<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20952] 予兆 序章
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/03 00:36
2001年6月18日 日本帝国 帝都・東京


「おや? 周防さん、今日は坊やのお守、旦那さんがしてんのかい?」

「あれまぁ、珍しいねぇ。 奥さんは、今日は?」

「坊やだけかい? 嬢ちゃんはどうしたね?」

―――ちょっと頼まれて、商店街まで買い物に来ただけなのに。 そんなに俺が子供の世話をしているのが、珍しいのだろうか?
昼下がりの地元の商店街で、息子を抱っこしながら買い物をしていると、知り合いの商店街の親父さん、小母さん達からからかわれるのは毎度の事だが・・・

「なあ、直嗣。 お前はどう思う?」

行く店、行く店で珍しがられ、その度に少しだけ顔をヒクつかせながら愛想笑いをしていたが、思わず抱いていた幼い息子に語りかける―――って、まだ無理だろ?

「あ~、あう~・・・」

「って、まだしゃべれないものな、ははは・・・」

今月の14日で息子も娘も、丁度満1歳になった。 早いものだな、子供の成長ってのも。 特に俺は生まれてから半年ほど経って、初めて子供の顔を見た訳だし。
その後は今年に入ってからも、4月から先月の末までマレー半島に派遣されたりで、実質、子供達と一緒に居たのは4カ月程だけだ。 本音を言えば、ずっと居たいけどね・・・

「ぱぱ・・・ぱぱ、ぶーぶー!」

「ん? ああ、そうだなぁ、ブーブー、走っているなぁ」

小さな指を指して、車道を走る車を指差しながら、キャッキャとはしゃぐ息子。 最近になって息子も娘も、『ぱぱ、まま』とか、『ぶーぶー』とか、1語文をしゃべり始めた。
これから段々と、色んな事をしゃべり始めるんだろうな。 そうして育っていって、成長して・・・それまで、その時に俺は、子供の側に居られるだろうか?

(・・・いかんな、どうにも)

歩きながら頭を振る。 その動きが気になったのか、息子の小さな手が頭に、髪の毛に絡んで来る。 『こらこら』と言いながら、ゆっくりと小さな手を離してやり・・・

(『―――息子の最後の様子をお教え頂き、誠に感謝の念に堪えません・・・』)

恐らくはご尊父がお書きになったのだろう、しっかりとした文面の、丁寧な謝意の手紙だった。

(『―――隊長殿、隊の皆さま方のご指導の下、息子が御国の御役に立てて死んだ事、それを知り得る事が出来、家族ともども嬉しく・・・』)

子供が死んで、嬉しい親がいるものか。 嬉しい兄弟・姉妹がいるものか。

(『―――最後に、隊長殿、隊の皆々様の武運長久を切に願わせて頂きます・・・』)

先月末にマレー半島の派遣から帰国して、暫く経ったある日。 マレー半島で戦死した部下の遺族から手紙が届いた。 先に俺の方から、お悔やみの手紙を出していた遺族から。
どうして自分達の子供が。 そうして自分の夫が、妻が。 どうして自分の兄弟・姉妹が・・・それが本音だ、庶民の本音だ―――果たして俺は、あの手紙を出した事は正しかったのか?
よそう、これ以上悶々としていても、仕方が無い。 忘れる訳ではないが、割り切らなければならない事だ。 戦争をしていれば、戦死者が出るのは当たり前の話だ。

そんな事を考えながら歩いていると、不意に1軒の店の前で呼び止められた。

「あ、直衛兄さん! こんにちは! あれ? 直ちゃんも? 珍しいね」

「やあ、ウィソ、こんにちは。 ・・・って、俺が育児しているの、そんなに珍しいかい?」

商店街の甘味屋、そこの『看板娘』で顔見知りのモンゴル出身の少女のウィソ。 更に店の中からもう1人の少女、ナランが顔を出して止めを刺された。

「だって、普段はお母さん―――祥子さんが独りで子育てしているじゃない。 直衛兄さんってば、少しは手伝ってあげないと!」

う~ん・・・言う様になったなぁ。 9年前のあの頃は、2人とも本当にまだ幼くて・・・もうナランは15歳で、ウィソは14歳だものなぁ。
等と感傷に耽っていると、直嗣がしきりに何か欲しいのか、手を伸ばして『まんま、まんま』とか言っている。 何を? と手の先を見ると・・・

「あ? これ? どうしよう、上げても良いけれど・・・」

ウィソが手に持っている(さては、おやつか?)蒸しパンだった。 レーズン(どうせ、合成だろうが)か何か入ったヤツだ。
彼女が『上げても良い?』と、視線で聞いて来る。 赤ん坊に大人用の、濃い味のお菓子はダメ! と、祥子によく言われるからなぁ、けど・・・

「・・・砂糖、入ってないよな?」

「うん。 今時そんな贅沢品、探したってないモン」

「隠し味に、栗の実を潰したの、入れているけれど・・・それ除ければ良いでしょ?」

なら良いか。 それにこの子達も、直嗣を構いたいのだろうな。 と思っていたら勝手に、手に手に蒸しパンを細かく千切って、直嗣に上げ始めているし。

「はい、直ちゃん、アーンして!」

「おいしい? おいしいよねー? んー! ほっぺた、プクプク!」

構って貰えるのが嬉しいのか、おやつが美味しいのか、上機嫌な我が息子・・・まてよ?

(・・・こいつ、大人の小父さん達(親父=俺や、親戚の小父さん=直秋)よりも、お母さんや女の人に構って貰う時の方が、機嫌がいいな・・・)

「・・・誰に似たんだ、お前は・・・?」

―――我が息子ながら、将来がちょっぴり怖い。





「ありがとうございましたー!」

最後に煙草屋で、煙草を2カートン買い求めて(1カートンは、隣家の亭主から頼まれ物だ)、さて家に戻ろうか、そう思っていたら向うから軍服姿の一団が歩いてきた。

(・・・珍しいな、こんな住宅街で)

陸軍の将校達だが、この辺には基地も官衙も無い。 それに歩いてきた方向の向こうは荒川の河川敷一帯・・・『荒川国内難民キャンプ』だ。

「・・・ん? おい、久賀か?」

「・・・周防? き、貴様・・・あ、いや・・・」

相当びっくりしているな。 しかし失礼な奴だ、指差して驚く事は無かろうに、ええ!?―――第1師団に所属する、同期の久賀直人陸軍少佐だった。 他に尉官が数人いる。

「は、はは・・・そ、そうだな、周防、貴様は子供がいたよな・・・凄まじく違和感があるが・・しかし珍しいな、こんな所で・・・」

「・・・別に珍しくなかろう? 俺の家はこの近所だからな。 因みに圭介は隣家だ」

「・・・もしかして、長門も子供の世話とか・・・?」

「ああ、サボると嫁さんが、おっかないらしい」

「そ、そうだな・・・伊達なら、やりかねんな・・・」

少し奇妙な空気になりかけたが、直ぐに久賀が俺を紹介し、後ろの尉官達の事を紹介した―――第1師団の各戦術機甲連隊に属する、衛士大尉、衛士中尉達だった。

「周防少佐は、俺の同期生だ。 今は第15旅団―――そうだな?―――だ。 先月までマレー半島か、ご苦労様だったな」

「いや、まあ・・・懐かしい顔にも会えたよ。 ヴァン・ミン・メイ。 彼女、母国軍に復帰していた。 一緒に戦った。 貴様の事も懐かしがっていたぞ、久賀」

暫く四方山話が続いたが、こんな所で赤ん坊連れでも何だと言うので、後日の再会を約して別れる事にした・・・ハズだったのだが。

「―――失礼ですが、周防少佐殿。 少しお聞きしたい事が」

久賀のすぐ後ろに居た背の高い将校―――大尉だ―――が、目の前に出て来て、そう言った。 随分と長身の男だ。 俺も183cmほどあるが、この男、190cmは有りそうだ。

「何かな? できれば手短にして欲しい。 見ての通り、赤ん坊連れなのでね」

「―――お時間は取らせません。 少佐殿はあの状況を・・・難民キャンプの状況を、どの様にお思いでしょうか?」

「・・・ご苦労なっている、痛ましい事だ」

「それだけ、でしょうか?」

大尉の目に、少し怒りの色が見えた。 この男・・・

「それだけだ。 個人としては、大変ご同情申し上げる。 何とかなれば、とも思うし、出来る事はして差し上げたい、そうも思う。 それでは不足か? 大尉?」

「高殿。 陸軍大尉、高殿信彦であります、少佐殿―――政府の無策は、糾弾されぬと?」

おい、この男―――チラッと久賀を見ると、奴め、案の定、少し目線を逸らせやがった。 その後で『それ以上、ここでは言うな』とばかりに、目に力を込めて返しやがる。
馬鹿か、勝手な事を言うな。 だいたい、この手の連中を押さえるのも、貴様の役目だろうが。 同期生の弱気?に、少し腹が立った。

「高殿大尉、君は正規軍人だな? ま、今のご時世、正規も予備も関係無いが・・・とにかく職業軍人であり、つまり公人だ。 それ以上は言うな」

自分では抑えたつもりだ、うん、俺は十分、抑えたぞ。

「では少佐は、政府の度重なる難民対策政策の反故も、年々削減される社会保障予算も、全て飲み込めと仰るのですか?
西日本と北陸・甲信越の大半が壊滅し、国内に数千万の難民が溢れかえり・・・彼らには、満足な保証は全く為されておりません!
小官も軍人であります、今の祖国の窮地は戦場で肌身に沁みて理解しております! しかし・・・しかし、なぜ同盟を破棄した米軍に対する補給協定を締結して・・・
あまつさえ、今年に入ってからは、その予算を増額するのでしょうか!? 増額する予算の捻出には、難民支援予算や社会保障予算の削減分が、充てられておるのですぞ!?」

言いたい事は判る、判るが、ここで言うな。 軍人なら、大尉にもなったのなら、場所柄を弁えろよ・・・

「・・・君も、私も軍人だ。 そして政治家でも、内務官僚でも無い。 それが私の答えだ」

「ッ! 少佐殿・・・!」

「・・・おい、そこまでだ、高殿大尉」

ようやくお出ましになりやがって。 一体、何を考えているんだ? 久賀・・・

「そこまでにしろ、高殿大尉。 貴様、周防少佐に失礼だ。 彼は非番で有って、しかもご幼少のご子息が、今もここに居る事が見えないのか?
すまん、周防・・・部隊の中には、家族が難民キャンプに入っている者も多くてな。 俺の落ち度だった、許せ」

「いや・・・そちらこそ、気にせんでくれ。 高殿大尉、繰り返し言うが、私個人としては、非情に心を痛めている。 これは本心だ、それだけは信じて欲しいものだ」

「・・・失礼しました、少佐殿」









2001年6月20日 日本帝国 帝都・東京 周防家


「高殿? ああ、知っているよ、同期だし」

遣欧派遣旅団で欧州に行っていて、この4月に無事、生きて日本に戻ってきた従弟の直秋(周防直秋陸軍大尉、2001年4月1日昇進)が、祥愛をあやしながら言う。
場所は俺の家の、小じんまりとした居間。 欧州土産の貴重な、宝石以上に貴重なスコッチウイスキーを持って来ていた―――祥子にも、化粧品やら何やら。

「どんな男だ?」

折角なので、小さなグラスコップ1杯だけ呑もう―――そう言って封を切ったボトルを、我ながら女々しい視線で見ながら聞いた(祥子に取り上げられた)

「んー・・・真面目な奴だったよ。 不言実行と言うか、何事も真正面から取り組んでた気がする」

「つまり、お前や蒲生(蒲生史郎大尉、2001年4月1日進級)、それに森上(森上允大尉、2001年4月1日進級)とは、真逆な優等生と言う事か」

「うるせえや・・・アンタだって、似たようなモンでしょ? ま、真面目なだけじゃなくて結構、茶目な奴ではあったよ」

「ふん・・・?」

そんな奴が、どうしてあそこまで―――真面目一辺倒と言うなら、まだ判る。 だが茶目な奴って・・・少なくとも、精神的なゆとりのある奴だったのだろうに。

「あいつ、確か・・・広島で故郷が壊滅するのを、目の当たりにしている」

何だと? 広島? 本土防衛戦の時か、だとすると当時の第2軍団か、壊滅した旧第10師団の所属か・・・

「あいつさ・・・広島戦線で避難民を助ける為に、逃げ遅れた少数の避難民を、突撃砲でBETAごと吹き飛ばしたんだよ。 故郷の、昔馴染みのご近所さん達をさ・・・」

「・・・そうか」

残り少なくなったグラスの中身を、チビチビと舐める様に飲む。 そうか、あれを経験した男か・・・それも、自分の『背景』の一部を、吹き飛ばさざるを得なかったか・・・

「確か明星作戦の前だ、仙台でクラス会が有ってさ。 卒業以来、会って無かったんだけどね、部隊が違ったし・・・面変わりしていた、皆が驚く程に」

「それ以来、会っていないのか? 何か誘われたりとか・・・」

そう言った俺の顔を、直秋が真面目な表情で見返してきた。 こいつがこんな顔をする時は、えてして何かに怒っている時でも有るよな・・・

「カマをかけるのなら、止めてくれよ、直衛兄貴。 俺もガキじゃねぇ、あんな得体の知れない集まりに、興味は無い」

「スマンかった。 お前、何か知っているのか?」

コイツも親父(周防直邦海軍少将)や伯父(右近充義郎国家憲兵隊中将)から、何気なしに聞いているのだろうな。

「詳細までは。 主だった面子は、俺の同期や1期から3期上の大尉連中だ。 陸士出の・・・何て言ったっけな? 第1師団の大尉が中心だそうだ。 陸士出身の連中も多いらしい」

―――それは、俺も掴んでいる。

「俺の知る限りじゃ、皆、優秀な連中だよ。 戦場経験も有れば、部隊指揮官でBETA戦を戦ってきた連中だ。 知っている範囲で言えば真面目な、正義感の強い連中が多いかも」

「正義感、ねえ・・・?」

「言い方を変えれば、責任感の強い連中かな? さっきの高殿もそうだ、部下思いの良い奴なのだけどね。 部下からも慕われているらしいし」

―――久賀も、基本はそうしたタイプの男だな・・・

国内は以前に増してキナ臭い。 遅々として進まぬ難民支援対策。 慢性的な財政赤字と相次ぐ増税、そして失業率の上昇。 何より排除されぬ甲21号―――佐渡島ハイヴの脅威。
それでいながら、政局は迷走を続けている。 先だっての選挙では、衆議院で政権与党が少数派になってしまった。 議会多数派―――政権野党は、政府政策に悉く反対している。
軍部が他の中央官庁と共謀し、議会の解散と全面戒厳令の発布、その後に挙国一致的・大政翼賛的独裁議会を、戒厳政府下に置く事を画策していると、メディアがスッパ抜いた。

そして昨年の冬から今年の春先にかけて、国内の難民キャンプ(国内・国際の双方)で、数万人の餓死者が出た事が明らかにされる。 
これには軍内部でも動揺が走った―――帝国軍将兵の中には、家族が難民キャンプで暮らしている者も多いからだ。 特に、西日本出身の将兵に動揺が広まった。
そんな中、政府による『日米物品役務相互提供協定』、その関連予算の増額が決定された。 見返りは―――難民支援予算と社会保障予算の、更なる削減だった。

『―――政府は国民に、BETAに喰い殺される前に、餓死しろと言うのか!』(第186回 日本帝国通常国会速記録)

「ま・・・正直言って、あっちを立てれば、こちらが立たず。 二兎を追う者、一兎をも得ず、なんだけどなぁ・・・」

直秋が髪を引っ張る祥愛を、穏やかに叱ってから溜息交じりにそう言う。 こいつも国内だけじゃなくて、向う(欧州)で色々と見て来たからか。 
最前線国家の常として、軍事と難民支援の両立は今や不可能、とは世界的な『常識』と言える。 しかしまぁ本当に、このままじゃ、この国は一体どうなってしまうのだろうなぁ・・・

「―――あら? 珍しく難しいお話ね?」

障子を開けて入ってきた祥子が、笑いながら言う。 にしても難しい話って・・・まあ、こいつ(直秋)とは以前は馬鹿話が多かったけどな。

「珍しいって・・・何気に酷いよ、祥子さん・・・」

直秋も流石に少し不貞腐れている、でもそんな奴を、コロコロと笑いながら流す祥子―――もう完全に、『弟扱い』だな。 そう言えば喬君とも、そう年は変わらないしなぁ・・・
直秋の手から祥愛を受け取って、抱っこしながら上手にあやす祥子の姿。 うーん・・・俺とは雲泥の差だな、母親って言うのは。

「ねー? 祥っちゃんには難しいお話よねー? パパもオジちゃんも、酷いよねー、祥っちゃんをのけ者にしちゃって」

「いや、別にそんな訳じゃ・・・って、祥愛、まだしゃべれないじゃねぇの!?」

いちいち祥子の『いぢわる』に反応する直秋。 こいつもすっかり、手懐けられているな・・・ 祥愛も『お昼寝の時間』だと、子供部屋に連れていく祥子。
暫くするとまた祥子が戻って来て、今度は手に茶菓子を持って3人分のお茶を淹れ直してくれる。 手軽な煎餅だが、間が持つのは有り難い。

暫くの間、直秋から欧州の話を聞いた。 懐かしい名前が何人も。 他に交流の無かった独仏軍の、噂でしか聞いていなかった人物の名も。
何人かは夫婦になっている。 ヴァルターと翠華、ファビオとロベルタ。 他にも何人か、軍人や軍属、或いは民間人と結婚したらしい。
或いは戦死者。 戦争をしている以上、誰かが必ず死ぬ。 ヴェロニカ・リッピが死んだ、昨年の末に旧アントワープ付近で。 遺体は回収されなかった。
ミレーヌ・リュシコヴァ、クルト・レープナー、アスカル・カリム・アルドゥッラー、ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ、カレル・シュタミッツ・・・
20歳前後の少尉・中尉時代に、国連軍で共に戦った戦友達。 馬鹿な事で大騒ぎもすれば、時には派手に喧嘩もした。 そうか、彼らとはもう、会えないのか。

「・・・『会うは別れの始め』 でも、だからこそ、『袖すり合うも他生の縁』よ」

「・・・祥子さん、また随分と年寄り臭い事を・・・」

「なんですって・・・? じゃあ直秋君は、あの可愛らしい『恋人さん』とは、縁が無いとでも?」

「うわっ! そ、それを今、ここで言う!?」

「恋人? おい直秋、俺は初耳だぞ?」

焦る直秋に、してやったり、とばかりにフフン、と笑う祥子。 どうやら尻尾を掴まれていた様だ、こいつは。

「誰なんだ? 軍人か? それとも軍属? まさか―――お前が娑婆の女性を?」

「何だよ、その『まさか』って? 失礼な・・・深雪の先輩の女性だよ、小学校の先生をしていて・・・帰国して、実家に帰った時に深雪が連れて来ていて・・・な」

深雪とは直秋の妹で、俺の従妹に当る周防深雪。 直邦叔父貴の長女だ。 この春に女子師範を卒業して、小学校の教師をしている。
話を聞く所、深雪の1年先輩の女性だそうだ。 だとしたら今年22歳、直秋の1歳下か。 日本の教員養成も課程短縮で、小学校教師は21歳になる年からになっている。
4月の半ばに初めて会って、それから何度か深雪も交えて会っている内に、今は2人で会う位の仲にはなったそうだ。

「女の先生、ね・・・そうだ、直秋。 確かお前の初恋って、小学校の時の『きょうこ先生』だったよなぁ?」

「お、おい!? 兄貴! そんな古い話・・・関係ねぇぞ!?」

「ふふ、良いじゃない。 百合絵さん、しっかりとした人だし」

「祥子、知っているのか? その女性?」

「先月に、笙子と一緒に雪絵ちゃんが来てね。 お話はその時に。 で、この間、街で深雪さんとバッタリ。 その百合絵さんと一緒だったわ、少しお話もしたの」

ニコニコと微笑む祥子に、妹達の情報網が、ダダ漏れなのを嘆く直秋。 まあ、良いか。 こいつも過去を―――松任谷との事をふっ切れた、そう言う事か。
夕方近くになって、直秋がそろそろ帰る事になった。 実家には昨日顔を出していたそうで、これから立川の第39師団まで。 今のところ、営内居住をしている。

「どうだ? 新しい部隊は慣れたか?」

駅まで直秋と2人、連れだって歩いている途中、聞いてみた。 遣欧旅団が帰国した後、部隊はそのまま総予備兵力である、第39師団の戦力強化の為に吸収されていた。
それまでは軽歩兵(機械化歩兵)が主力の歩兵師団だった第39師団に、遣欧旅団が有していた重機動戦力―――戦術機、機甲、自走砲などが加わった。
これで『明星作戦』以降、2年近くに渡って続けられてきた日本帝国陸軍の戦力再建が、ひと段落したのだ。 ついでに言えば、第10と第15旅団も、各々師団に格上げになった。

「慣れるも何も・・・右見ても左見ても、古巣の遣欧旅団の連中ばかりだしね。 歩兵の連中とは、まだ余り馴染みは無いけれど」

森宮右近少佐、和泉沙雪少佐、遣欧旅団で2個の戦術機甲大隊長を務めたこの2人が、第39師団の戦術機甲部隊の中核になった。

「毎日、怒鳴られているよ、大隊長にはさ・・・」

「あはは、愛姫のヤツも復帰して少佐に進級して、それでもって大隊長だ。 張り切っているだろうし、お前は元部下だしな。 さぞ可愛いんだろうよ」

「・・・可愛がりも、程が有ると思うよ・・・」

ふん、お前の嘆きなんぞ、俺に比べたらまだまださ。 なにせ、広江中佐は未だ相変わらず・・・よそう。

隣家の長門家の主婦、長門愛姫―――軍では旧姓の伊達愛姫は、この5月末で産休と育休を終了して軍務に復帰した。 そして今は第39師団第393戦術機甲大隊長だ。
出産と育児で休職していた為、同期の中では士官序列上位だったにもかかわらず、昨年10月の少佐進級第1選抜から漏れてしまった。
予想では今年10月の第3選抜になるか? と思っていたら、どうやら第2選抜の『カットベッキ(選抜者の最後の方)』に引っ掛かった様だ。 6月1日付けで少佐に進級した。
今は森宮少佐、和泉少佐に次ぐ、第39師団戦術機甲部隊のNo.3として、そして直秋の上官として張り切っている。 直秋は第393大隊の第3中隊長だった。

「ええと? お前が393の第3中隊で・・・森上(森上允大尉)が森宮さんの391の第3中隊、蒲生が和泉さんの392の第3中隊長?」

「ああ、そうだよ。 ウチの大隊は、先任(先任中隊長)が天羽さん(天羽都大尉)だ」

ふーん・・・蒲生に、森上もねぇ・・・あいつらも直秋とは同期だから、不思議じゃないが・・・

「で、後は直衛兄貴のところから転属して来た、遠野大尉(遠野万里子大尉、2001年6月1日進級) 一体何なんだ、あの人? 俺より訓練校、半期上だろう?」

確かに遠野は22期A卒で、22期B卒の直秋より半期上だ。 それなのに大尉進級がどうして半期下の直秋よりも、2か月も遅いのか? 
彼女の同期生達は、昨年10月1日に大尉に進級している。 順当に行けば、本来なら遠野も昨年10月には大尉に進級していた筈だ。
大体が、大尉までは同期生は、ほぼ横一線で進級する。 さて、言うべきか、言うまいか・・・俺も遠野の身上書の類は確認しているから知っているのだが・・・

「・・・彼女は初陣で、酷いPTSDに悩まされた」

いや、PTSDだけでは無い。 確かに対BETA戦での過酷な戦場に晒されはした、だがそれ以外にも・・・彼女は同僚達から、性的暴行を受け続けた。
孤立した部隊、BETAへの極度の不安、急激に減って行く戦友達。 そしてそれまで精神的支柱だった中隊長の戦死と同時に、部隊の箍が外れてしまった。
中隊長代理となった中尉も、普段から素行に問題の有った人物だと記載が有った。 救援が来るまでの3日間、BETAがいつ動き出すか判らない恐怖の中、中隊は狂った。

「衛士、整備、CP・・・数の少ない女性将兵たちが、な・・・勿論、生き残った連中で愚行を行った奴らは、全員が軍法会議送りだ。
首謀者は軍刑務所で3年の懲役刑の後、降格の上で国連軍の軌道降下兵団に、懲罰的に送り込まれた―――『明星作戦』で戦死している」

生還率20%、3回作戦に参加して生き残る事は無い―――そう呼ばれる軌道降下兵団だ。 事実上の死刑執行に等しい。
だが遠野の精神は病んでしまった、過酷な初陣、信じていた上官や同僚からの暴行、狂気に走った中隊・・・軍病院で半年、リハビリに3ヵ月が必要だった。

「・・・ああ、そうか、そう言う事だったのか・・・」

「あん? 何が?」

「いや、なんでも・・・こっちの話さ」

彼女の父上、遠野大佐が冗談の裏に、娘に対して非常に心配をしていたのは。 あのような経験をした娘が、俺の事を・・・で、父親として疑心暗鬼になったと。
幾らなんでも、部下に手を付けやしないよ。 最近の帝国軍も、国連軍程とは言わないまでも、軍内恋愛に寛容になってきたとはいえ、俺は妻子持ちだぞ?

等と苦笑している内に、駅前に着いた。 直秋はここから立川だ。

「あのな・・・この間、松任谷に会った。 いや、今は結婚して渡辺か、渡辺佳奈美大尉か。 主計に転科していたんだな」

「ん? ああ・・・ウチの所で、経理隊をしている。 どこで会った?」

「市ヶ谷さ、偶々ね・・・我ながら、あっさりしたモンだったなぁ・・・アイツもね」

そう言って直秋が笑う。 こいつももう、大尉だものな。

「今度、暇を見つけて渡会(渡会美紀大尉)も呼んで同期会でもしようか、ってな話になってさ」

「・・・良いんじゃないか?」

96年の10月、俺の国連軍出向が解けて帝国軍に復帰して、大尉に進級直後に任された中隊に、未だ10代後半の直秋と松任谷が、新任少尉で入ってきた。
4年前の97年2月、遼東半島。 2人に初陣を踏ませた。 その後は松任谷が負傷したり、いつの間にか2人が付き合い始めたり・・・で、別れた。 2人とも今年、23歳になる。

「生き残った同期生同士だ、楽しくやれよ。 折角だから、その『恋人』も、発表しちまえ」

「あのなぁ! 恋人、恋人って・・・百合絵さんとはまだ、7、8回しか・・・!」

「・・・7、8回? 7、8回も会っていて、まだ何も言っていないのか? お前、その女性の事、好きなんだろう? 阿呆、さっさと言っちまえ。
何だったらあれだ、深雪経由で俺から話を付けてやっても良いぞ? お前はちょっと、悠長すぎるからな・・・」

「止めろ! 止めてくれ、冗談じゃない!」

慌てふためく従弟を、好きな女性がいると言った従弟を、頼もしくなった従弟を、もう大丈夫だと思って、笑って見ていた。









2001年7月15日 日本帝国 千葉県松戸市 帝国陸軍松戸基地 第15師団


最近になって付近の土地を買収したりで、急速に拡張工事を進めている松戸基地。 それまで2個戦術機甲大隊しか無かった所に、今では6個戦術機甲大隊が居座っている。
基地の東西約2.2km、南北約1.6km。 BETAの本土上陸後に疎開した住民も多く、広大な土地がそのままになっていたのを、軍が買い取って基地を拡張したのだ。

「じゃあ、お子さん達は軍の託児所に?」

「ええ。 妻も内勤とは言え、市ヶ谷(国防省)ですし」

妻の祥子は6月末で産休とそれに続く育児休職を終了し、現役復帰した。 どこかの司令部付きの通信将校になるのかと思いきや、新たな職場は市ヶ谷だった。
国防相外局の国防相機甲本部、そこの第1部第2課員。 戦術機甲部隊・機甲部隊・機械化歩兵歩兵装甲部隊の専門教育、関係学校の管理を担当する部署だ。

「奥さんも、どちらかと言うと、そちらの方が合っているんじゃないのかい? 私の知る限りじゃ、前線部隊指揮官より、性格的に教育畑の方が向いていそうだね」

「本人も、意外に合っているのを、不思議がっていましたがね・・・」

師団本部の4階建ての建物、その中を2人して歩いている。 旧第15旅団を母体に拡大再編された第15師団、そこに懐かしい顔が戻ってきた。 荒蒔芳次中佐、元上官。 
京都防衛戦で負傷後は、教導隊や士官学校教官を務めていた人だ。 今回、師団の戦力増強の一環として、歴戦の戦術機甲指揮官として引き抜かれてきた。

本土防衛軍総司令部直属の緊急即応部隊だった第10旅団と第15旅団は、マレー半島から帰国後に大幅な拡大再編が為された。
戦訓から、旅団規模では打撃力も損失吸収力も小さ過ぎる―――そう結論されたらしい。 再編を終え、練成も完了した大隊単位の部隊を新たに組み入れ、師団に格上げとなった。
師団長は、南遣兵団長を務めた竹原季三郎少将。 副師団長は、これまた南遣兵団参謀長を務めた熊谷岳仁准将。 

「そうだな、君の奥さんは市ヶ谷勤務だったな。 私の所も、妻は陸軍病院に勤務しているから、子供は託児所に預けている。 判らない事が有れば、何時でも聞けばいいよ」

「ええ、その時はお願いします。 長門少佐も、同じようにすると言っていましたし」

軍はこの国で最も、福利厚生が充実している組織だろう。 主だった基地所在地には、付属の託児所から始まり、保育園や幼稚園まである。
軍人同士の結婚が多い事と、夫婦そろって軍務に就くケースが多い事も理由の一つだが、託児所などは所謂『戦争未亡人』を優先して、軍属待遇の職員に雇用していた。
戦場で夫を喪った妻、息子や娘を喪った母親、そんな女性達を優先して雇い入れている。 絶対数は小さいが、しないよりマシ―――俺達の様な夫婦には有り難い。

「ああ、彼もか。 伊達少佐は第39師団・・・立川だね?」

「ええ」

拡大再編されても、緊急即応部隊としての任務は変わっていない。 そこで第10師団と第15師団は、他の師団とは編成がやや異なる―――連隊が存在しない。
戦術機甲連隊、機甲連隊、機械化装甲歩兵連隊・・・他師団では普通に見られる部隊単位が、この2個師団では存在しない、大隊までが戦闘部隊での最大の部隊編成単位だった。
緊急即応の場合、その規模によって急派されるのは大隊戦闘団から旅団戦闘団、はたまた師団総出か、まちまちだ。 連隊編成だと、この『戦闘団』が軍編制上、やり難い。

その為に師団は内部に『機動旅団』司令部を3個抱える。 第1(A)、第2(B)、第3(R)の3個機動旅団だ。 (『R』は、『リザーブ』の事)
戦闘の際はこの3個旅団に適時、必要な部隊が組み込まれる。 旅団固有の戦闘部隊は存在しない―――何の事は無い、米陸軍方式を取り入れたと言う話だ。
第1機動旅団長は、元第15旅団長の藤田伊与蔵准将。 第2機動旅団長はこの6月に進級した、元第15旅団副旅団長だった名倉幸助准将。 
第3機動旅団長は、士官学校教頭から転じた佐孝俊幸准将。 准将が4人もいる師団なんてウチの第15師団と、同じ任務の第10師団だけだ。

「私も実戦部隊は久しぶりだよ、今や大隊指揮では君の方が経験豊富じゃないかな? ま、宜しく頼むよ」

「何を言いますか。 遼東半島から朝鮮半島、本土防衛戦・・・私はまだ、そこまでの大隊指揮のキャリアは有りませんよ。 こちらこそ、中佐が復帰してくれて心強いです」

第10と第15師団の各戦術機甲大隊は、各々6個大隊。 甲編成の重戦術機甲師団(第1師団や第7師団、禁衛師団など)では3個連隊=9個大隊だから、それより戦力的には劣る。
これが乙編成の戦術機甲師団だと、1個戦術機甲連隊=3個大隊だから、戦力的には倍する戦力になる。 身重な甲師団より身軽で、打撃突破に不安が残る乙師団より強力な師団。

各戦術機甲大隊長は、最先任大隊長に荒蒔芳次中佐。 次席グループが俺、周防直衛少佐と、同期の長門圭介少佐。 この3人が一応、先任大隊長となる。
他の3人はこの4月に少佐に進級した、半期下の18期B卒の第1選抜昇進者。 間宮怜少佐、佐野慎吾少佐、有馬奈緒少佐の、これも懐かしい3人が転属してきた。

「そう言えば、小耳に挟んだのだが・・・神楽、いや、宇賀神少佐が、お目出度だそうだね」

「らしいですな。 3月の末に訓練校の教え子を送り出して、直ぐに判明したそうですが・・・」

同期生の宇賀神緋色少佐(旧姓・神楽。 2001年4月1日進級)は、衛士訓練校の教官をしていた。 
そして3月に教え子を送り出した後、少佐に進級(内示が出ていた)後は、どこかの戦術機甲大隊長をする事になっていた筈なのだが・・・

「電話で宇賀神さん(宇賀神勇吾中佐、夫君。 第14師団第142戦術機甲連隊副連隊長)と話したんだが・・・嬉しいやら、照れくさいやら、そんな感じだったよ」

「まあ、おめでたい事で、良いじゃないですか。 宇賀神中佐も30代半ば過ぎ、夫人の宇賀神少佐は私と同年です、20代後半になりました。
お互い、訓練校を卒業して10代後半からBETAと戦い続けて・・・折角、生き残って来たのですから。 人の親になって、育てて・・・お互い、年をとるものですよ」

「おいおい。 君のその年で、言うセリフじゃないよ、それは」

緋色は結局、内勤になった。 第14師団が属する第7軍の第18軍団司令部で、広報室班長をしている。 確か愛姫もやっていた職種だが、あの緋色が広報か・・・想像出来ない。

「明後日は宇都宮だね、14師団との合同演習か」

「ウチの師団は、一応『東日本』担当の即応部隊ですし。 北の果ては南樺太の第11軍団(第53、第55師団)とも、合同訓練が有り得るわけで・・・」

「旅カラスだね、まるで」









2001年7月17日 日本帝国 栃木県宇都宮市 東部軍管区第7軍・第18軍団(第14、第40師団)


「おう、周防! わざわざ負けに来おって、ご苦労なこっちゃのう!?」

「木伏さん、言っておくけどウチの大隊はシベリア戦線から、ごく最近までマレー半島で実戦を積んで来ているよ。 
そっちこそ、ここのところずっと、宇都宮で新潟のお守だろう? すっかり鈍ってるんじゃないか? 舐めていると怪我しますよ?」

「ほぉーお、生意気言うようになったのぅ・・・や、そうでっせ、副連隊長?」

「どれ、ではひとつ、揉んでやろうかな・・・」

「岩橋中佐、大人げないですよ・・・」

旧知の者ばかり、中には『明星作戦』以来と言う顔も見える。

「間宮、あんた、この間までウチの大隊だったでしょ? 華を持たせなさいよ?」

「永野さん・・・それはちょっと・・・」

「佐野君、元気そうだな?」

「お陰さまで。 ようやく人心地着いたころですが。 ああ、そう言えば宇賀神中佐、おめでとうございます」

「・・・かれこれ3カ月、会うヤツ、会うヤツ、皆がそう言いやがる、まったく・・・」

「若い奥さん、ようやく子供が出来たんだ。 もっと喜べよ、宇賀神さんよ」

「おい、若松さん。 あんたなぁ・・・」

流石に第14師団は帝国陸軍で6個しか無い、甲編成の重戦術機甲師団(他は第1(東京)、第5(大坂)、第7(北海道)、第8(九州)、禁衛(東京)の5個)
ズラリと並んだ9個大隊もの戦術機の群れは、まさに圧巻だ。 第14師団も打撃力は大きいが、その1.5倍もの戦術機甲戦力を有する師団。

「今回は18軍団(第14師団、第40師団)が青軍、14師団と軍管区予備の2個旅団が赤軍だっけ・・・」

「そうよ、ギタギタにしてあげるから、覚悟しときなさいよ、真咲?」

「そっくり、そのまま返すわよ、仁科。 アタシだって、マレー半島帰りさ」

「おう、八神ぃ・・・判ってんだろうな? 俺の中隊には手を抜けよ?」

「摂津さん、せこい。 仮にもアンタ、『フラガラッハ』でしょうが・・・」

「八神、手なんて抜かんでいい、メタクソに叩いてやろうぜ」

「うわっ! 最上さん、相変わらず性格悪いぜ!」





「何や、若い連中、同窓会みたいやのぅ・・・」

「仕方ありません、福田閣下(第18軍団長・福田定市陸軍中将)。 14師団も15師団も、元を辿れば旧第14師団と旧第18師団の中核連中の集まりですし」

「それだけ、相手の癖の裏の裏まで熟知している。 森村さん(第14師団長・森村有恒陸軍少将)、これは千日手になりそうですかな?」

「天谷さん(第40師団長・天谷直次郎陸軍少将)、こっちはウチの14師団とお宅の40師団で、併せて12個戦術機甲大隊がある。
対して14師団は6個大隊、軍管区予備の2個旅団には戦術機部隊は無いぞ? もしもそれでこちらが負けてみろ・・・」

「はは、これで青軍が負ければ、嶋田閣下(第7軍司令官・嶋田豊作陸軍大将)から、大目玉ですな」

「おいおい、竹原君(第15師団長・竹原季三郎少将)、それは堪忍やで・・・」


初夏の北関東で、北関東絶対防衛線の防衛部隊である第18軍団と、東日本担当即応部隊である第15師団との、合同演習が大体的に発動された。



前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.0094389915466309 / キャッシュ効いてます^^