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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 伏流 米国編 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/30 23:51
2000年10月14日 1830 ニューヨーク市パークアヴェニュー299 在N.Y.日本帝国総領事館内 国防省臨時出張事務所


「じゃ、お疲れ様。 お先に」

「お疲れ様です、副所長」

「お疲れ様でした」

ようやく、ペンタゴンとの非公式会談のセッティングが終わり、ホッと一息ついた日の夕方。 退勤時間は1時間前に過ぎているが、所長の篠原少佐も部下達も、誰も帰らない。
こう言う所が、『日本人はワーカーホリックだ』と言われる所以なのだろうな。 欧米だと完全に割り切るからな。 無論、残業をしない訳じゃない、忙しければもっと凄いと聞く。
だけど、上司が帰らないと部下が帰りづらい、だから何となく残業して時間を潰す―――日本の実態は、多分にそんな所じゃないか? 親爺に聞いても、そう言っていたな。
だもので、最近は真っ先に俺が帰る事にしている。 その次に篠原少佐。 彼も父親が会社員だとかで、その辺はよく聞いて解っている男だ。

「おう、周防さんよ、俺も帰るわ」

所長の篠原少佐も、外套を手に取り事務所を出てきた。 2人してエレベーターに乗り込む。 他に別フロアのビジネスマンが居たが、俺達を日本軍人だと思う連中は居ないだろうな。
何せ、ここでは軍服着用は不可だ。 元々、ただの民間所有のビルだし、そこに外国の軍服を着た軍人が出入りしていては、ビルのオーナーの心証が悪くなる。
なもので、俺も篠原少佐も、部下の大尉達もみんな、普段は背広やパンツスーツ姿だ。 まるで会社員だよ―――なんか、新鮮な感覚だ。

「―――でな? お前さんが金髪の美少女を引っ掛けていたって、前田君がさ・・・」

「おい、ちょっと待てよ。 誤解だ、それは。 彼女は俺が国連軍時代に世話になった元上官の、その知人の娘さんだよ。
その元上官って人はもう亡くなっていて、なにかと気を使っていた事が有っただけだ。 今回、偶々再会したんだ。 まったく、前田大尉は優秀だが、この手の話題が・・・」

ぶつぶつと、次第に愚痴になって来た。 部下と言っても、古参の大尉連中だ。 1期や2期上の少佐を、噂や笑い話のネタにする事ぐらい、平気でしやがるからな・・・
ビルの前のパークアヴェニューを南西に、グランド・セントラル駅に向かって歩く。 『マンハッタン3大ターミナル』のこの駅は、44面67線の広大なプラットホームがある。
俺達は普段、この駅からメトロノース鉄道のハーレム線でマンハッタンの北隣、ウエスト・チェスター群まで往復している。
ここは住環境が良好で、日本人駐在員や派遣された各省庁職員などが、多く居住している場所だ。 終電も深夜2時、3時と遅くまで運行しているのが有りがたい。
そしてそんな夜遅くの電車には、これまた遅くまで残業している日本人ビジネスマンの姿が多く見られ、郊外の住宅地に帰宅する彼等は一様に日本の新聞を読んでいる・・・
アメリカ人からすれば、ちょっと異様で、それ以上に可笑しい光景が、夜毎拝める路線として、小話のネタにもなっている。

「ふうん・・・ 俺はもう今日は帰るけど、アンタは?」

「・・・その『美少女』と、逢引きだ」

「へへえ・・・? ま、何も言わんよ。 『武士は相見互い』ってな?」

「・・・わざと言うなよ、ったく・・・」

グランド・セントラル駅で篠原少佐と別れ、そのままパークアヴェニューを真っすぐ歩く。 途中、東40丁目で折れて、そのまま西40丁目まで。
バロックだがゴシックだかの建築様式の、ニューヨーク公共図書館の前で待ち合わせだ。 待つ事5分ほど、待ち人が図書館から出てきた。

「―――お待たせ、直衛!」

変わらないな、この子は。 前向きな元気さは。 アルマが結構大きなバッグを背に、図書館から出てきた所だった。

「ん、今着いたばかりだよ―――可愛い服だな、アルマ。 えっと、その・・・」

―――何て言えばいいんだろうか? すっかりこの街のファッションなんか忘れてしまったぞ? 思いっきり小父さんになった気分だ・・・

「え? これ? ん~、普通のVネックブラウスだよ? シックカラーの襟付きが、ちょっとお洒落なのさ! あとは普通にスリムパンツと、アンクルブーツだよ?」

その上にロングのニットカーディガンを引っ掛けている。 全体的にすっきり感が有るけど、アルマの雰囲気でか、妙に元気に可愛く見えるな。

「えへへ・・・可愛い? ね、可愛い?」

「ああ、可愛いよ―――勉強か?」

「うん、課題のレポート。 明日提出なんだ、でももう仕上げたけどね!」

「へえ・・・優秀なんだな」

「へへん、これでも成績は優等クラスでAかA-は、ずっとキープしているもんね!」

「・・・高校、どこだと言ったっけ?」

「スタイヴァサントだよ、ソフモア(10年生、高校2年。 アメリカの高校は4年制)さ。 もう16歳よ、私」

―――え? スタイヴァサント? って、昔ドロテアに聞いた事が有るぞ。 確かマンハッタンの公立高校で、3指に入る進学校じゃなかったか?

「・・・一応聞くけど、ニューヨーク市立スタイヴァサント高校?」

「え? だからそうだって、言っているじゃん? 直衛、耳が遠くなった?」

―――口の悪さと小生意気さも、変わらないな、この子は・・・

ブライアント公園で6番街に左折して、そのままアヴェニュー・オブ・アメリカズを真っすぐ南西に。 西34丁目とぶつかった角が『メイシーズ』だ。
ニューヨーク庶民に愛されるこの庶民派デパートは、アルマもお気に入りの様だ。 洋服から靴、帽子、ヘアリボンに下着!まで(ランジェリーと言った方がいいのか?)
散々、ウィンドウショッピングに付き合わせられた。 いや、少女でも女だ、このショッピングにかける根気には負ける・・・

「私さ、別に直衛を恨んで無いよ?」

「―――ん?」

「あの頃はさ、わたしもまだまだ子供だったじゃない? 11歳だったもん、まだ判らなかった。 だから、ちょっとだけ『直衛の嘘つき!』って、思った頃は有ったけど・・・」

メイシーズを出て、ちょっと歩いた所にあるカフェでコーヒーを飲んでいる。 アルマはソフトドリンク。 プラス、ケーキ。 甘いもの好きは、万国の女の子共通か。

「お姉ちゃん・・・イルマが連邦軍に志願入隊して。 それで正式任官した後だよ、ママと私も、キャンプから出られたの―――色々と条件付きだけれどね」

「条件付き?」

「うん。 住む所は事前に移民局と地元の市警に、申請出した所以外はダメとか。 当局の許可無しで引っ越し出来ないとか。 国内旅行も許可制とか。
でもね、お姉ちゃんが合衆国の軍人になったから、その家族の私にも奨学金が貰えるようになって、学校にも行けるようになったの。
一生懸命勉強したよ、私が勉強出来るのは、お姉ちゃんのお陰だから。 キャンプを出る時にね、『自分の好きな事を見つけなさい』って、そう言ってくれたんだ・・・」

「そうか。 良いお姉さんだな。 そう言えばお母さんは? お体が弱かったようだが・・・」

「うん、大丈夫。 時々寝込むけど、それでもね、手芸店を開いたんだ、ママってば。 得意だったし、ま、生活に困らない程度にはね」

―――あれから色々調べた。 寸暇を惜しむ忙しさの中、NYPD(ニューヨーク市警察)に連絡を入れて、旧知のジョン・サラマト刑事を呼び出して教えて貰った。
警部補まで出世して、87分署の刑事分隊長(日本の警察で言えば、所轄署の刑事課長と言った所)になっていた。 お互い、何とかやっているな、と喜び合ったモノだ。
そしてジョンが言うには、どうやら全額とは言えないが、生前にイヴァーリが手配した分の金額だけは、テスレフ母娘に手渡った様なのだ。 それを元手にしたのだろう。

「あの頃、直衛は日本から派遣されて国連軍に居て。 私達は不法居住の難民で。 直衛がそんな私達の味方をできる訳が無いって、ようやく判ったのね。
だって、直衛って衛士なのでしょ? 戦術機に乗って、BETAと戦っているのでしょ? そんな人が、国や、国民や、他の色んな事を裏切れないって・・・判ったの」

くそ―――不覚にも、眼頭が熱くなってきた。 泣いている訳じゃないぞ? 絶対に、そうじゃないからな!? 嬉しかったのだ。
俺にとっては個人的な、小さな、それでも嬉しい事だ。 この世が絶望だけじゃないと言う事を、この大都会の片隅で再確認出来た、それが嬉しい。

「でね、私は将来、教職に就きたいの」

「先生か、それもいいな。 アルマだったら、生徒と気心の知れた先生になれるかもな」

カフェを出て、グローリー・スクウェアからブロードウェイを歩く。 隣を歩くアルマが、微笑みながら将来の夢を語っている。
随分と大きくなったな、この子も。 北欧系だから背も高いのだが、多分祥子と余り変わらないのじゃないかな? 5フィート5インチ(約165cm)はありそうだ。

「うん。 それも良いけど・・・キャンプの子供達に、勉強を教えたいの」

「・・・」

「教える人が居ないのよ、キャンプの不安定さは、教育の不足も問題なの。 私自身そうだったから。 だから・・・まだ夢だけど、いつかは・・・って。 おかしいかな?」

―――この子の人生には、必ず『難民キャンプ』が付いて回るのだろうか? いや、それを憐れんではいけない、それはこの子への侮辱になる。
この子は強い、どんな境遇でも、しっかり前を向いてきただろう、強い子だ。 だからこそ、そんな夢を持てるのだろうな・・・

「いいや―――キャンプの子供達にとっては、朗報だな。 将来、必ず『テスレフ先生』が教えてくれる」

「・・・えへへ」


マディソン・スクエアパークの入口についた。 この近くでアルマは友人と待ち合わせらしい。

「私、趣味で演劇のサークルの入っているのよ。 そこの友達なの」

「その子は、演劇学校の生徒か何かかい?」

アメリカの学校は、日本の様なクラス制で無い、単位制だ。 そこには日本には無い教科―――演劇とか、芸術とかのコースがたくさんある。
生徒は自分の勉強したいコースを選んで、また将来に見据えたコースを選択して、勉強出来ると言う。 初めて聞いた時は、とてつもなく羨ましかった。
帝国の教育制度じゃ考えられなかったし、俺が中等学校の頃にはもう進学の選択肢など、殆ど無いに等しかった事も有る。

「え? ううん、その子も―――女の子だよ、その子も別の学校。 好きで演劇やっているのね。 2歳下、8年生よ」

8年生―――14歳か。 こちらの中学3年生、日本で言えば中学2年生だ(アメリカは、少なくともN.Y.の義務教育は、5・3・4年制だ)

「超名門の、お嬢様女学校なの。 『メリーマウント・スクール』って知っている? マンハッタンの超名門女学校、『セブン・シスターズ』の中でも、お嬢様学校よ」

「・・・知らない」

「じゃ、今から覚えておいて。 私の友達に、失礼の無い様にね―――あ、ここよ、ここ! ジョゼ!」

―――いや、神様ってのは、本当にいたずら好きなのだなと、今日は再確認したよ。 本当に。

秋の夕空を背景に、向うから笑顔で駆け寄ってくる少女―――淡いヘイゼルの長い髪と、同色の瞳。 雀の様に軽やかな身のこなし。
オフホワイトのフレアコートに身を包んだその少女は、俺の背後から友人に遅れたことを詫びていた。

「はあ・・・はあ・・・ごめんなさい、アルマ。 授業が長引いちゃって・・・」

「いいよ、いいよ。 私も暇潰しの相手が居たしね! それよりホント、真面目ね、ジョゼは。 AP単位、もう取っちゃう気なの?」

「早いに越した事ないもの。 あ、私ったら―――失礼しました、ミスター。 私、ジョセフィン・セシリア・アクロイドと言います。 アルマの演劇サークルの友達で・・・え?」

振り向いた俺を見上げて―――この子はアルマ程、背が高くない―――ジョセフィン、ジョゼは絶句していた。

「・・・大きくなったね、それに綺麗になった。 お母さんに良く似てきたね、元気だったかい? ジョゼ?」

「あ・・・ お、おにい・・・」

「5年振りか。 どうしてN.Y.に・・・は、また後でな? とにかく、元気で良かった。 友達も出来たんだね、良かったよ、ジョゼ」

「お・・・おにい、さま・・・?」

「・・・うん」

途端に、少女の感情が爆発した様だ。 大泣きに泣きながら、俺にしがみついて来る。 小柄な子だ、俺の胸辺りまでしか無い。

「バカ! バカ、バカ、バカ!―――居なくなっちゃうなんて! 何にも言わずに、居なくなっちゃうなんて! お兄さまのバカ、バカ、バカ!」

「うん・・・ごめんな」

もう、言う事が支離滅裂だ。 この子が祖母のレディ・アルテミシアや母親とロスアラモスに立ったのは、俺がN.Y.滞在中だったのにな―――ま、野暮は言うまい。
アルマに目配せして、公園のベンチまで移動する。 流石にこの往来の中で、可愛い女の子に泣きながら『バカ!』を連発されるのは、恥ずかしい。
ようやく叫びやんで、それでも俺の背広をしっかり握りながら、まだグズグズと泣いているジョゼを横目に、アルマがジト目で問い質して来る。

「・・・まさかと思うけどね。 直衛って、以前ここに居た時は5年前よね? その時、ジョゼは9歳・・・ 直衛って、まさかっ!? あの『死に至る病』の・・・!」

「阿呆!」

何て事を言い出すのだ、この子は! 

仕方が無いので、アルマに説明する事にした。 流石に軍に関わる詳しい事は言えないが、それでも以前、スコットランドでの任務でジョゼの一家と知り合った事。
まだ幼かった彼女が懐いてくれた事、N.Y.まで一緒に来た事。 それから俺がアルマと出会ってから、その後にN.Y.を離れた事。 ジョゼもその前後にロスアラモスに移った事。
そんな事をかいつまんで説明した。 アルマは色々と聞きたそうだったが、それで十分と納得してくれたようだ。 俺が軍人で、話せない事も多いと判っている様だった。


「・・・ふ~ん、ま、いいわ。 そのお話で、手を打ちましょ」

「事実だぞ・・・?」

「気にしない、気にしない。 ねえ、ジョゼ? 今日はサークル、サボっちゃおうよ?」

「・・・え?」

割と、いや、かなり世事に慣れたアルマに対して、ジョゼは正真正銘のお姫様育ち―――何しろ、スコットランドの男爵家のお姫様だ。
趣味でもアマチュアでも、『サボる』と言うのはジョゼにとっては、随分な冒険だろう。 アルマは常習犯かもしれないが。

「だってさ! 急に居なくなった『兄貴』がさ、やっと顔を出したのよ? 『妹達』としてはさ、ここは盛大に甘えるべきだと思うのだけど、どうかな?」

最初はキョトンとしていたジョゼが、次第に笑みを浮かべ始めた。 昔、幼い頃に屋敷近くの湖に連れて行ってやった、あの時の笑顔と同じだった。

「・・・うん! そうする、そうしたいわ! 昔、ペトラも、そう言っていたもの!」

「よし、決定!―――ん? 誰? ペトラって?」

「ふふ、私の『お姉さん』よ。 行きましょ、アルマ! ほら、お兄さまも、早く!」

「よっし! じゃ、どこ行く? 映画? 演劇も良いよね!」

「ええ、その後でディナー! お洒落なカフェもね!」

「賛成! ほら、行こうよ、直衛!」

「お兄さま、早く、早く!」

ま、良いけどね―――薄情な『兄貴』としては、5年振りに再会した可愛い『妹達』の我儘の、ひとつやふたつや、みっつは・・・俸給、足りるかな?
その前に2人に言って、それぞれの家に連絡を入れさせておいた。 2人とも年頃の娘だ、下手に帰宅が遅くなっては、家族が心配するし。
俺からも一言、伝えておいた。 アルマの母親―――俺の事を覚えていてくれた、思わずイヴァーリを思い出して、懐かしくなった。
ジョゼの母親、ミセス・シルヴィア・アクロイド。 今は母であるレディ・アクロイド博士の元を離れ、ジョゼとN.Y.暮らし。 マナースクールの講師をしていると言う。
2人とも懐かしがってくれた、その内に挨拶にでも伺おう、機会が出来れば・・・ ジョゼの曾祖母(レディの母)は一昨年、亡くなったと言う。 ジョージ爺さんはレディの所だ。


その後は2人に連れ回され、それから演劇を観て(映画は2人の『妹達』が、面白くない、と言って却下だった)、小洒落たレストランでディナーをして。
ぶらぶら歩いた先の、小じんまりとした、お洒落な(女の子が喜びそうな)カフェでお茶をして。 とりとめの無い事をしゃべり続けていた、主に彼女達が。

「え? じゃあ直衛、結婚して子供もいるの!?」

「素敵! お兄さま、写真は有る? 見せて、見せて!」

「ん? ああ、日本から送って来た―――妻と、息子に娘だよ」

祥子が送って来た写真だ。 退院して実家に戻った祥子が、直嗣と祥愛を抱いて微笑んでいる写真。 今は俺の一番大切な写真だ。

「うわあ、奥さん、綺麗な人だねぇ~・・・」

「赤ちゃん、可愛い!」

―――女の子って、大体こう言う反応するな? ま、微笑ましいから良いけどね。

彼女達は色んな事を話してくれた(と言うより、一方的に話しまくっていた)。 学校の事、家族の事、友達の事、趣味の事、遊びの事、ファッション、音楽、将来の夢、etc、etc・・・
そんな2人を微笑ましく思って相槌を打っている内に、ふと日本に居る身内の2人の少女の事を思い出した。 
雪絵―――直邦叔父貴の末娘、直秋の末妹、俺の従妹で15歳の女学校3年生(中学3年) 笙子ちゃん―――妻の、祥子の末妹、俺の義妹で16歳の女学校4年生(高校1年)
2人とも、アルマやジョゼとは同年代だ。 日本を発つ前、5月の半ば頃だったか。 2人に会った。 私用で実家や、祥子の実家へ行った時だったが。

「ジョゼはさ、将来は舞台女優になりたいんだよね?」

「うん・・・ でも、まだ判らないわ、そんな簡単になれるでもないもの。 それに、お母様もお婆様も、許してくれるかどうか・・・今はまだ、趣味でやっているから・・・」

「え~!? もったいないよ、そんなの! ジョゼってば、すっごく舞台映えするんだしさ!」

「う・・・うん・・・」

「夢は追いかけるモノ! で、諦めないものよ! ね?」

帝国の教育制度、そして施行されている徴兵制度(選抜徴兵制)に従えば、雪絵も笙子ちゃんも、そろそろ将来をどうするか、進路を選択する岐路にあると言っていい。
とは言え、選択肢は少ない。 軍に入るか、公務員か、公共性の強い職業訓練専門学校か。 大学は理系以外、政治・法科以外の文系学部の一時閉鎖が相次いでいる。 後は軍需産業。
どの道を選ぶにせよ、軍人以外の場合でもいずれ3年間の兵役は免れない。 18歳から23歳までの間に、徴兵通知がやって来る―――兵役免除の、一部の職以外は。
今の所、雪絵は再来年に師範学校(教員養成学校・5年制)を受験したいと言っている。 笙子ちゃんは年明けに、軍の看護専科学校(看護訓練校)を受けると言う。

アルマとジョゼを、どうこう言う気はサラサラ無い。 この子達は、この子達なりの将来と幸福を得て欲しい、そう思う。
同時に笙子ちゃんや雪絵には、もっといろんな選択肢が与えられなかった事が、内心で哀しく、歯痒かった。
彼女達の選択肢の狭さ―――帝国の窮状は、そのまま戦況の悪化故、詰まる所は軍がBETAの侵攻を抑え切れていないが故。 
俺一人でどうこうできる話では到底ないが、それでも1人の職業軍人として、現実を目の当たりにすると忸怩たる想いが有る。 自意識過剰は判っているのだが・・・

「だからさぁ・・・ ねえ、直衛、そう思わない? 今から夢を諦めるなんてさ!」

「・・・うん、そうだな。 君達の前には、道はたくさん開けているんだよ。 1本道じゃないだろう、時には回り道をしても良い。 目指す先を歩いて行く事は、できるさ」

2人とも、嬉しそうに笑う。 アルマとジョゼが、そんな道を将来歩いて行って欲しい、そう思う。 そして祖国の若い世代にも、そんな道が開かれる世の中になって欲しい。
そう思う。 そして我が子が成長した時に、そうした道が開けていて欲しい。 人の親になって初めて実感した、『繋いで、渡してゆく』事の大切さと言う事を。










2000年10月18日 1530 N.Y.マンハッタン


車中から見ると、何やら集会が開かれている。 結構な人数だ、数千人規模、と言った所か。 この街でも珍しい程、人が集まっている様だ。

「ふん・・・『どうして貴女は、夫を、息子を、兄弟を、恋人を戦場に捧げるのですか?』か―――野党系の反戦団体か?」

後部座席で隣に座る上官が、面白くなさそうな声で呟く。 ちらっとその視線の先を見る、どうやら野党系と言うより、婦人団体と言った所の様だ。
垂れ幕やプラカードには、『追加派兵反対』、『前線国家の我儘を、これ以上許すな』、『夫を、息子を、恋人を返せ』、『対日同盟、反対』などなど・・・

「いえ・・・昨今、勢いが強い戦没将兵遺族の女性達が中心の、婦人団体の様です。 与野党の支持者層問わず、広まっていると」

「なぜ、米国政府は取り締まらない?」

「明神中佐、この国は『自由の国』です。 連邦政府の施策を公然と批判出来るのは、この国の市民の不可侵の権利です」

「周防少佐、その言い様は誤解を招くぞ。 君は帝国軍人だ、この国の不満者層の代弁者ではあるまい」

少し機嫌を損ねた様だ、益々渋い声になっている。 全く扱いづらいな、参謀本部の高級参謀と言う人種は。 少し不機嫌に、窓の外から視線を外してしまっている。
一昨日に開催された日米の非公式会談、結果はあまり芳しくない様だった。 詳細はまだ知らされていない、最も臨時出張事務所の副所長程度に、詳細が知らされればの話だが。
そして継続交渉の為に、日本側は更なる『努力』を強いられる事になっていた。 今も本国と交渉団との間で、暗号化された通信が大量に飛び交っている。
本国でも意見が割れ、収拾に大わらわの様だ。 更なる『努力』と、それに見合った『譲歩』を引き出そうと根回しする高官。 交渉断念を仄めかす閣僚。 色々だ。

「・・・今日の相手、何と言ったか? どこぞの大学教授か、会う価値が有るのだろうな?」

現地交渉団は本国との協議を重ねる一方、米国の裏を読む為にあらゆる手筈を取る必要に迫られた。 米国国内世論、それを連邦政府がどう捉えているか、これも重要だ。

「信条的には中道ですが、その分保守・革新、双方から意見を求められる機会の多い方です。 何代か前の大統領府の顧問をしておられました。
ヘリテージやブルッキングスと言った、どちらかに偏った視点ではなく、より普遍的な意見が聞けるものと」

「資料には、『リベラリスト』とあるな・・・ふん、中道左派と言った所だろう? 公正な判断での意見が聞けるのか?」

―――統制派将校団右派のアンタとは、間を取って丁度いいだろうよ。 思わずそう口にしたくなったが、ぐっと我慢する。 
組織で生きる術か、嫌な事ばかり覚えてしまうな、恥じる気は無いが。 が、このまま先入観を持たせたまま面会するのも、拙いか。

「共和党とのコネクションもお持ちの人です、中道右派の側面も―――前田大尉、そうだな?」

前の助手席で、いきなり話を振られて嫌そうなオーラを出している部下―――前田真妃大尉が、渋々な声で答える。

「・・・少なくとも、講義では偏った見解では無く、中道右派、中道左派、双方の見解を良く話されておりました。 少佐の頃もそうだったのでは?」

「ああ、そうだ。 だが君の方が師事した期間が長かった、より正確に意見を聞くには、君の方が妥当だろう」

―――また、嫌そうな感じを。 判らんでもない、参謀本部の中佐殿との疲れる会話に加わりたくないと思う気持ちは。
今回の同行者、先方にアポイントを取らせた部下の前田真妃大尉。 彼女は出張事務所の中では少数派の、法務科将校だ。
帝大の法科卒業生で、陸軍の依託学生(将来軍に入ることを条件に、軍から奨学金を貰って学ぶ学生)を経て、1年間の米国留学の後、陸軍法務中尉に任官。
その後は各軍管区の法務将校を転々とし、最近は軍官民合同の国家総合研究所に勤務していたと言う変わり種だ。 大尉進級は今年の春。
学生時代の専攻は、国際法関係。 今回、その知識と米国内の人脈を買われて『選抜』された生贄の1人。

今回アポイントを取った人物―――NYU(ニューヨーク大学)のジェフリー・コーエン教授。 俺は国連軍の留学時代に教わったし、前田大尉も留学中の指導教授だったそうだ。
温厚な初老の黒人男性だが、その鋭い洞察は全米の学会でも一目置かれている教授だ。 俺にとっては、温厚な表情で情け容赦なく落第点を付ける、おっかない先生だった。
ワシントンとN.Y.の、双方の『司令部』から各種調査命令を受けた出張事務所。 しかし本来の仕事じゃない、が、命令を断る事も出来ない。
しかも今回、ヒアリングする人物はワシントンの交渉団に随行している参謀本部の中佐。 生半な相手を紹介する訳にはいかなかった。
で、その時点でまず、所長の篠原少佐が俺に全権を預けた。 いや違う、面倒事の全てを押し付けた。 『アンタ、伝手が有るだろう? 有るよな!?』と、必死の形相で。
仕方なしに、短い留学中の人脈の鉱脈を漁る事にした・・・その時運悪く、前田大尉が俺の前に現れたと言う訳だ(本当の所は、承認印を貰いに来ただけだったが)

『―――前田大尉、君、米国留学経験が有ったな?』

『―――はあ・・・そうですけど?』

『―――大学、どこだ?』

『―――NYUです』

『―――よし、この条件で、妥当と思われる相手を探せ。 そしてアポを取れ、明日中に』

『―――そんな!? 少佐、無茶ですよ!』

『―――軍ではな、無理偏に無茶と書いて、命令と読むのだ。 法科なら心辺りが有るだろう!?』

その後、電話をかけまくっていた前田大尉が、いつの間にか姿を消して、さて何処へ行ったか? と首を傾げていたら、翌日の昼過ぎに戻って来て、アポを取ったと報告に来た。
それが昨日の事。 相手は俺も知っているコーエン教授。 何と彼女、教授のご自宅にまで押し掛けて、拝み倒して了解を取ったそうだ。 うん、それでこそ雑用事務所員。
そのお陰で、今日は機嫌が悪いのだが、そこはひとまず放っておこう。 そんな事を考えている間に、ダウンタウンのグリニッジ・ヴィレッジに着いた。 NYUの場所だ。

一見すると古風なアパートメントの様に見える煉瓦造りの建物、実はNYUの『校舎』のひとつだ。 コーエン教授の研究室も入っている。
車を止め、運転手の下士官に待機するよう命じ、建物に入る。 玄関口に受付が有り、そこで担当者に来訪の意を告げる―――驚いた、教授の助手は、あのフェイ・ヒギンズだ。

「―――お久しぶり、直衛。 実はドロテアから話は聞いていて、貴方がまたこっちに来ている事は知っていたの。
時間通りね、真妃。 学生の頃とちっとも変らないわね、そう言う几帳面な所って。 ああ、そうなの。 真妃が学生の頃、私は院生だったのよ。
どうぞ、教授はお部屋にいらっしゃるわ。 階段を3階へ、廊下の奥の突きあたりの部屋へどうぞ。 応接室よ」

そのまま案内され、変わらない古風な螺旋階段を3階まで昇り、奥の一室に。 教授の来客用の応接室で待つ事数分、続き間の扉が開かれ、初老の黒人男性が入って来た。

「―――お待たせしましたな、皆さん。 ジェフリー・コーエンです」






「―――正直申しますとな、明神中佐。 アメリカは疲れ始めておるのですよ」

コーヒーカップを置いて、コーエン教授は明神中佐を直視しつつ、穏やかに、しかし確信を持ってそう言った。 それに対して明神中佐は探る様な視線を向ける。
話しが始まって10数分。 お互い儀礼的なやり取りや、教授が俺や前田大尉の想いで話を一通り終わって、探り合いが始まった。

「―――ほう? 今や世界中の富の過半以上を手中に収め、無傷の国家の中での盟主を標榜するアメリカが、ですかな?」

明神中佐と言えば・・・ まあ、統制派将校団の一員としては、この程度の反応は普通か。 もっと酷い国粋的な断定でモノを言う人物もいる。

「―――そうです。 富を手中に収め、盟主を続けなければならぬ、その疲労ですな。 前線国家群はアメリカに支援を求め、後方国家群はアメリカ中心のブロックを要求する。
外に目を向ければ、現実的に前線国家群を支援せねば、世界的な戦況の悪化に直結する。 これはアメリカの国防政策にも即、影響する重要なファクターですな。
国内に目を向ければ、年々増加する海外からの流入難民。 軍事費の増大と、それに続く増税、福祉サービスの統廃合・・・市民生活に重圧として、圧し掛かりつつある」

豊かな国、後方の安全な、富と自由を享受し続ける国と言われるアメリカも、無尽蔵の富を右から左に捻出できる訳じゃない。

「アメリカの国連拠出金額比率は、3年前の22%から今年は32%に上昇しました。 IMF(国際通貨基金)、アジア開発銀行(ADB)融資比率も10%から15%に増加しています。
これは主に、英国と日本の経済状況が反映されており、両国の置かれた戦況が改善されない限り、今後も数%の増加が見込まれる、財務省はそう試算しております」

5年前、まだ本土にBETAを迎え撃つ以前の日本帝国は、国連拠出金の17.5%を拠出していた。 これはアメリカの22%に次ぐ、世界第2位の額だった。
5年後の2000年度、帝国の国連拠出金額は10.5%に低下している。 英国も2%下がった。 そしてアメリカの負担金比率は10%上昇していた。

「国防予算は1996年の4900億ドルから、1997年度は10%増しの5390億ドル、1998年度が6000億ドルと上昇し続け、今年、2000年度はついに7000億ドルに達しました。
世界第5位の英国のGDPが昨年度で1兆5500億ドル・・・おおよそで、その半分の規模の膨大な予算です。 お国のGDPは昨年度で1兆5900億ドル、お分かりですな?」

日本帝国の国防予算は、2000年度が約1317億ドル=約3292億5000万円(※)だ。 一般会計予算中の72.5%を占め、GDP比率で8.5%に達する。
他の予算枠を削れるだけ削り、中には廃止してまで確保した対BETA大戦用の戦費。 国民の多くは不自由な配給生活と国内難民生活に、疲労困憊している。
それだけ多くのものを切り捨ててまで確保した帝国国防予算も、合衆国国防予算の5分の1以下なのだ。 この国の国防にかける意思は、実は生半可では無い事が良く判る数字だ。

「しかもこの数字には、エネルギー省所管の『G元素兵器開発、維持、クリーンアップ、製造』などG元素兵器関連予算は含まれていないです。
また退役軍人関連予算、退役軍人及び未亡人・家族養老年金支払い、過去の戦争に対する負債利払いなどもある。
諸外国に対する武器販売への手当資金、外国に対する軍事関連開発援助なども当然ながら、含まれていない。
また本来は軍事関連予算ではない他の省庁に対する割り当てで、軍事関連の性格をもった予算なども、当然含まれません」

例えば、国土安全保障省、FBIの対テロ対策予算、NASAが支出している軍事情報収集システムなどは、軍事的側面を強く持っているが、国防予算に含まれないと言う。
これに国外難民支援予算(移民局)、国際公的金融組織への戦時融資金(財務省)、国連拠出金(国務省)・・・ 膨大な、天文学的数字に達する。
いずれにせよ、国家運営には膨大な予算が必要とされる。 その上でBETA大戦を主に『兵站』の分野から人類世界を主導するには、一体どれだけ莫大な予算が必要とされるのか。

「増税、福祉サービスの低下、然るに所得はそれほど伸びない、いや、伸び悩みを呈しておる。 加えて海外派兵での戦死者の増加。
詰まる所、市民は『どうして自分達の犠牲の上に、前線国家群を維持させねばならぬのか』、と言う所ですな」

「成程、貴国や貴国市民の言い分も、ご尤も。 人間とは言う程、隣人愛に満ちた存在では無いのですしな。 それに昔から言いますな、衣食住足りて政道を語れ、と。
しかし―――しかし、貴国は世界情勢に少し疎いのではありますまいか? 我が国は無論のこと、ソ連、英国、北アフリカ中東、東南アジア・・・
それらの諸地域で流される、莫大な将兵の血が、今のこの国の繁栄を支えていると言う事を。 直接的、間接的、双方から。
純粋に軍事面で見ても、ソ連と我が国が滅びる事は、この国は北辺からBETAの直接的な、そして圧倒的な脅威に晒されると言う事を」

コーエン教授のレクチャーに、明神中佐が少しの嫌味を塗して聞き返す。 片目を閉じ、ちょっと口元を釣り上げた、中佐独特の表情で、先の言葉を促す。

アメリカは、疲れ始めている。 長きに渡るBETA大戦、実質的にその戦いを裏で支えてきた―――言い方は色々と有ろうが、それも事実だ―――その国力にも限界が有る。
そして合衆国政府が、この世の中に置いてまず真っ先に責任を負わねばならぬ相手、それは裏の実はどうであろうが、その理念上は合衆国市民に対してだ。
けっして滅亡の危機に面している前線国家群でもなければ、政治・経済的ブロックを要望している『パートナー候補』の後方国家群でもない。
現実問題、市民の支持を受けられない場合、合衆国連邦政府は存在し得ない。 そして合衆国市民社会は、疲れ始めている。

「この国は、民意の上に立脚する国家です。 例え裏の裏がどうであれ、根本は民意です。 市民の支持無き政策や大戦略は、例えどれ程権力を有しようが、結局は否定される。
無論、権力側は心得ております。 故にメディアを使っての世論誘導、ネガティヴキャンペーン、はたまた捏造に意図的な誤報・・・過去、幾らでも例が有る。
しかし一時の熱狂はあれど、市民が自分達の権利が果たされない義務を強要されていると感じた、或いは判った時点で、連邦政府さえ倒れかねない」

「・・・ご立派な事だ。 全ては民衆の欲を満たさねば、国家運営もままならぬとは」

意図的に曲解させた明神中佐の発言を、あっさり無視してコーエン教授が話を続ける。

「連邦政府の取るべき道は、幾つかあるでしょう。 その過程で、国内状況を反映させた対外戦略を計画しますが、それも一通りでは無い。
各地域に影響力を維持しようとする者。 有利な条件で連携を考える者。 いっその事切り捨て、新たな構想を描く者・・・」

「―――例えば、フィリピンの様に。 カリブ諸国の様に。 中米の様に」

「そう。 例えばフィリピンの様に。 カリブや中米の様に。 例え非人道的との誹りを受けようとも、国家はまず国民に責任を負うべき存在です。
それに外交結果は相手有っての事、その発端は得てして互いのボタンの掛け違いが多い。 どちらに責が有り、どちらに非が有り、等と簡単に言える事でも有りませんな」

―――経済面で言えば、この国の外需のほぼ全てが、戦争特需ですな。 成程、諸外国に米国の影響力を浸透させ、そこから最後には富を吸い上げる。 マッチポンプ、ですかな?

またもや嫌味ったらしく、皮肉っぽく反論する明神中佐。 思わず、見えぬように前田大尉と顔を見合わせ、2人してそっと溜息をつく。 
ダメだ、この中佐、完全に今回の趣旨を取り違えている。 今日は何も、教授と論争しに来たのではないのだ。 
この国の世論、一般認識、そしてそれを、政党を含めた『支配層』がどう捉えているか、それを聞きに来たと言うのに。

「―――中佐、そのお話は今回は・・・いずれ、後ほどに。 教授、ではアメリカ市民は、多くの一般的な市民は、対外支援を歓迎していない、と言う事でしょうか?」

上官の会話に割り込むのは、流石に拙いかなと思うが、このままでは流石に教授の心証も悪くなってしまいそうだ。
話しの方向性を変える。 と言ってもつい昔の癖が出た、学生が指導教授に質問しているみたいだ・・・
明神中佐との、不毛な平行線になるかとうんざりしかけていたコーエン教授も、俺の割り込みに少しホッとした様だ。 視線を向けて、昔の様に問うてきた。

「―――いや、そうではないよ。 そう思う人々もいる事は確かだ、少なからず居る。 しかし大半の市民はそこまで頑迷では無いよ。
にもかかわらず、昨今は特に対日同盟反対の声が大きくなってきている、どうしてかね? 論点を明確にし、簡潔に答えなさい、ミスター・周防」

―――出た、これだ。 留学時代、苦労した教授独特の質問法だ。

「―――責任所在と責任範疇の明確化、その責任に対する確実な履行と、逸脱時の補償。 相互軍事同盟を締結するに、本来明確に、厳格に履行されねばならない点の不明確さ。
全てはその点に集約され、全てはその点の不明確さ故に発生した戦場での混乱と損害、それに起因する両国の感情的齟齬。
その点を解決しない限り、合衆国市民は連邦政府に対し『No!』を突きつけます。 アメリカと日本、同盟に際し何を守り、何に責任を持ち、それを厳守するか」

横で明神中佐が渋い顔をしている。 だが仕方が無いじゃないか、本来なら中佐が探らなければならない情報なのだ、この話は。
大陸撤退の後半期、そして半島撤退支援の最後の場面で発生した『光州の悲劇』、本土防衛線の最中、突然日米安保条約の破棄を宣言し、撤退した在日米軍。
国内ではアメリカの『自分勝手』を責める声が根強い。 帝国軍部内の国粋派や斯衛軍の大半、在野の右派勢力も声を大にする者が少なからず居る。
だが待って欲しい、一方的に合衆国に非が有るものなのか? 帝国は一方的な被害者なのか? 合衆国が1998年まで、極東アジアに兵力を展開して戦ってきた事実は?
大陸撤退戦や、半島撤退戦で合衆国軍人が極東国連軍に属し、総指揮を執っていたのは国際外交の結果であって、彼ら自身の決定では無い。
それは政府間の交渉、或いは駆け引きの結果だ。 そしてその方針に不満を持つからと言って、戦場で逸脱した行動を取っていい筈は無い―――『光州の悲劇』が最たるものだ。

無論のこと、俺だって日本人だ。 1998年、あの苦しい時期に合衆国が一切の外交の余地も無く、いきなり一方的に安保を破棄し、米軍が一斉撤退した事は腹が立つ。
米軍撤退後から『明星作戦』に至るまでの防衛戦の最中、同期生や見知っている戦友も多く戦死した事は、個人的なわだかまりが無いとは言えない、正直言って。
それでも思う、大元は何だったのかと。 祖国を離れ、国連に飛ばされたあの一時期、確かに外の世界から見た祖国は、どこか歪な姿に映ったモノだ。
同時に欧州や米国の歪な姿もまた、日常の中でボンヤリとだが見えたのも確かだ。 今も無意識に残る根拠のない人種的優越感、独善的な自己世界観中心性。
だがそんな者は一朝一夕に改まるモノじゃない。 日本人の俺が言うのも何だが、日本人の島国根性なぞ、それこそ数百年かけて培われたものだ。
欧米にしても然り、どだい、完全な相互理解など、今後数百年かけても為し得るかどうか。 それを根底にいがみ合っていたら、どうにもならない。

だから世の中、便利なモノが有る、『契約』だ。 お互いに利用し合えばいい、それで互いに益が出るなら尚のこと結構。
ただし、相手を利用するならこちらも契約を完全に履行する義務が有る。 それで初めて相手に契約を履行する要求が出来るのだ。
日本が、日本人が思い違いをしている所は、どうもその辺の認識の甘さなのじゃないか、そう思う。 帰国してからら次第にそう思えるようになって来た。
合衆国は契約社会だ、契約の履行・不履行には事の他煩いし、不履行にはとことん不信感を抱く。 アジアの様に『おおよそ、これだけ』では済ませない。

「―――ふむ。 要は、我が帝国が合衆国に対し誓約する契約の内容。 そしてそれを順守し、履行する態度と結果。 これによってこの国の世論は変わり得る。
当然ながら、我が国がその結果によって合衆国に求める契約は、合衆国も完全に履行せねばならない。 でなくばこの国の市民は、連邦政府の『アンフェア』を弾劾する。
つまりは、こう言う事ですかな? コーエン教授。 どうだろうか、少佐。 私の見解に、齟齬を見出すか?」

―――腐っても鯛、統帥右派でも陸大出の秀才参謀、そう言う事か。

本気で同意したかはともかく、明神中佐は事の核心、少なくともその一端を言い当てた。






教授の元を辞して、事務所に帰る道すがら。 明神中佐は先に車で帰した。 彼は今日中にワシントンに戻らねばならない。
ワシントン・スクエア・パークを突っ切る様に歩く。 突き当りのウェーバリー・プレイスから5番街に出ようとしていた。
緑の豊かな、広大な公園内の小道を前田大尉と2人、歩いていた。 傍から見れば、若いビジネスマンとキャリアウーマン、と言った感じかな?

「・・・教授には後日、ご挨拶に伺った方が宜しいでしょうね」

「うん・・・その時は改めて、俺も同行する。 今日の事、余り不快に思われなければいいんだがなぁ・・・」

「その辺、教授は温厚な方ですから・・・ でも本当、あれでもまだマシな方だなんて。 本国の空気の悪い事、改めて感じましたね」

親子連れが楽しそうに談笑しながら、散歩している。 向かいからリタイアしたのだろう、老夫婦が寄り添ってベンチに座り、木漏れ日を楽しそうに眺めている。
写生に明け暮れる若者、美術学校の学生だろうか? 向うで楽器を演奏している中年男性。 年若いカップル、男の方は合衆国陸軍の軍服を着ている。

「・・・全面的に支持する訳じゃないけどな、今の政府の現実路線は、支持しても良い。 色々と言われそうだけどな、そんな事を言うと」

「―――少佐は、『国連派』何て言われていますからね。 気を付けて下さい、国内の国粋派将校団、特に勤将派の最近の暴論は、目に余ります。
上官侮辱罪、上官反抗罪で軍法会議送りでも、こぞって弁護する連中が後を絶ちません。 元々、統制派の方が少数派なのですし、国連派はもっと少数派ですから」

「別に、国連派だなんて意識は無いんだけどね。 統制派や国粋派とは、肌が合わないだけで」

この光景が、何の犠牲も無しに築かれた物だと、そう言うのだろうか? 確かに合衆国はBETAの直接侵攻を受けていない、それは地勢的な条件での事だ。
合衆国の政治支配層が、その手が全くの真っ白だなどと、信じる馬鹿は世界中に居やしない。 彼等はある意味、世界で最も計算高い機会主義者であり、商売人だ。
利潤の為には、親兄弟でさえ天秤にかけるだろう。 対外支援も全ては合衆国の国益、ひいては自らの利益の為だ。 何も見知らぬ隣人の為などでは無い。
だがそれがどうした? 国家とは、そんなものだろう? 全ては国益の為、国益とは国家を構成する国民に直接・間接にもたらされる利益。 なかなか気付かない事だが。
そんな『怪物』たる国家群の共生の場であるこの世の中で、己たちだけでどうこうなどと。 己の信じ込む何かの為だけを為すなどと。

「そう言えば少佐は、『戦略研究会』って、ご存知ですか?」

「・・・ちらっと、名前だけは。 中身は知らない」

昨年来、南樺太に駐留したり、シベリアへ出兵だったりと、実は軍内の話題に疎い部分が否めないんだよな。
特に南樺太から戻って来たばかりの頃は、大隊の練度向上に集中していたから、余所でどんな動きが有るか、恥ずかしながらアンテナを殆ど立てていなかった。
そこへ来て、6月からN.Y.だ。 その『戦略研究会』なるものが、一体どこの誰さんがやっているのかさえ、全く知らない。

「ん~・・・ 陸軍の、中堅・若手将校を中心にした、戦略・戦術研究の勉強会とか言っている集まりです。 各兵科の別なく、有志で集まっていると」

「有志って?」

「陸士、訓練校、予備士官学校出、准士官からの叩き上げ、色々だそうです。 陸大出は居ないとか。 航空宇宙軍も少し居るそうで、海軍は今の所参加者無し、です」

「・・・そんな事、部隊の研究部会でやれる事だろう? 他兵科とも、師団内なら可能だし。 第一、中堅って言っても、大尉か少佐までか?
俺が言うのも何だが、陸大も行かない連中がどうこう言っても仕方ないだろう? ましてや中尉、少尉連中なら、戦術論もまだ早い」

大尉が少佐の、少佐・中佐が大佐の(或いは少佐が中佐の)視点を学ぶ事は、悪い事じゃない。 上官戦死で、部隊指揮官代理を行うことだってある。
将来に向けて重要だし、それを少しでも理解できれば、今の自分が為すべきは何か、更によく理解し、判断出来ると言うものだ。
が、しかし佐官でさえ、参謀将校でなければ扱うべき事項は、戦術指揮レベルだ。 尉官などは戦術指揮と言うより、直接戦闘の指揮能力をまず養うべきだろう。
軍で『戦術戦闘単位』と言われるのは、陸軍では大隊以上、海軍では『隊』以上を指す。 指揮官は少佐以上の階級に有る者達だ(海軍では中佐以上か)

「・・・まあ、表向きはそう言った連中の、私的な勉強会でして・・・」

「裏は?」

前田大尉も歯切れが悪い。 突っ込んで聞いたら、あっさり答えた。

「国粋派の中堅・若手将校の集まりです。 帝都や関東近郊配備の、諸部隊に残っている国粋派の。 特に将軍家支持の勤将派将校が多いとか」

―――偏見かもしれないが、様相が目に浮かぶようだ。 俺はその手の将校団と、折り合いが悪いから、色眼鏡で見ているかもしれないけど。

「ふうん・・・ で、何の為に俺にその話を?」

「個人的に忠告って訳でも無いのですけど。 少佐、帰国なさってから、もしその連中から声をかけられても、無視した方が良いかもしれません」

「何か、裏事情が?」

「私は法務将校ですので、軍の警務隊とか、国家憲兵隊とか、そう言った部局と仕事上の付き合いが有りまして。
少なくとも、予備調査を検討している位には・・・だそうです。 本当にやるかどうか、判りませんけれど」

「監視付き・・・か。 きな臭い話だな、おい? ま、俺はそう言った連中とは、仲良しこよしじゃないから・・・」

国は誇りを失った。 他国の介入に唯々諾々と従う腑抜けた政府。 極東での復権を目論む米国政府とその横暴。 自身で築くべき国の未来と魂。
御大層な事だ―――口で言うだけならば。 そして実行する事は、本気で馬鹿げている。 自分しか見えていない、いや、自分すら見えていない馬鹿者どもの妄言だ。
どうして少しでも周りを見ようとしない? 日本と言う限られた場所だけでなく、ほんの少しでもいい、周りを見ようとしない? そして疑問を抱こうとしない?

「―――まあですね、そう言う連中の声が、ちょっと大きくなっていまして。 で、統帥派の右派と目されるお偉いさん方も、それに乗っかる動きも・・・意図は判りませんけど。
それはさておき、私としては参謀本部の中佐殿が今回、少しでもカルチャーショックを受けてくれれば、そう願ってやみません。 余り馬鹿な事を、考えないで欲しいです」

「―――確かにな。 しかし、カルチャーショックって・・・実感が籠っているな、おい?」

「―――地方の帝大出の、田舎で生まれ育った小娘が、いきなりこのN.Y.に放り込まれた時のショックを、想像してみて下さいな。
誰だって思いますよ、『今までの世界って、何だったんだろう?』って。 少佐はそう思いませんでしたか?」

「―――思った、思った。 それ以前に居た欧州で少し慣らされていたけどな、それでもカルチャーショックを受けた。
いっその事だ、声のでかい国粋派や斯衛の連中、纏めて留学やら何やら理由付けて、この街に放り出してやればいい」

「―――国内兵力が、絶対的に不足します。 出来ませんよ、そんな事・・・」


やがてウェーバリー・プレイスから5番街に出る所までやって来た。 最後の広場でまた、何かの集会をしていた―――『アメリカは、世界の守護者たるべし!』
その言い様は兎も角、まったくこの国は多様性に富んでいる。 世界の縮図を、あちらこちらに見る事が出来る。 良い例も、悪い例も。

「―――多様性を認めない訳じゃないのですよね、この国って。 時間も根気も要りますけど、結局は『自分とは何か』を説明し、相手に理解して貰う努力が出来れば・・・」

前田大尉がポツリと言ったその言葉。 それが妙に引っ掛かった・・・




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