2001年5月11日 0250 マレー半島東岸 タイ王国・バーンサパーン・ノーイ県南部、チャンレク北方5km地点 『ゲイヴォルグ』戦闘団
猛速で地表面噴射滑走をかけながら、1機の戦術機―――日本帝国陸軍の94式『不知火』が、要撃級BETA群の正面に突進する。
『ッ!―――少佐! そのままではッ!』
エレメントの遠野中尉が、あまりに回避機動を無視した上官の機体の動きに、ギョッとして思わず叫んでいた。
要撃級BETAの前腕、戦術機の装甲など苦も無く貫き通す硬度を持つ凶器が、素早く振りかぶって周防少佐機の側面を襲った。
『しょ、少佐・・・!』
その瞬間、機体の脚部スラスター推力を、僅かに左右のバランスを崩して微調整しながら、紙一重の距離で要撃級の前腕が描く弧の外側を、滑る様に機体を機動させていた。
要撃級BETAの前腕が擦過するかしないかの、ギリギリの距離でその打撃を交しながら、一気に周防少佐が機体を群れの中に飛び込ます。
同時に左右両腕に装備したBK-57近接制圧砲から、別々のターゲットに向けて3点バーストで57mm砲弾を吐き出す―――すれ違いざまの一撃で、2体の要撃級BETAを葬る。
『くっ! 少佐! 無茶しないで下さいっ! もしもの事があったらっ・・・!』
「―――群れの真ん中を崩す。 遠野、貴様は右翼から背後を攻めろ。 Bエレメントは左翼。 北里、萱場、近接戦はするなよ」
それだけを指示すると、周防少佐はまた直線的な機動で、要撃級BETA群の群れに機体を突進させて行く。 エレメントを組む遠野中尉でも、もう付いていけない機動だった。
『ッ!―――北里中尉! Bエレメントは左翼を! 私が右翼から行くわっ!』
『Bエレメント、了解! 遠野さん、無理ですよ! 本気になっちゃった少佐の機動に付いて行くなんて!』
『私は、少佐のエレメントなのよ!? エレメント・・・なのにっ!』
悔しそうな声色でそう言いながら、遠野中尉は命令通りに要撃級BETA群の右翼に回り込む。 北里中尉が指揮するBエレメントは左翼に。
同時に周防少佐の機体前方に、要撃級BETAの群れが急速接近する。 その姿を確認した周防少佐が、サッと彼我状況のステータスを確認し―――少しだけ笑った。
お互いに猛速で接近している、相対速度は数百km/hに達し―――寸前に、ホンの僅かだけ脚部の逆噴射制動パドルを解放し、何百分の一かのタイミングだけ、ズラした。
『うっ!』
『ひっ!?』
左翼から中央の様子を伺いながら、攻撃の瞬間のタイミングを計っていた北里中尉と萱場少尉の口から、悲鳴とも、何とも取れない声が出る。
絶妙のタイミングで繰り出された2体の要撃級BETAの前腕が、左右両方向から今度こそ、周防少佐の機体を貫いて粉砕した―――と、思ったのだが。
『ど、どうして、あんな機動が・・・!』
右翼の遠野中尉の口からも、驚愕の声が漏れる。 2体の要撃級BETAの前腕の、左右からの同時打撃が嘘の様に空振りに終わり、2体の要撃級BETAが、もつれる様に絡まった。
目前で決定的な数秒の無防備を晒したその2体を、苦も無く57mm砲弾で始末するや否や、今度は緩い円を描く様な機動でBETA群の中に突進すると、鋭角機動で隙間を抜けてゆく。
(・・・馬鹿ッ! 何をしているのよ、私はっ!)
上官の機動に、一瞬見惚れてしまった遠野中尉が、直ぐに我に返って無防備な後背を晒す要撃級BETAの後背から、突撃砲の36mm砲弾のシャワーを浴びせた。
同時に左翼からも、北里中尉と萱場少尉が、36mm砲弾を適度にバラけさせて要撃級BETAを背後から倒してゆく。 次々と赤黒い体液を撒き散らしながら倒れる要撃級の群れ。
一見無謀な、実は完全に機体とBETAの相対タイミングを読んだ機動で、群れのど真ん中に入り込んだ周防少佐機に関心が向き、左右に無防備な背後を晒した末路だった。
20体程いた要撃級BETAの群れが、瞬く間に掃討されてゆく。 中央に向かえば左右から、左右に旋回すれば中央の周防少佐機からと、翻弄されたBETA群が消滅した。
取りあえず、第2防衛線から五月雨式に南下して来た少数のBETA群の殲滅が完了した。 指揮下の各中隊を出しきった為に、周防少佐と指揮小隊で殲滅する羽目になったが。
「―――加藤大尉、重迫と自走高射砲、位置知らせ」
部隊戦術管制リンクで確認はしているモノの、最後はやはり本人の報告が一番確実だ。 数瞬を置いて、重迫と自走高射砲を束ねるアンナ・プラテル・加藤大尉の声が聞こえた。
『こちら“エミリア” 現在地、ポイントE-215を通過! チャンレク南方3kmです、あと2kmで支援砲撃開始地点!』
予定では、そこから機械化装甲歩兵部隊への、支援攻撃を行う算段になっていた。 しかし戦況は常に流動的で、そしてどうやら悪い方向に向かっていた。
「―――“ゲイヴォルグ”より“エミリア”、加藤大尉、そのまま南下を続行せよ。 後方陣地に到達後、全周警戒に入れ」
『―――少佐?』
「戦闘車両が前に出ては、不味い状況になりつつある―――バンダリ中尉(戦闘工兵中隊指揮官)とは、合流したか?」
『はい、3分前に』
「よし―――伝えろ、チャンレクの2本の橋を爆破しろと。 BETA相手には嫌がらせにもならんが、僅かでも時間は稼げる。
後方陣地正面に、可能な限りの対BETA地雷を敷設せよ、ともな。 敷設する時間は、早々稼いでやれないかもしれんが」
『―――了解・・・しました!』
支援部隊との通信を切った周防少佐が、再び戦術指揮用のデータリンクシステム・ウィンドウに目をやる。
「・・・ちっ!」
苦々しい表情。 その視線の先、データリンクシステムから送られてきた戦術MAP上には、予期しなかった、少数のBETA群の存在が輝点を発していたからだった。
『―――くっそ! おいっ! 迂闊に出るな! 光線級の的になるぞ!』
『―――八神! そっちに突撃級、40行った!』
『―――何だよっ!? 押さえていてくれって、言ったじゃねぇかよっ! 最上さん! あっ、馬鹿野郎っ! 迂闊に・・・!
くそっ! また1機やられたか! リーダーより“ハリーホーク”中隊全機! いいか、デッドラインから出るなよ!』
『―――こっちだって、手が一杯だ! B小隊! 突出するな! C小隊、左側面の起伏から回り込め! “ドラゴン”より“ゲイヴォルグ”! 光線級に頭を押さえられました!』
BK-57の重低音の発射音と共に、通信回線から部下の切羽詰まった声が聞こえる。 咄嗟に逆噴射での地表面噴射滑走で距離を開け、横薙ぎの一斉射で戦車級の群れを薙ぎ払った。
同時に背後から3機の部下達が、突撃砲の36mm砲弾をばら撒いて、残った戦車級の群れを掃討する。 空いた空間に大隊長機を中心に、小さな円周陣で周辺警戒を始めた。
「―――遠野、確保しろ」
『了解! 北里中尉! 萱場少尉! 全周警戒!』
周防少佐機を中心に置き、遠野中尉機、北里中尉機、殻場少尉機が三角形の頂点のポジションにつき、全周警戒に入る。 総合指揮を執る大隊長機を守る為のフォーメーション。
―――くそ、こんな所で、はぐれの光線級との不期遭遇戦とは!
戦術作戦情報管制システムを確認する、第2、第3中隊の左前方、11時方向の小さな起伏の谷間に、確かに少数だが光線級BETAが居た。 恐らく偵察情報から抜けていた連中だ。
システムで情報を確認した周防少佐は、ほんの一瞬だが指示を出すのに詰まってしまう。 場所は? 2つの低い丘陵が重なる谷間。 部下達はその谷が切れる寸前の場所に居る。
地形を利用しての迂回攻撃は? 駄目だ、部下達が身を隠している丘陵部の北側から、多数の突撃級BETAが接近中。 北は無理。
そのまま西へ突っ切る? 馬鹿な、レーザー照射の的だ。 西側の丘陵部の影に逃げ込むのに、最低でも6~7秒かかる。 その間に5~6機は喰われてしまうだろう。
「ゲイヴォルグより“ドラゴン”、“ハリーホーク”! 突撃級の群れを、何とか丘陵部越しに誘導できるか?」
『無理です! “ドラゴン”は現在、突撃級との乱戦状態です!―――C小隊! 左から来るぞ! 気を付けっ・・・! くそっ、1機撃破されました! 残存、10機!』
『こっちも、無理っス! “ハリーホーク”、同じく残存10機、乱戦中! さっき、不期遭遇戦でレーザー照射に、2機がやられました、スミマセン!』
どうする? 部下の2個中隊に、突撃級の群れの誘因任務を課したまでは良い。 戦術的に間違っていない。 前方過ぎる場所に、予期せぬ光線級の小さな群れが現れた事以外は。
真咲大尉の―――第1中隊を向かわせるか? いや、駄目だ、第1中隊は最後の締めの役だ。 グルカもブータンも、それで旅団ごと動いて貰っている。 今更変更出来ない。
第2部隊を―――位置が離れすぎだ。 ついさっき、ブータン旅団の前面に、“アレイオン”の側面援護として出したばかりだ。 手持ちの戦術機中隊は、全て出し尽した。
『―――大隊長! 我々が行きます! “アイリス”に、強襲攻撃許可を!』
大隊指揮小隊長の遠野中尉が、通信に割り込んで意見具申をする。 強張った表情だ、焦燥感と緊張、そして僅かに後悔の色も垣間見えた。
大隊指揮小隊を率いている彼女は、周防少佐が普段は兎も角、戦場でのこんな状況では、部下の逸った行動を許さないと知っているからだ。 答えは即答で帰って来た。
「―――却下する。 貴様達が行っても、的になるだけだ」
グッと、遠野中尉が言葉に詰まる。 確かに地形情報とBETAの分布情報を突き合わせれば、指揮小隊の進出ルートはどうやっても途中で2回、レーザー照射の危険性が高い。
しかし、現在でBETA群との接敵の可能性が最も低いのは、指揮小隊だけなのだ。 遠野中尉は当然、周防少佐はここに留まって全隊指揮を執って貰うつもりだった。
決死の強襲突撃をかけるのは、指揮小隊の3機だけで良い。 大隊長は最後まで生き残り、指揮を続けなければならない。 それが上級指揮官の義務だから。
『しかし! このままでは、“ドラゴン”と“ハリーホーク”は―――!』
「その上で、貴様達を3機とも無駄死にさせろと? 遠野、貴様、俺をそこまでの無能者にさせたいのか?―――暫く黙っていろ」
遠野中尉がビクッとするほど冷たい、一瞬背筋がゾッとする程冷たい声で、周防少佐が部下の発言を封じた。 しかし内心は声色程、冷静ではなさそうだ。
―――慣れない事をするなよ。
僚友で親友の長門少佐なら、鼻で笑って流しただろう。 その証拠に、周防少佐の右顔面に、興奮すると薄らと浮き上がる、右の頬を走る古傷跡が浮かんでいる。
時間にして10秒弱ほどか、周防少佐が指揮下に置いた各部隊の戦況、位置、BETA群の分布、そして地形情報を見比べてから、顔を顰めて、ひとつの部隊を呼び出した。
「―――“スネーク・シーフ”、掃除は終わったようだな?」
『―――火事場泥棒をやるには、美味しいモンは全く、有りゃしませんがね』
南ベトナム軍機装兵中隊を率いるレ・カオ・クォン大尉が、ふてぶてしい古参顔で網膜スクリーン上に現れた。 片方のサブ画面にも、ヴァドゥル・ユカギール中尉が現れる。
「俺は、『掃討戦仕様で、小型種の掃討』を命じた筈だが?」
『ええ、ですんで、『小型種』の掃討ってなぁ、時にこんなオモチャも必要なんスよ、俺らの業界じゃあね』
そう言って、レ・カオ・クォン大尉が外界映像情報で送って来たのは、FN-AMR96(96式対BETA狙撃銃)をプルーン・ポジション―――伏射姿勢で構える機装兵達だった。
その映像には、狙撃兵達の向こう側にレーザー照射を発している光線級BETAが、微かに確認出来る。 と言う事は、機装兵2個中隊は・・・つまり、そう言う事だった。
この口径15.5mm(15.5×118mm弾)の大型アンチ・マテリアル・ライフルは、15.5mm多目的弾頭を銃口初速1100m/sで、有効射程2500m先の装甲車両をも射貫させる。
機装兵部隊では掃討戦装備ではなく、アンブッシュ戦での使用を前提にしている。 だが今回、レ・カオ大尉は『小型種の』と言う言葉を、徹底的に拡大解釈して持ち出したのだ。
となれば、1個分隊に1名の狙撃手が配置されている筈だ。 1個小隊で3~4名、中隊だと中隊本部も含めれば、損失を差し引いても10名前後の狙撃手を配置しているだろう。
「・・・ユカギール中尉?」
『はっ! レ・カオ大尉と協議の結果、本装備が必需と判断いたしました、少佐!』
くそ、餅は持ち屋か。 それにしても、良い場所に陣取っていやがる。 偶然、あくまで偶然―――くそ、煮ても焼いても食えないな、歴戦の古参白兵戦指揮官と言う連中は!
「―――距離は?」
『レーザー測距で、1755mってトコですか。 並みの連中なら、カスリもしない超長距離狙撃ですがね。 俺の部下で外す奴は、いませんぜ』
『自分の部下達も、生まれながらの狩人揃いで有ります。 この距離ならば、外しません』
「―――的は、エリアK8D、ポイントK-115からK-118までバラけている。 推定個体数は約30体。 これまで4機が撃破された、30秒以内にカタをつけろ」
『―――了解』
『―――はっ!』
それだけで状況を把握した、2名の古参の機装兵指揮官達は、すぐ様、部下達に対BETA狙撃銃での光線級BETA掃討の命令を下した。
周囲には本来の掃討戦装備の機械化装甲歩兵達が、狙撃手を中心に半円を描くポジションで身を隠しながら、油断なく警戒している。
その事を即座に確認した周防少佐が、前方で苦闘中の部下を呼び出して、新たな命令を出す。
「―――“ゲイヴォルグ”より“ドラゴン”、“アレイオン” 30秒間、現地点を維持しろ。 光線級を始末する。 30秒後、誘因攻撃を再開せよ」
命令を下した後、周防少佐も内心でその命令に呆れる。 何て事だ、混戦状態での30秒。 それも光線級に頭を押さえられて―――永遠に等しいじゃないか。
『―――“ドラゴン”、了解・・・! 30秒か! やってやりますよ! 帰還したら、中隊全員に奢って貰いますよ! 全機、続け!』
『―――“ハリーホーク”です! SVA(南ベトナム軍)のヤクザモンに、“さっさと始末しろ!”って、言っておいて下さい! 30秒、了解!
貴様ら! 30秒持ち堪えたら、大隊長が大判振る舞いしてくれるぞ! B小隊、脚だ、脚を狙い撃て! A小隊、C小隊、俺に続け! あの隙間を突破するぞ!』
―――俺を破産させる気か?
内心の片隅でそう苦笑しつつ、機械化装甲歩兵の戦況を確認する。 1個中隊が狙撃をした後、もう一方の中隊が別の場所から狙撃を行う。 その間に最初の中隊が急速移動する。
戦闘用強化外骨格に装着された、2発の小型跳躍ユニットを吹かし、夜間の視界が利かない中で地表スレスレを高速移動する機械化装甲歩兵部隊。
数秒で200m近くを移動した中隊が、再び狙撃態勢に入る―――射撃。 念には念で、ダブルタップで倒す方針らしい。 既に20数体の光線級BETAが弾け飛んだ、残り7~8体。
「―――あと、10秒だ! “スネーク”、“オホートニク”!」
『急かさんでも、大丈夫ですぜ、少佐殿! こっちは終いだ! おい、ジープン!』
『―――俺はヤクート人だ、間違えるな、ベトナム人。 狙撃、開始する』
ユカギール中尉の率いる機装兵中隊の狙撃手達が、伏射体勢で狙いをつける。 光線級はまだ、機装兵中隊の場所を認識していない様だ。 レーザー照射は開始されない。
如何に重光線級より認識能力の高い光線級でも、複数個所に散らばって狙撃して来る相手では、直ぐに認識してのレーザー照射は困難なようだった。
10数発の甲高い発射音(サプレッサーなど、BETA相手に無用な装備は使用しない)が、中継映像に乗って聞こえる前に、残った光線級BETAが弾け飛ぶ姿を確認した。
念の為にザッと音紋、震動探知でサーチするが、どうやらもう居ない様だ。 どうやら厄介な光線級BETAは掃討出来た―――4機の部下の損失と引き換えに。
「―――“ゲイヴォルグ”より全隊、誘因作戦を再開せよ!」
周防少佐が上級司令部―――旅団本部に『後退戦闘中』と報告したのは、その直ぐ後の事だった。
2001年5月11日 0305 マレー半島 マレー半島東岸 タイ王国・ミャンマー国国境地帯 日本帝国軍南遣兵団 第15旅団司令部
「―――分遣隊、『ゲイヴォルグ戦闘団』、後退します!」
「―――英軍グルカ旅団、南ベトナム軍第9旅団、共に『ゲイヴォルグ』に同調! 後退を始めました!」
「―――BETA群、約6500、東部海岸線に到達! 南下します!」
「―――第2戦術機甲大隊より入電! 『BETA群進路、1-1-5。 一部が反転、旅団側面に達しつつあり!』です!」
「―――第151機甲大隊第3中隊、第152機装兵大隊第2中隊、交戦を開始しました!」
「―――第155自走高射大隊第1中隊、155機装第2中隊側面に展開完了、射撃開始しました!」
日本帝国軍南遣兵団、その右翼を守る第15旅団司令部内は、降って湧いた状況の変化に慌しく対応を余儀なくされていた。 側面を守る分遣隊が、命令も無く後退を始めたのだ。
「何をやっているのだ、周防少佐はっ・・・!」
戦況を書き込んだアクリルボードを睨みつけながら、司令部G1(人事・運用参謀)の富樫直久中佐が呻く様に言う。
周防少佐の分遣隊後退に引きずられる様に、ガルーダスも後退を始めた。 お陰で旅団の側面はガラ空きだ。
「―――作戦目的の為だろう?」
その隣で、司令部G3(作戦参謀)の加賀平四朗中佐が、やや冷ややかな視線で同僚に言い返す。 良い気はしないが、もし自分がその立場だったら・・・
加賀中佐も同じ考えをしただろう。 但し、実行に移すかどうかは別だ。 司令部からの命令も無く、独断での部隊の後退指示。 その結果、旅団の側面は危険な状況だ。
「であれば、なおの事! 司令部へ後退許可の指示を仰いで然るべきだ! 何の説明も無く、いきなりの独断専行! お陰で旅団はこの有様だ!」
現在、第1防衛線中央部を突破した約4万前後のBETA群が、第2防衛線各所の穴に突っ込み、そこを食い破って侵入して来ていた。
第2防衛線第3軍団(南ベトナム軍)の第12師団が、地震による道路網寸断で予定の進出地点まで進めなかった事が逆に幸いした。
路上で右往左往していた南ベトナム第12師団は、これ以上の進出は不可能と判断し、南遣兵団の直ぐ左隣で戦線を組む事となったのだ。 不幸中の幸い、まさに僥倖だった。
そして現在、『第2.5防衛線』とも言うべき臨時の防衛線を、日本帝国軍南遣兵団(2個旅団、6個連隊基幹)、南ベトナム軍第12師団、ガルーダス2個旅団を主力に半島の東側を。
ガルーダス北部3軍第6軍団のインドネシア軍第13師団、サイコット(タイ・イスラーム中央委員会:CICOT)義勇第1、第2旅団が半島の西側を、それぞれ防衛していた。
そんな中、東海岸線の防衛を命じた南遣兵団分遣隊が、独断で後退を開始。 それにつられる様に、隣接するガルーダスのグルカ旅団と南ベトナム第9旅団も、後退を始めたのだ。
第15旅団は現在、前方を南南東に向けて横切ってゆく万単位のBETA群への交戦と、途中で進路を転じて側面に襲い掛かる一群と、双方への対応を迫られている。
「・・・独断専行、時には良し、じゃありませんか?」
旅団G2(情報幕僚)の三輪聡子少佐が、部下から手渡されたレポートを見ながら、ポツリと呟いた。 その声を聞き咎めた富樫中佐が、厳しい顔で三輪少佐を睨みつける。
「―――後方のチベット旅団と、ブータン旅団が南東15kmの地点まで、ようやく到達しました。 あと5kmも進めば、完全に共闘が可能です。
現在、両部隊より支援砲撃の申し出がありました。 我が旅団の、ガラ空きになった右側面、ガルーダス2個旅団の抜けた穴にです」
機甲大隊と、2個旅団で4個中隊だけだが、それも第1世代機のF-5系戦術機だが、それでも彼等の『虎の子』の2個戦術機甲中隊を前面に出す、と言って来たのだ。
これで旅団の空いた右側面は、チベット、ブータンの両旅団によってカバーされる事になる。 南遣兵団の側面からの崩壊は、ひとまず回避された様だ。
「結果論だ! であれば、何故先に一報を入れてこない!? 周防少佐から連絡が入ったのは、分遣隊が後退を始めた後だ!」
「・・・人事考課の面から見れば、そう言いたくなるのは判る。 だがな、富樫中佐、作戦参謀としては、そこまで言われては、流石に良い気はしない。
君は私が、そこまで底抜けの無能だと、そう言いたいのか? チベットとブータンの2個旅団の位置も進撃速度も、把握していた。 BETA群の動きも。
そこから出される結論は、ひとつだけだ―――分遣隊と、グルカに南ベトナムの2個旅団を下げて、海軍第22聯合陸戦団の上陸地点前面を守らせる事だ」
海軍聯合陸戦団(『編成』上は、旅団)は、実質的に陸軍の乙編成師団並みの戦力を保有する。 聯合陸戦師団ともなれば、陸軍甲編成師団以上、軍団以下の戦力を持つに至る。
聯合陸戦団の上陸作戦が成功すれば、平坦地が走る東海岸線に2個師団並みの戦力による防衛線を構築する事が出来るのだ。 艦隊が沖合に戻るまでの時間は十分稼げる。
「―――それに、分遣隊への兵站物資補給も、海軍から幾らか融通して貰えます。 現状では、旅団や兵団から分遣隊への兵站線は事実上、途絶状態ですから」
横から、旅団G4(兵站参謀)の平内巌少佐が首を突っ込んできた。 名前とは逆に、見た目も性格も、穏やかで温厚な兵站将校だ―――『商売人』だが。
「判っておる、そんな事は! 私が言いたいのはだなッ―――!」
「―――周防少佐には、作戦終了後に始末書の山を書かせる。 戦場における軍規の順守は、必須だ。 TSF(戦術機甲部隊)の長門少佐からは、他に何と?」
それまで、部下参謀たちの議論(?)を黙って聞いていた、旅団長の藤田准将が戦況指示用のアクリルボードを見据えながら、参謀団に確認して来た。
「はい、『ガルーダスの4個(戦術機甲)中隊への、統合指揮権を確保されたし』と・・・」
旅団通信参謀を兼務する、第1502通信中隊長の信賀朋恵大尉が、呆れた様な表情で報告した。 毎度のことながら、旅団の両戦術機甲大隊長達の厚顔さには・・・
ガルーダス軍が虎の子の戦術機中隊を出してくれただけでも感謝なのに、その指揮権を寄こすよう、交渉しろとは。
「長門の第2大隊に、兵団本部から分捕った予備の2個中隊、そしてガルーダスの4個中隊・・・併せて9個中隊の統一指揮権をか? あいつめ、周防と張り合う気だな。
だが、流石に4個中隊全ては無理だ。 最低2個中隊は、彼等も本隊前面の直援に必要になる・・・信賀、長門に伝えろ、『2個中隊で我慢しろ』と。 それで周防と同数だ」
藤田准将が困った様な、面白そうな、微妙な表情で笑いながら言う。 『越権も甚だしい!』と憤慨する富樫中佐に、『長門も、始末書の山に放り込むさ』と言って、藤田准将は破顔した。
その言葉を合図に、副旅団長の名倉大佐と、旅団先任参謀の元長中佐が参謀団の頭を切り替えさせ、兵団本部へ『捻じ込む』為の作業を命令する。
「・・・グルカもブータンも、意外と素直に、周防の言に乗っかったものだな」
副旅団長の名倉大佐が、旅団長の藤田准将に話しかける。 流石に副旅団長を無視する事も出来ず(する気も無いが)、微苦笑しながら答えた。
「彼等も、平坦地での防衛戦闘だなどと、悪夢以外の何者でもない。 むしろ、周防の誘いは渡りに船だろうさ」
「いざとなれば、『日本軍の正式命令系統を通じた決定だと、そう聞いていた』とか? まあ、他国軍人の面倒まで見ようなんて連中は、どこの国にも居はしないが」
「あれでいて、強かだよ、ガルーダスは。 小国同士の、それも必ずしも強い繋がりとは言えない連合体で、こうやってマレー半島を防衛している」
「国際政治的にも、な・・・」
「・・・そうだ。 名倉、貴様、知っているか? 先の世界大戦の折、我が帝国陸軍が最後まで把握しきれなかったのが、タイ王国の『微笑み外交』だと言う事を?」
「陸士の講義で、散々聞かされたぞ、その話は―――まあ、昔も今も、この辺は変わらんな。 しかし藤田―――いや、旅団長閣下、良くあそこで纏めましたな」
今は部下でも、陸士同期の名倉大佐が、期友としての藤田准将に、周りに聞こえない小声で、ニヤリと笑って話しかける。 先程の周防少佐の件の事だ。
そんな友人の表情に、フン、と鼻を鳴らしながら藤田准将が、忙しく動き回り始めた参謀団を見回し、これも小声で『期友』として言った。
「俺は状況次第で、『独断専行も止む無し』、などとほざく勢いのある奴を、分遣隊指揮官に据えたつもりだ。 命令を遵守して、勇敢に死守する戦いをする奴でなく。
むしろ、あそこで周防が動かなければ、俺は奴を解任していたよ。 いや、増援すら送らなかったかもしれん、例え分遣隊が全滅しようともな」
「やれやれ・・・貴様と言い、貴様の細君と言い・・・周防には今更ながらだが、同情するよ」
「伊達に、あの男が少尉の頃から知っている訳ではない。 俺の妻も、私的ならともかく、戦場ではとことん、非情に判断する女だ。 あいつはその部下として、生き残って来た」
「長門も、似た様なものか・・・アイツの方が、周防より防衛戦闘での粘り強さはある、か・・・?」
「俺から見れば、まだまだ2人とも、五十歩百歩だが―――防御戦闘では長門、攻勢や遊撃戦闘では周防か。 ま、程度問題だが」
その腹積もりを成立させる為に、先程は富樫中佐に『軍規』の問題を言わせたのだ。 全面的に肯定してしまえば、独断専行の負の部分を正当化してしまう。
だからだ、敢えて軍規上の問題を惹起させて、司令部内にその問題を認識させた。 そして『始末書』と言う、人事考査上の染みで独断専行の非を匂わせながら、状況を容認させた。
富樫中佐が殊更、独断専行の事を叫び続けたのも、上官の意図を認識しての事だろう。 自分の役割(司令部内の綱紀維持)を認識しつつ、上官の意図する方向に会話を持って行く。
結果的に嫌われ役を買って出た様なものだが、人事担当参謀など、それも仕事の内だ。 もしかすると、作戦参謀の加賀中佐も気付いていたかもしれない。
先任参謀の元長中佐や、目前でニヤニヤ笑っている副旅団長のこの男など、最初から判って口を挟まなかったに違いない―――くそ、俺の下手な芝居など、お見通しとばかりで!
「では俺も、精々怖い上官に目を付けられんよう、仕事をするとしようか―――『分遣隊への後退命令、及びグルカ・南ベトナム両旅団への後退戦闘を、第15旅団は要請セリ』
こんな所で良いのだろう? 兵団参謀長の熊谷閣下(熊谷岳仁准将)は、うるさ型だぞ? 陸士時代は俺も貴様も、お互いあの人には散々絞られたよな、おい」
「―――熊谷先輩のお小言は、副旅団長に全権委任する。 竹原閣下(南遣兵団長・竹原季三郎少将)には、後で俺から話を通す」
竹原閣下は熊谷先輩と違って、温厚な人格者だからな。 上官の役得だ―――そう言って、藤田准将は小さく笑った。
何が役得だ、兵団司令部会議で、矢面に立たされるのは貴様なのに―――名倉大佐は、内心でそう毒づいていた。
ともあれ、状況は再び動き出した。 ならばこの状況を如何に利して、形勢を逆転させるか。
その為に高い俸給を貰っているのだ、自分達はプロフェッショナル―――職業軍人なのだから。
2001年5月11日 0310 マレー半島 マレー半島東岸 タイ王国・バーンサパーン・ノーイ県南部、チャンレク南方8km地点 『ゲイヴォルグ』戦闘団
≪・・・であり、貴官の行為は司令部承認前の独断専行と言わざるを得ず・・・きゃあ!?≫
「―――どうした? 来生」
≪い、いえっ! きゅ、急に車体がバウンドしまして・・・伍長! もう少し抑えなさいと、運転席に・・・きゃあ!≫
≪無理ですよ、来生中尉! ただでさえ、ここら辺は未整地なのに。 夜間、こんな飛ばさなきゃならない状況です!≫
≪も、もうっ! モニターがまともに読めないわっ! あ、しっ、失礼しました、少佐! ええと・・・独断専行と言わざるを得ず・・・
旅団本部としては増援を送る余力なしである・・・しょ、しょう・・・いぎっ!? いひゃっ・・・! しょうしゃ、いかくぁ、なしゃれまふか・・・?≫
―――車輌のバウンドの衝撃で、思いっきり舌を噛んだな? 妙に可愛らしい、舌足らずな口調になってしまった副官の声に、場所柄を忘れて笑いそうになる。
旅団本部から、分遣隊指揮官宛の通信文は・・・『独断専行』、『軍規に反する』、『事前連絡の徹底不備』、エトセトラ、エトセトラ・・・様は、叱責である。
「―――どうも、こうもしない。 予定通りに後退戦闘を続行する」
≪し、しひゃし・・・いたた・・・しかし、旅団本部からの、この通信文は・・・せめて、状況説明位は・・・≫
不安な声色の来生しのぶ中尉の声を無視して、周防少佐は『後退戦闘を続行する、報告は事後で良い』の一点張りだった。 戦術機の管制ユニットの中で、内心で溜息をつく。
上官の立場の悪化を恐れて、副官の来生中尉も執拗に旅団本部への状況説明の通信許可を、と言い張ってくる。 彼女としても、上官の立場が後々で不味くならぬよう、必死なのだ。
「―――必要は無い、今は後退戦闘に専念しろ。 来生、あとどれくらいで団本部は後方陣地に到着する?」
≪・・・約15分です≫
ムスーッとした声で来生中尉が報告する。 いかんな、甘やかしすぎたか?―――内心の苦笑を堪えつつ、周防少佐は脳裏で部隊とBETAとの位置関係、そして時間的距離を計った。
「・・・よし、後方陣地に到着次第、海軍第22聯合陸戦団司令部に連絡しろ。 『上陸地点を、南に3km移動されたし』 背中で荷揚げ作業をされながらでは、戦えないからな」
≪・・・了解しました≫
納得いかない様子だが、無視する。 しかし何故だろう? 周防少佐にはさっぱり判らないが、来生中尉と言い、指揮小隊の遠野中尉と言い、やたらと上官の肩を持ちたがるのは?
≪CP、ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ・ワン! 前方10時、距離8700、新たなBETA郡、4200! 進路は南南東、速度約65km/h!≫
団本部と共に後方へ急速後退中の大隊CP将校、長瀬恵大尉から新たな狂報が入った。 正面の約6000(500体程は仕留めた)、そこへ追加で4200。
「・・・合計で、1万体以上か。 嬉し過ぎて溜息しか出んな。 第2部隊は?」
≪ガルーダス軍前方で、防御戦闘中! ヴァン大尉より少佐宛、『後で絶対、何か奢ってね!』です!≫
少女の様な可愛らしい童顔とは裏腹に、戦争慣れした歴戦の衛士で指揮官のヴァン・ミン・メイ大尉ならば、早々に全滅する下手は打たないだろう。
左からの新たなBETA群は、取りあえず第2部隊に任せておけば、時間は稼いでくれる。 上級指揮官用の戦域情報を見る限り、少し余裕が出ている。
旅団第2大隊(長門少佐指揮)が予備の2個中隊に加え、チベット・ブータンの2個中隊も統合指揮して、旅団の側面―――『ゲイヴォルグ戦闘団』の左前方を押え始めたからだ。
(・・・何と言うかな、散々、脅してくれているけどな・・・)
それでも旅団本部は、『後退を中止し、当初作戦戦域を死守せよ』とは言っていない。 と言う事は、承認を与えたと言う事だ―――周防少佐は、そう判断したのだ。
(もっとも・・・後で、散々絞られるだろうけどな。 特に名倉大佐や、G1の富樫中佐辺りは、煩そうだ・・・)
旅団士気の盛り上げ役の名倉大佐と(副指揮官など、そんなものだ)、綱紀・風紀の引き締め役のG1(人事・運用参謀)、そろって目前で怒鳴られ、ネチネチとやられるのは参るが。
「長瀬、“ドラゴン”、“ハリーホーク”の両隊に伝えろ。 BETA群をG5D、ポイントB-225地点に誘き出せと。 光線属種への吶喊は、“フリッカ”が位置的に最も近い。
第2部隊のヴァン大尉に命令、攻撃主体は“アレイオン(旅団第2大隊)”に任す様に。 零れて来る個体群を、前方のBETA群に合流させるなと」
≪―――了解です≫
「それと、もうひとつ。 南ベトナム第9旅団の第2戦術機甲中隊を臨時に指揮下に入れるから、“バルト(南遣兵団独立戦術機甲中隊)”を戻せと言え」
≪―――はっ!≫
後退戦闘を行うに当たり、グルカ旅団、南ベトナム第9旅団が保有する4個戦術機甲中隊の内、本隊直援の2個中隊を除く半数の2個中隊を、周防少佐が統一指揮する事になった。
第2部隊指揮官のヴァン・ミン・メイ大尉は南ベトナム軍だ。 同国軍部隊の方が指揮し易いだろう。 データ上では第9旅団の戦術機中隊長は、ヴァン大尉の3期後任だった。
「グルカのバハドゥル大尉は?」
グルカ旅団第1戦術機甲中隊長、クリシュナ・バハドゥル大尉。 英連邦軍の一員として第2次バトル・オブ・ドーヴァーにも参戦した、周防少佐にとっては『戦友』だった。
≪―――“マガール(グルカ旅団第1戦術機甲中隊)”、移動して来ます。 合流まで20秒≫
暫くして隣接するグルカ旅団の方向から、跳躍ユニットの立てる轟音が響いてきた。 2個中隊居る、ひとつは“マガール”だ、もう一つは・・・
『第4中隊“バルト”、復帰しました』
見事な金髪のエリカ・マイトラ大尉のバストアップ姿が、網膜スクリーン上にポップアップした。 同時に別ウィンドウにバハドゥル大尉の浅黒い、精悍な顔も。
グルカ部隊の使用機体は、Type-92ⅡC(92式『疾風』弐Ⅲ型・輸出タイプ)だ。 “バルト”と同じ機体、協同作戦に齟齬は生じないだろう。
「よし。 “バルト”と“マガール”は本作戦終了まで、私の直率予備とする。 現在の状況はBETA群先頭集団―――突撃級の群れをG5D、ポイントB-225に誘導する最中だ」
『・・・丁度、我がグルカとブータンの2個機甲大隊、その前に側面を晒す格好ですな。 先頭集団を潰して、後続の障害とする』
『同時に2個旅団と戦闘団の全力砲撃で、後ろの光線属種にレーザー照射を撃たせる。 そこへ“フリッカ”が突っ込む―――我々は、光線属種前方の要撃級への対応ですね?』
2人とも歴戦の指揮官らしく、ポイントを聞いただけで指揮官の意図を察した様だ。
「そうだ、グルカ旅団とブータン旅団へは話を付けた。 彼等と我々の前方の守りは、第2部隊と向うの予備2個中隊が受け持つ。 後続の4200体は、“アレイオン”が対応する」
そして最大の殲滅目標が、前方の6000体。 その中の光線属種、約80体だった。
「大半が光線級とは言え、10体ほど重光線級が確認されている。 “フリッカ”の突入後、場合によっては、どちらかに追加で飛び込んで貰う」
『―――了解しました』
『了解』
良し―――心なしか、戦術機の管制ユニット内に、アドレナリンが充満している様な気がする。
俺も、まだまだ若造だな―――苦笑した周防少佐が、戦術作戦用のタイムカウンターを見た。 予定時間、マイナス11秒。
『―――“ドラゴン”より“ゲイヴォルグ・ワン”! 注文通り、吊り上げましたよ!』
臨時で2個中隊を指揮する最上大尉から、待ちに待った連絡が入った。
「よし! 最上! 八神! そのまま頭を押さえろ! 真咲?」
『―――“フリッカ”です、何時でもどうぞ!』
無意識に操縦スティックをギュッと握りしめる。 タイミングはこの戦域の戦術機甲部隊の統合指揮官(臨時)の周防少佐が預かっている。
まだだ、まだ密集度が薄い。 今始めては、突撃級の骸で障害を作るまではいかない。 部下の苦闘は承知で、もう少し・・・もう少し・・・
「ッ!―――『ゲイヴォルグ』戦闘団長よりグルカ、ブータン、両旅団本部へ要請! 全力支援砲撃を要請! 繰り返す! 全力支援砲撃を要請!」