウグイス』は卵から孵った・・・」

『隠れ家』の使用人の1人の男が、神楽子爵が出て行った後、勝手口の外で呟くように言った。 地味な服の胸元には、小型の送受信機が隠されて有った。
男は国家憲兵隊の要員の1人だった。 そしてカッコウやホトトギスと言うある種の鳥類は、托卵―――異種の鳥類の巣に己の卵を托し、雛を育てさせる。

―――『ウグイス』は、『ホトトギス』に卵を巣に仕込まれ、己の生んだ卵は全て外に追いやられる鳥だった。

『ウグイスが卵から孵る』―――対摂家工作の進捗、それに連動する国粋世論工作の進捗が、本部に報告されていた。










2001年10月10日 2050 シンガポール リバーサイド シンガポール川上


「・・・では、カンパニーの潜り込ませた『モール』は、これでほぼ出揃った、そう言う訳だな? ロバート?」

白麻のスーツを着こなした、ダンディな雰囲気の中年のアジア系男性が、グラスを傾けながら世間話でもするような気楽さで言う。

「そうだ、直邦。 もっとも『ほぼ』だがね。 それ以外は君の所の情報部門で、把握しているのではないかな?」

こちらも似たようないでたちの白人の中年男性が、葉巻を吸いながら答える。 場所はシンガポールのリバーサイド、シンガポール川のクルーズ船上。 貸切だった。

「それにしても、自国以外でこんな融通を付けられるとは。 直邦、君の国もなかなか・・・」

「君の国が98年以降に、極東・東南アジアのプレゼンスを放棄しただろう? フィリピンを除いて。 それを掠め取ったのさ、技術供与と資本の一部移転を餌にしてね」

「なんとまぁ、悪い所ばかり似て来るね、君の国は・・・我らが元宗主国程では無いにせよ」

一見、普通のクルーズ船。 実際には帝国軍国防省情報本部の息が掛った、大東亜連合軍・シンガポール軍事情報部―――G2-Armyが『提供する』サービスだった。
クルーズ船のスタッフは全てG2-Armyの要員で、その身柄や船自体の『掃除』は、G2-Armyと帝国在シンガポール大使館武官室が、『個人的に信頼する』掃除夫によって行われる。

「船の上なら、盗み聞きはされないか・・・にしても、君がこの時期、ここにいて助かったよ、直邦」

「何を、わざとらしい事を。 それを承知で、ダイレクトメールを送りつけて来たのは、一体誰だ? 
それもわざわざ、女性名で、自宅まで・・・僕が妻への言い訳に、どれ程努力したか、君には判るまい?」

卓上に並べられた料理―――フィッシュボール(潮洲式魚の団子入り麺)を蓮華で掬いながら、日本帝国海軍軍令部第2部長・周防直邦帝国海軍少将が渋面を作って言う。

この時期、大東亜連合内では加盟各国の主要機関同士が集まり、様々な調整会議が為される。 軍事関係も同様で、昨日まで各国軍の軍備統括責任者同士の会議があった。
日本帝国は大東亜連合加盟国ではないが、先程の会話でも有った通り、そのプレゼンスは大きい。 故にオブザーバー参加として、会議へ軍高官を派遣していた。

「僕としてはロバート、君がこのシンガポールに居る事の方が、驚きだよ」

何食わぬ顔で食事を口に運びながら、川面からの夜景を楽しそうな表情で眺めて、何気に物騒なセリフを履く周防少将。 それに対して相手の白人男性も、気軽そうな口調で返す。

「なに、フィリピン出張のついでにね。 美味い中華料理を食べたくなったのさ。 何しろ台湾の方が距離は近いが、ステイツの人間は嫌われているからね」

「味からすれば、広州料理や潮州料理がベースのシンガポールより、上海や北京料理を楽しめる台湾の方が、君等欧米人の口に合うと思うがな?」

「いやいや、ステイツでは最近は、くどい北部の料理や、まぜこぜの中部の料理よりも、素朴な南部料理の方が好まれていてね」

なるほど、ホワイトハウスがどうかは判明しないが、少なくともペンタゴンは台湾よりも大東亜連合の切り崩しを重視し始めた、そう言う事か。
ロバート・クナイセン―――合衆国海軍少将にして、DIA(アメリカ国防情報局)国際協力室長。 親友であると同時に、気の抜けない商売敵と言う訳だ。

「ふん・・・CIAの対日特殊工作作戦、か・・・軍部に財界、政界、それに一部の武家社会まで。 なんとまぁ、マメな事だ」

親米派の政界・財界人を抱き込み、帝国軍内部に『モール』―――潜入工作員を作りだし、クーデターによる米軍の介入を行う。
その後は親米派政権の元、かつて以上の対日プレゼンスを回復し、同時に日本に『掠め取られた』大東亜連合内のプレゼンスをも回復する。

「少なくとも、CIA国家秘密本部は本気だよ。 その中の東アジア部の部長である、ウォルター・ヒューズはね。 だけどCIA情報本部は、ヒューズの作戦を疑問視している。
具体的には情報本部・東アジア分析部長のライオネル・モーガンと、グローバル問題部長のエマ・シーリングが。 外国指導者分析部長のネッド・ジャクソンも懐疑的だ」

「ウォルター・ヒューズ! はっ、何ともはや・・・時代遅れのアメリカ・ファースト主義者の名を聞いたものだ。 義兄が聞けば、何と笑うかな?」

「国家憲兵隊副長官の、右近充陸軍大将か。 ウチの副長官とは、ファーストネームで呼び合う仲だったな」

「だからだろう? 僕に接触したのは? 君等DIAは少なくとも、日本間接統治は割に合わない、そう判断した。 
付き合いづらくとも、統制派が主導権を握る日本の方が話を通し易い、とね? 違うかな? ロバート」

「違わないよ、直邦。 理想主義の美少女に、絶対忠誠を誓うカルトじみた政府や、我が国のネオコンにべったりの対米依存・・・おねだりばかりの、金食い虫政府よりも。
国益の為なら平然と変節漢になる現実主義者の方が話し易い、国際社会ではね。 だからこそ、大東亜連合も日本のプレゼンスを受け入れている。 金と利益で話が付く相手として」

「国際社会は、全てがビジネスだ。 うん、そうだ、お互いに悪意を隠した誠意と言う顔の下で、物と人と金を武器に損得勘定を計算し合いながら商売をする。
ロバート、合衆国国防予算は、来年度は頭打ちだそうだね? 合衆国軍としては、極東戦線にまで大兵力を展開する余裕は無い。 ならば・・・そう言う事だろう?」

「違わないよ、直邦。 だからこそ、僕はそのリストを君に手渡した。 大丈夫、大使館のCIA要員は気づいていない」

「調理方法は、恐らく追って連絡する事になると思う。 いつもの方法でいいかな?」

「OK、できればこちらのアクションを揃える余裕は欲しい。 それと、間違っても女性名で出さない様に。 次に妻に見つかれば、僕は恐らく離婚訴訟をされる」

「おや、まぁ」

真面目な表情のクナイセン少将の顔を、周防少将が面白そうに見る。 何が離婚訴訟だ、この夫婦は結婚後20数年を経た今も、未だ恋人同士の様なカップルだと言うのに。
卓上の中華料理に舌包みを打ちながら、周防少将は内心で全く別の事を考えていた。 義兄に情報を流す事は、当然としてだ。 情報省はどうするか?
最近、軍の一部高官や、情報組織の上級情報監督官の間に、流れ始めたあの噂―――情報省外事2課長の動き。 どうやら必要以上に個人的な動きをしている。

(・・・帰国したら、土産を渡しがてら、姉さん達の家に寄るか)

周防直邦少将には2人の姉が居る。 そしてその子供達の中には、統帥幕僚本部・情報保全本部防諜部に所属する姪と、内務省警保局特別高等公安局(特高)に所属する姪が居た。
情報省自体、身内の外事2課長の動きは有る程度把握しているだろう。 だが連中はそれこそ、国益の為には国家をも売りかねない。 掣肘は必要だ。
情報省内事本部と国内防諜で対立している特高と、軍絡みの外部からの非合法工作を、極端に嫌う情報保全本部防諜部。 彼等は情報省外事2課長を徹底してマークするだろう。

決めた―――情報省にはこのネタは、流さないでおこう。

「さあ、食べよう、ロバート。 美味い料理と酒、魅惑的な夜。 しばし、贅沢を楽しもうじゃないか」

「食後に魅惑的な美女が居れば、パーフェクトだ、直邦」

「ふん・・・君のホテルへ送る様、言っておこう」

「僕の好みは、しっかり伝えておいてくれ」

当然、紐付きの女性と言う位は、この友人も弁えている。 所詮は自分も友人も、同じ穴の狢だ。 ならばこの混乱した世界で、精々楽しませて貰おうじゃないか。

(―――『私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと言うことより、ずるい』か・・・)

昔、未だ青年時代に読んだ『堕ちきること』を肯定した、ある作家の言葉を不意に思い出し、周防少将は内心で自嘲的に笑い続けていた。









2001年10月12日 日本帝国 帝都・東京 千住 周防家


縁側で古い写真の整理をしていた。 その奥では2人の幼児―――周防少佐の双子の息子と娘が、何やら遊んでいる。 どうやら息子は積み木遊び、娘はお絵描きの様だ。
その姿を見ながら、何かホッとした思いでまた、写真の整理を続ける。 自発的にではなく、『あなた、押し入れの中、いい加減に整理して下さいね!?』と、妻に叱られたからだ。

段ボールに2箱分くらい優にある。 卒業アルバムに、個人的な写真など、色々あった。 自分でもこんなにあったのか! と思う程に。
小学生だった頃の写真。 この当時はまだ、横浜に住んでいた。 かつての住まいも今は、G弾の炸裂によって影も形も無いだろう・・・
中学生の頃の写真。 ヤンチャな盛りだった当時の自分と、隣家の長門少佐が映った写真。 他にも級友が何人か。 この中で生き残っている者は、一体どれ程居る事か。
そして訓練校時代の写真。 自分は各務原の訓練校だった。 写真の中の同期生の6割から7割は、既に靖国に引っ越した。

そして・・・

「っと、どうした? 祥愛?」

見れば、1歳半になる娘が大声で泣いていた。 その横で、妹(双子の兄と妹だった)のクレヨンを奪い取って、画用紙に何やら前衛芸術じみた絵を書きなぐっている息子。

「ああ、よしよし。 泣くな、泣くな。 ほら、新しいクレヨンだぞ? 画用紙もホラ。 祥愛、パパも絵を描くぞー?」

泣く娘を抱き上げてあやしながら、小さな手に新しいクレヨンを握らせ、真っ白な画用紙を見せる。 そして周防少佐自身もクレヨンを手にとって、簡単な絵を描いて見せる。
父親の腕の中で泣いていた幼い娘もようやく、泣くのを止めて新しい関心に興味を向けた。泣いた子が・・・ではないが、赤ん坊は好奇心の塊だ。

「さて、と・・・コラ、直嗣。 ダメだろう? 祥愛のクレヨン、取り上げちゃあ・・・判ったか? 前も言ったぞ?」

今度は同じく1歳半の息子を抱き上げ、顔を近づけてちょっと怒った様な表情をして、諭す様に叱る。 が、彼の息子は父親に構って貰って嬉しいのか、笑ってばかりいる。

「コラ。 パパは叱っているんだからな? 今度からこんなことしちゃ、メッ! だぞ?」

恐らく少佐の部下達が見たら、卒倒するだろう、マイホームパパぶりだ。 そして幼い彼の息子も、どうやら父親に叱られている様だと判ったらしい、段々目に涙が浮かび始めた。
そんな息子を見て、どうやら『いけない事をした』と、理解させられたようだと判った周防少佐が、笑って息子の頭をなでてやる。 途端に無邪気な笑顔になる幼い息子。

その後暫くは、幼い双子の兄妹は仲良くお絵描きをしていたが、次第に傍らの父親が眺めているモノに興味を持ったようだ。 上達し始めた1人歩きで、父親の元に歩き寄る。

「ん? ああ、直嗣、祥愛。 ほら、見てみろ・・・ママだよ」

その写真は、周防少佐が未だ10代末だった頃の写真。 場所は大陸の満州・大連。 垢抜けない私服の自分と、控えめなおしゃれをした私服の妻。
どこだっただろう、夜の繁華街の一角で撮った写真だった。 確か、悪夢の様な初陣が過ぎて、少し戦線が安定していた頃の・・・92年の9月頃の筈だ。

「ほら、ママ、可愛いだろう~?」

9年前と言えば、妻の祥子も未だ20歳前だ。 ああ、確かに自分たちの青春時代だった。 戦争だったが、妻と出会い、結ばれた時代でも有った。

「それと、これは・・・ん? ああ・・・」

通常礼装を着込んだ10代末の自分と、珍しくパーティードレスを着た妻。 そしてその横に、年下の白人―――ロシア系の少女が2人。

(・・・リーザ、それにスヴェータ・・・)

懐かしい、そして切なくて、悲しい記憶。 決して忘れられない記憶。 もしも彼女達が生きていたならば・・・ああ、もしかすると、アルマやジョゼとは仲良くなっていたかも。
遙かな追憶。 遠い日の記憶。 戻らない過去。 人は様々な思いを胸に、未来へと歩き出す。 そしてほんのひと時、そっと過去を顧みて、過ぎた人達を想うのだろう。

そんな、柄でも無い感傷に浸っていたせいか、いつの間にか2人の子供達が折角整理した写真を、グシャグシャにしてしまっている事に気がつかなかった。

「っ・・・! な、直嗣・・・祥愛・・・コラ!」

突然の父親の大声に、吃驚して泣き出す2人の幼児。 するとその泣き声を聞きつけて母親―――少佐の妻の祥子夫人が顔を出した。

「どうしたの、あなた? あら? 直ちゃんに祥っちゃん、パパに叱られたのね?」

優しく抱き上げる母親に、泣きながら甘える2人の子供達。 そんな姿を苦笑しつつ、散らかった写真を拾い集めて整理し直す、周防少佐。

「あら? 随分と懐かしい写真が一杯あるわね・・・」

「だろ? これなんか、ホラ・・・」

「え? どんな・・・? って! きゃー! 止めて! 止めて! しまってよ、そんな恥かしい写真!」

「どうしてだよ? いいじゃないか、夫婦なんだし」

「恥ずかしいのっ! あー、もう! 沙雪や愛姫ちゃんの甘言に、まんまと乗せられたわ・・・」

見ればBETAの本土上陸前、独身時代最後の夏季休暇で遊びに行った、数少ない写真だった。 祥子夫人と隣家の長門夫人、そして今は余所の部隊に居る和泉沙雪少佐が映っている。

「いやぁ~、大胆な水着だったなぁ・・・欧州に居た頃でも、なかなかお目にかかれない様な・・・」

「あなたっ!」

「はは! ほら、直嗣、祥愛。 ママ、綺麗だろー?」

「やめてぇ・・・子供達に見せないでよぅ・・・」

幼い子供達にはまだ理解出来ないだろうが、それでも母親の映った写真をご機嫌に笑いながら眺めている。 そんな愛児達を見ながら、祥子夫人が溜息交じりに他の写真を手に取った。

「あら・・・? これは? 国連軍時代の?」

「あん? ああ、これか。 ドーヴァー、だな。 北フランスのカレー基地だ、96年の4月。 国連軍時代の最後、『第2次バトル・オブ・ドーヴァー』・・・アレが終わった時だ」

懐かしい顔が映っている。 当時、中隊長を務めていた英軍のエルデイ・ジョルト中尉、マイケル・コリンズ中尉に、トルコ軍から来ていたイルハン・ユミト・マンスズ中尉。
包帯でぐるぐる巻きになっているのは、ポーランド軍から参加していたスタニスワフ・レム中尉。 周防少佐と隣家の長門少佐も映っている、未だ中尉の頃だ。

「あら? 久賀君、この時負傷していたの?」

最前列で包帯に巻かれたレム中尉の隣、やはり包帯で頭部を巻いている久賀少佐(当時中尉)の姿が有った。

「ああ、久賀か。 うん、奴は最後の出撃で、光線級のレーザー照射から乱数回避しようとして、要撃級に『擦られて』さ。 仕留めたけれど、機体がダウンした。
幸いと言うか、上陸していた米第9軍団の歩兵部隊に救助された。 この写真は確かその後だ、生き残った中隊員達で撮った写真だよ」

「みんな、子供みたい。 まるで口に出来ない不満の鬱憤を溜めこんで、精一杯痩せ我慢しているわ」

「・・・酷使されたよ、本当にあの時は。 まだ、20歳を幾らも越えていなかった頃さ・・・」

みな、何かに精一杯、痩せ我慢して胸を張っている、そんな表情だった。

「そうか・・・そう言えば、久賀とはこの時以来、同じ部隊じゃないな」

「そうね。 彼、帰国後は九州の部隊だったものね」

大陸派遣軍の時代から、国連軍への出向時代と。 多感な時代を共に過ごしてきた2人の友。 その内の1人、長門少佐とは未だに腐れ縁が続いている。

「来月の同期会には、何が何でも引っ張り出してやる」

「あまり、無理強いはしない様にね? 彼にも都合が有るでしょうし・・・」

もう一度、懐かしい写真を見る。 みな、同じ様な表情をしていた。 みな、同じ心境だった。 みな、同じ事を考え、思っていた。 周防少佐も、長門少佐も、久賀少佐も。

「今でも同じさ・・・そうさ、同じだよ」

そう呟く夫の横顔を、周防祥子夫人は少し心配そうに見守っていた。



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